• このエントリーをはてなブックマークに追加

記事 72件
  • 長谷川幸洋コラム【第71回】ハラハラなき総選挙のわずかな見どころは?

    2014-12-18 12:00  
    330pt
    つまらない選挙!? 〔PHOTO〕gettyimages
    12月14日の総選挙・投開票日が近づいてきた。にもかかわらず、選挙ムードは一向に盛り上がってこない。 最近、会食したベテラン編集者は「民主党の海江田万里代表や枝野幸男幹事長が落選するかどうか、無所属になった渡辺喜美元みんなの党代表はどうなるか、くらいですよね、興味があるのは」と言い放った。
    自民党が何と言おうと、数字が取れればテレビは扱う
    国民の関心も大方、そのあたりではないか。それが証拠に、いつもなら大々的に当落予想を載せる週刊誌も『週刊現代』12月20日号が「全295選挙区 これが最終『当落』予測だ 自民が圧勝、史上最多議席へ」という特集を組んではいるものの、トップ記事ではなく2番手の扱いだった。
    投開票日直前の当落予想が2番手扱い、というのは私が知る限り、前代未聞である。ちなみにトップ記事は「株価2万円に備えよ 全国民必読 株をやる人も、やらない人も」だった。総選挙より関心は株価なのだ。
    テレビ報道もめっきり少ない。朝日新聞は12月10日付け朝刊1面で総選挙に関するテレビ報道が激減している事情を報じたうえで、その理由について「自民党がテレビ各局に文書で『公平』な報道を求めたことで、放送に慎重になっている面もある」などと指摘している。
    だが、政党が選挙で公平な報道を求めるのは、べつに異例ではない。そんなことより、なんと言っても有権者の関心が低いのが一番の理由だろう。選挙報道で高い視聴率がとれるなら、自民党が何を言おうと、テレビはもちろん扱う。面白くないから報じないだけだ。
    番組が総選挙の話題を流し始めると、とたんに視聴率が下がる、という報道もあった。『週刊現代』が当落予想を2番手扱いにしたのも、トップにしたって雑誌は売れないからだ。話が面白くないから、トップにならない。それだけである。
    なぜ総選挙が面白くないか。答えが分かっているからだ。各紙は序盤戦から「自民、公明の与党で300議席超」などと一斉に伝えた。終盤戦を迎えても、共同通信や東京新聞が10日付けで、朝日新聞は11日付で同じく与党圧勝の見通しを報じている。
    国民を「えーっ!?」と思わせたのは最初の「与党が300議席超」までで、以後はハラハラ・ドキドキ感が失われてしまった。「戦う前から、すっかり興ざめ」という選挙はちょっと思い出せないくらいである。
    2009年総選挙は自民党から民主党への政権交代というドラマがあった。次の12年総選挙は逆に自民党への政権交代だった。第3極の躍進もあった。今回は政権交代どころか第3極もばらばらで、与党勝利で安倍晋三政権の継続という結果が確実である。
    ハラハラ・ドキドキ感は「何が起きるか分からない」「これから大転換が始まる」という期待感があって初めて生じる。それがなくて、政権続行と分かっているのだから、面白くなるわけがない。
    増税派なぎ倒し解散
    では、ドラマはまったくなかったかといえば、実はあった。マスコミがしっかり伝えないから、多くの国民の目に見えなかっただけだ。11月14日付けコラムや21日付けコラムで書いたように、安倍首相は増税を目指した財務省とその応援団の与野党議員、ポチ・マスコミを解散によってなぎ倒してしまった。
    だから、私は今回の解散を「増税派なぎ倒し解散」と名付けている(東京新聞12月1日付け「私説」)。もしも解散を言わずに増税先送りだけを言っていたら、最終的に政権が倒れていた可能性もあった。安倍首相が解散を宣言するかどうかが、天下分け目の勝負どころだったのだ。
    解散なしだったら、与野党とマスコミが一体となった増税派の大抵抗に遭って結局、安倍首相は先送り撤回=増税に追い込まれただろう。その結果、首相の求心力は低下、景気は崖から転落状態になって内閣支持率は急降下したに違いない。
    いまになっても、まだ「与野党そろって増税先送りに賛成なのだから、先送りで解散をする意味はなかった」などという解説が流れているが、まったく事実を歪めている。
    安倍首相が解散を宣言する前は、自民党内は増税派が勢いを増し、民主党も増税賛成、マスコミも東京新聞を除いて、みんな賛成論を唱えていたではないか。私に言わせれば「寝ぼけたことを言うな」という話である。首相が解散を宣言したから、増税派は飛び上がって驚いて「先送りやむなし」と方針転換したのだ。
    首相からみれば「解散宣言だけで最大の獲得目標だった増税先送りを確実にした」のだから「戦う前から完勝」である。その後のアベノミクスをめぐる選挙戦は、いわば碁や将棋でいう「感想戦」のようなものではないか。
    戦っているプロ同士から見れば「あそこで解散を打たれたら、もう野党が打ち返すタマはない」と分かってしまうのである。
    実際、私が10月22日に解散総選挙の見通しを初めてニッポン放送の番組で喋ったとき、放送直前にある野党党首に電話して「解散になるぞ」と話したら、その党首は「それは(自分たちにとって)最悪のシナリオだ」と言った。そのときから、事実上「勝負あった」状態だったのだ。 
  • 長谷川幸洋コラム【第70回】与野党はなぜ議論しないのか?失われた「集団的自衛権」の論点

