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記事 25件
  • 【記事詰め合わせ13万字】中井りん、光GENJI、HERO'Sの裏側、RENA×浜崎、ランデルマン…

    2016-02-29 23:59  
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    記事内容一覧◉大反響!中村祥之インタビュー第2弾!激動のZERO-ONE旗揚げ! そして追い詰められていく破壊王……◉中井りんUFC再出撃、衝撃の理由!!「飢え死にしたくないので戦います!」◉好評連載小佐野景浩のプロレス歴史発見「馬場死去、三沢離脱……その後の全日本プロレス」
    ◉大晦日に手を組んだシュートボクシングとMMAの女王対談!RENA×浜崎朱加「一緒にアメリカへ行こう!」◉金原弘光のゼロゼロ年代クロニクル今回も「Tさん」の話題!「鬼が作るUWFインターちゃんこ!」◉元・光GENJI山本淳一、プロレスデビューを語る「昔、山本小鉄さんに指導をしてもらったことがあるんです」◉「パンクラスイズム横浜」設立! 北岡悟のとても優しいインタビュー◉法の番人が語る現代MMA、桜庭vs秋山、Dynamite!! USAの舞台裏――!!大沢ケンジ×礒野元 「格闘技とルール」対談◉事情通Zの「プロレス 点と線」
    新日本プロレスの上場とカミングアウト問題/2016年のプロレスラー育成方法とは?◉藤原喜明の教えとは――プロレスと格闘技まだらの時代ケビン・ランデルマンが生き抜いた時代/ジャン斉藤のMahjong Martial ArtasOMASUKIの「MMA Unleashed」、中井祐樹の「東奔西走日記」、「MMAオレンジ色の手帖」、二階堂綾乃のオールラウンダーAYANOも収録で12万字!■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■



    ゼロワンを作った男・中村祥之インタビュー第2弾。通称1・4事変で新日本内で立場を失った橋本真也、商品価値を見切った新日本プロレス。両者の思惑が一致するかたちで新団体構想が浮かび上がり、ゼロワンは船出する。ところが意外な理由で破壊王と新日本は決別……そして新日本から出向していた中村氏は「人生の分岐点」と振り返るゼロワン残留を決意するのであった。中村氏が手がけたミャンマープロレスについても語っています!16000字のロングインタビュー。前回のインタビューはコチラ!【負けたら即引退試合SP、過激な舞台裏】中村祥之「新日本プロレスはあのとき橋本真也がいらなかったんです」http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar940189――前回は橋本さんが新日本プロレスに見放されそうになった……ところ(http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar940189)までのお話でしたが、続きを聞く前にミャンマーで初めて行なわれるプロレス大会について聞かせてください!
    中村 わかりました。ネパールでは何度もプロレスのイベントをやってきたんですけど、ミャンマーは今回が初めてで。きっかけは2年前からビジネスでミャンマーに行き続けてて。同地にプロレスを根付かせて、タイガーマスクを作りたかったんです。孤児のために戦ってるタイガーマスクを原作どおりマンガにして、そこからアニメ化したいな、と。 
    ――プロレスをやるにあたりミャンマー現地の協力者はいたんですよね?
    中村 向こうにヤンゴンプレスという日本語新聞を初めて作った64歳の方がいるんですよ。あと日本に20年間住んでいたミャンマー人もいるんですが、彼は闘魂三銃士世代で「ボクを支えてくれたのはプロレスなんです!だからミャンマーでもプロレスをやりたい」と言うんです。
    ――ミャンマーでプロレスはどれくらい浸透してるんですか?
    中村 向こうでWWEが中継されるようになって1年くらい経っていて、若者のあいだで人気があるんですよ。だから「プロレス=レッスルマニア」という頭があるので「プロレスをやるならこの会場だろ」って6万人が入る会場に連れて行かれたんです(笑)。
    ――「さあレッスルマニアをやろうぜ!」(笑)。
    中村 「ここでも小さいなら別の会場もある」って紹介されたのは10万人のサッカースタジアムなんですけど(笑)。
    ――ハハハハハハハハハハ! 今度は北朝鮮「平和の祭典」規模(笑) 
    中村 ミャンマーの国技はミャンマーラウェイなんですけど、それですら4000人の会場は埋められないんですけどね。普段ラウェイをやってる会場だったらすぐにできるんですよ。でも、闘魂三銃士ミャンマー人が「ボクの中でのプロレスは違う」と。東京ドームや両国、武道館クラスの会場でやるのがプロレスだというイメージがあるみたいなんですね。
    ――さすが90年代のプロレス者、面倒くさい!
    中村 最終的に1万人くらい入るミャンマーの国立競技場でやろうということになったんですけど、そこは一般にはなかなか貸してくれないんですよ。でも意地でもやるぞということで実際に使えることになったんですけど、最近ミャンマーで政権交代が起きたじゃないですか。
    ――あ、スー・チーさん!
    中村 政権が変わったら国立競技場を一般には貸さないという話になっちゃったんですよ。こっちは政権交代前から申し込んでいるのに。
    ――というと、中村さんはミャンマーの選挙の結果を一番心配してた日本人だったんですかね。
    中村 凄く気になってましたね(笑)。選挙で旧政権が大敗したじゃないですか。向こうの人に「大丈夫?」って聞いたら「大丈夫じゃない!」って。そこからずっと後手後手に回ってしまって「もう延期しようよ」と言ったら、メンツが立たないと。それでいろいろと動いて2週間前くらいですよ、正式に開催が決まったのは。
    ――田村潔司の参戦が話題になりましたね。
    中村 別件で山口(日昇)さんと話をしてるときに「ミャンマーで和のプロレスをやりたいんだ」と言ったら「和といったらタムちゃんじゃない〜?」って言い出して。
    ――和といえば田村潔司って全然ピンとこない(笑)。    
    中村 去年の9月頃から話をさせていただいて。「田村潔司が出てくれるわけない」と思ったし、田村さんには年末(RIZIN)の話も来ると思ってたんですけど、トントン拍子に話が進んで「じゃあ行きますか」と。それにミャンマーの人にプロレスをやるとお金を稼げるんだよってことを教えたかったので、田村さんのお弟子さんにプロレス教室をやってもらうという話もあるんですよね
    ――U-FILE CMAPミャンマー支部ですか(笑)。
    中村 そういえば、チケットは昨日ミャンマーに到着したんですけどね。
    ――日本からチケットを送ったんですか?
    中村 向こうでチケットで手配すると、増して印刷するんですよ。要は1000枚頼んだのに、勝手に1000枚刷って売り始めちゃうんですよね。
    ――現地で手配すると二重チケットになりかねないんですね。
    中村 だから日本で印刷して輸送したんです。送料だけで6万円もかかりましたけど(笑)。
    ――どれくらいお客を呼べる計算だったんですか?
    中村 さっぱりわからないです。昔の新日本じゃないですけど、ロサンゼルスの3万人の会場で興行をやったときなんて、蓋を開けたら400人しかお客がいませんでしたから。
    ――えっ、ロスの「平和の祭典」ってそんな悲惨なことになってたんですか!?(ちなみにこの豪華メンバーが出場→http://www.asahi-net.or.jp/~YF7M-ON/memo24.html)
    中村 慌てて2000枚くらい招待券をバラ撒いたけど、全然お客さんが来なかった(笑)。
    ――400人だと大赤字ですよね。
    中村 いや、来たのが400人で実際に売れたのは100枚くらいですよ。
    ――えええええええ!?
    中村 ロサンゼルスってプロレス人気がないんですよ。それなのにやたら高いチケットを売ったんです。
    ――ズンドコだったんですね(笑)。ミャンマープロレスのチケットはどれくらいの価格なんですか?
    中村 VIP1万円、一番安くて2000円です。
    ――その値段、ミャンマーの物価的にはどうなんですか?
    中村 いやあ、高いですねぇ。ボクの中では最高5000円で一番安くて1000円で売りたいんで「1000円の席を作ってくれ」と言ったら、最下層の人間が入っちゃうからダメだと。向こうって金持ちが最下層と同じ空間にいることを嫌がるんですよ。そうしちゃうと金持ちが来ない。
    ――貧富の壁があるんですね。
    中村 ネパールでプロレスをやったときは最初は300ドルでも飛ぶように売れたんですけどね。でも、だんだんと売れなくなったので、一気に500円に下げたら4万人入ったこともありますよ(笑)。
    ――4万人!(笑)。
    中村 圧巻というか、その光景を見てるだけで幸せになりますよ(笑)。「ありがとう!」と言いたくなるというか。屋外の広場に4万人が集まって、入れない人は近くの家の屋根に登って見てるんです。そんなところからリングが見えるとは思えないんだけど(笑)。
    ――日本でいうと街頭テレビ時代のプロレスですね。
    中村 そんな感じです。力道山vsブラッシーの世界ですよ。ダイビングボディプレスやっただけで会場はドカン、しょっぱいドロップキックでもドカン。レスラーがリング上で悪いことをやり過ぎて暴動が起きましたし(笑)。
    ――そこは日本のプロレス史と同じ道を通ってますね(笑)。
    中村 椅子が飛び交いましたからね。それはアメリカ人レスラーがネパール人レスラーを立てなかったからなんですよ。アメリカ人レスラーが「俺は元WWEだぞ。こんなことできない!」と拒否してネパール人をバカにするだけバカにした試合をやっちゃったから。
    ――プロ意識がなかったんですねぇ。
    中村 そのあとボクがあいだに入って収拾を図ったんですけどね。最近はネパールの人たちもプロレスのことがわかってきてるんですけど、それでも本気で怒るんですよ。何か気に喰わないことがあると石が飛んで来るんです。
    ――すばらしい熱さですねぇ。
    中村 ネパールでもずっと続けたかったんですけど、向こうで震災が起きたじゃないですか。たいていの建物が壊れちゃって会場が使えないんですよ。だから「またプロレスをやるのは3年空けなきゃね」って言ったんですけど。ボク、ネパールでNGOを持っていて、代表者は向こうの女性なんですけど。その女性がネパールの女性大統領と親しくて「プロレスをまたやりたい」とお願いしたら、地震で壊れた国立競技場の改修工事を進めてくれることになって。4月16日にまたネパールでプロレスをやることになりました。
    ――国がプロレスを救ってくれたんですか!
    中村 そこは2万2000人の会場なんですけど、ひさしぶりのプロレスなんで、たぶんチケットは売れ切れます(笑)。
    ――凄い!(笑)。
    中村 最後にやったのが一昨年6月で、そのときは3500人の会場だったんですけど。パッと見た感じ、1000人くらいが会場に入れなくて怒ってましたし(笑)。
    ――ネパールでは人気コンテンツなんですねぇ。
    中村 向こうは娯楽がないこともあるんです。だって軍の警備も「プロレスが見たい!」って言ってきますからね。400人の兵隊がマシンガンを片手に会場を警備しながらプロレスを見てるんですよ(笑)。
    ――なんだか物騒すぎますね(笑)。
    中村 リングサイドは富裕層なんですけど、スタンドはガラが悪い客が多いんですよ。何かあるとすぐに暴れるからスタンド最前列にマシンガンを持った軍の警備が並んでるですよね。暴動が起きそうになると「シットダウン!」と叫んで銃口を向けるんです。あと木の棒で客をボコボコ殴ったりね(笑)。
    ――それだけ度を超えちゃう観客が多いってことですね。
    中村 ボクなんかが開会式でマイクでスピーチするんですけど、「貧乏人のミャンマーの皆様……」とか。
    ――そんな煽りを!(笑)。
    中村 「世界で一番貧乏なネパールになんで来なきゃいけのか。臭い、汚い、視界に入れるのも嫌だ!」とか言ったり(笑)。
    ――中村さんはネパールでは悪役なんですか?
    中村 大ヒールですよ。悪名が轟いてますね(笑)。
    ――ネパールの町とか歩いて大丈夫なんですか?
    中村 いや、ダメです。リングではサングラスを掛けてますから、普段は外してますね(笑)。
    ――サングラスって完全に王道ヒールですね(笑)。
    中村 それでも町中を歩いていると「ナカムラ?」って聞かれるんですけど、「アイム・チャイニーズ」って答えて誤魔化してますね(笑)。今度ネパールの大統領官邸に表敬訪問もするんですよ。その代わりレスラー全員スーツを着てくれって言われてて。
    ――ネパールで一番人気のあるレスラーは誰なんですか?
    中村 昔はヒマラヤンタイガーだったんですけど。もう61歳なんで。
    ――えっ、ヒマラヤンタイガーって61歳なんですか!(笑)。
    中村 じつはおじいさんなんですよ(笑)。彼が現地でプロレス団体をやってたんですけど、2つに分裂しちゃったんですよね。ヒマラヤンタイガーが儲けを独り占めするようなおじいさんなんで。
    ――日本プロレス界黎明期と同じ流れ!(笑)。
    中村 歴史は繰り返すんですよね(笑)。ヒマラヤンタイガーの弟子だった子が離脱して新団体を作って、ヒマラヤンタイガーのほうがダメになって潰れちゃったんですよね。
    ――まさに日プロ状態(笑)。歴史を見れば何が起こるかわかるもんなんですね。ミャンマープロレスの模様は次回のインタビューでうかがわせてください!

