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記事 36件
  • 【非会員購入可能】塩崎啓二、小比類巻貴之、青柳館長インタビュー詰め合わせセット

    2014-04-30 23:59  
    500pt

    Dropkickチャンネル非会員でも購入可能!読み応えたっぷりの大反響インタビューの詰め合わせセット!! ・有名レフェリーの告白! 塩崎啓二「私はPRIDEで不正行為を指示されました」PRIDE、猪木祭り、船木vsヒクソンを裁いた男が明かす至近距離の真実!これは実話である――!!・ひとり空手大戦争! 青柳政司「左目を失っても打倒プロレスの旅は終わらない」打倒プロレスというよりプロレス中毒者! プロレスにすべてを捧げた空手家の格闘人生!!・K-1MAXを創った男 小比類巻貴之「ミスターストイックのキャラは正直、しんどかったです」K-1バブルを生き抜いたコヒは現在――ストイックを超える生き様がそこにある。黒崎道場伝説は必読!【それ以外の詰め合わせセットもどうぞ】
    ①中井祐樹「ボクシングができるアントニオ猪木が理想でした」
    ②朝日昇「本当に怖い昭和格闘技」
    ③菊田早苗「新日本は刑務所、Uインターは収容所でした」
    ④矢野卓見、堀辺正史を語る「骨法は俺の青春でした」
    プロレスが格闘技へと変換していくダイナミズムに満ち溢れた1990年代を立体的にしていく「総合格闘技が生まれた時代」シリーズ第5弾!! 今回はPRIDEやリングス、あの船木誠勝vsヒクソン・グレイシーを裁いた、金髪がトレードマークの元レフェリー・塩崎啓二氏が登場! 総合格闘技が巨大化していくさまを至近距離から目撃していた貴重な人物である。取材場所は塩崎氏が名古屋で営むラーメン屋(牛骨ラーメン「牛次郎 新瑞橋」)。次から次へと飛び出す知られざるエピソードにお腹いっぱいです!
     
