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記事 48件
  • 春日太一の木曜邦画劇場 第612回「老人の老人たちによる独立国の物語に、喜八監督の日本観を見る」『近頃なぜかチャールストン』

    2024-12-12 05:00  
     前回述べたように、一九六〇年代後半から岡本喜八監督は多くの大作映画を撮っている。だが、当人の居心地が悪かったのもあるし、主戦場だった東宝を始めとする日本映画界全体が新たな鉱脈を求めて迷走していたのもある。「大監督」の期間は短く、七一年の『激動の昭和史 沖縄決戦』を最後にその作品は再びカオスを帯びていった。
     七〇年代末は近未来のディストピアを描くポリティカルサスペンス『ブルークリスマス』や特攻隊員になる野球部員たちを描く『英霊たちの応援歌 最後の早慶戦』と、珍しくコメディ色の全くない作品を続けて監督している。こうしたシリアスな作品を続けた後は必ず、その反動のようにブッ飛んだコメディ映画を思うままに撮る。それがこの監督のフィルモグラフィだ。 
  • 春日太一の木曜邦画劇場 第610回「冒頭から度肝を抜かれる狂言仕立てのミュージカル映画!」『ああ爆弾』

    2024-11-28 05:00  
     前回に続いて、岡本喜八のフィルモグラフィを追う。デビュー作『結婚のすべて』で見事なソフィスティケート・コメディを撮ってのけた岡本は、その後も「暗黒街」シリーズではギャング映画を撮り、「独立愚連隊」シリーズでは戦争映画を西部劇に仕立て――と、ハリウッド映画の影響を直接的に表現した演出で人気を博していく。
     そのままアクションやコメディを撮り続けていても、おそらく「スタイリッシュな娯楽監督」として映画史に名を残していたに違いない。だが、岡本はそうしなかった。ただハリウッド映画を模すだけでなく、その作風は強い独自性を帯びていく。しかも、後の映画と比べても唯一無二といえるものであった。
     今回取り上げる『ああ爆弾』は、そんな時期の代表的な作品だ。 
  • 春日太一の木曜邦画劇場 第609回「テンポもキレも良いコメディ演出。洗練された岡本喜八監督デビュー作」『結婚のすべて』

    2024-11-21 05:00  
     折に触れて本連載でも述べてきたが、今年は岡本喜八監督の生誕百年になる。そこで、今回から年末あたりまで、監督のフィルモグラフィを追う。
     まず取り上げるのは、『結婚のすべて』。 
  • 春日太一の木曜邦画劇場 第608回「西田敏行の、野蛮で恐ろしくても奥底に純な心を宿す演技が抜群だ!」『天国の駅』

    2024-11-14 05:00  
     西田敏行が亡くなった。
     西田といえば、テレビドラマ『池中玄太80キロ』や映画「釣りバカ日誌」シリーズに代表されるような、ホノボノした人情味あふれる作品を思い浮かべる方も多いだろう。ただ筆者としては、その正反対の役柄を演じた時の西田が好きだった。
     たとえば映画『敦煌』の傭兵隊長や大河ドラマ『武田信玄』の山本勘助など、基本的には寡黙に自身の役割に従事しながら、時おりゾクッとするような凄みを見せる――。そんな役柄を演じる西田に、たまらなく惹かれていた。
     今回取り上げる『天国の駅』も、そうだ。 
  • 春日太一の木曜邦画劇場 第607回「洋画の設定+下世話・お下劣。これぞ石井輝男ワールドだ!」『網走番外地 北海篇』

    2024-11-07 05:00  
     今年は日本の娯楽映画史に偉大な足跡を残した二人の映画監督が、生誕百年を迎えた。
     それが石井輝男と岡本喜八。いずれも、ハチャメチャに面白い映画を作り続けたエンターテイナーだ。
     この二人に共通点がある。
     それは、洋画のテイストをかなり直接的に作風の中に盛り込んでいるところだ。若手時代はノワール調の洋装ギャング映画を多く撮ったのも同じだし、戦争映画を撮れば西部劇の雰囲気を多分に感じさせる作りになっている。ジャズ調のBGMを好む傾向に加え、シャープでテンポの良い演出も重なる。他にも、俳優たちが嬉々として伸び伸びと怪演をしているのも共通している。
     ただ、両者には大きく異なる点もある。 
  • 春日太一の木曜邦画劇場 第606回「妖しさと気品が備わる晴明との間の緊張感は、真田が放つ闇が生んだ!」『陰陽師』

