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  • [餅田もんじゃ] 新進気鋭の謎の女性ライター『色男先輩の思い出』

    2014-03-18 01:00  
    220pt
    餅田もんじゃ 寄稿記事 『色男先輩の思い出』

    以前勤めていた職場に、カッコいい先輩がいた。とはいっても外見が特別整っているわけではなく、少し身長が高いくらいなのだけれど、なんだか要所要所で絶妙にカッコいいのである。実際、周りの人からの「カッコいい」という評価は確立していて、本人もそのことを自覚している様子だった。

     私はその人のことを影で『色男先輩』と呼んでいた。なぜ影でかというと、言葉にするとどうしてもバカにした響きになってしまうのである。というか実際三割くらいはバカにしてつけたあだ名だったので、会社の人の前では決してその名前を口にしなかった。

     色男先輩の最大の特徴として、その物言いがある。たとえば最初に彼と一緒に仕事をした時、こんな言葉をかけられたのを覚えている。

    「やっぱり良い仕事をするためには、プライベートな時間を大事にしないとね」

     なにか非常に意義深いことを言われているような気がして、私はなるほど、と頷いた。おそらく落ち着いたペースでゆっくり、しかも目を合わせて喋るのが効いているのだと思う。よくわからないがすごそうだから覚えておこうと、新入社員の私はその言葉を胸に刻んだ。

     また、過去の恋愛の話になったときのことだ。私は以前の彼氏に関してあまり良い思い出がなく、その当時楽しく行っていた遊園地や水族館などいわゆる一般的なデートコースにまったく興味がなくなってしまった。そんなような話をすると、色男先輩は含んだ笑みを浮かべながら、

    「それはつまらない男と付き合ってたからだよ」

     今思えば、はい、としか言えない。だってその通りだからだ。だけど先輩が言うとどうしても意味ありげに聞こえるので、やはり私はその言葉もしっかりとした記憶しておいた。

     今思い返しても、色男先輩のことは結構尊敬していたと思う。仕事をきちんと教えてくれたし、訪問先でも話し方というか、聞かせ方がうまいのである。私は焦って話が意味不明になることが多いので、そこをしっかり見習って直そうと思った。多少、カッコよさが鼻につく感じには目をつぶろうと思った。

     そんなある日、先輩はいつものように大きな黒目で私をじっと見つめて言った。

    「餅田さん、文章を書くのが好きって言ってたよね」

    「はい」

    「じゃあさ、あれ読んでおいた方がいいよ。あれ。すごく勉強になるから」

     先輩は「あれ、あれ」と繰り返す。どうやら思い出せないようだった。だけど私も書名が知りたかったので、根気良く待った。何度目かの「あれ」を経て、先輩はざっと顔を上げ、私を指差してこう言った。