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記事 4件
  • 対抗戦ブームの終焉と全女退団……/アジャ・コングインタビュー⑤

    2017-01-01 00:00  
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    大好評アジャ・コングインタビュー第4弾! 今回は全女退団!<これまでのアジャ・コングインタビュー>①「全女はAKB48やジャニーズだった」http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1087876②「恐るべし全女の異種格闘技戦/ダンプ松本、究極の親分肌」http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1112784③偶然と必然が折り重なった「アジャ様」覚醒の瞬間http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1130398④バイソン木村との哀しき別れhttp://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1157304――アジャさんの夢だった長与千種さんとの一戦ですが、全女のフロントはアジャさんに「本人と直接交渉してこい」というとんでもない提案をしてきたんですね。
    アジャ そうなんですよねぇ。「ぜひ長与さんとシングルマッチをやらせていただきたいです」って会社にお願いしたんですけど。当時長与さんはGAEA JAPAN所属なので、会社同士の話し合いをしなくちゃいけない。でも、なかなか交渉が進まなくて、会社は私に「直接会って長与千種さんを口説いてこい!」と(笑)。
    ――無茶ぶりですね(笑)。
    アジャ 「口説き落としたら両国国技館で組んでやるから」って言うんですよ。「え?それは会社が交渉することなんじゃないの?」っていう疑問はあったんですけど、「まあ長与さんと試合ができるんならいいや」って直接交渉したんですよ。
    ――アジャさんが長与さんにアポを取ってですか?
    アジャ 長与さんにアポを取って(笑)。
    ――その画を想像するだけで面白いですねぇ。
    アジャ それで会って話をしたら、長与さん個人として試合をやるのはやぶさかではない、と。ただ対会社となるといろいろあるから無理。まあ当たり前ですよね、会社同士で話し合ってダメなんですから(苦笑)。
    ――ハハハハハ。
    アジャ ってことは、「全女にいるから長与さんと試合ができないんだ」って思っちゃったんですよ。私が身軽になればできるんじゃないかと。私がフリーになった理由のひとつはそれだったんですよね。その頃は対抗戦ブームが下火になってきて、全女の勢いにも陰りが見えてきて未払いだなんだって話も出てきてて。「よし、全女をやめよう!」と決めたんです。そして長与さんと戦って「プロレスもやめよう!」と。
    ――あ、引退も!
    アジャ だって当時の女子プロレスってそんなに長いこと現役をやらないじゃないですか。引退して戻ってくる先輩はたくさんいましたけど、どこかで区切りを付けなきゃという考えはありましたね。
    ――憧れだった長与さんとの試合が区切りにふさわしいと。
    アジャ でも、私が全女にいるかぎりは、GAEAの長与さんとは試合ができない。じゃあ実現できる方法といえば、長与さんがGAEAをやめることはできないから、私が全女をやめるしかないんだなって。
    ――全女をやめることに未練はなかったんですか?
    アジャ うーん、私が赤いベルト(WWWA世界シングル王座)を他団体のダイナマイト関西に取られて、関西から豊田(真奈美)が取り返して、そこからまた神取(忍)が奪っていって……という流れで、私は赤いベルトの争いから外れていたし、会社からタイトルマッチの話があっても「いまさらやりませんよ」と言ってたんです。
    ――赤いベルトは目標に置きづらかったんですか?
    アジャ その頃の赤いベルトって、いま話したようにいろんな選手のあいだをグルグルと回っていて、かつて私が命を懸けてでも欲しかったものではなくなってたんですね。
    ――全女の表も裏も取り仕切る象徴ではなくなっていた。前回お聞きしましたけど、ブル中野さんとのベルトを巡る争いはとにかく壮絶でした。
    アジャ 昔は周りに先輩方がいようがいまいが、ベルトを持ってる人間が全女のトップという認識があったんです。でも、あの当時は私や北斗(晶)さんがベルトの上にいる感じで、チャンピオンが絶対的なトップではなくなってたんですね。北斗さんは「デンジャラスクイーン」として名前がありましたし。
    ――ベルトを超えた存在になってましたね。
    アジャ ベルトの上に位置づけされてる自分に凄く違和感があったんです。それは自分が引退したり、全女から出ていかないから……かもしれませんけど。自分の中では一歩引いてる意識はあったんですけど、どうしてもアジャ・コングという名前は大きくて。チャンピオンじゃなくなってもトップとして扱ってくれて、凄く居心地はよかったんですけど、凄く不健全な感じがして。私が全女にいるかぎりはこのシチュエーションは崩れないし、お互いにとって不幸だなって。
    ――その不健全さも全女をやめる理由だったんですね。
    アジャ やめれば誰にとってもプラスになるんじゃないかって。自分の気持ちもスッキリするし、全女の中も健全になるし。
    ――しかし、ベルトを中心とした秩序が崩れてしまったのは、全女という特殊な団体にかぎらずプロレス団体としても致命的欠陥ですよね。
    アジャ そこにはきっかけがあるんですよ。私と北斗さんがNKホールでタイトルマッチをやるはずだったんですけど、北斗さんはヒザの手術をしたばっかりで、全然治りきってなくて。試合どころか、まともに動けるような状態ではなかったんですよ。
    ――本来ならば入院してなきゃいけない状態。北斗さんは全身ボロボロだったんですよね。
    アジャ それもあってタイトルマッチではなく普通のシングルマッチに変更されたんですけども。私としては北斗さんが万全の状態でタイトルマッチがやりたいから、仕切り直しにしましょうって話になったんですけど。
    ――再戦の舞台は、東京ドーム「憧夢超女大戦」V☆TOP WOMAN日本選手権トーナメント決勝でしたね。
