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記事 54件
  • 【非会員でも読める10万字・詰め合わせセット】シンサックの奥さん、マサ斎藤、加藤清尚、レスナー……

    2018-08-31 23:59  
    540pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part55は大好評インタビュー16本、コラム5本、10万字オーバーで540円!!(税込み)

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    part55 

    ◎Uのミライを見た女――高岡左千子「私は運気からUWFのスケジュールを組んでいたんです」
    ◎きみは大道塾の超人・加藤清尚の「当然の奇跡」を知っているか
    ◎プロレスラーが憧れたプロレスラーマサ斎藤さん■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」
    ◎怪物ブロック・レスナーを通して見えてくる「プロレスの作り方」■斎藤文彦INTERVIEWS
    ◎堀口恭司のマネジメントが語る那須川天心と絶対に戦うべき2つの理由■石井史彦
    ◎「9月のRIZINは持てるものすべてをオールインします」笹原圭一RIZIN広報インタビュー
    ◎浅倉カンナインタビュー……大炎上リマッチで深まったRIZINを背負う覚悟
    ◎「浅倉カンナvsRENA」の素晴らしさをチェール・ソネン、巌流島から語ってみる
    ◎【RIZIN登場】日沖発インタビュー「地元・名古屋の試合はこれが最後なんじゃないかなと」
    ◎QUINTETは最終的には『週刊プロレス』にも載って欲しい■QUINTET審判団・新明佑介
    ◎【賢者か、変人か】デメトリアス・ジョンソン、もうちょっと悔しがってよ!■大沢ケンジ
    ◎海外練習の環境作りはここまでやります!■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク
    ◎“世界と戦う”ニッポン女子格ファイター、ニューヨークへ行く/魅津希インタビュー
    ◎「プロレスラーは強いんです!!」……金原弘光が大病から奇跡のリング復帰!!
    ◎棚橋弘至優勝! G-1クライマックス!!■二階堂綾乃
    オマスキファイトのMMA Unleashed
    ・マクレガー対ヌルマゴメドフ実現:全ての伏線はオクタゴン内で回収される!
    ・アメリカの大学スポーツ部でも不祥事! 学生時代のコールマンもセクハラ被害を受けていた!
    ・最強デミトリアス・ジョンソン妄想世界ツアー「RIZINのベルトを取りに行く」
    ・ニック・ディアスのDV逮捕騒動、その後を追う:ニックは痛いファンにハメられたのか
    アメプロインディ通信「フリーバーズ」・新日本プロレスのニューヨーク侵攻!! ROHの証言
    ・竹田誠志、米デスマッチトーナメント出撃! 「アメリカのファンをドン引きさせたい」
    ◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉「新生UWF社長・神新ニのブレーンにして、船木誠勝ら多くの選手の名前を改名させた占い師がいる」――『1984年のUWF』を契機に続々と出版されるUWF関連書籍。それらの誌面をときおり賑わす「シンサックさんの奥さん」が気になって仕方ないUマニアは多いのではないだろうか。Uの重要人物でありながらも情報量が少ないことや関係者たちの一方的な証言もあり、オカルトチックなイメージができつつあった謎の女性、それが今回登場していただいた高岡左千子氏だ。「Uのミライを見た女」にとって新生UWFとはなんだったのか? 
    ――高岡さん、今日はよろしくお願いいたします。
    高岡 どういう話を聞きたいの?
    ――高岡さんは数多くの格闘家やプロレスラーの占いをされて、ためになるアドバイスを送られていたそうなので、そのへんのお話を……。
    高岡 そういう話ね。でも、占いだけではないのよ。簡単に言葉にするのは難しいんだけど、その人間の運気を見てあげるのね。人間の運命というのは努力と実践で変えていくことができるから、悪いときには悪いときの過ごし方、良いときには良いときの過ごし方があって、どういう過ごし方をすればいいのか羅針盤を示してあげるわけ。
    ――なるほど。“気づき”を与えてあげるとでもいいますか。
    高岡 いまでも見てあげてるのよ。ジムを開こうとしている場所、日時とかね。
    ――もともとそういうお仕事をされてきたんですか?
    高岡 仕事としてはやってない。趣味でやっていたんだけど、最初は大学のときに心理学を必須科目で始めたのがきっかけ。あとウチの父親が姓名判断をやっていて。
    ――そういった血筋を受け継いでるんですね。
    高岡 私の場合、全部独学なんだけどね。
    ――旦那さんであるシンサックさんは有名なムエタイファイターであり、前田憲作さんをはじめ多くのキックボクサーを指導した伝説的なトレーナーですけど。どういう縁で知り合ったんですか?
    高岡 誰かの紹介。格闘技は全然好きじゃなくて、試合を見に行くこともそんなになかったんだけど。このジムだって、もともとやるつもりはなかったんだけど、旦那がUWFの選手にキックを教えたり、セコンドに付いていたりしてたんですよ。
    ――安生洋二さんがチャンプア・ゲッソンリットと引き分けたのは、シンサックさんの指導力もあったそうですね。
    高岡 最初はここにジムがなくて、高速道路の下にある公園で練習をやってたの。
    ――松葉通りのところですよね。
    高岡 どこも貸してくれなかったのよ、あの時代。べつに壁を叩くわけじゃないのに「壁を壊されるから」とか言われてね。重機ミシンの大きな会社の大きな体育館が国領にあって、交渉して貸してもらうことになったんですよ。そこで2年くらいやったかなあ。たまたまいまのジムの大家さんが昔キックが好きで、借りられることになって千歳烏山の駅前で20年近くやってる。年中無休深夜3時まで。
    ――タフですね!(笑)。高岡さんがUWFのアドバイザー的な役割を務めることになったのは、何がきっかけだったんですか?
    高岡 きっかけは、なんだろう? Uの選手がウチのジムに来てたからじゃないかな。あと公園でやってる頃は、UWFの道場を使えるときもあって。それで砧の道場に何回か行ったことある。
    ――そうやってコミュニケーションを取るようになったんですね。
    高岡 だからいろんな関係者のことは知ってます。最近亡くなった木暮(祐二)さんとも親しかったしね。木暮さんのことも見ていた時期があったんですけどね。
    ――木暮さんはUWFやリングス影の功労者ですね。
    高岡 新生UWFは新日本から抜けて作ったでしょ。そのときに社長の神(新二)さんが相談が来たの。そのとき神さんに言ったのは「相談を受けるのはいいけども、私の言ったことを100%聞いてくれる? 聞いてくれるなら協力する」と。
    ――神社長はどうしてそこまで高岡さんを信頼するようになったんですか?
    高岡 にっちもさっちもいかなかったからでしょ、それまで。UWFがダメになって、新日本に戻りました。また飛び出して新生UWFを作ったけど、先行きに不安はあったんじゃないですか。
    ――そこで高岡さんに運気を見てもらおうと。
    高岡 私は1年先のスケジュールまで組んだんです。実際には3年先まで見るんだけど、1年1年でUWFの計画を立ててたの。なぜかというと、1年1年でみんなの運気が変わるから。
    ――その1年間の動きで運気は変わっていくんですね。
    高岡 当時の資料は捨てちゃったかな、UWFとサヨナラしたときにね。当時のノートにUWFの1年間のスケジュールを組んであってね。選手の運気を見ながら会場の大きさ小ささも考えて、運気が悪かったら会場は小さくする。東京ドーム大会も11月の運気がいいから、1989年11月29日にやるって決めてたんですよ。でも、その日の東京ドームは他のイベントが入ってたの。だけど、私は神さんに「絶対にキャンセルになるから予定に入れときなさい」って言ってたんです。
    ――えええ!?大好評インタビュー16本、コラム5本、10万字オーバーの詰め合わせセットはまだまだ続く!!
     
  • 【非会員でも読める11万字・詰め合わせセット】マサ斎藤、マシン引退、天心vsロッタン、北原光騎、WWEvs新日本…

    2018-07-31 23:59  
    540pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part54は大好評インタビュー13本、コラム6本、11万字オーバーで540円!!(税込み)

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    part54 
    ◎追悼・マサ斎藤さん……献杯はカクテル「SAITO」で■斎藤文彦INTERVIEWS
    ◎【追悼・獄門鬼】谷津嘉章「巌流島で猪木さんと向き合えるのはマサさんしかいなかったよな」◎「キックぼんやり層」必読!! 那須川天心vsロッタンはここがヤバかった◎あの日の全日本プロレス、SWSを語ろう■北原光騎×小佐野景浩
    ◎【契約問題】アンディ・サワーもRIZINもやれることがあった■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク

    ◎やっぱり面白かったQUINTETを分析! 中井祐樹「10th PLANETはグレイシー一族に通じる」

    ◎SKE48須田亜香里アイアンマンベルト奪取の衝撃は……!?■事情通Zの「プロレス 点と線」
    ◎杉山しずか「格闘技を続けてよかったなあと、しみじみ思います」
    ◎スーパー・ストロング・マシンが戦った熱き時代■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」◎元祖・大仁田信者が50歳で覆面レスラーになるまで〜ワイルド・セブンの告白〜◎追悼ビッグバン・ベイダー……IWGPの輝きは皇帝戦士から
    ◎テイクダウン神話の崩壊……「打撃の時代」になれば日本人は有利になる■大沢ケンジ
    ◎三沢光晴への決別の書……馬場元子『ネェネェ馬場さん』/Dropkick読書会
    オマスキファイトのMMA Unleashed
    ・新日本プロレス、ついにMSG進出! WWEは報復発動か?
    ・コーミエ・レスナーのアングルは是か非か 「やらせだ、フェイクだと言っているヤツらは、一生貧乏してろ」
    ・舞台裏でガチンコ勝負! UFCとWWEの放映権はこうして売りさばかれた
    ・悪いヤツほど得をする? 米MMA反則事情
    ・元UFCファイター、レスリー・スミスが労働組合結成に大奔走!
    アメプロインディ通信「フリーバーズ」
    ・「アメリカの大仁田信者」マット・トレモントの奇跡
    ・SNSで狂い咲く50歳プロレスラーの遅咲き人生
    ◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマは「追悼・マサ斎藤さん」です! イラストレーター・アカツキさんによる昭和プロレスあるある4コマ漫画「味のプロレス」出張版付きでお届けします!――フミさんはマサさんとの付き合いは相当長いんですよね。
    フミ ボクがミネソタの大学に通っていた21歳のときに、マサさんがミネアポリスを本拠地とするAWAに転戦してきて知り合ったんです。かれこれ35年もお付き合いをさせていただいて、マサさんからいろんなことを教わりましたし、ケン・パテラの事件で刑務所に入ったときは冬と春に2回、面会にも行ったことがあるんですよ。
    ――貴重すぎる経験ですね!(笑)。
    AWA時代のマサさんと、大学生時代のフミ斎藤フミ ボクが「フミ斎藤」を名乗るようになったのは小学生の頃で、日本プロレスの第14回ワールドリーグ戦にマサさんが凱旋帰国したときからなんです。そのときからボクはフミ斎藤を名乗り、やがて本物のマサ斎藤さんとアメリカで出会うことになるんですね。
    ――斎藤姓の人間の多くがあだ名やニックネームで「◯◯斎藤」と名乗るきっかけは、プロレスラーのマサさんなんでしょうね。
    フミ マサさんは1942年8月7日生まれの75歳でした。でも、なぜかアメリカのウィキペディアでは2月1日生まれの76歳と書かれていて、アメリカのプロレスメディアやファンのあいだでは年齢に関する議論も行なわれたりしてたんですね。
    ――レスリングで東京オリンピックに出場したマサさんは日本プロレス入りしますが、1年足らずで離脱しちゃいますね。
    フミ 日本プロレスの内部の封建的なタテ社会に嫌気が差したところもあったんでしょうね。東京オリンピックから日本プロレスに入ってドロップアウトしたのは2人いるんです。マサさんとサンダー杉山さん。杉山さんは国際プロレスに移籍しますが、マサさんは東京プロレスに移ります。
    ――そこで運命のライバルとなる猪木さんと出会うんですね。
    フミ 日本プロレスを追放された豊登さんが、2年間の海外修行を終えて帰国の途中だった当時23歳の猪木さんを誘って東京プロレスを旗揚げします。猪木さんと同じ23歳だったマサさんも、なんの迷いもなく東京プロレス入りしますが、あとになってから話を聞くかぎり「最初からアメリカに行くつもりでプロレスラーになった」と。プロレスラーとしてアメリカに永住するつもりだったそうなんです。
    ――日本のプロレス界に留まるつもりはなかったんですね。
    フミ 興味深いのは、東京プロレス旗揚げ前の準備期間の4ヵ月間、猪木さんとマサさんはハワイでルームメイトだったんですよ。アパートの部屋をシェアしてたんです。
    ――若き猪木さんとマサさんがルームシェア!
    フミ そこの出会いがのちにいろいろと繋がっていくんですが、猪木さんは昭和18年2月生まれ、マサ斎藤さんは昭和17年8月生まれ。学年は一緒なんですがマサさんは最初に会ったときから猪木さんのことを尊敬していたそうなんです。
    ――同世代から見ても猪木さんはカッコよかったんですね。
    フミ そのときのマサさんのキャリアは1年ちょっとで、猪木さんはキャリア6年の先輩。猪木さんはアメリカで武者修行してきたことで英語がペラペラでしたし、アメリカでウエイトトレーニングやっていたから身体つきもかっこよかった。当時のマサさんはポッチャリとした体型でしたから、猪木さんの身体を見て「俺もウエイトトレーニングをやらなきゃいけない」と思ったそうなんです。
    ――マサさんのウエイト好きは猪木さんから! いろいろと繋がっていきますね。
    フミ ボクはマサさんと1983年にミネソタで出会ってから、マサさんに何度も何度も日本とアメリカのプロレスの話を聞いたことはあるんですけど、猪木さんの悪口を言ったことは一度もないんです。それだけ猪木さんのことが大好きだったからこそ、試合ではタッグを組むのではなくて対角線のコーナーに立ちたかったんでしょうね。
    ――猪木さんの“ライバル”として存在を示したかった。
    フミ 東京プロレスは2シリーズだけで潰れてしまいました。それからマサさんはアメリカに渡ることになりますが、ビザを取るために半年ぐらいブランクがあって。そのあいだマサさんは木村政雄、のちのラッシャー木村さんと半年間ルームシェアをしていたんです。 
    ――猪木さんの次はラッシャー木村さんとルームシェア!(笑)。
    フミ 木村さんは1941年生まれで猪木さんより年齢はふたつ上。ルームシェアした2人が猪木さんのライバルとして一時代を築くのは運命的ですよね。マサさんは念願のアメリカに渡りますが、マサさんのアメリカの本拠地といえばAWAというイメージが強いですよね。でも、マサさんがAWAに来たのは1983年のこと。1967年に渡米して16年近く経ってからで、その頃のマサさんはもう41歳なんですよ。
    ――円熟期の時代だったんですね。
    フミ 30代のマサさんが一番気に入っていたテリトリーはフロリダです。気候は温暖で、天龍源一郎、キラー・カーンら日本人レスラーもよく遠征していた土地ですし、試合は毎日あって、車での移動でどこの会場でも日帰りで家に帰ってこられる。でも、一番長くいた場所はどこかといえば、サンフランシスコなんです。いまのプロレスファンからすれば、サンフランシスコはいまいちピンとこない場所だと思いますが、1963年から1983年までの20年間、ビッグタイム・レスリングというプロモーションが活動してたんです。そこでキンジ渋谷という日系アメリカ人とタッグを組むんですが、キンジ渋谷はマサさんより12歳ほど年上で、試合では8割方リングの中にいるのがマサさん。ロサンゼルスでは日本から遠征してきたジャイアント馬場さんとも試合をしてますね。ジャイアント馬場&ジョン・トロスvsマサさん&キンジ渋谷のケージマッチという試合がありました。
    ――アメリカとは思えないほどの日本な組み合わせですね。
    フミ 当時の日本人レスラーといえば、ニヤニヤお辞儀をしながら相手を後ろから襲う。いわゆるパールハーバーの奇襲攻撃ですね。マサさんもそれまでの日系レスラーどおりのファイトしていたそうです。後ろから相手の両肩を掴む頸動脈クローや地獄突きを使ったり。
    ――ボクなんかは晩年のマサさんの試合しか見たことないんですが、最初からうまかったんですか? 
    フミ そこは対戦相手から学ぶところが多かったみたいですね。たとえばサンフランシスコにはレイ・スティーブンスという名レスラーがいたんですが、ニック・ボックウィンクルさんが「レイは俺の何十倍も才能あった」と。あのニックさんがそこまで褒めるレスラーだったんです。
    ――天才が褒める天才ですか。
    フミ レイ・スティーブンスは激ウマのプロレスラーがホレるプロレスラーの典型で、コーナーポストに飛ばされたときに逆さまに落っこちてエプロンに立つのはこの人が始めた動き。何か技を食らったあとにペタペタペタ歩いてバタンと前から倒れる。リック・フレアーでおなじみの動きも、レイ・スティーブンスがやりだしたんです。
    ――フレアーはレイ・スティーブンスのフォロワーだったりしたんですね。 
    フミ そんな激ウマなレスラーがいて、黄金テリトリーでお金も稼げる。サンフランシスコは最高の生活だったみたいですね。ただ、アメリカの場合はひとつの土地に何年も留まることはできないんですよね。だからサンフランシスコを北上してオレゴンに行ったり、さらに北に向かってカナダ・バンクーバーのジン・キニスキーのマーケットで戦ったり。あの時代のマサさんは相当稼いだみたいで、ゲームセンターのオーナーだったんです。 
    ――ゲームセンターのオーナー!(笑)。
    フミ それとサンフランシスコにアパート一棟、所有してたんですね。アメリカでは最も長い期間、活躍した日本人レスラーだったんです。
    ――たしかにほかの日本人レスラーは途中で帰国しちゃいますね。
    フミ マサさんも1979年、つまり昭和54年に1年間だけ日本を主戦場にしていたときがあったんですけどね。新日本プロレスでお正月から年末まで外国人サイドのレスラーとして毎シリーズ参加しました。そのあとはアメリカを主戦場としながらたまに来日にしてたんですが、80年代初頭にはもう一度フロリダに戻り、そこでは素人が挑戦してきたときに相手をする役割なんかもやっていて。
    ――用心棒だったんですか!
    フミ 「マサだったら大丈夫!」とプロモーターは任せていたんでしょうね。それぐらいの実力者だったんですね。
    ――実際に素人が挑戦してくるんですか?
    フミ プロレスラーより身体が大きいレスリングの選手や、フットボールプレイヤーたちですよね。あとはプロレスがフェイクだと思ってる人間。そういった連中をマサさんが軽くひとひねりすることで「レスリングはフェイクじゃない」と証明するんです。
    ――興行の宣伝にもなるんですね。
    フミ これはマサさん本人も語ってきませんでしたが、マサさんがイラスト化されると斜視気味に描かれますよね。じつはマサさんは右目が見えていなかったんです。
    ――ああ……。
    フミ 試合中のアクシデントで右目の視力を失ってしまったんです。それも日本プロレス時代というキャリアとしては早い時期に。 
    ――そうだったんですか……いったい何があったんですか?大好評インタビュー13本、コラム6本、11万字オーバーの詰め合わせセットはまだまだ続く…… 
  • 【11万字・詰め合わせセット】安田忠夫、朝日昇、天心訴訟、ベイダー、QUINTET、ザンディグ……

