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記事 32件
  • 船木誠勝、入江秀忠、馬場vs天龍、所英男、カール・ゴッチ秘話! インタビュー詰め合わせセット

    2014-08-31 23:59  
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    非会員でも購入できる! 単品購入できるインタビュー詰め合わせセット! part7は大好評インタビュー5本立て6万文字が540円!!  そのほかの詰め合わせセットはコチラ■衝撃告白! 船木誠勝が語る90年代プロ格の時代「俺は真剣勝負をやるつもりはなかったんですよ」■格闘家・桜井隆多は神様の弟子だった!「ゴッチさんがハーモニカを吹いて待ってたんです」■元『週刊ゴング』編集長・小佐野景浩「ジャイアント馬場vs天龍源一郎」とは何だったのか■UWFと修斗の鬼っ子!キングダム入江秀忠が見た「総合格闘技が生まれた時代」■ベラトール参戦!所英男「もう一度、人生を変えられる試合がしたいです」「自分はすぐにでも格闘技にしないと、このUWFがやってることがウソになると思ったんです」
    大好評「総合格闘技が生まれた時代」シリーズ。今回登場するのは新日本プロレス、新生UWF、藤原組を経て、パンクラスを旗揚げした船木誠勝! 格闘プロレスが総合格闘技にステップアップしていった90年代――そのプロ格運動の先導者的な立ち位置にいた船木だが、本人には青き理想はなく、流されて漂った結果、禁断の果実に手を出してしまったという……。――今日は船木さんに「90年代の総合格闘技」についておうかがいします。
    船木 90年ということは、ちょうど自分がヨーロッパ修行から帰国して、新日本からUWFに移籍した年ですね。そこから『コロシアム2000』のヒクソン・グレイシー戦までの10年間。 
    ――まさしく90年代を生き抜いた格闘技人生ですね。それで、このシリーズでいろんな格闘家や関係者にお話を聞いてるですけど、新生UWFの中だと船木さんの名前がよく挙がるんです。
    船木 ああ、そうなんですか(笑)。なんて言われてるですか?
    ――要するに革新性ですね。
    船木 なるほど。あの当時の自分はまだ若かったし、いろんなことを言ったり、試したりしてたからじゃないですかね。
    ――船木さんは格闘プロレスが格闘技に転換するダイナミズムの真っ只中にいましたね。
    船木 はい。俺はそれをやろうとしてましたから。あの当時ってプロ格闘技と呼ばれるものって少なかったじゃないですか。キックボクシングとボクシング、佐山(サトル)さんが立ちあげた修斗。その3つくらいですよね。
    ――船木さんがプロレスラーとして、総合格闘技への意識が高まっていったのは何がきっかけだったんですか?
    船木 それはですね、新日入門当初にさかのぼります。道場でみんながセメントの練習をやっていたんですよ。
    ――セメントの練習ですか?
    船木 関節技の極めあいですね。それが延々と繰り広げられていたんです。毎日11時から13時まで2時間のあいだ、かならず行なわれていたんですよ。
    ――それは全員参加なんですか?
    船木 基本的には藤原(喜明)さんが中心となって、若手に教えていたんですけど。藤波(辰爾)さんや上のレスラーの方々もやってましたね。たまに猪木さんも参加したり。まあ若手に教えるというか、一方的に関節技をかけて逃げ方をおぼえる感じですね。
    ――当時のスパーリングはどんなやり方だったんですか?
