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記事 28件
  • 新日本プロレスのMSG侵攻は「WWE一強独裁」に何をもたらすのか■斎藤文彦INTERVIEWS

    2018-09-22 09:45  
    75pt
    80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマは「新日本プロレスのMSG侵攻はWWE一強独裁に何をもたらすのか」です! 【関連記事】
    ・新日本プロレス、ついにMSG進出! WWEは報復発動か?
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    ■馬場、猪木から中邑真輔まで!「WWEと日本人プロレスラー」■WWEの最高傑作ジ・アンダーテイカー、リングを去る■『1984年のUWF』はサイテーの本!
    ■プロレス史上最大の裏切り「モントリオール事件」


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    ■伝説のプロレス番組『ギブUPまで待てない!!』 
    ■SWSの興亡と全日本再生、キャピトル東急『オリガミ』の集い
    ■「現場監督」長州力と取材拒否■ジェイク“ザ・スネーク”ロバーツ…ヘビに人生を飲み込まれなかった男■追悼ジミー・スヌーカ……スーパーフライの栄光と殺人疑惑■ドナルド・トランプを“怪物”にしたのはビンス・マクマホンなのか――来年2019年4月6日に新日本プロレスとROHの連合軍が、WWEの本拠地マディソン・スクウェア・ガーデン(以下MSG)で合同イベントを行います。つい先日にはCodyとヤング・バックス兄弟が『ALL IN』という非WWEのスーパーイベントを成功させました。アメリカのプロレス界ではいったい何が起ころうとしてるんでしょうか?
    フミ まず『ALL IN』のほうから説明すると、これはCodyとヤング・バックスの3人が中心となってプロデュースしたイベントで、1年がかりで準備したものなんです。ROHや新日本プロレスなど、NON WWEの選手たちが出場しました。
    ――定期的に興行を行なう団体ではなく、単発のイベントだったんですね。
    フミ 場所はシカゴのシアーズ・センター・アリーナ。収容人数は1万人。開催するのは東海岸に強いROHでもない。このような単発のイベントが1万人の観客を動員できるかどうかというところから始まったんですが、なんと大成功させてしまったんですね。 
    ――成功の要因はなんだったんでしょうか?
    フミ 『ALL IN』は団体ではありませんが、いつの時代もオルタナは存在していました。90年代のECW、00年代のTNA(現インパクト・レスリング)などもそうですが、『ALL IN』との違いを言えば、かつてのアメリカではPPVビジネスが成立しなければ、プロレス団体の運営・経営は成功できない仕組みだったんです。
    ――興行のあらゆる収入手段の中で最も効果的なのはPPVだったんですね。
    フミ ただし、団体側がPPVをやろうとすると、ケーブルカンパニーやPPVプロバイダーと視聴契約料のパーセンテージ配分などのビジネスをしないといけません。ファンもPPVを見るためにはケーブルテレビと契約したり、チューナーも必要になってくる。ひと手間もふた手間かかるわけです。 ところが2010年代も終わりに近づく現在では、インターネットの動画配信という新しいかたちでスマホやパソコンでアメリカどころか世界中のプロレスが見ることができるテクノロジーが完成していますよね。これまではアメリカからは見ることもできなかった日本のプロレスがライブで楽しめる時代になった。そういった環境の変化も後押ししたことで、『ALL IN』は大成功を収めたと言えるんですね。 
    ――『ALL IN』を見ている日本のファンもいましたね。
    フミ 『ALL IN』成功の理由はもうひとつ。やっぱりWWEのプロレスだけは満足できないマニア層はいつの時代も存在するんですよ。
    ――どのジャンルにもメインストリーム以外の刺激を求めるファンはいますね。