    2014-12-11 20:00  
    330pt

    「アベノミクス信認」が焦点だが、もちろん集団的自衛権問題も重要なテーマ photo Getty Images
    今回の総選挙は安倍晋三政権が進めるアベノミクスを信認するかどうか、が大きな焦点になっている。日本の安全保障の本当の姿を前提に議論していない
    だが、実は外交防衛・安全保障政策もそれに劣らず重要なテーマだ。政治の目的は「平和と繁栄の確保」である。繁栄の前提が平和である点を踏まえれば、むしろ、外交安保のほうがずっと重要と言ってもいい。外交安保政策をめぐる最大の争点は、言うまでもなく集団的自衛権問題である。先の閣議決定をめぐって与野党の間で険しい対立があり、マスコミも賛成と反対に分かれて連日、大々的に報道した。だが、それで問題点が明らかになったかといえば、私はまだ全然、集団的自衛権の核心に迫っていないと思う。これまでも何度かコラム(たとえば、こちら)で触れてきたが、選挙戦が始まっても、与野党やマスコミが日本の安全保障について本当の姿を前提に議論しているとは思えない。そこで総選挙がいい機会だから、あらためて基本の論点を書いておきたい。一言で言えば、それは「米軍基地は何のためにあるのか」という問題である。多くの日本人は「米軍基地は日本を守るためにある」と思っている。はっきり言って、それは間違いだ。たとえば、沖縄の基地は日本を守るためにあるのか。そうではない。日本とともに極東地域を守るためである。岸信介首相が結んだ米国との秘密協定
    日米安全保障条約は第6条で次のように定めている。<日本国の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用することを許される。前記の施設及び区域の使用並びに日本国における合衆国軍隊の地位は、1952年2月28日に東京で署名された日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第3条に基く行政協定(改正を含む)に代わる別個の協定及び合意される他の取極により規律される。>前段にあるように、米軍基地は「日本の安全に寄与」すると同時に「極東における国際の平和及び安全の維持に寄与」するためにある。「極東」を具体的に言えば、韓国と台湾、フィリピンだ。ついでに言えば、米国がベトナムで戦争しているときは、ベトナムも極東の範囲に含まれていた。日本人はつい、基地は日本を守るためと思いがちだが、米国から見れば、日本に劣らず韓国と台湾、フィリピンも重要なのである。それらの国を守ることで、ひいては米国自身の平和と安全に寄与する、と考えている。以上の条文と現実をあるがままに眺めれば、日本は自国の領土を米国軍隊に提供していることによって日本自身の平和を、それからここが肝心だが、日本だけでなく韓国や台湾、フィリピンの平和も守っている形である。これは、まったく集団的自衛権そのものだ。日本は米国に基地を提供することで韓国を守っており、それで日本を守っているからだ。具体的に言おう。北朝鮮が韓国を攻撃すると何が起きるか。米国は2つの理由から韓国防衛に動く。まず北朝鮮は朝鮮戦争の休戦協定を破ったことになるので、米国は国連軍としての立場から北朝鮮の攻撃を見過ごす訳にはいかない。次に米国は韓国と相互防衛条約を結んでいるので、条約上の防衛義務を果たすためにも韓国を守る。そのとき米国の軍隊はどこから出撃するのか。沖縄をはじめとする日本の基地からだ。かつてベトナム戦争で米軍機が沖縄基地から飛び立ったように、第2次朝鮮戦争が起きれば、米軍は沖縄基地から出撃するのである。ただし、日本と米国は基地使用をめぐって事前協議する建前になっている。米国は日本に対して基地使用を認めるように事前協議を申し入れるだろう。そのとき日本はどうするか。「沖縄基地は日本を守るためだから、韓国を守るために使うのは認められない」と拒否するのか。答えは、拒否しない。認めるのだ。歴代の政権は認めることを大前提にして日本の安全保障環境を構築してきた。たとえば1960年、当時の岸信介首相が日米安保条約を現行の形に改定したとき、日本は「事前協議がなくても基地の使用を認める」という秘密協定を米国と結んだ。 
  • 長谷川幸洋 連載第69回 民主党は票を減らすのではないか――野党の存在意義も問われる衆院選の見方

