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記事 17件
  • 【13万字・記事14本詰め合わせセット】平本蓮、平良達郎、武藤引退、鈴木秀樹、西川大和…

    2023-03-31 23:59  
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    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part110大好評記事13本14万字で600円!!(税込み)
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    part110
    ◎平本蓮「佐山聡さんを意識して戦います」

    ◎平良達郎が頼もしいくらい贅沢なことを言ってくれる!!

    ◎闘争家、北米PFLへ!! 西川大和「自分が好きな格闘技で生きていける」

    ◎井上直樹vsキム・スーチョル幻のバンタム級王座決定戦■シュウ・ヒラタ

    ◎西川大和はなぜPFLを選んだのか?

    ◎vs朝倉未来!! 牛久絢太郎インタビュー

    ◎【ナマズ節】芦澤竜誠インタビュー「皇治はバカ」

    ◎春の閉店セール? RIZIN最終回説/RIZIN広報・笹原圭一◎同期・船木誠勝が語る武藤敬司vs蝶野正洋 「2人はデビュー戦から大人でした」

    ◎武藤vs内藤が問う観る側のプロレス・リテラシー■斎藤文彦INTERVIEWS

    ◎猪木さんは「おまえ、俺のことを信用してねえだろ」と……鈴木秀樹インタビュー

    ◎「プロレスLOVE」以前の武藤敬司が大好きだった

    ◎アメリカから帰ってきたSareee 「“戦うプロレス”がずっと私の中にあります」

    ◎いまだ「AEW所属」CMパンクの見えない復帰ロード


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    IGFのゲノムを受け継ぐ鈴木秀樹が語るアントニオ猪木!(聞き手/ジャン斉藤)
    ――猪木さんのIGFでデビューされた鈴木選手にお話を伺いたいなと。
    鈴木 猪木さんが亡くなられたのは10月1日ですよね。あっという間ですねぇ。
    ――みんなが猪木さんのことをずっと語っていることもあって、亡くなられた感じがしないんですよね。
    鈴木 ボクは亡くなられた翌日の朝に「お顔を見に来ませんか」と連絡があったんですね。ボクは猪木さんの近しい人とは言えないんですけど……。
    ――謙虚ですね(笑)。
    鈴木 いやあ、謙虚というか、猪木さんがつくった会社(IGF)で仕事してましたけど、そんな人間はたくさんいるわけですし、決して特別じゃないですよ。それでも行かせていただいたんですが……接点があった方の亡くなった姿を見るのは、本当に何十年ぶりぐらいですね。北海道から東京に出てきてからは、そういう機会がなかったんで現実感がなかったです。猪木さんの顔はリラックスされてるというか……最後は大変だったじゃないですか。
    ――ずっと闘病されてましたもんね。猪木さんに最後に会ったのはいつですか?
    鈴木 2021年にWWEに行く前に、ビザを取得したんですけど、それがアーティストビザっていうやつなんですよ。取得するのが難しいビザで、ピースの綾部(祐二)がなかなかアメリカに行けなかったじゃないですか。それはそのビザを取得するのが難しいからです。書類もたくさん用意しなきゃいけなくて、証人が必要だったということで、猪木さんにお願いをしました。当時の猪木さんの事務所は麻布だったのかな。猪木さんをマネージメントされてた甘井(ともゆき)さんがつないでくれたんですけど。猪木さんと最後に会ったときのツーショット鈴木 猪木さんはやっぱり国際的にも名前がある人ですからね。議員をやったことや、モハメド・アリと戦ったこの2つが一番大きいんじゃないですかね。
    ――WWEで仕事するのに猪木さんにサインしてもらうっていい話ですね。
    鈴木 そのあとは全然、早かったです。アメリカ大使館の面接あるんですけど、とくに何も聞かれず。「WWE?誰、好き?」という話だけして終わったんですよ(笑)。WWEは上場企業だし、アメリカ合衆国政府からも信頼されてますからね。
    ――そのときの猪木さんは闘病生活に入る前ですよね?
    鈴木 そうですね。転んで大ケガしたくないから杖を付いてるだけで「普通に歩けんだよ」って全然元気でしたよ。そのあとは体調が悪くなって……本当にお疲れさまでしたという感じでしたね。
    ――やることはやり尽くしたって感じですよね。
    鈴木 いや、まだプラズマがやりたかったんじゃないですか?(笑)。
    ――そうか、発明だけは心残りですね。失礼しました(笑)。
    鈴木 ボクが会ったときもプラズマの話をされました。そういう話を聞けると「猪木さん、元気だな!」と思いました。ジャンさんならわかると思うんですけど、猪木さんってプロレスの話は能動的にされないじゃないですか。
    ――積極的にプロレストークはしないですね。
    鈴木 聞けば返ってくるけど、そうでもなくて……。
    ――モハメド・アリ戦の質問をしても、いつのまにか世界平和の話になってますからね(笑)。猪木さんが言いたいことを無視して質問するぐらいじゃないと。
    鈴木 ボクも、わりとそんな感じで突破してましたよ(笑)。最後に会ったときも「英語しゃべれんのか?」「全然、しゃべれないです」みたいな話をしていたら、いきなり「俺はいまプラズマなんだよ」と(笑)。
    ――それが猪木さんですよね(笑)。
    鈴木 ボクがIGFをやめるときも、議員会館でお会いしたんですけど。1時間のうち55分ぐらいはまったく関係ない話で。猪木さんからすれば、やめる・やめないは小さい話なんですよ。
    ――亡くなる前に旧IGFの方と和解したのも、小さい話はどうでもいいってことですよね。誰とでもシェイクハンドできる。
    鈴木 裁判の話は詳しくなかったですけど、最終的に猪木さんが決断したんだったら、それでいいんじゃないかなと思います。奥様がつくった会社のスタッフの人たちは、何か思うところがあったのかもしれないですけど。結局、最後は本人の意志になるし、猪木さんがやると決めたことが違うと思ったのならば、猪木さんから離れればいいだけで。合ってるとか間違ってるとか関係ないですよね。
    ――ボクも「いいか・悪いか」で物事をジャッジしないのは、猪木さんの影響もありますね。基本的にIGF以降の猪木さんってウオッチされてないというか。IGFのことをよくわかってないプロレスファンが多いと思うんですね。
    鈴木 IGFの中にいたボクも、IGFのことはよくわかんなかったです(笑)。
    ――ハハハハハハ! 引退後の猪木さんってプロレスに関心がなかったなんて言われますけど、スイッチが入るときもありましたよね。
    鈴木 あります。食事の席で何か質問すると答えてくれましたし、猪木さんのプロレスの話で覚えてるのは、IGFでピーター・アーツとはじめて試合したときですね。会場入りした猪木さんに挨拶に行ったんです。そうしたら「ちょっと待て。オマエ、ゴングが鳴ったら、浴びせ蹴りに行け。俺が試合でやっていたのがわかるか?」と。猪木さん、試合開始早々よく浴びせ蹴りをやってたじゃないですか。「当たんなくてもいいからいきなり行け。ゴングが鳴った瞬間、何も考えずにやれ」と。もうひとつは、「アーツは身体がデカイから何回もロープブレイクができちゃう。最初のうちはいいけど、3回目ぐらいにブレイクしたら、そのあと蹴れ」って言われてたんです。
    ――なるほど! 
    鈴木 ボクはそれまでお客さんが試合で湧くことを感じたことがなかったんですよ。あったのかもしれないんですけど、もしかしたら湧かせることができないレスラーかなと思ってて。でも、その試合は負けたんですけど、猪木さんのアドバイスを活かして戦ったら、すごい盛り上がってくれたんです……IGFなのに(笑)。
    ――IGFって唐突に試合が終わっちゃうことが多いから、湧くに湧けないことがけっこうあって(笑)。
    鈴木 しかも相手がキックボクサー、プロレスラーじゃないんですよ。はじめて湧いた試合が異種格闘技戦で。
    ――ピーター・アーツ相手に、いきなり浴びせ蹴りやれば、お客さんは意表を突かれますよね。で、ロープブレークが多くなるとフラストレーションは高まるから、そこでストピングをやれば盛り上がる。
    鈴木 ということだったんですかね。猪木さんはボクとアーツの身体のサイズから、そこまで読んだんでしょうね。でも、ボクは浴びせ蹴りをやったことなかったんですよ(笑)。かたちは知ってますよ。で、ピーター・アーツと試合することに気乗りしてなかったんですよね。怖いとかじゃなくって、プロレスの試合をしたかったんです。猪木さんはもしかしたら、そこも見透かしてたかもしんないですけど。浴びせ蹴りをやったら、緊張がほぐれて、わりと落ち着いて試合に入ることができた。結局、IGFでピーター・アーツとはタッグも含めたら6回ぐらいやったんです。
    ――その試合が好評だったからですか?
    鈴木 たぶん、そうだと思います。当時のIGFって、受けたら何回でもやるんですよ。月に1回しか試合がないのに(笑)。
    ――どこでもアーツ(笑)。
    鈴木 お客さんがもっとも評価してくれたのがアーツの試合です。プロレスラーとの試合じゃないのにいつも受けたのは不思議です。それは猪木さんのアドバイスがきっかけですね。
    ――猪木さんは計算じゃなくて感性なんでしょうね。
    鈴木 本人はたぶん計算してると思うんですよね。でも、計算してる意識はないというか。だからあの時代に異種格闘技戦ができたのは、猪木さんだからこそだったんじゃないですかね。
    ――初めてプロレスのリングに上がる格闘家相手に戦うって、強さとセンスが問われますよね。
    鈴木 猪木さんはホントに強かったですよ。猪木さんがIGF道場に来られたときに、横四方の抑え込みを見せてくれたんですよ。何人か相手にやったんですけど、急にボクのほう見て「……オマエは信用してねえだろ?」と。
    ――それはつまり、わざと接待してるんじゃないかと?
    鈴木 はい(笑)。「みんなが遠慮してやってると思ってんだろ?」みたいなことを言われたから「はい。やってもらっていいですか?」と。
    ――鈴木選手も素直ですね!(笑)。
    鈴木 猪木さんは「いいよ」と言ってくださって。あれは2010年頃だったから猪木さんは60後半ですかね。ボクも接待するのはイヤだったし、ダニー・ホッジやビル・ロビンソンのときも遠慮しなかったんですよ(笑)。
    ――ハハハハハハ! そこで体感した燃える闘魂はどうでした? 
    13万字・記事14本詰め合わせセットはまだまだ続く…… 
  • 武藤vs内藤が問う観る側のプロレス・リテラシー■斎藤文彦INTERVIEWS

    2023-03-26 16:35  
    180pt

    80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマは武藤vs内藤が問う観る側のプロレス・リテラシーです!

     

    Dropkick「斎藤文彦INTERVIEWS」バックナンバー■WWE身売り説とSNS情報の暴走

    ■WWEもAEWも協力する武藤敬司引退ロード■猪木を語ることは自己の人生を語る行為である

    ■IWGP女子王座の違和感の正体

    ■WWE総帥ビンス・マクマホン引退


    ■新日本プロレスが丸ごと直輸入された『FORBIDDEN DOOR』
    ■新日本プロレスvsAEW「禁断の扉」の行方

    ■さらばストーンコールド、トリプルH、テイカー!! レッスルマニア38


    ■追悼“レイザー・ラモン”スコット・ホール
    ■【お家騒動】シェイン・マクマホンがWWEをクビに?


