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記事 11件
  • 欽ちゃん81歳の人生どこまでやるの!? 第34回「SMAPがスターの卵だった頃」

    2022-05-11 05:00  
     テレビや劇場での仕事をする中で、ぼくはこれまで数えきれないほどの「オーディション」というものをしてきた。
     その経験を振り返ると、三年前に亡くなったジャニー喜多川さんのことをよく思い出すの。
     というのも、彼と知り合いだったお陰で、後にSMAPになるキムタク(木村拓哉)や(香取)慎吾、中居(正広)くんといったスターの誕生を間近に見ることができた、という思いがあるから。 
  • 欽ちゃん80歳の人生どこまでやるの!? 第33回「“欠点”が味になった柳葉敏郎君」

    2022-04-21 05:00  
     先日、ぼくの知り合いから、「こんな記事がありますよ」と連絡があった。
     それは「スポーツニッポン」のウェブサイトに載っていたものでさ。くりぃむしちゅーの有田哲平君が若かった頃の思い出として、ぼくのことを話してくれている、というものだったの。
     なんでも、当時の彼はとにかくとがっていて、今とはぜんぜん芸風が違ったらしい。そんななか、その「とがったキャラ」を大きく変えるきっかけに、ぼくの「言葉」があったそうなんだ。
     彼が言うには、ぼくの師匠の東八郎さんの追悼記念ライブで、八郎さんの息子の貴博(東MAX)が書いた台本の舞台に出たときのこと。 
  • 欽ちゃん80歳の人生どこまでやるの!? 第32回「勝俣が思い出させてくれた『捕鯨船』」

    2022-03-17 05:00  
     先日、ぼくがYouTubeでやっている番組「帯欽」に、勝俣(州和)がゲストで来てくれたんだ。
     嬉しいことに、彼はこの番組を始めてすぐ、何故だか配信の現場に姿を見せてさ。カメラの向こうの椅子に座っているから、
    「お、なんだ勝俣じゃないか。いるならこっちにおいでよ」
     ということになって、しばらくトークをしたの。
     嬉しかったのは、配信が終わった後のこと。ぼくからお願いしたわけではないのに、
    「また来てもいいっすか!?」
     と、言ってくれた。それで、また一緒に配信をしたってわけ。 
  • 欽ちゃん80歳の人生どこまでやるの!? 第31回「最後の夢物語“欽ちゃん寺”を作ろう」

    2022-02-10 05:00  
     新東名高速道路の伊勢原大山ICを降り、車で五分ほど。町から歩けば、少し苔むした階段を上った山門の先に、能満寺という臨済宗のお寺がある。このお寺のまだ真新しいお堂の近くに、こんな言葉が刻まれた石碑が建っている。
    〈過ぎ去る平成
     新たな門出の
     能満寺
     苦労も工労と書けば
     工夫も楽し
     これ書くは苦労した〉
     実はこの言葉、ぼくが書いたものでさ。 
  • 欽ちゃん80歳の人生どこまでやるの!? 第30回「結婚で感じた香取慎吾のセンス」

    2022-01-20 05:00  
     今年のお正月はテレビの仕事で、久しぶりに香取慎吾ちゃんに会ったよ。
     彼と草彅(剛)くん、(稲垣)吾郎ちゃんの三人のトーク番組で、NHK・Eテレの「ワルイコあつまれ」というもの。そこで、ぼくはいろんな質問に答えたの。
     収録したのは去年の十二月初めだったのだけれど、一年ぶりくらいに会う慎吾ちゃんはいつも通りだったなァ。
     ぼくが楽屋に来たのを知ると、ひょいっと飛んできてさ。
    「あ、欽ちゃん。よろしくお願いします」
     と、さわやかに挨拶をしてくれた。 
  • 欽ちゃん80歳の人生どこまでやるの!? 第29回「転んで始まる『物語』もある」

