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長谷川幸洋コラム第53回 北朝鮮に拉致再調査を合意させた深刻な懐事情
2014-06-26 20:00330pt
横田めぐみさん(左:平壌で撮られた20歳時の写真、右:拉致された13歳当時の写真)
〔PHOTO〕gettyimages
日本人拉致被害者をめぐって日本と北朝鮮が全面再調査で合意してから3週間が過ぎた。菅義偉官房長官は5月29日の記者会見で「3週間程度で再調査を開始する」と見通しを述べていたので、そろそろ事態が動き出すタイミングだ。はたして拉致被害者は帰ってくるのか。後ろ盾を失い、カネとエネルギーで兵糧攻めに
まず北朝鮮はなぜ、このタイミングで動いたのか。2013年5月10日公開コラム(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/35752)で紹介した米国の国防総省報告書が指摘したように、北朝鮮の後ろ盾になっていたのは、長らくロシアと中国だった。北朝鮮は自分たちが乱暴狼藉を働いても限界を超えなければ、中国とロシアが支持してくれるはずだから大丈夫、と思っていた。ところが、ロシアがまず離れ始めた。その点を、ことし2月に出た最新版の国防総省報告書(http://www.defense.gov/pubs/North_Korea_Military_Power_Report_2013-2014.pdf)はこう指摘している。「北朝鮮はロシアとも友好的な関係を有しているが、それは中国との関係に比べれば停滞している。(中略)ロシアから北朝鮮を経由して韓国に通じる天然ガス・パイプラインの建設計画は毎年、トランジット手数料として数百万ドルを北朝鮮にもたらすはずだったが近年、ほとんど具体的な進展がない」ロシアはクリミア侵攻によって世界に衝撃を与えたが、少なくとも、その直前までは日本との関係を改善していた。2013年4月のプーチン大統領と安倍晋三首相による首脳会談では、北朝鮮の核保有を認めないことで一致したのに加えて、拉致問題についてもロシアの理解をとりつけている。最大の支援国であったはずの中国はどうかといえば、ミサイル発射や核実験を繰り返す北朝鮮に業を煮やして昨年5月、北朝鮮の外貨口座を凍結する金融制裁に乗り出した。金正恩総書記が中国とのパイプ役になっていた張成沢国防委員会副委員長を処刑した後、中国はことし1月から4月まで4ヵ月連続で北朝鮮向け原油輸出をストップしている。カネとエネルギーで兵糧攻めに出ているのだ。先の最新版国防総省報告書は中国について、こう指摘している。「北朝鮮は中国が核実験と高圧的行動を支持していないことを承知しているが、それでも中国は地域の安定維持に主眼を置いて、北朝鮮を厳しく罰したり外交・経済関係を遮断することまではしないだろう、とみているようだ」実際には、この報告書が出た後、北への原油供給が止まってしまった。中国の北朝鮮に対する怒りは相当、深刻とみていい。米国はといえば、北朝鮮を相手にせず、融和的な態度をみせていない。隣の韓国はどうか。反日共闘戦線を築く思惑もあってだろう、中国に接近し、中国もまた擦り寄ってくる韓国を可愛く思っているに違いない。習近平国家主席が7月3日に訪韓し、朴槿恵大統領と首脳会談を開くことがあきらかになった。東アジアにおける以上のような展開の中で、北朝鮮が今回、拉致再調査に同意したのは八方塞がりの出口を日本に求めた結果である。最近、話を聞いた政府高官も「北はとにかくカネがない。日本からの送金を可能にするために再調査に応じたのだ」と語った。今回の日朝合意(http://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/201405/__icsFiles/afieldfile/2014/05/30/140529nicchou.pdf)は北朝鮮が特別調査委員会を立ちあげた段階で「人的往来の規制措置、送金報告及び携帯輸出届出の金額に関して北朝鮮に対して講じている特別な規制措置、及び人道目的の北朝鮮船籍の船舶の日本への入港禁止措置を解除することとした」と記している。北朝鮮にはこれによって、多少なりともカネが入ってくる。北朝鮮に行く在日朝鮮人が手持ちで現金を持ってきてくれれば、一息つけるのだ。 -