    ■対抗戦?交流戦?新日本vsNOAHから見えてくる2022年
    ■アメリカで英語化されたPURORESUプロレス
    ■AEWはWWEのライバルになりえるのか


    ■コロナに散った『ワールドプロレスリング』海谷ディレクターを偲ぶ
    ■前田日明の「噛ませ犬」だけではないポール・オーンドーフの功績
    ■WWE☓新日本プロレス業務提携の噂、その出元
    ■ドラマが現実化するプロレス版・星野源&新垣結衣は?■NWAの最期を看取った男ジム・クロケット・ジュニア
    ■ビンスの黒衣、猪木の親友パット・パターソン

    ■晩年のロード・ウォリアーズ
    ■ロード・ウォリアーズの衝撃

    ■追悼! 佐山タイガー最大の難敵・初代ブラックタイガー

    ■全女消滅後の女子プロレス新世界

    ■木村花さんはドウェイン・ジョンソンのようなスーパースターになるはずだった

    ■女子プロレスの景色を変えた女帝・ブル中野■マッハ文朱が女子プロレスというジャンルを変えた

    ■新日本プロレスの“ケニー・オメガ入国妨害事件”という陰謀論■WWEvsAEW「水曜日テレビ戦争」の見方■WWEペイジの伝記的映画『ファイティング・ファミリー』■AEWチャンピオンベルト盗難事件■「ミスター・プロレス」ハーリー・レイスの偉大さを知ろう■ウルティモ・ドラゴンの偉大なる功績を再検証する■都市伝説的試合映像ブレット・ハートvsトム・マギー、ついに発掘される ■【追悼・爆弾小僧】すべてはダイナマイト・キッドから始まった
    ■プロレス史上最大の裏切り「モントリオール事件」



    ■なぜ、どうして――? クリス・ベンワーの栄光と最期

    ■“怪物脳”に覚醒したケニー・オメガ■怪物デイブ・メルツァーと『レスリング・オブザーバー』■新日本プロレスのMSG侵攻は「WWE一強独裁」に何をもたらすのか■怪物ブロック・レスナーを通して見えてくる「プロレスの作り方」■追悼・マサ斎藤さん……献杯はカクテル「SAITO」で■皇帝戦士ビッグバン・ベイダーよ、永遠に■ジャイアント馬場夫人と親友サンマルチノ、2人の死――■ベルトに届かず…されど「世界に届いた中邑真輔」のレッスルマニアを語ろう ■ステファニー・マクマホン、幻想と現実の境界線がない生活■ロンダ旋風、中邑&ASUKAダブル優勝!! ロイヤルランブル1万字総括■アメリカンドリーム、ゴールダスト、コーディ……ローデス親子それぞれの物語■ジェリコvsケニー実現で考える「アメリカから見たプロレスの国ニッポン」■みんなが愛した美人マネージャー、エリザベス!■職業は世界チャンピオン! リック・フレアー!!■怪死、自殺、大事故……呪われた鉄の爪エリック一家の悲劇■ミスターTからメイウェザーまで! WWEをメジャー化させたセレブリティマッチ
    ■WWEの最高傑作ジ・アンダーテイカー、リングを去る■『1984年のUWF』はサイテーの本!
    ■プロレス史上最大の裏切り「モントリオール事件」


    ■オペラ座の怪人スティング、「プロレスの歴史」に舞い戻る



    ■超獣ブルーザー・ブロディ

    ■「プロレスの神様」カール・ゴッチの生涯……
    ■『週刊プロレス』と第1次UWF〜ジャーナリズム精神の誕生〜




    ■伝説のプロレス番組『ギブUPまで待てない!!』 
    ■SWSの興亡と全日本再生、キャピトル東急『オリガミ』の集い
    ■ジェイク“ザ・スネーク”ロバーツ…ヘビに人生を飲み込まれなかった男■追悼ジミー・スヌーカ……スーパーフライの栄光と殺人疑惑

     
    ――今回のテーマは武藤敬司引退試合とあの日の興行全体の総括になります。
    フミ はい、よろしくお願いします。すでに語り尽くされている感はあるのですが、観る側のパースペクティブ(視野)といったらヘンかもしれないけれど、観戦歴3年のファンだったらその3年の視界で見ていただろうし、観戦歴10年のファン、観戦歴20年のファンはそれぞれの視野、それぞれ視界、それぞれに違ったものが見えていたんだと思うんです。
    ――フミさんは何年ぐらい武藤敬司というプロレスラーを見てるんですか?
    フミ ボクはヤングライオン時代からずっと接してきました。
    ――それはぜいたくですね。
    フミ 「大量離脱事件」で新日本プロレスの所属選手がスカスカになった時代、いわゆる「冬の時代」でした。1984年に第1次UWFと長州軍団ジャパン・プロレスができて、合計すると30選手くらいが突然、新日本のリングからいなくなった。トップがアントニオ猪木、坂口征二、藤波辰爾、木村健悟だけという陣容で、闘魂三銃士となる武藤、橋本真也、蝶野正洋、のちに誠勝と改名する船木優治、いまはAKIRAの野上彰、この5人が84年入門のヤングライオンだった。武藤さんは第1回ヤングライオン杯(85年)では優勝しなかったんだけど、同年11月、大抜てきを受けてアメリカ武者修行に旅立った。そのあとボクは『週プロ』の取材でフロリダにいる武藤さんを訪ねたんです。「武藤敬司の光と影」というタイトルで長い記事を書きました。
    ――新人のインタビューで「光と影」というタイトルは面白いですね。
    フミ デビュー当時から「光と影」はあったんです。UWFが社会現象になるちょっと前。前田日明、藤原喜明、髙田延彦らが新日本から第一次UWFに移り、そこにタイガー・ジムから佐山聡と山崎一夫が合流した。『週プロ』はこの第1次UWFをすごく応援していた。長州軍団はジャパン・プロレスという団体になって業務提携というかたちで全日本プロレスと契約した。そんな状況だから野毛道場のヤングライオン、というかフツーの新弟子の感覚だったら「ボクたちはこれからどうなるんだろう?」と不安になるはずです。でも、武藤敬司の場合は「ラッキーじゃん。俺らすぐテレビ出れるよ」と受け止めていたんですね。
    ――トップ、中堅どころがいなくなったからチャンスがすぐに回ってくる、と。
    フミ 実際に異例の大抜てきを受けてアメリカ武者修行に行ったわけです。ボクが会いに行ったときは、フロリダでケンドー・ナガサキこと桜田一男さんが運転する車に乗せてもらって、試合会場まで行って、試合後は一緒にメシを食べて、バーでお酒を飲みました。その頃の武藤さんはキャリア1年ちょっと、23歳でしたが、いまとまったく同じキャラでした。
    ――明るくてあっけらかんとして。
    フミ デビューした直後から大物感がすごかった。「冬の時代」と言われた85年の新日本プロレスの第1試合、第2試合のポジションで、黒タイツで黒シューズの武藤敬司は普通に側転エルボーをやっていましたから。
    ――新人なのにそんな大技が許されているのがすごいですよ(笑)。
    フミ 代名詞となるムーンサルトプレスをあたりまえのように使っていました。武藤さんのムーンサルトとのちの小橋建太スタイルとの違いは、小橋スタイルは大きな弧を描くイメージですが、武藤スタイルはデビュー当時は大きな弧を描いて宙を舞うフォームだったものが、キャリアを積んでいくなかで、飛距離とインパクト(衝撃度)をすごく意識するようになって、スピードをつけて低めに飛んでいってリングの真ん中あたりでズドンといくスタイルに変わっていった。
    ――ラウンディング・ボディプレスとも呼ばれてましたね。
    フミ のちの武藤さんはムーンサルトのやりすぎでヒザを悪くしてしまいましたが、当時は22、23歳ですからどこも故障はなかった。ボクも新人記者でしたが、ベテランの先輩記者たちも「これはとてつもない新人」と最初から感じていました。フロリダ遠征から日本に帰ってきて、610(武藤)スペース・ローンウルフの時代があって、それから相米慎二監督の映画『光る女』に主演したこともあった。
    ――昨年ニューマスター修復版Blu-rayが発売された伝説の作品。
    フミ 当時、週プロ編集部では『週刊プロレス』以外に月1ペースで『プロレスアルバム』というムック・シリーズを出していたんですね。そのときボクは武藤敬司特集『武藤敬司発進!』を担当しました。
    ――思い出は尽きないわけですね。武藤さんの引退試合は内藤哲也とのシングルマッチでしたが、終了後に同期の蝶野正洋との試合も行なわれるというサプライズがありました。
    フミ 蝶野正洋にとっても引退試合になった、というふうにボクはとらえています。シチュエーションとしてはあくまでもカーテンコールというかボーナストラックでしたが…。やっぱり、メインイベントの内藤選手とのシングルマッチがたいへん見応えがありました。28分58秒のシングルマッチなのに、最後の最後までロープワークが一度もなかったんです。
    ――それはすごいことですね!
    フミ 武藤さんのヒザとハムストリング(大腿部裏)の状態がよくないからロープワークが難しかったという見方も成り立つんですが、それでも30分近く、重厚な試合ができちゃうわけです。今大会は全体としてはタッグマッチが多かったんですが、誰かがヘッドロックを取ると、次の瞬間にはもうロープに向かって走っていくシーンばかりが目についた。武藤vs内藤にもサイドヘッドロックの攻防はありましたが、イージーにロープに走ることはなかった。ロープワークからはすぐに大技にいける利点もありますが、動きが段取りっぽく見えてしまう弱点、欠点があるんです。
    ――いまは攻めてるほうが急にロープに走ってカウンターを食らうシーンが多いですもんね。
    フミ せっかくヘッドロックを取っているのに、それを逃がしてロープに走られて、相手が跳ね返ってきたところでショルダーブロックを食らって倒されちゃうというシーンがありますね。ヘッドロックを取って相手をコントロールしていたことがムダな動きになってしまいますね。ところが、武藤vs内藤は30分近い試合なのにそういうロープワークが1回もなかった。
    ――ロープに飛ばなくても見せられると。
    フミ まず、初期設定からふり返ると、この興行は平日の火曜日の開催だった。ダークマッチがスタートしたのは午後4時。そうすると集客は苦しいというか、社会人はこの開始時間には会場には来られない。
    ――平日の開催って会社終わりの18時半スタートが定番ですよね。
    フミ それこそ仕事を休んで観戦に来た人はいたでしょうし、ボクも気になったから昼過ぎの12時半くらいに東京ドームに行ったんです。そうすると午後1時あたりから水道橋駅、東京ドームの周りにはすでにプロレスファンが溢れていました。
    ――有休を取ったプロレスファンの群れですかね(笑)。
    フミ 今大会は3部構成の全11試合。東京女子プロレスとDDTの提供試合がそれぞれあって、DRAGONGATEvsノア、それから全日本vsノア。宮原健斗&諏訪魔&青柳優馬vs拳王&中嶋勝彦&征矢学のタッグマッチは、この大会じゃなかったらメインになってもおかしくないようなラインナップです。NOSAWA論外の引退試合として外道&石森太二vs NOSAWA論外&MAZADA、それからノンタイトルですが高橋ヒロムvs AMAKUSAのシングルマッチオはIWGPとGHCのジュニアヘビー級王者の対戦。セミファイナルのオカダカズチカvs清宮海斗もノンタイトルではあるけれど、これもIWGPとGHCのヘビー級チャンピオンの初対決。オールスター戦といっていいカードが並びましたよね。3部構成の第3部のオープニング、試合順としては全11試合中の8試合めの外道&石森太二vsNOSAWA論外&MAZADAの試合が始まったのが18時半ちょうどだっ。大会開始が16時ですから、出場レスラーが多いわりにはイベント進行のテンポがよかったんです。
    ――試合はさくさく終わりましたね。
    フミ 今回の興行には総勢58選手が出場していた。でも、6人タッグマッチや8人タッグマッチの試合時間はだいたい6、7分だった。小川良成チームvs小峠チームの10人タッグは、小川良成が1回もタッチせず、リングインする前に小川良成のチームが勝って試合が終わった。試合ですから、たしかに10人タッグマッチだからといって10選手全員がまんべんなく出てきて、それぞれに見せ場を作る必然性はない。試合ですから、勝ち負けを争っているという意味においては、どこでどう終わってもおかしくない。ボクはこの試合は勉強になりました。どういうことかというと、ここでは、一度も試合に参加せずに入場シーンだけで帰っちゃった小川良成の存在がむしろ際立つんです。
    この続きと平本蓮、平良達郎、武藤引退、鈴木秀樹、西川大和……などの3月更新記事が600円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事14本」の詰め合わせセット」はコチラhttps://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2145049この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事150円から購入できます!