    船木 ヨーイドンで若手が亀の姿勢になるんです。もしくは上の人間が亀になって若手に攻めさせるんですよ。藤波さんはかならず亀になって「攻めてこい!」って言うですけど、何をやっても崩せなかったですね。藤原さんも最初は亀の姿勢なんですけど、途中で相手をひっくり返して上になって、いろんな関節を極めてくるんです。そのセメントの練習を初めて見たときに驚いたんですよ。それはいままでテレビで見ていたプロレスにはなかった光景なので。
    ――本当にガチガチの攻防だったんですね。
    船木 だから本当にビックリしました。テレビで見ていたグラウンドの攻防って動きがあるものでしたから。受け身は大技を受けるために、プロレスラーとして必要な技術だとわかって練習したんですよ。ただ、セメントに関しては「これは何に使うんだろう……?」と。それくらい実際のリング上とはかけ離れていましたし、それに痛いし、苦しいし(苦笑)。
    ――意味もわからないままやられ放題で(笑)。
    船木 でも、「コレを覚えないとプロレスラーになれないのか」と思いましたね。プロレスラーになるための必修科目だと思ったんです。先輩レスラーもみんなやってたわけですから。
    ――プロレスラーとして身につけるべきものという認識だけはあったんですね。
    船木 それはつまり「強さ」ですよね。自分が入門したのは15歳だったじゃないですか。格闘技経験はまったくないわけですし、中学校で柔道さえもやってなかったですから。
    ――そんな状態で新日本の猛者たちとセメントの練習(笑)。
    船木 あとになって全日本プロレスの渕(正信)さんとお話をしたときにわかったんですけど。新日本と全日本では指導方針が極端に違ったんですよ。全日本は受け身重視です。渕さんが言うのは、練習で毎回受け身を1000本取らされていたみたいですね。
    ――全日本は受け身、新日本はスパーリング。
    船木 はい。新日本はスクワットや腕立てを1時間やったあとに延々とスパーリング。それで最後に受け身を10本やって終わりです。
    ――10本と1000本じゃだいぶ違いますね。全日本は逆にスパーリングはやってなかったと?
    船木 してなかったみたいですね。必要だとも思わなかったみたいで。昔の全日本って馬場さんの考えのもと純粋なアメリカンプロレスをやっていたじゃないですか。レスラーはアメリカ修行に行って、アメリカンスタイルをおぼえて帰ってくる。一方で新日本の場合は日本での下積みが長いですから。そこでも猪木さんと馬場さんの方針は違いました。おそらく猪木さんはあえてその違いを作ったんじゃないですかね。
    ――それがいわゆるストロングスタイルですね。
    船木 セメントの強さはカール・ゴッチさんの時代から、プロレスラーには求められていたそうなんですけど。でも、その強さだけではチャンピオンにはなれないし、かといって強さがないとバカにされます。プロレスラーはやっぱり闘いを見せてるわけじゃないですか。闘いを知らない人間が闘いをできのるかってことなんですよね。
    ――当時の新日本では、セメントが強い人間は一目置かれていたわけですか?
    船木 はい。藤原さんなんか上の人間はへんに触らなかったですね。
    ――強さがないとナメられてしまって、上のポジションで使ったもらえなそうですね。
    船木 無理ですね。強くないとバカにされる世界ですから。だから自分も強くならないといけないって思いました。
    ――プロレスではときおり試合が崩れるというか、不穏な内容になったりしますね。たとえば藤原組時代の鈴木みのるさんがSWSでやったアポロ菅原さんの試合とか。
    船木 はい。あのときは「いったい何をやってるんだろう?」と最初は戸惑いましたね。だから控室に帰ってきた鈴木に怒りました。「なんでちゃんとした試合をやらないんだ!?」って。そうしたら「向こうが先に指を折りにきたからやり返したんです」と。最初から菅原さんは普通に試合をする気がなかったんですよね。ただ、それにしてもダラダラとやってたじゃないですか。だったら、とことんやるべきなんですよ。
    ――徹底的に潰すべきだった、と。
    船木 鈴木は鈴木で「試合を成立させたかった」と言うんですけど。あのあとアポロさんと話をしたんですけど、「もう過ぎたことだから」って感じでぜんぜん気にしてなくて。
    ――仕掛けた菅原さんとしてはもう気が済んだんでしょうね。
    船木 試合中にああいうことにもなりかねいので、プロレスラーは強さが必要なんだなと思いますね。
    ――船木さんは仕掛けられたことはありますか?