    ――紆余曲折ありながら、橋本さんはゼロワンを旗揚げすることになりますが、あの時点で新日本と橋本さんの関係は切れていなかったんですよね。
    中村 ゼロワンの旗揚げ戦は、新日本プロレスの名前で両国国技館を借りてもらってたんですよ。ただ、NOAHさんからけっこうな人数のレスラーをお借りする手前、新日本が表に出るわけにはいかない。橋本さんもNOAHさんには「新日本とは切れました」と説明してましたから。
    ――それでも新日本傘下の団体ではあった、と。
    中村 新日本プロレスの衛星団体として、ゼロワンを活動させるという思惑があったんですよ。橋本真也というレスラーは新日本の本隊にはもういらないけど、もうひとつの物語を作るのはいいんじゃないか、と。それにゼロワンは新日本と違ってテレビ朝日の括りのない団体だから、自由にいろいろとできるわけですよね。
    ――そこの猪木さんのUFOと発想は近いんですね。
    中村 似てますね。新日本の上層部はゼロワンでもそういう考えがあったでしょうし、方向性が見えていたわけですよね。だから3月2日の両国国技館をやる前から、ゼロワン第2戦の会場として日本武道館も抑えてたんです。
    ――衛星団体としてやる気満々だった。
    中村  あのときたまたま両国も武道館もボクが営業担当だったんです。でも、新日本が表に立つことはできないから「ZERO-ONE広報 山口悦男」という名刺を作って動いてたんです。
    ――山口悦男さん!(笑)。
    中村 みんなわかってるんでしょうけど、「私は山口悦男です!」と(笑)。
    ――ハハハハハハハハハハ! メインイベントは三沢光晴&秋山準vs橋本真也&永田裕志という対抗戦で、試合後は小川直也、藤田和之らも加わっての大乱闘劇が話題を呼びましたが、新日本主導のプロデュースなんですか?
    中村 いや、すべて橋本さんです。そこは新日本が橋本さんに全権を預けたんです。あのときの橋本さんは目がイキイキとしてましたよ。自分しかできないことをやってる喜びと言うんですかね。NOAHさんとも話をしたのは橋本さんですし。新日本がやってるとなったらNOAHさんは協力はしてくれなかったと思うんですね。
    ――そうはいってもNOAHは新日本の影を感じてたんじゃないですか?
    中村 そこは三沢社長に大人の対応をしていただいたんだと思います。ただ、ゼロワンがテレビ朝日の管理下に置かれていないのは事実だったし、NOAHさんの日テレ中継が開始するのが4月だったので、タイミングはよかったんですよ。ゼロワン旗揚げ戦の3月はギリギリセーフ。
    ――つまりNOAHにもしがらみは何もなかったんですね。
    中村 あの当時、NOAHのリングで三沢社長と秋山さんはタッグを組んでなかったんですけど、「ゼロワンだったらいいよ」と。異例のタッグを組んでくれたのは橋本さんに対する三沢社長の御祝儀ですよ。ボクも“山口悦男”ながら「いまは新日本ですけど、のちのちZERO-ONEに合流します」とNOAHさんに挨拶してるんですけど(笑)。
    ――本当にゼロワンに合流する考えはあったんですか?
    中村 あのときは正直そんなことは考えてなかったんですね。あくまで新日本からの出向という立場だし、橋本さんが社長の団体って怖いじゃないですか(笑)。
    ――ここまでの経緯を振り返ると、ちょっと飛び込みたくはないですね(笑)。
    中村 橋本さんのことはひとりのレスラーとしては尊敬してますけど、経営者としてはいかがなものか……って(苦笑)。だから願わくば新日本とゼロワンはずっと繋がっていてほしいな、と。
    ――ゼロワンへの出向を拒否することはできなかったんですか?
    中村 じつはあのときゼロワンの法人格を取得してるんですよ。有限会社ゼロワン。橋本さんが代表で、そのとき新日本からゼロワンに行くスタッフはボクじゃなくてWさんだった。
    ――武藤(敬司)さんと全日本に移籍してW−1をやったり、そのあとK−1広報を務め、現在は再び新日本に戻っているWさん。
    中村 Wさんがゼロワンのフロントトップという話が決まってたんですけど。3月2日の旗揚げ戦のあとに新日本と橋本さんが揉めるんですよね。理由は旗揚げ戦で橋本さんがガッチリ儲けちゃったから。
    ――あらまー(笑)。両国国技館、超満員でしたもんね。話題性もありましたし、たしかゼロゼロ年代以降の『週刊プロレス』で一番売れたのは、あのときの詳報号だったとか。
    中村 新日本としては「興行の売り上げを新日本に入れろ」と。橋本さんは「これは自分でやった興行だから嫌だ。会場の使用料、選手のギャラは渡す」と。しかも橋本さんは、盛って返したんですよ。でも、新日本は全額じゃないとダメだと。
    ――それは揉めますねぇ。
    中村 でも、有限会社ゼロワンの代表取締役は橋本真也だから。
    ――法的には橋本さんに分がありますね。
    中村 あの興行が5000〜6000人しか入ってなかったら、あんなに揉めることはなかったんですよ。それがとてつもない人数のお客さんが入って、チケットは完売。PPVもバカ売れですよ。ボクの記憶だと、あの日の売り上げは8000万円くらいありました。
    ――8000万円!
    中村 当日券の行列が両国から駅まで伸びちゃって、対応が間に合わなくて両国国技館から怒られちゃいましたから。まだけっこうな人数が並んでるのに「申し訳ないですけど、チケットは売れ切れです!」ってお客さんに謝りましたからね。それでなんだかんだ経費を除いても4000万円は手元に残ったんですよ。
    ――新日本としては衛星団体としてやるはずだったのが計算が狂いますよね。
    中村 ゼロワンの株式を新日本が全額買い取るという話もしてるし、橋本さんと年間契約をし直すという案も提示もされたんですけど。橋本さんはNOAHさんとの交流が始まってるからそれはできない、と。それに「引退までさせられて何を言ってるんだ」と溝は大きくなってしまって。ボクは毎朝、当時新日本の社長だった藤波さんに橋本さんの言い分を報告して、お昼には橋本さんに藤波さんの考えを報告する。伝書鳩で行ったり来たりしてましたね(笑)。
    ――嫌な役回りですねぇ。
    中村 藤波さんは橋本さんのことをよく考えていてくれて「橋本のためにはこうしたらいいんだ」と言うんですけど、橋本さんは「俺なら新日本と離れてもできる!」と意気込んでいて。
    ――両国の大成功で橋本さんの野心が燃え上がってしまったんですねぇ。
    中村 交渉が物別れになりつつある中、新日本は「今度の武道館大会を手伝うわけにはいかない」という方針が決まったんです。その時点でWさんの出向プランも消えた。ゼロワンは新日本から一切援助は受けられなくなったんですが、ボクはNOAHさんとの約束もあったから「日本武道館が終わるまではやらせてください」とお願いしたんですよ。会社も「おまえがそういう気持ちだったらしょうがねえな」ってことで宣伝カーも貸してくれて。新日本のロゴを隠して使いましたよ(笑)。
    ――山口悦男として(笑)。
    中村 ただし、そこで大問題が起きたのは新日本だけじゃなくてNOAHさんからの協力も難しくなってしまったんですよ。――何かトラブルがあったんですか?
    中村 4月1日からNOAHさんは日テレさんとの契約があるから自由には動けない。
    ――あー、日テレ中継が始まっちゃったんですね。
    中村 それに日本武道館はNOAHさんにとっては全日本プロレス時代からの聖地じゃないですか。NOAHですらまだ武道館はやってないのに、なんでゼロワンの武道館大会に協力を……という気持ちが少なからずあったと思うんです。
    ――そこまでしてゼロワンの協力する道理があるのかってことですね。
    中村 あと武道館もスカパー!のPPVでやろうとしたんですけど、NOAHさんの選手が出た試合に関して、映像の権利は日テレに戻さないといけないという条件だったんです。スカパー!としてはそれは納得がいかないということで話が止まってしまった。だからNOAHさん絡みのカードはなかなか発表できなかったじゃないですか。
    ――三沢光晴&力皇vs小川直也&村上和成のカードは、メインイベントなのにギリギリの発表でしたね。
    中村 それは映像権利の問題があって発表できなかったからです。そこで交渉を重ねて重ねて重ねて、大会前日か前々日にまとまって。ようやくそのタッグマッチを発表したら、当日券だけで5000枚売れましたね。
    ――5000枚!(笑)。
    中村 当日券ですよ?(笑)。前売りは4000枚で止まってたんですけど。
    ――三沢vs小川の初対決ですから刺激的でしたよね。
    中村 3月2日の旗揚げ戦で小川さんと三沢社長がリング上で絡んで大騒ぎになったじゃないですか。三沢社長と小川さんがやることがセンセーショナルだと思ったんです。三沢さんは「とにかくテレビの問題だけはクリアしてくれ。こっちは逃げも隠れもしないし、どんなカードでもやるから」って。三沢さんの器量は凄いですよ。
    ――当時の小川直也って不穏試合の印象が強いから、あまり絡みたくない相手ですよね。
    中村 誰もやりたがらないじゃないですか。でも、三沢社長は「なんでもいいよ」と。
    ――あそこで力皇選手をパートナーに持ってきたセンスも抜群ですよね。
    中村 あの試合で力皇さんが開花したじゃないですか。三沢社長は力皇さんの当たりの強さ、受けの強さを見ぬいて起用したんだと思うんですね。
    ――そうして武道館大会もまた儲かっちゃったわけですね。
    中村 新日本に呼ばれて「今回の興行はどうだった?」「前回ほどではないですけど、利益は出ました」「わかった。ゼロワンを手伝うのはここまでだ」と。 
  • Dropkickメルマガこれまでのインタビュー一覧

