逗子の古い一軒家に暮らしていたときは、旧式のガス湯沸かし器だった。これが、つけるときなかなかのドキドキものだった。
つまみを右にひねり、チチチという音とともによく溜める。最後、回しきるまで回すと、ボッ! とガスの火が勢いよくつく。不完全燃焼なのか何なのか、10回に1回くらいはボワッ! と尋常じゃない音がして、その度に心臓が縮み上がる思いだった。これは未だに結構なトラウマで、たまにガスの炊飯器とか不意に使わざる得ない状況に置かれると、それも、「ちょっと調子が悪いんだけど」とかのいわく付きだと、若干引く。いや、できれば避けたい。
次は、古い元寿司屋に引っ越した。ここには浴槽が付いてなかったので、「オケ金」という素敵なネーミングの風呂全般を扱っている工務店からカタログをもらい、この中から選んだ。タカラスタンダードのステンレスの浴槽だ。確か7万円くらいしたと思う。一生使うものだから、と当時奮発したけれど、結局3年くらいしか使わなかった。というのは、この建物の裏手にある住居に引越したからで、ここには初めからユニットバスが付いていた。
そして葉山の一軒家に移り、ここにも浴槽がついていたから、一向にステンレスの出番なし。
浴槽遍歴はここからが本番。曲でいうとサビの部分だろうか。沖縄北部、やんばる高江のジャングルの中の古民家に風呂はついておらず、おまけに湯沸かし器もなかった。でも、目の前には清冽な川があった。(←イントロ流れる)
川にシンメーナベ(沖縄特有の巨大なアルミの鍋)を運び、川の水を薪で沸かす。沸かした湯をプラスティックの水色の浴槽に移し、川の水を足してちょうどいい湯加減にする。ここまで到達するのに、ゆうに2時間はかかった。もちろん薪拾いから始まるので、なんと気の長い話......。
でも私たちには時間だけはたっぷりあったし、サヴァイバル術みたいな事をやってみたい気が盛り上がっていたので、日々、果敢に挑んだ。露天、夜天、満天の星空の下で入るお風呂は最高だった。
そのうち、「効率」というものを考え始め、次に試したのがドラム缶。青地にオレンジで「carrot juice」と印字してある実に可愛いドラム缶だった。深さと狭さがなんとも新鮮。これも、錆びるまで使った。
そしてとうとう満を持して鋳物の五右衛門風呂。ここまでまさに、お風呂黄金期。赤土で周りを固め、薪をくべるスペースも使い勝手のいいように工夫を施した。パチパチと火の粉がはぜる音を聞きながら、片手にはビール。(気分はシングルモルトだけど、沖縄の気候にはしっくりこないような気がして)ああ、薪風呂。
そして今の浴槽は、透明の衣装ケース。と、思ったら、「ぷっ」とひとりで吹き出してしまった。
風呂から上がり、夫に今までのお風呂を思い出してた話をすると、夫も大爆笑。ふたりで「ウケるね」と涙が出るまで笑った。
「でもさ、今の衣装ケースもなかなかいい。もっと大きい衣装ケースがないかなぁって思うよ。シンプルさがいい」と、まさかの衣装ケース褒め。
「それにさ、浴槽はふろおけっていう用途しかないけど、衣装ケースはなんてったって何でも収納できるからね。いーよねー」。夫、まだまだ衣装ケースを褒めまくる。
「そうだよね、私たちもすっかり収納されてるもんね」
「あはは〜」
とまぁ、ようはバカ夫婦なのでございます。
今帰仁に引っ越ししたら、屋上に薪風呂を作りたい。もちろん鋳物製で、赤土に墨汁を入れて黒っぽくしてもいいなぁ。周りをバナナの植木とかで囲って、ジャングル風にしてもいいなぁ......。夢は膨らむ膨らむ。