    2018-06-30 23:59  
    540pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part53は大好評インタビュー15本、コラム6本、11万字オーバーで540円!!(税込み)

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    part53 

    ◎最終回!! 安田忠夫「もうすべてがイヤになったから、練炭自殺したんだよ……」
    ◎雷神学園の胡散臭さの「正体」とは?
    ◎テン年代の仁義なき戦いか……考察・新生K−1の「那須川天心訴訟」問題
    ◎朝日昇インタビュー最終回……修斗分裂騒動の裏側、着せられたクーデターの汚名
    ◎シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク
    「30代のアジア人でもUFCと契約できます!」
    ◎プロレスラー小川直也の心が折れた日〜『ハッスル』観客ジャッジシステム〜

    ◎UWFの「次回と自壊」を見届けたスポーツライター/李春成インタビュー
    ◎「斎藤文彦INTERVIEWS」皇帝戦士ビッグバン・ベイダーよ、永遠に
    ◎中井祐樹、「QUINTETの面白さ」と「グラップリングのあり方」を語る
    ◎QUINTET女子版をやってほしい!!■二階堂綾乃
    ◎東洋の神秘がQUINTETで炸裂!!  ヤノタクはなぜ極められないのか――?
    ◎金原弘光
    アメフト悪質タックル問題――プロレス界の「潰せ!」とは何か?
    ◎事情通Zの「プロレス 点と線」
    ・CIMA派のW-1電撃参戦/里村明衣子WWE登場か
    ・NOAH、元IGFの東方英雄伝と業務提携
    ・井上貴子vsターザン山本はなぜ実現しないのか?
    ◎オマスキファイトのMMA Unleashed
    ・UFCのアーリー・ウェイイン廃止は、相次ぐ減量失敗の解決策となるのか
    ・「最後にせめて失神くらいはしたかったよね」 ……不運大王イアン・マッコール、無念の引退
    ・新日本はもう追いつけない…? WWEがビックリのビッグディール獲得!
    ・女子プロレスドラマ『GLOW』とは何か:Netflixでまもなくシーズン2配信開始
    ◎アメリカインディ通信「フリーバーズ」
    ・男vs女はドメスティックバイオレンスを連想させる?…ミックスドマッチ事情
    ・ザンディグはどこに消えたのか……血と闇を抱えたデスマッチヒーロー
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    毎回大好評だったいよいよ安田忠夫インタビューも最終回! 練達自殺に引退興行のドタバタ、そして博打に狂った人生を総括します……。【安田忠夫バックナンバー】・NO.4【プロレスはやっぱり奥が深い!】「哀しきジャブボーイとイジメ」・NO.3 嵐の総合格闘技編「IWGP王者になりたくないから、はじめは断ったんだよ」
    ・NO.2【90年代・新日本プロレス編】「リングでやっちゃえば警察は介入できないじゃん」

    ・NO.1相撲と暴力、博打、八百長問題を激白! 安田忠夫「貴乃花は、馬鹿乃花だよ!」



    安田 今日も朝から競艇で負けたよ。
    ――ここ最近ギャンブルはずっと不調ですよね。
    安田 不調というか……両方買えばよかったんだよな。わかってるんだよ、両方買えばいいってことは。でも、両方買うのはイヤなんだよねぇ。
    ――それはどういう心理なんですかね?
    安田 まあ、昔と比べたら張ってるお金も少ないからね。
    ――なるほど。賭け金が微々たるものだから、抑えに回すお金がもったいない……ということですね。
    安田 そういうことだよ(笑)。お金に余裕があるんだったら、抑えにも使えるんだけどね。
    ――博打って軍資金が乏しいと、おもいきりのよさも出てこないですよね。
    安田 金がないんなら博打は本当にやめないとなあ……いや、休憩しないと。
    ――あくまで「休憩」(笑)。



    安田 いまの仕事もやめたいんだよね。そのためには数ヵ月フラフラできるお金を作んなきゃいけないんだけど。
    ――前回の続きなんですが、「エア焼肉」と呼ばれる自殺未遂事件は何が原因だったんですか?
    安田 もうすべてがイヤになったんだよ。プロレスの仕事も全然なかったしね。
    ――だったら死のうと……。
    安田 タニマチもいないしさ、電話をしても誰も出てくれなくなったしね。あの頃は電話をする金もなかったんじゃないかな。
    ――プロレスの仕事があったら自殺はしてなかったですか?
    安田 それはそうだよね。一番手っ取り早く稼げるのがプロレスだから。誰かに頭を下げれば仕事をもらえたんだろうけど、そういう性分じゃないし。プロレスって営業も重要なんだけど、俺は全然できなかったからさ。だからいまだって普通の仕事をやってるんだよ。 
    ――それにしても安田さんが自殺を図ろうなんて想像できないですけどね。
    安田 俺はこう見えて繊細なんだよ。ガハハハハハハ!
    ――練炭自殺ですよね。他に方法は考えたんですか?
    安田 考えない。まず飛び降りは無理だよ。俺、高いところが嫌いだからさ。その場で動けなくなっちゃうから。 
    ――あとは首吊り、電車への飛び込み……。
    安田 無理無理! 毎日電車を見てるけど、あんなものに飛び込めるわけないよ(笑)。
    ――だったら簡単な練炭自殺……ということですね。簡単なのかどうかはわからないですが。
    安田 その前に田山(正雄、レフェリー)氏に電話をしていなかったら、俺はこの世にはいなかったよね。
    ――練炭自殺直前の電話を不審に思った田山さんが安田さんのアパートに足を運んだところ……自殺未遂の現場を発見したんですよね。安田さんはどうして田山さんに電話してたんですか?
    安田 いや、わからないよ。おぼえていない。あの頃は睡眠薬を飲んで朦朧としながらいろんなところに電話をしてたみたいだし。
    ――未遂に終わって助かったことはどう思いました?
    安田 うーん、わかんないね。死んでいたらここまで苦労しなかったのか……ガハハハ! 娘にはメチャクチャ怒られたけどね。「死ぬくらいだったら、なんでもできるでしょ!」と。だからいまはなんでもできてるところはあるよね。 まあ元気があっても、お金がないと何もできないんだけどね(笑)。
    ――元気とお金があれば、なんでもできると(笑)。その後、自殺未遂の件が「エア焼肉」というネタとして報道されましたよね。
    安田 あれは東スポが勝手に書いたんだよね。救急車を呼んじゃったから朝日新聞かなんかが嗅ぎつけて。そうしたら東スポも書かなきゃならないから、そこで「エア焼肉」というネタにしたんでしょ。
    ――ああいう風に報道されてしまったことで「どこまで本当なんだろう?」って思っちゃった人は多かったんですよ。
    安田 いや、本当のことなんだよ。自殺しようとしたことはね。
    ――当時の安田さんはそれくらい追い込まれていたんですね。
    安田 はい。入院していたら猪木さんからお見舞い金をもらってね。30万か50万ぐらい。それから猪木さんの知り合いの新潟のパチンコ屋で働くことになったんだけどね。
    ――新潟のパチンコ屋は長いこと働いてましたよね?
    安田 そうだね。プロレスの仕事が入らなかったら、もうちょっと働いていたかもしれない。プロレスの仕事が入って練習していたらさ、博打をやりたくなっちゃうんだよ。
    ――マジメに練習したら遊びたくなっちゃう。
    安田 そうそう。プロレスの練習をするということで、休みをもらえたんだけど。ライバル店でパチンコをやっていたらバレちゃってさ(笑)。
    ――ハハハハハハハハハ! 酷い(笑)。
    安田 他店のデータを取りに来たときにわかっちゃってさ。いやでも、一日中練習することはないわけじゃない?
    ――まあ、そうなんですけど(笑)。
    安田 そこはワンマン会社だから、社長がいろいろと自由にさせてくれるわけよ。俺の試合も社長が作ってきてくれたもんだからさ、練習のために休みをくれるんだよね。だから練習はしてるんだよ、ちゃんと。その合間に博打をやらないと精神的に無理だよね。もたないよ。「なんのために練習するの?」って話になっちゃうんだけど……周りの目はそれじゃあ許してくれないよね。 
    ――さすがにライバル店で遊んでいるのはマズイですね。
    安田 社員の人間もキツいローテーションの中、働いているわけだから不満は出るんだよね。「なんであの人だけ遊んでるんだ?」みたいな。それに俺は仕事があまりできなかったし。
    ――パチンコのホール係だったんですか?
    安田 そうそう。ホール係ってやることがいっぱいあるんだけど、俺は年寄りだから何をやっても遅い。若い奴は俺の倍以上のスピードで仕事をやっちゃうし。
    ――パチンコって基本的にお店が勝つ仕組みになってるじゃないですか。そういう実態を把握しながらも、パチンコはやめられなかったんですか?
    安田 店が有利だけど、逆にインチキがないんだよね。当たって連荘しないのは俺の引きが悪いってことだから。パチンコは最近はあまりやってないんだけどね。いまは競艇ばっかりだよ。
    ――競艇が一番面白いですか?
    安田 競艇はレースに出場するボートが6艇だからね。裏を欠かれても惜しい感じがするじゃん。
    ――当たりにカスッた気にさせるんですね(笑)。パチンコ屋のあとは石澤常光さん(ケンドーカシン)の養豚場で働くようになったんですよね。
    安田 そうそう。パチンコ屋をクビになってプラプラしていたら「メシは最低限食えるよ」ってことで岩手の山の中に送り込まれたんだよね。岩手山の麓。
    ――そこは石澤さんが親身になってくれたんですね。
    安田 でも、酷いところで働いていたんだよ。人間が住むところじゃないよ、よく続けたと思うもん。古いコテージみたいなところに1人で住んで、朝6時には起きて7時から仕事ですよ。平日は17時で終わり、土日は16時まで。
    ――休みはないんですか?
    安田 休んだら給料から引かれちゃうんだよ。だからあんまり休まなかった。
    ――ブタに休みなんてないですもんね。
    安田 そういうこと。
    ――養豚場の周りには何か娯楽施設はあったんですか?
    安田 近くに遊ぶ場所なんてないよ。街へ買い物に行くのにタクシー代だけで往復5000円はしたかな。農場出るのに5キロぐらいかかったからね。
    ――ホント山奥だったんですね。
    安田 車を持っていれば快適な場所であるんだけどね。俺は免許がなかったからキツイよね。よくあんなところに1年7ヵ月もいたよ。まあ、他にやることはなかったし、それなりに楽しかったんだけどね。ブタはかわいいし。給料がもうちょっと高かったら残ってたんじゃないかな。
    ――人里離れた生活を送ることで人生観が変わったりしました?
    安田 何も変わらないよ(笑)。
    ――ハハハハハハ。でも、ギャンブルはやってなかったんですよね?
    安田 いや、たまに街に出てパチンコやったりしてたよ。パチンコで負けて3時間ぐらいかけて歩いて帰ったこともあったしね。タクシー代ぐらい残せばいいのに。
    ――どこへ行っても安田忠夫なんですねぇ。大好評記事21本、11万字オーバーの詰め合わせセットはまだまだ続く……!! 
  • 【13万字・詰め合わせセット】サバイバル飛田、馬場元子、RENA劇場、那須川天心、倉持隆夫…