    2016-02-28 21:31  
    ご要望が多かったDropkickメルマガのインタビュー一覧です。こちらのブログの記事(http://www.ningenfusha.com/?eid=397)とサイドバーでチェックできます。小佐野さんの連載なども徐々に整理していきますのでお待ちください。
  • 【待望のUFC第2戦】中井りん「飢え死にしたくないので戦います!」

    2016-02-26 00:15  
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    撮影/WILD宇佐美一昨年9月のUFC日本大会以来、試合から遠ざかっていた中井りんが帰ってきた!3月19日『UFC Fight Night』ブリスベン大会でUFC第2戦を迎えるが、「恥ずかしいけど頑張りました!」のフレーズでおなじみの中井りんが「飢え死にしたくないので頑張ります!」という。う、飢え死に? いったい何が起きてるのか? このインタビューでは答えが出ていない気もするが、それはきっと気のせいです。とりあえず中井りんワールドに足を踏み入れましょう!(聞き手/松下ミワ)■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! par24は大好評インタビュー12本、コラム11本、13万字で540円!!(税込み)  試し読みも可能です!http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar960181◉負けたら即引退試合SP、過激な舞台裏――!!
    中村祥之「新日本プロレスはあのとき橋本真也がいらなかったんです」
    90年代・新日本のエースだった男はどうして追いつめられていったのか? 禁断の小川直也戦の伏線はここにあった!
    ◉男たちのプロレス屋形船! 友情とカネが砕け散ったWJ
    髙田龍インタビュー
    WJの立ち上げに関わった男が語るマグマ団体と長州力
    「あのふたりはもう酒を飲めない関係になってしまったんですよ……」
    ◉「MMA?絶対に無理!!」未来へ飛んだRENA――!!
    シュートボクシング広報が語る大晦日出撃までの道のり!
    ◉恐怖のT寮長に震えろ! UWFインターナショナル地獄の寮生活■金原弘光のゼロゼロ年代クロニクル⑥
    ◉RIZINに燃えた川尻達也、興奮のあまりUFC緊急出撃! 
    故郷に想いを馳せる新年インタビュー
    ◉さらなる飛躍へ――堀口恭司、アメリカン・トップチームに移籍!! 師匠 KIDの男気も炸裂!
    ◉大沢ケンジ師匠の格闘談義は大晦日RIZIN! 「ロシアで最強幻想を取り戻せ!」
    ◉小佐野景浩のプロレス歴史発見、今回のテーマは秋山準!
    「全日本プロレスを二度は裏切れない……」大森隆男の取締役就任はジャイアント馬場が描いた未来予想図だった!?
    ◉好評連載!事情通Zの「プロレス 点と線」
    ・本当に怖いWWE――中邑真輔、電撃獲得か
    ・何をやってもズンドコだと思われるIGF大晦日
    ・【RIZIN来襲か】ヴァンダレイ・シウバの行方
    ・世IV虎、復帰の波紋
    ◉Omasuki Fightの北米MMA抄訳コラム「MMA Unleashed」
    ・米MMA記者が語るRIZIN観戦記:J-MMAの未来は見えたのか
    ・2015~2016年 UFCタイトル戦線総まくり!
    ・今が旬!萌えるジャパニーズ・ディーバASUKA、WWEで大ブレイク中!
    ・ユニフォーム違反選手続出、遅れるカード発表
    ・MMAは本当にクリーンになったのか/UFCでも相次ぐタレントによる不可解な謝罪
    ◉日本格闘技界の礎を築いたレジェンド中井祐樹先生が日常を綴る連載! 
    「東奔西走日記」
    ・12月15日〜31日編
    ・1月1日〜14日編
    ◉暗黒時代から新日本プロレスを見続ける二階堂綾乃がお送りするイラストコラム「オールラウンダーAYANO」
    ・アメリカでも中邑真輔のクネクネは浸透してる!?
    ・体育の授業にコンディショニングを!
    ◉格闘技ブログ「MMA THE ORANGE」の管理人がお届けする「MMAオレンジ色の手帖」! 
    ・プロフェッショナル 速報の流儀
    ・格闘技ド素人の母親と格闘技マニアの祖母が見たRIZINhttp://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar960181
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    ──中井さん、ごぶさたしております!
    中井 こんにちは。Dropkickのインタビューもひさしぶりですね。フフフフ……。
    ──ホントですよ。愛媛にいる中井さんの様子は、例のブログでしかなかなか知ることができないんですが、最近はどう過ごされてたんですか?
    中井 最近は、ずっと練習です。もう、練習ばっかりで、しばらく四国から出てないですね。引きこもって、閉じこもっています。
    ──へえー、じゃあ最後に四国を出たのは?
    中井 えっと、前回の東京(UFC日本大会/14年9月20日)での試合が終わって、そのあとに『週刊現代』の撮影で一度東京に行きまして。それが、その2014年11月のことなので。
    ──では、もう1年半ぐらいは練習だけの日々という。
    中井 でも、練習もなかなかできなかったんです。じつは、前の試合でケガをしてたんですね。
    ──あら、そうだったんですか?
    中井 ケガに関する詳しいことは言えないんですけど……。なので、練習を再開したのも、試合から半年後ぐらいで。そっから軽い運動を徐々にやっていったんですけど、少しずつ盛り上げて、いまに至ります。
    ──ちなみに、練習ができないあいだは何を?
    中井 映画とかをぼちぼち観てました。べつに映画に詳しいということではないんですけど、古い映画を、館長(WILD宇佐美)とかジムの人に勧められるままに観てました。『ロッキー』や『ランボー』とか。あの、「しるべすたー・すたろーん」とか、「あーのるど・しゅわるつぇねっがー」とか(棒読みで)。……知ってますか?
    ──もちろん知ってますよ!(笑)。じゃあ、『ターミネーター』も観ました?
    中井 『ターミネーター』も観たんですけど、それ系よりは、『ロッキー』や『ランボー』や『コマンドー』とか、そういうアクション系のほうがよかったですね。まあ、ちょっと世代が違うので、私からしたら逆に新しいというか。ああいう映画は、80年代っていうんですか?
    ──中井さん自身が80年代後半生まれだから観てないですよねえ。
    中井 だから、勧められて観るのは、けっこう80年代の映画ですね。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』や『インディージョーンズ』もぜんぜん知らなかったんですけど。あと、「じゃん=くろーど・ゔぁん・だむ」とか。そういうのがどんどん出てきます。
    ──ジャン=クロード・ヴァン・ダムといえば、格闘技界ではヒョードルとも交流がありますもんね。
    中井 そうなんですか? 知らなかったです。アハハハハ!
    ──やっぱり、観たいのはハリウッド系の映画なんですか?
    中井 観るとしたら、ですよ。まあ確かに、勧められるのも、日本の映画よりも洋画のほうが多いかもしれないですね。
    ──ところで、アメリカといえば、中井さんはかねがねアメリカで練習したいとおっしゃっていた気がしますが。それは、まだ実現はしていないですよね。
    中井 アメリカで練習ができないのは、もう資金の問題だけです(キッパリ)。
    ──そんな、直球の理由が! 
    中井 そうじゃなかったら、私もアメリカン・トップ・チームとか、ジャクソンズMMAとか、UFCチャンピオンになれるジムに行って練習したいです。
    ──じゃあ、お金があれば、いつでもアメリカに飛びたい、と。
    中井 それは、前からずっとそう思ってます。
    ──なるほどぉ。それはスポンサーに助けてもらうとか、そういうことはできないんですかねえ。
    中井 スポンサーについては、とくに自分たちでは伝手がないですし、何もわからないんです。
    ──なかなかうまくいきませんね。となると、やはりファイトマネーでなんとかするしかない、と。
    中井 そういうのがあるので、今回は仕方なく試合することを決めたんです。
    ──それが、先日発表された、3月19日に行われる『UFC Fight Night』ブリスベン大会への参戦というわけですね。
    中井 じつは私は、いまのままでは生活できないぐらい貧乏になってきまして……。
    ──えっ……!? アメリカどころか、普段の生活まで切迫しているんですか?この記事の続きと、中村祥之、光GENJI山本淳一、北岡悟、追悼ケビン・ランデルマン、大沢ケンジ×礒野元などが読めるお得な詰め合わせセットはコチラ
     