    フミ 『ALL IN』に集まった1万人の観客は、大都会シカゴだけの1万人ではなく、アメリカ全土からの密航者がシカゴに集まってきたんです。それほどWWE一強独裁体制にもの足りなさを感じているファンが多い。いまアメリカではROHやインパクトなどの団体が活動していますが、あくまでも形だけの自由競争社会。現実としてはWWEが市場を独占してるんですね。今回の『ALL IN』が巨大な点を打ったことはたしかで、この点が線になっていけば面白いことになっていくんですが……。 
    ――巨大な点を打ったどころでは、どうにもできないWWEの現状があるってことですか。
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    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/201809


     
  • 追悼・マサ斎藤さん……献杯はカクテル「SAITO」で■斎藤文彦INTERVIEWS

    2018-07-25 12:17  
    108pt
    80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマは「追悼・マサ斎藤さん」です! イラストレーター・アカツキさんによる昭和プロレスあるある4コマ漫画「味のプロレス」出張版付きでお届けします!Dropkick「斎藤文彦INTERVIEWS」バックナンバー
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    ■SWSの興亡と全日本再生、キャピトル東急『オリガミ』の集い
    ■「現場監督」長州力と取材拒否■ジェイク“ザ・スネーク”ロバーツ…ヘビに人生を飲み込まれなかった男■追悼ジミー・スヌーカ……スーパーフライの栄光と殺人疑惑■ドナルド・トランプを“怪物”にしたのはビンス・マクマホンなのか――フミさんはマサさんとの付き合いは相当長いんですよね。
    フミ ボクがミネソタの大学に通っていた21歳のときに、マサさんがミネアポリスを本拠地とするAWAに転戦してきて知り合ったんです。かれこれ35年もお付き合いをさせていただいて、マサさんからいろんなことを教わりましたし、ケン・パテラの事件で刑務所に入ったときは冬と春に2回、面会にも行ったことがあるんですよ。
    ――貴重すぎる経験ですね!(笑)。
    AWA時代のマサさんと、大学生時代のフミ斎藤フミ ボクが「フミ斎藤」を名乗るようになったのは小学生の頃で、日本プロレスの第14回ワールドリーグ戦にマサさんが凱旋帰国したときからなんです。そのときからボクはフミ斎藤を名乗り、やがて本物のマサ斎藤さんとアメリカで出会うことになるんですね。
    ――斎藤姓の人間の多くがあだ名やニックネームで「◯◯斎藤」と名乗るきっかけは、プロレスラーのマサさんなんでしょうね。
    フミ マサさんは1942年8月7日生まれの75歳でした。でも、なぜかアメリカのウィキペディアでは2月1日生まれの76歳と書かれていて、アメリカのプロレスメディアやファンのあいだでは年齢に関する議論も行なわれたりしてたんですね。
    ――レスリングで東京オリンピックに出場したマサさんは日本プロレス入りしますが、1年足らずで離脱しちゃいますね。
    フミ 日本プロレスの内部の封建的なタテ社会に嫌気が差したところもあったんでしょうね。東京オリンピックから日本プロレスに入ってドロップアウトしたのは2人いるんです。マサさんとサンダー杉山さん。杉山さんは国際プロレスに移籍しますが、マサさんは東京プロレスに移ります。
    ――そこで運命のライバルとなる猪木さんと出会うんですね。
    フミ 日本プロレスを追放された豊登さんが、2年間の海外修行を終えて帰国の途中だった当時23歳の猪木さんを誘って東京プロレスを旗揚げします。猪木さんと同じ23歳だったマサさんも、なんの迷いもなく東京プロレス入りしますが、あとになってから話を聞くかぎり「最初からアメリカに行くつもりでプロレスラーになった」と。プロレスラーとしてアメリカに永住するつもりだったそうなんです。
    ――日本のプロレス界に留まるつもりはなかったんですね。
    フミ 興味深いのは、東京プロレス旗揚げ前の準備期間の4ヵ月間、猪木さんとマサさんはハワイでルームメイトだったんですよ。アパートの部屋をシェアしてたんです。
    ――若き猪木さんとマサさんがルームシェア!
