自分のことのように・・・



 誰かや何かのことを、自分のことのように感じ、自分のことのように愛し、自分のことのように精進を重ねていく。
 
 2回前の連載で、僕は「自分ごと」という姿勢の強さと、そこにある「深い愛」について書いた。
 
 僕が常々、そのような姿勢をもとにして生きてきたからだ。
 
 そのような姿勢で生きることを、どこでどう覚えたのかは分からない。
 
 むしろ、少なくとも高校生くらいまでは自分らしく生きるための術を身につけるのが精一杯で、自分以外の人間に対して気持ちを傾けるゆとりなどまったくなかったはずだ。

 大学生の途中からプロのミュージシャンになったけれど、その頃もまだそうした意識を持ち合わせていた記憶はない。
 
 だとすると、やはりソニーミュージックに入って才能のあるアーティストと出会うようになってから、徐々にそういった姿勢を身につけていったのだろう。
 



 では、なぜ僕は才能のあるアーティストと出会ったことで、「自分ごと」という姿勢を身につけるようになったのだろうか。
 
 それはおそらく「プロデュース」という行為と関係があるのだろう。
 
 もちろんその「プロデュース」というのは、あくまで僕流のオリジナルなあり方であって、一般的なプロデュースがそうだとは限らないのだが。
 
 僕にとって「自分ごと」という姿勢を必要とする「プロデュース」とは何か。

 それは