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2016年7月の記事 31件

ブルックリン物語 #16 “Willow Weep For Me” 柳よ泣いておくれ

夕方、バケツをひっくり返したような夕立があった。 携帯のアラートが「Flood, Flood! (洪水)」と慌ただしく知らせる。 パラパラ空から霰(あられ)が降るような音がして、デッキを打ち付けたかと思うと、開けっ放しにしていた窓を閉めて歩くうちに、窓の外は一気に水槽のような状態になった。 中華レストランの駐車場に向かう諦めた顔の運転手たちが、天の恵みを浴びて空を見つめている。車道にはノロノロ運転の車が渋滞し、一気に点けたヘッドライトの明かりが左右に情けなく揺れている。 このようなゲリラ豪雨が最近NYにも頻繁にやってくる。 瞬間に降る雨の量が半端じゃないので、街の弱い構造が一気にむき出し出しになる。古い地下鉄のA、 E 、Cラインの構内に流れ込んだ水は、しばらくそこが通れないほど溢れたり、天井から水がポタポタ落ちてホームが分断されたり。とにかくひどい。 途方にくれ全身ずぶ濡れになって平気で歩く人。買い物袋を頭からかぶり肩を抱き雨宿りにひょこひょこ駆け込む人。それらをあざ笑うように、雨はそこらじゅうにハネを豪快に上げて、隠れても隠れてもどこまでも追いかけてくる。まるで魔物のように。 地下鉄の中で張り裂けんばかりの大声で泣きだす子供に遭遇することがあるが、まさにあの感じ。人前ならば親は自分を叱れないだろうという読みのもとに、とことんまで声を張り上げてみる。周りはみんなそれに気がついていて知らんぷり。平静を装っていることがまた彼の泣き声にスイッチを入れる。今日の雨もそんな利かん坊の体(てい)だ。 さあさあ、みんなうろつき慌てふためくが良い。 いったんスイッチが入ったらこの雨は止まらないよ。 僕は普段から傘を使わない人なので、雨が降ると我慢強くどこかの軒先で雨宿りするか、意を決してずぶ濡れパターンで飛び出して行くかのどっちかになる。 15丁目9アベニューのシェードに溜まった水が、雨宿りをしている人の目の前にザバッと落ちてくると「おおお」と一斉に声が上がる。街路樹の葉っぱは表も裏もなくシャワーで洗われ、枝の周りをぐるぐる回る。まるで「雨花火」だ。車道の隅には流れ着いた水が排水できずに渦を巻き、「にわか池」を作る。カッパを着て、その中を勇敢にざぶざぶ歩いている人もいる。諦めにも似た気持ち。しかしニューヨーカーは大げさで滑稽なこの雨を、どこか待ち望んで楽しんでいる風情がある。 思い出したことがある。  

ブルックリン物語 #16  “Willow Weep For Me” 柳よ泣いておくれ
ブルックリンでジャズを耕す

47歳でポップミューシャンのキャリアを捨て、ニューヨークのニュースクールへジャズ留学する。20歳のクラスメイトに「ジャズができていない」と言われ、猛練習をすれば肩を壊し。自信喪失の日々の中、ジャズの種を蒔き、水をやり、仲間を得て、ようやく芽が出てきた。マンハッタンからブルックリンに越してきて5年。相棒・ぴ(ダックスフント)と住む部屋には広いウッドデッキがある。まだまだ、ジャズを耕す日々は続く。「プルックリン物語」「大江屋レシビ」「アミーゴ千里のお悩み相談」など、ブルックリンから海を越えてデリバリー!

著者イメージ

大江千里

1960年生まれ。関西学院大学在学中にデビュー。「格好悪いふられ方」「夏の決心」など45枚のシングルと18枚のアルバムを発表。映画、ドラマ、「トップランナー」司会の他、執筆活動も。2008年、NYのニュースクールにジャズピアノ専攻で入学。2012年『Boys Mature Slow』、2013年『Spooky Hotel』がビルボード日本ジャズチャート1位に。2015年、『Collective Scribble』、単行本『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』を発表。東京ジャズ、ブルーノート、富ジャズ他、ニューオリンズ、アムステルダムなど、精力的に活動中。

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