    フミ そこの出会いがのちにいろいろと繋がっていくんですが、猪木さんは昭和18年2月生まれ、マサ斎藤さんは昭和17年8月生まれ。学年は一緒なんですがマサさんは最初に会ったときから猪木さんのことを尊敬していたそうなんです。
    ――同世代から見ても猪木さんはカッコよかったんですね。
    フミ そのときのマサさんのキャリアは1年ちょっとで、猪木さんはキャリア6年の先輩。猪木さんはアメリカで武者修行してきたことで英語がペラペラでしたし、アメリカでウエイトトレーニングやっていたから身体つきもかっこよかった。当時のマサさんはポッチャリとした体型でしたから、猪木さんの身体を見て「俺もウエイトトレーニングをやらなきゃいけない」と思ったそうなんです。
    ――マサさんのウエイト好きは猪木さんから! いろいろと繋がっていきますね。
    フミ ボクはマサさんと1983年にミネソタで出会ってから、マサさんに何度も何度も日本とアメリカのプロレスの話を聞いたことはあるんですけど、猪木さんの悪口を言ったことは一度もないんです。それだけ猪木さんのことが大好きだったからこそ、試合ではタッグを組むのではなくて対角線のコーナーに立ちたかったんでしょうね。
    ――猪木さんの“ライバル”として存在を示したかった。
    フミ 東京プロレスは2シリーズだけで潰れてしまいました。それからマサさんはアメリカに渡ることになりますが、ビザを取るために半年ぐらいブランクがあって。そのあいだマサさんは木村政雄、のちのラッシャー木村さんと半年間ルームシェアをしていたんです。 
    ――猪木さんの次はラッシャー木村さんとルームシェア!(笑)。
    フミ 木村さんは1941年生まれで猪木さんより年齢はふたつ上。ルームシェアした2人が猪木さんのライバルとして一時代を築くのは運命的ですよね。マサさんは念願のアメリカに渡りますが、マサさんのアメリカの本拠地といえばAWAというイメージが強いですよね。でも、マサさんがAWAに来たのは1983年のこと。1967年に渡米して16年近く経ってからで、その頃のマサさんはもう41歳なんですよ。
    ――円熟期の時代だったんですね。
    フミ 30代のマサさんが一番気に入っていたテリトリーはフロリダです。気候は温暖で、天龍源一郎、キラー・カーンら日本人レスラーもよく遠征していた土地ですし、試合は毎日あって、車での移動でどこの会場でも日帰りで家に帰ってこられる。でも、一番長くいた場所はどこかといえば、サンフランシスコなんです。いまのプロレスファンからすれば、サンフランシスコはいまいちピンとこない場所だと思いますが、1963年から1983年までの20年間、ビッグタイム・レスリングというプロモーションが活動してたんです。そこでキンジ渋谷という日系アメリカ人とタッグを組むんですが、キンジ渋谷はマサさんより12歳ほど年上で、試合では8割方リングの中にいるのがマサさん。ロサンゼルスでは日本から遠征してきたジャイアント馬場さんとも試合をしてますね。ジャイアント馬場&ジョン・トロスvsマサさん&キンジ渋谷のケージマッチという試合がありました。
    ――アメリカとは思えないほどの日本な組み合わせですね。
    フミ 当時の日本人レスラーといえば、ニヤニヤお辞儀をしながら相手を後ろから襲う。いわゆるパールハーバーの奇襲攻撃ですね。マサさんもそれまでの日系レスラーどおりのファイトしていたそうです。後ろから相手の両肩を掴む頸動脈クローや地獄突きを使ったり。
    ――ボクなんかは晩年のマサさんの試合しか見たことないんですが、最初からうまかったんですか? 
