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記事 23件
  • <記事詰め合わせ>RG、フォックスキャッチャー、柳澤健、更級×ターザン、三沢光晴、川尻達也…

    2015-04-30 23:59  
    540pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! par15は大好評インタビュー8本、8万字オーバーで540円!!  試し読みも可能です!①レイザーラモンRGが芸人として、プロレス者として激語り!「ラッスンゴレライから考えるスターダム不穏試合」②レスリング五輪銀メダリスト太田章が話題の映画を語る「レスラーたちが苦闘したフォックスキャッチャーの時代」――あるいはダンヘンやランディ・クートゥアたちの物語③「1976年のアントニオ猪木」著者・柳澤健のレスリング講座「アマチュア・レスリング まだらのルーツ」④衝撃秘話! ジャイアント馬場・全日本プロレスがよみがえった瞬間――あの日、キャピトル東急で更級四郎×ターザン山本 「馬場さんに全日本プロレスの再生計画の小冊子を渡したんです。1ページ目には◯◯が△△に■■することって書いてあって」⑤あの熱狂はなんだったのか? PRIDEとともに生きた時代雀鬼・桜井章一×笹原圭一「ヒクソンはね、自分が息子を殺してしまったんじゃないかという罪の意識に囚われてしまったんです」⑥小佐野景浩の好評連載「プロレス歴史発見」三沢光晴物語ー四天王プロレスの光と影「いまになってあのプロレスはいけませんと言うのは酷でしょ。ありがとう!でしょう、彼らにかける言葉は」⑦網膜剥離からの再起戦!川尻達也ロングインタビュー⑧小原道由のクレイジートーク「海外遠征とは何か?」「ドイツ遠征のとき試合前に会場に呼ばれたんです。どうも腕試しをしたいレスラーの相手をしてくれってことで……」
    「〇〇あるある早く言いたい」ネタなどでおなじみのお笑い芸人レイザーラモンRGだが、ゼロゼロ年代中盤のプロレスファンからすれば、伝説のプロレス団体『ハッスル』“陰の主役”としてハードな受け身を取るプロレスラーとしての姿が懐かしい。先日、その『ハッスル』で共に笑いと涙を振りまいてきた安生洋二が引退。その引退興行にRGがサプライズ登場して「Uインターあるある」を披露したが、感動と興奮冷めやらぬその翌日――RGに『ハッスル』の思い出と、プロレス者としては黙っていられないあの話題、世Ⅳ虎vs安川惡斗を見立てていただきました! 早く言いたい!! 
    ――本日はRGさんが「前田日明」として登場された安生洋二引退興行についてうかがいたいんですが、先日RGさんはツイッター上で女子プロレスの世Ⅳ虎vs安川惡斗戦に反応されてましたね。
    RG いやあ、これは女子プロレスにとっては大チャンスですよね。
    ――大チャンスですか!
    RG ボクたちはプロレス的な物の中に見え隠れする感情にワクワクしてきたじゃないですか。それはたとえば長州さんの「嚙ませ犬」発言や、新生UWF神社長の「大仁田さん、チケット持ってますか?」発言とか。
    ――その中の一つが「また来た!」ということなんですね。
    RG いますぐロッシー小川さん(スターダム代表)に会って「女子プロ、面白いですね!」って絶賛したいです。なんならスターダムのマッチメイク会議にも参加したいですよぉ!
    ――マッチメイカーRG、爆誕!
    RG ボクは立命館大学で学生プロレスをやってきて、そのサークルには一つ下の棚橋(弘至)も入っていたんですけど。大学のときからプロレス漬けの生活で、ビックマッチのときは京都から東京まで試合を観に行ったり、珍しい試合のビデオが手に入ったら皆で見て。もういろんなジャンルのプロレスを見まくってました。“プロレス予備校”に4年間通っていて、いろんなプロレスの科目を勉強してきたわけですよね。
    ――90年代は様々なプロレス格闘技が生まれた時期ですから、科目がドッと増えた時期でもありますよね。
    RG シルクロードじゃないけど、いろんなプロレス文化がファンのもとに向かってきてましたね。最初はみんな“猪木科”と“馬場科”。棚橋は“猪木科”が終わったあとに“藤波科”を進んで。僕とHGは“アメプロ科”を選択したわけですけど(笑)。当然女子プロレスも大好きで。いまだに1994年11月20日東京ドーム「憧夢超女大戦」のチケットを持ってますからね。観に行けなかったんですけど。
    ――全女最後の全盛期の頃ですね。
    RG あの頃はすべての興行を見に行くのに忙しくて。新日本の福岡ドームの『レスリングどんたく』前日に、福岡でJWPの興行があったんで前乗りしてJWPも見に行ったりしてましたよ。
    ――そんなRGさんからすると、スターダムの世Ⅳ虎vs安川戦は大チャンスだと。
    RG 久しぶりにいろんな人間から、あの試合について聞かれました。スポーツ新聞にも大きく載ったので、プロレスを最近見てない人たちからも反応があって。こうやって注目されることはチャンスだと思ってます。世Ⅳ虎選手は“平成のダンプ松本”になれるチャンスだし、安川選手もストーリーを作れるし、あの試合にはドラマがあった。プロレスを知らない人にしたら、どの団体が何をやってるかわからないけど、それってエジプトの象形文字がわかるときと一緒だと思うんですよ。何文字かわかるとズバババッてそこに書いてある意味がわかるようになるみたいな。
    ――知らない人にとって、取っ掛かりがあれば違ってくるんでしょうね。
    RG 「世Ⅳ虎」という解読方法を持ったら、世Ⅳ虎選手から、いまの女子プロレスの状況がズバババってわかるチャンスだと思うんですよね。試合がああなってしまった原因はどうあれ、これは女子プロの「ラッスンゴレライ」が出たわけですよ!
    ――ど、ど、どういう意味ですか!?(笑)。説明するまでもないですけど、ラッスンゴレライは最近大ブレイク中の「8.6秒バズーカー」の持ちネタですね。
    RG まず最近のお笑い界をざっくりと説明すると、「はねるのトびら」「M-1」「エンタの神様」というお笑いを支え続けてきたバラエティ番組が終わってしまい、「R-1」「THE MANZAI」「キングオブコント」はあるんですけど、そこでチャンピオンになったとはいえ簡単には売れない状況が続いてる中、馬鹿売れしたのがラッスンゴレライです。
    ――王道の売れ方ではないんですね。
    RG そこは「あったかいんだから〜♪」のクマムシでも良いんですけど。うまかったり、華があるからと言って世間に刺さるわけではないというのが、お笑い業界に18年にいてわかるんですよ。うまさや面白さだけでは世間に受けるかどうかはわからない。女子プロ界もかわいい選手、凄い試合をする選手はたくさんいるんでしょうけど、世間に刺さったのは、今回の試合だと思うんですよ。プロレス業界的には批判もされている試合ですけど、とにかく刺さってしまったんです。
    ――ラッスンゴレライもネット上では「つまらない」という声に溢れてますが、世間に刺さってますね。
    RG そこは関係ないんですよ。世の中って「面白い」「つまらない」だけじゃないんです。選ばれるのはそこだけじゃない。なぜいま世Ⅳ虎対安川戦をラッスンゴレライで例えたかと言うと、“プロレス予備校”で習ったことのひとつに「何か起きたらとにかく転がしていく」という教えがあるじゃないですか。これは“新日本プロレス科”で習ったことですけど。
    ――小川直也vs橋本真也の“1・4事変”も突発的に起こりましたけど、あの事件を転がしたから拡がっていきましたね。
    RG そうなんですよ。だってラッスンゴレライのおかげで、吉本興業の幕張、大宮、沼津などの各劇場が超満員になってますからね。
    ――ラッスンゴレライ効果で満員札止めですか!
    RG ラッスンゴレライを見るために劇場にたくさんのお客さんが詰めかけている。ラッスンゴレライをきっかけにして「あ、こんな芸人もいるんだ」「こんな場所でお笑い見れるんだ」って知ってもらえればいいんですよね。
    ――ボクも沼津に劇場があるなんて知りませんでした(笑)。
    RG そういうことなんですよ。これに近い話でいうと、昔キングコング(西野亮廣、梶原雄太)がキャーキャー騒がれてるとき、ボクたちは「ケッ! 俺たちのほうが面白いことやってるぞ!」って僻んでいたんです。でも、皆が妬んでる中、ケンドーコバヤシさんだけが、キングコングに「ありがとう。おまえたちがこんなにお客を呼んでくれるから、自分みたいな人間も劇場に出れるんだ……」って感謝の言葉をかけていたんですよ。
    ――なるほど。アンドレ・ザ・ジャイアントやリック・フレアーが出るからフルハウスになって、ほかのレスラーのギャラが上がるのと同じ論理ですね(笑)。
    RG そこはコバヤシさんもきっとプロレスに学んだことなんでしょうねぇ。だからラッスンゴレライを「面白くない」って言うのは簡単なんですよ。あと、ちょっと話が変わるかもしれませんが、テレビで「一発屋の収入がこんなに落ちました」って企画が嫌いなんです。一発屋って言って蔑む感じが嫌で。海外では「one-hit wonder」と言うんですけど、一発当てた偉い人って意味で。
    ――その人が一発当てたことによって業界も潤うからリスペクトしてるんですね。
    RG 『エンタの神様』に出てた「ですよ。」って芸人がいるんですけど。
    ――「あ〜い、とぅいまてぇ〜ん!」の「ですよ。」ですね。
    RG 「ですよ。」はいまメチャクチャ面白いんですよ。当時より大声でハイテンションで芸をやってて、それはまるでミル・マスカラスの必殺技クロスチョップのように「出たっ~!」って感じでお客さんが沸いてるんです。
    ――ロック様のピープルズエルボーじゃないですけど、やり続けることで説得力が増していきますね。
    RG 「one-hit wonder」は業界の功労者なんだから、ドシっと構えて売れなくなったからスタイル変えるんじゃなくて、演歌歌手のヒット曲みたいに大事にしてもらいたいです。それにトップで人気があり続けるがゆえに身に付くものもあって。WWEのジョン・シナなんかはまさにそんな感じじゃないですか。
    ――ポジションが選手や芸人を育てるんですね。
    RG だから、世Ⅳ虎選手はあの事件を捨てることなく大事にしてもらいたいんですね。こうなったら北斗晶さんへの道もありえますからね。北斗さんをテレビで見ない日がありますか?
    ――ダンプ松本と北斗晶への2つの道が選べるレスラーってなかなかいないですね(笑)。
     