    2014-12-04 12:00  
    330pt

    〔PHOTO〕gettyimages
    安倍晋三政権は今回の総選挙を「アベノミクスに対する国民の審判」と位置づけている。民主党は2年前の反省を生かせるか
    だが、政治の大きな流れを俯瞰すると、むしろ野党、とりわけ「民主党に対する国民の審判」になるのではないか。はたして民主党は変わったのか。公約を見る限り、変わっていない。それどころか、ますます混迷を深めている。国民が「政党に期待するもの」ははっきりしている。それは、国の平和と安定を守る外交安全保障政策、それと暮らしを豊かにする経済政策だ。けっしてイデオロギーではない。ところが、民主党の公約はどちらの分野でも立場がはっきりしていない。まず外交安保政策はどうか。焦点はもちろん集団的自衛権問題である。公約は「集団的自衛権の行使一般を容認する憲法の解釈変更は許しません」と書いている。「行使一般」という点がミソで「場合によっては行使を認める場合もある」と読める。どうしてこうなったかといえば、前原誠司元代表や長島昭久元防衛副大臣、渡辺周元防衛副大臣らのように、民主党内には「行使を容認すべきだ」という意見もあるからだ。集団的自衛権を認めるのか認めないのかと迫られると、党内で意見対立が生じてまとまらない。それで「行使一般は容認しない」と逃げているのである。経済政策もそうだ。公約は「厚く、豊かな中間層を復活させる」とうたっている。それはもちろん重要である。問題は「どうやって豊かな中間層を復活させるのか」が問われているのだが、具体的な政策の中身となると、これまた首を傾げざるをえない。アベノミクスの3本の矢にならったのか「柔軟な金融政策」「人への投資」「未来につながる成長戦略」という3分野に整理しているが、まず「柔軟な金融政策」というのは当たり前の話である。いま景気後退がはっきりしている中、このまま金融緩和を続けるのか、それとも一転して緩和はもう必要ないというのか、そこが問われている。もしも緩和をおしまいにして引き締めに転じるというなら、景気が一層悪くなるのは確実である。中小企業など円安で困っている部分があるのはたしかだが、それと金融のマクロ政策は別だ。中小企業を支援するミクロ政策と日本経済全体への効果を考えるマクロ政策がしっかり区別できていないから、議論が混乱する。 

    記事を読む»

  • 長谷川幸洋コラム【第68回】リスク重なる世界経済。それでも「消費税10%」というエコノミストやマスコミは財務省の「ポチ」ではないか

    2014-10-23 20:00  
    330pt

    もし、イスラム国が中東の原油を制圧したら… 〔PHOTO〕gettyimages
    世界経済の先行き不透明感が強まっている。国際通貨基金(IMF)の世界経済見通しは「下ぶれリスクは明白である」と強い言葉で警告した。欧州ユーロ圏は4~6月期にゼロ成長に落ち込み、中国も「すでにマイナス成長ではないか」という声がある。これで日本は消費税を10%に引き上げられるのか。欧州経済の先行きは悲観的
    まずIMFの予想をみよう。10月7日に発表された世界経済見通し(http://www.imf.org/external/japanese/pubs/ft/survey/so/2014/new100714aj.pdf)によれば、好調なのは米国と英国くらいだった。あとは日本を含めて悪化か、せいぜい横ばいだ。なかでも停滞が際立っているのは欧州である。ユーロ圏は債務問題という負の遺産から抜け出せず、2012年は▲0.7%、13年も▲0.4%とマイナス成長を続けた。14年はようやくプラス0.8%に転じる見通しだが、これは希望的観測かもしれない。欧州連合統計局(eurostat)が9月5日に発表したユーロ圏18カ国の4~6月期の国内総生産(GDP)は前期比0%成長だった(http://epp.eurostat.ec.europa.eu/cache/ITY_PUBLIC/2-05092014-AP/EN/2-05092014-AP-EN.PDF)。この後に発表された7月の鉱工業生産は前月比1.0%増とプラスを保ったが、建設部門の生産高は同じく0%と横ばいにとどまっている(いずれもeurostat)。景気回復はとても視野に入っていない。IMFも「ユーロ圏の回復が失速し需要がさらに弱まり、低インフレがデフレにシフトするリスクがある」と先行きには悲観的だ。
    イタリアを訪れた李克強首相。中国も欧州も経済に暗雲 〔PHOTO〕gettyimages
    中国の金の卵は壊れた
    それから中国である。IMFの見通しは14年に7.4%成長を見込んでいる。これは中国政府の公式目標7.5%とほぼ同じだ。ところが、中国出身の中国ウォッチャーである石平・拓殖大学客員教授は最近発売された『月刊Voice』の論文で「中国経済はいま、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされている」と書き出して、次のデータを紹介している。「それを端的に示しているのは、今年8月20日に中国煤炭工業協会が公表した2つの数字である。今年1月から7月までの全国の石炭生産量と販売量は前年同期比でそれぞれ1.45%減と1.54%減となったという」そのうえで、李克強首相が公式のGDP統計を信用せず、もっぱらエネルギー消費量や物流を基に本当の成長率を判断する、という有名なエピソードを紹介しつつ「このような物差しからすれば、…政府公表の『7.4%』ではなく、実質上のマイナス成長となっている可能性がある」と指摘している。日本の市場関係者に聞いてみても「7%成長は信用できない。実際はせいぜい3~5%くらい、というのが市場のコンセンサス」という。先週のコラム(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/40720)でも指摘したが、中国では不動産バブルがすでに弾けた。中国の国家的闇金融であるシャドーバンキングは、不動産バブルが高金利を生み出す金の卵になっていた。その卵が壊れたからには、いずれシャドーバンキングの破綻も免れない。GDPの半分に達する500兆円規模ともいわれる闇金融システムが壊れれば、どうなるか。中国だけにとどまらず、中国への輸出で息をついている韓国、さらに世界経済への打撃も避けられない。 
  • 長谷川幸洋コラム【第67回】政府もIMFも弱気なのに、日銀だけはなぜ強気なのか? 現状維持政策の読み方