    船木 自分はないですね。まったくないです。ただ、ちょっとかたちは違うんですけど、パンクラスのときに外国人選手が反則を……。
    ――キース・ベイゼムス戦ですね。
    船木 そうです。そのときのパンクラスは掌底ルールだったのに試合前の控室で「パンチで船木をノックアウトしてやる!」と予告してたんですよ。それを(ケン・)シャムロックに言ってたんですけど、シャムロックはこっちの人間じゃないですか。自分にチクってきたんですよ(笑)。
    ――ハハハハハハ! ケンシャムというスパイ(笑)。
    船木 普通に試合をしたら自分に勝てないと思ったらしいですね。「反則負けでもやってやる!」と言ってて。だから試合中は顔面パンチに気をつけて闘ってました。わかっていればよけれますから。それで投げて倒して関節技でギュッと。
    ――船木さん、あのとき相手がタップしてるのに簡単に外さなかったですよね。
    船木 そんときは本気ですよ。戦争モード。
    ――怖い(笑)。
    船木 もしも一発パンチが顔に入って自分がノックアウトされても、「すぐに相手をリング上でボコボコにしろ!」という指示をセコンドに出してましたし。
    ――ええええ(笑)。
    船木 そうすれば、試合で負けてもこっちの勝ちなんです(淡々と)。
    ――なるほど。セコンド同士の乱闘といえば、新日本vsUFO対抗戦の橋本真也vs小川直也で試合が崩れたときに起こりましたけど……。
    船木 あのときも新日本側はもっと綿密に打ち合わせをしておくべきなんですよ。不穏な動きがあったわけですから「もし橋本がやられたらセコンド全員で小川を潰す」とか。だって人数は新日本のほうが多かったわけですから。ちゃんと準備しておけば絶対に勝てましたよね。
    ――試合でも負けたのに、その後の乱闘で叩き潰さなかったらさらにイメージが悪いということですね。まあUFO軍団には、ただでさえおっかないジュラルド・ゴルドーが鉄の棒を持って待機してたんですけど(笑)。
    船木 あそこでやっておかないから橋本選手の引退までの流れができちゃったじゃないですか。新日本がそこまで考えてなかったのか、もしくは橋本選手がみんなに「大丈夫だ」と言っていたのかもしれないですけど。
    ――あのとき橋本さんは新日本の現場監督だった長州さんと折り合いが悪かったんですよね。方向性を巡ったトラブルで無期限出場停止処分が下されたのに、なぜかあの小川戦だけは出ることになっていて。
    船木 ああ、そうだったんですか。それはもったいないです。
    ――特殊な試合でいえば、高田さんと北尾(光司)さんの試合も崩れましたね。高田さんがハイキックで北尾さんをKOして。
    船木 あれは途中から高田さんがハイキックを狙ってましたよね。
    ――ローで散らして北尾さんの意識を下に向かわせて。
    船木 北尾選手の油断でしょうね。狙ってるのなら察知しないといけないですし。だからプロレスは強い人がやらないとダメなんです。やっぱり人間同士が蹴り合ったり、殴りあったりするじゃないですか。そこにウソはないですから。そういう意味で、あの当時の新日本の道場でやっていたことは正解だったと思いますね。
    ――たとえば道場破りに遭遇したことはあったんですか?
    船木 道場には来なかったですね。ただ、地方巡業のときに何人か入門希望者が来たんですよ。それで自分が2回やりましたね。
    ――やったというのは?
    船木 セメントです。
    ――えっ、入門希望者と!?
    船木 はい。山本小鉄さんから許しが出るんですよ。「気を使わなくておもいきりやっていいぞ!」って。
    ――要はプロの厳しさを教えるというか……。それって何歳くらいのことですか?
    船木 17歳の頃ですね。
    ――17歳の船木少年は、その小鉄さんの言葉をどう受け止めたんですか?
    船木 「いつも練習してる成果をやっと試せるな!」と。うれしかったですね(ニッコリ)。
    ――ハハハハハハハ! 恐怖感はなかったんですか?
    船木 恐怖感なんてないですし、ホント楽しかったですよ。あとドイツ遠征してるときにも同じようなことがあって。オットー・ワンツというプロモーターのところに「プロレスラーになりたい」という柔道家がやって来たんですよ。ワンツからすると、日本人レスラーはみんなセメントができるという認識だったんでしょうね。「フナキ! 明日の朝、ちょっと来てくれ」と頼まれて。スティーブ・ライトとミレ・ツルノの3人が駆り出されたんですよ。
    ――名うてのレスラーたちと!(笑)。
    船木 あれは19歳の頃ですね。そのときも「また試せるチャンスが来たな!」という感じでうれしかったですね。
    ――ちなみにどんなルールで闘ったんですか?