    ――『猪木祭り』メインレフェリーだった塩崎さんの話が聞きたくて名古屋まで来ました!
    塩崎 それだけのためにわざわざ東京から来たの?
    ――はい。ズンドコ興行の極み2003年の『猪木祭り』に関わった方に話を聞くのが大好きで。
    塩崎 あ~、ボンバイエかあ。……裏側の話は知らないよ!(笑)。
    ――ハハハハハハ!
    塩崎 とりあえずラーメン食べていく?
    ――せっかくですのでお願いします! ここのお店は長いんですか?
    塩崎 1年くらいだね~。さあ、どうぞ。牛骨ラーメン。
    ――では、いただきます!
    塩崎 ……どう?
    ――……あ、牛骨というから濃い味かと思ったらアッサリしてますね。食べやすくて美味しいです!
    塩崎 そうなんだよ! アッサリしてるでしょ(笑)。ついでに特製カレーも食べて行きなよ。
    ――は、はい(笑)。
    塩崎 しかし、ボンバイエかあ。当時ね、日本テレビがあの件で格闘技から手を引いちゃったでしょ。
    やっぱり資金力のことでいったら日テレでやっていてほしかったですよ。そうしたら今頃UFCが天下を獲ることはなかったかもしれない。
    ――ちなみに塩崎さんは『猪木祭り』のギャラはもらえたんですか?
    塩崎 うん。あのときの俺の仲間連中はみんなギャラをもらってますよ。
    ――あ、未払いは免れたんですか。
    塩崎 もともとドクターからジャッジからすべて俺に揃えてほしいという話で。俺の人脈で揃えるのはいいんだけど、未払いはかなわんなと思って。
    ――というと、最初から金銭関係は怪しかったんですか?
    塩崎 Xって知ってる? 
    ――はい。Xさんが『猪木祭り』の現場責任者だったんですよね。
    塩崎 その名前を聞いた時点で取っ払い要求ですよ!(笑)。
    ――信用できなかった、と。
    塩崎 うん。とても信用できないからさ。向こうは「今回は銀行振込で……」ってしつこく言うんだけど「銀行振込は受けつけないです。ボクが選んだメンバーは全員取っ払いでお願いします。じゃなきゃやらないです」と。それで「考えさせてください」って言われた2~3日後にはこっちの要求したとおりになって。
    ――そうやって被害回避したんですね。
    塩崎 あのとき取っ払いじゃない人はみんな未払いだもんね。しっかし、なんで日テレも任せちゃったんだろうね。ハッキリ言って格闘技イベントに関しては素人集団。ボクが神戸に前日入りしたら、関係者がみんなテンパってるから「リング周りの準備を手伝いますか?」って聞いたんだよ。
    ――相当ドタバタしてたそうですね。試合前日に永田vsヒョードルが決まるくらいでしたから。
    塩崎 そうしたら「いや、大丈夫です!」って鼻であしらわれたんだけど、大会当日は大混乱で。関係者が「俺を探してる」と聞いて会ったら半泣きの状態。「すいません……ゴングを忘れちゃいましたぁ!」って試合開始2時間前だよ? もう開場してるんだよ!!
    ――ハハハハハハハハハ! 出た、有名なゴング忘れた事件!
    塩崎 そこでブチギレですよ。 だって「ゴングの代わりに笛を吹こうと思うんですけど……」とか言い出して。テレビ中継があってほかの大晦日イベントはゴングを鳴らしてるのに「ピ~~~! 1ラウンド終了!!」はないだろって(笑)。
    ――笛だとたまに乾いた音が鳴り響いたりして(笑)。
    塩崎 「どうしたらいいですか?」「どこかスポーツショップを当たってこいや!」。そうしたら大晦日だからどこのお店もやってないと。で、そのときジャッジだった淡路島で修斗をやってた須田(匡昇)くんが「塩崎さん、三島(☆ド根性ノ助)くんが観戦に来ますよ」と教えてくれて。
    ――三島さんは大阪在住でジムをやってますね。
    塩崎 すぐ携帯に電話したら三島くんはちょうどジムを出ようとしてたんですよ! それで「三島くん、ゴングを持ってきて!」とお願いして。
    ――それでゴングを持った三島さんが神戸ウイングスタジアム入りしたとき、日テレ24時間テレビのマラソンゴール並の大歓迎を受けたとか。
    塩崎 いやいや、違うんだよ。三島くんがゴングを持って来るから「顔パスで入れるようにしろ!」って伝えたんですけど、1時間くらいしてからかな。ボクの携帯に三島くんから電話があって「警備員に止められて会場に入れません!」と困ってるんだよ。
    ――せっかくゴングを持ってきてるのに!
    塩崎 関係者入り口にダッシュで向かって「おまえら、三島くんとゴングは顔パスだって言っただろ!コノヤロー!!(怒)」って怒鳴りまくってね。
    ――それでなんとか試合準備が整ったわけですねぇ。
    塩崎 いやいや、まだまだ問題があったんですよ! それでゴングを持ってリングサイドに行ったらさ、どこにも見当たらないんだよ。
    ――えっ、またゴングが行方不明ですか?
    塩崎 違う違う。ジャッジの席がリングサイドにないんだよ! 
    ――ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ! 試合開始直前なのにジャッジ席がない(笑)。
    塩崎 ホントなんだよ。ジャッジの机もイスもないだんだよ、どこにも!! 「すぐに用意します!」って大会開始1時間前に「すぐ」も何もねえよって。そして「ジャッジペーパーは?」って聞いたらコピー用紙を持ってきやがって。
    ――コピー用紙って適当すぎますよ(笑)
    塩崎 そこには案の定、対戦カードも何も書いてないんだよ? どうやってジャッジを記入するんだよって話で。「ボールペンは?」「すぐ用意しますっ!!」だし。
    ――筆記用具くらいジャッジが持ってくるだろ!みたいな(笑)。
    塩崎 ストップウォッチもなかったからね。どうやってラウンドを終了させるつもりだったんだよ!(笑)。
    ――ククククククク。
    塩崎 凄く怒りまくったなあ。あのときスタッフは俺のことをメチャクチャ怖い人だと思ってるはずですよ。
    ――大晦日にずっと激怒してる金髪の人(笑)。『猪木祭り』はカードもなかなか決まりませんでしたよね。
    塩崎 マッチメイクのほうはぜんぜん知らない。
    ――でも、事前にどの試合を裁くか決まってないとやりづらくないですか?
    塩崎 ああ、それで急にK-1ルールまで裁かされて。「これ、K-1ルールなんでお願いします」ってそんな話は聞いてなかったんだよ。
