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記事 48件
  • 夜ふけのなわとび 第1832回 林真理子「故郷の鮨」

    2024-02-29 05:00  
     このところ週末は、地方に行くことが増えた。各地の大学の校友会が、総会のシーズンを迎えるからである。そこへ出席して挨拶する。
     近くだと日帰りに、遠いところだと一泊することになるのだが、先日の宮崎は大変だった。プロ野球のキャンプ真っ盛りで、どこのホテルも満員である。やっと駅近くのビジネスホテルがとれた。
     校友会の若い人たちと夜遅くまで飲んで、帰ってきたのは十二時近い。こういう時、寒々しく狭い部屋というのはちょっと悲しいかも。しかし私には明日、お楽しみが待っているのだ。
     ご存知のように、どこに行ってもまず食べることを考える私。
    「宮崎でなにかおいしいものを食べて帰ろうね」
     と秘書と約束していた。 
  • 夜ふけのなわとび 第1831回 林真理子「有名な人」

    2024-02-22 05:00  
     下町のおいしいイタリアン。
    「カウンター八席借り切ってるから行かない」
     と親しい友人から誘われた。
     行ってわかった。四人四人のグループに分かれていたのである。
     私の友人A氏と、彼の友人のB氏とが自分の友人をそれぞれ連れてきていたのだ。B氏の方は若く綺麗な女性が三人いた。
     あちらは私のことをご存知ないようで、A氏が説明する。
    「マリコさんは週刊文春に毎週エッセイを書いていて、それはギネスにも載ったんだよ」
    「へえー」
     驚く三人。
    「本当に毎週書いているんですか」
    「まぁ……、四十年以上書いてますかね」
    「すごいですねー」
     と頷いたのは、ショートカットの美しい女性。顔が異様に小さい。確か元タカラジェンヌと聞いたような。私の方も質問しないと申し訳ないか。
    「えーと、何組にいらしたんですか」
    「○○組にいて、それから□□組に移りました」 
  • 夜ふけのなわとび 第1830回 林真理子「日本女性の未来」

    2024-02-15 05:00  
     朝刊の広告に開成中学の、数学(算数か)の入学試験問題が載っていた。
     ためしにやってみたところ、まるで出来ない。というよりも質問の意味さえわからない。私はある時から、大学入学共通テストの問題を見ないようにしていた。もはや高校生レベルは無理だろうと諦めていたからだ。しかしいくら知力が衰えているからといって、小学生の試験さえも出来ないとは……。涙が出そう。
     というようなことを、その日たまたま食事をした知り合いの女性に話したところ、
    「あら、あれは私も無理ですよ」
     たおやかに笑った。
    「あれは特別のテクニックがなければ解けません。日能研とかサピックスに通っていなければ解けないようになっているんです」 
  • 夜ふけのなわとび 第1829回 林真理子「動き出した」

    2024-02-08 05:00  
     JALに、CA出身の女性社長が誕生する。
     本当に素晴らしいことである。拍手しながら、私はサナエちゃんのことを思い出した。
     昔はよく私のエッセイに出てきたサナエちゃんとは、生まれた時からずっと一緒であった。田舎の駅前の小さな商店街で、うちから四軒め。同い齢で仲よし。
     新社長と同じように、短大(当時大人気の青山学院)を出てJALに入った彼女はとても優秀で、たちまち頭角を現したらしい。総理大臣を乗せる特別フライトを経験したりし、長く教官をしていた。
     昔はJALに乗ると、
    「教官にお世話になりまして」
     とよくCAさんに声をかけられたものだ。最近はさすがに少なくなり、そう言ってくれるのは白い制服のチーフの方ぐらいになった。
     とにかくサナエちゃんは、よく働いて社内で認められ、辞めた時は部長だったと記憶している。
     私は今度のことで、さっそくLINEした。 
  • 夜ふけのなわとび 第1828回 林真理子「腹が立つ」

    2024-02-01 05:00  
     能登地方、断水だった地域で、やっと水が出た。
     蛇口をひねったら出てきた水に、
    「ありがたい、ありがたい」
     と手を合わせる老夫婦。目に涙がにじんでいる。
     後ろの若い男性は、東京都水道局のベストを着ていた。そして、
    「よかったですね」
     と声をかける。すると夫婦は彼の方を向いて拝む。
    「ありがとう……、ありがとうございましたねぇ……」
     照れたように笑う眼鏡の男性。ニュースで見ていてじーんとしてしまった。こちらまで泣けてきそう。
     人に手を合わせてお礼を言われる。そんな仕事をしている人は、この世にそれほど多くないだろう。 
  • 夜ふけのなわとび 第1827回 林真理子「寒い!」