    船木 打撃なしです。立った状態から組み合って、投げて転がして関節を極めて。「バリバリッ」って音が鳴るまでやりました。捻挫くらいはしたと思いますね。
    ――17歳の少年がやることじゃないですよね(笑)。
    船木 でも、そういう機会でもないと自分の力を試せないんですよ。道場で先輩とやるとどうしてもやられっ放しで。入門が1年違うだけでだいぶ力は違ってきますから。
    ――それに同期入門とはいえ武藤(敬司)さんはだいぶ歳上でしたし、柔道有段者でしたね。
    船木 武藤さんは最初から強かったですよ。藤原さんとそんなに変わらないくらいの強さで。
    ――あ、新弟子の頃から! 
    船木 入門したばかりなのに藤原さんに簡単には極められませんでしたから。そうなると先輩レスラーも武藤さんに一目置くんですよね。「……アイツは強いぞ」と。だから武藤さんがうらやましくて仕方なかったですね。いちおう同期ですから「いいなあ。最初から強くて」って(笑)。
    ――ハハハハハハハハハ!
    船木 それに武藤さんは半年くらいでデビューして、その半年後には海外修行に出されてますから。自分と同じ新弟子だったんですけど、別格の存在でした。エリートですよね。
    ――船木さんはそうやって強さに傾倒していったんですね。
    船木 あの頃の自分は「強さ、強さ、強さ!」しか求めてなかったですね。強くなれば上に行ける、と。 
    ――船木さんが堀辺正史先生の骨法に熱心に通われていたのも強さのためですか?
    船木 骨法はですね、後楽園ホールの試合前に藤原さんとスパーリングをしていたんですけど、首投げをやらてて首を捻挫したんですよ。そのまま試合を欠場したら、猪木さんが「いい整体の先生を知っている」と紹介してくれたんです。
    ――それが堀辺先生だったんですか。
    船木 はい。それで首を治すために2週間近く東中野の骨法に通っていたんですけど、「武術もやってるから見学をしていきませんか?」と誘われたんです。そうしたらフルコンタクトで激しくやっていて。あのときは第一次UWFが解散して新日本と業務提携してたじゃないですか。自分はUWFの若手だった安生(洋二)さんや中野(龍雄)さんとよく試合をやっていて、打撃の必要性を感じていたんですよ。立って殴る蹴る技術をおぼえたかったんですね。
    ――ライガーさんも一緒に通ってましたよね?
    船木 ライガーさんを誘ったのは俺なんです。ひとりで行くのはつまらなかったので(笑)。
    ――あ、巻き添えだったんですか(笑)。
    船木 原付バイクに乗って毎日通いました。まず新日本の道場で3時間練習、昼ごはんを食べたら15時には東中野に出発して。それで骨法で16時から18時まで2時間やって食事休憩。19時から22時までまた骨法で練習。1日8時間もやってましたけど、まだ18〜19歳の頃ですから、一晩寝れば体力は回復して。年齢的にはまだ高校生ですよ。高校の部活と一緒ですよ。
    ――その頃の骨法には廣戸(聡一)さんと最上(晴朗)さん(こちらの記事をクリック)という指導員がいらしたんですよね?
    船木 あ、そうです。あのふたりが本当に強かったんですよ。
    ――初期骨法はそのふたりが本当に凄かったという話を皆さんおっしゃるんですね。
    船木 それこそ道場破りじゃないですけど、骨法に腕自慢が来ると最上さんが相手をするんですね。先生に「やれ」と命令されて。
    ――船木さんはその現場にいらしたんですか?
    船木 はい。最上さんはまったく容赦なく相手をボコボコにして。
    ――うわあ、ホントに喧嘩芸だったんですね!