    2014-10-16 20:00  
    330pt

    「タマ」はまだ取っておきます!〔PHOTO〕gettyimages
    日銀が10月7日に開いた金融政策決定会合で、景気は「緩やかな回復を続けている」という基調判断を据え置いた。日銀の強気は突出して異様
    一方、内閣府は同日に発表した景気の現状を示す指数の低下を受けて、基調判断を「下方への局面変化を示している」と引き下げた。政府が弱気なのに、日銀はなぜ強気なのか。弱気なのは日本政府だけではない。国際通貨基金(IMF)も2014年の日本を0.9%成長と予想し、7月時点の見通しから0.7%ポイントも引き下げた。4月の消費税引き上げで4~6月期の成長率が予想以上に落ち込んだためだ。さらに言えば、15年についても0.8%成長と同じく0.2%ポイント引き下げた。私はよく各地の中小、零細企業経営者たちと話をする機会がある。8日には兵庫県姫路市で税理士たちの話を聞いたが、彼らは異口同音に「私たちの顧客である中小、零細企業には景気回復の実感がありません。厳しい状況ですね」と言っていた。田園風景が広がる田舎に行けば、道を走っているのは軽自動車ばかりだ。生活の足になっている軽自動車のガソリン代値上がりが可処分所得を直撃している。家族数にもよるが、一世帯当たりでトータルの所得減は1万円を超える場合もあるという。これは物価上昇を加味した実質ではなく名目の話である。目の前で現金が消えていくのだ。そういう肌感覚や政府、IMFの発表と比べると、日銀の強気は突出していて、やや異様な感じさえある。
    10%消費増税がどちらに転んでも「いま緩和する必要はない」
    日銀内の事情に詳しいウォッチャーに話を聞くと、実は日銀の中でも意見が割れているらしい。それはそうだろう。「景気の先行きについて、事務方ではこの数週間で急速に弱気派が増えました。日銀は上司の顔色をうかがう“ヒラメ集団”でもあるので、トップの黒田東彦総裁が強気だと、あえて表で異論を唱える人はいませんが…」という。事務方だけではない。岩田規久男副総裁と黒田総裁の間でも意見が割れている、という説もある。岩田本人に確かめたわけではないから、それはひとまず措くとしよう。私は金融政策決定会合がまだ続いていた7日午後、テレビの生番組(BSスカパーの『チャンネル生回転TV Newsザップ!』)に出演していた。景気判断と金融政策の据え置き決定を聞いて「あ、これはタマを出し惜しみしたな」と直感し、番組でそう解説した。黒田総裁はこの先に控えている消費税増税問題をにらんで景気判断の変更と追加緩和を先送りした。私はそう思う。本来なら、ここで追加緩和に踏み切ってもおかしくない局面なのに、緩和どころか景気判断も現状維持にしてしまったのだ。ご承知のように、安倍晋三政権は消費税を10%に引き上げるかどうか、7~9月期の国内総生産(GDP)の数字をみて12月に判断する方針だ。ここで増税断行を決断すれば、政権は増税による一段の景気悪化を防ぐために、政策でテコ入れしなければならない。本当は増税しなくてもテコ入れが必要なくらいの局面だ。補正予算の編成と追加金融緩和である。補正予算編成は政府の裁量で可能だが、金融緩和は日銀の仕事である。建前はそうだが、政府は日銀に意見を述べることができる。当然、日銀に緩和圧力がかかる。黒田総裁とすれば、それはいまから十分に予想できるから、そのときに備えていまは緩和に踏み切らない。つまりタマをとっておいた。逆に増税を先送りした場合、露骨な緩和圧力はなくなるので、日銀には裁量の余地が広がる。そうであれば、緩和を急ぐ必要はない。増税先送りは前向きなサプライズになって、景気にプラス効果さえ生むかもしれない。それなら、なおさらいま緩和する必要はない、という話になる。
    〔PHOTO〕gettyimages
     
  • 長谷川幸洋コラム【第65回】朝日新聞はまだ懲りないのか!?「米国のシリア空爆」でも「ねじ曲げ」報道

    2014-09-26 20:00  
    330pt
    なんの話かといえば、米国のシリア空爆をめぐる報道である。米国がシリア空爆を正当化した根拠について、朝日の報道はとても正確とは言えない。朝日は「米国は集団的自衛権行使に基づいてシリアを空爆した」と印象付けようとしているが、事実は違うのである。書き出しに「集団的自衛権などを行使」