    ――あのときは日テレが大ピンチだったから、同局で番組を持ってるK-1がレイ・セフォーを派遣したんですよね。
    塩崎 しかもグローブがワンサイズしかないんですよ。「グローブにクレームが入ってます」と連絡があって慌てて行ってみたら「グローブが入らないです」「ほかのサイズは?」「……これしかないです」と。
    ――グローブはさすがに「すぐに用意」できないですねぇ。
    塩崎 これは裏話ですけど、しょうがないからグローブの中を切って手が入るようにしてその上からテーピングで固めたんですよ。対戦相手も呼んで「こういうふうにするけどオーバーハンドブローは反則を取る」ということで了承してもらってね。選手に申し訳ないなと思いながらギリギリで試合を成立させましたね。
    ――大会ハイライトだった最後のビンタ乱闘はどうされてたんですか?
    塩崎 最後? 試合が終わったら知ったこっちゃないよっ!
    ――ハハハハハハ!
    塩崎 すぐに控室に帰って三宮に焼き肉を食いに行きましたよ!(笑)。
    ――おそろしいことに日テレ『猪木祭り』って当初は2ヵ月に1回やるという予定だったんですよね。
    塩崎 そう、最初の話では年6回興行。でも、アレで終わりましたよね。あんときの番組プロデューサーは地方に飛ばされてるでしょ。
    ――その方はあの『LEGEND』も担当してたんですよねぇ。
    塩崎 選手引き抜いてPRIDEを潰すみたいな話だったけどさ。
    ――実際に『猪木祭り』とのトラブルが発端でPRIDEは潰れましたけど……。『猪木祭り』ってあまりにもズンドコだから開催中止の話もありましたよね?
    塩崎 大会はやるはやるけど、日テレ中継がどうなるかわからなかったんだよ。
    ――ラーメン特番に差し替えになるなんて噂もあって。
    塩崎 ラーメン特番かどうかはわからないですけど、代替番組は用意されてたみたいですよ。永田さんがヒョードル戦を断ったらテレビ中継は中止になったという話ですね。
    ――そこは永田さんが男を見せたわけですね……。もうひとつの目玉だったミルコvs高山善廣戦も中止になってましたし。
    塩崎 それでヒョードルも飛ぶなんてことになれば日テレとしても放映する意味はないし、代わりの番組が用意されてるから。そう言われちゃったら永田さんも準備期間がないのにやるしかなくなったという。
    ――それで大会前日に決定したわけですねぇ。
    塩崎 そこで永田さんが猪木さんの顔を潰せないでしょ。だから永田さんからすれば作戦も何もないですよね。出ることで役目を果たしたわけだから。「あのヒョードルと闘うのに緊張もしなかった」と言ってたし。
    ――永田さんは「無」の境地だったらしいですよね。それで話はだいぶさかのぼりますけど、そもそも塩崎さんはどうしてレフェリー業をやることになったんですか?
    塩崎 愛知で四王塾というジムをやってたんだけど、コンプリートファイティングという大会を開いて。それは1997年かな。当時は東京にしか大会がなくて、ウチの選手は修斗に出てたんだけど。アマチュア選手って普段は仕事をしてるのに、休日の日曜日に試合をするため東京に行って、すぐ帰ってきて翌日からまた仕事でしょ。そんな環境はかわいそうだなと思って「じゃあ俺が愛知でやっちゃうか」って始めたのがコンプリートファイティング。
    ――どんなルールだったんですか?
    塩崎 下のクラスはスーパーセーフと道着を付けて、上のクラスはヘッドギアを付けてどっちもパウンドあり。アマチュアでパウンドありのルールは珍しくて20回以上はやったのかなあ。ボクが言い出しっぺでルールも作ったから必然的にレフェリーもやることになったんですよ。
    ――そうしてレフェリーをこなしてるちにほかのイベントから声がかかったわけですね。
    塩崎 最初は和術慧舟會から声がかかったのかな。『出島バーリトゥード』。長崎でやったやつ。
    ――ありましたねえ! そんな大会。
    塩崎 廣野(剛康)くんとか小路(晃)くんが出てたね。交通費と宿泊費は出るけどノーギャラで。ギャラは出ないけど面白いなと思って。それがプロ興行で初めてのレフェリングですよ。そのあとに大道塾のTHE WARS。
    ――THE WARS、なつかしいですねぇ。当時はアマチュアだと修斗くらいしかないからコンプリートファイティングは貴重な場だったんですね。
    塩崎 修斗はいい顔してなかったですけどね。それで修斗協会に行ってクレームをつけたこともありましたよ。ウチに吉信という選手がいたんだけど、リングスやパンクラスに出る話があったときに「プロシューターがほかの団体に出るとライセンスを剥奪される」という噂が流れてて。それでほかのジムや修斗以外の団体の代表も引き連れて浦田(昇)さんに会いに行ったんですよ。
    ――噂の真相を確かめるために。
    塩崎 それで「じつは選手のあいだでほかのプロモーションに出たらライセンス剥奪という噂が流れてるんですけど、どうなんですか」「ないと思います」と。
    ――実際に剥奪されたケースはあったんですか?
    塩崎 ないけど、修斗からオファーされなくなるんですよ。それでみんなの前で確認を取ったんですよね。「じゃあウチの吉信がパンクラスに上がりますけど、ライセンスは剥奪しないんですね」と。それで吉信はパンクラスに出ることが決まったんですけど、修斗からオファーが来ました。パンクラスの試合の3日後の大会に。
    ――うわ~!(笑)。
    塩崎 今度リングスに出ます。修斗からオファーが来ました。リングスの1週間前の大会に。そんなの出られるわけねーだろ!って(笑)。
    ――ハハハハハハ!
    塩崎 それで最終的に「再三オファーしたのですが出られないようなので……」とか言ってきやがって。たしかに剥奪はしてない、オファーもしている(笑)。
    ――間違ってはないですね(笑)。
    塩崎 だからさ、あのとき修斗の関係者に言ったんですよ。「なんでほかのプロモーションに出ちゃダメなの。昔、八百長があった? いま全部ガチをやってるからいいじゃないの!」って。「いま本当に真剣勝負をやってるかどうかはわからない」っていうけど、俺は当時リングスKOKを裁いてるのに。全部ガチだよ。ガチじゃなかったら撤退するよって。
    ――塩崎さんがリングスでもレフェリングをやるようになったのはKOKルールになってからですか?
    塩崎 そうです。ボクがKOKからオファーされたとき修斗関係者からは止められましたよ。「やめなよ。絶対にガチじゃないよ」って。