  • 【G馬場ブレーンの語らい】全日本プロレスが再生した日――■更級四郎×ターザン山本

    2015-04-25 09:00  
    54pt
    ジャイアント馬場のブレーンだった男たちがひさしぶりの再会! 『週刊プロレス』の元編集長ターザン山本と、その『週プロ』の人気連載「ほとんどジョーク」の選者だった更級四郎。ジャイアント馬場の“側近”として、SWS選手大量離脱により崩壊危機にあった全日本の再生に尽力していた2人が90年代を振り返る! イラストレーター・アカツキさんによる昭和プロレスあるある4コマ漫画「味のプロレス」出張版付きでお届けします! 更級四郎インタビューはコチラhttp://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar745564

    4月度更新記事一覧! レイザーラモンRG、三沢光晴物語、柳澤健「レスリングのルーツ」、太田章「フォックスキャッチャーの時代」などが読める!http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/201504

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    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! par14は大好評インタビュー9本、8万字オーバーで540円!!  試し読みも可能です! http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar760930

    ①スターダム世IV虎vs安川惡斗は不穏試合ではない!!

    ②北原光騎が天龍引退に万感の思いを込めて「佐山シューティング、天龍同盟、SWS……」

    ③ビル・ロビンソン最後の弟子・鈴木秀樹「プロフェッショナルレスリングを大いに語る」

    ④Uと馬場を支えた黒衣の絵描き! 更級四郎 キミは「ほとんどのジョーク」をおぼえてるか?

    ⑤ご意見番・小原道由が世IV虎vs安川惡斗をぶった斬る!

    ⑥高校球児がアメリカに渡りUFCを目指すまで〜松田干城のボストン生活〜

    ⑦小佐野景浩×安西伸一 『ゴング』×『週プロ』天龍番だった男たち

    ⑧インディの聖地・新木場1stリングとは何か? 管理人を直撃!