  • ベラトール、下ネタだらけの『男祭り』!ズンドコの果ては心肺停止の緊急事態■MMA Unleashed

    2016-02-26 00:02  
    54pt
    Omasuki Fightの北米MMA抄訳コラム――今回のテーマはファイターが心肺停止に陥ったベラトールのビッグマッチあれこれ……ベラトール、キンボ・スライス出場大会
    再びの好視聴率獲得も、舞台裏では紙一重の大惨事発生!
     
    ベラトールがおおよそ四半期毎に開催している”テントポール・イベント”(メジャー大会)、ベラトール149が現地時間2月19日、テキサス州ヒューストンで開催された。今回も実に様々な出来事があった。この大会の要点をお届けしよう。
    【なぜか大会前に下ネタ祭り】
    今大会メインカードで、リントン・ヴァッセルとのタイトル戦線生き残りマッチで敗退してしまったエマニュエル・ニュートン、試合前に昨年9月にフィル・デイビスに敗れた試合を振り返り、「試合の3~4時間前にアホらしいセックス(スチューピッド・セックス)をしてしまったことが敗因の1つ」だと述べた。そのせいで試合中の辛抱強さや”エッジ”がなくなってしまったのだという。
    今大会出場選手ではないが、原人キャラで人気のデビッド・リケルズもなぜかこの機に乗じて、前回のマイケル・チャンドラー戦敗戦のショックから立ち直るために、「たくさん泣き、暴力的なまでにマスターベーションを繰り返した」と明かした。
    大会前記者会見でキンボ・スライスは、ダダ5000のまったりとしたおしゃべりを、「このアホ野郎」という怒号で突然さえぎり、立ち上がってダダの股間を指さし、次のような挑発をおこなった。
    「貴様、ここでいま、パンツを下ろして、貴様のサイズを見せてみろ。俺様のナッツもここで見せてやる。だから貴様のナッツも見せてみろ。どうせベイビーナッツなんだろう。貴様はベイビーナッツだ。俺様のナッツの方がうんとデカい。どうだ、怖いか!」
    こんな恐怖のどん底のはずの大荒れ記者会見を部屋の隅で見ていたキンボ・スライスの娘さんは、ひきつけを起こすのではないかと思われるほど大爆笑していたという。この記事の続きと、中村祥之、中井りん、光GENJI山本淳一、北岡悟、追悼ケビン・ランデルマン、大沢ケンジ×礒野元などが読めるお得な詰め合わせセットはコチラ
     
  • <フリー記事>自分の身は自分で守れ!■二階堂綾乃のオールラウンダーAYANO

    2016-02-25 23:55  
    新日本プロレスの選手イラストを描いてキャッキャしていたプオタ女子・二階堂綾乃がいつのまにかMMAジムに通いだし、ついに格闘技デビューをしてしまったこのコーナー。今回は「綾乃式・身の守り方」です。
    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■【Dropkickベストインタビューセレクション】・木村浩一郎 90年代・灰色の狂気――「FMWとリングスで俺はこの業界をナメてしまったんですよ」 http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar569058・塩崎啓二 元レフェリーの衝撃告白「私はPRIDEで不正行為を指示されました……」http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar503790
    ・矢野卓見 ヤノタク、堀辺正史と骨法を語る――愛と悲しみの17000字インタビューhtt
  • ミャンマープロレスの軌跡/橋本真也と新日本プロレス、決別の理由■中村祥之インタビュー

    2016-02-21 15:05  
    108pt
    ゼロワンを作った男・中村祥之インタビュー第2弾。通称1・4事変で新日本内で立場を失った橋本真也、商品価値を見切った新日本プロレス。両者の思惑が一致するかたちで新団体構想が浮かび上がり、ゼロワンは船出する。ところが意外な理由で破壊王と新日本は決別……そして新日本から出向していた中村氏は「人生の分岐点」と振り返るゼロワン残留を決意するのであった。中村氏が手がけたミャンマープロレスについても語っています!16000字のロングインタビュー。前回のインタビューはコチラ!【負けたら即引退試合SP、過激な舞台裏】中村祥之「新日本プロレスはあのとき橋本真也がいらなかったんです」http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar940189■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■【Dropkickベストインタビューセレクション】・木村浩一郎 90年代・灰色の狂気――「FMWとリングスで俺はこの業界をナメてしまったんですよ」 http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar569058・塩崎啓二 元レフェリーの衝撃告白「私はPRIDEで不正行為を指示されました……」http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar503790
    ・矢野卓見 ヤノタク、堀辺正史と骨法を語る――愛と悲しみの17000字インタビューhttp://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar483646・山本宜久 「ヒクソンと戦ってるとき、放送禁止用語が聞こえてきたんですよ…」http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar676442・小原道由 新日本最恐「石澤が止めなかったら、俺は◯◯を殺していたでしょうね」http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar707484

    ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――前回は橋本さんが新日本プロレスに見放されそうになった……ところ(http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar940189)までのお話でしたが、続きを聞く前にミャンマーで初めて行なわれるプロレス大会について聞かせてください!
    中村 わかりました。ネパールでは何度もプロレスのイベントをやってきたんですけど、ミャンマーは今回が初めてで。きっかけは2年前からビジネスでミャンマーに行き続けてて。同地にプロレスを根付かせて、タイガーマスクを作りたかったんです。孤児のために戦ってるタイガーマスクを原作どおりマンガにして、そこからアニメ化したいな、と。 
    ――プロレスをやるにあたりミャンマー現地の協力者はいたんですよね?
    中村 向こうにヤンゴンプレスという日本語新聞を初めて作った64歳の方がいるんですよ。あと日本に20年間住んでいたミャンマー人もいるんですが、彼は闘魂三銃士世代で「ボクを支えてくれたのはプロレスなんです!だからミャンマーでもプロレスをやりたい」と言うんです。
    ――ミャンマーでプロレスはどれくらい浸透してるんですか?
    中村 向こうでWWEが中継されるようになって1年くらい経っていて、若者のあいだで人気があるんですよ。だから「プロレス=レッスルマニア」という頭があるので「プロレスをやるならこの会場だろ」って6万人が入る会場に連れて行かれたんです(笑)。
    ――「さあレッスルマニアをやろうぜ!」(笑)。
    中村 「ここでも小さいなら別の会場もある」って紹介されたのは10万人のサッカースタジアムなんですけど(笑)。
    ――ハハハハハハハハハハ! 今度は北朝鮮「平和の祭典」規模(笑) 
    中村 ミャンマーの国技はミャンマーラウェイなんですけど、それですら4000人の会場は埋められないんですけどね。普段ラウェイをやってる会場だったらすぐにできるんですよ。でも、闘魂三銃士ミャンマー人が「ボクの中でのプロレスは違う」と。東京ドームや両国、武道館クラスの会場でやるのがプロレスだというイメージがあるみたいなんですね。
    ――さすが90年代のプロレス者、面倒くさい!
    中村 最終的に1万人くらい入るミャンマーの国立競技場でやろうということになったんですけど、そこは一般にはなかなか貸してくれないんですよ。でも意地でもやるぞということで実際に使えることになったんですけど、最近ミャンマーで政権交代が起きたじゃないですか。
    ――あ、スー・チーさん!
    中村 政権が変わったら国立競技場を一般には貸さないという話になっちゃったんですよ。こっちは政権交代前から申し込んでいるのに。
    ――というと、中村さんはミャンマーの選挙の結果を一番心配してた日本人だったんですかね。
    中村 凄く気になってましたね(笑)。選挙で旧政権が大敗したじゃないですか。向こうの人に「大丈夫?」って聞いたら「大丈夫じゃない!」って。そこからずっと後手後手に回ってしまって「もう延期しようよ」と言ったら、メンツが立たないと。それでいろいろと動いて2週間前くらいですよ、正式に開催が決まったのは。
    ――田村潔司の参戦が話題になりましたね。
    中村 別件で山口(日昇)さんと話をしてるときに「ミャンマーで和のプロレスをやりたいんだ」と言ったら「和といったらタムちゃんじゃない〜?」って言い出して。
    ――和といえば田村潔司って全然ピンとこない(笑)。    
    中村 去年の9月頃から話をさせていただいて。「田村潔司が出てくれるわけない」と思ったし、田村さんには年末(RIZIN)の話も来ると思ってたんですけど、トントン拍子に話が進んで「じゃあ行きますか」と。それにミャンマーの人にプロレスをやるとお金を稼げるんだよってことを教えたかったので、田村さんのお弟子さんにプロレス教室をやってもらうという話もあるんですよね
    ――U-FILE CMAPミャンマー支部ですか(笑)。
    中村 そういえば、チケットは昨日ミャンマーに到着したんですけどね。
    ――日本からチケットを送ったんですか?
    中村 向こうでチケットで手配すると、増して印刷するんですよ。要は1000枚頼んだのに、勝手に1000枚刷って売り始めちゃうんですよね。
    ――現地で手配すると二重チケットになりかねないんですね。
    中村 だから日本で印刷して輸送したんです。送料だけで6万円もかかりましたけど(笑)。
    ――どれくらいお客を呼べる計算だったんですか?
    中村 さっぱりわからないです。昔の新日本じゃないですけど、ロサンゼルスの3万人の会場で興行をやったときなんて、蓋を開けたら400人しかお客がいませんでしたから。
    ――えっ、ロスの「平和の祭典」ってそんな悲惨なことになってたんですか!?(ちなみにこの豪華メンバーが出場→http://www.asahi-net.or.jp/~YF7M-ON/memo24.html)
    中村 慌てて2000枚くらい招待券をバラ撒いたけど、全然お客さんが来なかった(笑)。
    ――400人だと大赤字ですよね。
    中村 いや、来たのが400人で実際に売れたのは100枚くらいですよ。
    ――えええええええ!?
    中村 ロサンゼルスってプロレス人気がないんですよ。それなのにやたら高いチケットを売ったんです。
    ――ズンドコだったんですね(笑)。ミャンマープロレスのチケットはどれくらいの価格なんですか?
    中村 VIP1万円、一番安くて2000円です。
    ――その値段、ミャンマーの物価的にはどうなんですか?
    中村 いやあ、高いですねぇ。ボクの中では最高5000円で一番安くて1000円で売りたいんで「1000円の席を作ってくれ」と言ったら、最下層の人間が入っちゃうからダメだと。向こうって金持ちが最下層と同じ空間にいることを嫌がるんですよ。そうしちゃうと金持ちが来ない。
    ――貧富の壁があるんですね。
    中村 ネパールでプロレスをやったときは最初は300ドルでも飛ぶように売れたんですけどね。でも、だんだんと売れなくなったので、一気に500円に下げたら4万人入ったこともありますよ(笑)。
    ――4万人!(笑)。
    中村 圧巻というか、その光景を見てるだけで幸せになりますよ(笑)。「ありがとう!」と言いたくなるというか。屋外の広場に4万人が集まって、入れない人は近くの家の屋根に登って見てるんです。そんなところからリングが見えるとは思えないんだけど(笑)。
    ――日本でいうと街頭テレビ時代のプロレスですね。
    中村 そんな感じです。力道山vsブラッシーの世界ですよ。ダイビングボディプレスやっただけで会場はドカン、しょっぱいドロップキックでもドカン。レスラーがリング上で悪いことをやり過ぎて暴動が起きましたし(笑)。
    ――そこは日本のプロレス史と同じ道を通ってますね(笑)。
    中村 椅子が飛び交いましたからね。それはアメリカ人レスラーがネパール人レスラーを立てなかったからなんですよ。アメリカ人レスラーが「俺は元WWEだぞ。こんなことできない!」と拒否してネパール人をバカにするだけバカにした試合をやっちゃったから。
    ――プロ意識がなかったんですねぇ。
    中村 そのあとボクがあいだに入って収拾を図ったんですけどね。最近はネパールの人たちもプロレスのことがわかってきてるんですけど、それでも本気で怒るんですよ。何か気に喰わないことがあると石が飛んで来るんです。
    ――すばらしい熱さですねぇ。
    中村 ネパールでもずっと続けたかったんですけど、向こうで震災が起きたじゃないですか。たいていの建物が壊れちゃって会場が使えないんですよ。だから「またプロレスをやるのは3年空けなきゃね」って言ったんですけど。ボク、ネパールでNGOを持っていて、代表者は向こうの女性なんですけど。その女性がネパールの女性大統領と親しくて「プロレスをまたやりたい」とお願いしたら、地震で壊れた国立競技場の改修工事を進めてくれることになって。4月16日にまたネパールでプロレスをやることになりました。
    ――国がプロレスを救ってくれたんですか!
    中村 そこは2万2000人の会場なんですけど、ひさしぶりのプロレスなんで、たぶんチケットは売れ切れます(笑)。
    ――凄い!(笑)。
    中村 最後にやったのが一昨年6月で、そのときは3500人の会場だったんですけど。パッと見た感じ、1000人くらいが会場に入れなくて怒ってましたし(笑)。
    ――ネパールでは人気コンテンツなんですねぇ。
    中村 向こうは娯楽がないこともあるんです。だって軍の警備も「プロレスが見たい!」って言ってきますからね。400人の兵隊がマシンガンを片手に会場を警備しながらプロレスを見てるんですよ(笑)。
    ――なんだか物騒すぎますね(笑)。
    中村 リングサイドは富裕層なんですけど、スタンドはガラが悪い客が多いんですよ。何かあるとすぐに暴れるからスタンド最前列にマシンガンを持った軍の警備が並んでるですよね。暴動が起きそうになると「シットダウン!」と叫んで銃口を向けるんです。あと木の棒で客をボコボコ殴ったりね(笑)。
    ――それだけ度を超えちゃう観客が多いってことですね。
    中村 ボクなんかが開会式でマイクでスピーチするんですけど、「貧乏人のミャンマーの皆様……」とか。
    ――そんな煽りを!(笑)。
    中村 「世界で一番貧乏なネパールになんで来なきゃいけのか。臭い、汚い、視界に入れるのも嫌だ!」とか言ったり(笑)。
    ――中村さんはネパールでは悪役なんですか?
    中村 大ヒールですよ。悪名が轟いてますね(笑)。
    ――ネパールの町とか歩いて大丈夫なんですか?
    中村 いや、ダメです。リングではサングラスを掛けてますから、普段は外してますね(笑)。
    ――サングラスって完全に王道ヒールですね(笑)。
    中村 それでも町中を歩いていると「ナカムラ?」って聞かれるんですけど、「アイム・チャイニーズ」って答えて誤魔化してますね(笑)。今度ネパールの大統領官邸に表敬訪問もするんですよ。その代わりレスラー全員スーツを着てくれって言われてて。
    ――ネパールで一番人気のあるレスラーは誰なんですか?
    中村 昔はヒマラヤンタイガーだったんですけど。もう61歳なんで。
    ――えっ、ヒマラヤンタイガーって61歳なんですか!(笑)。
    中村 じつはおじいさんなんですよ(笑)。彼が現地でプロレス団体をやってたんですけど、2つに分裂しちゃったんですよね。ヒマラヤンタイガーが儲けを独り占めするようなおじいさんなんで。
    ――日本プロレス界黎明期と同じ流れ!(笑)。
    中村 歴史は繰り返すんですよね(笑)。ヒマラヤンタイガーの弟子だった子が離脱して新団体を作って、ヒマラヤンタイガーのほうがダメになって潰れちゃったんですよね。
    ――まさに日プロ状態(笑)。歴史を見れば何が起こるかわかるもんなんですね。ミャンマープロレスの模様は次回のインタビューでうかがわせてください!

