-
長谷川幸洋 コラム第6回 『待機児童問題は深刻なのに10年経っても「保育所事業」へ株式会社の参入が進まない理由』
2013-06-06 12:00330pt前回のコラムで待機児童問題について書いたら、思いがけず多くの読者から反響をいただいた。そこで今回も、私が委員を務める規制改革会議での議論を紹介しながら、待機児童問題について続編を書く。
横浜市が保育所事業への株式会社参入を突破口に待機児童ゼロを達成した例を前回、紹介した。では、なぜ他の都市で株式会社の参入が進まないのか。
もともと保育所の設置主体は原則として社会福祉法人ないし市町村に限られていた。法律でそう決まっていたわけではない。旧厚生省の「通知」という行政指導によって、そう運営されていただけだ。その設置制限が2000年の規制改革で取り払われて、形の上では株式会社やNPO(非政府組織)法人などが参入できるようになった。
保育園をつくらせないカルテル
ところが、それから10年以上が過ぎても、いっこうに参入は進まない。なぜか。その実態把握が規制改革会議で焦点になった。3月21日の会議では、株式会社として保育所を経営する最大手であるJPホールディングスの山口洋社長を呼んで意見を聞いた。
山口: 「東京都町田市で当社が初めて株式会社立の保育園を始める。そのとき社会福祉法人の団体から『株式会社は質が低いからだめだ』という嘆願書が出た。実は町田市が募集した地域で応募したのは株式会社の2社だけで、社会福祉法人は一切、応募しなかった」
「なぜかというと、彼らはカルテルを組んでいて、1法人2施設までしか作らせない。将来、子どもたちの取り合い競争を避けるために、保育園を作らせたくないのだ。自治体の後ろにいる社会福祉法人が株式会社に反対して、なかなか参入を認めるに至らないのが全国の実情」(一部略。議事録はhttp://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/committee/130321/gijiroku0321.pdf)。
このとき、山口は独自に調べた全国自治体の保育所実態一覧表(http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/committee/130321/item5.pdf)を示した。こういう資料は厚生労働省にもない。その資料で、たとえば東京都では世田谷区が最多の待機児童を抱えながら、区の要綱で「保育所は社福に限る」と定められている実態が明らかになった。
委員: 「(世田谷区で株式会社が)申請しても認められない根拠はどこにあるのか。法律で認められていないわけではない」
山口: 「区でなく東京都が許認可権を持っている。区が都に推薦を上げないと東京都も審議ができない。区のレベルで推薦しない、という措置をされているということだ。その法的根拠となると、私もよく分からない。もしかしたら(裁判所に)訴えれば、効果があるのかなとも思う」
私は「自治体が独自の募集要項とか内部規則を作って株式会社の参入を阻んでいる場合、国が自治体の決めている要綱なり規則に上書きするルールを作って変えることはできるのか」と質問した。厚生労働省の答えは地方分権の趣旨から言って「できない」というものだった。
すると、問題は自治体(区)の取り扱いという話になる。だが、肝心の実態について山口の資料だけが頼りというのでは話にならない。国が調査すべきである。私は実態について緊急調査を求めた。次の会議で保育チームを率いる大田弘子議長代理が要求資料をまとめて厚労省に突き付けた。
待機児童ワーストなのに株式会社の参入を認めない世田谷
結果が出たのは4月17日の会議である。ここで厚労省は待機児童が多い東京都や埼玉県の一部、横浜市、川崎市などについて調べた一覧表を出してきた(http://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/committee/130417/item1-3.pdf)。
これは待機児童が50人以上存在する関東圏の自治体に限った部分的なものである。それでも国による調査で実態の一部が見えたのは大きな成果だった。これをみると、12年4月1日時点で東京都の待機児童ワースト5は世田谷区(786人)、練馬区(523人)、足立区(397人)、大田区(392人)、板橋区(342人)となっている。
先の山口の資料によれば、世田谷区は株式会社の参入が認められていない。実際、厚労省調査でも株式会社立の認可保育所は全部で109のうちゼロだった。練馬区では96中の14、足立区は88中の3、大田区は88中の5、板橋区は94中の4しかない。
このうち世田谷区と足立区は保育所募集で最初から問答無用で株式会社を排除し、板橋区は市有地を使った保育所募集で株式会社を排除している。
そこで、先の委員と山口社長のやりとりに戻る。そもそも国の行政指導では株式会社を排除していないのに、どうして区が排除できるのか。なにか法的根拠はあるのだろうか。ここが会議で焦点の一つになる。東京都に質問が飛んだ。
委員: 「(世田谷区などが)株式会社を排除している。これは区が最終権限を持っていて仕方がないということなのか」
東京都: 「区が現場を預かる立場で自らの責任で行なっている。区市がエリアの保育ニーズなど全部情報を持っており、都としては区市から内申があったものについて認可する仕組みだ」
別の委員: 「保育所の設置申請に対する許可権者はどなたか」
東京都: 「東京都」
委員: 「そうすると、なぜ区の言ったことを丸飲みするのか。法律が東京都知事の権限だと決めていて、区市町村の権限は何も決めていない。区市町村が内申してきたもの以外は認めない、という権限の行使の仕方が法律上、許されるのか」
厚労省: 「私どもの児童福祉法の理解では、都に裁量権があると理解している」
別の委員: 「『社福に限る』という区の裁量を東京都は是としているのか」
東京都: 「都としては、サービス内容とか経営の安定性とか株式会社と社会福祉法人の間に差はないと考えているので、差別的取り扱いを是としているものではない」(議事概要はhttp://www8.cao.go.jp/kisei-kaikaku/kaigi/meeting/2013/committee/130417/summary0417.pdf)
ようするに、東京都は「区が上げてきた方向で認可してますよ。でも、都としては差別していいとは思ってませんよ」というのだ。法律が都知事の権限と決めているのに、実態は区の判断任せで結局、株式会社の参入が進まないという話である。
1 / 1