    ――そういう認識だったんですね。
    塩崎 それでルールミーティングに出席して、前田(日明)さん、和田(良覚)さん、平(直行)さんと話をしたら「レフェリーの皆さんにはインカムとヘッドセットをつけてもらう」ということになって。前田さんが言うには「俺が本部席から試合を止める指示をする場合がある」と。で、俺は言ったんですよ。「それはやめたほうがいいです。前田さんが指示することにイチャモンをつけられかねないですよ」と。
    ――前田さんはリング下で見てるし、レフェリーの視点とは違うから何か問題が生じても不思議じゃないですね。
    塩崎 それにへんな誤解をされる前に排除したほうがいいと思ったんですよ。「やっぱり怪しいぞ!」とか。だから「ボクも平さんもプロのレフェリーとしてリングスに協力するつもりで来てるのでそこは信頼してもらえませんか?」ということで。そうしたら前田さんも了承してもらったんです。だから前田さんはちゃんと話せばわかる人なんですよ。本心ではボクのことをどう思ってるか知らないですけど(苦笑)、みんな前田さんに遠慮して黙っちゃうから。
    ――まあ、前田さんはおっかないですからねぇ。
    塩崎 あと前田さんが凄かったのは、『コロシアム2000』のリングス提供試合はホントはボクと和田さんが裁くはずだったんです。
    ――田村潔司vsジェレミー・ホーン、金原弘光vsマリオ・スペーヒーですね。
    塩崎 その直後にテレビ東京からボクのところに直接電話があって、メインイベントの船木vsヒクソンを始めとする『コロシアム2000』ルールのメインレフェリーをやってほしい、と。で、あるときリングス関係者と会ったら、どうもその話がリングス側には伝わってなかったらしくて。
    ――それは確実に揉めるパターンですねぇ。
    塩崎 そうして前田さんに会ったら「塩崎さん、メインを裁くの?」と聞いてきて、ボクが「リングスルールもやりますよ」と答えたら、しばらく考えて「塩崎さんはリングスルールはいいよ。コロシアムルールとヒクソンvs船木戦に集中してください。リングスルールと違うからそこで混同してビッグカードが台なしになったらイカンから」と。
    ――大人の対応してくれたんですね。
    塩崎 「そんな話は聞いてない。ふざけるな!!」と揉めてもおかしくないじゃないですか。ボクは何回も前田さんとぶつかってますけど、ちゃんと言えばわかる人なんですよね。ただ、まったく聞いてくれないときもありますけど(笑)。たとえば第1回のKOK準決勝のダンヘンvsノゲイラ。これは再延長かなと思っていたら本部席でザワザワし始めて、呼ばれていったら「体重判定でダンの勝ちだ」って。体重判定があるなんてそこで初めて聞いたんですよね。
    ――事前には決められてなかったんですね。
    塩崎 そもそもあのトーナメントは無差別級だし、ルールには再延長の項目も明記されてなかったんです。だったら「公平にもう1ラウンドやったほうがいいんじゃないですか」とか言ってるあいだにリングアナが勝利コールをしちゃって。
    ――だからあのときへんな間があったわけですね。
    塩崎 リング上からノゲイラの視線が突き刺さってね。日本語はわからないけど俺がクレームを入れてることはわかってたんでしょう(笑)。体重判定は選手もセコンドも誰も聞いてないんだけど、前田さんは「ダンは体重が軽いのに頑張ってるじゃない。体重が軽いほうがあんだけやったら勝ち勝ち!」って。
    ――なんだか前田さんらしいですね(笑)。
    塩崎 あとその大会だったと思うんだけど、朝、会場に行ったら「ダウンのルールを変えるから」と。いままではスタンディングでダウンしたらその場で試合終了。グラウンドで顔面パンチがない代わりにワンダウンで終わりだったけど、そのダウンの判定をジャッジ3人に赤旗を持たせて決める、と。
    ――そういえば、そんなルールがあったような……。
    塩崎 たとえば誰かがダウンしたときに3人のうち2人が赤旗をあげたら試合終了。で、第1試合のレフェリーはボクだったんですよ!(笑)。
    ――ハハハハハハ!
    塩崎 レナート・ババルvsイリューヒン・ミーシャの試合だったかな。ミーシャがババルの打撃でダウンしたのでジャッジの赤旗を見ようとしたら……ジャッジが赤いブレザーを着てるんですよ!(笑)。
    ――ブレザーと旗の色が被ってる(笑)。
    塩崎 しかもリングは高くてジャッジは下にいるでしょ。旗を上に挙げてくれればいいけど、チラっと上げるだけだし、そもそも試合中に3人のジャッジの位置を瞬時に確認するのは難しいんですよ。選手の動きに集中しているわけだから。
    ――それにリングサイドにはカメラマンや関係者もいるわけですからね。
    塩崎 だからダウンのたびにへんな間が開いちゃって、その試合が終わったら、すぐリングサイドの前田さんのところに行って「前田さん、無理です。ブレザーが赤だし、よくわからないです!!」「じゃあ、次の試合からなし!」って(笑)。
    ――ハハハハハハ! しかし、塩崎さんもリングスで重要な役回りをされていたんですね。
    塩崎 たとえば田村潔司vsヘンゾ・グレイシーもリングス関係者だと田村選手に肩入れしちゃうじゃないですか。和田さんから「レフェリーは第三者の塩崎さんにお願いします」って言われて。和田さんはリングスJAPANの人間だったから、感情的にレフェリングは難しいと思ったんでしょうね。
    ――塩崎さん、UWFに思い入れなさそうですしね。
    塩崎 ないですよ! まったくなかった!!(笑)。でも、あの田村vsヘンゾの盛り上がりは凄かったですねー。
    ――UWFのメインテーマが鳴った瞬間の観客のどよめき。
    塩崎 凄かったですよ!……あのテーマ曲になんの思い入れもないんだけど(笑)。
    ――ハハハハハハ!
    塩崎 それでも鳥肌が立ちましたよね。日本武道館、凄い盛り上がりだったじゃないですか。なんかね、耳がおかしくなりましたから(笑)。それで田村選手もヘンゾもリングインして古田リングアナがコールするんですけど、あの人も田村に肩入れしちゃって力が入りすぎて声が裏返ってましたからね。それでリング上で笑いそうになっちゃって(笑)。
    ――そんなリングスでいちばん思い入れのある試合はなんですか?
    塩崎 やっぱり田村vsヘンゾですね。UWFにはなんの思い入れもないんですけど、あの試合は印象に残ってます(笑)。