    2018-05-31 23:59  
    540pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part52は大好評インタビュー17本、コラム6本、13万字オーバーで540円!!(税込み)

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    part52 

    ◎インディの怪人、ついに語る!! サバイバル飛田「もう客を焼き払うしかなくなった……」
    ◎最後まで全日本プロレスを愛した馬場元子さん■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」
    ◎事情通Zの「プロレス 点と線」
    女子プロレスラー浜田文子、覚醒剤使用逮捕の衝撃
    ◎消された「2010年12月23日」――修斗に何が起きたのか/朝日昇インタビュー第2弾
    ◎元・全日本中継アナ倉持隆夫「古舘伊知郎と違って何が起こるか知らずに実況でした」
    ◎ジャイアント馬場夫人と親友サンマルチノ、2人の死――■斎藤文彦INTERVIEWS
    ◎RIZIN特集
    ・われわれは「浅倉カンナvsRENA再戦」に踊らされているのか
    ・われわれは「那須川天心vsMMA」に踊らされているのか
    ・衝撃秒殺!! キック出撃! 堀口恭司インタビュー「那須川くんの分析は完了してますよ」
    ・格闘技界を解放できるのか……『覚醒』那須川天心/Dropkick読書会
    ・業界歴21年目の笹原圭一広報、RIZINの中心で格闘技愛をさけぶ
    ・【RIZIN初登場!!記念復刻】浜崎朱加、UFC女子トップファイターに会う
    ・髙田本部長の「鳥肌立った!」はどこに消えたのか―― RIZIN解説者問題!
    ◎オマスキファイトのMMA Unleashed
    ・レッスルマニア裏話:『ファビュラス・ムーラ記念杯』バトルロイヤルに1万人が反対した理由
    ・“ローリングサンダー” に全米陶酔! ナスカワマニア暴走中!
    ・『ベラトール200』直前! スコット・コーカー発言に見るベラトールのこれまでとこれから
    ・UFC on ESPN+始まる:ストリーミングのビッグディールはUFCをどう変えるか
    ◎プロレスファンのマナーはいいと思ってます!■二階堂綾乃
    ◎シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク
    これでいいの? 試合消滅の保証金は一律1万ドル/「バス襲撃事件」その後のコナー・マクレガー
    ・【ONE初参戦、即王座挑戦!!】長谷川賢「腐らずやってきて……いや、腐ってたんですけどね(笑)」
    ◎アメプロインディ通信「フリーバーズ」
    ・10メートルの高さから、蛍光灯と有刺鉄線の塔へ飛び降りろ!
    ・血の雨が降る! アメリカの夏、デスマッチの夏に大日本が参戦
    ◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉プロレス界が騒然となったサバイバル飛田のGAORA TVチャンピオンシップ次期挑戦者決定バトルロイヤル優勝!! 「インディの怪人」が王者・秋山準と対峙するというおどろおどろな展開となったが、プロレスファンなら誰もが一度は耳にしたことのあるサバイバル飛田とは何者なのか? 怪しい世界に一歩踏み込んでみた――。  ――飛田さんって強烈なキャラクターのわりには、あまりインタビューを受けてないですよね。
    飛田 そうですねー。つまんないと思われてるのかもしれないですね。いや、メチャクチャ面白いと思いますよ。
    ――いきなりハードルを上げますね(笑)。昔『紙のプロレス』という雑誌で取材を受けていた記憶があるんですが。
    飛田 ああ、原始猿人ヴァーゴンとやったときですね。電話の取材で……。
    ――あ、電話取材だったんですか。
    飛田 わざわざ取材場所を設けるのが面倒くさかったんじゃないですか。
    ――なるほど(笑)。
    飛田 昔『Gスピリッツ』の携帯サイトのコラムには、デビューした当時からのことを書いてたんですけどね。あまりにも他のレスラーの悪口しか書かないから編集長からダメ出しを食らって。
    ――飛田さんはなぜプロレスラーになったのかっていう背景がちょっと見えづらいというか。
    飛田 昔はやっぱね、初代タイガーマスクですよ、とっかかりは。あとはジャイアント馬場さんのフリークス性に惹かれたところもありますね。
    ――怪物としてのプロレスですね。
    飛田 アントニオ猪木に憧れて……というのは、もうちょっと上の世代で。猪木の全盛期が終わってどうなるのかっていうときにタイガーマスクが現れて、そのタイガーマスクもいつも勝ってばかりだからライバルの小林邦昭に感情移入しちゃって。あの頃は水曜スペシャルで新日本の特番がやってたんですよ。俺のイメージでは「金曜夜8時」じゃなくて「水曜夜7時半」で。
    ――水曜スペシャルは川口浩の探検隊シリーズもやってましたよね。
    飛田 川口浩は月1の放送だったんですよ。川口浩探検隊が内在するものがプロレスだったのかもしれないですね。
    ――そう捉えると、埼玉プロレスの怪人対決は納得できますね。
    飛田 カルガリーハリケーンズが新日本から抜けたあとは全然プロレスを見なくなったんですよ。高校受験だからテレビは見るなっていうこともあって。まあ、プロレスはもう見なくてもいいかっていう感じもあったんだけど、Uが新日本に帰ってきたからまだ見始めて。
    ――UWFは気になったんですね。
    飛田  それもあって佐山聡の『ケーフェイ』では衝撃的でしたよ、ミスター高橋の本より。しれっと出してるけど、何気にこれはとんでもない本だなって。
    ――高橋本の場合は、カミングアウトの土壌ができてましたからね。
    飛田 あの本だけじゃなくてミスター高橋が出してる本はわりと暴露系じゃないですか。80年代半ばに、ロープに返ってくる返ってこないとか『ケーフェイ』は書いてるわけですからね。
    ――どういう経緯でプロレスラーになったんですか?
    飛田 大仁田さんの存在がデカイですよね。FMWを旗揚げした当時、ほとんどのプロレスファンは大仁田さんのことはバカにしてたと思うんですよ。
    ――蔑んだ視線は確実にありましたねぇ。
    飛田 大仁田さんのFMWから間口が広がったところはありましたよね。それまではいまみたいに誰でもレスラーになれなかったし、FMWの入門テストの基準が身長175センチ以上え。これは俺でもプロレスラーになれるじゃんって。
    ――飛田さんはプロレスラーになりたかったんですか?
    飛田 帝京大学で学生プロレスをやってたんですよ。SWSガクセイプロレス。とはいっても、全然練習してなかったですけどね。体育倉庫にマットを引いて、そこで受け身を取る程度で。
    ――リングはなかったんですか?
    飛田 リングは試合のときだけですね。借りるのに20万円ぐらいかかるから、1人頭6000円ぐらいで割って借りるんですよ。練習もやってないから、ちゃんとした学生プロレスの動きはできなかったし。いま思い返すと、それなのになんでプロの道に入っちゃったんだろ?って。
    ――自分でも不思議で。
    飛田 それは当時のインディがあまりにもレベルが低かったから「これは俺でも上に行けるんじゃねぇか」って。W☆INGの前座の試合とか、徳田光輝vs松永光弘を見ていたら「これは俺でもやれるよ!」って(笑)。
    ――自信がついちゃいましたか(笑)。
    飛田 そこはターニングポイントですね。その頃リング設営のアルバイトをやってて。アイアンマン西田というレフェリーと知り合いになって、なんとかW☆INGに潜り込めないかって話をしたんですよ。これだけレベルが低いんだからも俺も入れるじゃねえかと。ビクター・キニョネスとかにも相談して。 
    ――レベルが低いを繰り返しますね(笑)。
    飛田 俺よりデカイ奴も誰一人いないし。非道さんぐらいですよ。みんなバギーパンツ履いてるでしょ、あの頃は。一緒にリングを片してると、誰がレスラーだかわかんないんですよね。
    ――でも、W☆INGには入れてもらえなかったんですよね。
    飛田 結局ダメでしたね。そこは固いです。一番底辺だからこそじゃないですか。レベルが低いからこそ、逆にスゲープライドを持ってるんじゃないですか。
    ――飛田さん、面白いですね。
    飛田 いや、本当にレベルが低かったんですよ。ジェッド・ジャガーvsモンゴルマンという輝くべき試合があったんですけど、『週プロ』の読者投稿で「素人以下だ」と書かれたりしてて。
    ――そのまま掲載されるのも凄い話ですよ(笑)。
    飛田 W☆INGはダメだけど、谷津(嘉章)さんの所(社会人プロレスSPWF)が募集してたからそこに入って。あれはリングで遊ばせてやる代わりに、設営を手伝わせてたんですけどね。
    ――SPWFって3部形式でしたけど、具体的にどういうシステムだったんですか?
    飛田 1部がプロレス、2部がセミプロ……。
    ――セミプロといいますと?
    飛田 学生プロレスや社会人のプロレスですね。3部はアマレスですね。
    ――アマレス?
    飛田 シロウトがやると危ないってことでプロレスはやらせてくれないんですよ。2部のセミプロも頭から落とす技とかはダメだったり、いろいろと制約が多くて。俺はちゃんとした学生プロレスの動きができてなかったから、3部でアマレスやってて。そのときの同期が怨霊ですね。
    ――3部のレスリングというのは、競技として見せるということなんですか?
    飛田 そうですね。でも、俺はブレイクのあとにパンチ攻撃をしたり、メリケンサックの凶器攻撃で反則負けとかになって。
    ――えっ、ちょっと意味がわからないんですけど。純粋な競技として取り組まないといけないのに、反則をしたってことですか?
    飛田 そう。コーチ役の仲野信市がメチャクチャ怒ってましたね。「アンちゃん、いい度胸してるなぁ!?」って凄まれて。
    ――ハハハハハハ! プロレスをやりたいなら2部でやればいいんじゃないんですか?
    飛田 2部でやるには昇級試験で合格しなきゃいけないんですよ。受け身は辛うじてできたんですけど、それ以外がまるでダメで。ただ、こっちは設営を手伝ってるし、金を払ってリングに上がってるんですよ。2〜3ヵ月で1万円くらいかな。「こっちはお客さんだろ!」っていう頭があって。だからずっとふざけてたんですよね。谷津さんは俺のことを気に入ったみたいですけど、仲野信市は凄く怒ってましたね。「アイツはナメてる!(怒)」って。
    ――おっかなくて有名な仲野さんを前によくできますよ(笑)。
    飛田 興行は群馬近辺が多かったんですけど、東京から交通費を払って行ってましたからね。ギャラは当然もらえないですし、メシも出ないです。だったらこっちも適当にやっていいだろって。そんなときに高野俊二(高野拳磁)が屋台村で興行をやるからってことで。仲の良かった森谷(俊之)さんから「良かった来ない?」って誘われて。
    ――ニセ大仁田こと森谷さん。
    飛田 前座で1試合やらないかって話で。まあアマレスっぽい試合なんですけどね。で、行ったらメインが高野俊二vs宇宙パワーで。宇宙パワーの中身が高杉正彦だったんですけど、高野俊二が「ジジイはもう呼びたくねえんだ」って言い出して。俺は脇で「何か面白いことになってるなあ……」と見てたんだけど、高野俊二が「おまえ、受け身を取ってみろ!」って言い出したんですよ。10回ぐらい受け身を取ったら「いけるな」って。
    ――デビュー戦は高野拳磁戦だったんですか、そんな経緯で(笑)。
    飛田 そこから高野俊二とか屋台村以外でも試合をやるようになって。俺が日本人の中で高野俊二のダブルニーを一番食らってるっていう自負はありますよ。ずっと高野俊二と試合やってましたからね。・火炎放射という名の四天王プロレス・アップダウンにとにかくうるさい徳田光輝・将軍KY若松はガチでマジでヤバイ・インディ最大の謎、森谷俊之という男・全日本プロレスに出た理由……このサバイバル飛田記事と、インタビュー17本、コラム6本、13万字オーバーの詰め合わせセットはまだまだ続く!
     
