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記事 48件
  • 夜ふけのなわとび 第1839回 林真理子「高知愛プラス」

    2024-04-18 05:00  
     ひと頃、私の“高知愛”はかなりのものであった。
     十五年前、エンジン01のオープンカレッジで行った時のことである。歓迎パーティーで、まず行なわれたのは、カツオの燻り焼きショーであった。出来たてのカツオのタタキが、これでもか、これでもかと供される。
     それまでカツオのタタキを特別おいしい、と思ったことなど一度もなかった。スーパーで買ったものを食べていたからだ。
     が、その夜のタタキは衝撃的であった。カツオだけではない。屋内のパーティー会場へ行くと、いろいろな屋台が出ていた。寿司、お饅頭、鶏肉、おそばなど、高知各地の名物を持ってきてくれたのだ。
     高知民は人をもてなすことを自分の喜びとしている。お酒が大好きで、陽気で親切。日本で唯一のラテン民族ではないかと思っている。 
  • 夜ふけのなわとび 第1838回 林真理子「続いている」

    2024-04-11 05:00  
     またしても父の話題となって恐縮である。
     まるで父があの世からこちらを見ていて、
    「オレのことを書くなら、ワルグチばかりでなくちゃんと書け」
     と言っているようである。
     ついこのあいだのこと、編集者の人たちとご飯を食べていた。話題はなぜか中国について。毛沢東の話がひとしきり続いて、その時私は思い出したことがある。
    「そう、そう、胡耀邦さんが来日した時、うちの父は『胡耀邦の思い出』っていう文章を書いて、朝日新聞の『声』に投稿したんだよ。それ、ちゃんと載ったよ」
    「えー!」
     そこにいた六人はいっせいに声をあげる。
    「それって、本当ですか!」 
  • 夜ふけのなわとび 第1837回 林真理子「心と精神」

    2024-04-04 05:00  
     わが日大の卒業式は、日本武道館で二回にわけて行なわれる。
     言うまでもなく学校法人としての大イベント。私は昨年の早いうちに、色留を新調していた。一昨年も一枚つくっている。
     色留などというものは、めったに着るものではない。叙勲とか親族の結婚披露宴に着用するものだ。着物の格としては最高クラスで、男性のモーニングに匹敵するもの。
     あれは六年前、私が紫綬褒章をいただいた時だ。隣りに住むオクタニさんから電話がかかってきた。着物については皆が師匠と呼ぶ人。
    「当日いったい何を着るの?」
     まずはそのことを心配してくれたのか。ありがたい。 
  • 夜ふけのなわとび 第1836回 林真理子「イッペイさんへ」

    2024-03-28 05:00  
    「青天の霹靂」というのは、こういうことを言うのであろう。
     もちろん大谷選手の通訳のことである。みんなから「イッペイさん」と呼ばれて親しまれていた。大谷選手とキャッチボールをしている姿も私たちは記憶している。
    「異国で、彼の存在はどれほど大谷選手を支えているか」
     誰しもが思っていたに違いない。それが突然の解雇である。詳しいことはまだわかっていないが、大谷選手のお金を横領していた、という疑いもあるらしい。
     それにしても、よりにもよって、という感じである。 
  • 夜ふけのなわとび 第1835回 林真理子「古来まれなり」

    2024-03-21 05:00  
    「ハヤシさん、古希のお祝い、どうするんですか」
     最近いろいろな人に聞かれるようになった。そのたびに少々いらついて答える私。
    「何もしないよ。そんなことお祝いしてもらってどうするのよ」
     いちばんショックを受けているのは私である。
     何度か知り合いの古希のお祝いに出た。そのたびに皆さん挨拶でこう言う。
    「古希は、古来まれなり、ということで、昔はここまで生きるのは本当に珍しかった。そして私もついにこの年齢になりました」
     つまり、本当に年寄りになった、ということ。
     還暦の時はまだよかった。百人ぐらい集まって盛大な会を開いてくれた。真っ赤なドルチェ&ガッバーナのジャケットをもらった。
    「私ってまだまだイケるじゃん」
     と内心思っていた。事実、まわりの六十代を見てもみんな若く、老いを感じさせなかった。恋愛をしている人もいっぱいいた。もちろん仕事だってバリバリしている。 
  • 夜ふけのなわとび 第1834回 林真理子「不適切な時代」