    フミ そこは対戦相手から学ぶところが多かったみたいですね。たとえばサンフランシスコにはレイ・スティーブンスという名レスラーがいたんですが、ニック・ボックウィンクルさんが「レイは俺の何十倍も才能あった」と。あのニックさんがそこまで褒めるレスラーだったんです。
    ――天才が褒める天才ですか。
    フミ レイ・スティーブンスは激ウマのプロレスラーがホレるプロレスラーの典型で、コーナーポストに飛ばされたときに逆さまに落っこちてエプロンに立つのはこの人が始めた動き。何か技を食らったあとにペタペタペタ歩いてバタンと前から倒れる。リック・フレアーでおなじみの動きも、レイ・スティーブンスがやりだしたんです。
    ――フレアーはレイ・スティーブンスのフォロワーだったりしたんですね。 
    フミ そんな激ウマなレスラーがいて、黄金テリトリーでお金も稼げる。サンフランシスコは最高の生活だったみたいですね。ただ、アメリカの場合はひとつの土地に何年も留まることはできないんですよね。だからサンフランシスコを北上してオレゴンに行ったり、さらに北に向かってカナダ・バンクーバーのジン・キニスキーのマーケットで戦ったり。あの時代のマサさんは相当稼いだみたいで、ゲームセンターのオーナーだったんです。 
    ――ゲームセンターのオーナー!(笑)。
    フミ それとサンフランシスコにアパート一棟、所有してたんですね。アメリカでは最も長い期間、活躍した日本人レスラーだったんです。
    ――たしかにほかの日本人レスラーは途中で帰国しちゃいますね。
    フミ マサさんも1979年、つまり昭和54年に1年間だけ日本を主戦場にしていたときがあったんですけどね。新日本プロレスでお正月から年末まで外国人サイドのレスラーとして毎シリーズ参加しました。そのあとはアメリカを主戦場としながらたまに来日にしてたんですが、80年代初頭にはもう一度フロリダに戻り、そこでは素人が挑戦してきたときに相手をする役割なんかもやっていて。
    ――用心棒だったんですか!
    フミ 「マサだったら大丈夫!」とプロモーターは任せていたんでしょうね。それぐらいの実力者だったんですね。
    ――実際に素人が挑戦してくるんですか?
    フミ プロレスラーより身体が大きいレスリングの選手や、フットボールプレイヤーたちですよね。あとはプロレスがフェイクだと思ってる人間。そういった連中をマサさんが軽くひとひねりすることで「レスリングはフェイクじゃない」と証明するんです。
    ――興行の宣伝にもなるんですね。
    フミ これはマサさん本人も語ってきませんでしたが、マサさんがイラスト化されると斜視気味に描かれますよね。じつはマサさんは右目が見えていなかったんです。
    ――ああ……。
    フミ 試合中のアクシデントで右目の視力を失ってしまったんです。それも日本プロレス時代というキャリアとしては早い時期に。 
    ――そうだったんですか……いったい何があったんですか?
    この続きと、マサ斎藤、マシン引退、天心vsロッタン、北原光騎、WWEvs新日本……などの記事がまとめて読める「11万字・記事19本の詰め合わせセット」はコチラ http://ch.nicovideo.jp/article/ar1639388
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  • 皇帝戦士ビッグバン・ベイダーよ、永遠に■斎藤文彦INTERVIEWS

    2018-06-27 19:16  
    90pt
    80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマは「皇帝戦士ビッグバン・ベイダーよ、永遠に」です!Dropkick「斎藤文彦INTERVIEWS」バックナンバー