  • 【15万字・詰め合わせセット】「プロレスとヤクザ」、中井りん、山田学、伊調問題告発者B氏、池田大輔…

    2018-03-31 23:59  
    540pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part50は大好評インタビュー18本、コラム6本、15万字オーバーで540円!!(税込み)

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    part50 
    ◎いったい何が起きていたのか? トライハードジム「K-1契約問題」記者会見全文
    ◎谷津嘉章、興行という灰色の世界を語る――「プロレスとヤクザ」
    ◎最狂シューティング伝説!! 山田学「グレイシーに道場破りと勘違いされて、ボクもやろうやろう!と」
    ◎嵐の総合格闘技編 安田忠夫「IWGP王者になりたくないから、はじめは断ったんだよ」
    ◎「ムエタイぼんやり層」必読!! 那須川天心と梅野源治はここが凄い!/山口元気×鈴木秀明
    ◎最後のムーンサルトプレス……天才・武藤敬司■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」
    ◎ステファニー・マクマホン、幻想と現実の境界線がない生活■斎藤文彦INTERVIEWS
    ◎復帰戦完勝! 中井りん「フライ級なら私が世界最強です! イノシシだって倒せます!!」
    ◎ゼロゼロ年代のレフェリング論――島田裕二の『島田は見た!』■Dropkick読書会
    ◎バチバチとは何か? 池田大輔インタビュー……ちょいとビターなフーテン人生
    ◎伊調馨問題・告発者B氏とは何者か「安達さんがUインターにレスリングを教えてくれたんだよ」■金原弘光
    ◎堀口恭司、激白「日本の格闘技界を盛り上げるためには、強い奴同士が戦わなきゃ」
    ◎【#MeToo】身体を鍛えてから一度も変質者に遭ってない■二階堂綾乃
    ◎事情通Zの「プロレス 点と線」
    ・【春の女子プロ界隈】アイスリボン、東京女子絶好調、電流爆破問題・RIZIN、K-1、KNOCKOUTに天心、武尊!! トライハードな連続ドラマ・ミルコ・クロコップのRIZIN引退試合はどうなるのか
    ◎不良番外地から格闘マッドシティへ…朝倉海インタビュー「ビッグチャンスが来た」
    ◎3月のマット界ニコ生トーク!! 小比類巻貴之、山中vsネリ、ターザン山本、ミルコ…/ゲスト橋本宗洋
    ◎アメプロインディ通信「フリーバーズ」
    ・【#MeToo】マイケル・エルガンはすべてを失ってしまったのか
    ・レッスルマニアの裏側で「2018年のUWF」開催!!
    ■オマスキファイトのMMA Unleashed
    ・ミルコ・クロコップ、USADA無視のベラトール強行参戦は是か非か
    ・「真剣味に欠けていた」ジョン・ジョーンズ、超長期欠場の可能性高まる カリフォルニア州聴聞会レポート
    ・UFC独占禁止法違反訴訟、原告が損害額は最大16億ドルだと主張
    ・ロード・トゥ・レッスルマニア:ロンダ・ラウジーWWEでの全仕事(前編)

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    <関連企画>■朝日昇 “奇人”が語る「本当に恐ろしい昭和格闘技」 ■修斗初代王者/仮面シューター・スーパーライダー 渡部優一「東映の許可? 取ってますよ(笑)」■「佐山先生に言われたんです。俺の影になってくれと」…中村頼永インタビュー<シューティング黎明編> ■運命のバリジャパ、安生道場破り、幻の長州戦真相――中村頼永インタビュー<ヒクソン来襲編>■【和術慧舟會創始2万字語り】西良典インタビュー「総合格闘技がなかった時代の話をしよう」■紀元前のシューティング……「スーパータイガー・ジムに通った高校生」/ソムチャーイ高津――初代シューターにして初期パンクラスでも活躍されていた山田さんは、総合格闘技というジャンルがなかった頃から戦ってきたわけですよね。
    山田 そうですね。決して冗談じゃなくてね、ボクがある試合に勝ってなかったら総合格闘技はなかったと言ってもいいくらいなんですよ〜! これはもう本当に(ニッコリ)。
    ――そうだったんですか!(笑)。では、今日はそのへんのお話をたっぷりとおうかがいしますが、もともとは栃木のほうで空手をやられていたそうで。
    山田 栃木の小さな町道場だったんですけど。17歳の頃、映画の『燃えよドラゴン』を見てブルース・リーみたいになりたいなと思ったのがきっかけですよね。
    ――それでシューティング(修斗)を始める前に地元・栃木で就職されてるんですよね。
    山田 防衛庁関係のね、ちゃんとした会社だったんですよ。
    ――防衛庁関係! いったいどんな仕事なんですか?
    山田 戦闘機やレーダー関係。詳しくは言えないんですけど(笑)。
    ――あ、国家機密ですか(笑)。プロレス格闘技に興味はあったんですか。
    山田 それがまったくなかったです。空手も健康のためにやっていただけなんで。どっちかというと格闘技は好きじゃなかったんですよ。
    ――それがどうして佐山聡先生のシューティングに入門するようになったんですか。
    山田 佐山さんが昔タイガーマスクをやっていたことは知ってたんですけど。空手をやってるときに投げ技ができる人が勢いで相手を投げたんです。空手で投げは反則ですから審判は「はい、立ってスタンドから」と指示するんですけど、そのときに「これでは路上で通用しないな」と思って。路上に審判はいませんから。
    ――それで全局面で対応できる格闘技に興味を持つようになったんですね。
    山田 そのときに『格闘技通信』が創刊されたんですね。読んだ『格通』がたしか創刊号か2号目だったんですけど、三軒茶屋に佐山さんのスーパータイガージムができて会員募集をしているという記事が載っていて。じゃあ行ってみるかと。
    ――旧UWFの興味から入門したわけじゃないんですね。
    山田 ボクはいつも直感で動くんですけど、「この人は日本で一番強い」と思ったんで。一番強い人に習えば一番強くなれると思ったんですよね。それで次の日、場所もよくわからないのに栃木から三軒茶屋のジムに行きましたからね。ローカル線で上野駅まで3時間かけて行って。上野から三軒茶屋まで1時間かけてたどり着いて。
    ――シューティングってどういうものか理解してたんですか?
    山田 なんとなく。『格闘技通信』に殴って蹴って関節技を決めると書いてあったんですけど。「関節技ってなんだろ?」って感じで。
    ――関節技もよくわからないまま!(笑)。当時は栃木で仕事をしながら三軒茶屋まで通ってたんですよね。
    山田 ジムには週1回ですね。でも、自主練は毎日やってました。自宅でひとりで(笑)。
    ――どんな練習をしてたんですか。
    山田 まずスパーリングは頭の中でやるんですよ。
    ――刃牙の空想カマキリ戦の世界ですよ!(笑)。
    山田 だってスパーする相手がいないですから。仕事を終えて最初にスクワットを1500回やって、それから15キロ走るんです。そしてサンドバックを2時間叩いて、そのあとウエイトを1~2時間やって。
    ――日をまたぎそうですね……。
    山田 それから柔道のダミー人形を使って「こうかな?」って自分になりに考えながら関節技の練習。だからボクのサブミッションは独特です。それは誰にも教わってないですから。
    ――独学でやられていたんですねぇ。
    山田 たまたま地元で紹介された整体の先生のところへ治療に行ったんです。そこで「身体を治せるということは壊せるんだな」って考えて。治せるんだから壊せる、壊せるんだから治せるという逆転の発想。両方できて武道家だなって思ったんですよ。なんで「整体を習おう」と週1回、朝から晩まで先生に付き添って。いわゆるカバン持ちですよね。ずっと先生の整体を見ながら、身体の構造をいろいろと質問したりして。それがいまの整体の仕事にもつながってるんですよね(笑)。
    ――しかし、そうでもしないと格闘技の勉強はできなかった時代なんですねぇ。
    山田 「十字固めのどこが痛いんだ?」って感じでしたから。あと高校の柔道部に行って寝技を習ったりしてね。だから近所では「あそこの息子は頭がおかしい」と言われてたんですよ。夜にサンドバックを叩きながら奇声を発していると(笑)。
    ――ただでさえ当時は格闘技への理解もなかったでしょうし。週に一度のシューティングではどんな練習をされてたんですか?
    山田 初めて行ったときはステップワークを1~2時間やったんですよ。で、次の週に行ったときにまた同じことをやらされるは嫌だから勝手に一番上のクラスに参加したんです。当時は3クラスあって、初級者、中級者、選手。ボクは週に1回しか通えないから、なるべく選手クラスで勉強しようと。そこで川口健次に「おまえ入ったばっかだろ?」と言われたんですけど「いや、長いこといますよ」なんて嘘をついて(笑)。それで選手とたちと練習するようになったんですけど、最初はスパーやってもボロボロですよ。しかも真夏は四十度を超えるんですよ、室内。
    ――当時は何人くらいいたんですか?
    山田 あの当時1500人はいました。
    ――1500人!!!!
    山田 でも佐山さんが1回怒ると100~200人はいなくなりましたから(笑)。
    ――ハハハハハハハ!
    山田 また入ってくるけど、佐山さんが怒ったらやめての繰り返しで。
    ――やっぱり佐山先生は怖かったですか?
    山田 ……おかしいですよね(笑)。
    ――ハハハハハハハ! 基本鉄拳制裁ですもんね。
    山田 いま高校とかで生徒が教師に頭を叩かれたことが問題になってるじゃないですか。ボクらの場合は木刀ですからね。あれを見ちゃうと「体罰って何?」って感じですよね(笑)。
    ――YouTubeに合宿映像が残ってるんですけど、あれも凄いですよね。
    山田 いやいや、あれはまだ優しいほうですよ(ニッコリ)。
    ――あれで!!
    山田 あんなの優しいですよ。だってまだ選手に話しかけていますから。ボクからすると「あ、今日は機嫌がいいのかな~?」って感じで。
    ――あれで!!!
    山田 耳が切れて出血するじゃないですか。「それがなんだ!? 耳が切れるほうが悪いんじゃ!!(怒)」って感じでしたから。
    ――では、優しくないときは……。
    山田 もう倒れてからマウントパンチですよ。
    ――は!?
    山田 ハハハハハ。それで生き残れない奴は来なくていいというスタンスですよね。だから根性はつきますよね。だから朝日(昇)と「あそこで生き残った奴はみんなキチガイだ」っていう話をしてて。並の精神状態だと残れないです。
    ――だって月謝を払って通ってるわけですよねぇ……。
    山田 お金を払って殴られに行ってるわけですから(笑)。
    ――佐山先生のスパルタ指導にはどんな意図があったと思いますか。
    山田 ボクにも言ってたんですけど、「みんな来ないでほしい。強い奴だけ来ればいいし、強い奴だけが残ればいいんだ」と。ひとり、ふたり残ればいいと思ってたみたいですよ。だから毎日ふるいにかけてたわけです。よく「心技体」というじゃないですか。最初は「心」なんです。心ができていない人間が技も身体もできないという理論で。
    ――つらくありませんでした?
    山田 いやあ……「もっと激しくやってくれ!!」と思ってましたよ。
    ――山田さんも狂ってますね(笑)。
    山田 この人を「お!」って驚かせたら一人前だと思っていたんで。
    ――中井(祐樹)先生がシューティングに入った頃は地獄の合宿をやってないから逆に佐山先生にリクエストをしたそうですね。「なんでやらないんですか!?」って。
    山田 まあ、あいつも頭がおかしいですから。ハハハハハ!
    ――あんな合宿をお願いするんですからね(笑)。
    山田 中井が入ったのはボクの所属が木口(道場)になった頃なんですよ。「寝技が強い奴が入ってくるから」と言われて。それでボクと朝日とかと一緒に練習したのが最初の出会いですね。中井は真夏なのにロングジャージを着てきたから「あ、こいつも頭がおかしいな」って(笑)。
    ――真夏にロングジャージ(笑)。
    山田 あのね、タイガージムってヘンチクリンな人間の集まりだったんですよ。
    ――朝日さんも変わってますよね。話しだすと止まらないですし。格闘技の質問をしてるのにいつのまにメジャーリーグのダルビッシュの投球術の話になってたり。
    山田 そうそうそう(笑)。自分も変わってますけど、当時は記者の方から言わせると「格闘技界には3人まともに話ができる人はいる」と。それはボクと中井と高阪剛で(笑)。
    ――格闘技界の3賢者ですね(笑)。途中でその朝日さんもいた木口道場へ所属が変わったのはどういう理由があったんですか?
    山田 練習するなら強い人というのがあって。当時はサブミッションがわからないということで朝日に「稽古をつけてくれない」と頼んだら「いいよ。俺はいつも木口にいるから」ということで。それで木口に行ったら寝技の強い選手ばっかりなんですよ。
    ――初心者が足を踏み入れられない雰囲気だったとか。
    山田 あの当時はちょっと異常でしたね。「自分が一番強い!」と思ってる奴らがやりあうみたいな。木口さんの繋がりでいまの吉田沙保里選手のコーチも来てたんですよ。ほかにもボクシングの選手が来てたり、技術が体系化されていないので、いろんな格闘家を呼んでいろんな練習を取り入れて。
    ――そうやって総合の研究が進んでいたんですね。朝日先生が言うのはとにかく木口先生が強かったとか。
    山田 強かったですねぇ。勝てなかったですもん。とにかく力が凄いんですよ。オリンピックに行くような人はさすがだなって思って。いつもギターを弾いてるオヤジなんですけど、レスリングはホントに強くて。
    ――それで栃木から上京したのはいつ頃なんですか?
    山田 それはパンクラスに入団してからですね。
    ――あ、それまで栃木でやられていたんですか。
    山田 シューティングには4年間在籍しましたけど、練習はほとん栃木です(笑)。最後の1年くらいは、ボクの高校の同級生でいま栃木の山田道場を任せている太田とやっていたんですよ。たまたま道端で会って話をしたら太田は新日本プロレスに入りたかったらしくて、テストに1回落ちたのかな。「また鍛えなおしてもう1回受けたいんだ」っていうから「俺と一緒に練習しよう!」と。
    ――「これでひとりじゃなくなる」(笑)。
    山田 これはラッキーだぞと(笑)。太田は初心者だったからイチから教えたんですけど、それは自分の確認にもなりますから。
    ――でも、東京の選手と差がつくんじゃないかって焦りませんでした? 
    山田 それはずっとありましたけど、そこを補うのは精神力ですよね。それだけです。だってお金にもならないことをやってるわけですから。(ファイトマネー)15000円で殺し合いをやってるわけですよ。
    ――ファイトマネーは15000円!!
    山田  それもチケットですからね。ボクなんか栃木だから友達に「東京に見に来てくれ」とか買ってもらうわけにもいかないし。だからシューティングで13戦やったけど、11戦は無償ですね。お金になってないですもん。
    ――どんなモチベーションで戦ってたんですか?
    山田 「強くなりたい!」という思いだけです。それだけでやる気満々ですよ。そういうふうに思えないとやっていけないんでしょうね。
    ――言葉が悪いですけど、狂っていないとやり抜けない。
    山田 やれないと思いますねぇ。おかしな生活でしたから。東京に行ったときも最終電車がなくなって栃木に帰れないことはしょっちゅうで。そのときは新橋で浮浪者たちと一緒に寝るわけですよ。「◯◯さん、終電がないのでここで寝ていいですか?」とお願いして。
    ――すっかり顔なじみだったわけですね(笑)。
    山田 浮浪者、浮浪者、俺、浮浪者の順で寝てますから(笑)。
    ――やけに身体のゴツイ浮浪者ですよ(笑)。
    山田 そんときに怖い思いしたのはネズミですよ。新橋のネズミはデカイ。猫くらいの大きさなんですよ。ホントびっくりしましたもん。
    ――そうしているうちにパンクラスに入団するわけですけど。
    山田 鈴木みのるさんとやりたかったんですよ。俺のほうが強いと思ったし、当時のパンクラスの中で鈴木さんが一番強いと思ったんですよ。それで「戦わせてください」と。
    ――それはシューティングの選手として対戦要求したんですか?
    山田 個人です。「非公開でもいいからやりましょう。パンクラスの道場行きますから」と。
    ――非公開で(笑)。シューティングの選手からすると、常に話題を集めていたU系には嫉妬心みたいなものはあったんですか。
    山田 当時のシューティングって鎖国時代だったんですよ。佐山さんが「取材を受けない」という方針で。「中途半端な奴らが表に出るな」ということで選手は脚光を浴びなくて。だから試合後のコメントも出ないし。いま試合後に勝者がリング上でファイティングポーズを取るじゃないですか。あれはあの当時せめて目立ちたくてボクがやり始めたです(笑)。
    ――それくらい目立ちたかったんですか(笑)。
    山田 桜田(直樹)さんに「先輩、もっと目立ちたいですよね」「じゃあ、試合が終わったあとにこうやってポーズを取ればいいんじゃない」って。それで試合後にポーズを取るようになったらみんなマネをし始めて。昔はリングに一礼してリングを降りていたんですから。
    ――それくらいギラギラしてたこともあっての対戦要求。
    山田 佐山さんからずっと言われていたんですよ。「プロレスは強くない。プロレスと格闘技を一緒にするな」と。それでパンクラスに「ホントに強いのか俺が証明してくる」ということで話をしにいったんです。そうしたら当時のパンクラスの尾崎社長が「そういう話はありがたいんですけど、私らも興行でやってるわけですから」と。
    ――まさか道場マッチでやらせるわけにはいきませんよね。
    山田 「もし本当に山田選手が鈴木みのるとやりたかったら、いきなりは無理ですけど、パンクラスに入団して段階を踏んでいけば実現させます」と。それですぐに先日お亡くなりになった浦田(昇、修斗コミッショナー)会長のところに行って「鈴木みのるを倒したいからパンクラスに行っていいですか?」と聞いたら「いいよ」と。続けて「シューティングの看板を背負っていけよ。おまえがシューティングを広めろ。いまはいろんなところが総合格闘技をやってるけど、いちばん最初にやり始めたのは佐山聡。その最初の選手はおまえなんだから看板を背負え!」と言われまして。
    ――それはしびれますね!
    山田 佐山さんにもその話をしたら「わかった。行って来い」。その一言です。
    ――でも、佐山先生はU系に対してはアレルギーはありましたよね。
    山田 ありました。だからボクに負けてほしくないという気持ちが強かったらしくて。それは後になってわかるんですが……。
    ――U系の中ではパンクラスが最初に競技化したわけですが、どうごらんになってたんですか?
    山田 俺たちのやってることは間違ってなかったと思いましたね。そうじゃなかったらほかの人たちもやらないだろと。それまでは「あれ、なんのスポーツ? 中途半端に殴って投げて」という印象しかなかったと思うんですよね。あと興味を惹いたのは当時のパンクラスは無差別だったんです。こんなおもしろいことはないぞ、と。だってデカイ人間を倒せるんですよ。ボク、73キロしかなくてホントはミドル級だったんですけど、計量のときに重いものをポケットに入れて体重計に乗るんですよ。
    ――えええ(笑)。
    山田 そうすると84キロを切るか切らないかくらいになって。ボクはいつもミドル級の身体でライトヘビー級で闘ってたんです。だって小さい身体でデカイやつを倒せば最強じゃないですか。
    ――そこはロマン優先なんですね。
    山田 冒険ですよ(笑)。「俺はどこまで冒険できるんだろう!?」と。それでパンクラスの入団のときに尾崎社長に「ボクのことを2試合、見てください」と言ったんです。デビュー戦と2試合目。2回やって2回とも勝てなかったらクビにしてくれ、と。
    ――というと、その時点で正式に契約していたわけじゃなかったんですか。
    山田 契約も何もないですよ。「結果を出してから考えてください」って。だってそこまでずっとタダ働きしてきたわけだから、とくに要求するものも何もないですよ。
    ――でも、パンクラス入団にあたって仕事をやめて上京したんですよね?
    山田 防衛庁関係の仕事はね、20歳のときにやめてました。部長が深夜にテレビを観てたらシューティングがやっていて「おまえ出ていたよな」と言われて。「ウチの会社、副業できないんだけど。いちおう聞くけど、うちの会社と格闘技、どっちを取る?」と聞かれて会社をやめました。その会社、なかなか入れないところなんですけど。
    ――はあ……そこまで格闘技に!
    山田 周りからも「もったいない」と言われましたよね。でも、ボクは冒険王なんで(笑)。「人生を冒険しなくちゃいけない!」と思って。
    ――そこから違う仕事をしながら格闘技を続けたんですか。
    山田 アルバイトです。ガソリンスタンドとか山のてっぺんに温泉場があるので、そこの旅館で掃除や賄いを作ったりとか。温泉場まで片道30キロくらいあるんですけど、ロードレーサーで毎日登って行くんですよ。標高差1500メートルくらいありましたから(笑)。
    ――それで週に一度は片道3時間かけて東京に行ってたわけですか(笑)。
    山田 だから休みがないですよ。休んだおぼえがないですもん。頭おかしいでしょ(笑)。
    ――それでパンクラスで2試合とも勝利して正式に契約をしたわけですよね。
    山田 そうですね。そこで初めて格闘技でご飯が食べられるようになったんです。これで朝から晩まで練習ができるなと思ったんですよ(笑)。人を殴ってご飯が食べれるんだなあって……。
    ――てっきり格闘技で食うためにパンクラスに入団したのだと思ってたんですが、それは結果的にそうなっただけなんですね。
    山田 いや、ただ鈴木みのるを倒したかっただけなんです。それがたまたま入団できることになって。えらそうに雑誌なんかに載るようになっちゃって。やっぱり月に1回定期的に試合ができるのが幸せでしたよね。月1回も戦えるんですよ。
    ――でも、月1ペースってけっこう大変じゃなかったですか?
    山田 大変は大変ですよ。怪我をすれば治すのに時間はかかるし、試合間隔は4週間しかないですから、なるべくケガをしないように勝つという。
    ――そういう事情もあったのか、船木選手も「潰し合いはしたくない」と言ってましたね。
    山田 それでみんなが勘違いしていて「パンクラスは八百長じゃないのか?」という話が流れいてたんですよ。大好評インタビュー18本&コラム6本、15万字オーバーの詰め合わせセットはまだまだ続く…… 
     