    2024-10-31 05:00  
     真田広之はデビュー以来、飽くなき挑戦心をもってさまざまに役柄の幅を広げていった。そして、四十代を迎える二〇〇〇年前後には早くも、その芝居は円熟味すら感じさせるようになっていた。
     だがその一方で、日本映画は真田の成長に反比例するように、その質もスケールも、大きく落としていく。そのため一観客、一真田ファンだった身としては当時、「真田広之の表現力に映画の中身が追いついていない」という実感があった。劣化が著しかった日本映画のちっぽけな枠に、もはや真田は収まらないように思えた。出演作を観る度に実力を持て余し気味に映り、もったいない気がしていた。
     そうした中でも刺激的だったのが、悪役だ。作品そのものをも凌駕する存在となった真田が悪として立ちはだかれば、それは最強の敵として映し出されることになり、必然的に作品はスリリングに盛り上がる。そう気づかせてくれたのが九九年のテレビドラマ『刑事たちの夏』だ。真田は黒幕の官僚を嫌らしいまでに冷徹に演じ、役所広司や大竹しのぶすら圧倒していた。 
  • 春日太一の木曜邦画劇場 第605回「ヒーローから喜劇まで演じる真田は嫌みで軽薄な役まで達者に見せた!」『僕らはみんな生きている』

    2024-10-24 05:00  
     前回の『快盗ルビイ』以降、一九八〇年代の終わりから九〇年代の前半にかけての真田広之は、『病院へ行こう』『どっちにするの。』『継承盃』と、コメディ映画に次々と出演、それまでのヒーロー役のイメージを一変させていった。
     今回取り上げる『僕らはみんな生きている』もまた、この時期に真田が主演した、傑作コメディ映画だ。 
  • 春日太一の木曜邦画劇場 第604回「トロくてボンヤリした青年の動きが真田の運動能力で喜劇へ昇華した!」『快盗ルビイ』

    2024-10-17 05:00  
     前回に続き、真田広之のフィルモグラフィを追いかける。
    『吼えろ鉄拳』の大ヒット以降、真田は若手アクションスターとして大人気を博することになる。しかし、そうして得た「スター」の座に甘んじることはなかった。八〇年代半ばからは、主に現代劇でヒロイックではない等身大の役柄にも挑戦している。
     中でも和田誠監督との出会いは大きく、『麻雀放浪記』を経て、軽妙で喜劇的な芝居も開花させたのが今回取り上げる『快盗ルビイ』だ。 
  • 春日太一の木曜邦画劇場 第603回「若き真田が見せる、チャーミングで美しくて超人的なアクション!」『吼えろ鉄拳』

    2024-10-10 05:00  
     エミー賞受賞を祝し、しばらく真田広之のフィルモグラフィを追ってみたい。
     子役から始まった真田の俳優人生は、千葉真一が率いるジャパンアクションクラブ(JAC)での修行を経て、キャリアを重ねていく。そもそも精悍なルックスと類稀な運動神経の持ち主ではある。が、それに甘んじることなく、たゆまぬ厳しい鍛錬と謙虚な姿勢をもって、恵まれた素質に磨きをかけた。
     そうした最高の素材を映画界が放っておくはずもなく、東映は早くから真田を大々的に売り出した。『柳生一族の陰謀』『宇宙からのメッセージ』といった、千葉真一主演、深作欣二監督の大作映画で、次々と大役に抜擢されていく。 
  • 春日太一の木曜邦画劇場 第602回「真田広之、祝・エミー賞受賞。時代劇役者として円熟期の一本!」『助太刀屋助六』

    2024-10-03 05:00  
     真田広之がエミー賞を受賞した。プロデューサーでもある真田は、自身が育った京都から時代劇のスタッフを招いている。それだけ真田は京都の時代劇スタッフたちの力を信頼しているし、またスタッフたちも真田に惚れ込んでいるということだ。実際、真田と仕事をしたことのある京都のベテランスタッフたちと話をすると、「ヒロユキはなあ――」と、誰もが目を細めながら嬉しそうに真田との思い出話を語る。両者の絆は強い。
     真田は若い頃から京都の現場で名匠、名工、名優たちから時代劇の何たるかを学び、時代劇俳優としての表現力を身につけた。いわば、時代劇百年の蓄積がその肉体には刻み込まれているということだ。つまり今回の受賞は、真田を介して日本の時代劇表現がハリウッドにその力を証明してのけたと言うことができる。