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  • [餅田もんじゃ] 新進気鋭の謎の女性ライター再登場『敗北のライブハウス』

    2014-01-27 01:00  
    餅田もんじゃ 寄稿記事 『敗北のライブハウス』
    いわゆるライブハウスでのライブには、特有の「作法」がある。汗がすごいからタオルを持って入るとか、ロッカースペースは狭いからなるべくしゃがまないとか。多分他にも色々あるのだろうけど、年に1,2回程度しか行かないから最低限のことしかわからない。

    先日、久しぶりに以前から好きなイギリスのバンドのライブに行った。開場してスタンディングエリアのそこそこ良い位置を確保すると、開演までの間、特別することもなく一人ぼーっとしていた。ぼーっとするとなると、自然と会場の中の人たちに目が行く。女性に人気のあるロックバンドだと思っていたが、意外に半分くらいは男性客だ。ほとんどが20代。仕事を休んだ社会人らしき人が多いが、たまに学生らしき背格好の人も目に付く。その中で特に目立ったのが、私の2列ほど前にいた長身の男だった。

    彼がいくつかはわからないが、音楽系サークルに入っている大学生、もしくは卒業した後もその音楽系サークルに入り浸るOBであると推測した。ニット帽を被り、田中みな実に似たかわいい女性の肩を抱いている。私が最初の「音楽系サークル」と判断するに至った理由は、彼のリズムの取り方にあった。

    音楽を聴いてリズムを取るときのこと考えてみてほしい。無意識にそれを行うとすれば、首を縦に振って、うなずくように身体を揺らす人がほとんどだろう。だが彼は逆だった。開演前に流れる音楽に合わせて、頭を反り返すように上の方に振っている。要するに本来であれば音楽とともに下に沈むはずの顎を、あえて上に突き出している。顎で卓球のラリーをやっているとしたら、あんな形になるだろう。しかも裏拍に合わせている。そして開演時間を回ると早くしろとばかりに積極的に手をたたく。

    背後から見ていても、彼の「俺ライブとか慣れてるから感」は半端なかった。それは彼の行動からにじみ出るものではなく、その行動をあえて選ぶ自意識から醸しだされるものだ。きっと「音楽」をあえて「音」とか言いそうなタイプの人間だな、「音に溺れ、リズムに理性を失う性質(タチ)」とかtwitterのプロフィール欄に書いているかもな、などと勝手な妄想を展開しているうちにバンドが登場し、何の引っかかりもなく、私は彼の存在を忘れた。

    ライブも佳境となり、ついに一番盛り上がる彼らの代表曲がかかった。わっと歓声が上がる中、間近でなにか一際野太い声を感じた。いつの間にか「裏拍の彼」がすぐ横にいたのである。その横に田中みな実似の姿はない。嫌な予感がする。おいみな実、ちゃんと囲っとけよと思う間もなく、彼は車海老のように身体を曲げてリズムを刻み始めた。そしてその激しく動く筋肉やら骨やらの一片一片が私の腹に突き刺さる。痛い。足もガンガン踏まれる。とても痛い。私も好きな曲なので盛り上がりたいわけだが、こうなってくると意識の半分は、自分の横の身体をなんとか押し返す作業に持って行かれる。ライブハウスの経験値が低いから、こういう時のやり過ごし方がわからない。どけ。とにかくどいてくれ。

    別に裏拍を取るのは良い。全身で盛り上がるのだって、個人の自由だと思う。ただ彼の一連の所業は「音に酔ってる俺」を全身で表現しているようだったし、何より普通に邪魔だった。感情を突き上げるように進んでいく音楽、そして物理的に私の腹を突き上げている、形の大きい筋肉と骨。この肉と骨さえなければ、とほとんど殺意に近い感情を膨らませながら、私はその後も数曲その状態で堪えた。

    総合的にそのライブはとても良かった。期待以上のパフォーマンスが見れたし、これまで聴いたことのない曲をいくつもやった。だがどうにも、その裏拍男のことが腑に落ちない。なぜ、あいつの自己満足のためにこちらが割を食わなければいけなかったのか。
    しかも帰り際、ドリンクチケットを使うための長い列に並んでいたとき、少し遠くにいるその男を再び見つけてしまった。すでにハイネケン片手にみな実や仲間たちと盛り上がっているようだ。そして私に見られるのを待っていたかのように、彼は拳を突き上げ夜空へこう叫んだ。

    「ライブ、サイコー!!」

    敗北。その堂に入った構図に、私は敗北感を感じるより他なかった。「サイコー」だ。私が何を思おうが、彼はとにかく「ライブ、サイコー」だったのだ。
    やるせない思いを胸に抱きながら、人ごみの中じりじりとドリンクスタンドに向けて進んでいく。とりあえず、交換するのはハイネケン以外にしようと思った。

    (文:餅田もんじゃ)