-
[久田将義]AKB48紅白歌合戦から見たメンバーを三国志の登場人物に無理矢理に例えてみた
2013-12-24 01:00220pt
AKB48紅白歌合戦から見たメンバーを
三国志の登場人物に無理矢理に例えてみた
まず、最初に。
『三国志』が大好きだった。思い出のある作品だ(吉川英治版)。小学六年生の時、分厚い『三国志』を父の書棚から持ち出し、上中下巻、一巻ずつそれぞれ三日かけて読み通した。それから、それより前の中国の歴史の登場人物にも注目するようになり、楽毅、韓信、管仲等も含めた中学生の時は授業中に自分のオリジナルの猛将部門とか知将部門を設けてランキングを作っていたものである。
従って僕の『三国志』は『吉川三国志』であるので、「蜀寄り」になっている事を、あらかじめお断りしておきたい。
12月17日にAKB48グループの紅白歌合戦が、東京・水道橋のTOKYOドームシティで行われた。ドームシティ僕の好きな会場でもある。それか日本武道館。東京ドーム、日産スタジアム等は豪華な演出が見られるが、余りに広すぎてモニターでしかグループの面々を確認する事ができないのが難点だ。西武ドームは夏のライブで空調がきかない為か、過呼吸、熱中症になるメンバーが出たり、客にとっても交通の便が余りにも悪く、野球以外のライブではちょっと二の足を踏んでしまう。
順不同で。まずは先頭で登場した小嶋真子。研究生ライブを見た時に輝きが違うと思っていたらチーム4に。次世代のセンターと言われている、顔立ちは正に「日本のアイドル」だ。言うまでもないが、彼女の魅力は笑顔だろう。前田敦子にも少し似ており、AKBのセンターの原点が前田だとしたら、その正統たる後継者は彼女になるのではないか。天狗になったり、男性問題が起きなければ順当に行ってセンターだろう。総選挙の順位が今から楽しみである。
三国志で言うと、若き日の姜維になるであろうか。諸葛亮孔明に天才少年というような評価をされ、自分の後継者は彼だと言われた。蜀の将来を担う人物と将軍だった(と、言う事で前田敦子は諸葛亮孔明に)。
続いてパフォーマンス、MCなど全てにおいて安定の大島優子。ただ、紅白のときは台本上そうなっていたのであろうが、MCにはほとんど参加せず、表情もいつもの明るい大島とは異なりさすがに疲れていたように見えた。ドラマ『安堂ロイド』の疲労がたまっていたのか。
MCに参加しなかったのは、ドラマ出演の為リハーサルが出来なかったのと後輩メインMC渡辺麻友、横山由依を立てたいという気持ちもあったのであろうか。しかし、紅白ではトリを務め、ステージから客席に降りて、審査員席まで行き、審査員の一人漫画家小林よしのり氏に接近し笑顔を振りまいていたのはさすがだ。このパフォーマンスは小林氏をして「わし、理性を失った」と言わせた程。
常に結果を出し続ける大島は関羽で。
MCは渡辺麻友と横山由依。次世代を引っ張る二人だ。
渡辺麻友は、
-
【拡張!日刊ナックルズ】関東連合の名前も浮上した テレビが報じない「ミス・インターナショナルが大手芸能事務所社長を告訴」騒動
2013-12-23 11:00220pt拡張!日刊ナックルズ
関東連合の名前も浮上した
テレビが報じない「ミス・インターナショナルが大手芸能事務所社長を告訴」騒動
昨年の「ミス・インターナショナル」で、日本人として初めてグランプリに選ばれた吉松育美さんが、大手芸能プロ「ケイダッシュ」の幹部で、関連会社「パールダッシュ」社長の谷口元一氏を11日、威力業務妨害で警視庁に刑事告訴、ならびに東京地裁に民事提訴した。
谷口元一氏はかつてフリーアナウンサーであった故川田亜子さんの自殺でも名前が出た人物でもある。
吉松育美さんに対し、自殺した川田亜子さんの様にならない様に、といった趣旨の電話を掛けた行為なども取り沙汰されている。これらの騒動は日刊ナックルズで既報した通りだが、もう一つ違った見方をしてみたい。
圧力をかけたとされる谷口氏には、常にきな臭い噂がつきまとっている。その根拠はどこにあるのだろうか。コネクションを辿るうちに、以下のようなインタビューを取る事が出来た。取材相手は谷口氏と面識のある裏社会関係者である。
-