    アジャ 赤いベルトが狂ったのは、あの東京ドームからなんですよ。全女にはベルトという頂点があるのにV☆TOP WOMANというトーナメントで「最強は誰だ?」とかやったでしょ。そこに私が出ることになれば「WWWAはV☆TOP WOMAN以下なの?」ってなるじゃないですか。
    ――ベルトの価値が崩れてしまいますね。
    アジャ しかも各団体の代表を出すという話だったのに過半数が全女の選手でしょ。「全女だらけのトーナメントになんの価値があるんですか?」ってことで会社とケンカして、私は「全女代表はイヤだ」と。WWWA代表として出るし、途中で負けたらその場でベルトを返上するって言ったんです。
    ――チャンピオンの立場としては筋は通ってますね。
    アジャ 会社は「いやいや、もっと気楽な気持ちで出てよ~」って(笑)。この続きと、中井りん、那須川天心、ジェイク・ロバーツ、ケニー・オメガ、RIZINの裏側、角田信朗騒動などの記事がまとめて読める「14万字・詰め合わせセット」はコチラ http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1181523 
  • ブル中野・2年間戦争/バイソン木村との哀しき別れ■アジャ・コング インタビュー④

    2016-12-17 11:12  
    108pt

    大好評アジャ・コングインタビュー第4弾! 今回は女帝・ブル中野との壮絶な抗争、盟友・バイソン木村との別れを語ります!<これまでのアジャ・コングインタビュー>①「全女はAKB48やジャニーズだった」http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1087876②「恐るべし全女の異種格闘技戦/ダンプ松本、究極の親分肌」http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1112784③偶然と必然が折り重なった「アジャ様」覚醒の瞬間http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1130398◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉
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    “リングの現実”に殉じたNOAHの栄枯必衰!●事情通Zのプロレス点と線
    あやしい新体制! NOAHに何が起きているのか?/ベラトール参戦? ヒョードルはバレンティンか
    ●43歳にして警察官辞職、格闘技専念!  解き放たれた怪物が世界に討って出る!関根シュレック秀樹インタビュー●大好評連載インタビュー アジャ・コング③ナマケモノが怪物になった日――偶然と必然が折り重なった「アジャ様」覚醒の瞬間!!●谷津嘉章インタビュー80年代編「昭和・新日本のプロレスは早漏なんですよ」●ゼロゼロ年代のジョシカク! 藪下めぐみ「私、総合格闘技の練習をしたことが一度もないんですよ」●生臭坊主!? “僧侶プロレスラー”の自由すぎる説法阿部史典デタラメインタビュー●「斎藤文彦INTERVIEWS⑧」SWSの興亡と全日本再生、キャピトル東急『オリガミ』の集い●ベラトールで暴れまわるフランス生まれの日本人MMAファイター!! 加藤久輝インタビュー●金ちゃん危機一髪! 金原弘光、暴走高齢者の事故に遭う!!●大沢ケンジ師匠の格闘技談義「アルバレス戦完勝」が低調っぽく見えるコナー・マクレガーの恐ろしさ!●OMASUKI FIGHTのMMA Unleashed
    ・変貌するWWEを支えるニューリーダー、ステファニー・マクマホン大研究
    ・「ダスティ・フィニッシュ」の意味は? オックスフォード英英辞典に見るプロレス隠語集
    ・UFCファイターは何を食べているのか〜悪童は菜食主義者〜
    ・UFC新オーナーの打ち手を読み解く!! 投資家向けプレゼン資料の内容が明らかに
    ・UFC史上最大のビッグマッチ、UFC 205終幕:ビジネスレビュー、レコードと統計●ジャン斉藤のMahjong Martial Artas川尻達也、あがき続けた先のRIZIN参戦●MMAオレンジの色の手帖・UFC帰りの日本人格闘家、その後の戦績108勝36敗5分1NC・格闘技レガシィー?〜会場の変遷から見る日本の格闘技〜●二階堂綾乃・プオタは変わっているのか?〜流智美は他人の誕生日の曜日をすべてわかる説〜・優しさはいらない!? 「鍛える女子」の口説き方●中井祐樹の「東奔西走日記」http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1146649
     

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    ――アジャさんとバイソン木村さんの2人は、ボスだったブル中野さんと決別して獄門党を離れることになったんですね。
    アジャ 中野さんに完全にケンカを売って、バイソンと2人でやっていくと宣言したんですけど。獄門党の所属じゃなくなると、巡業のときヒールのバスにはもう乗れないんです。
    ――まあそうなりますよねぇ。
    アジャ かといってベビーフェイスのバスに「乗せてください」と頼むわけにはいかない。中野さんはヒールだけじゃなくて、全女のすべてを管轄しているトップですから、ベビーからしても「中野さんにケンカを売った2人をバスに乗せるわけにはいかない」となるんです。
    ――中野さんが所持してた赤いベルト(WWWA世界シングル王座)は頂点の象徴であり、中野さんは“リング外”でもボスだったわけですね。
    アジャ 巡業中は電車の時間を調べてバイソンと2人で移動したんです。
    ――天龍革命のときの天龍さんと阿修羅・原さんみたいです!(笑)。でも、当時の全女は年間200〜250試合くらいやってましたから大変じゃないですか?
    アジャ でも、これが全女のトップにケンカを売るってことなんだなって痛感しましたね。荷物を抱えて毎日電車に乗って次の会場へ向かってましたし、会場に着いてもヒールやベビーの控室には入れないわけじゃないですか。バイソンと2人で別の部屋を探すんですよ。
    ――そこまでやるんですか!
