• このエントリーをはてなブックマークに追加

記事 1件
  • ブルックリン物語 #07 りんごの木の下で "In The Shade Of The Old Apple Tree"

    2016-05-05 18:00  
    「え。さっきポケットに縦にちゃんと入れてあったはずなのに」気づいたときにさっきまでそこにあった確かな重量はすでになく、着慣れたジャケットはジグザグに走るぼくの体の周りを優雅に心もとなくただ揺れていた。
    友達が家に来るので何か作ろうと近所のスーパーに買い物に来たのは数時間前のこと。ぼくは普段から財布を右のポケットに縦方向に入れる癖があり、野菜やら肉やらを探すときに右手が当たりその都度財布は浅いポケットから外へ外へと飛び出していたのであった。だからそれがいつ床に落ちたのかも気がつかなかった。
    迂闊だった。ましてや肉はポークのミンチで団子を作ろうだの、シュリンプで海老マヨを作ろうだの、そんな頭で方々の棚に集中しているときに、財布が落ちたことなんて気づくはずもない。顔面蒼白とはこのことだ。急いで自分が歩いた分だけ踵を返し、あちこちに戻って床の隅まで確かめる。しかし財布の痕跡などもはやどこにもない。