田原総一朗 政治家を格付けせよ! 『国会議員三ツ星データブック』を作ったNPO「万年野党」の狙いとは
2014-06-23 20:00330pt最近、僕は新たな活動を始めた。政策NPO「万年野党」だ。では、「万年野党」とはいったい何か。本来なら、政権を監視して、問題点を指摘するのは「野党」、そしてマスコミの役割である。しかし、その野党である民主党、日本維新の会、みんなの党など、みなあまりにも情けなさすぎる。野党としての役割を果たしていない。では、マスコミはどうかというと、これもやはり頼りない。「だったら、国会の外に『野党』を作ろう」と、竹中平蔵さんからお誘いを受けたのだ。参加メンバーのなかでいちばん年上だということで、僕が会長になった。そして僕の次に年長である、オリックス会長の宮内義彦さんが、理事長を引き受けた。ほかにメンバーには、高橋洋一さん、古賀茂明さん、原英史さん、岸博幸さんがいる。彼らはみんな元官僚だ。官僚機構の改革を目指したが、さまざまな抵抗にあって、ついには組織を飛び出した人たちである。官僚機構のように巨大な既得権益を持つ組織を、中にいる人間が変えようとしても、その他大勢が大反対するに決まっている。内側からの改革なんて、できるわけがないのだ。これは国会議員でも同様だ。その最たる例が「一票の格差」問題だろう。選挙区ごとに、有権者1人あたりの「1票の重み」が不均衡な状態にある。これが法の下の平等を定めた憲法に違反するとして、各地で訴訟が起きた。そして「違憲状態」という判決や、なかには「選挙無効」とする判決も出ている。区割りや定数の是正は急務なのだ。 -
田原総一朗 リアリティがない朝日新聞や毎日新聞、それでも存在意義があるこれだけの理由
2014-06-20 20:00330pt集団的自衛権の行使容認に向けた議論が、繰り広げられている。政府は、集団的自衛権の行使を容認しなければ、実行できないと考えられる事例など15の具体的な事例を示し、国民の理解を得ようとしている。さて、集団的自衛権に対するメディアの反応はどうだろうか。「読売新聞」「産経新聞」は賛成、一方、「朝日新聞」「毎日新聞」、そして「東京新聞」は反対だ。はっきりと分かれている。僕は、「中立」報道というものは不可能だと思っている。だから、新聞各社が立場を鮮明にして、自由に意見を戦わせているいまの状況は、健全であると見ている。そんななか、月刊誌『WiLL』が、目を引く論文を掲載した。「日本を悪魔化する朝日新聞」。書いたのは「産経新聞」の古森義久さんである。古森さんは、「朝日新聞」の報道は、「外部の要因はすべて無視、脅威や危険はみな自分たち日本側にあるとするのだ」という。すなわち「日本は悪魔だ」という理念のもとに、主張を展開していると指摘しているのだ。たしかに「朝日新聞」の報道は、一貫している。たとえば、「集団的自衛権を行使できるようになる」ことを、「戦争をする」と報じる。「首相の靖国神社参拝」については、「軍国主義賛美」だから「反対だ」と論じている。それでも各社が立場を鮮明にして、報道することは健全なことだ、というのが僕の考えだ。とはいえ、「朝日新聞」「毎日新聞」「東京新聞」のこうした報道姿勢が、日に日にリアリティを失っていることもまた事実である。「集団的自衛権の行使は国際法で認められています。どうして日本だけが勝手に『禁止』だと自国を縛り、行使できる国に変えようとする政治家を悪者扱いするんでしょう。こんなに国民が国を信用していない国は、他にないんじゃないでしょうか」戦争を知らない世代の僕の番組スタッフが、こう言っていた。彼の意見はよくわかる。そして、彼のような人が、いまの「朝日新聞」「毎日新聞」「東京新聞」にリアリティをまったく感じなくなっているのだろう。だが、「けれど」と思うことがある。僕たち戦争を知っている世代は、国家が平気でウソをつくのを目の当たりにしてきた。戦争に負けた瞬間、コロっと態度を変える大人たちを見てきたのだ。そのような経験をしてきた僕たちにとって、「国を信用」するのは非常に難しいことだ。 -
田原総一朗 維新の会分裂で橋下徹は「真の政治家」になれるのか?