    アジャ 若手に頼んだらその若手が中野さんに怒られますから、自分たちで探すしかないんです。体育館の倉庫を控室替わりにして、そこで着替えたこともありましたよ。
    ――会社の人間が手配してくれてもよさそうですけど……。
    アジャ 用意してくれないです。そこは全女ですもん(笑)。そして「コイツらを対戦させたら面白い」ってことで毎日中野さんvs私とバイソンをやらせるんですよ。
    ――毎日ブル中野vsアジャ・コング(笑)。
    アジャ 中野さんのパートナーだけは日替わりでしたから、中野さんも大変だったと思います。中野さんのパートナーは若手になるんですけど、私たちに簡単にやられたら控室で中野さんに怒られるじゃないですか。だから若手も必死ですよね。
    ――捨て身で襲ってくるんですね。
    アジャ 中野さんも凄いってもんじゃなかったですねぇ……(しみじみと)。中野さんからすれば憎しみの感情もあるじゃないですか。ガッツンガッツンやってくる。毎日「殺されるんじゃないか……!?」って思いながらリングに上がってましたねぇ(笑)。
    ――殺される……中野さんが一線を超えてきそう気配はあったんですか?
    アジャ それは毎回でしたよ。いままでベビーフェイスにやっていた凶器攻撃は全部こっちに向かってくるわけじゃないですか。しかも以前よりもキツめに(笑)。
    ――プロレスファンの記憶に残ってるブル中野vsアジャコングといえば、伝説の金網デスマッチ2連戦です。1回目の金網デスマッチはアジャさんの場外エスケープ勝ちでした。しかし、当時ユニバーサルプロレス所属で「ブルドッグ・KT」を名乗っていた外道さんがレフェリーという立場なのにもかかわらず、アジャさんのエスケープをアシストする行為が物議をかもしましたね。
    アジャ 1回目の金網は「とにかく勝てばいい!」という姿勢でしたね。中野さんはそういった批判の声を気にしていたと思うんですけど、私としてはどんなかたちであれ、あのブル中野に勝ったという事実がほしかったんです。なぜかといえば、赤いベルトを持った中野さんに勝った人間はいないから。どんなかたちであれブル中野に土をつける。だから「批判なんかはどうでもいいや!」って感じで。
    ――1回目の批判を受けて2回目はノーレフェリー・ノールールという形式が取られました。その試合でいまだに語り継がれる、金網4メートル上からのギロチンドロップが……。
    アジャ あの試合もエスケープルールだったんですけど、私は真っ逆さまに落とされて動けなかったんです。そうすると金網をよじ登っていく中野さんの姿が見えたので「ああ、エスケープするんだな……」って思ったら、金網の上からリングに振り向いたんで「ああ、上から落ちてくるんだ。勝てなかったなあ。またやり直しだな……」って。
    ――中野さんが4メートル上から自分の身体に降ってくることがわかったんですね……。
    アジャ もう動けなかったんですけど、「飛んでくるなら、よけてたまるか!」という気持ちもあったんです。
    ――でも、普通のギロチンドロップとは訳が違いますよね?
    アジャ 普段の倍の高さはありますよねぇ。でも、「これで死んだらそれまでだ!」っていう感じですね。
    ――そこまでの覚悟が……。
    アジャ たしかにギロチンを受けたときは息が詰まったし、もの凄い衝撃でしたよ。「あ、死んだな!」って思ったんです。意識がボーッとしてたら周囲がワーワーうるさかったんで「あの世ってやかましいんだな」って(笑)。
    ――生死を懸けられた当時の自分を振り返ってみてどう思われますか?
    アジャ うーん……。
    ――もう一度、あの高さから中野さんが降ってきても受け止めますか?
    アジャ あのシチューションだったら受けないといけないでしょうね。
    ――また受けますか。
    アジャ だって、よけたら逃げたことになりますし、だったら最初から試合をやらなきゃよかったというこですし。あの試合でブル中野には負けたんですけど、あそこでギロチンをよけてしまっていたら、ブル中野を越えることはできないと思いますね。
    ――すべてを受け止めるという決意表明というか。
    アジャ 中野さんにケンカを売った以上、もうやるしかないですよ。毎日毎日中野さんと試合をして、キツイ思いをしてるわけですよね。試合が終わった瞬間だけが、やすらぎ。「今日も一日終わったな……」って。で、夜ご飯を食べて、ホテルで寝ようとすると「ああ、また明日も中野さんと試合か……朝が来なきゃいいのになあ……」って眠りにつくんです。それが2年間ずっとですから。
    ――並の人間だったら精神や肉体が壊れちゃいますよ!
    アジャ たまにシリーズの都合で中野さんじゃないカードになると、まぁ、楽でしたね。ベビーとやると本当に楽(笑)。
    ――天国モードですか(笑)。
    アジャ ジャパングランプリとかシングルマッチのリーグ戦のときは、中野さんも私もシングルマッチをやらなきゃいけないですから。必然的に戦う回数も減るじゃないですか。それでも年間250試合あるとしたら、200試合は中野さんとの試合なんですけどね。
    ――年間200試合、ブル中野とガッチガチの試合……。
    アジャ よくまあやってましたよね(笑)。
    ――全女って地方のパチンコ屋の駐車場や空き地でも興行をやってましたよね。都内と比べたらグッと観客数も少なくなる場所でも、毎日のように激しい試合はされてたんですか?