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    フミ ベイダーはアブドーラ・ザ・ブッチャーやタイガー・ジェット・シン、アンドレ・ザ・ジャイアントやハルク・ホーガン、ブルーザー・ブロディやスタン・ハンセンらと同ランクで、日本で最も活躍した外国人レスラーだと思います。新日本プロレスからビッグバン・ベイダーのキャリアが始まって、UWFインターナショナル参戦中は、じつはWCWの世界チャンピオンでした。その後WWEに転戦して全日本プロレスにも登場。馬場さんの死後、三沢光晴がNOAHを立ち上げるとそのまま移籍。WJや『ハッスル』を経由して武藤・全日本プロレスに姿を現すと、その後はアチコチのインディのリングにも上がり、最後の来日となったのは昨年2017年4月、藤波辰爾さんのドラディションでした。
    ――ベイダーは日本とアメリカでトップを取ったわけですね。
    フミ ベイダーは四大陸でチャンピオンになっています。新日本のIWGP、全日本の三冠、メキシコではカネックを破りUWA世界王座、ヨーロッパではオットー・ワンツに勝ってCWA世界ヘビー級王座、アメリカではWCW世界ヘビー級王座を3度獲って。Uインターでも高田延彦を破ってルー・テーズさんが所有していた旧NWAのベルト、プロレスリング世界ヘビー級王座も獲得してるんですね。
    ――WCWヘビー級王座は3度も獲得ですか。
    フミ 80年代後半から90年代前半のベイダーは新日本で約5年間活躍していましたが、当時はネットがなく日本の様子が詳しく伝わっていなかったのに、アメリカからベイダー待望論が起きたぐらいなんです。それは日米のマニア同士がVHSビデオを交換しあっていた影響もあるんですね。
    ――日本にベイダーという怪物がいるぞと。
    フミ ベイダーの意向ではなく当時、新日本と業務提携していたWCWから呼ばれたんです。ベイダーはWCWのスターだったスティングとは波長が合ったというか、試合をやれば名勝負になったことでトップに立ちました。これはボクがベイダー自身に聞いたことですが、悔やまれるがあるとすればWWEとGHCのベルトも獲りたかったと。
    ――ああ、その2団体のベルトは獲ってない。意外です。
    フミ ベイダーはWWEでもトップレスラーのひとりではあったので、あのままWWEにいればベルトは獲れたかもしれないですが……あとで説明しますが、プロレスラーとしてのプライドがその機会を逃してしまったと言えるんですね。GHCに関していえば、2000年代以降のことですからベイダーに体力的な衰えがあったと言えます。ただし、GHC(グローバル・オナード・クラウン)という名称のヒントを与えたのは、じつはベイダーらしいんですよね。三沢さんはNOAHを立ち上げる際、「何々プロレス」という団体名称は避けたかったんです。三沢さんが意識していたネーミングは、当時で言えばPRIDEなんです。その名称だけでファンがどういう団体かを理解してくれる。三沢さんたちは「ノアの方舟に乗って全日本から脱出した」からNOAHになった。チャンピオンベルトの名称も同様の理由があったんです。ベイダーはGHCのベルトは獲れませんでしたが、あの人の指紋はベルトについているということですね。
    ――王者ならずともNOAHという団体に影響を与えてたんですね。
    フミ 三沢さんはNOAHを旗揚げしたときに外国人レスラーはベイダーとスコーピオだけ欲しかったみたいなんです。ベイダーも三沢さんのことは大好きだったみたいで。三沢光晴という男は「エースクォーターバックだ」と。ロッカールームでもフィールドでもナンバーワンのリーダーシップを発揮しているスタープレイヤーだと証言していましたね。
    ――ベイダーの出世試合といえば、当時全日本のトップ外国人だったスタン・ハンセンとの殴りあいですね。
    フミ 1990年2月10日東京ドーム、スタン・ハンセン戦ですね。この試合は本当に凄かったです。メインイベントではなかったんですけど、東京ドームの観客の印象に残ったのは間違いなくハンセンvsベイダーでした。ベイダーのラフファイトに怒ったハンセンが顔面パンチを見舞うと、突如ベイダーはリング上でマスクを脱ぎ出すします。騒然とする大観衆の目の前に現れたのは、お岩さんのように右目が腫れ上がったベイダーの顔でした。マスクを脱いだのは眼下底骨折の痛みに耐えられなかったこともあるし、目が腫れたことでマスク越しの視界が悪くなってしまった理由もあったんでしょうね。