     
  • 春の閉店セール? RIZIN最終回説/RIZIN広報・笹原圭一

    2023-03-24 10:34  
    180pt
    大会後恒例の笹原圭一RIZIN広報インタビューですが、今回は大会直前にお届けします!どうなる春の3大会!(聞き手/ジャン斉藤)【1記事から購入できるバックナンバー】・【ダンダン、ダダン!!】「PRIDEのテーマ」を使った理由■RIZIN演出統括・佐藤大輔・Switchが入った大晦日RIZINを語ろう■笹原圭一15000字
    ・堀江圭功インタビュー「すべてをさらけ出して強くなった!」
    ・斎藤裕「やっぱり俺に平本蓮が回ってきたなって感じです」
    ――笹原さん! 4月5月のRIZINが豪華すぎて「最終回なんじゃないか?」って声で溢れています!
    笹原 はい、RIZINは4月の大阪、代々木、5月の有明の3大会でおしまいなので閉店セールの大盤振る舞いなんです! 皆さん、いままでありがとうございました。せーの、We are RIZIN!!
    ――6月大会に備えてタイ合宿を張っているクレベル・コイケが怒りますよ!(笑)。よく見ると大阪も代々木も有明も次に繋がるカードなんですよね。
    笹原 そうなんです。バンタム級、フェザー級と“見えないトーナメント”的なマッチメイクになっているんですよ。ここでの結果や内容が次の試合に繋がっていくわけです。夏頃に各階級のタイトルマッチをまとめてやっちゃう流れができるかもしれないですし……。
    ――RIZINチャンピオン・カーニバル! 
    笹原 選手たちはタスキをかけて、日テレの「スポーツのテーマ」を流して入場式をやりますよ!
    ――全日本プロレスのアルバイト経験があるKNOCK OUTプロデューサー宮田充さんしか食いつかないネタはやめてください!
    笹原 もうこうなったらPWFのロード・ブレアース会長も呼んじゃいましょう!
    ――ロード・ブレアース会長はもう亡くなってますよ! というか、このネタを喜んでいるのは宮田さんだけです。
    笹原 まぁ自分で言うのもなんですが、RIZINは何が起こるかわからないじゃないですか。「一寸先はハプニング」どころか、「一寸先はRIZIN」というか、いまも一寸先も未来もハプニングに満ちている。社長もいきなり「ちょっとタイに行ってくる」とか、寅さんみたいに放浪の旅に出ちゃうし、もう先のことはだーれもわかりません!
    ――榊原さんはこの先のネタ仕込みのために行っているんですか? 
    笹原 「タイの奥地にまだ誰もみたことのない謎の格闘技があるみたいだぞ!そいつとパッキャオとやらせればどえらいことになる!」みたいな理由でタイに行ったんだと思います! ただの観光の可能性もありますけど(笑)。まぁでも社長が元気に飛び回っているうちはRIZINが最終回じゃないことは確かですね。
    ――日本でボクしか注目していないタイのエンタメフルスイング団体ファイトサーカスと接触したりと胸騒ぎが止まらないですよ(笑)。
    笹原 先のことも、社長のタイ行きの理由もがよくわからないんですが、このあとRIZINを開催したことのない場所でやりたいなー、なんて考えてますし。
    ――おお、大会が追加されるかもしれない……ってことですね。しかし、もしチャンピオン・カーニバルをやるとすると、夏頃に山場を作ろうとするのは、00年代のPRIDE・K-1時代を彷彿させますね。いまは大晦日にクライマックスカードを組みますけど、かつては夏や秋に大一番があって。
    笹原 8年前にRIZINを立ち上げたときは大晦日をピークにしていましたが、夏場にも大きな祭りはやりたかったんです。でも、なかなか手が回らなかったんですよね。
    ――いまは選手も増えて注目カードが用意できるわけですね。昔は大晦日のほうが無理矢理感がありましたよね。大一番が終わったあとだから仕方ないんですけど。
    笹原 いま振り返ると最初のPRIDE男祭りのカードとか、かなり無理矢理ですからね。よくフジテレビが怒らなかったなと(笑)。
    ――視聴率おもいのほかよかったですよね。ギリギリまで調整してた桜庭和志vs田村潔司がダメになって、桜庭和志vsホジェリオ(ノゲイラ弟)に。地上波テロップの「桜庭vsノゲイラ」にみんな騙されたんじゃないかって(笑)。
    笹原 田村さんはレイ・セフォーの弟ロニー・セフォーとやりましたけど、こっちは「田村vsセフォー」ですからね。「桜庭vsノゲイラ」「田村vsセフォー」は視聴率が獲れますよ!(笑)。
    ――4月5月はRIZIN最終回説が流れるほどいいカードが揃ってますね。
    笹原 コロナの影響で海外の選手が日本に入ってこられなかったじゃないですか。あのときは国内の選手だけでドラマを作ってきたんですけど、我慢しながら磨いてきたことが、いまになって実っている感はあると思います。
    ――コロナのときは日本人対決の刺激がすごかったですよね。ファン同士で煽り合うから熱がすごくて(笑)。
    笹原 そこに実力派の外国人が来ることで「vs世界」のテーマも作れていると思います。大阪も有明も売れ行きはいいんですけど、代々木がホント異常な反応なんですよ。
    ――閉店セール並の売れ行きですか(笑)。
    笹原 「こんなことならチケットの値段を高くしとけば良かった...」とかボクが言うと叩かれるので、佐伯さんが言っていたということにしましょう(笑)。やっぱり朝倉未来、牛久絢太郎、斎藤裕、平本蓮のストーリーが絡み合っているのがいいんでしょうね。
    ――カード自体は代々木と有明って均等に並べてある印象ですけど、代々木はドラマが足し算じゃなくて掛け算になってるという。
    笹原 それにしてもこの売れ行きは異常ですよ。「代々木に大谷翔平が出る!」とか誰かデマを流しているとしか思えない!。
    ――RIZINの会場にはShow大谷さんしかいませんよ! その代々木は4月30日から1日前倒しで4月29日に変更されたじゃないですか。30日にパンクラスがあって、選手のセコンド関係が理由に挙げられてましたが、本当の理由はなんですか?
    笹原 いや、本当にそれも大きな理由の一つです。会場側に確認したら前日が空いていたんですが、29日にすると徹夜作業でリングや舞台を設営しなきゃいけなかったり、おまけにキャンセル料も発生してしまったり、マイナスなことも多々あったんです。何より変更することですでに予定していたお客さんには相当迷惑かけちゃうことになるので、悩みに悩んだんですが……この代々木・有明のカード編成を維持するには、こうするしかなかったんです。
    ――4月5月に3大会あることで、どの大会にどのカードを置くか。そこもいろいろ考えたんでしょうね。
    笹原 もういろんなパターンがありましたね。会場のキャパシティの違いもありますし、選手には準備期間を置いてやりたいという要望もあれば、逆にすぐに試合を組んで欲しいという要望もあったり、「笹原なんてTwitterばっかやってて、仕事してねーじゃん」と思われるかもしれませんが、そういう選手の希望を聞きながら地道な交渉や調整をしてるんですよ!
    ――Dropkickで声を大にして訴えても、あんまり効果ないと思いますが一応カットせずにそのまま載せます(笑)。でも、昔のRIZINだったら数ヵ月に一度の開催だから、選手は無理にでも合わせるしかなかったわけですよね。
    笹原 たとえばサトシは大阪大会に出てもらうという計画もあったんですよ。
    ――大阪でカーライル戦という話があった。
    笹原 本人的には大晦日からすぐに復帰したという気持ちがあったんですが、ちょうど大会の前後にお子さんが生まれるかもしれないと。
    ――サトシ選手は家族思いですし、そうなると試合は難しいですよね。
    笹原 なので大阪大会の会見のギリギリ、というか会見の当日まで調整していたんですよ。で、サトシの奥さんとも電話でお話しましたからね。
    ――運営は出産時期も気にするわけですね(笑)。
    笹原 あと代々木は牛久vs朝倉、有明は斎藤vs平本と分けるプランもあったんですよね。で、バンタム級の井上直樹vsアーチュレッタ、朝倉海vs元谷もそれぞれ分けて。・井上直樹がアーチュレッタ戦に選ばれたのは…
    ・鈴木千裕がクレベル挑戦者筆頭の理由
    ・牛久絢太郎の不思議
    ・萩原京平vsカイル・アグォンが組まれた事情・勝てそうな選手を連れてきても面白くない・韓国ブラックコンバットとの交流は?……などなど1万字インタビューはまだまだ続く

    この続きと平本蓮、平良達郎、武藤引退、鈴木秀樹、西川大和……などの3月更新記事が600円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事14本」の詰め合わせセット」はコチラ
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  • アメリカから帰ってきたSareee 「“戦うプロレス”がずっと私の中にあります」

