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0から学ぶ「日本史」講義〔近・現代篇〕第215回 出口治明「〈近・現代篇まとめ3〉近・現代の重要なキーワード」
2024-01-25 05:00 -
0から学ぶ「日本史」講義〔近・現代篇〕第214回 出口治明「〈近・現代篇まとめ2〉デモクラシーと政党政治」
2024-01-18 05:00 -
0から学ぶ「日本史」講義〔近・現代篇〕第213回 出口治明「〈近・現代篇まとめ1〉『攘夷』と『開国』」
2024-01-10 05:00 -
0から学ぶ「日本史」講義〔近・現代篇〕第212回 出口治明「太平洋戦争 その2 日本の戦争目的」
2023-12-27 05:00近・現代篇の最後は、日本が太平洋戦争にどんなビジョンを持っていたのかをお話ししていきます。
開戦直前の一九四一年十一月十五日、大本営政府連絡会議は (1)南方作戦で米英蘭を破って戦略的要衝と主要交通線を確保し長期不敗態勢をつくり (2)中国の蒋介石政権を屈服させ (3)ドイツ、イタリアの協力を得て連合王国(イギリス)を屈服させ (4)アメリカの継戦意志を喪失させる、という決定を下しました。
第一段階は順調に進んだと言っていいでしょう。十二月八日にマレー半島に上陸した日本陸軍は、四二年二月に英国領のシンガポール、三月には英領ビルマの首都ラングーンと蘭領東インド(現インドネシア)のバンドンを占領し、五月にはフィリピンの米軍が日本軍に降伏しました。太平洋でもラバウルなどを攻略し南方作戦を終了します。この作戦で、ニッケル、錫、ボーキサイト、生ゴム、そして最も重要な資源の石油の供給地を確保しました。 -
0から学ぶ「日本史」講義〔近・現代篇〕第211回 出口治明「太平洋戦争 その1 ルーズベルトの構想」
2023-12-21 05:00 -
0から学ぶ「日本史」講義〔近・現代篇〕第210回 出口治明「日米交渉、そして開戦へ」
2023-12-14 05:00日本は欧州で始まった第二次世界大戦に乗じて北部仏印(現ベトナム北部)に兵を進めます。この連合国フランス領への進駐がアメリカを刺激し、一九四〇年十月十六日、対日経済制裁として屑鉄、鉄鋼の禁輸が開始されました。日米開戦まであと一年。今回はこの間に日本とアメリカでどのような交渉があり、太平洋戦争が始まったのかを説明します。
四一年四月十六日、日本の近衛文麿首相とアメリカのルーズベルト大統領による首脳会談を行うための「日米諒解案」がまとめられました。かかわったのは、米国側は神父、日本側は元官僚。両国とも正式な国の代表ではなく、その内容はあくまで交渉のたたき台ではありましたが日中戦争の収拾と日米関係改善を一気に進められる内容でした。ただ国務長官のコーデル・ハルは野村吉三郎駐米大使に、諒解案は次の原則とセットで扱うよう述べています。それが日米交渉の大前提というわけです。 -
0から学ぶ「日本史」講義〔近・現代篇〕第209回 出口治明「新体制運動と大政翼賛会」
2023-12-07 05:00日中戦争を収めることができない近衛文麿首相が一九三九年一月、内閣を投げ出してしまったことはお話ししました。あとを継いだ平沼騏一郎内閣は近衛内閣の居抜きのようで、板垣征四郎陸相、米内光政海相、有田八郎外相と主要閣僚が留任し、近衛も無任所大臣として残りました。207回で、中国に親日政権を作るため近衛首相が蒋介石のナンバーツー汪兆銘(おうちょうめい)に働きかけたことを説明しました。その近衛が内閣を去ってしまっては無責任ですよね。だから枢密院議長と兼務したのです。
さて、平沼内閣はいきなり難題に直面します。防共協定強化問題です。対ソ連という目的に限定してドイツ・イタリアと結んだのが防共協定です。ところがドイツは「英仏もけしからんで」と日本にも英仏を敵とするよう求めてきたのです。 -
0から学ぶ「日本史」講義〔近・現代篇〕第208回 出口治明「ナチス・ドイツと日本」
2023-11-30 05:00 -
0から学ぶ「日本史」講義〔近・現代篇〕第207回 出口治明「近衛内閣 その2・日中戦争はじまる」
2023-11-22 05:00一九三七年七月に盧溝橋で起きた日中間の衝突が、やがて中国全土に広がる日中戦争となってしまいました。今回はそこにいたるまでの動きを見ていきましょう。
三七年八月九日、上海で事件が起こります。共同租界にある日本人経営の紡績工場の警戒にあたっていた海軍陸戦隊の大山勇夫中尉と斎藤與蔵一等水兵が中国保安隊に射殺されました。大山事件です。
これをきっかけに、八月十三日から日中の両軍が上海で衝突し、第二次上海事変が起こります。
よく、陸軍がワルで海軍は善玉やという話がありますね。ただ陸軍には、石原莞爾(かんじ)のように不拡大派がいました。ところが海軍では早くから上海や南京への攻撃計画が進められていたのです。 -
0から学ぶ「日本史」講義〔近・現代篇〕第206回 出口治明「近衛内閣 その1・盧溝橋事件」
2023-11-16 05:00二・二六事件後、政治に対する軍部の圧力が高まったことは202回でお話ししました。事件後に成立した広田弘毅内閣が現役武官制を復活させたことで、軍部大臣は現役の大将、中将に限定されることになります。これで内閣人事に軍部が意見できるようになったのです。
一九三六年八月、首相、陸相、海相、外相、蔵相による五相会議を開き、対ソ連より南方に注力するという「国策の基準」を決めました。これは中国のうしろにいるアメリカ、連合王国(イギリス〔大英帝国は一九三一年十二月制定のウエストミンスター憲章により「連合王国」となりました。〕)を仮想敵国とすることも意味しました。
十一月にはドイツと日独防共協定を結びソ連への備えとしました。
馬場鍈一(えいいち)蔵相は歳出の四六・四パーセントを軍事費が占める大拡大予算を組みました。「準戦時体制」として、高橋是清蔵相時代の軍事費抑制から大転換を図ったのです。
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