• このエントリーをはてなブックマークに追加

今なら、継続入会で月額会員費が1ヶ月分無料!

記事 2件
  • 『東京不良少年史1990年代初頭~「関東連合」の復活と台頭』ニコ生ナックルズ リバイバル!vol.05

    2013-08-28 01:30  
    220pt
    「久田将義責任編集 ニコ生ナックルズマガジン」日本で一番危ないWEBマガジンが創刊!『実 話ナックルズ』『ダークサイドJAPAN』元編集長、現『日刊ナックルズ』(http://n-knuckles.com/) 編集長の久田将義が、インターネットを通して新たな「アウトローメディア」を始めました。その名も「久田将義 責任編集 ニコ生ナックルズマガジン」。編集長の久田氏をはじめ、様々なアウトロー著者陣営がどの既存メディアでも露出できない記事をお届けします。(毎週金曜日に はその週のまとめ記事を配信)
     《新刊のお知らせ》
    『関東連合 六本木アウトローの正体』(ちくま新書)がアマゾンで予約開始致しました。http://goo.gl/qm5Svx  (予約はこちらから!)《番組告知》
    8月30日(金)19:30からは8月31日(土)23:00からはニコ生ナックルズ公式Twitterができました!@nicoKnuckles

    ニコ生ナックルズ リバイバル!vol.05皆様、いつもお世話になっております。ニコ生ナックルズマガジンの編集を担当しております、石村と申します。「ニコ生ナックルズ リバイバル!」とは、過去に放送された番組を見直し、再放送しようというものです。ブロマガでは過去によく読まれているものをリバイバルします!この記事が読みたい!などの ご要望はこちら!今回のニコ生ナックルズ リバイバル!はこちら!↓
    『関東連合 六本木アウトローの正体』(ちくま新書)の内容をチラ見せ致します!東京不良少年史1990年代初頭~「関東連合」の復活と台頭 70年代に結成された関東連合だが、数代目あたりまでは会長が存在していたものの、80年代半ばから90年代にかけては有名無実化していた。僕は二代目会長のA氏にインタビューした事があったが、彼は50歳半ばでそのあたりまでは幹部会議などを開いていた。しかし、次第にチーム単独ごとの活動になっていき、関東連合としてのそれはなくなっていった。 実質活動していなかった関東連合だが、いわゆる現在、話題となっている関東連合はいったい、いつ誰が復活させたのだろうか。 最早、時代はチーマーであり暴走族の人数も減少していた。復活させたのは世田谷の上町、豪徳寺の付近の不良少年を中心とした「小次郎」である。70年代、関東連合結成当時の中心チームは「ブラックエンペラー」「マッドスペシャル」だったが、当時の関東連合の中心は「小次郎」「ブラックエンペラー」「鬼面党」「メデューサ」等である。 彼らは単独チームだけでなく大きな看板が欲しかった。それで、目をつけたのが関東連合の存在である。「うちは関東連合に属していただろ」と。従って「小次郎」などは当初は「関東連合上町小次郎」を名乗っていた。 そして、それを思いついて実行したのが、後に東京の不良少年の間ではカリスマ的存在となったA氏である。
     
  • 新刊のお知らせ『関東連合 六本木アウトローの正体』(ちくま新書)

    2013-07-28 10:30  
    新刊のお知らせ 『六本木アウトローの正体』(ちくま新書) がアマゾンで予約開始致しました。
    http://goo.gl/qm5Svx (別窓で開きます。)
     これはそもそも「 関東連合とは何ぞや 」という所から検証していっている本です。僕は『実話ナックルズ』編集長時代から関東連合幹部の取材・インタビューなどを行ってきました。それに加え、捜査関係者、裏社会の人間たちに取材したものを時には俯瞰し、時には関係者に直あたりして執筆したものです。
     この本は 1980年代半ば~1990年代の東京ストリート史 と言ってもいいかも知れません。
     関東連合が六本木に進出したきっかけとなったのが、当時 チーマーとの抗争を制し 、渋谷の不良少年たちを影響下に置いた事が大きかった訳です。
     今まで、そういうノンフィクションがなかったように思えたので、僕自身の体験も含めた、 東京不良少年史 を書いてみました。
     そして、一人の「 悪のカリスマ 」と一部の後輩に呼ばれる人間が関東連合を大きくします。彼はその資金と人脈で六本木進出を果たしました―――。
    是非、新聞、雑誌を賑わしている この集団の真相 を知りたい方、ご一読頂ければ幸いです。
    ( 文:久田将義 )