    2024-03-14 05:00  
     最近まわりの人たちが、みんなアプリで結婚している。結婚までいかなくても、
    「アプリで知り合った人とつき合っている」
     という人は多い。
     とある連載の歴代担当者も、二人がアプリで結婚している。一人がとても幸せな出会いをして、後輩に勧めたらしい。
     別の出版社の若い男性編集者も、
    「今の彼女はアプリ」
     と教えてくれた。めちゃくちゃイケメンでモテまくっていた彼だが、別に隠すことでもないのだ。
     私の時代にこういうものがあったら、もっと早く結婚出来たのではないかと思う。 
  • 夜ふけのなわとび 第1833回 林真理子「ウィ・アー・ザ・ワールド」

    2024-03-07 05:00  
     頼まれて、あるオーケストラの財団の理事をすることになった。
     それならばもっと勉強しなくてはと、本を買った。楽器を操る人のことを知りたかったからだ。
     ちょうどいい本が出ていて話題になっている。今、世界でひっぱりだこのピアニスト、藤田真央さんのエッセイ集『指先から旅をする』だ。
     音楽家にも名文家が多いが、この方の文章も非常に面白い。
     フランスのナントでベートーベンを弾いた後はすぐにロンドンへ向かいラフマニノフを演奏する。その後、イスラエルのテルアビブで、藤田さんは、
    「生涯忘れ得ぬであろう体験をしたのです」
     ここで演奏したのは、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467。指揮者は藤田さんの意図をよく汲み取ってくれた。そしてイスラエルの管弦楽団は、
    「ふわっと優しい極上の土台を築き上げ、わたしはその土台にピアノの音をすっと乗せる」 
  • 夜ふけのなわとび 第1832回 林真理子「故郷の鮨」

    2024-02-29 05:00  
     このところ週末は、地方に行くことが増えた。各地の大学の校友会が、総会のシーズンを迎えるからである。そこへ出席して挨拶する。
     近くだと日帰りに、遠いところだと一泊することになるのだが、先日の宮崎は大変だった。プロ野球のキャンプ真っ盛りで、どこのホテルも満員である。やっと駅近くのビジネスホテルがとれた。
     校友会の若い人たちと夜遅くまで飲んで、帰ってきたのは十二時近い。こういう時、寒々しく狭い部屋というのはちょっと悲しいかも。しかし私には明日、お楽しみが待っているのだ。
     ご存知のように、どこに行ってもまず食べることを考える私。
    「宮崎でなにかおいしいものを食べて帰ろうね」
     と秘書と約束していた。 
  • 夜ふけのなわとび 第1831回 林真理子「有名な人」

    2024-02-22 05:00  
     下町のおいしいイタリアン。
    「カウンター八席借り切ってるから行かない」
     と親しい友人から誘われた。
     行ってわかった。四人四人のグループに分かれていたのである。
     私の友人A氏と、彼の友人のB氏とが自分の友人をそれぞれ連れてきていたのだ。B氏の方は若く綺麗な女性が三人いた。
     あちらは私のことをご存知ないようで、A氏が説明する。
    「マリコさんは週刊文春に毎週エッセイを書いていて、それはギネスにも載ったんだよ」
    「へえー」
     驚く三人。
    「本当に毎週書いているんですか」
    「まぁ……、四十年以上書いてますかね」
    「すごいですねー」
     と頷いたのは、ショートカットの美しい女性。顔が異様に小さい。確か元タカラジェンヌと聞いたような。私の方も質問しないと申し訳ないか。
    「えーと、何組にいらしたんですか」
    「○○組にいて、それから□□組に移りました」 
  • 夜ふけのなわとび 第1830回 林真理子「日本女性の未来」

    2024-02-15 05:00  
     朝刊の広告に開成中学の、数学(算数か)の入学試験問題が載っていた。
     ためしにやってみたところ、まるで出来ない。というよりも質問の意味さえわからない。私はある時から、大学入学共通テストの問題を見ないようにしていた。もはや高校生レベルは無理だろうと諦めていたからだ。しかしいくら知力が衰えているからといって、小学生の試験さえも出来ないとは……。涙が出そう。
     というようなことを、その日たまたま食事をした知り合いの女性に話したところ、
    「あら、あれは私も無理ですよ」
     たおやかに笑った。
    「あれは特別のテクニックがなければ解けません。日能研とかサピックスに通っていなければ解けないようになっているんです」