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記事 49件
  • 夜ふけのなわとび 第1842回 林真理子「見出しについて」

    2024-05-23 05:00 22時間前 
     最近の女性週刊誌のスターは、なんといっても愛子さまであろう。
    「女性自身」や「女性セブン」のカラーグラビアは、愛子さまのファッションが占めるようになった。お召しになっているのは、ごく普通のものであるが、すごい気品が漂う。オーラといってもいい。
    「生まれついての皇族の方は、こうも違うものだろうか……」
     と感嘆してしまうのである。
     美しい佳子さまももちろん人気があるが、秋篠宮家ということでちょっと損をされているような。この頃、一般週刊誌(文春とか新潮)の紀子さま批判が目につき、私は胸を痛めているのである。
     思えば眞子さんは、本当に罪なことをなさったものだ。あれ以来、ご実家には暗雲がたれこめるようになったのである。 
  • 夜ふけのなわとび 第1841回 林真理子「ゴールデンウィーク」

    2024-05-16 05:00  
     昔からゴールデンウィークに、どこかに出かける、という習慣はなかった。
     親が元気だった頃は、毎年故郷に帰っていたが、この頃はうちでゴロゴロしている。
     海外旅行に行く人の気がしれない。どこかに出かけようにも、空港も飛行機も人でいっぱい。手荷物検査場の前に長い行列が出来ているのをテレビで見るだけでげんなり。
     しかも今年は円安ということもあり、ハワイではラーメン一杯が四千円だと。信じられない。私は絶対にうちにいる。
     しかしうちでゴロゴロしているのもなかなか大変なことで、なぜなら夫もうちにいるからだ。しかも休日はお手伝いさんもお休みなので、ご飯をつくらなくてはならない。掃除だってたまにはするべきであろう。
     それでもうちは汚なくなるばかり。夫も日頃の小言をまとめて言うから本当に腹が立つ。 
  • 夜ふけのなわとび 第1840回 林真理子「暖簾」

    2024-05-09 05:00  
     いやあ、本当にびっくりした。
     暖簾(のれん)の話である。
     テレビを見ていたら、すっかりさびれた温泉街を特集していた。廃業してそのままになっているホテルや大型旅館が建ち並んでいて、まるでゴーストタウンである。玄関が壊れたまま猿の住み家となっているところも多いという。
    「中には暖簾がそのままになっているところもあります」
     驚いた。旅館の戸口の提灯は朽ちて下におちているが、長く大きな暖簾は、ちゃんとかかっているのだ。
    「暖簾は商人の命や」
     子どもの頃から、山崎豊子さんの“船場小説”を愛読していた私は、それがどんなにすごいものかをよく知っている。なにしろ「暖簾」という題名の小説だってあるぐらいだ。
     その中で、さる老舗が火事に遭い全焼する。するとそこの主人は、暖簾が無事だったかどうかをまず確認するのである。そして従業員が必死で守ったそれにありがたいと涙する。これさえあれば、また立ち直ることが出来ると。 
  • 夜ふけのなわとび 第1839回 林真理子「高知愛プラス」

    2024-04-18 05:00  
     ひと頃、私の“高知愛”はかなりのものであった。
     十五年前、エンジン01のオープンカレッジで行った時のことである。歓迎パーティーで、まず行なわれたのは、カツオの燻り焼きショーであった。出来たてのカツオのタタキが、これでもか、これでもかと供される。
     それまでカツオのタタキを特別おいしい、と思ったことなど一度もなかった。スーパーで買ったものを食べていたからだ。
     が、その夜のタタキは衝撃的であった。カツオだけではない。屋内のパーティー会場へ行くと、いろいろな屋台が出ていた。寿司、お饅頭、鶏肉、おそばなど、高知各地の名物を持ってきてくれたのだ。
     高知民は人をもてなすことを自分の喜びとしている。お酒が大好きで、陽気で親切。日本で唯一のラテン民族ではないかと思っている。 
  • 夜ふけのなわとび 第1838回 林真理子「続いている」

    2024-04-11 05:00  
     またしても父の話題となって恐縮である。
     まるで父があの世からこちらを見ていて、
    「オレのことを書くなら、ワルグチばかりでなくちゃんと書け」
     と言っているようである。
     ついこのあいだのこと、編集者の人たちとご飯を食べていた。話題はなぜか中国について。毛沢東の話がひとしきり続いて、その時私は思い出したことがある。
    「そう、そう、胡耀邦さんが来日した時、うちの父は『胡耀邦の思い出』っていう文章を書いて、朝日新聞の『声』に投稿したんだよ。それ、ちゃんと載ったよ」
    「えー!」
     そこにいた六人はいっせいに声をあげる。
    「それって、本当ですか!」 
  • 夜ふけのなわとび 第1837回 林真理子「心と精神」

