リゾートや海、山、あるいは実家に帰るなどそれぞれの過ごし方があるとおもいます。もし、自然が多いところに行くのなら、そこにある自然をじっくりと愛でてみるのがおすすめです。
たとえば、木々をただ遠くから眺めるのではなく、近づいてその質感をじっと見てみる。手で触ってその感触を味わってみる。香りを吸いこんでみる......。花も、マクロレンズで観るかのように、めしべやおしべ、花びらの筋などまで詳細に眺めてみます。岩や石や、自然が生み出した造形物の美しさ、豊かさ、素晴らしさをじっくりと味わってみます。
自然は完全な調和をもってそこに存在しています。日本では古くから、その自然を愛で、美しさを讃え、森羅万象に神が宿ると考えていました。それが八百万神(やおよろずのかみ)ですね。
さて、私たち人間も、自然の一部です。自然が織りなす美しさや偉大さをじっくりと味わったら、今度は、自然の一部としての自分の身体も同じように扱ってみます。頭のてっぺんからつま先まで、くまなくさわってみたり、眺めてみたり。自分の身体を、自然が生み出したもののひとつとして愛でることができるとき、自分のそのままの美しさを認められるんじゃないかなとおもいます。
現代においての女性の美のほとんどは、メディアによって生み出されたもののように思います。足は細く長く、ウエストはきゅっと引き締まって、胸は豊かで......。その作られた「お手本」と自分を比べて、自分にはここが足りない、あそこがだめだ、そんなふうに自分を裁いて、叱咤激励し、がんばってダイエットしたり、エステに行ったり。それって、ひまわりが朝顔を目指すようなものなんです。朝顔みたいになるために、朝早く咲かなくちゃ、茎が太すぎるから細くしなきゃ、いろんな色の花を咲かせなきゃ......。でも、ひまわりにはひまわりの美しさがあって、ひまわりなりのペースで種から花へ、そしてまた種を生み出して土に還るというサイクルを繰り返しています。
自然が持つその完全なサイクルや調和、美や偉大さは、自然の一部である自分にも同じようにあるものです。それを認識したとき、自然と自分にも他者にも愛を持って接することができるのではないかなとおもいます。
>>後編に続きます
今日の1枚:
猫は猫だからいいのです。犬が人気だからと、犬っぽくなってみたり、強くなりたいんだ! とライオンっぽくしてみたり......。それはそれで愛おしいですが(笑)そんなことしなくったってそのまんまでいいですよね。
ネガティブな感情との付き合い方 前編・後編
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