2014-06-19 20:00石原慎太郎さんが、橋下徹さんと袂を分かつこととなった。日本維新の会が結いの党と統一会派を組むことになったためだ。自主憲法制定を提唱する石原さんにとって、自主憲法を認めない結いの党は、受け入れることができないのだ。だが、そもそも橋下さんと石原さんとでは、政策が違い過ぎた。橋下さんはもともと、「脱原発」「憲法改正による首相公選制」といった政策を主張してきた。石原さんとかみ合わうはずがない。何より橋下さんは、「中央集権ではもうダメだ、地方から日本を変えよう」といって、大阪府知事になった人物だ。「都構想」をぶち上げ、道州制を提唱し、府知事になった。だが、府知事では何も変えられない、と考えると、改めて大阪市長になる。橋下さんは、そういう人間だったのだ。だが、石原さんと組み、「中央」を目指したころから、いったい何をしたいのかわからなくなってしまった。このころから、日本維新の会は変質してしまったのだ。橋 -
長谷川幸洋コラム第52回 集団的自衛権の見直し問題が触媒となる「与野党再編論」の現実
2014-06-12 20:00330pt
〔PHOTO〕gettyimages
ようやく野党再編の動きが出てきた。みんなの党と日本維新の会の分裂が引き金になったが、政策的には集団的自衛権の行使容認や憲法改正問題への対応が背景にある。日米同盟を基礎に国の安全保障体制を整えながら、与野党ともに深入りを避けてきた問題が再編を後押している形だ。この流れは今後、さらに加速する可能性がある。集団的自衛権の行使容認について与党が閣議決定すれば、早ければ今秋の臨時国会以降、遅くとも来年の通常国会から自衛隊法をはじめ具体的な関連法の修正作業が始まるからだ。そのとき野党はあいまいな態度ではいられない。国会で関連法の改正案に賛成するか反対するか、選択を迫られる。憲法解釈の見直しは政府の問題にすぎないが、法律の改正となれば国会の仕事であり、まさしく野党の存在意義がかかっているのだ。参院の議席数がどうなるか
鍵を握るのは、民主党である。民主党は減ったとはいえ衆院で衆院56、参院59の計115人の議員を擁する野党第1党である。自民、公明の巨大与党に対抗するには、維新やみんな、結いの党といった野党が結集するだけでは、あまりに非力なのは言うまでもない。民主党が大分裂し野党再編に合流するか、それとも独自路線を歩むかどうかで情勢はまったく違ってくる。民主党は集団的自衛権の見直しについて事実上、分裂した状態だが、いつまでも中途半端ではいられない。具体的な法案審議が始まるであろう来年にかけて、事態は大きく動くのではないか。まず、足元の動きを確認する。分党する日本維新の会は橋下徹、石原慎太郎共同代表がそれぞれ結成する新党の勢力が6月5日、決まった。橋下側が37人、石原側が23人で、残る2人が無所属で活動するという。橋下側は江田憲司代表が率いる結いの党(14人)と夏に合流し、この「橋下・江田新党」はいまのところ総勢51人になる見通しだ。加えて、橋下側も石原側もみんなの党(22人)に働きかけを強めている。最近、私が会った安倍政権幹部は野党再編について「参院がどうなるかですよね」と言った。自民党は参院で115議席を確保しているにすぎず、議長を除くと過半数の121に7議席足りない。万が一、公明党が集団的自衛権をめぐって連立を離脱するような事態になった場合、だれが不足分を補うかが安倍政権の生命線になるのだ。 -
田原総一朗 なぜ冤罪は起きるのか?突っ走る検察に歯止めをかけられない、煽るマスコミの「従軍記者」たち
2014-06-05 20:00330pt検事の郷原信郎さんは、僕がとても信頼する弁護士のひとりだ。彼は、由良秀之というペンネームで、小説も書いている。『司法記者』という小説だが、検察の内情を描いたものだ。この小説がいまWOWOWで、「トクソウ」という連続ドラマになり、話題になっている。その郷原さんが、僕の番組に出演してくれた。僕は、ロッキード事件やリクルート事件、ライブドア事件などを取材してきた。その取材をとおして、検察、とくに特捜部の怖さを知ったつもりだ。しかし今回、郷原さんに話を聞いて、改めて「正義」という言葉に酔って突っ走る検察の怖さ、そして、それを煽るマスコミの危なさを感じたのだった。たとえば事件を目の前にして、まず検察の上層部が、事件の「ストーリー」を描く。もちろん、捜査にとりかかるために、「仮説」をたてることは必要だ。しかし、その「ストーリー」に、何が何でも合わせようとしてしまうのだ。そのため、しばしば強引な捜査になってしまう。そんな捜査をしていれば、冤罪が生まれるのは当然である。リクルート事件の江副浩正さん、ライブドア事件の堀江貴文さんは冤罪だったと、僕はいまも思っている。