    2023-03-20 21:48  
    180pt
    WWE/NXTから帰ってきたSareeeインタビュー! 濃厚すぎる女子プロレス観に迫ります!(聞き手/ジャン斉藤)【1記事から購入するバックナンバー】・“最後の側近”甘井もとゆきが語るアントニオ猪木&ズッコ夫妻
    ・『戦争とプロレス』上梓!! TAJIRIインタビュー「幽霊とプロレス」
    ・タノムサク鳥羽☓松澤チョロの「歯無したちが語るイブシとか危険なハナシ」
    ・猪木を語ることは自己の人生を語る行為である■斎藤文彦INTERVIEWS
    ――新型コロナの影響でWWE参戦が遅れたSareeeさんですが、コロナが落ち着いたところで日本に帰ってきた感じになりましたね。
    Sareee そうなんですけど、アメリカはかなり前にコロナは終わっている状態でしたね。向こうでは誰もマスクは誰もつけないですね。
    ――日本に帰ってからのほうがコロナの影響を感じたりしますか?
    Sareee 日本のほうが制限が多いと思います。アメリカはコロナが流行ってるあまり時期から全員がマスクをつけてはいなかったと思います。日本にきたら私も出かけるとき、ついマスクをつけ忘れてしまったりしました。
    ――アメリカの生活に染まっていった感じなんですね。
    Sareee 染まってましたねぇ。最初の頃はコロナが気になっちゃって、テーブルや手なんかは徹底的に消毒してましたし、マスクを二重につけたりしてたんですよ。でも、途中から全く気にならなくなりました笑当初が嘘のように、あと多少のことは気になりません。たとえば何日の何時に来るはずの宅急便も、スケジュールどおりには絶対に来ないから(笑)。
    ――ひどい(笑)。
    Sareee これが日本だったらありえないですけど、アメリカではけっこう起きることなので、あらゆることがあんまり気にならなくなりましたね。最初はムカつきました。けど、ムカついたところで何も解決しないから、もう仕方ないと開き直って(笑)。
    ――アメリカで悟りを開いたと。
    Sareee はい。WWEも大きな会社なので、急なスケジュールの変更はあたりまえに起きるんですよね。最初は戸惑いもありましたが、途中からは あっ、いつものやつね みたい感じで切り替えがはやくなりました! かなり鍛えられましたね(笑)。
    ――WWEの世界はいかがでしたか?
    Sareee スカウトをしていただいたのがきっかけで私は決断しました。アメリカに挑戦してホントによかったなって思います。普通に生きていたらなかなか経験できないことをたくさんさせていただき、世界一の団体に足を踏み入れることもできプロレスラーとして本当に最高な経験でした。この経験は本当に自分の財産になりましたし、これから日本に戻ってきて最大限にこの経験を活かしていきたいです。世界を吸収してきた、Sareeeとしてプロレス界で大暴れしたいなって思ってます。
    ――Sareeeさんは日本でプロレスのキャリアを築かれていたじゃないですか。
    Sareee そうですね。私は全女(全日本女子プロレス)の先輩方にプロレスを教えていただいて。14歳から10年間、ずっとその基礎を叩き込まれてきたこともあって、“戦うプロレス”がずっと私の中にあります。だけど、WWEに行くとそれだけでは通用しないし、もっともっと勉強することがありました。私がいまの時代のプロレスラーとして学ぶべきもの、足りないものをアメリカで吸収できたのではないかなと思ったので、今回日本に戻るっていう決断をしました。やっぱりやりたいプロレスは“戦い”なんだなって。それがいろんなものを見て再確認できたというか、WWEでいろんなプロレスに触れたことでそう思いました。
    ――基本が全女ということにものすごく興味があります。
    Sareee 私の師匠は伊藤薫選手、井上京子選手、そしてジャガー横田選手の孫弟子です。試合でもアジャコングさん、堀田祐美子さんをはじめ、全女の方々にさんざんボコボコにされてきたので。あっ、かわいがってもいただきました(笑)。
    ――全女100%なわけですね(笑)。
    Sareee それも、いまのレスラーにはなかなか経験できないことだと思いますね。苦しいこともありましたがそれがあったからいまの私があるし、スカウトしていただきアメリカに渡り世界一の団体を経験できたと思ってます。アメリカにいたのはたった2年ですけど、「2年も」っていう考えもあるじゃないですか。2年も海外修行してきたんだなって。そこは自信持ってやりきった感覚はありますね。
    ――女子プロレスを見るきっかけはNEOなんですよね。
    Sareee   全女は生で見てないんですよ、見たかったんですけど……。
    ――全女は90年代末に事実上の終焉を迎えて。
    Sareee 私がプロレスにハマったのはNEOからのスタートだったんです。父親が猪木さんの大ファンで、それで私もプロレスと出会って。小学校1年生のときに初めて女子プロレスを見て「これだ!」と。そこからずっとプロレスラーになることが夢でした。中学を卒業する年に進路を決めるじゃないですか。やっぱり「プロレスをやりたい、NEOに入ろう」と決めてNEOの後楽園大会を見に行ったときに、その日に解散することが発表されて……。
    ――最悪のタイミング!
    Sareee   「これからどうしたらいいの?」みたいな。NEOに入れなくて落ち込んでることを何かを通じて井上京子さんが知って。私はよくNEOの会場に行っていたので、選手の方達は私の存在を知ってくださってましたね。
    ――有名な存在だったんですね。
    Sareee 有名なのかはわからないですけど、 「小さい子がよく見に来てる」と。道場マッチとかにも行っていたので(笑)。
    ――神奈川の綱島にある道場まで足を運んでいたら有名になりますよ(笑)。
    Sareee ホントにNEOが好きだったので。井上京子選手から「新しい団体をやるんだけど、一緒にやらない?」って声をかけていただいて「やります!」と。
    ――それがディアナだったんですね。しかし、そこまでNEOが大好きだったとすると、団体の消滅はさぞかしショックだったんでしょうね。
    Sareee はい。毎週土日は必ずNEOの試合を見に行ってましたし。後楽園ホールや、いまはプロレスで使われてないですけど東京キネマ倶楽部にも。
    ――あー、東京キネマ倶楽部は懐かしいですねぇ。
    Sareee 東京キネマ倶楽部はおばあちゃんの家がすごく近くて、板橋グリーンホールは実家がめちゃくちゃ近くて。範囲的に1人でも行けるぐらいのところで毎週試合をやっていたんです。
    ――NEOな生活圏だったんですね(笑)。板橋にプロレスショップがありましたよね?
    Sareee ああ、大山アメリカン行ってました。そこで週刊ゴングを買ってました(笑)。お年玉やお小遣いは全部プロレスグッズ。部屋中プロレスのポスターや色紙だらけです。
    ――NEOでは元気美佐恵さんの大ファンで。
    Sareee はい。元気美佐恵さんのように強くてカッコいいレスラーが大好きで。元気美佐恵さんや田村欣子さんとかベルトを争っているような選手が好きでしたね。
    ――NEOだと小学生レスラーがデビューしましたけど、そこから「私も!」と思ったりしたんですか?
    Sareee いやあ……小学生レスラーはレスラーじゃないと思ってて。生意気ですよね(笑)。中学卒業して15歳で入るのが本当の練習生だと思ってました。
    ――厳しい!(笑)。ちゃんとプロレスラーのハードルが設定されていたと。
    Sareee 子供ながらにそう思っていました(笑)。小学生や中学生でデビューしている同い年くらいの子がいっぱいいましたけど……自分もリングに立ちたいとは思わなかったです。中学卒業したら練習生として道場で鍛えてからプロレスラーになると決めていたので。――でも、当時は我闘姑娘やアイスリボンでキッズプロレスが流行っていたじゃないですか?

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  • 【令和の掣圏道】平本蓮「佐山聡さんを意識して戦います」

    2023-03-18 09:29  
    180pt
    大注目の斎藤裕戦を控える平本蓮インタビュー!(聞き手/ジャン斉藤)【1記事から購入できるバックナンバー】・平本蓮と空手をつなぐ日本格闘技のサーガ■剛毅會宗師・岩崎達也インタビュー
    ・【悪口と本音の15000字】平本蓮インタビュー「朝倉未来には負ける気がしない」
    ・鈴木千裕「中原選手は強敵! 平本蓮は頭おかしい! 今年は地獄の1年!!」
    ※サムネが表示されないトラブルのため記事を再アップしています。――4月29日のRIZIN代々木大会の記者会見では対戦相手の斎藤裕選手、そして朝倉未来選手と同席しました。
    平本 朝倉未来と一緒に会見をやれる機会はなかなかないと思ったんですよね。いつもどおりトラッシュトークを仕掛けるのもいいなと思ったんですけど、ボクの予想ではそれだとガン無視されるなと。ラリーで盛りあがるってことは絶対にないっていうか、向こうはあくまで「いや、俺はそんなどうでもいいので勝手にやってれば……」っていう偉そうなスタンスじゃないですか。だったら逆に1人歩きで、小馬鹿にしてやろうと。
    ――それであの謎・通訳だったんですか(笑)。
    平本 そうっすね。エキストラを探して、ちゃんとギャラを払って来てもらいました(笑)。まあ、自分の試合のプロモーションなんで安いもんです。こういうことを言うと自画自賛になっちゃうんですけど、この会見は俺が何かやらなかったらマジで盛り上がらなかったと思うんですよね。他はそんなに面白くなかったなって。
    ――ニュースを作ったと。
    平本 だって「太田忍いたんだ?」「なんで部外者の一般人が会見に出てるんですか?」みたいな感じでしたよね(笑)。
    ――朝倉選手や斎藤選手とは控室は別だったんでしょうけど、太田選手とはバッティングしなかったんですか?
    平本 ちょうどスダリオ(剛)選手と一緒の会場入りだったんですけど、控室に入ったら太田忍がいたのですぐに引き返しましたね。同じ空気を一緒に吸いたくないなって(笑)。
    ――あいかわらずの逆・全方位外交! 平本選手からすれば、朝倉未来の反応を引き出したから成功だったと?
    平本 そうですね。会見場にお客さんがいたのがよかったなって。お客さんがけっこう笑ってくれたこと、たぶんピキッて頭にきたんじゃないですかね
    ――「会場の皆さんが笑っていることが不思議です。そんなに面白かったですか。優しいですね」と。
    平本 ホントに器が広いなら、あんなの無視しとけばいいのに、いちいち反応しちゃうから器が小さいなって。俺、小学生のときによく先生に屁理屈を言いまくってクラスのみんなが笑ったら、先生は「これ、面白いと思ってるんですか?」と言ってましたけど。学校の先生と同類ですよ。
    ――急接近した朝倉未来はどうでした?
    平本 本人的には「斎藤裕に勝ったら、やってあげてもいい」みたいな感じですけど、なんでオマエに上から言われなきゃならないんだって。ここは一発KO勝ちをして、RIZINにもっと新しい風を吹かせたいなって気持ちはありますね。
    ――朝倉選手には牛久(絢太郎)選手に勝ってもらったうえで、やりたいところはありますか?
    平本 正直どっちでもいいですけど。まあ勝ってやるほうが間違いなく盛り上がるのかなと。朝倉未来は相性的に悪くはなさそうっすけどね。本人も苦手意識はなくて、得意なタイプだと思ってんじゃないですか。ただ思いのほか疲れると思うんです。そうなったときに、どうなのかなって。まあそれを言いだしたら、どんな試合も全部そうなんですけど、攻めて攻めてガス欠になるかもなって。
    ――朝倉選手は2年ぐらいMMAの試合から遠ざかっている影響もあるということですかね。
    平本 というか、ボクシングをやっていたと言っても、ちゃんとやってたのかなってありますよね。
    ――で、平本選手は斎藤選手をKOできる自信があると。
    平本 もう練習の手ごたえをめちゃくちゃ感じてて。岩﨑(達也)先生とも作戦について話はしてるんですけど。岩﨑先生いわく「斎藤選手は厄介な相手。たとえばこっちがガンガン攻めていても、2対1のジャッジで勝ちを持っていける強さがある」と。そこはすごいわかるっていうか、ボクがダウンを奪っても、激戦に持ち込んで「判定、斎藤」みたいになる可能性が大いにあるなって。岩﨑先生は「そういう厄介な相手だからこそ、今回は確実に倒しにいきましょう」と。
    ――試合巧者だから、決定打をつくらないといけないと。
    平本 なるべく試合時間を長くしない。だからって攻め急ぐわけではないんですけど。しっかりKOを狙うのが今回の作戦ですね。
    ――前回の弥益ドミネーター聡志戦は、無理して倒しにはいかない作戦でしたね。
    平本 だから逆ですね。前回は向こうからテイクダウンに来るのがわかっていたし。今回はそれも踏まえて警戒してるから、いきなりテイクダウンはしてこないのかなと。最初は打撃戦になると思うんですけど、その段階で「これは無理だな……」って思わせたいです。
    ――平本選手は斎藤選手が練習しているCAVEに一時期通ってましたが、そこまで肌は合わせてないんですよね。
    平本 ですね。何回かグランプリングはやったことあるんですけど、打撃を入れたスパーリングはないっす。ボク自身も斎藤選手のことをあんまりよくわかってないからこそ、すごい楽しみだし、あのときは自分もまだ別人なんで。自分のほうが圧倒的に別人なんじゃないかなって自信はありますよ。やっぱり余白が自分のほうにはあるのかなって。
    ――自分のほうが成長していると。
    平本 練習したのは1年前ぐらい前ですよね。あのときとは全然違います。試合で勝ったことでその経験が上乗せされてるし、いろいろなことがあたりまえにできるようになった。打撃もすごい進化してる反面、テイクダウンディフェンスやグラップリングの基礎的なところにも自信があって、スパーリングも考えないでできてますね。要は倒されても別に立てればいいかなって。キックボクサーが総合格闘技をやると「倒されないように」って考えちゃうんですけど、そうじゃなくて、そつなく総合格闘技ができるようになったかなって。
    ――ストライカーにありがちな「寝たら終わり」ではないと。
    平本 だから落ち着いて打撃が振れます。いい意味でも悪い意味でも不安要素がない。だからこそナメないで、最悪の状況も考えて練習してますね。
    ――不安要素がないからこそ最悪を想定していると。
    平本 もう常に最悪の状況を意識したトレーニングをやってますね。今回の試合はだいぶ前に決まったじゃないですか。ずっと斎藤戦の対策をやってきたっていうか、こんなに前から試合が決まることってあまりないんで、すごくいいトレーニングが積めてますね。
    ――足のケガは完治されたんですか?
    平本 完治しています。あとはオーバーヒートしないように自分を信じて戦います。やっぱり空手という信じるものがひとつできたんで。岩﨑先生と知り合ったことで迷いがなくなったんですよね。いまの自分は「どうやって戦ったらいいんだろう?」ではなく「これをやれば大丈夫」と。空手という芯ができたことは、自分にとってすごい大きいです。どんな相手でも立って殴れる。ストライカーとしてのある種の意地というか、岩崎先生と会ったことでそういうスタイルができた感じがしますよね。打撃という自分の信じる道をさらに信じれるようになったというか。MMAに転向したばっかのときって、いろんなトレーナーの人から話は聞くんですけど。その考えをいったん集結させて、自分で必要なものは取り入れるし、いらないものは切り捨てるじゃないですか。そのへんはずっと自分で考えてきたんですけど、「こうすれば打撃が強く打てる」とかすべての考えが驚く師匠は初めてだったんで。
    ――MMAの戦い方を導いてくれたわけですね。
    平本 いい師匠に出会えたプラス、岩﨑先生は面白い人なんで。ホントに面白い(笑)。
    ――博識ですよね。
    平本 剛毅會の入門条件は、UFCを目指していれば誰でも入れるんですよ(笑)。最近はちょっと変わってきたみたいで「強くなりたければ」なんですけどね。要は「最強を目指せ!」みたいな。
    ――芦澤竜誠選手も剛毅會に通ってるんですよね。
    平本 来てますね。竜誠くんのことは岩﨑先生が「あれは化けるぞ」と言っていて。
    ――へえー!
    平本 岩﨑先生が言ってたんですけど、ファイターは繊細な人とガサツな人の2種類に分けられると。繊細な人は技術を追求するメンヘラ系、ガサツな人はフィジカルモンスターのパワフル系。ボクはメンヘラ気質な性格だと思うんですけど(笑)。たぶん竜誠くんと同じで感受性が豊かというか、SNSでも目立ったりとかするじゃないですか。そういう選手ほど、空手の練習に入り込めるらしいんですよ。たとえば三戦(サンチン)の構えとか、アスリート的な考えの人だったら「どこの筋肉を使って、なんの意味があるの?」みたいな反応になると思うんですよ。でも、竜誠くんはまず入り込んでやったうえで、感じ取るのが早かったんです。だから岩﨑先生も「化けるぞ」と。入り込めるかどうかが大事らしいんですよね。
    ――岩﨑先生は、平本選手が弥益戦の試合前に正座したことが勝因のひとつに挙げてましたが、そこに通じる話ですね。・格闘技と宗教
    ・ケージとリングの希望は…
    ・朝倉未来は俺とドミネーター戦の予想で…
    ・萩原京平のこと
    ・佐山聡を意識して戦いたい……12000字インタビューはまだまだ続く