    朝日新聞9月25日夕刊一面より
    まず朝日の報道ぶりをみよう。朝日は空爆開始直後の9月24日夕刊で、パワー国連大使が潘基文国連大使に送った書簡の内容について「『空爆は自衛権行使』 シリア領攻撃 米が国連に文書」という見出しで次のように報じた。〈(書簡は)テロ組織の攻撃にさらされているイラクの要請を受けた米国が、他国が攻撃された場合に反撃する「集団的自衛権」などを行使したという説明だ〉書き出しのこの部分だけ読むと「そうか、米国は集団的自衛権に基づいてシリア攻撃をしたのか」と理解してしまう。本文はどうかというと、次のように書いている。〈…シリアのアサド政権について、自国の領土を過激派がイラク攻撃の拠点に使っているにもかかわらず、攻撃を効果的に防ぐ「能力も意思もない」と指摘。この場合、攻撃下にあるイラクは、国連憲章51条が定める自衛権に基づき自国を防衛できると説明。自国の脅威にもなっている米国も自衛権を行使した、とした〉お分かりのように、本文では「米国は自衛権を行使した」と書いていて、集団的自衛権という言葉は出てこない。記事には「米国が国連に出した文書の骨子」という横書きのメモが付いているが、そちらにも集団的自衛権という言葉はない。翌日朝刊でも「シリア空爆は集団的自衛権行使」と報道
    同じ24日夕刊で読売新聞はどう報じていたかといえば「シリア空爆 米『自衛権を行使』 国連総長、一定の理解」という見出しで本文はこう書いている。〈国連加盟国が攻撃を受けた際の個別的・集団的自衛権を定めた国連憲章51条に触れ、「今回のように、脅威が存在する国が、自国領土を(テロ組織によって)使われることを防ぐことができず、その意思もない時には、加盟国は自衛できる」とした〉これを読んで、書簡が国連憲章51条に言及していたことが分かる。この時点で私は頭が「???」だった。こんな重要な問題で、本当に朝日が書いたように「米国は集団的自衛権の行使だ」と明言したのだろうか、と思った。だったら、読売はなぜそう書かないのか、と思った。そのうえで翌25日の朝日朝刊を開いてみると、問題の論点についての記事は「シリア空爆、自衛権を主張」という見出しで本文はこう書いていた。
    右がアメリカのサマンサ・パワー国連大使 photo Getty Images
    〈オバマ氏の国連演説に先立ち、米国のパワー国連大使は23日、「イスラム国」への空爆をシリア領内で実施したことについて、「国連憲章51条に基づく自衛権行使」だとする文書を国連の潘基文事務総長に提出した。…文書によると、「イスラム国」の攻撃にさらされているイラクから空爆を主導するよう要請を受けたとして、他国が攻撃された場合に反撃する「集団的自衛権」を行使したとしている〉ここでも前日夕刊の線を維持している。前段は国連憲章51条の行使と読売夕刊と同様に書いているが、後段の「集団的自衛権を行使した」というくだりは記者の地の文章だ。これは本当だろうか。本当なら、米国は集団的自衛権の行使でイラクを空爆したという話になる。 

    記事を読む»