    アジャ あたりまえですけど、変わらないですね。
    ――……とんでもないプロ根性ですねぇ。ボクは地方在住だったんですけど、地方のプロレスって東京のビッグマッチとは明らかにテンションが違うことにションボリすることが多かったんですけど。
    アジャ あー、全女の選手はどこで試合をしてもテンションが変わらないんです。たとえば豊田真奈美は自分のすべてを出しきらないと気がすまないので、地方でもテンションは変わらなかったと思います。
    ――その中野さんとの激しい抗争もきっかけになって、アジャさんのキャラクターが一般世間に浸透していきますね。
    アジャ そのあたりからテレビからオファーがかかるようになって、芸能の仕事をやってから会場に向かうケースが増えたんです。あと、伸び悩んでる同期の高橋美華や神谷美織、若手の伊藤薫が自分たちのところに入ってくることによって、ジャングルジャックのかたちができつつあって。5人で電車移動するのも大変なんで、会社が車を用意してくれるようになったんです。
    ――実力で待遇を勝ち取ったんですね。
    アジャ そこはメディアに出たことが大きいですね。普通に道を歩いていても声をかけられるようになったんで。さすがに会社もそのまま電車で移動させるわけにはいかないだろって(笑)。
    ――アジャさんの知名度は女子レスラーの中ではダントツでしたよね。
    アジャ そうですか? 自分とバイソンのセットでダウンタウンさんやウッチャンナンチャンさんとかの番組にはすべて出させていただいたんで。そうなってくると、逆に他の選手からすればそれはそれで面白くなかったんだと思いますね。中野さん以外の選手の当たりも強くなっていくという。
    ――全員から嫉妬されたり?
    アジャ こっちからすれば「だったらおまえたちもテレビに出ればいいだろ!」っていう話ですけどね。
    ――宿泊先もベビーや獄門党と別なんですか?
    アジャ 地方だとホテルが少ないから一緒だったりするんですけど。宿泊する階が違いましたね。
    ――同じ会場同じ宿泊先だと中野さんとどこかですれ違う機会もありますが、そういう場合はどう振る舞ったんですか?
    アジャ やっぱり先輩になるので、顔を見たら「おはようございます!」と挨拶するんです。でも、なんにも言われず無視されましたね。挨拶しても何も返してくれないから途中から言わなくなりました。2年間、一切口は利きませんでしたね。
    ――獄門党だった井上京子さんは当時を振り返って2人の関係は「本当に怖かった」と言ってますね。
    アジャ 京子は全女に入って3年目くらいですから大変だったと思いますよ。私と同じタイプで何かあったら穏便に済ませたいタイプなんですけど、グリズリーさんが引退したあとは中野さんのパートナーポジションが空いてるので、京子がやらなきゃいけない。あれはあれでキツかったと思いますよ。
    ――京子さんはそういうキャラじゃなかったですもんね。
    アジャ 明るい楽しいタイプだったのに、髪切りマッチとかギスギスした戦いに巻き込まれるわけですから。
    ――一緒に戦っていた盟友のバイソンさんも、引退を選びますよね。「怖くなった」と言い残して。
    アジャ 私とシングルマッチをやったあとですよね。あの試合でアゴの骨が外れたり、体力的な限界を感じたということで。でも、この戦いはそもそもはバイソンから始まったわけじゃないですか。
    ――バイソンさんが中野さんに反旗を翻した流れにアジャさんも巻き込まれて。
    アジャ だから「……なんで?」とは思ったんです。でも、バイソンに直接「……なんで?」とは聞けなかったんですね。
    ――それはなぜですか?この続きと、永源遥、NOAH新体制の謎、那須川天心、グレイシー柔術、ディファ有明閉鎖などの記事がまとめて読める「14万字・詰め合わせセット」はコチラ http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1164999 
  • 偶然と必然が折り重なった「アジャ様」覚醒の瞬間■アジャ・コングインタビュー③

    2016-11-01 00:00  
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    大好評アジャ・コングインタビュー第3弾!  <これまでのアジャ・コングインタビュー>①「全女はAKB48やジャニーズだった」http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1087876②「恐るべし全女の異種格闘技戦/ダンプ松本、究極の親分肌」http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1112784――前回の続きに入る前にSEAdLINNNG後楽園大会で実現した世志琥選手とシングルマッチについてうかがわせてください。
    アジャ そうですねぇ。試合後にリング上でも言ったように、つまらなかったなって。あの子とは2年前くらいに仙女でタッグで当たったことがあったんですよ。あんときはクソ生意気だったから、こっちもイライラして面白かったんですよね。ところが、あの件のせいかわからないですけど、妙にお利口さんになってしまってて。
    ――あの件とは安川惡斗戦の騒動ですね。
    アジャ 本来は頭のいい子だと思うので、こうしてリングに戻ってきたからにはちゃんとしなきゃいけないと思ってるんでしょうけども……。ちゃんとする方向を間違えてるんじゃないかなって。
    ――ああ、なるほど。悪い意味でブレーキを掛けてしまってるというか。
    アジャ 自分の中でお利口さんになって「そういうことをしちゃいけないんだ」「他人に迷惑をかけちゃいけないんだ」ってなってるのかなあ、と。でも、プロレスってリングの上なら迷惑をかけてナンボだし、そもそも迷惑と受け取られるのか、面白いと受け取られるのかは見る側の問題なので。
    ――たしかにそうですね。
    アジャ 迷惑だったとしたらリングで取り返すしかないし。今回の試合ももっとガンガン攻めてくれるのかなと思ったんだけど……。あのSEAdLINNNGは世志琥が戻ってこれるために高橋奈苗が作ったところはあるじゃないですか。そのリングでヘタなことはできないという気持ちが出てるのかもしれませんね。
    ――高橋奈苗選手への気遣いがあるのかもしれないわけですね。
    アジャ 変に気を遣うなら、自分の横に並んでやったほうが面白いんじゃないかなって提案はしたんですけどね。だからって自分が「頑張れ!」って応援するわけじゃないですよ。「やれ!」ってケツを蹴り飛ばすだけです。
    ――アジャさんの目から見て、いまと昔では若手の育成の仕方に変化は感じられますか?