    ――紆余曲折ありながら、橋本さんはゼロワンを旗揚げすることになりますが、あの時点で新日本と橋本さんの関係は切れていなかったんですよね。
    中村 ゼロワンの旗揚げ戦は、新日本プロレスの名前で両国国技館を借りてもらってたんですよ。ただ、NOAHさんからけっこうな人数のレスラーをお借りする手前、新日本が表に出るわけにはいかない。橋本さんもNOAHさんには「新日本とは切れました」と説明してましたから。
    ――それでも新日本傘下の団体ではあった、と。
    中村 新日本プロレスの衛星団体として、ゼロワンを活動させるという思惑があったんですよ。橋本真也というレスラーは新日本の本隊にはもういらないけど、もうひとつの物語を作るのはいいんじゃないか、と。それにゼロワンは新日本と違ってテレビ朝日の括りのない団体だから、自由にいろいろとできるわけですよね。
    ――そこの猪木さんのUFOと発想は近いんですね。
    中村 似てますね。新日本の上層部はゼロワンでもそういう考えがあったでしょうし、方向性が見えていたわけですよね。だから3月2日の両国国技館をやる前から、ゼロワン第2戦の会場として日本武道館も抑えてたんです。
    ――衛星団体としてやる気満々だった。
    中村  あのときたまたま両国も武道館もボクが営業担当だったんです。でも、新日本が表に立つことはできないから「ZERO-ONE広報 山口悦男」という名刺を作って動いてたんです。
    ――山口悦男さん!(笑)。
    中村 みんなわかってるんでしょうけど、「私は山口悦男です!」と(笑)。
    ――ハハハハハハハハハハ! メインイベントは三沢光晴&秋山準vs橋本真也&永田裕志という対抗戦で、試合後は小川直也、藤田和之らも加わっての大乱闘劇が話題を呼びましたが、新日本主導のプロデュースなんですか?
    中村 いや、すべて橋本さんです。そこは新日本が橋本さんに全権を預けたんです。あのときの橋本さんは目がイキイキとしてましたよ。自分しかできないことをやってる喜びと言うんですかね。NOAHさんとも話をしたのは橋本さんですし。新日本がやってるとなったらNOAHさんは協力はしてくれなかったと思うんですね。
    ――そうはいってもNOAHは新日本の影を感じてたんじゃないですか?
    中村 そこは三沢社長に大人の対応をしていただいたんだと思います。ただ、ゼロワンがテレビ朝日の管理下に置かれていないのは事実だったし、NOAHさんの日テレ中継が開始するのが4月だったので、タイミングはよかったんですよ。ゼロワン旗揚げ戦の3月はギリギリセーフ。
    ――つまりNOAHにもしがらみは何もなかったんですね。
    中村 あの当時、NOAHのリングで三沢社長と秋山さんはタッグを組んでなかったんですけど、「ゼロワンだったらいいよ」と。異例のタッグを組んでくれたのは橋本さんに対する三沢社長の御祝儀ですよ。ボクも“山口悦男”ながら「いまは新日本ですけど、のちのちZERO-ONEに合流します」とNOAHさんに挨拶してるんですけど(笑)。
    ――本当にゼロワンに合流する考えはあったんですか?
    中村 あのときは正直そんなことは考えてなかったんですね。あくまで新日本からの出向という立場だし、橋本さんが社長の団体って怖いじゃないですか(笑)。
    ――ここまでの経緯を振り返ると、ちょっと飛び込みたくはないですね(笑)。
    中村 橋本さんのことはひとりのレスラーとしては尊敬してますけど、経営者としてはいかがなものか……って(苦笑)。だから願わくば新日本とゼロワンはずっと繋がっていてほしいな、と。
    ――ゼロワンへの出向を拒否することはできなかったんですか?
    中村 じつはあのときゼロワンの法人格を取得してるんですよ。有限会社ゼロワン。橋本さんが代表で、そのとき新日本からゼロワンに行くスタッフはボクじゃなくてWさんだった。
    ――武藤(敬司)さんと全日本に移籍してW−1をやったり、そのあとK−1広報を務め、現在は再び新日本に戻っているWさん。
    中村 Wさんがゼロワンのフロントトップという話が決まってたんですけど。3月2日の旗揚げ戦のあとに新日本と橋本さんが揉めるんですよね。理由は旗揚げ戦で橋本さんがガッチリ儲けちゃったから。
    ――あらまー(笑)。両国国技館、超満員でしたもんね。話題性もありましたし、たしかゼロゼロ年代以降の『週刊プロレス』で一番売れたのは、あのときの詳報号だったとか。
    中村 新日本としては「興行の売り上げを新日本に入れろ」と。橋本さんは「これは自分でやった興行だから嫌だ。会場の使用料、選手のギャラは渡す」と。しかも橋本さんは、盛って返したんですよ。でも、新日本は全額じゃないとダメだと。
    ――それは揉めますねぇ。
    中村 でも、有限会社ゼロワンの代表取締役は橋本真也だから。
    ――法的には橋本さんに分がありますね。
    中村 あの興行が5000〜6000人しか入ってなかったら、あんなに揉めることはなかったんですよ。それがとてつもない人数のお客さんが入って、チケットは完売。PPVもバカ売れですよ。ボクの記憶だと、あの日の売り上げは8000万円くらいありました。
    ――8000万円!
    中村 当日券の行列が両国から駅まで伸びちゃって、対応が間に合わなくて両国国技館から怒られちゃいましたから。まだけっこうな人数が並んでるのに「申し訳ないですけど、チケットは売れ切れです!」ってお客さんに謝りましたからね。それでなんだかんだ経費を除いても4000万円は手元に残ったんですよ。
    ――新日本としては衛星団体としてやるはずだったのが計算が狂いますよね。
    中村 ゼロワンの株式を新日本が全額買い取るという話もしてるし、橋本さんと年間契約をし直すという案も提示もされたんですけど。橋本さんはNOAHさんとの交流が始まってるからそれはできない、と。それに「引退までさせられて何を言ってるんだ」と溝は大きくなってしまって。ボクは毎朝、当時新日本の社長だった藤波さんに橋本さんの言い分を報告して、お昼には橋本さんに藤波さんの考えを報告する。伝書鳩で行ったり来たりしてましたね(笑)。
    ――嫌な役回りですねぇ。
    中村 藤波さんは橋本さんのことをよく考えていてくれて「橋本のためにはこうしたらいいんだ」と言うんですけど、橋本さんは「俺なら新日本と離れてもできる!」と意気込んでいて。
    ――両国の大成功で橋本さんの野心が燃え上がってしまったんですねぇ。
    中村 交渉が物別れになりつつある中、新日本は「今度の武道館大会を手伝うわけにはいかない」という方針が決まったんです。その時点でWさんの出向プランも消えた。ゼロワンは新日本から一切援助は受けられなくなったんですが、ボクはNOAHさんとの約束もあったから「日本武道館が終わるまではやらせてください」とお願いしたんですよ。会社も「おまえがそういう気持ちだったらしょうがねえな」ってことで宣伝カーも貸してくれて。新日本のロゴを隠して使いましたよ(笑)。
    ――山口悦男として(笑)。
    中村 ただし、そこで大問題が起きたのは新日本だけじゃなくてNOAHさんからの協力も難しくなってしまったんですよ。――何かトラブルがあったんですか?
    中村 4月1日からNOAHさんは日テレさんとの契約があるから自由には動けない。
    ――あー、日テレ中継が始まっちゃったんですね。
    中村 それに日本武道館はNOAHさんにとっては全日本プロレス時代からの聖地じゃないですか。NOAHですらまだ武道館はやってないのに、なんでゼロワンの武道館大会に協力を……という気持ちが少なからずあったと思うんです。
    ――そこまでしてゼロワンの協力する道理があるのかってことですね。
    中村 あと武道館もスカパー!のPPVでやろうとしたんですけど、NOAHさんの選手が出た試合に関して、映像の権利は日テレに戻さないといけないという条件だったんです。スカパー!としてはそれは納得がいかないということで話が止まってしまった。だからNOAHさん絡みのカードはなかなか発表できなかったじゃないですか。
    ――三沢光晴&力皇vs小川直也&村上和成のカードは、メインイベントなのにギリギリの発表でしたね。
    中村 それは映像権利の問題があって発表できなかったからです。そこで交渉を重ねて重ねて重ねて、大会前日か前々日にまとまって。ようやくそのタッグマッチを発表したら、当日券だけで5000枚売れましたね。
    ――5000枚!(笑)。
    中村 当日券ですよ?(笑)。前売りは4000枚で止まってたんですけど。
    ――三沢vs小川の初対決ですから刺激的でしたよね。
    中村 3月2日の旗揚げ戦で小川さんと三沢社長がリング上で絡んで大騒ぎになったじゃないですか。三沢社長と小川さんがやることがセンセーショナルだと思ったんです。三沢さんは「とにかくテレビの問題だけはクリアしてくれ。こっちは逃げも隠れもしないし、どんなカードでもやるから」って。三沢さんの器量は凄いですよ。
    ――当時の小川直也って不穏試合の印象が強いから、あまり絡みたくない相手ですよね。
    中村 誰もやりたがらないじゃないですか。でも、三沢社長は「なんでもいいよ」と。
    ――あそこで力皇選手をパートナーに持ってきたセンスも抜群ですよね。
    中村 あの試合で力皇さんが開花したじゃないですか。三沢社長は力皇さんの当たりの強さ、受けの強さを見ぬいて起用したんだと思うんですね。
    ――そうして武道館大会もまた儲かっちゃったわけですね。
    中村 新日本に呼ばれて「今回の興行はどうだった?」「前回ほどではないですけど、利益は出ました」「わかった。ゼロワンを手伝うのはここまでだ」と。この記事の続きと、中村祥之、中井りん、光GENJI山本淳一、北岡悟、追悼ケビン・ランデルマン、大沢ケンジ×礒野元などが読めるお得な詰め合わせセットはコチラ 
  • Uインターのちゃんこは最強!?■金原弘光のゼロゼロ年代クロニクル⑦