「シリーズ廃墟探訪『しだかユートピア』・西成のマザーテレサ事件・裏社会の扉 in 東京の下町」ニコ生ナックルズマガジンvol.46
2013-12-20 01:00398pt《目次》
01. [中田薫]【シリーズ廃墟探訪】オリジナリティはあったものの……大分県別府市大字東山『しだかユートピア』 02.【拡張!日刊ナックルズ】正に混迷の様相を呈してきた「西成のマザーテレサ事件」 03.[久田将義]ザ・リアルcase2「裏社会の扉 in 東京の下町」ニコ生ナックルズ リバイバル!vol.11 -
[久田将義]ザ・リアルcase2「裏社会の扉 in 東京の下町」ニコ生ナックルズ リバイバル!vol.11
2013-12-18 01:00220pt前号で、「CASE1六本木裏社会」をかいま見た、というような事を書いた。こういう些細な事から喧嘩、抗争へ発展するんだなと思わず想像してしまった訳である。そして、歌舞伎町のある親分取材した際、「浄化作戦後も毎日、どこかで喧嘩は起きている。私ら、上の者が話し合いで止めているだけです」というコメントを聞いて、僕も「ああいうのが日常茶飯事なのか」と改めて裏社会の入り口を覗いた気がした。 僕などはまだまだ駆け出しでベテランの溝口敦さんや、先輩の鈴木智彦さん、山平重樹さんらのように、「食いこんで」はいないものの、備忘録的に第二弾を書いてみたい。
これは東京の暴走族を取材していた時の話である。下町出身者たちで構成されているそのチームの凶暴さは都内では知られており、彼らの地元の店で食事をしながらインタビューをしていた。OBも同席しており彼らの中にはヤクザになる者も少なくない。というより、僕の感覚だと半分以上が渡世に入っていたような気がする。「そういうチーム」だという事を読者の皆さんにおいては理解して頂いて読み進めて頂きたい。
地元の居酒屋に入り、インタビューも大体終わり、雑談モードに入っていった(店主もその暴走族出身である)。するとその店の常連の客(50歳くらい)が「俺も昔、暴走族だった」と言い出した。OBらは大人の対応で聞き流し、和気あいあいとした雰囲気の飲み会のような感じになった。僕も普通に、彼らと受け答えをしていた。 と、急に僕の隣に座っていたヤクザの雰囲気が変わった。今までは愛想よく受け答えしていたのに。少し沈黙した後だ。
「おう、ちょっと待て。お前今何言うたんじゃ」 -
【拡張!日刊ナックルズ】正に混迷の様相を呈してきた「西成のマザーテレサ事件」
2013-12-17 01:00220pt拡張!日刊ナックルズ 正に混迷の様相を呈してきた「西成のマザーテレサ事件」
ちょっと困った事になってきた。日刊ナックルズ(http://n-knuckles.com/)でライター「西郷正興」氏が追っている大阪・西成で2011年11月14日に遺体で発見された「西成のマザーテレサ」「さっちゃん先生」こと矢島祥子さん事件の取材が、暗礁に乗り上げたような感があるからだ。
日刊ナックルズの西成のマザーテレサ関連記事はこちら
貧困ビジネスが事件の背景にあるであろう事は、日刊ナックルズでも散々指摘してきたが、実は核心を知っている人物に接触した所、かなり断定的な口調で「こまの事件は解決しない。警察も了解済」と言われたのだ。
僕たちは捜査機関ではない。メディアである。つまり事件を解決するのはあくまで警察だ。その警察も了解済とはどういう事か、と、言ってもその人物は口を閉ざすのみで、全てを話そうとしない。
テレビ朝日『スーパーJチャンネル』『報道ステーション』がずっとこの事件を追い続けており、その姿勢は敬服するものの、約三年でわかった事は事件が他殺として西成署が捜査している事くらいである。それと矢島さんの恋人と称する人物に接触した事なども挙げられよう。因みにその恋人がどんな人物であったかは日刊ナックルズに書いた通りで、ひたすら金を要求してきたというもの。その人間がどういうシロモノか推して知るべし、である。
テレビ朝日関係者から「この事件で一番先に行っているのは日刊ナックルズです」と言われているし、遺族の事を考えると、いかにして決着をつければ良いのか頭が痛い。
