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記事 5件
  • 負けることに慣れた組織……国際プロレス崩壊直前を私は見た■ズンドコ・トラブル興行研究会<小泉悦次・編>

    2017-05-09 14:38  
    54pt
    ズンドコ・トラブル興行研究会――プロレス格闘技のウラに精通する書き手たちがマット界を騒がせたズンドコな事件を振り返ります! 今回は昭和プロレス研究家の小泉悦次さんによる「崩壊直前の国際プロレス!」<関連記事>
    ■ダフ屋と興行師の哀歌!! 岩手水沢騒動
    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1216955■マンモス鈴木鉄拳制裁から見える力道山のセンスと狂気
    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar124262740歳代半ば以上の方は、佐々木信也さんというスポーツキャスターを覚えておられると思います。昭和の末期まで毎晩「プロ野球ニュース」に出ておられた方です。
    佐々木さんは元プロ野球選手で、最初に入団されたティームは高橋ユニオンズでした。ユニオンズは1954年から56年までパリーグに加盟していましたが、大映スターズに吸収合併されました。スターズは現在の千葉ロッテマリーンズの系譜に属します。
    佐々木さんによると、ユニオンズはサヨナラエラーを犯しても誰も責めず、ベンチに戻る時もミスをした選手の肩を抱えてあげる、そんな雰囲気だったそうです。当時は「ああ、なんていいチームなんだ」と思ったそうですが後年は「そんなユニオンズだから弱かったんだろう」と振り返っておられます。観客動員力も弱く、観客が30人に満たないこともあったといいます。
    高橋ユニオンズから連想してしまうのが国際プロレスです。この続きと、船木誠勝とUWF、骨法、RIZIN反省会、原理主義者対談、アンダーテイカー、亀田1000万円…など20本以上の記事がまとめて読める「13万字・記事詰め合わせセット」はコチラ 
    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1274136
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  • ファン不在から得た教訓……棚橋弘至、伝説のノーピープルマッチ■ズンドコ・トラブル興行研究会<漁師JJ・編>

    2017-04-26 18:49  
    54pt
    「ズンドコ・トラブル興行研究会」!! プロレス格闘技のウラに精通する書き手たちがマット界を騒がせたズンドコな事件を振り返ります! 今回はプロレスブログ「多重ロマンチック」の漁師JJさん。棚橋弘至が失笑を買ってしまった伝説のノーピープルマッチについて!<前回の記事>アルティメットクラッシュ…新日本プロレスと総合格闘技http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1230766「プロレスというのはリング、プロレスラー、そしてお客さんがいて初めて成り立つもの。それに気付かなかったオレが愚かでしたね」(2009年6月12日付『東京スポーツ』)
    いまから約13年前の棚橋弘至のコメントだ。いまではテレビをはじめとするメディアに引っ張りだこ。試合をすれば何千、何万という観客を沸騰させる逸材だが、これまで一度だけ観客ゼロという中で試合をし、モニターで見ていた1万人が失笑するしかなかった試合を行ったことがある。場所は2004年3月28日、新日本プロレス・両国国技館大会「KING of SPORTS」。
    当時の状況をおさらいしよう。2004年2月29日にK-1をきっかけに総合格闘技、プロレスでも活躍したボブ・サップがヒールユニットである魔界倶楽部に加入。勢いをつけた魔界倶楽部はIWGPを奪取してMWGP(マカイ・レスリング・グランプリ)に変えてやると豪語。総合出身、魔界の青年将校・村上和成は特攻隊長として本隊と闘いで荒れた試合や不透明決着を連発していた。
    棚橋といえばU-30王者として若手のトップであったものの、2月のIWGPトーナメントで「帝王」高山善廣に激勝も2回戦で天龍源一郎に敗北。明確に推されてはいるけれど、まだまだ新日本全体のトップグループではない、というポジションだった。
    3月23日に不透明決着のケリをつけるため棚橋弘至vs村上和成戦が決定。完全決着をつけるため3カウントなしの金網マッチ。そしてなぜかレフェリーもなし、当たり前のように場外カウントもなしとなることが決定。加えて観客もなしで都内某所の隔離された場所で試合が行われ、3月28日・両国国技館大会で実況生中継が行われるという狂ったパブリックビューイングの概要が明らかになった。この続きと、フミ斎藤や金原弘光が語る『1984年のUWF』、シャーク土屋・後編、KINGレイナ、鈴木みのると全日本イズム、「チキン諏訪魔騒動」とは何か……など20本以上の記事がまとめて読める「13万字・記事詰め合わせセット」はコチラ 
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  • マンモス鈴木鉄拳制裁から見える力道山のセンスと狂気■ズンドコ・トラブル興行研究会<小泉悦次・編>