そして、厚生労働省の村木厚子さんの冤罪については、みなさんの記憶に新しいことだろう。小沢一郎さんは無罪になったので、冤罪にはならない。だが、検察によって実質的に政治生命を絶たれている。こうした構図は、いったいどうして生まれるのだろうか。特捜部は、政治家を「巨悪」だとし、自分たちが「正義」だと信じている。検事一人ひとりは正義感にあふれた好人物だ。だが、組織になると「正義」を信じて突っ走ってしまう。では、マスコミが検察批判をしないのはなぜか。マスコミこそが、権力の暴走の歯止めになるべきではないのか。僕のこの疑問に対して郷原さんは、「マスコミは、対政治家戦争の従軍記者なんです」と答えた。相手が政治家や大物実業家になると、マスコミは「真実」よりも「勝利」を求めてしまうのだろう。つまり、「政治=巨悪を倒す検察」、そして、それを煽るマスコミという構図なのだ。 -
長谷川幸洋コラム第51回 北朝鮮の拉致問題再調査で浮上する安倍首相の「サプライズ解散」説
2014-06-05 20:00330pt集団的自衛権の行使容認をめぐる国会論議が本格化している。政府は与党協議に際して15の事例を提示したが、国会ではそれらの事例について安倍晋三首相が具体的に地域や対象について説明を加えた。一方、北朝鮮の拉致問題について北朝鮮が全面的な再調査を約束し、それを受けて日本政府も制裁措置の一部解除を約束するという進展もあった。これをどう考えるか。まず、集団的自衛権の具体的事例を細かく掘り下げていけば、想定している事態が明確になる一方、結果的にカウントの仕方次第で事例の数が増えていくのは自明である。集団的自衛権行使に反対する新聞はそこを突いて「集団的自衛権もう拡大」(東京新聞)とか「首相、答弁で事例増殖」(毎日新聞)、「自衛隊派遣、中東も想定」(朝日新聞、いずれも5月29日付朝刊一面)と批判した。 これは十分に予想された展開である。なぜなら、集団的自衛権を行使するような事態は戦争に突入しているか、一歩手前の緊張状態だろう。そうであれば、敵がどういう手を打ってくるか、完全には予想できない。15どころか100も200も事例が増えたっておかしくはないのだ。「ポジティブリスト」は公明党対策
本来なら、緊迫した事態で自衛隊が「何をしてはいけないか」を定める「ネガティブリスト」を決めるのが理想である。それは軍隊を規律付ける国際標準でもある。政府もそれは十分、分かっているが、それでは公明党が納得しない。そこで政府は集団的自衛権の議論を始めるに際して、最初に「何をするのであればOK」と言える「ポジティブリスト」を作る作業を選んだのだ。ポジティブリスト方式でいくと決めた時点で「細部を詰めていけば、いくらでも枝分かれして事例は増殖していく」のは承知の上だった。だから政府は当面、事例増殖の批判は覚悟のうえで論戦に応じるだろう。私自身がどう考えるかといえば、5月8日公開コラムで書いたように「日米安保条約で極東(韓国、台湾、フィリピン)防衛に米軍が日本の基地を使うのを認めた時点で、集団的自衛権の行使は容認されている」という立場なので、日本海で自衛隊の艦船が米艦の防護に動こうと動くまいと本質は変わらない、と考える。事例を枝分かれさせて、いくら細部を突いてみても、そもそも朝鮮半島有事で米軍は日本の基地から出撃するのだから、それはナンセンスな議論ではないか。反対派が「日本は絶対に戦争に巻き込まれたくない、他国の戦争に関わり合いたくない」というなら、極東有事で米軍の基地使用を認めないという話になる。それなら日本海の話ではなく、安保改定を主張すべきだ。ペルシャ湾の機雷除去について言えば、どこかの国(たとえばイラン)が機雷を敷設すれば武力行使に当たる。その機雷を日本が除去するのも武力行使になるから「戦争に巻き込まれるじゃないか」という議論がある。それは「日本が巻き込まれた」のか。そうではなくて「日本の生命線が狙われた」という話ではないか。そういう事態に対する必要最小限の準備として、国際社会の合意の下で、他国とともに機雷を除去する「選択肢」を持っておくのはおかしくない。これは「選択肢」であって、必ず除去するという「政策決定」ではない点にも注意が必要だ。実際に除去するかどうかは、現実の情勢を見極めて、政府が国会の承認を得たうえで決定する段取りになる。判断が間違っていれば、政府は国民の批判を浴びて、政権が倒れる場合だってある。それが歯止めだ。私は政策判断として戦闘中に自衛隊が出動しない場合もあると思う。それは、ときの政府と国会次第である。
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