    ⑨達人は実在する! 日本最後の幻想・柳龍拳ロングインタビュー

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    山本 更級さん、なつかしいねぇ! 
    更級 もう長いこと会ってなかったね。
    ――いつから会われてないんですか?
    山本 もう10年以上経つかなあ……。
    更級 そうだね。
    山本 ボクにとって更級さんは大切な人なんですよ。ベースボール・マガジン社で更級さんと出会わなかったら「ターザン山本」を名乗らなかったし、『週刊プロレス』もあそこまで売れることはなかったと思う。それに更級さんは馬場さんの“恩人”でもあるんですよ!
    更級 いやいや、そんなたいそうなもんじゃないよ(笑)。
    ――更級さんと山本さんといえば、佐山サトルの『ケーフェイ』を編集されたんですよね。
    山本 あれは更級さんが作ったんだけど、もう編集センスが抜群なんですよ。装丁から何からパーフェクト! 『ケーフェイ』は大ロングセラーになったしね。
    更級 あれ、売れたの? 俺、ナユタ出版に逃げられたんだけど(苦笑)。
    山本 え? 
    更級 「全然売れない」というハガキが届いて以来、一切連絡がない。
    山本 まあ、もともと経営に困っていて、起死回生の策が何かないかということで出た本だったからねぇ。でも、売れたんですよ!
    更級 あの『ケーフェイ』というタイトルは、山本さんが考えた3つの中から選んだんですよ。
    山本 あれは意味不明なところがいいんですよね。誰も聞いたことがなかった。ボクにケーフェイという言葉を教えてくれたのは、ジミー鈴木なんですよ。「アメリカのプロレス界では、レスラーや関係者が控室で重要な会話してるときに、部外者が入ってきたらケーフェイと合図して話をやめるんですよ……」と。コピーのアイデアを出す1週間前にタイミングよく聞いたんですよ。
    ――実際にレスラーたちがそうやって口にする場面ってあったんですか?
    山本 あるよ。長州(力)、新間(寿)さんも使ってた。「なんのことだろう……?」と思ってたんだけど。
    ――それは山本さんが嫌われていたわけじゃなくて?(笑)。
    山本 それもありますよぉ!
    更級 そりゃあ山本さんは嫌われるよね(苦笑)。「山本さんはどういう人?」って聞かれたときはこう言ってたよ。「みんなから妬まれる。それは目立つから」って。
    山本 パチパチパチ!(手を叩きながら喜んで)。
    更級 しょうがないよね、目立っちゃうんだから(笑)。
    山本 更級さんがいなかったら、普通の業界人として何も目立つことなく一生を終えたと思う。ベースボールマガジン社の普通の編集者、記者として地味に仕事をやっていた。ところが更級さんが“非・業界人”として背中を押してくれたわけですよぉ! 
    更級 だってそのほうが面白いじゃない。俺はフリーのイラストレーターとしてベースボールマガジンから仕事をもらってたんだけど、山本さんとか一部の人間だけでしたよ、才能があったのは。
    山本 ベースボールマガジンって個人が目立っちゃいけない会社だったわけだけど。更級さんが「山本さんはエッセイを書くべきだ」ってことで始まったのが「ザッツレスラー」だったりするんですよ。
    ――あのコラムは更級さんのアイデアなんですね。
    山本 更級さんですよ! 『週プロ』の編集長として杉山(頴男)さんがいるのに下の人間がそんなもんを書いちゃいけないんですよ。
    更級 でも、俺がそう勧めたら「ついに来たか!」という顔をしてたよ(笑)。
    ――「待ってました!」と(笑)。
    更級 山本さんのコラムは当たるべくして当たったんですよ。山本さんは好き嫌いはべつにして、印象に残る人ですよ。今日出掛けにカミさんに「ひさしぶりに山本さんに会うよ」と言ったんですけど、カミさんが言うには「山本さんの原稿は飛び抜けていたよね」と。ほかの記者と比べてもそうだし、文学性があったんです。でも、当時の『週プロ』は山本さんを使わない。たとえば巻頭原稿にしても、新聞調の記事を外部のフリーライターが書いていたんです。で、俺は山本さんに陰で「月に1度は巻頭原稿を書いたほうがいい」と言ってたんですよ。そうしないと『月刊プロレス』のときと変わらずつまらない本になるから。
    山本 『週刊プロレス』の巻頭記事は当初、元・講談社の人間が書いてたんですよ。『プロレス少女伝説』を書いた井田真木子さんの旦那さん。杉山さんが「いまプロレス界はこういう状況ですよ」とデータを渡して、アンカーとして書いてもらっていたんです。
    更級 内容はまったく面白くないよ。
    山本 それにボクが『週プロ』に入ったときは社内原稿はなかったんですよ。ほかのスポーツ新聞の運動部長、テレビ解説者なんかに原稿を頼んでいた。彼らからしても、いいアルバイトなんだけど、それがまたつまらないんだよねぇ。
    更級 読む価値がない。
    山本 だって手に入れた情報は真っ先に自分たちの媒体に書くわけでしょ。そこからあぶれたものや、後追い情報を『週プロ』に回すわけだから。それじゃ仕方ないから杉山さんに「社内原稿にしましょう」と提案したんだけど、それも最初は壁があってなかなかできなかったんですよ。社内から「なんでおまえが書くんだ!」という声もあったりしてね。
    ――堅い業界だったんですね。
    山本 編集長の杉山さんは『週刊ベースボール』から来た人で、プロレスのことはまったく詳しくないわけよ。しかもプロレスも好きじゃない。出世の糧にするために『週プロ』で勝負しようしたわけ。それでスペシャリストを集めて、月刊から週刊に移行したんだよね。
    更級 杉山さんはプロレスに対して軽蔑してたよね。そうハッキリ言っていたし。
    山本 全然好きじゃない。会場にもほとんど行かないし。
    更級 会場で見たことなかったよね。1回だけ一緒に全日本の会場に行ったかな。渕(正信)さんと会ったとき、杉山さんは俺の後ろに隠れるようにしていたね。
    山本 杉山さんは肩身が狭かったと思うんだよね。
    更級 たぶん……ね。
    山本 やっぱりさ、『ゴング』の竹内(宏介)さんなんかはプロレス団体のトップとガッチリだったじゃない。団体とのパイプを駆使して雑誌を作るのがプロレスマガジンのスタイル。『東スポ』や『ゴング』は団体と一緒に誌面を作ってるわけだけど、それを杉山さんはやらないわけですよ。団体と交渉も付き合いも一切やらない。だから当然『ゴング』のほうが情報やニュースが早い。
    ――当時の『週プロ』は異端な存在だったんですね。