    船木 さらに凄いのはボコボコにされた道場破りが、翌日には骨法に入会してるんですよね。
    ――倒した相手が仲間になるってバトル漫画の世界ですよ、それ(笑)。
    船木 そんなのが何人かいましたよ。腕に自信がある人間が何もできずに負けちゃうわけですから、逆に尊敬しちゃうんでしょうね。自分もあのふたりがいたから骨法に通うことを決めたんですよね。見学したときにあのふたりがバシバシやりあってるのを見て「これを凄い!」と。
    ――船木さんが海外修行に行ってるあいだにそのふたりは骨法をやめられて。
    船木 それで俺も通うのをやめたんですよ(笑)。
    ――あ、そうなんですか(笑)。
    船木 あのふたりがいなくなるとレベルがぜんぜん違ったんですよね。
    ――一度そのふたりのスパーを見てみたかったですね……。それで船木さんは帰国後に新生UWFに参加されましたね。船木 海外に行く前からUWFに移る話は決まってました。要は“引き抜き”ですよね。でも、誘われる前に海外の団体の契約書にサインしちゃったんですよ。前田さんも高田さんも「海外遠征はいい経験になるから行って来い」と。
    ――UWFに移籍したのは格闘技を追求したかったからですか?
    船木 いや、そういうわけじゃないですね。人間関係の近さです。新日本で藤原さんに稽古をつけてもらったり、前田さんや高田さんに飲みに連れてもらったりして。UWFのほうが自分を必要としてくれてるんじゃないか、新日本より一選手として考えてくれてるなと思ったんです。それで誘われたら二つ返事ですよね。新日本は自分ひとりいなくなっても困らないだろうと思いましたし。長州さん、藤波さんがいて、武藤さん、蝶野(正洋)さん、橋本(真也)選手もいる。自分ひとりくらい若手がいなくなっても大丈夫だろうと思ったんですけど、猪木さんに引き止められましたよね。3日間にわたって話をしましたね。
    ――猪木さんがそんなに時間を割いて説得するって凄いですね。
    船木 いや、説得でもないんですよ。これから新日本プロレスが展開していく世界戦略の話ばかりで。
    ――猪木さんお得意のロマンあふれる世界戦略プロジェクトですね(笑)。
    船木 「ラスベガスで異種格闘技戦をやって賭けの対象にする。そこで日本人選手が必要だからそっちをやってくれ」と。でも、なんか具体的じゃなさすぎて(笑)。
    ――ハハハハハハ! ジャッキー・チェンとの試合も提案されたんですよね
    船木 そうですそうです。自分の顔を売るために東京ドームでジェッキー・チェンとエキシビジョンマッチをやって、そのあとにロブ・カーマンと異種格闘戦という話もされましたね。でも、夢過ぎて(笑)。
    ――早すぎたUFO構想……というか、いまだに実現してないんですけど(笑)。
    船木 自分としてはまったく夢のまた夢で。UWFのいち選手のほうが現実的ですよね。猪木さんは最後には「巡業に行かなくていい」とまで言い出して。でも、そんなことやったら会社の人や先輩レスラーに怒られるじゃないですか。
    ――それはのちの小川直也や藤田和之に与えた待遇ですね。
    船木 残っても新日本に居づらくなるので、UWFに移ったほうがいいなと思いました。でも、UWFに行ってみてわかったんですが、あそこまで格闘技寄りになってるとは思いませんでした。自分はちょうど海外に行っていたのでUWFの映像が見れてなかったんですよ。『週プロ』や『ゴング』に載った試合写真しか見れてなかったですけど。蹴って投げて極めるだけのスタイルになってるとは思いもしませんでした。
    ――船木さんが格闘技の世界に飛び込みたかったんじゃなくて、行ってみたら格闘技スタイルになっていたという。
    船木 そうなんです。自分はたしかに強さは強さで求めてましたけど、スタイルを格闘技にするという発想はなかったです。
    ――新生UWFの頃って船木さんがイライラしたり、苦悩しているイメージあったんですけど……。
    船木 はい。してましたね(苦笑)。
    ――それはもっと格闘技に振り切りたくてイライラされていたじゃなかったんですか?