    アジャ 全女のときと比べて下積みのかたちも変わってますからね。全女のときは「25歳定年」という暗黙の了解があったじゃないですか。
    ――25歳になったら誰であろうと強制的に引退しなきゃいけない。
    アジャ 15歳からプロレスを始めても現役期間は10年しかないんですよ。いまは自分が「やめる」と言われないかぎり、いつまでもできますから。「10年選手」になっても若手と呼ばれる時代ですし、ゆっくりと伸びていくことができる。全女の頃はそれが許されなかったんです。2年3年でメインにたどり着けなかったら「いらない」って言われた世界なので。
    ――たった数年でジャッジされてしまうんですね。
    アジャ だから多くのレスラーが5年前後でやめていくんです。自分は15歳で全女に入ったので、10年という時間がありましたから、比較的余裕はあったんですけどね。18歳で入った場合はもう時間はないですよね。
    ――本日の取材の大きなポイントになりますが、アジャさんはバイソン木村さんに引っ張られるかたちで、当時全女のトップに君臨していたブル中野さんに反旗を翻しますよね。バイソンさんが中野さんに歯向かったのは、年齢的な焦りもあったんでしょうか。
    アジャ そうかもしれないですね。バイソンは18歳で入って25歳定年までそんなに時間がなかったですし。私は中野さんと対立する気はなかったんですけど……。
    ――「トップに立ってやろう!」という姿勢ではなかったんですよね。ガツガツしてなかった。
    アジャ はい。目立って潰されるくらいなら……って感じでした。それは私はまだ15歳で余裕があったからもしれませんよね。
    ──でも、クラッシュキャルズが引退して全女は集客に苦しんでましたよね。
    アジャ お客さんが一気に減りましたね。なんとかするためにメデューサや下田美馬に異種格闘技戦をやらせたり、“第2のクラッシュ”としていろいろとユニットを作ったりして模索してましたね。とにかくベビーフェイスを立てなきゃ会社が儲からないというので。ビューティ・ペアで神風が吹いた、クラッシュギャルズで神風が吹いた。次の神風を誰かが吹かせてくれると会社は思っていますから。ペアを組ませて歌わせればどれかしらは当たるだろう!ってね。
    ──ところがベビーフェイスで全女に神風が吹くことはなかった。神風を吹かせたのは、ブルさんとアジャさんのヒール同士の抗争でした。事の発端はアジャさんがルチャ団体のユニバーサルプロレスに出場されたことですが、どういう経緯があったんですか?
    アジャ 要は全女の試合に私のことが組み込めなかったからです。
    ──だから他団体に貸すことができたということですね。
    アジャ はい。中野さん率いる獄門党の中で、私は強制的に中野さんのタッグパートナーとなってましたけど、その後、クレーン・ユウさんが中野さんと組むようになったんですよね。ユウさんはもともと、ドリル仲前さん、影かほるさんと一緒に覆面三人組みたいなヒールユニットをやっていたんですけど、一度レフェリーに転向したあと、もう一度、覆面レスラーのダイナマイト・ジャックとして戻ってきたんです。それで中野さんと組んでメインを出るようになって。
    ──つまりアジャさんはブルさんのパートナーから外されてしまったわけですか。
    アジャ そういうことですね。当時の全女ヒール枠は中野さんのタッグと、その覆面三人組さえいれば間に合ったんです。獄門党のメンバーだった私とバイソン木村、グリズリー岩本さんの3人は全女で試合がなかなかできなくなったんですね。
    ──ブルさんは「試合ができるヒール軍団」を目指して獄門党を立ち上げたわけですよね。だからこそアジャさんたちも厳しい練習を仕込まれていたわけで。
    アジャ 中野さんはそういう考え方で会社は「ヒールは技なんか出さなくていい。凶器を持ってベビーフェイスをメチャクチャに痛めつければいい」という考え方だから。
    ──ブルさんと会社のあいだに温度差があったんですね。
    アジャ その頃ちょうどユニバーサルプロレスの選手たちが全女の道場で練習をしていて。「試合はメキシコのスタイルでやるんだけど女子の試合も組み込みたい」と会社に相談があったみたいで。「じゃあ、ここらの連中だったら貸せますよ」とリストアップしたメンバーが、岩本さんやバイソン、私だったんです。
    ──全女の中で持て余してるレスラーを貸し出したんですね。
    アジャ だと思います。
    ――それはつまり、いつクビにしてもおかしくなかったとも捉えることができますが……。
    アジャ 当時の私は「そこそこの仕事をやって、そこそこの給料をもらっていればいいや」と思っていた人間ですし、本来ならばそんなヤツは不良社員なわけじゃないですか。
    ──会社からは何も言われないんですか?
    アジャ 「そろそろ田舎に帰ったら?」みたいなことは言われるんですよ。でも、自分が首を縦に振らないかぎりは「そう。じゃあ、いいけど」で終わりですね(笑)。
    ──出稼ぎに出されたユニバーサルでの最初の試合はグリズリーさんとバイソンさんのタッグで、アジャさんはセコンドをだったんですよね。
    アジャ 私は一応セコンドとして凶器を渡す役でしたね。ホントにどうでもいい役割ですよ(笑)。試合に出ていないんでお金ももらえなかったし。
    ――90年代・全女の中心人物にのし上がるとは思えない扱いですね……。当時はどういう心境だったんですか?