    ――PRIDEに関わるようになったのはいつからですか?
    塩崎 PRIDE5からですね。体制がDSEになってから。
    ――高田延彦vsマーク・コールマンがあった名古屋大会ですね。そのときから島田(裕二)さんがPRIDEのリング周りを仕切ってたんですか?
    塩崎 ですね。あの人は八百長でもなんでも平気でやるからPRIDEは使いやすかったんじゃないですか。
    ――や、八百長ですか。
    塩崎 ボクはそういうのは絶対に許さないですから。
    ――でも、塩崎さんは疑惑の試合があるようなイベントには関わらないスタンスではなかったんですか?
    塩崎 まあ、あのときは内部から見てやろうという気持ちがありましたよね(苦笑)。
    ――実態はわからないですけど、PRIDEに途中から関わったフジテレビはスポーツとして疑惑の試合などはないように要請していたそうですね。
    塩崎 いや、普通におかしな試合はありましたよ。当時PRIDEのジャッジやレフェリーをやってた人はみんな知ってるんじゃないですか。レフェリーミーティングでみんながいる前で島田がそういうことを指示してますからね。
    ――指示と言いますと?
    塩崎 たとえば人気選手vs無名選手と闘って五分の内容だったら、判定のときは人気選手にポイントを入れてくださいと普通に言ってましたね。
    ――競技運営として、それは完全アウトですね……。
    塩崎 人気のない選手が打撃でグラつかせたり極めそうになったらしょうがないですけど、そうじゃなかったら人気選手につけろ、と。そんな指示は日常茶飯事でしたよ。 
  • 「味のプロレス出張版」第4試合は「4大フライングショルダー」