    山本 でも、杉山編集長はベースボールマガジンの社長から「『ゴング』を潰せ!」という命令を受けていた。プロレスは好きじゃないけど、そういう使命感を持っていたわけ。
    更級 『ゴング』ってベースボールマガジン社から出ていった人たちが作っていたから。
    山本 編集も営業も経理もみんなそうだよ。
    更級 竹内さんといえば、冗談だろうけど「『週プロ』のギャラ3倍出すから『ゴング』に移籍してくれ」と言われたことがあった。
    ――『ほとんどジョーク』の引き抜きですか(笑)。
    更級 「タイトルどうするの?」と聞いたら「『ほとんどジョーク』で行きます」と。
    山本 パチパチパチ!(手を叩きながら)。
    更級 竹内さん言ってましたよ。「更級さん、『ゴング』ができた経緯を知ってるでしょ。『週プロ』を潰したい」と。向こうもそんなことを言ってたんですよ。
    山本 じつは『ゴング』のほうが『週プロ』より1・5倍くらいギャラが高いんですよ。そうすることが業界内の竹内さんのポジションを作っていたわけ。こっちは単なるサラリーマンだから自分の裁量で決められないんだけど。
    ――『ゴング』は社長の竹内さんが自由に決めることができるんですね。
    山本 竹内さんのやり方は起業家としてはあたりまえですよね。資本主義の世界では、自分の会社に生き残るためには当然のことだから。杉山さんも頭がいいから、いままでにないプロレスマガジンのスタイルを構築していったんだよね。更級さんの『ほとんどジョーク』もそうですよ!
    更級 最初はみんなから「そんなのうまくいかない」と言われたけどね(笑)。「プロレスファンには笑いのセンスはないよ」って。
    山本 ボクが『ファイト』にいたときに驚いたのは、投稿ページの充実感なんですよ。「プロレス界には強者が多いな」と思ってたんだけど、『ほとんどのジョーク』の投稿の多さを見て、「やっぱり」って後付けで気づいた。あのコーナーで当選回数が一番多かった人間が◯◯◯◯というんですよ。それが1ヵ月前に新宿ゴールデン街でバッタリ会ってさあ。昨日もフリーダムの興行で会って試合後に一緒に飯を食いましたよ!
    ――その方はいま何歳なんですか?
    山本 40ナンボ。
    ――いまだにプロレスを見続けてるんですねぇ。
    更級 彼は何回も採用されていたよね。でも、杉山さんの最大の功績は、山本さんを『ファイト』から引っ張ったことだと思いますよ。「この人にやってもらう、あの人にやってもらおう」という管制塔の役割に徹していた。変に会場に来たり、猪木さんや馬場さんとメシを食ったりしなかった。独自のやり方で『週プロ』を認知させるまでには至ったけど、人気を出たのは山本さんが編集長になってからですよ。
    山本 ボクが「ターザン山本」と名乗るようになったのも、サンボのビクトル古賀先生に命令されたからなんだけど。更級さんと古賀さん、両方から「表に出ろ!」と蹴り出されたわけ。いまでこそこうやって定着したわけど、こんなリングネームみたいものは普通はつけないですよ!
    更級 古賀さんは山本さんのことを「ターザン」と言っていて。本当のターザンはさ、身体は逆三角形で山本さんとは全然違う風貌じゃない(笑)。でも、山本さんの神出鬼没さから「ターザン」と名づけたんだよね。それで「ペンネームもターザン山本でいったら?」と。そういうときの山本さんって真面目だから最初のうちは「プロレスラーにターザン後藤という選手がいるからダメだ」と嫌がるんだよね。
    山本 そこはやっぱり業界人として守らないといけないこともあったんだけど、徐々に更級さんや松本晴夫さんたちの“非・業界”の世界になびいていったんですよ。
    ――松本さんは『ザッツレスラー』の挿絵を書かれていたイラストレーターですね。
    山本 だって、そっちのほうは居心地がいいしさ、だからこそプロレス界に軋轢とイレギュラーを起こし続けることができたんですよ。それが新日本の取材拒否につながったんだけど……。
    ――きっかけは更級さんだったんですか(笑)。
    山本 ボクはその“非・業界”のスタンスを選んだんですよ。更級さんのセンスにボクは憧れたし、尊敬できた。なにより知的だからさ。
    ――更級さんがいなかったら、ターザン山本も、活字プロレスの『週刊プロレス』も存在しなかったという。
    山本 なかったよ。あと旧UWFもうまくいかなかったんじゃない。もともと杉山さんが『週プロ』でUWFを推していたけど、更級さんは社長の浦田(昇)さんたちから相談されていたんですよ。つまりUWFはメディアを持っている杉山さんと、ブレーンとしての更級さんという、2つのルートを持っていたわけ。UWFは杉山さんの媒体力に頼って、更級さんにはUWFの精神を作ってもらっていたんですよ。たとえば浦田さんが「前田日明しか選手がいない。誰を引き抜こう」という話になったときに、浦田さんは中央大学のレスリング部出身だから「長州でいこう!」となるんですよ。でも、ボクらは「長州はダメですよ!」と反対してね。
    更級 ダメだよねぇ。
    山本 「長州より藤原喜明ですよ!」と提案するんだけど、当時の藤原喜明は業界的にも名前がないじゃない。浦田さんは「藤原……?」と怪訝そうな顔をしてねぇ。そこで「藤原を入れることでUWFのコンセプトは強力に固まりますよ」と説得したのは更級さんなんですよ。作/アカツキ
    更級 浦田さんはね、借金を抱えて大変でね、UWFもうまくは行かなかったけど、頭がよかったですよ。俺に話を振ると山本さんにも伝わるってわかってた。あと浦田さんは杉山さんとうまくいってなかったから、山本さんのルートは大事にしていたんだよね。
    山本 藤原組長のテーマ曲「ワルキューレの騎行」を考えたのは更級さんですよ。凄いセンスだなと思って。絵画や文学とか芸術に関する知識が凄いんですよ!
    更級 でも、神(新二、旧UWFスタッフ、新生UWF社長)くんなんかもそうだけど、山本さんや俺たちが一番邪魔だったと思う。UWFが大きくなるに連れ、態度がどんどん変わっていったよね。第2次UWFが横浜アリーナでやったときに控室の通路にいたんだよ。そのとき宮戸優光や山崎一夫とすれ違ったんだけど、俺のことがわかると、凄く嫌な表情をして顔を背けるわけ。昔は「先生、先生」って声をかけにきたのにね。
    ――何があったんですか?このインタビューの続きと、レーザーラモンRG、柳澤健、映画『フォックスキャッチャー』、三沢光晴物語、川尻達也、雀鬼・桜井章一の記事などが読めるお得な「8万字オーバー記事詰め合わせ」はコチラです! 
  • 高まる期待、広がる不安……UFCユニフォーム制度のその後■MMA Unleashed