  • 【13万字・詰め合わせセット】RIZINと競技、ロイヤルランブル、安田忠夫新日編、田上明、K-1崩壊……

    2018-02-28 23:59  
    540pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part49は大好評インタビュー15本、コラム5本、13万字オーバーで540円!!(税込み)

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    part49 ◎徹底解説16000字!! 福田正人RIZIN審判部長に聞く「RIZINと競技運営の現状」
    ◎【90年代・新日本プロレス編】安田忠夫「リングでやっちゃえば警察は介入できないじゃん」

    ◎斎藤文彦INTERVIEWS

    ロンダ旋風、中邑&ASUKAダブル優勝!! ロイヤルランブル1万字総括

    ◎Dropkick読書会

    ボブ・サップ『野獣の怒り』と、谷川貞治『平謝り』から読むK-1崩壊

    ◎田上明さん、どうしてステーキだったんですか? 「ステーキ居酒屋チャンプ」インタビュー

    ◎原理主義の親玉に訊く「中井さん、なぜそこまで強さを追求するんですか?」■中井祐樹☓大沢ケンジ

    ◎【パンクラス歴史的死闘】仙三、一度はグローブを置いた後悔「このままじゃ負け犬じゃないか」

    ◎シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク

    ガヌー敗北の裏側/DAZNのUFC中継更新は?/ONE日本大会また消滅

    ◎プロレスラーは強いんです! 金原弘光が大病から帰ってきた!!

    ◎小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    縁の下の力持ち!! 坂口征二の荒鷲人生

    ◎2017年の堀口恭司、RIZINで1億円稼いだ説

    ◎18年目の再挑戦!! 川尻達也インタビュー「五味くん、矢地くん、北岡くんのいるライト級に帰ります!」

    ◎前代未聞!! 新生K-1ビッグマッチのメイン消滅とは何か■事情通Zのプロレス点と線

    ◎中邑真輔がWWEで成功するのは、あったりまえじゃん!■二階堂綾乃先生のロイヤルランブル

    ◎【KNOCKOUT戦略発表会】木谷高明オーナー、大演説「RIZINやK-1はまったく怖くないです!!」

    ■オマスキファイトのMMA Unleashed

    米インディープロレス狂騒曲:WWEに行く必要がない、あるいは行きたくないという選択肢が可能になっている時代/ロンダ・ラウジーのプロレス転向は成功するのか?/「まだUFCなんか気にしているの?」米メディアに渦巻くUFC悲観論まとめ/前回はプロレス風味のフットボールで大失敗! ビンス・マクマホン(72)、XFLで最後のリベンジ



    ■アメプロインディ通信「フリーバーズ」

    TOO SWEETじゃなくてTOO DEEP!! 世界一卑猥なハンドサインをご存知?/デスマッチ仁義なき戦いに警察も出動! GCWシュート事件とは何か
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    Dropkickのプロレス格闘技本読書会!!  今回取り上げる本はボブ・サップ『野獣の怒り』と、谷川貞治『平謝り』。この2冊の本からK-1を振り返ります! この記事はDropkickニコ生配信で語られた『プライド』の感想を再編集・加筆したものです(語り・ジャン斉藤)

    【関連記事】高田vsヒクソンの真実とは? 金子達仁『プライド』天田ヒロミ K-1天国と地獄「谷川さんがやるようになってK-1はダメになりました」 佐藤嘉洋「判定問題のせいで闇に葬り去られていますけど、魔裟斗戦はMAX史上最高の盛り上がりだったと思います」今回はボブ・サップの『野獣の怒り』と、谷川貞治さんの『平謝り』という2冊の告白本から当時のK−1の実態を解き明かしていきたいと思います。

    いきなり話は脱線しますが、『平謝り』という題名もそうですし、頭を下げっぱなしの人生だったと過去を綴る谷川さんですけど、印象的な“平謝り”なエピソードがあって。これはボクが『kmaipro』の編集者だったときのことなんですけど、ボクが聞き手を務めたインタビューで谷川さんが武蔵の悪口を言ったんですよね。「試合がつまらない」とかそういう類の。それを読んだ武蔵が大激怒したらしくてですね、慌てた谷川さんから電話があって「斉藤くんが無理矢理言わせたってことにしてよ〜」とお願いされまして(笑)。

    それもずいぶんムチャクチャ話なんですけど、仕方がないから武蔵のマネージャーに謝罪の電話を入れたことがありますね。谷川さんじゃなくてボクが平謝りしていたんですよ!!(笑)。

    というわけで本題に入りますと、旧K-1は未払い問題が解決してないこともあるので、谷川さんのことを悪く言う選手や関係者はいまだに多いんですが、なぜ谷川さんだけが悪く言われるかといえば、この2冊を読むといろいろと見えてくることがあるんですね。

    まずボブ・サップ本のほうから触れたいんですが、この『野獣の怒り』はもの凄く面白い本です! かなりの完成度。ボブ・サップ本人しか知り得ないことが事細かに書かれていて。まあ本人が書いてるから当たり前なんですけども、そうじゃない本もあるじゃないですか。これはあくまでもボクの憶測ですが、この本は元K-1関係者がサポートしてるんじゃないかなって。いくらボブ・サップいえども、ここまでK-1の内部に詳しくないと思うんですよね。え〜、サップにアシストしたのは誰なんでしょうか?(笑)。

    この本のバランスの良さは、サップ本人の都合のいいことばかり書いてるんじゃなくて、たとえばプライベートも赤裸々に明かしてるんです。おしっこプレイが快感だったこととか! K-1の関係者の人間評も面白いんですね。こういうときってポジショントークになりがちというか、仲がいいから褒めるとか“政治”が見えるんですけど、業界の評判どおりの書き方で。

    たとえばジョシュ・バーネットのことをエゴイストとけっこうな批判をしたり、谷川さんのことはもちろん無能扱いなんですけども。こうやって「アンチ谷川貞治」のスタンスの人って石井館長を絶賛するケースが多い。でも、サップの石井館長評は絶妙なんです。石井館長を最大限にリスペクトしつつも、ビジネスライクな面があると指摘している。サップ誕生パーティーにおけるエピソードは興味深いので、そこはぜひ本を手に取って確かめてください。

    この『野獣の怒り』最大のポイントは、ファイトマネー等の金額を明らかにしていることなんです。多少盛っているかなーと思える箇所もあるんですけど、限りなく事実は多いんじゃかなと。たとえばサップはPRIDEの買収金額を約60億円と書いてますが、これはほぼ当たってるんですね。のちにUFCとのあいだにトラブルが発生したらしくて、榊原さんに全額支払われてないみたいですけど……。サップの格闘家デビュー当時のギャラは、1年間で10万ドルだったと書かれてます。試合数はとくに決まってなかったり、けっこうザルな契約内容。サップの人気が爆発してもギャラは安かったらしくて、2002年大晦日の高山善廣戦はたったの1万ドル。さすがに交渉して、契約金50万ドル1試合1〜5万ドルの変動制に結び直してるんですね。当時からすれば妥当な額かもしれません。
    大好評インタビュー15本、コラム5本、13万字オーバーの詰め合わせセットはまだまだ続く…
     
  • 【11万字・詰め合わせセット】安田忠夫、RIZIN特集、ジェリコvsケニー、長州激怒、ミゼット……

    2018-01-31 23:59  
    540pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part48は大好評インタビュー13本、コラム7本、11万字オーバーで540円!!(税込み)
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    part48 インタビュー13本/コラム7本◎相撲と暴力、博打、八百長問題を激白! 安田忠夫インタビュー「貴乃花は、馬鹿乃花だよ!」◎ライオン・ハート時代のクリス・ジェリコ■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」◎「Y2J」コールができなくても楽しかったクリス・ジェリコ■二階堂綾乃先生のイッテンヨン◎事情通Zのプロレス点と線長州力の「オマエはプロレスやめろ!」事件とは何か?/【笑ってはいけない大晦日】ベッキーのタイキックはシュートだったのか?◎RIZIN特集・笹原圭一RIZIN広報の新年大展望「間違いなく賛否両論が巻き起こる隠し玉があります」・堀口恭司RIZINバンタム級GP優勝インタビュー「いつもどおり戦いました」・マネジメントから見た「堀口恭司UFC離脱からRIZIN GP完全制覇」まで■石井史彦・浅倉カンナ“初代女王”インタビュー「MMAとの出会いが人生を救ってくれました……」
    ・【神取忍戦また消滅】体重超過12.7キロ!! ギャビ・ガルシアはなぜウソ泣きをしたのか?・堀口恭司がデメトリウス・ジョンソンと再戦したらイケる!?■大沢ケンジ◎プリティ太田「ボクの代でミゼットプロレスを終わらせるわけにはいきません!」◎アメリカンドリーム、ゴールダスト、コーディ……ローデス親子それぞれの物語■斎藤文彦INTERVIEWS◎“UFC金の卵”ガヌーはマイク・タイソンになれるか■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク
    ◎オマスキファイトのMMA Unleashed
    米国人記者が語るイッテンヨン東京ドーム/地球上最強男スティペ・ミオシッチは、それでも時給14ドルで消防署で働く/アメリカメディア2017年ニュースオブザイヤー/ポーランドKSWがそれでも年間4大会しか開催しない理由◎アメプロインディ通信「フリーバーズ」

    “新・入れ墨モンスター”シュラックのデスマッチ・メタル/カナダの狂乱のハードコア団体『IWS』――人生の栄光と転落
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    恒例となった笹原圭一広報のRIZIN総括インタビュー! あんなことやこんなことがあったRIZIN年末や今年の展望――男子GPはやらない? 女子GPはこの階級?……などなどを13000字のロングインタビューでたっぷりと振り返ります!(聞き手/ジャン斉藤)笹原 今回の大晦日も疲れました……。

    ――おつかれさまです!(笑)。笹原さんは初の大晦日興行が行なわれた2000年からずっと携わってますけど、一度だけ大晦日に何もやらなかった年があったじゃないですか。

    笹原 2013年の大晦日ですよね。

    ――はい。翌年の2014年は、佐伯さんがさいたまスーパーアリーナでDEEPでやりましたけど。

    笹原 あのときのDEEPは会場まで見に行ったんですが、2013年だけですよ、何もなかったのは。その“何もない年末”を凄く楽しみにしてたんです。「昼間っから酒を飲んで、こたつに寝っ転がって紅白観て……ってどんなに素晴らしい年末なんだろうな……(ニヤニヤ)」って。

    ――興行があるときは準備だなんだで11月中からずっと忙しいわけですもんね。

    笹原 でも……“何もない年末”は、クソつまらなかったですね。

    ――年末がかわいそうな言い方!(笑)。

    笹原 テレビもすぐに飽きちゃったし、何もやることがなくて。2015年にRIZINを立ち上げるときに社長(榊原信行)に「年末は何かやってないと面白くないです!」と言った記憶があります。

    ――それは年末に仕事をしてないと刺激がないのか、普通に年末を過ごすのがつまらないのか、どっちなんですか?