    2014-04-30 10:00  
    50pt
    イラストレーター・アカツキ@buchosenさんによる昭和プロレスあるある4コマ漫画「味のプロレス」の出張版!第4試合はフライングショルダーの使い手たち!【SPトーク更新予定】・ヤノタクが再び登場!骨法ネタはまだ掘り尽くされていなかった!! 
  • 「柔術ってなんだか恥ずかしい……」■二階堂女史のオールラウンダーAYANO

    2014-04-29 22:47  
    100pt
    今回からプオタ女子のMMAチャレンジ日記となった当コーナー。デビューする日は訪れるのか!?前回告知したとおり、私、二階堂綾乃は総合格闘技を習い始めました。ちょっとジムに通ってそこらへんのアンガールズよりはマッチョになったとはいえ、運動経験は学校の授業以外ほぼない私。思わぬところでつまずいてしまいました。
    (※高校の頃数か月、ヨット部に所属したことがありましたが、あれは何も知識のない状態で突然冬の海へ投げ出され「風を感じるんだ!」という教育方針だったので運動と言うよりサバイバルでした)。 
  • 【アンコール劇場】桜井マッハ速人☓猫ひろしの巣鴨凸凹マラソン部

    2014-04-28 10:43  
    108pt
    昨年Dropkick誌上で実現した桜井マッハ速人☓猫ひろしのマラソン盟友対談を再掲載!大反響インタビュー・【元レフェリーの衝撃告白】「私はPRIDEで不正行為を指示されました……」
    【非会員でも購入可能!総合格闘技が生まれた時代シリーズ】
    ①中井祐樹「ボクシングができるアントニオ猪木が理想でした」
    ②朝日昇「本当に怖い昭和格闘技」
    ③菊田早苗「新日本は刑務所、Uインターは収容所でした」
    ④矢野卓見、堀辺正史を語る「骨法は俺の青春でした」
    マッハ (マッハ道場の子供たちに向かって)みんな猫ちゃんが来てくれたよ。こないだのオリンピックに出た人だよ〜。 
    猫 いや、オリンピックには出てないんですけど……。
    マッハ あ~~、そうかあ。でも、来年出るからいいじゃん。
    猫 オリンピックは4年に1回で次回は4年後ですよ!(笑)。
    マッハ あ~~。
    ーーワハハハ! そんなお二人の出会いはいつ頃なんですか?
    マッハ いつだっけ?
    猫 たしか「にらめっこ選手権」だったと思いますよ。フジテレビの格闘技情報番組『SRS』の企画でPRIDE武士道に出てた選手と芸人がにらめっこをやったんですよね。誰が一番目つきが悪いかを競って、圧倒されたほうが負けというゲームだったんですけど、ボクが一回戦で闘ったのがマッハさんだったんですよ。
    マッハ あ~~、そうだったなあ。猫ちゃんの顔見て笑ってしまったんだ、オレ。二回戦では猫ちゃん、長南(亮)に負けたんだよね?
    猫 そうです、そうです(笑)。あの日、マッハさんはボクの顔を見て笑ってくれたので「優しい方だなあ」と思ったんですけど、長南さんはさすがに怖かったですね……。
    マッハ 長南は決勝まで勝ち残って、悪役商会の人とおでこをぶつけ合ってすんごい睨み合ってたもんな。ハハハハハ!
    猫 その次は出版パーティーかなんかに出たときに再会して、あとは誰かの誕生日会かでお会いしたり。そのうちマッハさんと連絡先を交換して、マッハさんの誕生日パーティに呼ばれたりもするようになって。当時はマッハさんの誕生日会って1週間ぐらい続いてましたよね。
    マッハ そういえば、そのぐらいぶっ続けでやってたねぇ。
    猫 マッハさんって選手や関係者から人気があるから1日じゃ収まらないんですよ。でも、1週間もやってるからマッハさんの体重もどんどん増えちゃうんですよね(笑)。
    マッハ そうそうそう。あの頃はもう精魂尽きはてるまで騒いでましたから。(突然)猫ちゃんはK-1の武蔵くんの親戚か何かなんでしょ?
    猫 そうなんです。はとこなんですけどね。
    マッハ それを武蔵くんに聞いたら「ああ……、はあ……、うん……」ってよくわからない反応だったりしたんですけど。ま、そんな感じで猫ちゃんとは仲良くなりましたね。
    ーーどんな感じなんですか(笑)。
    マッハ しかし、猫ちゃんは昔のことをよく覚えてるよね!
    猫 いやいや、マッハさんはもうちょっと覚えててくださいよ(笑)。
    マッハ 古いことはもう忘れちゃうよね! 猫ちゃんとはしょっちゅう会ってるしさ。
    猫 マッハさんって電話かけてくるのも凄いランダムなんですよ。ボクも誘われたらうれしいのでなるべく行くようにしてるんですけど。
    マッハ そういうところ猫ちゃんは素晴らしいよ。ホントね、ボクいつも電話かけるのが突然なんですよ。「いまどこ?」みたいなね。そしたら、そのとき電話に出られなくても必ず折り返し電話が来るし。
    猫 いや、やっぱりマッハさんといると楽しいですから。
    マッハ まあ、オレも気まぐれといえば気まぐれで、予定を先に立てるタイプじゃないんでね。それが悩みなんですけどね!
    ーー悩みでしたか(笑)。
    マッハ もう、いつも突然思いつくんでね。「いつ?」って聞かれたら「いまから来て」って言ったり。「いま無理だから、今度やろうよ」って言われるときもあるんですけど、そうなると忘れちゃうんですよ(アッサリ)。
    猫 ハハハハハ! ちなみに、マッハさんって予定表とか持ってます?
    マッハ 持ってるよ! そうじゃなきゃ、今日の対談だって来てないでしょ。
    猫 ボク、マッハさんがスケジュール帳とか開いてるの見たことないですよ。でも、マラソンの練習に一緒に行くときは、いつも遅れないで来るもんなあ。それは不思議なんですよね。
    マッハ そりゃあ遅刻とかしちゃマズイでしょ。
    ーーマッハさんは猫さんとマラソンのトレーニングも一緒にされてるんですよね。
    マッハ うん。猫ちゃんはそのへんの自転車より早いから。ボクは彼の2倍ぐらい体重があるからたまに歩くじゃないですか。だからね、「ダメじゃないですか!」って、凄い怒られるんですよ。
    猫 全然怒らないですよお。でも、マッハさんが東京マラソンを完走したときはホントにビックリして「やっぱりさすがだなあ」と思いました。そのとき、腰かなんかケガしてて、棄権するんじゃないかなと思ってたんですよ。棄権しなくても、東京マラソンって途中で足切りがあったり、いろんな理由で皆さん完走できないことが多いから。
    マッハ あのときはオレは一番ビックリしましたよ! だって普通、マラソンは42・195キロだと思うじゃないですか。オレ、46キロぐらい走ってるんですから。
    ーーえ? なんで4キロも多めに走ってるんですか?
    マッハ いや、じつはね、ボクあの日遅刻したんですよ。
    ーーやっぱりスケジュール管理ができてないですよ!
    マッハ もう遅刻してるし、ランナーがいっぱいだから、前のほうには行けないの。だから一番最後尾からスタートすることになったんだけど、ぜんぜん先に進めてないんですよね。気がついたら、結局その人の列がスタート地点から4キロぐらいあったみたいなんですよ。
    猫 ああ、なるほど。それで46キロに。
    マッハ それでマラソンの経験がないから足がつっちゃって、最後の10キロぐらいはほぼ歩いてましたよ。つり予防に塩を舐めながら走ってればよかったんだろうけどね。まあ、要するに、カリウム・マグネシウム不足ですよ、専門的に言うと。
    猫 わかります、わかります。食べ物の話じゃないですけど、マッハさんってやっぱり凄い食べるんですよ。一緒にジムに行って30分ぐらいジョギングすると、すぐおなかが減るみたいで、ごはんを誘われて。トンカツ屋なんかに入ると迷わず「ヒレとロース」って頼むんですよね。
    ーー余裕の2人前ってことですね。
    猫 そうなると、当然ごはんも二膳ついてくるのですけど、さすがに食べれないらしくて「猫ちゃんも食べな」って言って、自分が食べれないぶんをボクのお皿にドワッと移したりするんですよね(笑)。
    ーーまた、自由奔放ですね(笑)。
    マッハ マラソンの選手はすげえ食うんじゃないの? 川内(優輝)だっけ? あの人も、すんげえ食うので有名だよね。
    猫 川内選手もそうだし、Qちゃん(高橋尚子)とかもそれで話題になりましたよね。ボクも食べるときは食べるんですけどね。
    マッハ まあね、ボクは食べる量はじつはそんなにたいしたことないんですけど、すぐおなかが減るんですよ。それは筋肉の量が多いからなんですよね。やっぱりそんだけガソリン入れないと……ハンガーノック現象ってわかる? 糖分が急になくなっちゃう状態なんだけど、そういう感じなんですよ。
    猫 へえ~、そんなのがあるんですね。
    ーー猫さんはマッハさんと一緒にいて驚かれることってありますか?
    猫 いっぱいありますよ! あとは、このあいだ元パンクラスの山田(学)さんに……。
    マッハ あ~~、なんかオレ、裸で町の中を走ってたら「危ない人がいる」って騒ぎになったんですよ(あくまで他人事)
    ーーハハハハハ!
    猫 マッハさんが上半身裸で走ってたから山田さんが「ここらへん、小学校が近いんだから、裸はダメだよ」って注意したらしいんですよね。で、山田さんが家に帰ったら、小学校1年生になるお子さんがちょうど『学校からのお知らせ』というプリントをもらって帰ってきてたみたいで「最近、学校の近くにへんな人がいるから気をつけてください」と書いてあったという(笑)。
    マッハ そうなんだよ~。
    猫 だから、山田さんは「絶対、桜井くんでしょう!」って思ったらしいんですけどね。
    マッハ そうそうそう。「あのへんでウワサになってるから、絶対に服は着たほうがいいよ」って言われましたね。だから、そっから着るようにはしましたけど。でもね、日本ではおかしいと言われるけど、海外ではみんな裸で走ってますから。マット(・ヒューム)先生からも「日焼けしたいなら裸で走れば日焼けできるよ」って言うんですよ。でも、それを日本でやったら変質者扱いされましたよ。おかしいよな。
    猫 マッハさんって寝るときも裸ですよね?
    マッハ うん、裸。
    猫 ボク、電車がなくて帰れなくなったことがあって、そのときマッハ道場に泊めてもらったんですけど、寝ようとしたら、マッハさんがいきなり裸になってたからビックリして。<続きは会員ページヘ↓> 
  • 川尻達也がUFCで感じたこと――「五味くんや水垣くん、日本人選手みんな勝ってもらいたい!」