    2015-04-24 09:57  
    32pt
    Omasuki Fightの北米MMA抄訳コラム。今回はUFCが導入した「ユニホーム制度」!


    UFCがリーボック社と提携して実施するユニフォーム制度が今年7月6日からスタートする(参照「いったいどういうことなのか?UFCがユニフォーム導入」■MMA Unleashed )。昨年12月の記者会見に続き、1月にはUFC社内規定「Athlete Outfitting Policy」(選手服装規定)が定められ、選手・マネージャーらに通達された。規定前文には、「この服装規定に定める特徴的な外見は、われわれがスポーツ界のリーダーであるというメッセージを表現するものである。このユニフォームは、最新技術により、MMAのトレーニングや試合に最適な作りになっている」と書かれており、次のような細目が定められているという。

    ・選手および選手のセコンド陣は、チェックイン時に支給されるリーボック製品の着用が義務
  • “雀鬼”桜井章一×笹原圭一「PRIDEと生きた時代」

    2015-04-23 13:53  
    53pt
    Dropkickのジャン斉藤です。じつはここ最近体調を崩して寝込んでおりまして「元・日本テレビアナウンサー 倉持隆夫が語る全日本プロレス中継」「更級四郎×ターザン山本 ジャイアント馬場を動かした男たち」「狂気のピエロ 矢野啓太はプロレス界最後のシューターなのか」インタビューの更新作業が滞っています。本当に申し訳ありません。週明けにはいくつか更新いたしますが、それまで誌面のほうで掲載しました雀鬼・桜井章一と、元PRIDE広報・元DREAMプロデューサーの笹原圭一氏の対談をご覧ください(2012年に収録したものです)。雀鬼はわたしく斉藤の麻雀の師匠であり、ヒクソン・グレイシーとは親友関係にありますが、そのきっかけを作ったのは笹原さんでした――。なお絶賛休載中でした笹原さんの書評連載は来週から再開いたします。そちらもご期待ください!

    4月度更新記事一覧! レイザーラモンRG、三沢光晴物語、柳澤健「レスリングのルーツ」、太田章「フォックスキャッチャーの時代」などが読める!http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/201504

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    ①スターダム世IV虎vs安川惡斗は不穏試合ではない!!

    ②北原光騎が天龍引退に万感の思いを込めて「佐山シューティング、天龍同盟、SWS……」

    ③ビル・ロビンソン最後の弟子・鈴木秀樹「プロフェッショナルレスリングを大いに語る」

    ④Uと馬場を支えた黒衣の絵描き! 更級四郎 キミは「ほとんどのジョーク」をおぼえてるか?

    ⑤ご意見番・小原道由が世IV虎vs安川惡斗をぶった斬る!

    ⑥高校球児がアメリカに渡りUFCを目指すまで〜松田干城のボストン生活〜

    ⑦小佐野景浩×安西伸一 『ゴング』×『週プロ』天龍番だった男たち

    ⑧インディの聖地・新木場1stリングとは何か? 管理人を直撃!