  • 長谷川幸洋コラム【第64回】安倍首相のブレーン浜田宏一内閣官房参与に聞く「消費増税と法人税引き下げの行方」

    2014-09-18 20:00  
    330pt
    「増税の痛みは統計が証明しています」
    安倍晋三政権は2015年10月に予定されている消費税増税をどうするのだろうか。上げるのか上げないのか、年末に判断する方針だが、安倍首相に影響力をもつ浜田宏一内閣官房参与(エール大学名誉教授)に9月11日午前、東京都内でインタビューした。浜田参与は慎重に言葉を選びながらも、景気が伸び悩むようなら増税を延期するか、あるいは段階的な引き上げを検討すべきだ、という見解を示した。一方で、消費増税以上に力説したのは法人税引き下げの必要性である。外国から日本に投資を呼びこむだけでなく、日本経済の供給能力を高めるうえでも法人税の引き下げは重要と指摘し、その財源として租税特別措置の見直しや将来的には炭素税の導入も検討すべきだと提言した。以下は浜田参与との一問一答である。* * *
    ーーーまず、いまの景気の現状をどのようにご覧になっていますか。浜田内閣官房参与(以下、浜田):いま潮目というか、いろいろに解釈できるときだ、と思いますね。外食産業とか建設とかよく言われますが、有効求人倍率やデフレギャップをみると、労働市場はひっ迫しつつある。地方を見ても、この傾向は一般的です。そういう基調は強いと思いますが、他方、生産は伸びていても在庫が積み上がっている。つまり在庫循環で見ると、そんなに楽観ばかりはできないのではないか。設備投資も機械受注が伸びている、という解釈もありますが、全部が安心なわけではない。リフレ派の中でも、片岡剛士(三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済・社会政策部主任研究員)さんみたいに十分、注意すべきだという考え方もある。日本銀行はおそらく岩田規久男(副総裁)さんも含めて、他の指標は強含みだ、という一般的な解釈をしていると思います。言えることは、4月増税の駆け込み需要があって反動が来た、GDPの数字はノイズというかショックにさらされている数字なので、いまは消費増税の可否も含めて将来の政策を決めるのにいい時期ではない。やはり安倍首相が言うように、7~9月の第3四半期の速報が出たところで考えるというのが正しい。ーーーいまノイズと言われましたが、4月の増税についてはどう評価していますか。浜田:「消費税はみんなに緩やかにかかるんだからいいんだ」という財務省のキャンペーンがあったようですが、実際には消費者から購買力を奪って国庫に移すのですから、消費に影響がないわけはなくて、それがボディブローというか、かなりの痛みだったというのはいま統計が証明しています。本田(悦郎)内閣官房参与が心配していたことは、杞憂ではなかったと思うんですね。いまのような国民所得の伸び悩みがもう1四半期続くようであれば、増税を延期するとか緩やかにするのは当然です。しかし、全体の趨勢としてGDP(国内総生産)が戻ってくる、労働市場やGDPギャップ等に勢いが失われていない、ということであれば、これからの主戦場は法人税の軽減問題だと思うので、そこについて景気が下折れしていないという証拠があるなら、消費者には悪いが、消費税はもう1つ我慢してもらって、法人税を徹底的に減税する。企業は公害税とか租税特別措置の廃止で痛みを感じてもらう、つまり企業にも別の形で財政再建の痛みを負ってもらう。法人税は少しずつではなく、むしろ大胆に大幅に減税する必要があると思っています。なぜ消費増税についての態度が軟化しているのか
    ーーー「もう1四半期」というのは7~9月期をみて、という意味ですね。浜田:そうです。もう少し待てればいいんですが。ある人に聞いたら(10%への増税を予定している)来年10月というのは、いろいろ調子が悪いらしいですね。ボーナス商戦にかかっちゃうらしいんです。だから、4月以上に10月に上げるのは、ちょっと…。ーーー7~9月期にどのくらいの数字が出てくればいいと思いますか。浜田:ぼくは数字が弱いので(笑)。そうですねえ、ならした趨勢に戻ってくるかどうか、ということでしょうね。いまの潜在成長率は情けないことに1%に届くかどうか分からない。そこに戻ってくるのが完全に見えてくればいいと思いますが、片岡さんなどは「また停滞してしまうのではないか」と心配していますね。ーーー民間では「4%くらいはいく」という人もいるし「そこまではいかないんじゃないか」という声もあるようです。浜田:逆に言うと、がんと落ちたんだから、趨勢に戻るためには同じくらい伸びないといけなくて、それはどうなるか分かりません。ーーー来年10月の消費税は「延期するか緩やかにする」というお話でしたが、延期というのは、たとえば1年延期というイメージですか。浜田:そういうことです。ただ再来年の4月にする、つまり半年延期も含めてです。なぜ私が消費増税について少し態度が軟化しているかといえば、いま幸いにして議論が消費税と法人税その他が加わっている。いままでは消費税だけを考えていて、日本経済もGDPギャップをかなり残した状態で議論していたが、今回は少なくとも日本銀行の見方によると、かなり生産のキャパシティに近くなってきている。財政再建について財務省は(赤字を)国内でも国際機関でも誇大に宣伝していたので、私は「そんなに急がなくても」と言ったわけですが、今回は法人減税が(議論され)国際競争あるいは国際ゲームの中に組み入れられている。法人税を下げるのは産業界、財界のためだけではなくて国民経済のために重要だと思います。ーーーもう1点、確認しますが「緩やかにする」というのは段階的に上げていく、という意味でしょうか。浜田:1%ずつ、1年半おきとかが一番緩やかですよね。いずれにせよ税率は上がっていくし、税収は入ってくる。永遠に延期では日本の財政基盤は弱いでしょうし、財務省が言うように、法人税を下げるのだったら財源はなければならない。それでも1回で2%上げるより、まず1%、残りの1%を1年なりに1年半後に上げたほうがいいのではないか。ややあいまいに聞こえるかも知れませんが、国民所得を1期ごとに見るというより、日本経済全体のメカニズムを見違えないようにするのが、私の立場だと思っていますので…。「法人税の議論にフォーカスを移すことが重要です」
    ーーーそこで法人税の話に移りたい。「消費増税と法人減税はセットであるべきだ」というのが先生のお考えなのでしょうか。浜田:「セットにする」という結果になるかもしれません。そう言うと「消費者をいじめて企業を優しくするのか」と言われる。昔は私もリベラルと見られていたので「変節したのか」と言われるんだろうと思います(笑)。でも、いまの法人税の国際競争は凄まじいものがあるんですね。カリブ海にいけば、法人税をゼロにして企業を誘致するタックスヘイブンがありますし、先進国でも英国はかつて日本より高かったが、いま25%さらに20%前半に下げようとしている。各国とも法人税を下げようとしている。たとえば、高橋洋一(嘉悦大学教授)さんが言っていますが、そもそも「法人税は2重課税だ、配当でまた課税されるのだから、法人税はなくてもいいのだ」という議論もある。法人擬制説というか、企業が中間的な器にすぎないなら法人税はゼロでもいい、と。でも私はそこまで哲学的議論に深入りはしません。後で課税しても、いま課税しても同じになることもありますから。ただ、英国が下げようとしているのは、法人減税が効くからに違いない。財務省の関係者に言わせると、投資を日本にするかフィリピン、シンガポールにするかは法人税だけには依存しない、と。その様な議論は経済学一年生の論理を無視しています。たしかに、賃金水準の問題もあるし従業員の環境とかもある。しかし、収益率が下がると投資しなくなるというのは、法人税も込みになって(判断材料に)入っています。単純に考えると、いま日本が(35%から)25%に法人税を下げれば、収益率は10%上がります。他の条件を加味したうえで投資の収益曲線が上がるわけですから、国際投資における(投資対象として日本に対する)需要は上がる。世界的な専門家である林文夫(一橋大学教授)さんにも聞きましたが、やはり資本コストに法人減税が関係してくる。どれだけの収益率があれば投資するか、というコストの部分が法人税で違ってきます。だから、まず法人減税で投資が増えてくるし、その後で日本経済の供給能力が増すような改革になる。いま需給が詰まってきていて、次はインフレが心配になる。第1の矢があれだけ成功したので、次は供給力不足の経済に入ると思うんですね。そういう状態では、第1の矢から第3の矢に軸足を移して、消費税から法人税の議論にフォーカスを移すことがいま必要なのです。ーーー日本経済の供給力を高めるためにも、法人減税が必要だと。浜田:まさに、そのために必要なのです。株式配当を受け取っている人たちと勤労者と比べれば、法人減税はどちらかといえば金持ち優遇の政策になるといわれれば、そうかもしれない。私も最近、参与になってからウォールストリートの人たちと付き合うようになったんですが、米国でも、価格一辺倒の経済が(格差を生む)二重社会になっている。もちろん投資に失敗して食べるのに困る人たちもいますが、やはり庶民の生活とは違う。分配の正義を考えたら、むしろ消費税を下げて法人税を上げてもいいじゃないかという議論も起きると思います。ただ、そうすると日本は再び低い成長率にとらわれてしまって、日本企業は「足で投票して」産業の空洞化が激しくなる。シンガポールの法人税は17%で日本とは15%も違う。そうすると、外人もそちらに投資したくなる。外国の投資家も英国やシンガポールに投資したほうがいいとなって、日本から資本が逃げていく。そうなると、地方創生どころじゃなくなってしまいます。朝日新聞は「乏しきを憂うな、等しからざるを憂え」というのがフィロソフィーでしょうから、それでやってもいいですけど。 