    笹原 どっちもですけど、年末のイベントはずっとやり続けてきたことですし、大晦日は格闘技にとってシーズンピークじゃないですか。なかなかカードが決まらなかったり、「マジかよ!?」みたいなことが起こったりするんですけど、格闘技にとって一番のお祭りがないってことがつまらないんでしょうね。

    ――大筋は変らないと思いますけど、今回はいままでの大晦日と何か違った点は何かありましたか?

    笹原 やっていることは変わってないですけどね。変わってないけど、自分の年齢は重ねてますから。体力的にシンドいですねぇ。

    ――老化は止めようがないと(笑)。

    笹原 だって初めてやったのが18年前ですよ。その頃は永久電池くらい無限に働くことができましたけど、もうねぇ、動きませんよ。猪木さんが最近元気がない理由がようやくわかった気がします(笑)。

    ――笹原さんのやっている仕事って多岐にわたるから、何が大変か理解できない人も多いんじゃないかなって。

    笹原 そこなんですよ、Dropkickにもっとアピールしてほしいところは!

    ――ハハハハハハハ!

    笹原 ボクの名刺には単に「広報」という肩書きが入っているだけなんですけど、じつは広報業務はそこまでやってないんですよね。もっと地味なことやったり、時にはもっとえらそうなことをやったりしてるんですよ。

    ――笹原さんの仕事は「もっとえらそうこと」(笑)。

    笹原 なので初めての人と名刺交換するじゃないですか。そうすると相手がたまに「ただの広報という肩書きなのに、なんでこいつはこんな偉そうなんだ?」みたいな顔をされることがあるんですよ(笑)。かと思うと、イスや荷物を運んだり、使いっ走りみたいに走り回ったりもしているので、あまり面識のない人たちからは、たぶん気味悪がられていると思います(笑)。

    ――おおまかにいうと、イベント全体の統括だったりするわけですよね。

    笹原 MMAファイターが柔術、キック、レスリングといろいろとやらなきゃならないことがあるのと同じなんです。イベント制作、放送、券売、グッズ販売、競技、選手交渉…あとは格闘技EXPOもありますし、事前に準備したり、発注や指示したりすることが山ほどある。Dropkickの原稿チェックなんかしてる場合じゃないんですよ!

    ――ハハハハハハハ! 新年早々すいません(笑)。

    笹原 いや、原稿チェックはもちろん大事な仕事なんですけどね。こないだも某選手があるメディアから取材を受けたんです。取材があることはRIZINにとっても喜ばしいことなんですが、内容をチェックもしないまま掲載されそうになりまして。大慌てで誤解されそうな部分を修正しました(笑)。

    ――そういえば、PRIDE時代から残っているスタッフってあまりいないですよね……。

    笹原 なかなか残らないんですよねぇ。イベント運営って経験が物を言いますから、イベント全体を把握している人って少ないんです。なので全体を俯瞰して全て見えている社長からすると、「なぜあれができてないんだ」とか「ここをもっとこうすればいいだろ」みたいなことはたっくさんあると思います。で、「笹原、あれはどうなってるんだ」と、仕事が無限ループしていくわけです(笑)。

    ――そこに格闘技の知識、業界の常識も身につけてないといけない。ちょっと特殊職業すぎますね。

    笹原 誰も褒めてくれないから大きな声で言いますが、じつはなかなか大切な人材なんですよぉ! 

    ――“第2の笹原さん”を目指したい方はぜひRIZINに入社して、業界を背負っていただきたいですね(笑)。

    笹原 いつでもボクの仕事を譲ります! でも、なかなか次の世代が育ってなくて……。

    ――RIZINを立ち上げたときに笹原さんは「もう若くないから次の世代の人間が……」って言ってましたね。

    笹原 ああ、言ってましたね。いつになっても現れないから、PRIDEのときより働いてますよ!

    ――ハハハハハハハハ! ファイターのほうは世代交代がうまくいってることもあって、今回は大晦日史上最高の内容になりましたね。

    笹原 ありがとうございます! 内容的には大成功だと思いますね。ホントに素晴らしかった。

    ――「大晦日史上最高」と絶賛しながら、最初はギャビ・ガルシアの計量大オーバーの話から……。

    笹原 まずズンドコから始まったんですよねぇ、今回は(苦笑)。

    ――12.7キロオーバーって前代未聞ですよね。事前に異変は察知できなかったんですか?

    笹原 これは別にギャビだけじゃなくて、こちらは計量が厳しそうな選手は事前に気にしているんですよ。で、こまめに報告を受けるようにしているんです。ギャビについては、前日だか前々日の段階で「あと6キロくらい」って聞いていたんですよ。

    ――それは全然順調ってことですよね。

    笹原 そうです。彼女のサイズを考えれば最後に水抜きしてきっちり落ちるくらいの感じです。おまけに今回の95キロという契約体重は、前の試合と同じだったので、そこまで厳しい設定ではなかったはずなんですけど……蓋を開けてみたら12.7キロオーバーという、聞いたことのないくらいの超過だったと。

    ――もともと2人には体重差があるんだから契約体重には意味がない……なんて声もありましたが、減量してもらうこと自体に神取さんはメリットがあるわけですし。

    笹原 ギャビがどれだけ減量で苦しむかは、神取さんにとって当然プラスになりますからね。どうしてこんな大失敗をしてしまったかといえば、ギャビってメンタルが弱い……というレベルじゃないくらいコミュニケーションが上手に取れない人なんですね。小さい頃から身体が人並み外れて大きいことを理由にイジメに遭って、柔術に出会って自分を表現できるようになったんですけど、それでも何か大きな不安を抱えているんじゃないかって思うんです。  

    ――ギャビからは偏ったRIZIN愛を感じるときがありますね。

    笹原 RIZINは初めてプロ契約をしたイベントなので、当然思い入れは大きいと思います。ボクらもギャビには頑張ってもらいたい気持ちはありますけど、まずビジネスとしてお互いに守らないといけない約束ってあるじゃないですか。その信頼関係を作り直さないといけないですよね。

    ――減量失敗はよくあることなんですが、その後のギャビの言動が凄く危なっかしいんですよね。プロとしての自覚がちょっと薄いというか……。

    笹原 いきなりワッと注目を浴びたことで自分の存在を肯定されたんでしょうけど、プロとしての振る舞いはボクらも教えられてなかったし、自分で学ばなきゃいけないところもあります。たとえばマイクや入場がやたら長かったりするじゃないですか。そこもプロとしてちょっとズレてるし、これから学んでいくことなんだと思いますね。まぁでも、今回の体重超過の責任は、最終的には当然プロモーターである我々の管理ミスということです。これは真摯に反省しています。

    ――テレビ的には目玉カードでしたから、カード中止は大変だったんじゃないですか?

    笹原 ですね。テレビ的には間違いなく必要なカードでしたから。

    ――ネットでMMA情報をチェックしてる層だと神取vsギャビはやろうがやるまいがどうでもいいですけど、テレビでは価値がガラリと変わるという。

    笹原 MMAというスポーツや競技という観点から言えば、このカードは体重差や年齢差もあるし、やるべきではないという意見はごもっともだと思います。でも、そういう正論だけでは、世間は振り向いてくれないんですよ。まぁ、この話を始めるとキリがないのでやめときますけど(笑)。

    ――それこそ18年前からずっと繰り返し議論されていますね(笑)。3度目の正直じゃないですけど、今年の大晦日には……。 

    笹原 このまま毎回実現しないパターンで、5年くらい引っ張るかもしれません(笑)。

    ――そんなドタバタから始まりましたけど、バンタム級GPが両日ともに大爆発しました。

    笹原 試合内容とトーナメントという仕組みであそこまで見せられたことはホントに大きかったですね。このバンタム級GPは堀口恭司という存在がいることから始まったんですが、出場選手が並んだときは正直ちょっと地味かなって思っていたんですけど……選手全員に「正直スマンかった!」と謝りたい!(笑)

    ――ヴァー!!(笑)。いや、じつはボクもちょっと雲行きが怪しいかなと思ってました。川尻(達也)選手がバンタム級GP査定試合で負けたり、ほかの選手も1回戦で大きなインパクトを残せていなかったりしたので……。

    笹原 MMAファンからすれば楽しみで仕方ない企画だと思うんですよね。でも、堀口選手が優勝できるかどうか以外のテーマが作れていなかった。ところが29日の4試合すべてが凄まじかったことで、選手のキャラが一気に届いて、それまでのストーリーも浮き彫りになったってことですよね。

    ――たとえばRIZINでいきなり堀口恭司vs石渡伸太郎の再戦をやってもここまでの盛り上がりはなかったかもしれませんが、GPを通したことでさらに味わい深く楽しめたってことですよね。

    笹原 石渡選手の色気というか、「ザ・漢!」という感じも伝わりましたし、なにより大塚(隆史)選手が勝ち残ったことが凄く大きいと思うんですよね。彼が陰のMVPですよ!

    ――ああ、凄くよくわかります! アメコミはそこまで詳しくなくても、アベンジャーズやジャスティンリーグでヒーローたちが続々と集結する楽しさってわかるじゃないですか。大塚選手が割って入ってきたことで役者が徐々に揃ってくる快感がありましたね。

    笹原 じつは運営本部が一番盛り上がったのは、大塚選手がカリッド・タハから一本勝ちした試合なんですよ。「えっ、マジかよ!」って、スタッフのあいだからドヨメキが起こりましたから(笑)。私も試合後に思わず本人に「大塚くんが勝つと思わなかったよ!」って言っちゃって、本人が苦笑いしていたくらいですから(笑)。

    ――興奮のあまりとんでもなく失礼なことを言ってますよ!(笑)。

    笹原 それくらいあの勝利は大きかった!大好評インタビュー13本、コラム7本、11万字オーバーの詰め合わせセットはまだまだ続く…… 
  • 【11万字・詰め合わせセット】村浜武洋、日馬富士、ヤマモ騒動、佐々木健介、ジェリコvsケニー……

    2017-12-31 23:59  
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    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part47は大好評インタビュー12本、コラム11本、11万字オーバーで540円!!(税込み)◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉
    part47◎いろんな意味で大反響!! 村浜武洋“流浪と怒り”のロングインタビュー

    ◎解説、待ったなし!! 元大相撲力士が語る日馬富士騒動/「将軍岡本」あらため岡本将之
    ◎「情」で生きる佐々木健介の激烈人生!■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」
    ◎ジェリコvsケニー実現で考える「アメリカから見たプロレスの国ニッポン」■斎藤文彦INTERVIEWS◎プロレスゲーム制作から裏方エキスパートへ…弥武芳郎リングアナが語る“U系インディ”◎事情通Zのプロレス点と線誰だと思ってるんだ!? ヤマモの「アイドルの腰掛け」発言とは何か?/東スポプロレス大賞2017答え合わせ/ボブ・サップ、元恋人へのDV騒動◎「おまえらちゃんとやれ!」……アメリカ連邦議会がUFCを攻撃!■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク◎高田vsヒクソンの真実とは? 金子達仁『プライド』を読んだ感想■ジャン斉藤
    ■オマスキファイトのMMA Unleashed
    ・試合で一時死亡していたMMAファイター、彼を救ったカットマン、それぞれの再生物語
    ・ホームレスからUFCの次代の大物へ:フランシス・ガヌーの驚くべき冒険
    ・カネと名声に溺れて、コナー・マクレガーはダメになってしまったのか
    ・世にも奇妙なヒース・ヒーリング!? モスクワのドクター・フランケンシュタイン
    ・UFCは生き残れるのか? 地上波放映の契約交渉が始まる!
    ◎アメプロインディ通信「フリーバーズ」
    あの日本人もここからWWEに? 時代の最先端を走る「PWG」!!/アメリカのデスマッチキングは銀行強盗犯…ニック・ゲイジの最狂人生◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉


    2011年に大相撲を揺るがした八百長問題に巻き込まれて力士を引退、その後はプロレス転向を果たした岡本将之(元・将軍岡本)が日馬富士騒動を解説する!! 四股名・霧の若として10年以上も土俵に立ち続けた男の目には、このたびの混乱はどうように映っているのか――?――日馬富士騒動が新聞やテレビで連日報道されていますが、相撲界に10年以上いらした岡本選手は、このニュースを聞いたときにどう思われたんですか?
    岡本 まず最初に思ったのは「貴ノ岩関がよっぽど失礼な態度を取ったんだろうな」って。まずそこですね。そうでもしないと横綱が下の人間にあそこまで手を出すことってありえないんですよ。
    ――身内同士のケンカと思われた騒動は、世間を巻き込んで大騒動に発展していきましたね。
    岡本 被害届が出たら日馬富士関は引退するかもしれない。ただ、そこは横綱審議委員会が世論の動向を伺いながら決めると思ってたんです。
    ――ところが日馬富士関は自ら進退の決着をつけました。
    岡本 自分から引退届を出すとは思わなかったです。横綱審議委員会が世論の声にガマンできずクビにするだろうなと思ってたんですけど……。
    ――岡本選手としては日馬富士関の決断は意外だったんですね。
    岡本 まだまだ相撲を続けたいだろうなとは思ってたんで。でも、騒動の過熱ぶりを見て無理だと判断したんでしょうね。そこでしがみつくくらいなら男らしく……っていう。あの方はモンゴル人だけど、日本人っぽいですから。礼儀もうるさいけど、しっかりした方なので。
    ――岡本選手は相撲現役時に日馬富士関と接点はあるんですね。
    岡本 ボクの一年下なんですけど、日馬富士関が酒癖の悪いイメージはないんですよ。親しくしていたわけではないので、深くは知りませんが、ご一緒させてもらったときは全然普通でしたね。酒を飲んでいても、ちゃんとしていたし。
    ――だから事件の報を聞いたときに「貴ノ岩関がよっぽど無礼な態度を取ったんじゃないか」と。
    岡本 現場で何があったのかはわからないですが、ニュースを聞いてそう思いました。さっきも言いましたが、横綱って自分から手を出すことってないんですよ。朝青龍関は別ですけど。
    ――さすが朝青龍です!(笑)。
    岡本 横綱本人が手を出すことはよっぽどのことなんです。基本的に何かあったら周りが手を出すんです。
    ――角界にかぎらずですが、縦社会のトップって下の人間に直接、手を出さないところはありますね。
    岡本 テレビの情報だけを鵜呑みをすると、貴ノ岩関は日馬富士関に怒られたわけじゃない。白鵬関に対して失礼な態度を取った。だから周りにいた日馬富士関が手を出した。白鵬関と日馬富士関はほぼ同期なんですけど、白鵬関のほうが先輩横綱。先輩横綱に失礼な態度をとった、だから怒ると。ただ、やり過ぎ感は否めないですよね。いまの風潮だと、いかなる理由があれど手を出したことは悪いわけですから。
    ――相撲では10年前に暴行死亡事件が起きましたし……。
    岡本 だから世論は「日馬富士が悪い!」というムード一色になると思ってたんですけど、そこで日馬富士関がスパッとやめてしまったことで微妙になっていきましたよね。あと正直、貴乃花親方の動きが不可解すぎるところもある。ここまで世論が真っ二つに割れるとは思わなかったです。
    ――岡本選手は貴乃花親方にはどういうイメージを持ってるんですか?
    岡本 ボクが相撲に入ったときはすでに横綱だったんですけど、関わり合いがほぼなかったんですよ。ただ、あの人は凄いストイックなんだなって。何をやってもストレートな人という印象はあります。周りの噂や情報に流されない。自分がこうと思ったらそのまま突き進む。あそこまでの大横綱になれたのもその一途さがあったからでしょうね。貴乃花親方って引退後に激ヤセしたときがあったじゃないですか。
    ――病気なんじゃないかって騒がれましたね。
    岡本 あのとき支度部屋で夏場なのにモモヒキを履いてストレッチをちゃんとやっていて、凄く小さいお弁当を持ってきてて。「あれしか食べないの??」って驚くほどの少量。その姿を見たときに「だからあんな大横綱になれるんだな」って。
    ――何事にも自分の信念を持って動くんですね。
    岡本 今回の行動も自分自身で考えてるかどうかは知りませんが、こうと決めたら真っ直ぐですね。一度走り出したから引くに引けないんじゃないかと思いますけど、あの精神力はハンパないですよ。普通の人じゃ折れます。ただ、さすがに折れたのか協会への協力を約束したみたいですけどね。
    ――相撲と世間ではルールが違うことを是とする人もいれば、否定的に捉える向きもありますね。「世間と違うからいいのに」と「世間と違うんだからダメなんだ」と。
    岡本 そりゃ違いはあるでしょ。そこはどこの業界だってあると思いますよ。世界が違えば景色も違うし、そこに外から口を出すとおかしくなることもありますよね、とくに相撲界は。
    ――その世界観と貴乃花親方の相性が悪かったということですか?
    岡本 結果論そうかもしれないです。ただ、相撲界を本当に変えたいならやり方はあったはずなんで、そこはよくわからないですよね。相撲界を変えたいという気持ちは正しいし、そこに賛同する人も多いんでしょうけど、一般常識に照らし当てて警察に任せるなら、ほかの部分も一般常識に合わせてやったほうがいいですよね。貴ノ岩関が初場所を休むという話も出てますけど、だったら診断書は出さないといけないですし。入院して無理だというならわかるんですが部屋にいるんでしょ。休場が貴ノ岩関の意思なのかどうなのかも見えない。警察の事情聴取を受けるまで何も話せないというのはよくわかるんですが、貴乃花親方の行動には見えないことが多すぎますね。
    ――政治的な動きに見えるし、貴乃花が協会に不信感があるとも見えますね。
    岡本 協会と話し合いをしたくないのはわかるんですけど、協会もべつに警察の事情聴取を受けるなと言ってるわけじゃないですよね。一般常識でやりたいなら、相手の都合も合わせないと事は進まないんじゃないかって。貴乃花親方が被害届を出したことは悪いことではないんですけど、出し方があるだろうとは思います。相撲協会に不信感を持ってるのであれば、それはそれでいいんですけど、ひとつやり方を変えればすべて筋は通ったんですよ。相撲協会に事件があったこと、被害届を出すことを伝えたうえなら筋が通ってます。なのに被害届を出したことを協会側に隠していたわけじゃないですか。そこが読めない。相撲協会が隠蔽体質だって言うけれど、貴乃花親方の行動によって逆にオープンにもできなくなったこともありますしね。
    ――どうしても相撲協会は隠蔽するんじゃないかというイメージがついて回りますね。
    岡本 相撲協会も場所前になぜ発表しなかったのかと思いますが、話を聞こうとした両親方から「知らない」「わからない」と言われれば協会として不正確すぎて発表できないのも間違ってないと思うんです。
    ――いろんな事件があって、いままでの相撲協会のイメージが先行しちゃってるというか。
    岡本 イメージ先行は強いですよね。そこはしょうがないですよね。あとやっぱり貴乃花親方は日本人の大横綱だったのでみんな味方するんですよ。
    ――一部の報道では、モンゴル人同士の飲み会をやることでナアナアの関係になってしまい、無気力相撲に巻き込まれることを貴乃花親方は嫌ったんじゃないかともされてますね。
    岡本 そこらへんは貴乃花親方が公式にコメントしてないからわからないですけど、そんなこと言ったら日本人だってナントカ県人会とか繋がりはあるじゃないですか。普段の付き合いもアウトになりますよね。前・鳴戸親方なんかは「出稽古に行くな」と禁止してましたけどね。出稽古先でナアナアになるから「出稽古にも来るな」と。
    ――そこまで徹底してたんですね。
    岡本 だから稀勢の里関は出稽古できなかった。いまはやってますけど。そこは師匠がどう考えるかなんで、部屋ごとにルールを作ればいいんですね。大好評インタビュー12本、コラム11本、11万字オーバーはまだまだ続く… 
  • 【14万字・詰め合わせセット】近藤有己、馳浩、デストロイヤー、仮面女子、藤田和之、クリス・ジェリコ…

    2017-11-30 23:59  
    540pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part46は大好評インタビュー15本、コラム8本、14万字オーバーで540円!!(税込み) ◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉
    part46
    ◎不動心のミステリーワールド! 近藤有己「最近ですよ、他団体とけっこう違うんだなってわかったのは…」

    ◎金原弘光、重病で緊急入院!! 「高山くんはもっと大変。またリングに立てるように頑張るよ」
    ◎「10代に格闘技はカッコイイって思わせたい!」 アベマ格闘技対談〜北野雄司×大沢ケンジ〜

    ◎ベラトールヘビー級GP開催に向けて日本の皆さんへ/ベラトール代表スコット・コーカー
    ◎旭日双光章受賞!! 白覆面の魔王ザ・デストロイヤー■斎藤文彦INTERVIEWS
    ◎プロレスラーで初めて大臣になった男、馳浩■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」
    ◎現役アイドルが参戦! 仮面女子・川村虹花のMMAデビューの裏側/佐伯繁DEEP代表
    ◎パンクラス24年間のすべてを知る男・坂本靖「ああ、このまま倒産するのか……と思ったときもありますよ」
    ◎「頑張ってる奴を出せ!」問題の処方箋■橋本宗洋
    ◎ファイターに「もう引退したほうがいい」と伝えるべき瞬間…■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク
    ◎仮面女子・川村虹花インタビュー「1回やって終わりじゃないです。総合格闘家としてホントに強くなりたい!!」
    ◎五味隆典vs矢地祐介騒動とは何か?■事情通Zの「プロレス 点と線」
    ◎「MMAファイター、藤田大和です!」…衝撃のRIZIN那須川天心戦を語る
    ◎【KNOCKOUT金原正徳戦】不可思インタビュー「キックボクサーが負けたらシャレにならない」
    ◎日本格闘技よ、世界に追いつけ!――特性を活かすJapan Way確立へ■中井祐樹
    ◎藤田和之…こんなプロレスラーはもう2度、現れないだろう。だからプロレスで燃え尽きて欲しい
    ◎ズンドコ・トラブル興行研究会

    私説・力道山対木村政彦

    ヨン様参戦!? 誰もルールがわからなかったアルティメットロワイヤル

     
    ◎アメプロインディ通信「フリーバーズ」

    アメリカ第3の団体ROHとは何か
    ◎オマスキファイトのMMA Unleashed

    ・ローズ・ナマユナスはかく戦えり:興奮のUFC 217 試合後情報まとめ

    ・デイナ・ホワイト発言集「もしUFCを辞めたら、1つやってみたいことがあるんだ」

    ・コナー・マクレガーなら何をやっても許されるのか! ベラトール乱入

    ・海外メディアに見るクリス・ジェリコ新日本電撃参戦の舞台裏

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    90年代のパンクラス黎明期から活躍、対バーリトゥード路線では切り札的存在感を示し、MMAに完全シフトしたいまなおパンクラス上がり続けるレジェンドパンクラシスト、近藤有己が登場! プロデビュー以来ロングインタビューを受けている印象がない近藤だが、その不動心に迫れば迫るほど……17000字で不動心のミステリーワールドに誘います! <関連記事>
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    格闘技という名の青春、完結編―― 「ミノワマン、家族と共に故郷パンクラスに帰る」の巻!!
    ――近藤さんってSNSをやらないですよね。

    近藤 SNSってなんのことかわからないんですよね。

    ――「ネットはあまり好きじゃない」って過去のインタビューで答えてますけど。

    近藤 好きじゃないってわけじゃないですけど、やり方がわからないです。

    ――Facebookには近藤さんのページがありますけど、どなたかにやってもらってるんですか?

    近藤 …………。

    ――あるんですよ!(笑)。

    近藤 よくわからないんですよねぇ。

    ――よくわからないといえば、リングネームを近藤有己から「有己空」に改名されて、また近藤有己に戻したじゃないですか。あれはいったいなんだったんですか?

    近藤 あれはね、ふと思ったんですよ(笑)。ああいいうのって自分の中で盛り上がるけど、寝て起きたら「……バカじゃないの?」って覚めるじゃないですか。でも、「……これはいいんじゃないか。よし、変えよう!」って。

    ――一晩経ってもナイスアイデアだと。あの「空」はどこから来たんですか?

    近藤 空が好きだし……空っぽという発想が好きなんですよ。

    ――あ、なるほど、空っぽと空。

    近藤 そういうイメージが好きなんですよ。「何もない」「何も持っていない」自分が好きだった。

    ――AV女優っぽい名前だなって思ったんですよ。

    近藤 ああ、そうですか。蒼井そらね(笑)。

    ――近藤有己で定着してましたから、改名は周囲に反対されませんでした?

    近藤 反対されなかったですね。皆さん、ボクの性格がわかってるから「そうですか」ってすんなり通って。また戻すときも「そうですか」って感じで。

    ――なるほど(笑)。なぜまた元に戻したんですか?

    近藤 あれはね、「……戻そうかなあ」って。

    ――理由はあるんですか?

    近藤 それが理由はないんですよねぇ。ふと「やっぱり近藤有己だろ!」って。

    ――やっぱり有己だろうと(笑)。近藤さんはひっそり100試合目を突破してるんですよね。

    近藤 100戦いってるらしいんですね。

    ――らしい? 

    近藤 こないだ、なんか聞いたんですよ。100試合を超えてるって。

    ――「こないだなんか聞いた」(笑)。ご自分ではあんまり気にしてないんですか? 100試合目って大きな節目ですけど。

    近藤 うーん、気にしてましたけどね。特別数えてなかったというか……数えてもすぐ忘れちゃうし。

    ――忘れちゃうってどういうことですか?

    近藤 頭がバカなんでしょう。頭は悪いですね。 

    ――そういう問題なんですかね?(笑)。

    近藤 「いま何戦だったけ? そんなにやってんだー!」 ……「で、いま何戦だったけ?」みたいな繰り返しで。

    ――普通はメモリアルマッチをやったりしますよね。

    近藤 うーん、そういうメモリアルマッチみたいなのがあればね、それはそれでやりますし。自分から「メモリアルマッチをやろう!」とは思わないですね。まだ100戦目ぐらいじゃメモリアルにはならないよ。

    ――えっ!?

    近藤 1000でやっとかなって。

    ――MMAだと1000試合は超難しいと思うんですけど(笑)。

    近藤 うーん……でも、やっぱりそこ目指してやっていきたいですね。

    ――いまの話を聞いて思ったのは、近藤さんって昔からブレてないですね。

    近藤 そうですか?

    ――たとえばいまから10数年前、PRIDEミドル級GPに出るか出ないかという時期のインタビューだと、「どんな小さい大会でも出たい」「試合はもちろん勝つためにやるけども負けてもあんまり気にしない」みたいなことをおっしゃってたんですよ。いまの近藤さんって勝っても負けても淡々とリングに上がり続けてますよね。

    近藤 負けたら多少は気にしますけどね(笑)。

    ――あまりにも淡々と試合をこなしてるから「近藤有己は何を考えてるんだろう?」って思っちゃうですよ。

    近藤 たぶん他人よりはあまり気にしないほうなのかもしれないですね。気にしないというか、「負けたなー、残念だなー」で終わってるのかもしれないです。うん。あれですね、あんまり引きずらないほうなんですよ。

    ――すぐリセットできるというか。

    近藤 やっぱり、忘れっぽいんでしょうね。

    ――「あれ?100試合目だっけ?」みたいな(笑)。昔からそんな感じですか?

    近藤 フフフ、けっこう子供のときからそうですね。忘れ物の天才でしたからね。絶対忘れ物する子供いるじゃないですか。

    ――いますね、何度注意されても。

    近藤 気をつけてはいるんですけどね。

    ――それは格闘技ではいい面に作用しているということですか?

    近藤 フフフ、してるのかな……悪い面にも作用していると思いますけどね。

    ――負けてけっこうショックを受けたり、引退を決めたり、試合から遠ざかる選手もいるじゃないですか。

    近藤 いますよね。

    ――そういう選手をご覧になってどう思いますか?

