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百田尚樹の日本史(12)
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百田尚樹の日本史(12)

2018-03-23 12:30
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 今年から、「百田尚樹の日本史」を連載でお届けしています。

 読めば誰でも日本が好きになる、日本に生まれたことを感謝する、そして日本人であることを誇りに思う――そんな「日本史」を書きたいと思います。

 

 

百田尚樹の日本史 12

 

 

 

 

平治の乱

 
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本質的ではないのですが、今回気になるのが平氏の表記です。宮仕えした清盛以降の伊勢平氏の一門は平家表記が一般的な気がします。他の平氏と差別化のために藤家や菅家みたいに呼び習わしていたかもしれませんし、平氏の特定の家柄として平家と称する方が良いのではないでしょうか?
同じ桓武平氏でも将門や貞盛(伊勢平氏の直接の先祖)などまで遡れば歴史的にも平氏表記が一般的だと思いますが。
引用された時忠の言葉も平家物語では「この一門にあらざらむ人」なので、平氏にこだわる必要はないと思います…とこだわりの文章を書き連ねながら、書くのも変ですね。
清盛に連なる平家以外では平家と表記するのは明らかな誤解を招きやすいと感じながら、他の時代について書いたことがあります。そのせいで平家は平家と書きたいと、感じたので失礼を承知でコメントさせていただきましたm(__)m
26ヶ月前
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