    船木 そうじゃないんです。UWFが格闘技スタイルに寄りすぎちゃってて最初から「?」マークがあったからなんです。それでUWFのときに骨折して半年くらい休んだことがあったんですけど。そのときにボクシングのビデオをいっぱい見たり、骨法を飛び出して小林千明さんという東洋太平洋のチャンピオンにボクシングを習ってました。そうしてるうちに、UWFをやるのであればもっと格闘技に近づけないとダメだと考えたんですね。
    ――中途半端ではなく。
    船木 いままでのプロレスのないかたちにするのであれば「もっと格闘技にするべきだ!」と。それを前田さんに言ったら「3年待ってくれ」と答えてくれたんです。
    ――前田さんはまだその時期ではないと判断されたんですね。
    船木 いきなりそこまでやっちゃうと、メシは食えないというのが前田さんの考えだったんでしょうね。でも、自分はすぐにでも格闘技にしないと、このUWFがやってることがウソになると思ったんです。
    ――改革と革命の違いがそこにあったのかもしれないですね。前田さんたちはそこまでやるつもりはなくて。
    船木 俺は本当の革命にしたかったんでしょうね。自分も若かったですから。「早くやらなきゃ!」と。モタモタしていたら自分も歳を取っちゃうから。
    ――ちなみに新生UWFの道場はどんな練習だったんですか?
    船木 新日本と一緒ですよね。基礎体をやってひたすらスパーリングです。あとは各自出稽古ですよね。
    ――前田さん、高田さん、山崎さん、藤原さんたちの足がUWF道場から遠のいって行ったのは本当ですか?
    船木 ホントたまに来るくらいですよね。若い選手は毎日来てました。
    ――若手の中でも中野さんだけは単独行動だったんですよね?
    船木 中野選手は他人とぜんぜん関わらなかったんですよ。自分なんかが夜18時頃に練習が終わって帰るときに中野さんがやって来るんです。
    ――夜中に新弟子と練習するんですよね。
    船木 あと中野選手も小林さんにボクシングを教わってたんですよ。自分はジムに通ってたんですけど、中野さんは自分のマンションの屋上に小林さんを呼んで練習をやってたらしいんですよ(笑)。
    ――マンションの屋上で(笑)。ホント他人には見られたくなかったんですね。 
    船木 道場で中野選手はお腹にサランラップを巻いて練習してて、帰るときにそのサランラップをリング上に置いていくんですよ。つまり「俺も練習をやっていったぞ!」という痕跡を残すんですよね(笑)。
    ――ハハハハハハ! どんなサインなんですか(笑)。
    船木 朝、道場に行くとサランラップがリングに落ちてるんですよ。それを見て「あ、中野選手が来てたんだな」ってわかって。そういうやりとりもUWFならでですよねぇ(しみじみと)。 
  • 大会中にUFCがジャッジを解雇! ダナ・ホワイト勇み足の背景と問題点■MMA Unleashed

    2014-08-29 11:18  
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    Omasuki Fightの北米MMA抄訳コラム。今回のテーマは「ダナ・ホワイトのジャッジ解雇」騒動!UFCマカオ大会で、判定結果が不適当であったとして、ハワード・ヒューズというジャッジが、第2試合終了時点でダナ・ホワイトからいきなりクビにされるという出来事があった。ホワイト自身が大会後会見で「もう判定はしなくていい。ビールとポップコーンを買ってやるから、試合を楽しめ、と伝えた」と明かしたもの。
    確かに意味不明の判定を行うジャッジは存在する。それはファンにとっても実に興ざめであり、試合に向けて何か月も努力してきた選手にとっても、受け入れがたいものである。そんな無能ジャッジを大会途中で外に蹴り出すということは、一見ダナ・ホワイトらしい胸のすく大岡裁き、素早い仕事ぶりのようにも思える。しかし米MMAメディアでは「超えてはならない一線をこえてしまったのでは」との指摘が相次いだ。
     
  • 「味のプロレス」の出張版!! 第22試合は「プロレスとは――?」

    2014-08-29 11:05  
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    イラストレーター・アカツキ@buchosenさんによる昭和プロレスあるある4コマ漫画「味のプロレス」の出張版!次回から小佐野景浩さんの「プロレス歴史発見」インタビュー連載とコラボするため区切りの最終試合。集大成の作品だ! 