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  • 【令和の掣圏道】平本蓮「佐山聡さんを意識して戦います」

    2023-03-17 10:52  
    180pt
    大注目の斎藤裕戦を控える平本蓮インタビュー!(聞き手/ジャン斉藤)【1記事から購入できるバックナンバー】・平本蓮と空手をつなぐ日本格闘技のサーガ■剛毅會宗師・岩崎達也インタビュー
    ・【悪口と本音の15000字】平本蓮インタビュー「朝倉未来には負ける気がしない」
    ・鈴木千裕「中原選手は強敵! 平本蓮は頭おかしい! 今年は地獄の1年!!」
    ――4月29日のRIZIN代々木大会の記者会見では対戦相手の斎藤裕選手、そして朝倉未来選手と同席しました。
    平本 朝倉未来と一緒に会見をやれる機会はなかなかないと思ったんですよね。いつもどおりトラッシュトークを仕掛けるのもいいなと思ったんですけど、ボクの予想ではそれだとガン無視されるなと。ラリーで盛りあがるってことは絶対にないっていうか、向こうはあくまで「いや、俺はそんなどうでもいいので勝手にやってれば……」っていう偉そうなスタンスじゃないですか。だったら逆に1人歩きで、小馬鹿にしてやろうと。
    ――それであの謎・通訳だったんですか(笑)。
    平本 そうっすね。エキストラを探して、ちゃんとギャラを払って来てもらいました(笑)。まあ、自分の試合のプロモーションなんで安いもんです。こういうことを言うと自画自賛になっちゃうんですけど、この会見は俺が何かやらなかったらマジで盛り上がらなかったと思うんですよね。他はそんなに面白くなかったなって。
    ――ニュースを作ったと。
    平本 だって「太田忍いたんだ?」「なんで部外者の一般人が会見に出てるんですか?」みたいな感じでしたよね(笑)。
    ――朝倉選手や斎藤選手とは控室は別だったんでしょうけど、太田選手とはバッティングしなかったんですか?
    平本 ちょうどスダリオ(剛)選手と一緒の会場入りだったんですけど、控室に入ったら太田忍がいたのですぐに引き返しましたね。同じ空気を一緒に吸いたくないなって(笑)。
    ――あいかわらずの逆・全方位外交! 平本選手からすれば、朝倉未来の反応を引き出したから成功だったと?
    平本 そうですね。会見場にお客さんがいたのがよかったなって。お客さんがけっこう笑ってくれたこと、たぶんピキッて頭にきたんじゃないですかね
    ――「会場の皆さんが笑っていることが不思議です。そんなに面白かったですか。優しいですね」と。
    平本 ホントに器が広いなら、あんなの無視しとけばいいのに、いちいち反応しちゃうから器が小さいなって。俺、小学生のときによく先生に屁理屈を言いまくってクラスのみんなが笑ったら、先生は「これ、面白いと思ってるんですか?」と言ってましたけど。学校の先生と同類ですよ。
    ――急接近した朝倉未来はどうでした?
    平本 本人的には「斎藤裕に勝ったら、やってあげてもいい」みたいな感じですけど、なんでオマエに上から言われなきゃならないんだって。ここは一発KO勝ちをして、RIZINにもっと新しい風を吹かせたいなって気持ちはありますね。
    ――朝倉選手には牛久(絢太郎)選手に勝ってもらったうえで、やりたいところはありますか?
    平本 正直どっちでもいいですけど。まあ勝ってやるほうが間違いなく盛り上がるのかなと。朝倉未来は相性的に悪くはなさそうっすけどね。本人も苦手意識はなくて、得意なタイプだと思ってんじゃないですか。ただ思いのほか疲れると思うんです。そうなったときに、どうなのかなって。まあそれを言いだしたら、どんな試合も全部そうなんですけど、攻めて攻めてガス欠になるかもなって。
    ――朝倉選手は2年ぐらいMMAの試合から遠ざかっている影響もあるということですかね。
    平本 というか、ボクシングをやっていたと言っても、ちゃんとやってたのかなってありますよね。
    ――で、平本選手は斎藤選手をKOできる自信があると。
    平本 もう練習の手ごたえをめちゃくちゃ感じてて。岩﨑(達也)先生とも作戦について話はしてるんですけど。岩﨑先生いわく「斎藤選手は厄介な相手。たとえばこっちがガンガン攻めていても、2対1のジャッジで勝ちを持っていける強さがある」と。そこはすごいわかるっていうか、ボクがダウンを奪っても、激戦に持ち込んで「判定、斎藤」みたいになる可能性が大いにあるなって。岩﨑先生は「そういう厄介な相手だからこそ、今回は確実に倒しにいきましょう」と。
    ――試合巧者だから、決定打をつくらないといけないと。
    平本 なるべく試合時間を長くしない。だからって攻め急ぐわけではないんですけど。しっかりKOを狙うのが今回の作戦ですね。
    ――前回の弥益ドミネーター聡志戦は、無理して倒しにはいかない作戦でしたね。
    平本 だから逆ですね。前回は向こうからテイクダウンに来るのがわかっていたし。今回はそれも踏まえて警戒してるから、いきなりテイクダウンはしてこないのかなと。最初は打撃戦になると思うんですけど、その段階で「これは無理だな……」って思わせたいです。
    ――平本選手は斎藤選手が練習しているCAVEに一時期通ってましたが、そこまで肌は合わせてないんですよね。
    平本 ですね。何回かグランプリングはやったことあるんですけど、打撃を入れたスパーリングはないっす。ボク自身も斎藤選手のことをあんまりよくわかってないからこそ、すごい楽しみだし、あのときは自分もまだ別人なんで。自分のほうが圧倒的に別人なんじゃないかなって自信はありますよ。やっぱり余白が自分のほうにはあるのかなって。
    ――自分のほうが成長していると。
    平本 練習したのは1年前ぐらい前ですよね。あのときとは全然違います。試合で勝ったことでその経験が上乗せされてるし、いろいろなことがあたりまえにできるようになった。打撃もすごい進化してる反面、テイクダウンディフェンスやグラップリングの基礎的なところにも自信があって、スパーリングも考えないでできてますね。要は倒されても別に立てればいいかなって。キックボクサーが総合格闘技をやると「倒されないように」って考えちゃうんですけど、そうじゃなくて、そつなく総合格闘技ができるようになったかなって。
    ――ストライカーにありがちな「寝たら終わり」ではないと。
    平本 だから落ち着いて打撃が振れます。いい意味でも悪い意味でも不安要素がない。だからこそナメないで、最悪の状況も考えて練習してますね。
    ――不安要素がないからこそ最悪を想定していると。
    平本 もう常に最悪の状況を意識したトレーニングをやってますね。今回の試合はだいぶ前に決まったじゃないですか。ずっと斎藤戦の対策をやってきたっていうか、こんなに前から試合が決まることってあまりないんで、すごくいいトレーニングが積めてますね。
    ――足のケガは完治されたんですか?
    平本 完治しています。あとはオーバーヒートしないように自分を信じて戦います。やっぱり空手という信じるものがひとつできたんで。岩﨑先生と知り合ったことで迷いがなくなったんですよね。いまの自分は「どうやって戦ったらいいんだろう?」ではなく「これをやれば大丈夫」と。空手という芯ができたことは、自分にとってすごい大きいです。どんな相手でも立って殴れる。ストライカーとしてのある種の意地というか、岩崎先生と会ったことでそういうスタイルができた感じがしますよね。打撃という自分の信じる道をさらに信じれるようになったというか。MMAに転向したばっかのときって、いろんなトレーナーの人から話は聞くんですけど。その考えをいったん集結させて、自分で必要なものは取り入れるし、いらないものは切り捨てるじゃないですか。そのへんはずっと自分で考えてきたんですけど、「こうすれば打撃が強く打てる」とかすべての考えが驚く師匠は初めてだったんで。
    ――MMAの戦い方を導いてくれたわけですね。
    平本 いい師匠に出会えたプラス、岩﨑先生は面白い人なんで。ホントに面白い(笑)。
    ――博識ですよね。
    平本 剛毅會の入門条件は、UFCを目指していれば誰でも入れるんですよ(笑)。最近はちょっと変わってきたみたいで「強くなりたければ」なんですけどね。要は「最強を目指せ!」みたいな。
    ――芦澤竜誠選手も剛毅會に通ってるんですよね。
    平本 来てますね。竜誠くんのことは岩﨑先生が「あれは化けるぞ」と言っていて。
    ――へえー!
    平本 岩﨑先生が言ってたんですけど、ファイターは繊細な人とガサツな人の2種類に分けられると。繊細な人は技術を追求するメンヘラ系、ガサツな人はフィジカルモンスターのパワフル系。ボクはメンヘラ気質な性格だと思うんですけど(笑)。たぶん竜誠くんと同じで感受性が豊かというか、SNSでも目立ったりとかするじゃないですか。そういう選手ほど、空手の練習に入り込めるらしいんですよ。たとえば三戦(サンチン)の構えとか、アスリート的な考えの人だったら「どこの筋肉を使って、なんの意味があるの?」みたいな反応になると思うんですよ。でも、竜誠くんはまず入り込んでやったうえで、感じ取るのが早かったんです。だから岩﨑先生も「化けるぞ」と。入り込めるかどうかが大事らしいんですよね。
    ――岩﨑先生は、平本選手が弥益戦の試合前に正座したことが勝因のひとつに挙げてましたが、そこに通じる話ですね。・格闘技と宗教
    ・ケージとリングの希望は…
    ・朝倉未来は俺とドミネーター戦の予想で…
    ・萩原京平のこと
    ・佐山聡を意識して戦いたい……12000字インタビューはまだまだ続く