    2017-04-10 21:15  
    54pt
    プロレス格闘技に精通する書き手たちがマット界を騒がせたズンドコな事件を書き綴る「ズンドコ・トラブル興行研究会」!!  今回は昭和プロレス研究家の小泉悦次さんによる「力道山、マンモス鈴木鉄拳制裁の裏側」。
    <前回の記事>ダフ屋と興行師の哀歌!! 岩手水沢騒動http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar12169551981年に崩壊した国際プロレスにはレスラーより大きいレフェリーがいました。マンモス鈴木です。馬場、猪木、大木とともに「力道山道場若手四天王」として将来が嘱望されましたが、精神的に弱く、また病気もあって引退、69年にレフェリーに転向しました。
    「マンモス鈴木は弱すぎてなぁ。力道山が怒って平手打ちを食らわせたことがあったよ」
    亡くなった父からよく聞きました。
    1962年9月21日の金曜日、滋賀県は大津市皇子山体育館、メインは力道山&豊登&マンモス鈴木対スカル・マーフィ&ムース・ショーラック&アート・マハリックです。鈴木のメイン登用は力道山の期待の現れです。
    一本目、一進一退の攻防の後、力道山が鈴木に交代します。ところが鈴木はすぐに外人側につかまってしまいます。鈴木はずるずるとやられ続け、一本目を失いました。
    二本目、力道山は狂ったように外人勢に突進します。2分もたたないうちに一本を返しました。そして外人組は、
    「あんなクレージーとはやってられない」
    とばかりに控え室に帰ってしまい、三本目は試合放棄で日本側の勝ちとなりました。
    要は鈴木の不甲斐なさで力道山が試合を終わらせたということです。しかし、テレビ生中継の時間が余ってしまいました。力道山はいきなり鈴木に鉄拳制裁を始めます。鈴木は無抵抗にただやられるだけです。力道山は豊登にも制裁に加わるよう促します。豊登も平手打ちを一発かましました。テレビの前で見ていた私の父をはじめとする全国のファンの脳内には「だらしがない鈴木」と「怖い力道山」が刷り込まれました。この続きと、フミ斎藤や金原弘光が語る『1984年のUWF』、シャーク土屋・後編、KINGレイナ、鈴木みのると全日本イズム、「チキン諏訪魔騒動」とは何か……など20本以上の記事がまとめて読める「13万字・記事詰め合わせセット」はコチラ 
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  • アルティメットクラッシュ…新日本プロレスと総合格闘技■ズンドコ・トラブル興行研究会<漁師JJ・編>

    2017-03-20 22:22  
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    「ズンドコ・トラブル興行研究会」!! プロレス格闘技のウラに精通する書き手たちがマット界を騒がせたズンドコな事件を振り返ります! 今回はプロレスブログ「多重ロマンチック」の漁師JJさんです。・ズンドコ・トラブル興行研究会ダフ屋と興行師の哀歌!! 岩手水沢騒動<小泉悦史・編>http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1216955アルティメットクラッシュ。プロレス界にそのワードが響いたのはアゴヒゲアザラシのタマちゃんが多摩川に現れ、SMAPの歌う「世界に一つだけの花」が大ヒット。タマちゃんを自然に返そうと白装束でやってきたパナウェーブ研究所が世間をにぎわすころだった。
    新日本プロレスオーナー、アントニオ猪木はこう言った。「ドーム不入りなら(興行にかかわる選手、スタッフ)全員クビだ。どっちが強いのかが見たい」、「面白くなかったら全員ピラニアに食わせる、フッフフ」。
    暗黒期と呼ばれた2003年。当時の新日本プロレスといえば、オーナー・アントニオ猪木の命により、新日本の選手が次々総合格闘技に踏み入れ撃沈。マッチメイクを担当していた上井文彦もこの状況を苦々しく思っていた一人だった。いつ何時誰とでもといえ、ほとんどの選手は突然のオファーでプロレスの巡業の合間を縫っての総合参戦。相手の対策もできず、そりゃ勝てるわけがない。
    オーナーの意見は絶対。しかし状況を変えなければ。上井によれば、企画されたのは1・4東京ドームが終わりひと段落したときだ。「今までよそのリングで好き放題にコテンパンにやられてきたけど、だったらホームリングで逆にこてんぱんにやっつけてやりゃええ」(辰巳出版「「ゼロ年代」狂騒のプロレス暗黒期」より)。浮かんだ無垢な理想とアイディアは、新日本プロレスという舞台で総合格闘技をやればいいという企画だった。そうすれば事前対策も準備か期間も設けられる。きっとそうなるはずだった。この続きも読める「14万字・詰め合わせセット」がお得です!
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  • ダフ屋と興行師の哀歌!! 岩手水沢騒動■ズンドコ・トラブル興行研究会<小泉悦次・編>

    2017-03-13 10:17  
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    新連載「ズンドコ・トラブル興行研究会」!! プロレス格闘技のウラに精通する書き手たちがマット界を騒がせたズンドコな事件を振り返ります! トップバッターは昭和プロレス研究家の小泉悦次さん。テーマはダフ屋と興行師の哀歌!! 「はい、余り券買うよ、ない人あるよ」
    夕空に響くダフ屋さんのダミ声です。
    本日は、おなじみダフ屋とある興行師との悲しい悲しい物語です。
    ダフ屋さんの仕事は会場周辺でのチケットの転売だけではありません。興行師からチケットを安く仕入れ、売ることもあります。興行師とは世間的にはプロモーターのことです。しかし、プロレスでプロモーターというのは普通、団体の長を指します。ここではプロモーターという言葉は避け、興行師で通します。
    プロレスの興行には「手打ち」と「売り」と「歩」というのがあります。「手打ち」とは団体が直接興行を打つことです。「売り」とは団体の提供するものが試合だけで、会場の手配、チケットの販売などを興行師が行うものです。興行師は団体から試合を仕入れ、売上げの中から仕入れ代金を団体に支払います。「歩」とは「手打ち」と「売り」の間の形態です。
    1971年9月25日の「NWAタッグリーグ戦」第2戦が、岩手県の今は奥州市となっていますが当時の水沢市、そこでの日本プロレス興行は「売り」でした。買ったのは興行師Nさんでした。この続きも読める「14万字・詰め合わせセット」がお得です!
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