    アジャ ユニバーサルは全女にいるよりも、みんな優しくしてくれるんですよね。ご飯を食べに連れて行ってもらえるし、ギャラはもらえないけど、お小遣いをくれる人もいたし。私的には「超ラッキー!」みたいな(笑)。
    ──グウタラですね(笑)。
    アジャ そりゃあ全女でも使われないですよねぇ(笑)。
    ――そんなセコンドのアジャさんに対して「おまえは誰だ!?」という野次が飛んだことで人生が変わるんですね。
    アジャ そうなんです。「おまえは誰だ!?」ってお客さんに野次られまして、そしたら、最初に野次ったお客さんとは別のお客さんが「アジャだ!」って返したんです。そうしたら、また別のお客さんが「アジャって誰だ!?」って、また、別のお客さんが「アジャはアジャだ!」って……というやり取りで会場が凄く盛り上がって。一緒に来ていた全女広報部長のロッシー小川が「明日、アジャを試合に出そうと思う」と言いだして。
    ――なるほど。この盛り上がりを活かそうというわけですね。
    アジャ それはいいんですけど、バイソンと入れ替えるんじゃなくて、岩本さんと入れ替えるというんですよね。
    ――それは岩本さんの先輩としてのプライドが……。
    アジャ そうなんですよ! 岩本さんは2人にとって先輩ですからプライドは傷つきますよ。しかも帰りの車の中で言い出したので「別のところでこっそり言ってくれればいいのに……」って。
    ──車内で! それは気まずいですねぇ。
    アジャ 岩本さんからすれば、後輩2人のセコンドになんかつくわけないですよね。車の中で「じゃあ明日、私は行かなくていいよね」って(苦笑)。ホント、あのときは気まずかった……。
    ──でも、これはチャンスだと思いました?
    アジャ いやいやいや! だって「試合がなくて超ラッキー」と思っていた人間ですよ。それに「試合をやったところで、どうせねえ……」って感じでしたし。
    ――試合を盛り上げる自信がこれっぽっちもなかったんですね。ネガティブすぎます
    よ!
    アジャ そうなんですけどねぇ(笑)。今日の野次はたまたま面白かったかもしれないけど、プロレスファンはルチャを見に来ているんだから「女子の試合はウケないでしょ?」と。「まあ、いっか。ギャラもらえるし」ぐらいのやる気のない感じで試合に出たら、やることなすこと全部がウケるという。あんなにウケたのは初めてだったんですよ。
    ──いままでと何が違ったんですかね。
    アジャ うーん、前日に見に来ていたお客さんがけっこういたし、「あのアジャが試合に出る」ということで面白おかしく観てやろうという心構えがあっただけだと思います。
    ──会場ができあがっていた。
    アジャ デブでセコンドにいるだけだった人間が今度は試合に出る。「どんなことをするんだろう? 笑ってやろう!」というね。そんな雰囲気の中、私が試合をしたら「あいつ、意外とちゃんと動けるぞ!」と。そこで中野さんとの猛練習が活きてくるわけなんですよね。
    ──ああ、偶然じゃなくて必然だったんですね!この続きと、NOAH新体制、谷津嘉章、シュレック関根、藪下めぐみ、斎藤文彦の記事が読める「14万字・詰め合わせセット」はコチラです! 
  • 恐るべし全女の異種格闘技戦/ダンプ松本、究極の親分肌■アジャ・コングインタビュー②

    2016-10-01 00:00  
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    大好評アジャ・コングインタビュー第2弾! 今回は日本中から憎まれたダンプ松本の人間味溢れるエピソードや、アジャ・コングが挑んだグローブマッチから感じられる全日本女子プロレスの「スーパーストロングスタイル」ぶりに迫ります! <前回のインタビュー>アジャ・コング、デビュー30周年記念インタビュー「全女はAKB48やジャニーズだった」http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1087876──ご存知かどうかわからないですが、ウェブで「女性プロレスファンはお金を落とすのか、落とさないのか」というテーマが話題になってまして。 
    アジャ ああ、ササダンゴがわけわからないことを言っているやつですか。 ──ああ、ご存知なんですね(笑)。ササダンコさんはご自分の顧客データから今後の戦略を口にしただけで女性ファンに何かケチをつけてやろうという気持ちはなかったんだとは思うんですけど。 
    アジャ そうでしょうね。どう考えてもササダンゴの場合は女性客がそれほど付きそうにないタイプですから。 ──かつてアジャさんが男子の客を会場に引っ張ってきたときに、全女のフロントから「男子ファンはお金を落とさないから、連れてきても意味がない」と嫌味を言われたんですよね。 
    アジャ そうそう。今回の件とは逆のことを言われましたね、全女の会社からは。 ──当時の全女にはそういうデータが出ていたということなんですか? 