    ⑨達人は実在する! 日本最後の幻想・柳龍拳ロングインタビュー

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    ――桜井会長と笹原さんがお知り合いになったのは、会長とヒクソン・グレイシーの対談がきっかけなんですよね? 
    笹原 いや、じつはボクがこの業界に入る前に下北のお店でお会いしてるんです。20歳ぐらいのときですね。
    雀鬼 あ、そうなの? 
    笹原 会長はおぼえてらっしゃないと思いますけど(笑)。下北に会長のお店ができてまだ間もなくの頃です。ボクは大学生の頃から麻雀が好きだったこともあったので仲間内と「桜井章一のお店ができたらしいから行ってみよう」ってことで上京したんですよ。
    雀鬼 へえー、そうだったんだ(笑)。
    笹原 お店に足を踏み入れたら会長がいらして。地方から来たことを伝えたら凄く良くしていただいて、柳史一郎さんの小説『伝説の雀鬼』にサインしてもらったり。
    ――つまり一人の雀鬼ファンだったんですね(笑)。
    笹原 もともとボクが勝手にお慕い申し上げていて、PRIDEをやるようになったときに、ボクが桜井章一に会いたいという理由もあってヒクソンとの無敗対談を企画したんです(笑)。それが97年のことですね。
    雀鬼 あれから笹原さんにはよくしてもらってね。こんなジジイが毎回PRIDEに行くなんてちょっとおかしいんじゃないかなって思いつつもさ(笑)。というよりさ、斉藤はわかると思うけど、あんまりオレって興奮しないじゃないですか。
    ――何が起きても冷静沈着ですよね。
    雀鬼 でもね、PRIDEのリングを観に行くときは凄くワクワクしたんだよ。「なんでこんなにワクワクするんだろう……!?」っていうくらい。そういうものを観させていただいたことは本当にありがたいことで。女の子がデートしてくれるっていってもちっともワクワクしないのにね(笑)。
    笹原 女の子よりPRIDEでしたか(笑)。そういえば、ボクはVシネマ『雀鬼』シリーズにチョイ役で出させていただいて。赤坂のバーという設定で会長がそこのマスター、ボクはお客さんです。『まいっちんぐマチコ先生THE MOVIE』以前に出演歴があったんですよ(笑)。
    ――『まいっちんぐマチコ先生』がデビュー作じゃなかった、と(笑)。
    雀鬼 人の縁って不思議だね。それまでプロレスや格闘技界からはだいぶ離れていた。力道山まで遡るかなあ……。
    笹原 力道山からヒクソンですか(笑)。
    雀鬼 俺は遠藤(幸吉)さんと親しくさせてもらったから、日本プロレスの道場にもよく顔を出していたんだけど。そういえば、PRIDEの道場で小路(晃)や戦闘竜と取っ組み合いをやったことがあったな(笑)。
    ――何をやってるんですか(笑)。
    雀鬼 でも、ヒクソンと知り合うまではけっこう距離が空いていたんだ。たまたま格闘技の雑誌を読んでヒクソン・グレイシーという人間の考え方に共鳴したというか興味を持ったんです。「このヒクソンという人間は実際にはどんな動きをするんだろう」ってね。
    笹原 そこにボクがタイミングよく対談の企画を投げたわけですね。
    雀鬼 そこからヒョードル、ノゲイラ、シウバと興味ある人間と接点が持てたっていうのは本当にありがたいです。しかし、笹原さんはどうしてこの業界に入ったの?
    笹原 最初に名古屋で就職した会社は格闘技とはまったく無関係だったんですけど、その会社の社長がヒクソンと知り合いだったんです。それでその社長と高田(延彦)さんと知り合いが「高田vsヒクソンをやれないか」というところから話が始まって。
    雀鬼 うん、うん。
    笹原 ボクは格闘技好きだったこともあって、そのプロジェクトに関わるようになったんですよね。その宣伝活動の一環として会長とヒクソンの対談をセッティングしたです。あの対談、二人が会った瞬間に、空気が変わりましたよね。
    雀鬼 なんか緊張感があったよね。
    笹原 話し始めた瞬間にヒクソンの表情が変わったんですよ。当時のヒクソンってもの凄くたくさん取材を受けていたんですけど、あんなヒクソンを初めて観ました。ヒクソンが「オレのことをこんなに理解してくれる人がいるんだ……」みたいな空気になったことは過去にはなかったんですけど、会った瞬間に打ち解けあえて。
    雀鬼 自分の中でもそういう感じはあった。ヒクソンは日本語がわかんないし、俺も英語はあんまりわからないけども。握手をしてお互いに身体を触って「柔らかいねえ」っていうジェスチャーを交わしたところから対談は始まったんだよ。
    笹原 言葉は通じてなくてもお互いの目がキラキラしてる感じがあったんですよねぇ。
    雀鬼 途中からPRIDEはヒクソン抜きにして進んだじゃないですか。笹原さんはどういった心境だったんですか?
    笹原 もちろんヒクソン・グレイシーは人間的に凄く興味があった選手だし、PRIDEという企画を作った選手なので、彼が上がらなくなったことに関しては凄く残念でしたけども。そこから何か新しいものを作っていくしかないなと思ってやってましたけど。
    雀鬼 でもさあ、笹原さん。あの頃のヒクソンって日本人にとっては「敵」だったじゃないですか。
    笹原 そうですよねぇ。
    雀鬼 ね。いわゆるプロレスラーを応援するファンが多かった。PRIDEには「日本人vsガイジン」「プロレスvs柔術」みたいな構図があったりしてさ。
    笹原 そこは我々も商売的にあえて煽っていたところがあると思いますけどね(笑)。
    雀鬼 オレも小ちゃい頃はそれで興奮していたわけですから。それはプロレスの流れというか、シャープ兄弟という敵がいたから力道山は英雄だったわけでしょう。でも、会場にいると「周りは全員、ヒクソンの敵か……?」と思うときがあったんですよ。
    ――ボクも会長の隣で高田延彦の応援をしてましたからね(笑)。
    雀鬼 この野郎はふざけてるし、後ろでも高田選手を応援してる騒がしいヤツがいるかと思ったら浅草キッドのお二人だったりな(笑)。とにかく「グレイシーは敵だ!」っていうムードがあった。
    ――グレイシーってなかなかプロモーターに対しても心を開かないイメージがありますね。
    笹原 まあ、彼らはプロとしてそういうポーズを取ってるところはあると思いますけども。普段は馬鹿話をしたり全然普通でした。でも、ヒクソンはあまりそういう隙を見せなかったと思いますけど。ヒクソンは常にヒクソン・グレイシーでしたね。
    雀鬼 そこは24時間、ずっとヒクソン・グレイシーでいるっていう感じだよね。
    笹原 ボクが見るかぎりでは、リラックスしてるところはありますけど、「眠っていてもライオン」みたいな雰囲気でした。
    雀鬼 いや、彼は持ってるね。品じゃないけど、野生の心みたいなものを。ヒクソンは自然が好きじゃないですか。
    ――試合前に山ごもりしてましたね。
    笹原 ああ、試合前に「山を用意してくれ」と言われてましたね(笑)。いまだとちょっと考えられないです。当時だからこそできたんだと思いますけれど。
    雀鬼 ホントだよねえ。「ジムの設備があるところで練習したい」とかだったらわかるけど、「山を用意してくれ」ってね(笑)。
    笹原 「木があって、水があって」っていろいろとリクエストされました。いまそんなファイターがいたら「ふざけんな!」とって思いますけど(笑)。
    雀鬼 そういうことが許された時代だったんだよね。そこはやっぱりグレイシー柔術という価値観を下げたくないわけですよね。だから交渉にも非常にうるさかったのかもしれないですよ。
    ――結局、ヒクソン最後の試合は『コロシアム2000』の船木戦になりましたけども、そのあとPRIDEからオファーはされていたんですか?
    笹原 いろいろマッチメイクを考えるなかで、かならず名前は出てきた選手ですね。実現できる、できないという話じゃなくて。PRIDEはヒクソンと高田さんが産み落としたイベントですから、どうしても名前は出てきますよね。
    雀鬼 ヒクソンはやる気ではいたんですよ。ただね、息子さん(ハクソン・グレイシー)が……。このインタビューの続きと、レーザーラモンRG、柳澤健、映画『フォックスキャッチャー』、更級四郎×ターザン山本、三沢光晴物語、川尻達也の記事が読めるお得な「8万字オーバー記事詰め合わせ」はコチラです!  
  • 決戦直前!川尻達也は「デメトリアス・ジョンソンvs堀口恭司」をこう見る!