    この続きと平本蓮、平良達郎、武藤引退、鈴木秀樹、西川大和……などの3月更新記事が600円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事14本」の詰め合わせセット」はコチラ
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  • 【vs朝倉未来!!】牛久絢太郎インタビュー

    2023-03-13 10:20  
    150pt
    朝倉未来戦が決まった牛久絢太郎インタビューです!(聞き手/松下ミワ)【1記事から購入できるバックナンバー】・「PRIDEのテーマ」を使った理由■RIZIN演出統括・佐藤大輔
    ・武田光司インタビュー 大晦日の死闘とうつ病
    ・堀江圭功インタビュー「すべてをさらけ出して強くなった!」
    ・中村倫也「修斗、レスリング、PRIDEがUFCに連れて行ってくれた」
    ――朝倉未来戦は大晦日のリング上で発表されましたが、最初に試合のオファーが来たのはいつぐらいだったんですか?
    牛久 ええっと、試合が正式に決まったのは、たしか大晦日の1~2週間前ぐらいですね。
    ――朝倉選手の名前を聞いたときはどう思いました?
    牛久 最初はビックリしたんですけど、でも「やっときたな」と。
    ――「やっときた」ですか。
    牛久 2年前の大晦日に弥益(ドミネーター聡志)選手と未来選手が試合をしたじゃないですか。そのときから、まあ近い存在ではあるなと意識はしていたんです。というか、あのときは「なんで弥益選手なんだろう」じゃないですけど、ちょっとそういう思いもあって。
    ――当時って、大晦日の朝倉選手の対戦相手として牛久選手と弥益選手が候補に挙がっていたんですよね。しかも、直前の9月のDEEPでは牛久vs弥益戦のタイトルマッチが行なわれて。選ばれたのは勝った牛久選手ではなく弥益選手だったという。
    牛久 そうです。試合に勝ったボクのほうが選ばれなかったんですよね。
    ――そこって、やっぱり気になってました?
    牛久 そうですね。「なんでだろう?」とは思いました。まあ、それに対して何か文句があるというわけじゃないんですけど、それがあったからこそ、逆に未来選手は近い存在だなと思って試合も観るようになりました。
    ――当時は、やっぱりRIZINという舞台も意識してましたよね?
    牛久 そこは意識していました。DEEPからのステップアップという中で、やっぱりRIZINという存在があったので。
    ――今回、あらためてこの対戦が決まったのは、朝倉選手からの指名があったからですか?
    牛久 本当のところはわからないんですけど、そんな感じで聞いています。まあ、向こうは向こうなりの背負ってるものがあると思うんですよね。だから、向こうが選んでくれたということであれば、素直にうれしいですね。
    ――今回はひさびさにタイトルマッチから解放された試合になりますよね。
    牛久 まあ、おもいいきり戦えるというか。そんな感じはやっぱりありますね。
    ――のびのびと戦えますか。
    牛久 のびのび……という言い方はちょっと違う気もするんですけど、まあ、背負っているものからいったん解放されて、解放されたぶんおもいっきりいけるという感じです。そういう意味では、ここ数試合とは違う感覚はありますね。
    ――逆に、朝倉選手は去年MMAを1試合も戦ってないという状況です。
    牛久 なかなか彼の立場になると、試合もひとつひとつより真剣になると思うので。そこに関しては……まあ、あまり言うことはないですね(苦笑)。
    ――タイトルマッチの厳しい試合をくぐり抜けてきた牛久選手と、去年MMAを戦っていない朝倉選手とでは、やはり差は出てくると思いますか?
    牛久 間違いなく、去年ずっとタイトルマッチをくぐり抜けてきたその経験は、ボクの中では強みになっているので、そこは確実にありますね。まあ、ボク個人で考えたときに、かなり成長していると思っているので。そこは、2年前とは全然違うと思います。
    ――今回、この試合の勝敗予想をする中で「牛久選手がどれだけ成長しているかにかかっている」という声が多いですよね。
    牛久 もう、本当にそのとおりだと思います。だから、ボクが変わるじゃないですけど、ボクが成長するほど全部ひっくり返せると思っていますね。
    ――その手応えも、かなり?
    牛久 ありますよ(キッパリ)。
    ――ちなみに、牛久選手としては、最近の朝倉選手はどう見てますか?
    牛久 うーん、まあ練習していないことはなくて、絶対に練習しているはずなので。たぶん、そういうことはあんまり言わないタイプだと思うんですよ。だから、人一倍やってるんだろうなとも思っています。とくに、ボクと試合が決まってからはしっかりやっていると思いますね。
    ――会見では「組みの練習を多めにやっている」という発言もありましたね。
    牛久 そのへんは、全然気にはしてないですけどね。まあ、どんな練習をしているかはわからないですけど、「練習」として見たときに、それはもちろんやっているんだろうなと思います。
    ――最近は、ブレイキングダウンが好調なこともあって、MMAに割く時間が少ないんじゃないかというファンからの指摘もありますが。
    牛久 でも、ボクはぜんぜん甘くは見てはないです。……ただ、ひとつ言えるのは、格闘技に対する気持ちはボクのほうが強いのかなということですね。
    ――その気持ちは試合を左右すると考えますか?
    牛久 やっぱり、気持ちの勝負になったときに、ボクはそこが出ると思っています。それは間違いないですね。
    ――それはめっちゃ楽しみです! ところで、年明けから牛久選手はATT(アメリカン・トップチーム)に出稽古に行かれていましたが、それは朝倉戦に向けてという部分もあったんですかね。
    牛久 それもあります。
    ――海外への出稽古は初めてですか?
    牛久 いや、2回目ですね。前はアメリカのロサンゼルスから下の場所にあるサンディエゴのほうに行きました。
    ――それって、いつぐらいですか?
    牛久 ええっと、6年前とかです。当時は、単純に世界の強いヤツと肌を合わせてみたいという気持ちで。で、あのときは無料でシェアハウスに泊まらせてもらっていたんですよね。というのも、生活が切羽詰まっている中での海外出稽古だったので。そうしたら、そこで食中毒になったんですよねえ。
    ――それは大変でしたね(笑)。
    牛久 あとは、途中で家を追い出されたり(苦笑)。
    ――踏んだり蹴ったりじゃないですか!
    牛久 練習はちゃんとできたんですけど、それ以外の負担が大きくて。でも、今回はちゃんと格闘技に集中できる環境で練習に取り組めました。いまになって行くと、当時とはまた違った感覚で。感じ方も凄く違うので、かなりいい勉強になりましたね。
    ――今回の出稽古にあたっては、スポンサーさんもついてくれたみたいですね。
    牛久 そうそう、応援してくれている方がいて。もともとスポンサーをつけるという考えはなかったんですけど、海外修行に行くとなったら「応援するよ」と言ってくれる方が多くて。
    ――ただ、今回も持参した自転車がぜんぜん空港に届かないというトラブルもあったそうで(笑)。
    牛久 いやあ、大変でしたよ。もう、笑うしかないです。詳しくはYouTubeで話しているんですけど。
    ――牛久選手ってトラブルに巻き込まれやすいんですかね(笑)。
    牛久 なぜか引きが強いんですよ。向こうも人を見てるんですかね? 日本ではそんなことないですけど、アメリカとの相性的になんかあるんでしょうね。もう「ネタにしてくれ」というメッセージなのかな、と。
    ――ネタがたまるから、YouTubeにはもってこいという。
    牛久 フフフフフ、そうっすね(笑)。
    ――アメリカの中でも、ATTを選んだ理由はなんだったんですか?
    牛久 やっぱり、世界最高峰と言われているジムに自分も身を置いてみたいという部分です。ほかに候補はなかったですし、自分の限界だったり、この先を知ってみたいなと思ってATTにしました。
    ――アメリカのメガジムっていろいろシステムがややこしそうですが、話はスムーズだったんですかね?
    牛久 いや、やっぱり簡単には行けないと思います。だから、最初連絡とっていたんですけどぜんぜん返信がなくて。そこから、ちょっと経ったくらいにようやく連絡が来て「来ていいですよ」という感じでした。でも、行ったら行ったで凄く歓迎してくれたので、そこはよかったです。――ATTでの練習についてはYouTubeでもお話されてましが、牛久選手の話を聞いて、思った以上に向こうのファイターとは体格差があるんだなと驚きました。