    記事を読む»

  • 長谷川幸洋コラム【第63回】消費税増税見直し、規制改革、TPPはどうなる!?安倍政権の経済政策を左右する4人の「実力」

    2014-09-12 20:00  
    330pt
    内閣改造と自民党役員人事が終わり、第2次安倍改造内閣がスタートした。経済政策との関係で今回の人事をみると、どう評価できるか。鍵を握るのは、党の谷垣禎一幹事長と稲田朋美政調会長、そして西川公也農林水産相、塩崎恭久厚生労働相の4人だ。まず幹事長である。谷垣は小泉純一郎政権で長く財務相を務め、党内でもっとも強硬な増税論者として知られている。2006年に自民党総裁選に出馬した時も消費税10%への引き上げを公約に掲げていた(http://www.47news.jp/CN/200607/CN2006072701002943.html)。いわば「ミスター消費税10%」と言っていい。そんな谷垣を幹事長に指名したのだから、安倍晋三首相は来年10月の消費税引き上げは予定通り、断行するつもりではないかと思われるかもしれない。だが、私の見立ては違う。安倍は谷垣とのガチンコ勝負に持ち込んで消費税の扱いを決めるつもり

    記事を読む»

  • 長谷川幸洋コラム【第62回】消費税再引き上げ、中・露・韓外交、北朝鮮拉致問題---内閣改造後の課題を「大黒柱」菅義偉官房長官に訊く!

    2014-09-04 20:00  
    330pt

    左:筆者、右:菅義偉官房長官(このインタビューは8月22日に行われた)
    安倍晋三政権がスタートしてから1年8ヵ月が過ぎた。政権はこれまでをどう総括し、新たにどんな課題に挑戦するのか。とりわけ、来年10月に控えた消費税の再引き上げはどうするのか。中国やロシア、韓国との関係は。そして北朝鮮による日本人拉致問題は---。内閣改造を目前に、政権の大黒柱である菅義偉官房長官にインタビューした。菅は慎重に言葉を選びながらも、それぞれの課題について方向性をにじませた。私がどう読み解いたかは後で触れるとして、まずは菅長官の発言を一問一答でそのままお伝えしよう。
    「いまのメンバーが総理にとって安心する」
    ---お忙しいところをありがとうございます。この内容は全部を『現代ビジネス』のコラムで、あと面白い部分は『週刊ポスト』の連載コラム「長谷川幸洋の反主流派宣言」でも紹介させていただこう、と思っています。菅官
  • 長谷川幸洋コラム【第61回】宮家邦彦氏と語った集団的自衛権の核心