    アジャ ビューティペアやクラッシュギャルズの時代もそうですけど、やっぱりお客の8割9割は女性なわけじゃないですか。グッズを買うのも当時は女性ファンが多かったから。あと一般論で考えるとね、男性も自分の趣味にお金を使うかもしれないけど、女性はたとえば宝塚とかでも使い方がハンパじゃないですから。
    ──世間でブームと言われるものは女性からの支持は得てますね。 
    アジャ 会社には「女が集まるところには男が寄ってくるんだから」とも言われて。男を連れてくるなというよりは、女性が集まるところには必然的に男が集まるという感覚だったんですよね。 ──逆に男性が集まっているところって、女性はなかなか入りづらいですね。 
    アジャ ちょっとためらいますよね ──長与(千種)さんは全女の会場に男性ファンを連れてこようとしたけど、なかなか難しかった。そのハードルを飛び越えたのがアジャさんとブル中野さんの抗争ですよね。 
    アジャ そこを意識してやったわけじゃないんですけどね。気づいたら結果的にそうなった。クラッシュと同じことはできないし、お客さんも望んでないだろうし。私と中野さんの抗争は、どう考えても女の子受けするものではなかったので。男子のプロレスを観ている層に「女子でもこんな凄いことをやってるのか!?」というきっかけは作ったと思うんですね。 ――それが90年代の全女ブームに繋がるわけですよね。 
    アジャ ただ、女の子にとっては、えぐすぎる内容なんですよね。だから会社から言わせると、お金落とさないこともそうだけど「プロレスラーのなり手がいな くなるだろう」と。 ──ああ、あんまり激しすぎるとプロレスラー志望を敬遠させてしまう。 
    アジャ そうそう。女の子が全女に入ってこないでしょ。 ──「男子ファンを連れてきても……」発言にはそういう意味もあったんですねぇ。今回はその中野さんとの闘いに至るまでをうかがいます! まずアジャさんはクラッシュギャルズに憧れていたから、ヒールの極悪同盟には入りたくなかったんですよね。 
    アジャ 全然入りたくなかったですね。 ──昔のアジャさんの記事を拾ってみると、「あの当時はダンプ松本さんを尊敬できなかった」という発言もあったりして。 
    アジャ 尊敬できないというか、もともと私はクラッシュギャルズのファンで全女に入った人間ですから、ダンプさんはその対極にいる人なんですよ。当時は15、16歳だったし、入って早々まだファン感覚も抜けてないから、もう「極悪同盟、大嫌い!」だったんですよね(笑) 。──年齢的にはまだ子供ですよね。 
    アジャ そんな状態で「おまえは今日から極悪同盟だ!」と命令されてもねぇ。子供だから気持ちが素直に顔や態度に出てしまうし、そうなるとダンプさんだっていい気はしなかったでしょうね。私なんかはとくに態度が露骨だったから。──ダンプさんからすると、かわいくない後輩だったんですかね。 
    アジャ そうだと思いますよ。でも、いま考えると、逆にダンプさんのほうが歩み寄ろうとしてくれていましたね。私の以前にも、あらゆる新人からそういう態度を取られていたでしょうから。だって、入ってくる新人なんて、だいたいみんなクラッシュのファンじゃないですか。極悪同盟は世間から本気で疎まれてる存在ですし。だからダンプさんの中では「極悪同盟はファミリーなんだ」「この中だけはみんな味方になろう」という感覚で後輩に接していたと思いますね。 ──ダンプさんからそういう態度を感じる場面があったんですね。 
    アジャ ありました。当時の巡業はベビーフェイスとヒールのバスは別々なんですけど、途中パーキングに寄ったりしても、基本的に新人は何も食べられなかったりするんですよ。でも、ダンプさんは「余ったから、食べな」って極悪同盟のメンバーには分けてくれたりしていましたね。しかも、自分のぶんより多めに。 ──ムチャクチャ優しいですねぇ。 
    アジャ バスの中にある冷蔵庫にはダンプさんの飲み物がいっぱい入っていたんですけど、「このバスに乗る子だったら、冷蔵庫に入っているものは誰が飲んでもいいよ」という決まりで。いつもダンプさんが飲み物を補充したんです。いま振り返るともの凄くいい人なんですよねぇ。 ──極悪同盟のメンバーとはファミリーの絆を深めようとしていたんですね。 
    アジャ ダンプさんだって、もともとはビューティペアに憧れて入った人ですから。でも、ヒールという仕事を大人な考え方でやられていたんだと思います。あの当時のダンプさんは28、29歳だったはずだから、そのへんは割り切ってできたんでしょうし、まだ子供だった自分の葛藤も理解できたと思うんです。だから「せめてここの仲間だけは味方でいよう」という感覚だったんだと思いますよ。 ──当時のダンプさんは日本中から憎まれていて、外も一人で歩けない状態ですよね。 
    アジャ とても一人では歩かせられないので、必ず付き人と一緒でしたね。やっぱりクラッシュの敵役だから、道を歩いていても石を投げられますし。 ──石を投げられるってよっぽどですよねぇ。 
    アジャ 試合中もトイレットペーパー、卵、石……いろんなものが飛んでくるので。私たちは常に見張って、投げたヤツをつかまえなきゃいけなかったんです。 ──そんな状態だと、せめて極悪同盟の中では絆を深めようとしますね。 
    アジャ だから巡業の移動途中に動物園に寄ったりしてましたもん。 ──極悪同盟が行く動物園!(笑)。 
    アジャ ベビーフェイスの若手はすぐに会場に入って、リングを作って練習したりするんですけど。極悪のほうは「今日はあとから会場入りする」ってことで、巡業中に観光旅行みたいなことをしていましたよ。そこは完全に女子感覚で(笑)。 ──ヒールのトップとしていろいろと気を遣ってたんですね。ダンプさんは後輩イジメをしてなかったそうですし。
    アジャ でも、当時の自分の中ではやっぱりダンプさんは嫌いだったんで、ちょっとでもイジられると「やっぱりこの人は悪い人なんだ……」と思っていて(笑)。 ──うーん(笑)。 
    アジャ ダンプさんからすると凄く扱いづらかっただろうなと思います。いま考えると本当に申し訳なかったですね。 ──アジャさんはヒールとしてどうしてもテンションが上がらなかったわけですね。 
    アジャ まったく。自分の中では「ダンプ松本がいるから、極悪同盟があるんだ」と思い込んでいて、ダンプさんが引退すれば極悪同盟もなくなるし、そうすれば私もベビーフェイスに戻れると思っていたんです。だから、ホントに申し訳ないですけど、ダンプさんの引退の日を指折り数えていましたし、引退の日が決まるとカレンダーにも“はなまる”をつけてましたよ(笑)。 ──ハハハハハハ! 