    2016-02-19 23:28  
    32pt
    伝説のプロレス団体UWFインターナショナルでデビューして、キングダム、リングス、PRIDEと渡り歩いた日本格闘技の生き証人金原弘光がゼロゼロ年代を振り返る連載インタビュー。今回のテーマは、前回好評だった番外編「UWFインターナショナル地獄の寮生活」(http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar956509)の続きです。
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    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! par24は大好評インタビュー12本、コラム11本、13万字で540円!!(税込み)  試し読みも可能です!http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar960181◉負けたら即引退試合SP、過激な舞台裏――!!
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    ◉好評連載!事情通Zの「プロレス 点と線」
    ・本当に怖いWWE――中邑真輔、電撃獲得か
    ・何をやってもズンドコだと思われるIGF大晦日
    ・【RIZIN来襲か】ヴァンダレイ・シウバの行方
    ・世IV虎、復帰の波紋
    ◉Omasuki Fightの北米MMA抄訳コラム「MMA Unleashed」
    ・米MMA記者が語るRIZIN観戦記:J-MMAの未来は見えたのか
    ・2015~2016年 UFCタイトル戦線総まくり!
    ・今が旬!萌えるジャパニーズ・ディーバASUKA、WWEで大ブレイク中!
    ・ユニフォーム違反選手続出、遅れるカード発表
    ・MMAは本当にクリーンになったのか/UFCでも相次ぐタレントによる不可解な謝罪
    ◉日本格闘技界の礎を築いたレジェンド中井祐樹先生が日常を綴る連載! 
    「東奔西走日記」
    ・12月15日〜31日編
    ・1月1日〜14日編
    ◉暗黒時代から新日本プロレスを見続ける二階堂綾乃がお送りするイラストコラム「オールラウンダーAYANO」
    ・アメリカでも中邑真輔のクネクネは浸透してる!?
    ・体育の授業にコンディショニングを!
    ◉格闘技ブログ「MMA THE ORANGE」の管理人がお届けする「MMAオレンジ色の手帖」! 
    ・プロフェッショナル 速報の流儀
    ・格闘技ド素人の母親と格闘技マニアの祖母が見たRIZINhttp://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar960181
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    金原 無事に柔道整復師の専門学校を卒業して、今度国家試験を受けるんだよ。
    ――おお! たしか専門学校には3年間通われてたんですよね。ご苦労様でした。
    金原 本当に大変だったよ。最後の卒業試験もさ、70人受けて16人落ちたんだから。落ちた人間は学費を100万近く払ってまた1年間通わないといけないしね。――それはかなりのハードルなんですね。専門学校によって卒業試験の難易度は違うんですか?
    金原 もっと卒業が楽な学校に行ったほうがいいかもしれない。でも、俺が通った学校は国家試験の合格率が9割を超えてるんだよね。
    ――卒業できたらほぼ国家試験も通る。学校としても簡単に卒業させられないんですね。
    金原 そうそう。で、俺は70人中2位の成績なんだよね(笑)。
    ――エリートなんですね(笑)。じゃあ国家試験も大丈夫だろうと。
    金原 2位の俺が落ちたら学校としてもマズいよねぇ。でも、何があるかわからないからさ。それに柔道整復師の国家試験っていうと、みんな「マッハ(桜井マッハ速人)も受かったやつでしょ?」って軽く見てるんだよね(苦笑)。マッハも一生懸命勉強してるはずなのに。
    ――マッハさんのことを勉強とは無縁のイメージで見ちゃうんですかね(笑)。
    金原 マッハも勉強して国家試験は合格したんだけど、彼が通ってた学校は卒業試験もあると思うけど、あっちの学校の合格率は4割くらいで。卒業したからって合格できるわけじゃないから、マッハもちゃんと勉強してるんだけどね。
    ――マッハさんも簡単には受かってないし、金原さんは卒業するまでが大変だってことは声を大にして言いたい(笑)。ところで前回の「UWFインターナショナルの寮」のお話が大反響だったんですよ。
    金原 そうみたいだね。まだまだネタはあるからさ、今回もその話をしようかな(笑)。
    ――よろしくお願いします!(笑)。UインターではTさん以外の先輩も厳しかったんですか?
    金原 宮戸(優光)さんは厳しかったけど、陰険な感じではないんだよね。いつまで経っても風呂に入らないとかじゃないし。何か粗相すると「足の運動やれ!」って言われるくらいで。たとえば、ちゃんこを作ってるときに「マヨネーズがねえじゃねえかよ。足の運動500回やれ!!」とかさ。
    ――マヨネーズの罰でスクワット500回(笑)。
    金原 何かあるとすぐに「はい、足の運動!」だったから。宮戸さんは練習でもブリッジや基礎体をバンバンやらせるんで、それがけっこうキツかったよね。ショルダースルーの受け身が一番キツかった。Uインターのときにショルダースルーなんて一回もやったことないし、やられたこともないんだけど、道場の練習でやらされてたんだよね。
    ――ショルダースルーの受け身は怖いんですか?
    金原 プロレスの試合でショルダースルーを見てると、なんてことのない地味な技で「ふーん」という感じじゃない。でも、あれはちゃんと受け身が取れない人じゃないと凄く危ないんだよ。相手に投げられると同時に飛んで回って、頭の位置を確認して受け身を取らなきゃいけない。ヘタすると頭から落ちて大怪我するからね。あまりにも上がりすぎると、自分の位置がわからなくなるし、受け身を取ったときに背中も痛いし。同期の奴が失敗して背中から落ちてうずくまってたら「何をやってんるんだ、立て!」って蹴られてね。
    ――うわあ……。
    金原 それでまたショルダースルーの受け身をやらされてさ。簡単そうに見えて凄く難しいし、ブレーンバスターなんかよりよっぽど効くよ。
    ――あらためてプロレスって過酷ですねぇ。
    金原 UWFインターナショナルって新日本プロレスの流れを汲んでるから、練習も受け身や基礎体を徹底的にやらされるんだよね。あとスパーリングは一日に3人くらい相手をして。
    ――当時は上の選手同士でスパーをやらないから、練習生や若手が先輩のスパー相手を務めてたんですよね。
    金原 先輩から“予約”が入るんですよ。だいたいひとり30〜40分ずつ相手するんだけど、選手にとって時間が違う。宮戸さんは20分くらい、高田さんは長いときもあるので30〜40分くらい。で、どの先輩も最後はきれいに極めて終わりたいでしょ。極まらないと延々とスパーをやる人もいるんだよね。それがTさん(笑)。
    ――出たっ! 鬼寮長のTさん!(笑)。この記事の続きと、中村祥之、中井りん、光GENJI山本淳一、北岡悟、追悼ケビン・ランデルマン、大沢ケンジ×礒野元などが読めるお得な詰め合わせセットはコチラ 
  • 69勝1敗!33歳の“ワンダーボーイ” スティーブン・トンプソンの格闘DNAを探る■MMA Unleashed

    2016-02-19 16:14  
    32pt
    Omasuki Fightの北米MMA抄訳コラム――今回のテーマは、ジョニヘンをぶっ飛ばしたワンダーボーイです!
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    日本時間2月7日に開催されたUFCファイトナイト・ラスベガス大会では、新進気鋭の空手ファイター、スティーブン”ワンダーボーイ”トンプソンが、元チャンピオンのジョニー・ヘンドリックスに鮮やかなアップセットKO勝ちを収めた。これでトンプソンのウェルター級ランキングは3位に急上昇、すでにベルトも射程圏内に収めている。
    そんなスティーブン・トンプソンは、根っからの格闘家の家庭に生まれ育った。父親のレイ・トンプソンは空手道場『Upstart Karate』の主宰者兼師範で、5人の子ども全員を3歳になると道場に入門させ、最低でも16歳になるまでは続けさせた。もっとも、レイ自身が18歳で空手を始めたきっかけはC調なものであった。
    「私はエルビス・プレスリーが本当に大好きでね。歌もいいしダンスもうまくて、女によくモテるいい男だったよ。で、エルビスはよく、空手のムーブをやっていたんだ。もちろん私に歌は歌えないし、ダンスだってできない。顔だってエルビスとは大違いだ。しかし、私はこう思った。あの空手の動きだったら私にもできるかも知れないぞ」
    5人の子どものうち、最も早い時期から頭角を現したのは、スティーブンの姉、リンゼーだった。リンゼーは子ども時代を振り返って語っている。
    「私が3歳の頃、私を背中を負ぶったまま、父が道場にモップをかけていた記憶がある。私たちは文字通り道場で育った。フットボールに力を入れる家があったり、野球一家があったりするけれど、我々はまさにカラテファミリーだった。何か他のことをやってみたいという雰囲気を出すだけで、ダメだとピシャリと叱られた。まずはカラテで強くなることが先決だった」
    家で兄弟げんかをする時にも、レイはテーブルを動かしてスペースを作り、リビングの真ん中で決着を付けさせた。こぶしによる打撃は禁じられたが、それ以外はノールールだった。
    「父は、『戦いたいのか。よろしい、ではやりなさい』という感じだった。兄弟でさんざん殴り合ったあげく、たいていはもう殴りたくないと思って泣き出すまで終わらなかった。今の時代なら父は逮捕されているんじゃないかと思う。私たちはそれ以来、父がいる前では、ケンカをしないようにしていた」
    スティーブンも父のこんな教えを記憶している。
    「父からはいつも、お前の方からは絶対に喧嘩を仕掛けてはいけない、そんなことをしたら理由を問わずお前のことを殴る、と言われていた。でも同時に父は、もし誰かから喧嘩を仕掛けられたら、その時には絶対に負けてはいけない。負けて帰ってきたら、お前のことを殴る、といっていた」
    スティーブンにとって道場は聖域であると同時に監獄だった。彼は文字通り、道場で食事をし、道場で宿題をした。外で野球をやりたいと思ったこともあった。スティーブンは子どもの頃の道場での稽古を、「まるで仕事みたいだった。特に楽しくはなかった」と振り返っている。
    ところがスティーブンは15歳の頃、空手に突然開眼する。「ある日、急に頭の中で何かがつながった。理解したんだ」
    道場内で敵なし状態になった15歳のスティーブンは、当時26歳で無敗の男と他流試合を行い、勝利を収める。「あまりにも簡単に勝ってしまった。その試合で、自分にもできると確信した」(スティーブン)この記事の続きと、中村祥之、中井りん、光GENJI山本淳一、北岡悟、追悼ケビン・ランデルマン、大沢ケンジ×礒野元などが読めるお得な詰め合わせセットはコチラ
     