    2015-04-23 13:35  
    2015年4月25日(日本時間26日)に行なわれる「UFC 186」デメトリオス・ジョンソンvs堀口恭司のUFCフライ級タイトルマッチ。悲願のUFC日本人王者誕生なるか? 川尻達也に見どころを語ってもらった。 川尻達也・談堀口(恭司)くんにぜひタイトルを獲ってもらいたいんですが、この試合はデメトリアス・ジョンソン(以下DJ)目線で見ちゃいますね。それはDJに勝ってもらいたいということではなく、DJは打撃、テイクダウン、寝技と、どんな勝ち方もできるファイターじゃないですか。ここ最近の試合もサブミッションで一本、判定で完勝、右フックでKO。どんな局面でも強いんですよ。
    一方の堀口選手はこの試合でやることは決まってますよね。距離を取ってテイクダウンに備えながら、ときには飛び込んで独特の打撃でKOを狙う。空手をベースにしたああいうタイプはUFCにもなかなかいないから、DJは凄く戦いづらいと思うんで
  • 客席で見たあの有名人〜エル・チキンライスから見えてくる格闘技の今後〜■MMAオレンジ色の手帖

    2015-04-23 13:27  
    32pt
    格闘技ブログ「MMA THE ORANGE」の管理人オレンジがディープなエピソードをお届けする「MMAオレンジ色の手帖」! 今回は「客席で見た有名人」!先週、プロレス・お笑いファンを席巻した話題と言えば…。もちろん「エル・チキンライス」でしょう。「Dropkick」をご覧の皆さんは既にチェック済みだと思いますが、人気バラエティ番組「水曜日のダウンタウン」で松本人志が扮した覆面レスラーの話。そのムキムキの筋肉を武器に「メキシコからきた謎のマスクマンとしてプロレス会場に登場してもバレない説」を立証するため「ドラゴンゲート」のリングに登場しました。試合では凶器にパイナップルを手渡すセコンドワークで笑いを取りつつ、鍛え上げられた肉体美に会場のファンは疑う余地なし。誰にもバレることなく大会はめでたく終了しました。がしかし……!私が気になったのは番組中での発言。「これ(ドラゴンゲート)がなかったらディファ有明に格闘技を見に行く予定だった」とのたまうではありませんか!? さらに別番組「ワイドナショー」でも最近の格闘技の会場は閑散としていたと追い打ちの発言。松ちゃんが格闘技観戦!? PRIDE全盛期にはリングサイドで観戦している姿をテレビカメラに抜かれて露骨に嫌な顔を見せていたのは記憶にありますが、なんと最近も観戦していたとは衝撃です。Twitterに寄せられた情報によると、エル・チキンライスのロケが行われたのが3月15日。その日にディファ有明で行われていた大会と言えば…なんと「PANCRASE265」ではありませんか。お目当ては北岡悟×アキラ!? もしくは改名初戦を迎えた有己空の応援!? マニアックに「格闘技交換留学」の日本VSカナダとの対抗戦!? どの試合・選手に注目していたのか妄想するだけでちょっとうれしくなってきます。 
  • 【アンコール劇場】武田幸三インタビュー「キックに命を懸けた男」