    2014-08-28 20:00  
    330pt
    マスコミはついこの間まで集団的自衛権をめぐって大騒ぎしていたが、安倍晋三政権が肝心の法改正を来年の通常国会に先送りしたら、とたんに熱も冷めてしまった。それはマスコミの常である。マスコミの硬派報道というのは「天下国家、国のあり方を論じるもの」と思われがちだが、そうではない。基本的には「永田町や霞が関で起きていること」を報じ、論評しているのだ。言い換えれば、政治家や官僚が議論していることを「ああだ、こうだ」と言っているにすぎない。つまり問題設定をしているのは、あくまで政治家や官僚である。ときどき政治家や官僚が語らず「外に出る」とは思ってもみなかった話が特ダネとして報じられることもあるが、それはまれだ。最近では、福島第一原発の故・吉田昌郎所長が政府事故調査委員会に証言した「吉田調書」報道がそうだろう。朝日新聞が報じた後、産経新聞が先日、朝日報道に対する批判を交えつつ、後追いした。そのせいか、最近では「政府は吉田調書を公開すべきだ」という声も高まってきた。マスコミの側が問題を設定した数少ない好例である。こういう報道がもっと盛んにならなければならない。核心を外した議論ばかりだった集団的自衛権問題
    いきなり脱線した。今回の本題は集団的自衛権だ。私はこれまであちこちで何度も書いたり発言してきたとおり、日本は少なくとも1960年に日米安保条約を改定したときから事実上、集団的自衛権の行使を容認してきた、と考えている(5月2日公開コラム、http://gendai.ismedia.jp/articles/-/39149、『週刊ポスト』の「長谷川幸洋の反主流派宣言」2014年5月23日号、http://snn.getnews.jp/archives/313705など)。それは、日米安保条約が日本と並んで極東(具体的には韓国と台湾、フィリピン+ベトナム)の平和と安全の確保も視野に入れて、日本に米軍基地を設け、かつ有事の際に日本は事実上、米軍に基地使用を認めてきたからだ。基地使用を認めなければ、沖縄は返還されなかっただろう。これは「日本の安全保障がどういう構造の下で成り立っているか」を考える際に基本中の基本問題である。にもかかわらず、安保条約と米軍基地、集団的自衛権の問題は今回の行使容認をめぐる論争でも、ほとんど議論されなかった。少なくとも、私は新聞の解説記事やテレビ番組で見たり聞いたりしたことはない。なぜかといえば、まず第一に、政府がそういう議論を持ち出さなかったからだ。それから、野党もそうした視点から政府を追及しなかった。議論はもっぱら日本海やペルシャ湾の15事例のような「たとえ話」を中心に展開された。それは、まったく核心を外している。たとえば、日本海で米軍艦船が第3国に攻撃されたら、日本が一緒になって戦うのは是か非か。もっぱら、そんな議論が中心だった。反対派は、もしも戦うなら米国の戦闘行為と一体になるから「戦争に巻き込まれるじゃないか」というような論理を展開した。いわゆる「武力行使一体化論」である。歴代政府は基本的に「米軍の武力行使と一体になる行為はしない」という前提に立っていたから、野党もそういう前提を基に政府攻撃のロジックを組み立てたのである。政府が安保と米軍基地に深入りしなかった
    ところが、事の本質はどうかといえば、日本が領土を米軍に提供して、米軍がそこを基地に朝鮮半島有事で戦闘行為に入れば、日本は事実上、米軍と一体になる。敵から見れば、当たり前である。この点は、反対派も実は同じ認識に立っている。彼らは「有事になれば、沖縄の基地が真っ先に狙われる。したがって普天間飛行場の辺野古移転は反対だ」と言っているのだから。極東有事に備えた基地の存在自体が「日本は米国と一体になって戦う」という姿勢を示しているのだ。それは、集団的自衛権以外の何物でもない。「日本海で米軍のために戦えば集団的自衛権で、米軍に基地を提供するのは集団的自衛権ではない」というのは、安全保障と自衛の本質を無視した倒錯論である。あえて反対派のために言えば、もしも「日本は絶対に米国の戦争に巻き込まれたくない」というなら「極東有事では米軍に基地を使わせない」と主張しないと、首尾一貫しない。だが、そういう議論をしそうなのは日米安保条約破棄を唱えている日本共産党くらいである。つまり、極東有事のための基地使用を認める一方で、集団的自衛権に反対するのは原理的に矛盾しているのだ。こう言うと「いや、極東有事で基地使用を認めるかどうかは、日米の事前協議次第である」という反論があるかもしれない。建前はそのとおりだ。だからこそ、そこから議論が初めて核心に入る。残念ながら、議論は核心に迫らなかった。「私たちは集団的自衛権に反対だ。極東有事で米軍の基地使用も認めない。だから、日米安保条約を再改定しなければならない」という主張があったか。なかった。なぜ、なかったのか。それは、なにより政府が日米安保条約と米軍基地の問題に深入りしなかったからだ。加えて野党も結局のところ、政府が設定した議論の枠組みに乗っかっているだけだった。政府も野党も議論しないから、マスコミも報じず、論評しない。この国の安保論議はそういうカラクリになっている。一言で言えば、建前だけの虚構である。ここからが本題だ。では、政府は本音でどう考えているのか。その点を私は折にふれて、当局者や元当局者たちに尋ねてきた。その一端を今回、宮家邦彦・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹へのインタビューとして伝えたい。宮家は外務省の日米安全保障条約課長を務めたプロ中のプロである。私は宮家に『現代ビジネスブレイブイノベーションマガジン』の連載としてインタビューしたが、マガジン配信後に編集部の許可を得て、ここで集団的自衛権に関わる部分のみを抜粋して紹介する。この宮家発言こそが本質を物語っている、と考えるからだ。インタビューの一部はこれまでも3回に分けて、一部抜粋版を紹介してきた(第1回はhttp://gendai.ismedia.jp/articles/-/39858、第2回はhttp://gendai.ismedia.jp/articles/-/39948、第3回はhttp://gendai.ismedia.jp/articles/-/40091)。宮家の分析は他の論点でも秀逸だ。全容はぜひマガジン本体をお読みいただきたい。