    2024-01-25 05:00  
     年をとると、寒さが本当につらくなる。
     朝起きて洗面所に行く。身じたくをしながら震える私。
    「寒い……」
     そして私は毎朝能登の人たちのことを考える。北陸の寒さはこんなものではないだろう。そのうえ避難所で暮らしているのだ。床の上に直に眠っている。着の身着のままで、お正月以来、お風呂にも入れないと聞いている。
     私と同じような年齢の人たちが身を寄せ合うようにして、ストーブにあたっている姿をニュースで見るのはせつないものだ。なんとか早く、安全で暖かい場所を確保してほしい。国や県が二次避難場所を用意しても、行く人があまりいないと聞いた。住みなれた場所を離れたり、近所の人と別れたりするのに抵抗があるようだ。なんとかいい手だてはないものだろうか……。 
  • 夜ふけのなわとび 第1826回 林真理子「篠山さんのこと」

    2024-01-18 05:00  
     篠山紀信さんが亡くなられたことは、かなりショックだった。
     最後にお会いしたのは、おととしの六月。日大理事長の公式写真を撮っていただいたのだ。
    「お祝いだからお金はいらないよ」
     とまで言ってくださった。
     篠山さんも日大芸術学部OBである。昨年のことで、がっかりさせたのではないかと非常につらい。
     思えば、要所要所でいろいろ撮っていただいている。作家でいえば、瀬戸内寂聴さんの次ぐらいはいったのではなかろうか。
     結婚式の時だって、ウェディングドレス姿の私を夫と一緒に撮影してくださった。この時は面白がって、わざわざ写真館と同じような台紙をつくってくださったのである。
     その後、「婦人公論」の表紙になった時は、ちょうど妊娠中であった。 
  • 夜ふけのなわとび 第1825回 林真理子「自慢ですが」

    2024-01-10 05:00  
     あけましておめでとうございます。
     この原稿が正真正銘、今年初めて書くものだ。
     新年そうそう、私はかなり意地の悪いことをやった。それは雑誌やYouTubeを、手当たり次第に調べたのだ。
     なにしろ、新年すぐのことだから、暮れの占いのものはいっぱいあった。そしてどれも、この元日と二日に起こった大災害について触れていないのだ。
    「人との絆がさらに求められます」
    「辰年ですから、風に関することが出てきます」
     とかあたりさわりのないことばかり。
     私はもう、占いなどというものを信じないことにした。新年そうそうのこの大災害を予言出来ない占い師って何なんだろう。 
  • 夜ふけのなわとび 第1824回 林真理子「結成しました」

    2023-12-27 05:00  
     山梨に引越した人が、まず驚くことがある。前にもお話ししたが、それは“無尽”についてである。
     車で通っただけでもわかると思うが、街のいたるところに看板が出ている。
    「宴会、無尽にどうぞ」
     宴会と無尽とは違うのか、実態は果たして何なのかと私もよく聞かれる。無尽というのは、日本中ふつうにあるものだと思っていたがどうも違うらしい。
     庶民の銀行というべきものか。一ヶ月に一度ぐらい集って飲み喰いをする。その時五千円とか一万円を出してお金を積んでいく。そのうち、
    「子どもが大学入るから」
    「車を買いたい」
     などとちょっとしたお金が欲しい人が、そのお金をいったん借りる。そして無利子かちょびっとつけるかするのだ。万が一返さないようなことがあると、その人は土地から永久追放という掟がある……。 
  • 夜ふけのなわとび 第1823回 林真理子「謦咳に接する」

    2023-12-21 05:00  
     先週号の「週刊文春」の草笛光子さんのエッセイで、懐かしい名前があった。「岩谷時子さん」と。
     その何ぺージか後で宮藤官九郎さんが、山田太一さんを悼んでいる。
     このお二人に私はおめにかかったことがあるのだ。岩谷さんは、車椅子に乗った晩年に。こういうのを「謦咳(けいがい)に接する」というのではなかろうか。
     この言葉をググってみると、
    「尊敬する人の話を身近に聞く。お目にかかる。咳もありがたいということ」
     とあるが、私の感覚からすると、短い時間という気がする。私の場合、
    「瀬戸内寂聴先生の謦咳に接する」
     とは言わない。
    「瀬戸内先生に可愛がっていただいた」
     しかし山崎豊子先生は違う。文学賞の授賞式で一度おめにかかり、ご挨拶をした。二分にも満たない時間。が、皆に自慢出来る経験。これを「謦咳に接する」と呼びたい。