    近藤 「そんなにそんな風に思いつめることないのにな……」って。ダメならダメでやり続けるのもひとつの手なんじゃないかなとは思うんですね。

    ――近藤さんの中で引きずった負けってありますか?

    近藤 まぁ、ないですね(即答)。

    ――早っ! もうちょっと考えてもらえないんですか?(笑)。

    近藤 うーん、ないんですよね、そういえば。ないですね。ないですけど、やっぱりね、それこそ去年3連敗したんですよ。けっこう周りが心配してくれて。

    ――ファンも「どうするんだろう?」と思ったはずなんですよ。

    近藤 けっこう声をかけてくれて、それは凄くうれしかったですね。自分の中にグッとと入ってきて「がんばろう!」と思ったし。それでいまちゃんとがんばれてるんじゃないかなと、格闘技に対して。なんとなく「やれんじゃないかな?」という感じでやってたわけではないですけど、ちゃんとやりたいなっていう風にいまは思ってます。

    ――ここにきて気をまた引き締まったわけですね。

    近藤 うん、引き締めさせてもらえた気がしますね。真剣に格闘技ってやればやるほど面白いんだなっていうか。間違いなく、いままでよりも「格闘技が本当に好きだ」って言えますね。

    ――なんとなく近藤さんの性格がつかめてきました……。あまりしゃべらない方と聞いてたんですけど。

    近藤 そういうわけではないですけどね(笑)。

    ――今日はパンクラスに入った頃の話も伺いたいんですけど、もともとは少林寺拳法ですよね?

    近藤 そうですね。いわゆる総合格闘技的な世界に入りたくて、なんかやっとかなきゃっていう思いで始めたのが少林寺拳法で。当時ボクが一番総合格闘技だな、なんでもありの戦いだなって思えたのがプロレスだったんですね。

    ――プロレスラーになりたかったんですね。

    近藤 そうですね。新日本プロレスが好きだったんです。

    ――誰が好きだったんですか?

    近藤 俺ね、獣神サンダーライガー。佐野(巧真、当時・直樹)選手とのタイトルマッチを見て、俺はプロレスラーになろうと思いました。

    ――当時のプロレスは冬の時代と言われて、あんまり目立ってなかったですよね

    近藤 たしかウチの田舎では土曜4時から放送だったのかなあ。もっと子供の頃、タイガーマスクがいたころも「あー、いいな」とは思ってたんですけど、ちゃんと見て面白いと思うようになったのは、ライガーが出てきたぐらいの頃で。あとジャッキー・チェンが好きだったんですね。でも、ジャッキー・チェンは結局お芝居の中の世界なので、本当に戦う人間になりたいなって。かといって、路上で戦ったら法に触れるしなって。そこで一番なんでもありというか、自分にとって一番MMAだったのはプロレスだったんです。

    ――それでプロレスラーを目指そうと。

    近藤 プロレスラーになりたいと思っていろいろ調べるじゃないですか。たいていのプロレスラーは高校時代にレスリングや柔道をやってるんですよ。自分の高校はレスリング部はなくて、柔道部はあったんですけど、少林寺拳法部もあったんです。

    ――珍しいですね。

    近藤 少林寺拳法部がある高校は県内に4~5校しかないんで、すぐに全国大会に行けるし、毎年のように誰かが全国大会に出るから修学旅行の感じでついていって。

    ――ジャッキー・チェンに憧れていたなら、柔道より少林寺拳法を選びそうですね。

    近藤 ですかね。子供の頃にもやってたんですよ、少林寺拳法。

    ――もともとやってたんですね。ルールってどういったものなんですか?

    近藤 ルールっていうか、試合がないんですよ。演武大会なんですよ。

    ――型なんですか?

    近藤 型というか……型とはまた違うんだけど、戦いを2人1組で作るんですよ。少林寺の技をいろいろ入れて、うまく攻防を見せるというか。

    ――へえー、面白そうですね。

    近藤 話はそれますけど、女の子の部員もいっぱいいるんですよ。いかつい女子じゃないんですよね、本当にかわいい女子というか。練習も一緒にやるんですけど、手首を極める練習も男女同士でやったりするんですけど。ちょうど思春期なんで、その、なんだろな……手を極めながら「この子、手首が柔らかいな……」とか「いい匂いがするな……」とか。

    ――少林寺拳法どころではない(笑)。

    近藤 本当に楽しくてしょうがなかったです。

    ――演舞だと強さを競うって感じではないですね。

    近藤 ないんですけど、体捌きさとか、フットワークとか腰の回転だったりとか、動きが凄く理にかなってるんです。凄くためになりました。

    ――ずっと型を繰り返すことで身につくわけですね。卒業後はパンクラスに入るわけですよね。

    近藤 ですね。

    ――パンクラスは従来のプロレスとは異なってましたけど。

    近藤 プロレスラーになると決めて、いろんな団体を見てくじゃないですか。より妥協のないスタイルでやりたいと思うようになって、新日本からUWFのほうに興味が移って。UWFで船木(誠勝)さんが高田(延彦)さんたちに勝った試合を見て「このスタイルでもこんなにカッコよくなれるんだ! カッコよく試合ができるんだ!!」と感動して。このスタイルを俺はやりたい、UWFに入りたいと思ったんですよね。

    ――でも、新生UWFは解散しちゃいますよね。

    近藤 ボクが中学3年のときに解散したのかな。藤原組に入るつもりだったんですけど、高校3年のときですね、パンクラスができて。卒業するときだからタイミングはよかったんですよ。

    ――同じU系のUインターやリングスには興味はなかったんですか?

    近藤 やっぱり船木さんが好きだったので。とにかくあの人のところでやりたいと。

    ――入門テストのことって覚えてますか?

    近藤 7月23日だったかな。そのときは落ちたんです。2回目のテストが3月29日か30日だったか。そこで受かりました。

    ――そこで受からなかったらどうする気だったんですか?

    近藤 そしたらまた3回目のテストを受けるつもりですね。

    ――親御さんは反対しなかったんですか?

    近藤 反対しました。ずっと反対されてたんですけど、もう言っても聞かないからあきらめてました。中学3年頃から将来の話とかになるじゃないですか。「プロレスラーになりたい」って言ったら「何を言ってるんだコイツ」みたいな感じで。最終的に専門学校に出したつもりで「行ってこい」と。人生勉強になるんじゃないかみたいなふうに思い始めてたみたいですね。

    ――入門テストに受かると思ってましたか?

    近藤 あー、難しいなとは思ってました。厳しいだろうなって。とにかく狭き門だろうし。

    ――練習生の生活はどういうものだったんですか?

    近藤 朝起きて掃除雑用やって練習して、終わるとまた雑用して、また練習して、寝るだけですね。そうするとあっという間なんですよね。さっき寝たと思ったのにもう朝なんですね。

    ――道場の敷地内のスーパーハウスに寝泊まりするんですよね。

    近藤 そうです、そうです。よく工事現場に簡易的に置くやつですね。意外と快適なんですよ、あれ。でも、生活自体は本当につらかったんですよね。

    ――やめようとは思いませんでしたか?

    近藤 ちょっとでも思ったら「俺、やめちゃうだろうな」って。ホームシックもあったし、練習しんどいし、自分の時間もなかったし、本当つらかったですねぇ。ちょっとでもやめたいなって思ったら俺たぶんやめちゃうだろうなって思ったんで、考えないようにしました。「やめる」という単語を頭の中に出さないようにしました。

    ――やっぱり先輩方は怖かったですか?

    近藤 怖かったですね。

    ――誰が一番怖かったですか?

    近藤 みんな怖かったです(笑)。

    ――船木さん、鈴木さん、高橋さんの3人が揃ってるんですもんね(笑)。伊藤(崇文)さんが「道場の雰囲気自体がイヤだ」って言ってましたね。

    近藤 わかります、わかります。

    ――威圧感なんですかね?

    近藤 威圧感ですね。威圧してるわけじゃないんですよ、船木さんにしろ鈴木さんにしろ高橋さんにしろ、威圧したつもりはたぶんないんですよ。ないけど、にじみ出るというか、こっちが勝手に感じてしまうのか。

    ――いまの格闘技ジムって一般人が月謝を払って通ってますから、優しく丁寧に教えるじゃないですか。当時は育てるというより、厳しい練習でふるいにかけるという感覚ですよね。

    近藤 それでもパンクラスを旗揚げして選手を育てなきゃっていう思いはあったと思うんですよ。それこそUWFや藤原組の頃よりも、ちゃんと育てようという思いがあったような気がするんですよね。

    ――パンクラス以前はシゴキやイタズラがハンパじゃなかったみたいですし。

    近藤 自分らのときもあるにはあったんですけど。理不尽に怒られるとか、そういうことはなかったですね。

    ――プロレス道場って理不尽に怒られる、殴られるのはあたりまえの時代で。

    近藤 そういうことも覚悟していったんですけど、ちゃんと怒られて、ちゃんと厳しくされるというか。そこはちゃんとした大人たちだったなと思うんですよ。当時船木さんにしろ鈴木さんにしろ高橋さんにしろ、まだ若かったわけですから。

    ――育成方針もあったからなのか、パンクラスの練習生からプロデビューした選手は多いですよね。

    近藤 そうですね。意外と残ってたんじゃないかな。

    ――あの頃って船木さんや山田(学)さんが映画にハマって自主制作作品を撮ってましたけど、近藤さんも出演されてましたか?

    近藤 出てましたね。

    ――近藤さんの主演作品もあったという話も聞きましたけど。

    近藤 主演は1回ですね。4〜5本撮ったんじゃないですかね。

    ――脚本も用意されてなくて演者もどんな作品を撮っているのかわからなかったとか(笑)。

    近藤 あぁ、そんな感じですね。急に「これ、やって」みたいな感じで。できあがったあとで「おー、なるほど」と。

    ――鑑賞会もやられてたんですね。

    近藤 鑑賞会はありましたよ。船木さんが編集して、映写機みたいなの持ってきて、スーパーハウスの中で見て。

    ――スーパーハウスで鑑賞会(笑)。

    近藤 全員は入れないんで、何人かに分かれて(笑)。出来栄えは悪くなかったです。うまいこと編集するなって思いましたね。

     
  • 【12万字・詰め合わせセット】西良典、折原昌夫、エリザベス、PRIDE終焉、パンクラス計量炎上……

    2017-10-31 23:59  
    540pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part45は大好評インタビュー11本、コラム9本、12万字オーバーで540円!!(税込み) ◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉
    part45
    ◎みんなが愛した美人マネージャー、エリザベス!■斎藤文彦INTERVIEWS
    ◎折原昌夫インタビュー後編「天龍さんの引退試合を見に行かなかったのは……」
    ◎大森隆男のワイルドな全日本プロレスLOVE■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」
    ◎【和術慧舟會創始】西良典インタビュー「総合格闘技がなかった時代の話をしよう」
    ◎RENA&天心の黄金コンビが爆発! 福岡決戦舞台裏トーク■笹原圭一RIZIN広報
    ◎忌まわしき2003年大晦日とPRIDEの終焉――!!
    ◎ UFCが欲しがってるのは那須川天心と…■シュウ・ヒラタのマシンガントーク
    ◎ワタシが女子MMAを追いかけ続ける理由/映像作家シンシア・ヴァンス
    ◎事情通Zの「プロレス 点と線」五味隆典はRIZIN大晦日に登場するのか/招待券タニマチ買い……観客動員数のあれこれ前田日明が急接近! 大手MMA団体ベラトールの狙いは何か?◎オマスキファイトのMMA Unleashed・「昨日やったことは忘れてしまうが、何年も前のことは覚えている」 マーク・ハント欠場問題の背景・いったい何が起きているのか? パンクラス計量シーンに米MMA記者が猛然と激怒!・大統領はMMAプロモーター …本当は怖いチェチェンの官製MMAバブル・MMA・プロレスのあり方に根本的な変化を迫る? 脳障害研究最前線の衝撃◎ズンドコ・トラブル興行研究会消えた棚橋vs中邑戦/シュートマッチ! 神取忍vsジャッキー佐藤◎北村克哉という巨乳ヤングライオン■二階堂綾乃◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉
    80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマは「みんなが愛した謎の美人マネージャー、エリザベス」です!――今回のテーマは“マッチョマン”ランディ・サベージの女性マネージャーとして人気の高かったエリザベスです。
    フミ エリザベスはWWEにおける女性キャラクラーの草分けではあるんですが、プロレスラーではありませんでした。のちのディーバと呼ばれる女性キャラクターの先駆けとは言えますが、WWEのリング上でバンプを取ったことはないんです。しかも驚くことにWWEでは、ほとんどしゃべったことがないんですね。
    ――あ! そういえば、エリザベスの声を聞いた記憶がない……。
    フミ 1980年代はハルク・ホーガンやロディ・パイパーらが活躍し始めて、WWEのプロレスが大河ドラマ化していった時代だったんですが、その流れの中でもセリフは一切なし。エリザベスはパントマイムですべてを表現していたんです。
    ――凄い表現力!
    フミ セリフをしゃべらずあのWWEでトップポジションにいたという凄い人なんです。マッチョマンに「さあ、行け!」「そこにいろ!」とまくしたてられると、手を口元に当てながら困ったような顔をしたり、うつむき加減に恥じらった顔をする。ハウスショーでは最上階のお客さんにさえ、セリフがなくても伝わる動きをしていたんですね。
    ――大会場でもしっかりと存在感があったんですね。
    フミ 困ったような足取りでリングの周りを行ったり来たりしたり、場外乱闘に巻き込まれそうになると鉄柱の裏に身体を潜めたり……どんなに遠くから見てもエリザベスが何をやっているのかがわかる。髪型は80年代に流行った外巻きなので、動くたびにゆらゆらと揺れて、エリザベスのか弱さが見えるんです。
    ――じつは凄いことをやってたんですねぇ。
    フミ エリザベスはマネージャーといえば、たしかにマネージャーなんですけど。ルー・アルバーノやミスター・フジといった従来の悪党マネージャーとは違ったキャラクター。それまでのマネージャーといえば、おしゃべりがあまりうまくないレスラーのサポートをするのが仕事のひとつなんですね。
    ――レスラーに代わって煽るわけですね。
    フミ エリザベスはおしゃべりをしたことは一度もない。いつもサベージのひとりしゃべりなんです。
    ――サベージにサポートはいらないんですよね(笑)。
    フミ そんなエリザベスは一度だけしゃべったことがあるんですが……そのシーンはエリザベスとサベージの恋愛ストーリーのクライマックスになるので、のちほど説明しますね。この2人がWWEのリングで結婚式を挙げたのは1991年なんですが、マッチョマンのWWEデビューは1985年。その2年前にサベージとエリザベスは夫婦になっているんです。大好評インタビュー詰め合わせセットpart45! インタビュー11本、コラム9本、12万字オーバーの続きは下をクリック!