    2014-04-26 11:26  
    100pt
    UFC第2戦となったクレイ・グイダ戦は残念ながら完封判定負けとなってしまった川尻達也。「格闘家人生最後の挑戦」と位置づけるUFC参戦での敗北に何を思うのか。遠いアブダビの地での闘いに感じたこと、これからのことをうかがった。――首のケガで帰国後はしばらく安静にしていたそうですね。    
    川尻 ムチウチが酷くて帰国してからずっと寝込んでたんですけど、それが治りかけてきたら今度は嫁が体調を崩して入院しちゃって。同じタイミングで娘も風邪を引いてしまったのでその看病してたんですよね。
    ――それは大変でしたね。
    川尻 嫁は1週間くらい入院してたんですけど。娘は嫁とそんなに離れたことがないから俺に凄く甘えちゃって(笑)。ちょっとでも俺の姿がないと泣いちゃうんですよ。だから全然自由に動けなくて。試合が終わったらラーメン食べに行こうと思ってたんですけど、そういうものを一切食べてないんですよね。
    ――今日は待ちに待ったラーメン解禁日になるわけですか(笑)。
    川尻 そうです。だから早く取材が終わらないかなあって。
    ――ハハハハハハ。今日は先日のクレイ・グイダ戦のことについてうかがいます。
    川尻 うーん、「俺ってこんなもんだったんだな……」っていうくやしさがありましたよね。ホントくやしい。くやしいですよ。
    ――とにかく、くやしい試合。
    川尻 俺、くやしいですっ!!(芝居がかった感じで)
    ――ネタに聞こますよ。スクールウォーズっぽくて(笑)。
    川尻 真面目な話、試合が終わった直後は自分で自分にガッカリしちゃっいましたね……。往生際が悪いかもしれないですけど、負けを認めたくないし、逆に開き直るしかないというか。試合が終わってバックステージに戻ってきたときにまず言った言葉が「積み重ねてきたものをすべて失った……」なんです。そのときはすぐには前向きにはなれなかったですけど。いまはくやしくてくやしくて仕方ないし、「俺はこんなもんじゃない!」という気持ちは強いし、このまま後悔したまま終わりたくないし。
    ――川尻選手がああやって封じ込まれた試合ってそんなになかったですね。修斗でやった1回目のシャオリン戦とか。
    川尻 あのときのほうが何もできなかったんですけど。35歳になっていろんな経験を積んできたのに何もできないことは絶望的ではありますよね……。勝っても負けても後悔しないようにやるってのがデビュー戦で負けてからのテーマなのに。ここまで後悔する試合ってなかったです。
    ――勝ち負けに関わらず納得できてないわけですね。
    川尻 今回の試合は凄く後悔してるというか、やりたいことがぜんぜんできなかったですね。なんか負けを認めてなくてグイダに失礼な言い方になっちゃいますけど、もっとガムシャラに闘えばよかったなって思うし。ジャブで距離を取ろうとか、らしくなかったかなって。
    ――普段どおりに闘えなかった、と。
    川尻 うーん、くやしいですね! ガッカリですよ。「ああ、俺もこういう負け方するだ……」って。グイダに負けた選手と同じような負け方をするだなって。見てる人もガッカリしちゃいますよね。俺もガッカリしてますし。でも、こうなったら開き直ってやるしかないですよ。
    ――これから若い選手がUFCを目指して戦っていくと思うんですけど、UFCで経験したことで伝えたい言葉って何かありますか?
    川尻 なんだろ…………楽しいですよね!!
    ――ハハハハハハ!
    川尻 ホント楽しいですよ、強いファイターに挑んでいくことって。なんすかね、なんも後ろ盾もないところで勝負するというか。DREAMは大好きだったし、DREAMでずっと闘い続けたかったけど……やっぱり日本人選手は守られていたじゃないですか。日本のスタッフからすれば身内みたいなもんなので。要は敵地で挑戦する楽しさや、やりがいは凄くありますよ。「チクショー、てめえら見てろよ!」っていう感情も出てきますし。
    ――燃えるものがあるんですね。
    川尻 これは五味くんも言ってて、俺もやってみてわかったけど、もっといろんな人にUFCを知ってもらいたいですよね。世界最高峰のMMAの舞台に挑戦している選手がいるってことを世の中に広めてほしいです。水垣(偉弥)くんなんてね、タイトルマッチをやってもおかしくない位置にいるわけだし。若い堀口(恭司)くんや田中(路教)くんとかこれから強くなる選手のことも知ってほしいし。その中でもちろん俺がいちばん目立ちたいし!(笑)。
    ――そこは大事なんですね(笑)。
    川尻 UFCに上がってから、なんか意識が変わりましたよね。日本の団体で闘っているときは他人の勝敗なんてホントどうでもよかったんですよ(笑)。もちろん仲間の結果は気になるんですけど。自分が海外で闘うようになってから、海外で戦うファイターの結果が凄く響くようになったというか。ホント「みんな勝ってほしい!!」と思うようになって。
    ――そこはナショナリズムなんですかね。
    川尻 ナショナリズムですね。日本人の負けはくやしいですよね、やっぱり。くやしいです。……俺、くやしいです!!(笑)。
    ――山下真司じゃないんですけど(笑)。
    川尻 いやあ、ホントくやしいですよ。海外で日本人の結果が出ないのは……。
    ――ちなみに川尻選手が右の思想的に目覚めたわけじゃないですよね?(笑)。
    川尻 それとは違いますよ!(笑)。やっぱり同じ日本人としていやしいですよね。
    ――昔は所属団体への帰属意識が強かったんでしょうね。修斗やパンクラスとか。
    川尻 あー、そうかもしれないですね。
    ――いまはアメリカが首都になっちゃいましたから。その壁に挑んでいく図式ですよね。
    川尻 そういう中で世界に挑む日本人のことは気になりますよね。だからONEFCの鈴木(信達)選手とか凄いですよね。カッコイイですよ。
    ――ONE FC王者の鈴木選手はこのまま行くと、地味強すぎてUFCすらも契約を拒んだと言われるベン・アスクレンと闘うことになりますね。
    川尻 鈴木選手とアスクレンとの試合、見たくないですか?そういう期待が持てる時点で凄いですよね。 
  • 「Dropkickチャンネル」4月度更新インタビュー&コラム一覧