  • ジーナ・カラーノはUFC獲得が有力か――!?■石井史彦の「北米MMAの歩き方」

    2014-08-29 10:52  
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    山本KID徳郁や所英男、堀口恭司など多くの日本人選手をマネジメントする石井史彦氏が語る北米MMA事情。 今回はベラトールとかジーナ・カラーノの話とか! 
  • 織田無道に清水健太郎……「格闘技やってる芸人・B-SIDE」■MMAオレンジ色の手帖<File④>

    2014-08-28 00:25  
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    格闘技ブログ「MMA THE ORANGE」の管理人をしているオレンジがディープなエピソードをお届けする「MMAオレンジ色の手帖」! File④は「格闘技やってる芸人」!絵/ジャン斉藤 この原稿を書いている時点ではまだオンエアされていませんが、8月28日放映の『アメトーーク』で「格闘技やってる芸人」が特集される予定です。
     昔からなぜか格闘技好きが多いお笑い芸人。PRIDE全盛期にはダウンタウンの松本人志、ウッチャンナンチャンの南原清隆、ネプチューンの名倉潤といった人気芸人がリングサイドでこぞって観戦。テレビ東京の『やりすぎコージー』では「笑いZERO やりすぎ格闘王決定戦」なる中堅若手のグラップリングトーナメントが開催され、大御所から若手まで幅広い層の芸人が格闘技好きであることを物語っています。
     かく言う私も無類のお笑い好き。いまでこそ落ち着きましたが、かつてはM-1グランプリの予選から会場に足を運んで将来有望な若手芸人を物色していたものです。ほとんど制約のないルールの中で、相手をKOして、相手を笑わせて天下を獲る……そこに共通の緊張感とリアリティを感じて引き寄せられるのでしょう。
     今回の「格闘技やっている芸人」の放送で、お笑い熱が再燃してきたため、よりディープにオレンジがオススメする「格闘技やっている芸人」の歴史を綴っていきたいと思います。 
  • 【茨城のゴッチイズム】42歳現役格闘家・桜井隆多を支えていたのは「カール・ゴッチの教え」だった

    2014-08-25 11:20  
    108pt
    アグレッシブなファイトスタイルでPRIDE武士道や修斗で活躍し、DEEPではミドル級チャンピオンに輝いたこともある格闘家・桜井隆多。鋼のような肉体を維持する42歳は長年にわたり茨城を拠点として活動。同じ茨城勢の川尻達也を新人時代から今日に至るまで支え続ける盟友である。そんな桜井隆多は90年代の“さまよえる格闘家”のひとりであった。リングスの入門テストを受け、アメリカにわたりマレンコ道場やカール・ゴッチのもとで修行をし、プロフェッショナル藤原組に入門――。そして桜井マッハ速人との運命的な出会い。桜井隆多が「マイ・サン(byゴッチ)」こと木戸修に見えてくるインタビューをスクワットしながらお読みください!入会すれば読める! 8月度大反響インタビュー・【総合格闘技が生まれた時代】船木誠勝「俺は真剣勝負がやりたかったわけじゃないんです」・1990年春の嵐! 馬場の智謀と2つの東京ドーム■小佐野景浩の
  • 真夏の怪談…キンボ・スライスと共に散ったエリートXCのMMAバブル■MMA Unleashed

    2014-08-22 23:03  
    108pt
    Omasuki Fightの北米MMA抄訳コラム。今回のテーマはかつて北米MMAを騒がせたキンボ・スライスについて!