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  • 【ナマズ節】芦澤竜誠インタビュー「皇治はバカ」

    2023-03-10 11:52  
    150pt
    RIZIN大阪で皇治と対戦する芦澤竜誠インタビューです!(聞き手/ジャン斉藤)【1記事から購入できるバックナンバー】・NARIAGARI皇治 人生の成功者インタビュー
    ・【ヤバイだろ】梅野源治「職人のままで終わりたくなかった」
    ・堀江圭功インタビュー「すべてをさらけ出して強くなった!」
    ――プロレス格闘技の乱闘のガチ度をチェックするのが好きだったりするんですけど、最近は“なんちゃって”が多い中、芦澤選手のやつはホントに危ないな……ってドキドキヒヤヒヤしてて。
    芦澤 みんな“なんちゃって”なんすよ。結局、みんな乱闘すれば数字が取れるみたいな感じでやってるわけじゃないですか。俺のはガチなんで。俺にマジでケンカ売ってくれって。みんなやってやるから。俺はマジでやるんで。
    ――ケンカを売られたら徹底的にやると。
    芦澤 俺から皇治にケンカ売ってないじゃないですか。アイツがわけわかんないこと言ってきて、俺のことを下に見てくるから、ああいう天罰を食らうんですよ。
    ――天罰ですか!
    芦澤 天罰ですよ!! 俺があんときやったのは、アイツの目を見ながら「オマエ、ホントにできんのか。ホントにやるぞ? オマエ、ホントにやるぞ!?」って言ったら、アイツは「オマエ、いま来いよ。いまやるぞ、いま来いよ」って言ってきたからですよ。それが素人同士のあれだったら傷害事件になっちゃうけど、俺らはプロ格闘家でしょ。アイツがそう言った時点で俺のことをナメてるんですよ。ナメてるんだったら、やってやるぞって。
    ――するとTHE MATCH 2022記者会見のYA-MANのときも同じテンションだったんですか?
    芦澤 YA-MANのときはまた別っす。あれはYA-MANがやってきたじゃないですか。だから俺は蹴って止めただけですよ。でも、皇治は俺に面と向かって「来いよ」って言ったんすよ。そこが違うんですよね。
    ――だからやってやったと。
    芦澤 大晦日のときから、俺は腹立ってたんすよ。
    ――大晦日のリング上では皇治選手との対戦発表のときに小競り合いになって。
    芦澤 みんなに止められてから「来いよ!」とか言いやがって。腹立つなってマジ思ったんで。
    ――芦澤選手からすると、皇治さんの挑発はパフォーマンスに見えるんですか。
    芦澤 そうそうそうそうそうそう。でも、俺は違いますよ。ホントにやりますよ。あと皇治もそうっすけど、みんな記者会見で考えてることを喋るから無理なんすよ。俺、何も考えてないっす。
    ――何も考えてない!(笑)。思ったことをまくしたてるだけですか。
    芦澤 思ったことしか言わないっす。だから、俺ってずっとペラペラペラペラ喋れるんです。なんにも用意してないから。
    ――「これはちょっとやりすぎちゃったな……」って反省したときってありませんでした?
    芦澤 何もないです。だって、変な話、さっきのアレも俺がバーンと行きましたけど、なんでアイツ逃げたんすか? アイツなんで下がったんですか? オマエが「来いよ!」って煽るからやったのに、だったらやれよって話じゃないですか。俺もやられる覚悟も持ってやってるんで。「やられてもいい」と思ってやってんのに、なんでアイツ殴ってこなかったんですか? なんか、みんなこう止めに入ってから「おい、かかってこいよ」とかカッコよくないですよ。俺がバーンと行ったら、バーンとくればいいじゃないですか。
    ――バーンと来るべきだと。
    芦澤 俺は「もうやるぞ」ってなったから、もう終わらせてやると思ったんですよ。でも、ピューって逃げちゃったから。ふざけるなって。オマエ、俺はホンモノだぞって。
    ――プロ同士ならリングじゃなくてもそこまでやってもOKという考えがあるんですね。
    芦澤 プロ同士ならいいじゃないですか。最近のブレイキングダウンとか、あれはダメっすよ。あれなんかとは一緒にしないでくれって話ですよ。
    ――ブレイキングダウンとは違う、と。
    芦澤 全然違いますよ。俺はガチです。あっちはホント数字意識してるだけだから、もう作り方も数字を意識して、実際にYouTubeでやってて。もうやり方が見えてるじゃないですか。俺、数字なんてべつにどっちでもいいですもん。バーン行こうと思ったんですね。外したっすけどね、右ストレート。
    ――RIZINとしては外れてよかったはずです(笑)。仲裁した榊原さんも大変そうでしたけど、RIZINから何か注意されませんでした?「リングでやればいいじゃないか」とか。
    芦澤 全然っすよ。俺を使うんだから俺の好きにさせてくれよって話で。俺、ぶち上げるし、盛り上げられるじゃないですか。
    ――記者会見で明かしちゃいましたけど、RIZINから調整中だったルールには触れないでくれと言われていたんですね。
    芦澤 でも、触れてやりましたからね。だってそこで文句を言わなかったら結局、ボクシングルールでしょ。そんなのに誰が見たいんですか。俺のファンもいるし、アイツのファンもいるし、誰がボクシングルールで見たいの?って、みんな冷める。「ボクシングルール?つまんな!!」ってなるじゃないですか。それだとつまんなくなるから、RIZINの事務所に行って「キックボクシングルールじゃなきゃダメ」だと言ったんですよ。そうしたら皇治が渋ってたんすよ。
    ――皇治選手は足が悪いから、ここ最近はボクシングルールでやってたんですね。
    芦澤 俺がMMAルールでやれって言ったのも、結局「かかってこい」とか言ってきたから、じゃあケンカじゃないですか。ケンカだったらMMAじゃないすか。MMAでやれって言ってるのに、やらない。それで俺のことを「ルールを合わせられない奴」とかガタガタ言ってるじゃないですか。
    ――芦澤選手が韓国に行ってるあいだの記者会見で。
    芦澤 そうそうそう。俺がいないときに自分のことを正当化していろいろ言ってるから腹立つんですよ。だからもう今日は全部言ってやったす。その前からムカついたんですけど、韓国にいるときアイツがいろいろ言ってて。もう韓国で怒ってましたよ。
    ――韓国で(笑)。
    芦澤 コイツ言いたいこと言ってんじゃねえぞって。俺のことを変な奴に見せるのがうまいんですよ。でも、蓋を開けてみて真実はどっちなの?ってことじゃないですか。
    ――韓国に行く予定があったから前回の会見出席は無理だったんですか?
    芦澤 そうっす。RIZINからいきなり言われたんで「いや、俺、韓国行くよ」って。試合のためだったら残るっすけど、会見のためは無理だよって。それで会見で皇治が適当なこと言ってたら、それは怒るっすよ。
    ――ボクシングルールじゃなくキックルールに持ち込めたことで、芦澤選手の計算どおりになってるんですね。
    芦澤 全部思いどおりです。さすがに俺もアイツもMMAやってないし、MMAルールは無理だなって思ったんすよ。けど、こっちがMMAルールって言い張ったら、アイツは絶対に一歩引いてキックルールにするんだろうなって見えてましたよ(笑)。
    ――あっ、まんまとブラフにかかりましたか。
    芦澤 釣れましたねぇ。バーンと釣れましたよ、皇治が。アイツ、バカじゃないですか。結局バカなんですよ。結局バカ!!――わずか2秒のあいだに「バカ」が3回も! 皇治さんって格闘技以外に実業家として成功されてますが、そのへんもあんまりお気に召さない感じはあるわけですか?

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  • 猪木さんは「おまえ、俺のことを信用してねえだろ」と……鈴木秀樹インタビュー

    2023-03-10 11:09  
    150pt
    IGFのゲノムを受け継ぐ鈴木秀樹が語るアントニオ猪木!(聞き手/ジャン斉藤)【1記事から購入できるバックナンバー】・“最後の側近”甘井もとゆきが語るアントニオ猪木&ズッコ夫妻・タノムサク鳥羽☓松澤チョロの「歯無したちが語るイブシとか危険なハナシ」
    ・清宮海斗の「顔面蹴り」と「平和ボケ」■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」
    ――猪木さんのIGFでデビューされた鈴木選手にお話を伺いたいなと。
    鈴木 猪木さんが亡くなられたのは10月1日ですよね。あっという間ですねぇ。
    ――みんなが猪木さんのことをずっと語っていることもあって、亡くなられた感じがしないんですよね。
    鈴木 ボクは亡くなられた翌日の朝に「お顔を見に来ませんか」と連絡があったんですね。ボクは猪木さんの近しい人とは言えないんですけど……。
    ――謙虚ですね(笑)。
    鈴木 いやあ、謙虚というか、猪木さんがつくった会社(IGF)で仕事してましたけど、そんな人間はたくさんいるわけですし、決して特別じゃないですよ。それでも行かせていただいたんですが……接点があった方の亡くなった姿を見るのは、本当に何十年ぶりぐらいですね。北海道から東京に出てきてからは、そういう機会がなかったんで現実感がなかったです。猪木さんの顔はリラックスされてるというか……最後は大変だったじゃないですか。
    ――ずっと闘病されてましたもんね。猪木さんに最後に会ったのはいつですか?
    鈴木 2021年にWWEに行く前に、ビザを取得したんですけど、それがアーティストビザっていうやつなんですよ。取得するのが難しいビザで、ピースの綾部(祐二)がなかなかアメリカに行けなかったじゃないですか。それはそのビザを取得するのが難しいからです。書類もたくさん用意しなきゃいけなくて、証人が必要だったということで、猪木さんにお願いをしました。当時の猪木さんの事務所は麻布だったのかな。猪木さんをマネージメントされてた甘井(ともゆき)さんがつないでくれたんですけど。猪木さんと最後に会ったときのツーショット鈴木 猪木さんはやっぱり国際的にも名前がある人ですからね。議員をやったことや、モハメド・アリと戦ったこの2つが一番大きいんじゃないですかね。
    ――WWEで仕事するのに猪木さんにサインしてもらうっていい話ですね。
    鈴木 そのあとは全然、早かったです。アメリカ大使館の面接あるんですけど、とくに何も聞かれず。「WWE?誰、好き?」という話だけして終わったんですよ(笑)。WWEは上場企業だし、アメリカ合衆国政府からも信頼されてますからね。
    ――そのときの猪木さんは闘病生活に入る前ですよね?
    鈴木 そうですね。転んで大ケガしたくないから杖を付いてるだけで「普通に歩けんだよ」って全然元気でしたよ。そのあとは体調が悪くなって……本当にお疲れさまでしたという感じでしたね。
    ――やることはやり尽くしたって感じですよね。
    鈴木 いや、まだプラズマがやりたかったんじゃないですか?(笑)。
    ――そうか、発明だけは心残りですね。失礼しました(笑)。
    鈴木 ボクが会ったときもプラズマの話をされました。そういう話を聞けると「猪木さん、元気だな!」と思いました。ジャンさんならわかると思うんですけど、猪木さんってプロレスの話は能動的にされないじゃないですか。
    ――積極的にプロレストークはしないですね。
    鈴木 聞けば返ってくるけど、そうでもなくて……。
    ――モハメド・アリ戦の質問をしても、いつのまにか世界平和の話になってますからね(笑)。猪木さんが言いたいことを無視して質問するぐらいじゃないと。
    鈴木 ボクも、わりとそんな感じで突破してましたよ(笑)。最後に会ったときも「英語しゃべれんのか?」「全然、しゃべれないです」みたいな話をしていたら、いきなり「俺はいまプラズマなんだよ」と(笑)。
    ――それが猪木さんですよね(笑)。
    鈴木 ボクがIGFをやめるときも、議員会館でお会いしたんですけど。1時間のうち55分ぐらいはまったく関係ない話で。猪木さんからすれば、やめる・やめないは小さい話なんですよ。
    ――亡くなる前に旧IGFの方と和解したのも、小さい話はどうでもいいってことですよね。誰とでもシェイクハンドできる。
    鈴木 裁判の話は詳しくなかったですけど、最終的に猪木さんが決断したんだったら、それでいいんじゃないかなと思います。奥様がつくった会社のスタッフの人たちは、何か思うところがあったのかもしれないですけど。結局、最後は本人の意志になるし、猪木さんがやると決めたことが違うと思ったのならば、猪木さんから離れればいいだけで。合ってるとか間違ってるとか関係ないですよね。
    ――ボクも「いいか・悪いか」で物事をジャッジしないのは、猪木さんの影響もありますね。基本的にIGF以降の猪木さんってウオッチされてないというか。IGFのことをよくわかってないプロレスファンが多いと思うんですね。
    鈴木 IGFの中にいたボクも、IGFのことはよくわかんなかったです(笑)。
    ――ハハハハハハ! 引退後の猪木さんってプロレスに関心がなかったなんて言われますけど、スイッチが入るときもありましたよね。
    鈴木 あります。食事の席で何か質問すると答えてくれましたし、猪木さんのプロレスの話で覚えてるのは、IGFでピーター・アーツとはじめて試合したときですね。会場入りした猪木さんに挨拶に行ったんです。そうしたら「ちょっと待て。オマエ、ゴングが鳴ったら、浴びせ蹴りに行け。俺が試合でやっていたのがわかるか?」と。猪木さん、試合開始早々よく浴びせ蹴りをやってたじゃないですか。「当たんなくてもいいからいきなり行け。ゴングが鳴った瞬間、何も考えずにやれ」と。もうひとつは、「アーツは身体がデカイから何回もロープブレイクができちゃう。最初のうちはいいけど、3回目ぐらいにブレイクしたら、そのあと蹴れ」って言われてたんです。
    ――なるほど! 
    鈴木 ボクはそれまでお客さんが試合で湧くことを感じたことがなかったんですよ。あったのかもしれないんですけど、もしかしたら湧かせることができないレスラーかなと思ってて。でも、その試合は負けたんですけど、猪木さんのアドバイスを活かして戦ったら、すごい盛り上がってくれたんです……IGFなのに(笑)。
    ――IGFって唐突に試合が終わっちゃうことが多いから、湧くに湧けないことがけっこうあって(笑)。
    鈴木 しかも相手がキックボクサー、プロレスラーじゃないんですよ。はじめて湧いた試合が異種格闘技戦で。
    ――ピーター・アーツ相手に、いきなり浴びせ蹴りやれば、お客さんは意表を突かれますよね。で、ロープブレークが多くなるとフラストレーションは高まるから、そこでストピングをやれば盛り上がる。
    鈴木 ということだったんですかね。猪木さんはボクとアーツの身体のサイズから、そこまで読んだんでしょうね。でも、ボクは浴びせ蹴りをやったことなかったんですよ(笑)。かたちは知ってますよ。で、ピーター・アーツと試合することに気乗りしてなかったんですよね。怖いとかじゃなくって、プロレスの試合をしたかったんです。猪木さんはもしかしたら、そこも見透かしてたかもしんないですけど。浴びせ蹴りをやったら、緊張がほぐれて、わりと落ち着いて試合に入ることができた。結局、IGFでピーター・アーツとはタッグも含めたら6回ぐらいやったんです。
    ――その試合が好評だったからですか?
    鈴木 たぶん、そうだと思います。当時のIGFって、受けたら何回でもやるんですよ。月に1回しか試合がないのに(笑)。
    ――どこでもアーツ(笑)。
    鈴木 お客さんがもっとも評価してくれたのがアーツの試合です。プロレスラーとの試合じゃないのにいつも受けたのは不思議です。それは猪木さんのアドバイスがきっかけですね。
    ――猪木さんは計算じゃなくて感性なんでしょうね。
    鈴木 本人はたぶん計算してると思うんですよね。でも、計算してる意識はないというか。だからあの時代に異種格闘技戦ができたのは、猪木さんだからこそだったんじゃないですかね。
    ――初めてプロレスのリングに上がる格闘家相手に戦うって、強さとセンスが問われますよね。
    鈴木 猪木さんはホントに強かったですよ。猪木さんがIGF道場に来られたときに、横四方の抑え込みを見せてくれたんですよ。何人か相手にやったんですけど、急にボクのほう見て「……オマエは信用してねえだろ?」と。
    ――それはつまり、わざと接待してるんじゃないかと?
    鈴木 はい(笑)。「みんなが遠慮してやってると思ってんだろ?」みたいなことを言われたから「はい。やってもらっていいですか?」と。
    ――鈴木選手も素直ですね!(笑)。
    鈴木 猪木さんは「いいよ」と言ってくださって。あれは2010年頃だったから猪木さんは60後半ですかね。ボクも接待するのはイヤだったし、ダニー・ホッジやビル・ロビンソンのときも遠慮しなかったんですよ(笑)。
    ――ハハハハハハ! そこで体感した燃える闘魂はどうでした?・猪木さん、ダニー・ホッジの実力
    ・パラオ、パキスタン、中国のアントニオ猪木
    ・めちゃくちゃだったIGF
    ・奥さんのズッコさんのこと
    ・みんな猪木さんを遠ざけていたのに
    ・「カシンのいうことを聞くように」……14000字インタビューはまだまだ続く