    2014-04-25 23:13  
    ほぼ毎日更新! 4月度更新インタビュー&コラムはこちらをクリック!!http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/201404・【非会員でも購入可】ヤノタク、堀辺正史と骨法を語る/菊田早苗の90年代インタビュー(¥540)
  • 【後編】小比類巻貴之「あのときK-1引退会見をやった本当の理由……」

    2014-04-25 12:41  
    108pt
    ミスターストイック小比類巻貴之ロングインタビュー後編。驚愕の黒崎道場時代を語る前編は無料で読めます→小比類巻貴之「ミスターストイックのキャラは正直、しんどかったです」――そもそも先生は「麻酔はダメ」と言ってますしね。
    コヒ だから「すいません!手術をしたいんですけど、麻酔なしでなんとかできないですか?」って何回も何回もお願いして。
     
  • 【K-1MAXを創った男】小比類巻貴之「ミスターストイックのキャラは正直、しんどかったです」

    2014-04-25 11:54  
    K-1MAXを創った男・小比類巻貴之ロングインタビュー! ゼロゼロ年代の格闘技ブームでターニングポイントのひとつとなったK-1MAX。そこから爆発した中量級人気は、のちに MMAイベントHERO`Sの立ち上げにもつながっている。その中量級ブームの立役者が魔裟斗であり、今回登場する小比類巻貴之だ。いまや伝説となっている第1回K-1MAX代々木大会での激闘で世間に衝撃を与え、「ミスターストイック」といえば誰もが彼の名前を挙げるほどの認知度。最近「K-1GYM EBISU小比類巻道場」をオープンさせたばかりのその小比類巻選手に格闘技バブル「以前・以後」を語っていただいた。黒崎道場の驚愕のエピソードから、突然だった引退会見の真相、リングス出陣、そして宿敵・魔裟斗まで!
    ――近年は指導者として活躍されている小比類巻さんですが、この春から「K-1GYM EBISU小比類巻道場」をオープンして心機一転と
  • WWE Network加入者数67万人は良いニュース?悪いニュース?■MMA Unleashed

    2014-04-25 08:10  
    100pt
    Omasuki Fightの北米MMA抄訳コラム。今回のテーマは革命的事業「WWE Network」!
    アブダビでの川尻戦を契機に「UFC Fight Pass」に加入し、インターネットを通じた新しい視聴形態を体験した日本の格闘技ファンも少なくないことだろう。UFC Fight Passが、「Fight Night」大会など本来は無料でテレビ放送するコンテンツや、テレビ放送のないコンテンツだけをインターネットに載せたのに対し、米WWEが運営する同様のインターネットサービス「WWE Network」は、ドル箱PPV「レッスルマニア」を含めたすべてのコンテンツを月額9ドル99でネット公開するという、まさに会社の事業構造を根こそぎ切り替えてしまうほどの一大事業として展開中だ。
    WWEではこのほど、2月24日にスタートしたWWE Networkの現時点での加入者数が667,287名であることを公式発表した。プレスリリースは、「この調子なら、年末までに加入100万件獲得の可能性が濃厚だ」と強気な見通しがうたわれている。
    株式市場はこのニュースを悪い材料として捉えた模様で、公式発表の翌日、WWEの株式は大きく売られ、株価は前日比6ドル7セント安の21ドル97まで下げた。
    ただ、New York Timesは「WWEの有料ストリーミングサービスが、コアなファンから強い支持を受けていることが明らかになった」と好材料として報じた。Time誌も「WWE Networkはすでに多数の加入者を獲得」、Variety誌も「黒字化も間近」と報じるなど、大手一般誌はおおむね前向きな評価を報じている。ウォール街のアナリストたちも「最初の6週間でこれだけの結果が出るのであれば、海外でのサービスが順次開始されるにつれ、3~5年後には400~500万件の加入が見込まれるのではないか」「加入者数30万~40万件程度だと危険水域、最大で70万件程度かと予想していたので、株価が下げたことには驚いた」「投資家は加入者100万件を期待していたのだろうが、もともとの高すぎる期待値が、今回の発表で健全な水準に修正できたのではないか」などとコメントしている。
    しかしプロレス業界の評価はもっと悲観的だ。
     
  • 新連載「プロレス裏のウラ!! バックステージレポート」

    2014-04-24 15:21  
    100pt
    新連載の「プロレス裏のウラ バックステージレポート」! 謎のプロレス者・タカハシがプロレス団体試合後のコメント取りで見たこと・聞いたことをお届けします!(OMASUKIさんとは別のタカハシさんです)
    今回お届けする大会は……以下の3大会!
    ・4月13日 全日本プロレス@ベルサール渋谷ガーデン大会 「カシン衝撃の一言」
    ・4月19日 新日本プロレス@後楽園ホール大会 「通訳しづらい選手」
    ・4月23日 全日本プロレス@後楽園ホール大会「諏訪魔vs藤田和之」
    ★『4月13日 全日本プロレス@ベルサール渋谷ガーデン大会』
     この日はプロレスでは初使用となるベルサール渋谷ガーデンでの開催。変則的な会場設定で、試合会場の反対側の一角に赤、青の両コーナーそれぞれの控室があり、その向かいにある喫煙室が青コーナー側のインタビュースペース。そして赤コーナー側のインタビュースペースは試合会場に隣接した部屋なのですが、ここは入場時の選手が待機するスペースとの兼用で使用されました。入場式前はもちろん、試合開始直前には対戦する選手同士がその部屋の手前と奥にいるというのはなかなかに緊張感の漂う空間でした。
      入場式前にはデビュー3戦目となる野村直矢選手が土方隆司選手と第1試合で対戦。試合後にインタビュースペースに行くと、そこにはこれから入場式に参加する選手がズラリと揃い、用意された椅子には曙選手が座っていました。
     その状況下で「これからコメントを取りたいのでちょっとどいてもらえませんか」などと言えるはずもなく、野村選手とカメラクルーの人たちとで入場式のスタートを待っていると、曙選手の方から声をかけてくれて、コメント取りの仕事も始めることに。その前に軽くお礼を言うと、曙選手は笑顔で「いやぁ野村さんのためなら」とまるで嫌味なく応えてくれたのです。取材するマスコミの人たちは自分も含め、曙選手を”横綱”と呼んでいるのですが、このような気遣いが自然にできる曙選手には心の大きさをいつも感じています。
     第4試合ではまさかのチャンピオン・カーニバル参戦となったケンドー・カシン選手が、青木篤志選手とのタッグで鈴木鼓太郎、宮原健斗組と対戦。いつものように勝手気ままな動きを見せたカシン選手に試合後のコメントには多くのマスコミが集まりました。なぜか青木選手には「彼には後ろ盾が必要だ。IGFかU-FILE CAMPしかないだろう」と脈絡のない提言を。そして宮原選手については「さすが佐々木健介の暴力に耐えただけのことはあるよ」と恐ろしいことをシレっと。とくに確認はしていませんが伏字にせず、そのまま書いたメディアはあったのでしょうか……。