貧困ビジネスと裏社会の結び付きは日刊ナックルズで、おりを見て指摘している。貧困ビジネスがこれほど裏社会の大きな収入源になっているのは、日本経済の停滞が根本にある事に他ならず、アベノミクスはいったい何を目指そうとしているのかよく分からない。
西成の事件をこれほどしつこく追うのには、勿論遺族の方の無念さを少しでも晴らす事が出来たらという点と、この事件こそ現代日本の暗部を象徴しているかのように映るからだ。
-
[中田薫]【シリーズ廃墟探訪】オリジナリティはあったものの……大分県別府市大字東山『しだかユートピア』
2013-12-16 01:00220pt中田薫 寄稿記事 【シリーズ廃墟探訪】 オリジナリティはあったものの… 大分県別府市大字東山『しだかユートピア』
別府っ子ならば、誰でもその名前を知っている遊園地「ラクテンチ」。昭和4年に開業し、平成21年にめでたく開園80周年を迎えた別府っ子のソウル遊園地だ。長い歴史で苦難もあり、経営は「別府ケーブル遊園→別府国際観光→岡本製作所」と移り変わり、園名も「別府遊園→別府ケーブルラクテンチ→別府ワンダーラクテンチ→ラクテンチ」と変遷。レトロで味ある枯れた雰囲気を湛えながら、今なお歴史を刻み続ける別府市立石山山腹の遊園地である。
このラクテンチの兄弟遊園地として昭和43年に開園し、往時は約4キロの距離を互いにリフトで行き来できた遊園地が、志高湖畔近くの遊園地『しだかユートピア』だった。ラクテンチが幼児、小学校低学年向けのほのぼの遊園地であったのに対し、しだかユートピアには巨大迷路やローラースケート場があるなど、ラクテンチよりも客層が高めであることが両者の違いであった。
しかし、
-
「廃墟探訪『きぬ川館本店』・風俗について・六本木裏社会」ニコ生ナックルズマガジンvol.45
2013-12-13 01:00398pt01. [中田薫]【シリーズ廃墟探訪】拡大、衰退、低迷の典型的温泉地…栃木県日光市藤原『きぬ川館本店』 02.【拡張!日刊ナックルズ】風俗について考えてみた 03.[久田将義]ザ・リアルcase1「六本木裏社会」ニコ生ナックルズ リバイバル!vol.10 -
[久田将義]ザ・リアルcase1「六本木裏社会」ニコ生ナックルズ リバイバル!vol.10
2013-12-11 01:45220ptザ・リアルcase1
暴力団排除条例施行の数年前の事である。
「待てこらぁ!」「俺をなめとんのか!」
夜の六本木のクラブの中で怒号が飛び交った。僕の隣の男が店の社長だかを怒鳴りあげている。僕は冷静を装っているものの、しかし心臓はバクバクだ。必死に男を止める。懸命に肩を抑える。神経を逆なでしないように優しく声をかける。 でも「彼」もう完全にキレている。「彼」は服がはだけて胸から「絵」が見えているのも構わず店員に向かっていく。僕は気に触らないように服のボタンをはめようとする。それも押しのけ物凄い形相でこっちを見る。
「こいつら俺をなめてんでしょう!あぁ!?」
「ま、まずい……」 僕の顔から血の気が引いていくのが自分でわかる。ここは六本木クラブだ。と、いうことはケツもちがいるに決まっている。
怒号を響かせているのは僕の取材相手。 「彼」はバリバリの「現役」だ。当たり前だが、酒が入らなければ普通に応対してくれている。 皆さんは盛り場でその筋の人間の喧嘩に出くわした事はあるだろうか。そういう場面には遭遇したくはないという人がほとんどだろう。遠くから見ている分には「いい見せ物」かもしれないがそうでなければ、巻き添えを食う可能性もある。 それでは当事者になってしまった事はあるだろうか、その筋の人の喧嘩を。
という事で、「もう二度とゴメンだ」という体験を書いてみる。編集者になっていなければこんな体験をせずに済んだのに……。 -
【拡張!日刊ナックルズ】風俗について考えてみた
2013-12-10 01:00220pt拡張!日刊ナックルズ 風俗について考えてみた
日刊ナックルズ(http://n-knuckles.com/)にこんな記事が載った。
東京・吉原ソープランド街の生きる伝説「巨匠」がいまだ大人気なワケ http://n-knuckles.com/street/downtown/news000860.html