    アジャ ダンプさんが引退された日も先輩はみんな泣いているけど、逆に泣けない自分を「どうしようかな……?」みたいな。なんせ明日からバラ色の日々が始まると思っているんでね。ダンプさんから最後に何か言葉をかけてくださったと思いますけど、私はそれすらも覚えてないですね。最低ですね、本当に(苦笑)。 ──ところが、ダンプさんが引退してもアジャさんはヒールのままなんですよね。 
    アジャ そう!(笑)。会社は「ブル、おまえが極悪同盟のトップをやれ」という。ただ、やっぱり中野さんもダンプさんを尊敬する部分と、自分が目指すプロレスはこれじゃないという考えがある方だったので、最初は断ったらしいんです。当時の中野さんは20歳前後で、一番脂が乗っていた時期でしたし、自分のやりたいプロレスをやらせてくれと。となると「じゃあ、誰がヒールの若手を引っ張ってくれるの?」ってなったときに、初めてダンプさんに守られていたということがわかるんですよね。 ──そこでダンプ松本の偉大さに気づいた。 
    アジャ ダンプさんがいた頃は、ベビーの先輩たちと関わることがなかったこともあって好き勝手できたんです。さっきパーキングで飯食う話をしましたけど、ベビーの若手なんて一口も食えないわけですよ。バスの前でずっと立って待ってなきゃいけないわけですから。 ──立って待ってる! ご飯も食べずに。 
    アジャ そうですよ。先輩たちが戻ってくるのを、ただひたすら立って待っているだけ。動物園なんてもってのほかで(笑)。だからよく同期のベビーの子には「いいよね、極悪は」と羨ましがられましたよね。こっちは「ベビーフェイスというだけバラ色じゃん!」と思ってましたけど。もちろん、極悪もそれなりにムチャも言われたりはしてますけど、ベビーでいるよりは100倍、200倍ぐらいマシだったと思います。 ──極悪同盟のほうが天国だった(笑)。 
    アジャ その当時の全女はデビル雅美さんがトップでしたけど、ダンプさんは特別な存在で。私たちがたまにベビーの先輩に呼ばれて怒られても、ダンプさんが「なんか間違ったことがあるなら、まず自分に言ってくれ」って、直接怒られないように盾になってくれていたんですよ。 ──ダンプさんは親分肌だったんですね。 
    アジャ もう、チョー親分肌! ──中野さんがダンプさんの後を引き継げないと断わったのはわかる気がしますね。荷が重かったというか。 
    アジャ ダンプさんはクラッシュと同世代で、先輩はデビルさんだけでしたからね。中野さんになると、クラッシュやJBエンジェルス(立野記代、山崎五紀)も先輩になるわけですから。 ──どうしても格が落ちちゃいますね。 
    アジャ でも、中野さんは会社から「おまえが一人でやっていくのはいいけど、残ったアイツらは全員やめるしかなくなるぞ」と脅されたらしいんですよ。だから最終的に「自分がやるしかない」ということでヒールのトップになることを決めて。 ──会社もムチャクチャな説得をしますね(笑)。 
    アジャ 中野さんの意地として、極悪同盟という名前で同じことをするのはイヤだ、と。だから獄門党という名前に変わりましたし、やっぱりダンプ松本を超えたいというのはあったと思うんで、どういうヒールスタイルにするのかと凄く試行錯誤したと思いますよ。その中でも、ベストバウトを取れるヒールだといいんじゃないかというのが中野さんの考えでしたね。 ──ヒールといえば、凶器攻撃で反則をするというのが主流だった80年代後半に、その発想ってどこから出てきたんですかね。 
    アジャ それまでの全女のヒールはレフェリーの阿部四郎を巻き込みながら、悪さのかぎりを尽くすというスタイルで「ヒールに技はいらない」と言われていた時代ですからね。ただ、中野さんの付き人をさせてもらっていた私から見ても、やっぱり中野さんはプロレスに対して真剣な方だし、男子のプロレスにもけっこう詳しかったんですよ。 ──獄門党としてやっていくうえで、中野さんからは方向性について何かお話はあったんですか? 
    アジャ 「いままでとは違ったヒールのスタイルでやっていこうと思うから、それに賛同するんだったらついてきてほしいし、賛同できないんだったら無理についてこなくていい」。そうハッキリ言われました。でも、そこで「賛同しません」と言ってもどうにもならないし、私は中野さんを尊敬していたので。中野さんに賛同しないわけはないと思いましたね。 ──コンセプトではなく中野さんについていこうと。
    アジャ そこまで真剣に考えていなかったです。とりあえず、全女にいられればいいの時代だったんで。プロレスラーになっただけで満足していましたから。クラッシュギャルズがいる、ダンプ松本がいる、ブル中野がいる……。その同じ会社にいる人間というだけで満足でしたね。しかも、そこにいれば生活ができるぐらいの給料はもらえるし、試合をやって人前に出れば自分の欲も満たせるし。そこそこやって目立たなければいいし、変に目立って先輩に怒られてつぶされるのはイヤ。出る杭が打たれるのは見ていましたから。 ──北斗さんがまさにそういう扱いでしたね。
    アジャ よけいなことはせずに、その他大勢として静かに暮らしていればいいやって。適当なところで試合ができれば満足でしたから、いまで言う“自称プロレスラー”の走りみたいなもんですよ ──獄門党に変わっても、極悪同盟時代の自由なスタイルは引き継げたんですか? 
    アジャ やっぱりそこはねぇ、言い方が悪いですけど、要はダンプさんがいなくなって集団として一つ落ちるわけじゃないですか。中野さんがいくら頑張ったところで、新人時代を知っているベビーの先輩からすれば「あんなピーピー言っていたガキが何言ってんだ!」の世界ですから。だから逆にね、いままでの極悪同盟に流れていたゆるーい空気を一変したのが中野さんでしたよ。練習もチョー厳しくなりましたからね。ダンプさんの頃は遅れて会場入りできましたけど、早めに会場入りして練習するという。 メドゥーサ、下田美馬を売り出すためのグローブマッチでアジャが主役に……全女の恐ろしさに鳥肌が立つ続きと、谷津嘉章、『ギブUPまで待てない!!』の裏側、中井りん、崔リョウジ、竹田誠志などの記事がまとめて読める「13万字・詰め合わせセット」はコチラ
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