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  • 「プロレスLOVE」以前の武藤敬司が大好きだった

    2023-03-06 21:45  
    150pt

    この記事は武藤敬司引退を語ったDropkickニコ生配信を記事にしたものですが、原型を留めていないどころか、インタビュー形式となっています(語り:ジャン斉藤)

    【1記事¥110から購入できるバックナンバー】・“平成のブレイキングダウン”地下格闘技とは何だったのか? 佐野哲也・ぱんちゃんの復帰は甘いのか/那須川天心はメインイベントにすべきか

    ・井上直樹、RIZINとの契約残り1試合■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク

    ・キックとスキャンダル、プロモーター論■KNOCK OUT 宮田充プロデューサー
    ――武藤さんの引退興行は素晴らしかったですね。
    斉藤 引退って体力や気力がもう限界に達しているリングから下りるわけで、そうなるとどうしてもセレモニー的になっちゃうもんですが、武藤さんの引退試合は“戦い”があったことで見応えがありましたよね。天龍さん(オカダ・カズチカ戦)や飯塚孝之(天山広吉戦)の引退試合も単なるセレモニーとして終わらなかった。格闘技でいえば高田延彦の田村潔司戦も最高なんですけど、あれはセミファイナルだったじゃないですか。
    ――メインの桜庭和志に、あとを託す流れを作りましたね。
    斉藤 あのとき桜庭さんは試合直前に大ケガをしたけど、強行出場するという師弟愛。ところが、のちにオープンしたジンギスカン屋が2人の仲を割くきっかけのひとつになるんですけど。
    ――武藤敬司引退と関係ない話はやめろ。
    斉藤 ジンギスカン屋1号店は円山町のラブホテル街にあってデートに向き・不向きが分かれるお店でした。そのあと続々と支店をオープンしたけど、1年足らずで8軒近く潰して、高田キャプテンはしばらくラム肉を食えなかったそうです。いまでも愛知方面に1軒だけ残ってるんですが、高田キャプテンが関係してるのかは不明。ちなみに武藤さんがプロデュースしたといわれる武藤道場という焼肉屋も武藤さんがいまでも関与してるかはわかりません。「焼肉 小倉優子」みたいなもんだったのかな……。
    ――なんとなく武藤敬司に話が戻ってきてよかった。
    斉藤 武藤さんの引退試合は、ボーナストラックじゃないですけど、蝶野正洋との“真”の引退試合も面白かったですよね。武藤さんが呼びかけたときの蝶野さんの顔。NHK「マッチョドラゴン」特集のときに「えっ、歌うんですか?」って驚いたときの蝶野さんですよ!
    ――バラエティ対応だったと(笑)。
    斉藤 これって「シナリオがあったの?」という話になりがちだけど、船木(誠勝)さんの「蝶野さんは覚悟をもって東京ドームに来場した」というのが正しい見方ですよね。仮にそういう流れがあったとして、花道を杖をついて歩いてきた蝶野さんが短い時間とはいえ試合をやっちゃったのがすごいですよ。武藤さんだって内藤哲也戦を無事に終えられるかどうかわからない。
    ――変な話ですけど、映画やドラマと違って撮り直しができないですもんね。
    斉藤 最後に武藤敬司vs蝶野正洋をやってくれたことで、自分とプロレスの歩みを再確認できた方も多かったと思うんですよ。時代によってプロレスから受けた影響は違ってきますから。
    ――ひとりのレスラーを30年も見続けていたら、そのときどきで受ける印象も変わりますよね。
    斉藤 ボクにとっての武藤敬司はやっぱり90年代の「ときめきバージンレッド 」です。プロレスというジャンルを生きながらえさせたのは、あのときの武藤敬司の活躍があったからだと思っています。個人的な印象だとプロレス界って80年代中期から徐々に淀んできてて。正直プロレスというジャンルはキラキラしてなかったんですよ。井田真木子さんが『プロレス少女伝説』で1991年の大宅壮一ノンフィクション賞を受賞したときに、選考員のひとりだった「知の巨人」立花隆先生がその選評でプロレスをこき下ろしたじゃないですか。
    ――「私はプロレスというのは、品性と知性と感性が同時に低レベルにある人だけが熱中できる低劣なゲームだと思っている。もちろんプロレスの世界にもそれなりの人生模様がさまざまあるだろう。しかし、だからといってどうだというのか。世の大多数の人にとって、そんなことはどうでもいいことである」
    斉藤 ホントに酷い言い草! 当然プロレスファンから大反発を食らったんですけども、いまとなってみれば80年代のプロレスって、ここまでボロクソに言われても不思議じゃなかったというか(苦笑)。
    ――昭和のプロレスファンから、お叱りの声が飛んできますよ!(笑)。
    斉藤 いや、でも皆さんの周りのオトナたちも立花先生のような感想じゃなかったですかね? ボクは90年代でもプロレスファンというだけで肩身が狭かったもんですよ(笑)。とくに昭和のプロレスの消化不良決着、意味不明なストーリーってプロレスファンじゃないと受け止められないものが多かった。
    ――ジョー樋口レフェリーの巻き込まれ失神も、いまなら大人として楽しめるけど(笑)。
    斉藤 子供だったボクは元・横綱の輪島さんが華々しくデビューしたことにもドン引きしたんですよ。相撲を引退して借金を抱えて追放された人が大々的にスターとして扱われる。見た目もそんなにかっこよくない。いまなら味わい深いんですけどね(笑)。
    ――「あの輪島がやれちゃう」という評価ですね。
    斉藤 目を凝らすと、角界では番付が下だった天龍さんが大横綱の顔を蹴りまくるシーンが面白かったんですけど。モヤがかかっていた80年代後半。淀んだプロレスのカウンターとして全日本プロレスでは天龍革命が起きて、UWFがスポーツとしての打ち出しを強めていくわけですよね。
    ――現体制では支えきれないこともあって革命運動が各地で勃発した。
    斉藤 ただ、新日本プロレスでは革命が起きそうで起きてなかったんですよ。前髪チョキチョキの飛龍革命は、猪木vs藤波という昭和プロレスのエンディングのプロローグにしか過ぎなかったわけですし。
    ――UWFは本来は新日本で勃発しなきゃいけない革命運動だったけど、前田日明たちは自らの王国を作ってしまって。
    斉藤 猪木さんが一線から引いて、革命戦士だった長州さんがボスになって落ち着いてしまった。土曜16時という放送枠も“都落ち”感がありまくりだったんですよ。
    ――そのプロレス中継はゴルフ特番でしょっちゅう飛んでいて。ゴルフに負けるキング・オブ・スポーツ。
    斉藤 そんなくすんだ景色を吹き飛ばしたのが1990年4月27日、東京ベイNKホール、武藤敬司凱旋試合だったんです。あの日からプロレスは確実に変わった。キラキラを取り戻したんです。

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