「吉原の巨匠」と呼ばれる女性のエピソードである。検索で「吉原」「巨匠」と打つだけで、色々とエピソードが出てくる知る人ぞ知る女性である。かつて僕が編集人を務めた『ダークサイドJAPAN』『実話ナックルズ』でも取り上げた女性、そして実質初めて僕がテレビ出演した際の番組、テレビ東京『ゴッドタン』で紹介した「あげまん慶子」のようなイメージかと思いきや、この女性は違う。
正に「プロ」。悪く取られると困るが「仕事人」である。日刊ナックルズに寄稿して頂いたライター阿部定治氏の言う通り、風俗通の間では有名人である。
吉原の巨匠。
いつか、インタビュー出来ないかと思っていたら作家・岩井志麻子先生が既に済ましていたという。さすが岩井先生である。
岩井先生のように風俗に、あるいはAV等、「記事を読むのが恥ずかしい」と思われがちなテーマにきちんと真正面から向き合う事によって、秀逸な本を生み出すのだと思う。例えばAVなら永沢光雄著『AV女優』というように、である(他にも傑作はたくさんあるが割愛する)。
で、風俗なのだが、読者の皆さんは男性だろうか、女性だろうか。「ニコ生ナックルズ」で二回くらいそういったアンケートを取ったが80%男性、20%女性だったので本稿をご覧の皆さんもその割合だと思われる。
では男性で、風俗に行った事がある方はどのくらいいらっしゃるだろう。僕は案外遅くて、24歳か25歳だったと思う。それまで行く動機がなかった。彼女がいると、そちらの方にどうしても精神もお金もかける(デート代等)事になり、大学生や社会人一年目などは行く必要もなかったと言える。
僕は当時は、広告代理店の営業部だった。元来アンダーグラウンド的なものに興味はあった。そこで、出張先の香川県高松市に泊まった時、おばあさんのポン引きに連れられ、フラフラと青線めいた所に入って行ってしまったのである。ニコ生でも原稿でも「繁華街では客引きにはついて行かないように」等とエラそうな事を言っておきながらお恥ずかしい次第である。しかし、結果的には「当たり」だった。いや、当たってはいないもののも良い風俗初体験をしたと思う。
そこは今思うと、ちょんの間、あるいは青線跡だったと思われる。一軒家に連れて行かれ二階に上らされた。ぼったくりかも知れないが、自分が今後ろめたい事をしているような気がして妙な高揚感が僕を包んでいた。部屋に通される事、十分程度。現れた嬢はごく普通の中年の女性に見えた。太ももの大きなバラの刺青を除いては。
-
[中田薫]【シリーズ廃墟探訪】拡大、衰退、低迷の典型的温泉地…栃木県日光市藤原『きぬ川館本店』
2013-12-09 01:00220pt中田薫 寄稿記事 【シリーズ廃墟探訪】 拡大、衰退、低迷の典型的温泉地… 栃木県日光市藤原『きぬ川館本店』
下流を背にして左岸の「湯の滝」、右岸の「藤原の湯」が昭和2年に一体化されて形成された鬼怒川温泉。川の両岸約4キロにわたり旅館やホテルがひしめく様は、無秩序なアジアの歓楽街を思わせる。本来は日光国立公園の第二種特別地域に指定される温泉町で、建物の高さや外壁の色、看板などに厳しい制限があるはずだが、そんな自然公園法などまったくおかまいなしにホテルを建設、拡張させてきた結果だ。
また、鬼が怒った如く流れる荒々しい激流を「鬼怒川」と呼び、その豪快な景観で人を集めていた温泉地であったのに、その肝心の鬼怒川も上流に造られたダムの完成以降は水の流れが穏やかになり今や凡百の川。温泉町全体のグランドデザインが描けぬまま、資本主義の競争原理だけで肥大、そして衰退した典型的な温泉地なのである。
多くの客室がリバービューを競い合うように両岸からせり出しているため、川を挟んで互いの室内が丸見えといった建物同士も多いが、むしろ現在の客室の窓から見えるのは閉業した旅館やホテルの残骸。東武鉄道の車窓からもこれらの廃墟群が見えるだけに、鬼怒川温泉の落日ぶりは深刻だ。
とりわけ右岸の会津西街道元湯通り側、旧温泉街は今やゴーストタウン。いずれの宿も古くからの創業で老舗ばかりだが、経年劣化で施設が陳腐化し、後発の大資本ホテルの前に次々と討ち死にしていった。その多くは競争と担保価値維持のために融資を受けて増築・改装を繰り返すも、集客減、売上減で返済不能となり、最後は銀行に見放されて閉業というパターンである。
また、
1 / 2