    2021-12-16 05:00  
     七十歳を過ぎた頃から、家の中で躓(つまず)いたり、転んだりすることが増えてきた。
     ときにはバーンと転んで柵に顔をぶつけて首を痛めたり、しりもちをついて尾てい骨を怪我したり……。年を取るというのは、何ともやっかいなものだねェ。
     まァ、ちょっと躓くくらいならいいのだけれど、先月の始めはちょっと大変だった。階段から転げ落ちて頭を打ち、病院に行ったり、検査で入院したりと大事になったのには参ったよ。今はもう元気だけれど、いろんな人を心配させちゃったしさ。
     退院してから、なぜ転んだのかをぼくは分析してみた。
     問題なのはスリッパだ。 
  • 欽ちゃん80歳の人生どこまでやるの!? 第28回「相方はAIアナウンサー」

    2021-11-18 05:00  
     最近はコロナもぐっと減って、「ステイ・ホーム」を続けていたぼくも、外に出る機会が少しずつ増えてきた。そんななか、生活の中心になりつつあるのが、「八十歳の挑戦」というテーマでやっている小劇場での舞台だ。
     舞台ではちょっとしたコントをしたり、この試みを支えてくれているプロデューサーの土屋敏男さんたちとトークをしたり――。二十人くらいのお客さんの前でいろんなことをして、それをYouTubeでも配信している。
     なかでもチョット変わっているものの一つが、AIアナウンサー「アオイエリカ」とぼくの掛け合いのコーナーだろうね。 
  • 欽ちゃん80歳の人生どこまでやるの!? 第27回「80歳からの挑戦を始めたよ」

    2021-10-21 05:00  
     二か月ほど前から、ぼくは「八十歳からの挑戦」を始めている。
     舞台は新宿・歌舞伎町にある小劇場「vatios(バティオス)」。月に一度か二度、十人から二十人くらいのお客さんの前で、今の自分の笑いを見せていこうと思ってさ。それをYou Tubeでも配信しているんだ。
     じゃあ、「今の自分の笑い」とは何だろう。
     八十歳のぼくは、もう昔のように跳んだりはねたりはできない。「欽ちゃん走り」をしようとしても、「走る」というよりは、すり足でゆっくり横に移動する感じになっちゃう。それがまごうことなき「今のぼく」だ。 
  • 欽ちゃん80歳の人生どこまでやるの!? 第26回「スミちゃんの一周忌」

    2021-09-16 05:00  
     ぼくの奥さんのスミちゃんが亡くなってから、ちょうど一年が経った。それで八月の終わりに、三人の息子たちの家族と一周忌の集まりをしたよ。
     とはいえ、緊急事態宣言中。お経をあげるお坊さんは呼ばず、会食もなし。全員が車で大磯にある霊園に来て、現地集合、現地解散の集まりだった。
     その日、ぼくは東京の家を早めに出たので、霊園に着いたときは、まだ誰もいなくてさ。今年の夏は雨が多かったけれど、空はとても晴れていた。周りは静まり返っていて、蝉の鳴き声がすごく聞こえていた。
     ぼくは普段、そもそも「お墓参り」というものをあんまりしない。でも、大磯の霊園には、この数か月間で三回くらい来ていてね。
     というのも、今年はコロナのワクチン接種があったでしょ。 
  • 欽ちゃん80歳の人生どこまでやるの!? 第25回「五輪のパントマイムは立派だったよ」

    2021-08-26 05:00  
     八月八日、一年延期された東京オリンピックが閉幕したね。ただ、無事に――とは言えないところが、ちょっと複雑なオリンピックだったなァ、とぼくも思う。
     やっぱりどうしても気になっちゃうのがコロナのことだったよね。八十歳のぼくは二度目のワクチン接種を終えているけれど、「だから大丈夫」なんて気持ちにはとてもなれなくてさ。ワクチンを打つ前も打った後も、何だか不安な気持ちは相変わらずだった。なので、ステイホームでオリンピック観戦というのは、そんな気持ちには確かにちょうどよかったかな。
     ただ、昼間に選手たちのがんばりを見て感動すると、夕方には「今日の感染者は三千人超」「ついに四千人を超えました」というニュースが流れ、その度に驚いて目から火が出るでしょ。