    2024-04-04 05:00  
     わが日大の卒業式は、日本武道館で二回にわけて行なわれる。
     言うまでもなく学校法人としての大イベント。私は昨年の早いうちに、色留を新調していた。一昨年も一枚つくっている。
     色留などというものは、めったに着るものではない。叙勲とか親族の結婚披露宴に着用するものだ。着物の格としては最高クラスで、男性のモーニングに匹敵するもの。
     あれは六年前、私が紫綬褒章をいただいた時だ。隣りに住むオクタニさんから電話がかかってきた。着物については皆が師匠と呼ぶ人。
    「当日いったい何を着るの?」
     まずはそのことを心配してくれたのか。ありがたい。 
  • 夜ふけのなわとび 第1836回 林真理子「イッペイさんへ」

    2024-03-28 05:00  
    「青天の霹靂」というのは、こういうことを言うのであろう。
     もちろん大谷選手の通訳のことである。みんなから「イッペイさん」と呼ばれて親しまれていた。大谷選手とキャッチボールをしている姿も私たちは記憶している。
    「異国で、彼の存在はどれほど大谷選手を支えているか」
     誰しもが思っていたに違いない。それが突然の解雇である。詳しいことはまだわかっていないが、大谷選手のお金を横領していた、という疑いもあるらしい。
     それにしても、よりにもよって、という感じである。 
  • 夜ふけのなわとび 第1835回 林真理子「古来まれなり」

    2024-03-21 05:00  
    「ハヤシさん、古希のお祝い、どうするんですか」
     最近いろいろな人に聞かれるようになった。そのたびに少々いらついて答える私。
    「何もしないよ。そんなことお祝いしてもらってどうするのよ」
     いちばんショックを受けているのは私である。
     何度か知り合いの古希のお祝いに出た。そのたびに皆さん挨拶でこう言う。
    「古希は、古来まれなり、ということで、昔はここまで生きるのは本当に珍しかった。そして私もついにこの年齢になりました」
     つまり、本当に年寄りになった、ということ。
     還暦の時はまだよかった。百人ぐらい集まって盛大な会を開いてくれた。真っ赤なドルチェ&ガッバーナのジャケットをもらった。
    「私ってまだまだイケるじゃん」
     と内心思っていた。事実、まわりの六十代を見てもみんな若く、老いを感じさせなかった。恋愛をしている人もいっぱいいた。もちろん仕事だってバリバリしている。 
  • 夜ふけのなわとび 第1834回 林真理子「不適切な時代」

    2024-03-14 05:00  
     最近まわりの人たちが、みんなアプリで結婚している。結婚までいかなくても、
    「アプリで知り合った人とつき合っている」
     という人は多い。
     とある連載の歴代担当者も、二人がアプリで結婚している。一人がとても幸せな出会いをして、後輩に勧めたらしい。
     別の出版社の若い男性編集者も、
    「今の彼女はアプリ」
     と教えてくれた。めちゃくちゃイケメンでモテまくっていた彼だが、別に隠すことでもないのだ。
     私の時代にこういうものがあったら、もっと早く結婚出来たのではないかと思う。 
  • 夜ふけのなわとび 第1833回 林真理子「ウィ・アー・ザ・ワールド」

    2024-03-07 05:00  
     頼まれて、あるオーケストラの財団の理事をすることになった。
     それならばもっと勉強しなくてはと、本を買った。楽器を操る人のことを知りたかったからだ。
     ちょうどいい本が出ていて話題になっている。今、世界でひっぱりだこのピアニスト、藤田真央さんのエッセイ集『指先から旅をする』だ。
     音楽家にも名文家が多いが、この方の文章も非常に面白い。
     フランスのナントでベートーベンを弾いた後はすぐにロンドンへ向かいラフマニノフを演奏する。その後、イスラエルのテルアビブで、藤田さんは、
    「生涯忘れ得ぬであろう体験をしたのです」
     ここで演奏したのは、モーツァルトのピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467。指揮者は藤田さんの意図をよく汲み取ってくれた。そしてイスラエルの管弦楽団は、
    「ふわっと優しい極上の土台を築き上げ、わたしはその土台にピアノの音をすっと乗せる」