  • 格闘技版孤独のグルメ2016■「MMAオレンジ色の手帖」

    2016-02-18 19:47  
    32pt
    格闘技ブログ「MMA THE ORANGE」の管理人オレンジがディープなエピソードをお届けする「MMAオレンジ色の手帖」! 今回のテーマは、以前大好評だった格闘技グルメツアー2016です!■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■<近日公開記事>◯中村祥之インタビュー第2弾!!「ゼロワン旗揚げ戦で8000万という莫大な売り上げがあったことで新日本プロレスと橋本真也は揉めてしまったんです」◯70歳にしていまだ現役!初期FMWを支えた伝説のキックボクサー上田勝次インタビュー■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■2016年の格闘技会場のグルメ戦線は異常ナシ? あいもかわらず二大名物メニューと言えばディファ有明のディファカレーと後楽園ホールのファイターチキン。まさに東西の正横綱と言うべき圧倒的な人気を誇っています。ファイターチキンなんて年末年始にかけて販売終了のうわさが流れてヤキモキさせられましたもん。どちらのメニューも開場早々に完売するのが当たり前になっており、出遅れるとありつけない事もしばしば。2016年はRIZINでMMAデビューするレスリング界のホープ村田夏南子ばりの新商品が二大横綱に割って入る事を密かに期待しています。その反面、会場の外に繰り出すとまだまだ美味しいお店があるわあるわ。最近オープンしたニューウェーブから安定感抜群の老舗、そして路地裏を入った名店まで多種多彩。せっかく会場に向かうからには少しだけ早めに出発して美味しい料理でお腹を満たしてからゆっくり観戦しようじゃありませんか。そこで今回の「MMAオレンジ色の手帖」は久しぶりのグルメネタ。各会場付近のオススメのお店を一網打尽にしていきたいと思います。題して「格闘技版孤独のグルメ2016」。今宵も電波と充電の続き限りよろしくお願いします。まず最初にご紹介するのは後楽園ホール、TDCホール界隈。これまでも数回に渡って綴ってきましたがこのエリアは都内屈指のグルメ激戦区。観戦前後のお店選びには事欠きません。その中でも特にプッシュしたいのが「食パンミヤビ(MIYABI)」です。京都・祇園に本店を持つ老舗パン屋が昨年11月に満を持してオープンした新店。1日に6回数量限定で焼き上がるデニッシュ食パンは何が何でも食しておきたい逸品です。表面はデニッシュ生地でカリカリ、サクサクしているのに、内側はもっちりした絶妙の食感。たっぷり染み込んだバターがジュワッと口中に広がるので、ジャムなどをつけなくてもパンの美味さと甘さを存分に堪能出来るご馳走です。先日、ラッキーな事に焼きたてにありつけた私は神保町の路地裏に入ってデニッシュ食パンに舌鼓。一気に一斤の半分をむさぼってしまいましたよ。。。さすが宮家に献上されている「宮家献上品」だけの事はあります。結婚式の引き出物にする方もいるそうなので、選手や応援団の差し入れにもうってつけ。焼きたてを持っていけばきっと勝率も上がる事でしょう。神保町に生まれた新たな名店。ぜひご賞味くださいませ。続いてご紹介するのは神保町の老舗中の老舗。ご贔屓にしている方も多いでしょう!昭和30年創業の喫茶店「さぼうる2」のナポリタンです。正真正銘、純度100%、混じりけのない昔ながらのナポリタン。変に凝ったり、小細工せずにケチャップの甘味と酸味をを全面に押し出しています。それがフライパンでしっかりと炒められているから香ばしさがもうたまりません。具はタマネギ、ハム、ピーマンと至ってシンプルですが、あの深みのある味わいは一体何なんでしょう?自宅で再現出来そうで出来ない、他のお店ではなかなかお目にかかれない、これぞ老舗のなせる業か。また、650円の普通盛りでも十分に満腹感を得られますが、+150円で大盛りにするともはや皿からこぼれ落ちんばかりのボリューム。きっと格闘技好きの大食漢の皆様の胃袋を満たしてくれるはずです。お昼時は間違いなく行列なので、後楽園ホールで試合が始まる少し前の夕方くらいに行く事をオススメします。この記事の続きと、中村祥之、中井りん、光GENJI山本淳一、北岡悟、追悼ケビン・ランデルマン、大沢ケンジ×礒野元などが読めるお得な詰め合わせセットはコチラ 
  • 中井祐樹の「東奔西走日記」2月1日〜14日編

    2016-02-15 23:13  
    54pt
    日本格闘技界の礎を築いたレジェンド、中井祐樹先生@yuki_nakai1970 が日常を綴る連載! 今回は2月1日から14日まで!2月1日 月曜日 曇り 適度に適当に 朝からディラン。朝だから、ディラン。ブートレッグの逸品「GENUINE BOOTLEG SERIES」をこのところ流してる。ところで、最近のカッティング・エッジの18枚組だっけ、18枚目のホテル音源だけは何としても聴きたいよねぇ…。 昼。練習に韓国の黒帯と青帯の方が来てくれた。なかなか上手でした。 あと、いつも思うんだけど、自分がスパーリングで使ってる技ってあまりクラスで出てこないんだけど要するにその相手との力量やら距離感など、感覚的な部分で繰り出しているからなんだよね。 適度に適当にやってるわけだけど説明を求められればできる、でもそこだけ取り出して語りだしてもあまり意味はないんだよなぁ、ってわけで。 何が言いたいかっていうと僕は技術オタク的な側面はないわけじゃないんだけど、技術を語っても使う人が違うと表現されるものは違ってくるということ。あなたのやり方を見つける、がやっぱり究極の目的なんだという、ね。 中学生クラスから夜クラス。2/7に試合を迎える中島太一(WSOF-GC)と吉竹哲也(プーチン杯全日本サンボ)が最終調整。どちらも楽しみ、錦糸町から水道橋、ハシゴできるかな?2月2日 火曜日 晴れ EBI≠海老 先日練習に来て下さった小松さんから頂いていた横浜・華正樓の中華菓子を朝に食べました! まいうー、ですな。感謝感謝。 夜は町田支部へ。K-1ジム・チームドラゴン柔術クラスである。 今週の中井クラステーマ「十字固めのクラッチ切り」を解説。後半はその場面からのドリルを3セット、さらに同じ体勢からの「不自由スパーリング」、そして締めは自由稽古。 最近話題のエディ・ブラボー・インビテーショナル(EBI)のようなサブミッションに特化したルールも世の中に必要な気がする昨今。しばしこの大会の延長戦の指定ポジションである十字ポジションとたすき(シートベルト)を例に練習に取りあげてみたい。2月3日 水曜日 晴れ 池袋ざんまい 日本ブラジリアン柔術連盟の新年会があった。会場となった池袋・トゥッカーノはブラジル式のシュハスコ屋さん。本場ほどのこれでもかこれでもか感はなかったもののブラジリアンレストランも増えてきたなぁ、という印象。日頃の労をねぎらった。 池袋に寄った流れでこれはチャンス、とばかり連盟もパラエストラも大変お世話になっている龍虎MMAショップに挨拶に伺った。欲しかった柔道着とadidas JIU-JITSUTシャツが買えて感激。良かった良かった。 いったん少年部をやりに江古田にもどり再び池袋、パラエストラ池袋の今年初指導へ。今週の中井クラステーマ「十字固めのクラッチ切り」を大特集。 基本概念からいきなり最高傑作へ。続いてありとあらゆる方法を網羅。教えすぎか?でも人の数だけ技はあるのだからきっかけになってさえくれたらいいのだ。ドリルはそのポジションから、異例の4セット。また再来週!2月4日 木曜日 晴れ スパイダーウェブに思う スパイダーウェブ。二日前に触れたエディ・ブラボー・インビテーショナル(EBI)の延長戦の指定ポジションである。十字固め寸前のポジションを言う。蜘蛛の糸か、うまいこと言う。 本戦で決着がつかなかった場合これとシートベルト(たすきポジション)から決めや逃げや守りを競う。いかにもアメリカ人が考えたゲーム、という感じがする。だがこれでいまや米国はサブミッションでも大国だ。 アメリカはとかく他国で生まれた文化でもスポーツでも自国の独自のものに作り変えるのが上手いのだな。ボクシングは英国、MMAはブラジルや日本など、何となくアメリカのスポーツに見えてしまうような持って行き方をする。 翻って日本、である。日本も輸入した文化を自国独特のモノに作り変える国なのだがそれを声高にアピールすることはあまりしない。ならばその極度にドメスティックな部分を生かし工夫と改善をしまくり独自なモノを地域や道場や個人で作りまくれば良いのじゃないだろうか。その方が可能性を探れる。だから私は異端児を排除しないのだ!この記事の続きと、中村祥之、中井りん、光GENJI山本淳一、北岡悟、追悼ケビン・ランデルマン、大沢ケンジ×礒野元などが読めるお得な詰め合わせセットはコチラ