    2015-04-20 10:57  
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    Dropkickアンコール劇場! 以前掲載された武田幸三インタビューをお送りいたします。キックボクシングにすべてを捧げた男の生きざまを見よ!4月度更新記事一覧! レイザーラモンRG、三沢光晴物語、柳澤健「レスリングのルーツ」、太田章「フォックスキャッチャーの時代」などが読める!http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/201504
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    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! par14は大好評インタビュー9本、8万字オーバーで540円!!  試し読みも可能です! http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar760930
    ①スターダム世IV虎vs安川惡斗は不穏試合ではない!!
    ②北原光騎が天龍引退に万感の思いを込めて「佐山シューティング、天龍同盟、SWS……」
    ③ビル・ロビンソン最後の弟子・鈴木秀樹「プロフェッショナルレスリングを大いに語る」
    ④Uと馬場を支えた黒衣の絵描き! 更級四郎 キミは「ほとんどのジョーク」をおぼえてるか?
    ⑤ご意見番・小原道由が世IV虎vs安川惡斗をぶった斬る!
    ⑥高校球児がアメリカに渡りUFCを目指すまで〜松田干城のボストン生活〜
    ⑦小佐野景浩×安西伸一 『ゴング』×『週プロ』天龍番だった男たち
    ⑧インディの聖地・新木場1stリングとは何か? 管理人を直撃!
    ⑨達人は実在する! 日本最後の幻想・柳龍拳ロングインタビュー
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    ――武田さんの現役時代のドキュメントDVDを見させていただきましたが、武田さんの壮絶なキック人生と90年代からの格闘技界の歴史がよくわかる濃厚な内容でした!
    武田 ありがとうござます! 長渕(剛)さんが編集から携わってくださり、題字まで書いてくださりました。
    ――長渕剛プロデュースですか! それにK-1から大晦日の川尻達也戦まで、ありとあらゆる格闘技興行の映像が入ってることにもビックリしました。
    武田 はい。会社にいっぱいお金を出していただきました。
    ――吉本興行パワーなんですね(笑)。ラジャダムナンのタイトルを獲った伝説の試合ももちろん収録されてますが、デビューの頃はファイトマネーの安さに驚かれたそうですね。
    武田 ボクがデビューしたときはファイトマネーが1万5000円でしたし。もらって初めて知りました。
    ――武田さんはお金を稼ぎたいと思ってキックを始めたわけですよね。
    武田 そうなんですよね。家が凄く貧乏だったのでK-1でブランコ・シカティックが優勝して賞金2000万を獲得したのを見て「これだ!」という感じで。
    ――ほかのスポーツに目は行かなかったんですか?
    武田 ラグビーをやってましたけど、それでは食えないというイメージがあって。アメリカンドリームの一攫千金じゃないですけどね、あのときのK-1にはそういうイメージがあったので。テレビを見た次の日にラグビー部をやめました。それで電話帳で自宅から一番近いキックボクシングジムを調べて。それが治政館だったんです。
    ――でも、実際は凄く大変な世界だったわけですよね。いまのようにいろんな事情を知っていたら、もしかしたらキックをやってなかったんじゃないですか?
    武田 やってないのかな……。どうでしょうね、やってないでしょうかね。だってデビュー戦の控え室がカラオケボックスの一室でしたからねぇ。
    ――デビュー戦会場だった横浜の屋台村はプロレス興行もよくやっていたところで有名です(笑)。
    武田 リングの横に焼き鳥屋があって。「ああ、これが現実なんだ……」ってもの凄いショックでした。ファイトマネーとして5000円とチケット2枚を手渡されて。
    ――実質5000円ですか!
    武田 交通費や病院の治療代もあったし、もちろん赤字です。それは新人に限った話じゃなくて日本チャンピオンクラスでもみんなバイトしてますしね。
    ――それってキックボクシングがもの凄く大好きじゃないと難しいですよね。
    武田 キックをやる理由は「好き」なだけですよ。で、一度、現実を知ってジムを飛び出したんです。ボクは「これでのし上がる」という確固たる目標がありましたからね。でも、飛び出して初めて師匠(長江国政)の自分にキックに対する思いを知って。ウチの師匠はキックボクシングに対する思いが一番強かったんですよね。一日24時間キックのことを考えてるっていう。だから「1万5000円でもいいや!」と思い直して出戻ったんです。
    ――そこで初めてキック馬鹿になれた、と。
    武田 はい。たまたま電話帳で見つけたジムがそういうところだったのは、もの凄い幸せです。これは勝手な自分の考えですけど、もしも違うジムに行ってたとしても治政館に流れていってたと思います。飛び出したあとほかのジムをいくつか行きましたけど、それでも戻ったんで、どっちにしてもたどり着くんじゃないかなと思ってます。
    ――そこからのモチベーションは「打倒ムエタイ」になるわけですよね。
    武田 「打倒ムエタイ」です。野球でプロ野球選手になるとメジャーを目指すって感覚ですね。発祥地であるムエタイでオレはどんなもんなんだろう?と。
    ――「打倒ムエタイ」というのはもの凄くハードルが高いわりには、報酬などの見返りは少ないわけですよね?
    武田 そこはお金じゃなかったですね。やるからには一番を目指したいだけで。「ある程度、食えてればいい」と思ってました。バイトもずっとやってましたし、レストラン、キャバクラ、引っ越し屋もやりました。
    ――それ以外の時間はすべてキックに費やして。練習で失神や失禁するまで自分を追い込んで。
    武田 ブラックアウトじゃないですけど、酸素を使いきるといきなりフラッとなるんです。そうやって自分を追い込まないと安心できないですし、最高の準備をして初めてお客さんの前に立てるわけです。追い込めば追い込むほど自分が安心しますし、「これでやっとお客さんの前に立てるな!」ってふうに思ってるから、追い込む度合いがどんどんどんどん強くなっていきました。
    ――それぐらい自分を追い詰めないと安心しないんですね。
    武田 そうです。もともと臆病だっていうのもあると思いますし。師匠に「ちょっと休め」って言われるのが逆に勲章でしたね。そういうこと絶対に言わない人だったんで。それに30前後の歳になって体調不良で練習を休むのにわざわざ電話を入れるんですからね。そういうジムなので、逆に「ちょっと練習を休め」って言われることが凄く嬉しかったです(笑)。 
  • ケガと格闘技■二階堂綾乃のオールラウンダーAYANO

    2015-04-20 10:22  
    32pt
    新日本プロレスの選手イラストを描いてキャッキャしていたプオタ女子・二階堂綾乃がいつのまにかMMAジムに通いだし、試合出場を目論む模様をイラストレポートすることになった当コーナー。今回は「ケガ」について!総合格闘技を習っていると時々「ケガするから格闘技なんてやめなよ。女の子なんだから!」と言われることがあります。
    ケガを恐れていたらスポーツ全部できないじゃないかー!女の子はケガしちゃいけんのか!差別か!!そもそも格闘技やったらケガするって前提で話すなー!
    と、思ったりしますが、殴り合ったり関節を極めあったりするので、やはりちょいちょいケガはします。
    私はケガをすればするほど強くなったような気がするので(気のせい)ケガをするとちょっと嬉しいくらいなのですが、格闘技をやっている方はみんなケガにはお悩みかと思います。今回は、そんなケガとの付き合い方についてお話しします。
    まず私は以前お話しした通り
  • Dropkickメルマガ好評インタビュー一覧

    2015-04-16 20:22  
    試し読み可能! 読み応えタップリの大ボリュームでお送りする「好評インタビュー記事詰め合わせ」一覧!!http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/tag/%E3%82%BB%E3%83%83%E3%83%88%E8%B2%A9%E5%A3%B2
  • 【フリー記事】スマホゲーム『プロレスやろうぜ!』制作から考える新日本プロレスの未来

    2015-04-16 19:13  
    4月21日に扶桑社から発売される『俺のプロレスvol.02』は新日本プロレス特集号!全128ページで新日本プロレスの「過去・現在・未来」を追っていますが、発売を記念してムックに掲載される新日本プロレス経営企画部の阿部猛さんのインタビューを無料公開! 阿部さんが開発に携わっているスマホゲーム『プロレスやろうぜ!』から新日本プロレスの今後を探ります!『俺のプロレス』誌面詳細はコチラ中邑真輔着用のリングシューズプレゼント応募はコチラ

    ――新日本プロレスのスマートフォンゲーム『プロレスやろうぜ!』の開発に携わっている阿部さんは、新日本プロレスという会社の中でどういう立場になるのでしょうか。
    阿部 所属は経営企画部という部署になります。おおまかに言うと新規で物を作ることに取り組む部署ですね。 
    ――昔からある部署なんですか?
    阿部 いや、2013年の5月頃に突然立ち上がりました(笑)。それまでは