    2008年10月4日、EliteXCのフロリダ州サンライズ大会は、米地上波CBSが放送する「サタデーナイトファイト」の第3弾だった。メインイベントを飾るのはEliteXC最大のスター、キンボ・スライス。マイアミのポルノ映画製作会社リアリティキングス社でバウンサーを務めていたキンボは、自宅裏庭で行ったベアナックルでのストリートファイトをホームビデオで撮影しYouTubeに掲載したことを契機に、当時のアンチPC(ポリティカル・コレクトネス)ムーブメントにも乗って一躍アンチヒーローの座に躍り出ていた。
     
  • 私には足関節技が効かない!?/二階堂綾乃のオールラウンダーAYANO⑦

    2014-08-22 22:53  
    55pt
    新日本プロレスの選手イラストを描いてキャッキャしていたプオタ女子二階堂綾乃がいつのまにかMMAジムに通いだした! その模様をイラストレポートすることになった当コーナー。二階堂さんには関節技が効かないことが発覚!? ある日のグラップリングの授業にて「二階堂・足関効かない疑惑」が噴出しました、その日はアキレス腱固めを習ったのですが、一緒に組んでいる女の子がいくら私の足を極めようとしても全然痛くない。  「かけ方が悪いのかな?」と、別の男性にアキレス腱固めをしてもらってもそんなに痛くない……先生にもアキレス腱をぐりぐりしてもらったのですが、ちょっと痛いかなくらいでタップするほどではありませんでした。
     
  • 決戦はもうすぐ! 9・20UFC日本大会の展望!!■大沢ケンジ

    2014-08-21 22:25  
    55pt
    毎回大好評! 和術彗舟會HEARTS総帥・大沢ケンジの世界一わかりやすい格闘技見立てコーナー。今回のテーマは「9・20UFC日本大会の展望」です!――大沢さん! 今日は9・20UFC日本大会の勝敗予想をお願いします! 
    大沢 いやあ、これは凄く楽しみですねぇ。予想のしがいがありますよ。
    ――でも、日本人選手の勝敗予想って難しくないですか? たとえば、知り合いの選手の試合を「負け」とは予想しづらいでしょうし。
    大沢 そうなんですよね〜(苦笑)。スッゲー言いづらいですね。だから勝敗じゃなくて展開予想ですよね。
    ――「こういう試合になるんじゃないか」と。
    大沢 そうですね。まずボクが楽しみにしてるのは急遽参戦が決まった金ちゃん(金原正徳)の試合ですね。
    ――当初はユライア・フェイバーとの試合が内定していましたね。決定カードはアレックス・カサレスで。
    大沢 ユライアとかいきなりエグいですよね(笑)。ただ、ユライアといきなり闘える機会はなかなかないですし、変更になって良かったのか悪かったのか。金ちゃんは今日もここに練習に来てたんですけど、打撃も寝技もUFCで通用すると思うんですよ。でも、いまのMMAってレスリングの力が試合主導権を握ってるので。金ちゃんの不安要素はそこだけなんですよね。
    ――レスリング力が問われますか。
    大沢 そこは最近はとくに強く思ってることで、ウチの若手が試合をするときも「相手のほうが打撃や寝技が強いな」と思っても、レスリングが上なら勝てるかなって。寝技ができなくともレスリングができれば上になってパウンドを打てますし、打撃がダメでもレスリングができれば相手をテイクダウンできます。あとタックルも「切るか」や「受ける」でだいぶ違うんですよね。最近よく話してるのは「タックルを受けるのは良くない」ってことで。タックルを切ってガブるのはいいんです。ガブれば次の展開が作りやすくなるので。
    ――ガブれなくてタックルを受けちゃうと、逆に相手が展開を作れちゃうんですね。
    大沢 そうです。金ちゃんはタックルを受けるタイプなんで、ユライアみたいなタイプは苦手なんじゃないかな、と。とくにいまのアメリカの選手の多くはレスリングベース。日本やブラジルのファイターのほうが金ちゃんは得意なんですよね。
    ――カサレスはやりやすいのかもしれないですね。
    大沢 今後はレスリングベースの選手が多くなるでしょうから、そこも楽しみですね。金ちゃんは日本のバンタム級の中で飛び抜けて打撃が強いんですよね。打撃で勝てるチャンスがあるかなって。ただ、UFCファイターもみんな打撃は凄いですからね。
    ★「五味隆典vsマイルズ・ジューリー」
    ――五味選手の相手、かなり強いですよね。
    大沢 マイルズ・ジューリー。あれ、相当強いですよね。メッチャ強いですよ!  
  • 「味のプロレス」の出張版!! 第21試合は「出会い頭の組長」!

    2014-08-21 22:14  
    55pt
    イラストレーター・アカツキ@buchosenさんによる昭和プロレスあるある4コマ漫画「味のプロレス」の出張版!第21試合は「出会い頭の組長」!