    ――衝撃的なシーンでしたねぇ。
    フミ 今はプロレスに関するディティールが比較的オープンに語られる時代ですが、あの日あそこでベイダーがマスクを脱ぐ予定ではなかったんでしょうね。その後ベイダーは素顔で戦うようになっていきますが、ハンセンのパンチ攻撃が目に入ってしまったことがそのきっかけとなったんです。ちなみにベイダーは帰国後に眼球を摘出したうえで眼下底骨折の手術してるんですね。選手生命に関わるケガになりかねなかったですが、そのあと何事もなかったかのように復帰しています。
    ――素顔の迫力も加わったことで、ベイダーの存在感はさらに増したと言えますね。
    フミ 偶然と必然が重なり合って歴史は作られていくものなのかもしれませんが、あそこでマスクを取ったことでベイダー物語の新しいチャプターが始まったとも言えますね。この試合がいまだに語り継がれているのは、そんなアクシデントが起きたあとでもド迫力のファイトが繰り広げられたからです。当時は両者リングアウトという結末が凄く嫌われていた時代だったのに、試合の満足度が高くて「この両リンは仕方がない……」と誰もが納得してましたから。
    ――こういう激闘のために両リン決着があるというか。
    フミ 98年になるとベイダーは馬場・全日本に上がるんですが、かつて死闘を演じたハンセンのリクエストで世界最強タッグに出場しているんです。それはハンセンの中で世代交代のバトンタッチを意識したものだったんでしょう。ハンセンのライバルだったジャンボ鶴田さんはすでにセミリタイア状態でしたし、ハンセン自身も2000年には引退することを決めていたので。
    ――トップレスラーに君臨することになったベイダーですが、デビュー戦は最悪といえるものでしたね。
    フミ 忘れもしない1987年12月27日両国国技館。ベイダーは「たけしプロレス軍団」の刺客として新日本プロレスのリングに初登場しました。当時テレビ朝日の新日本プロレス中継は定位置だった金曜夜8時からも外れ、『ギブUPまで待てない!!ワールドプロレスリング』にリニューアルされていたんですが、その中で企画されたひとつが新キャラのデビュー。それがビッグバン・ベイダーだったんです。
    ――まずベイダーのキャラクターありきだったんですよね。
    フミ ボクは『ギブUPまで待てない!!ワールドプロレスリング』の番組制作に関わっていたので(伝説のプロレス番組『ギブUPまで待てない!!』)、ベイダーの企画書を読んだことがあります。ベイダーという名前はまだ決まってなかったんですが、マサ斎藤さんが連れてくる外国人レスラーが変身すると。キャラクターの原画は漫画家の永井豪先生。途中から使われなくなりましたが、煙が吹き出る甲冑のデザインが先にできていて、その甲冑を脱ぐとガスマスクのような黒覆面を被っている。
    ――あとは誰をベイダーにするか……だったんですね。
    フミ ベイダーの中身には3人のレスラーが候補に挙がっていたんです。1人目が実際にベイダーに変身するレオン・ホワイト。2人目は当時ダラスでディンゴ・ウォリアーを名乗っていたのちのアルティメット・ウォリアー。3人目は当時新日本プロレス道場の留学生だったブライアン・アダムスです。彼は横田基地の米軍を除隊後、プロレスラーになろうと新日本に入門してました。
    ――ブライアン・アダムスはのちにデモリッション・クラッシュとしてWWEでも活躍しますね。
    フミ 当初はディンゴ・ウォリアーで決まりかけていたんですが、直前でWWEと契約してしまったんですね。彼がもし日本でベイダーになっていたら、WWEでアルティメット・ウォリアーは誕生してなかったわけですし、ベイダーというキャラクターもどうなっていたのかわからない。そこは運命のifですよね。
    ――それでレオン・ホワイトに決定したんですね。
    フミ ブライアン・アダムスは外国人であったけど、まだ新日本プロレスの練習生。マサさんは最初からレオン・ホワイト推しだったんです。レオン・ホワイトは2年前の85年にAWAでデビューしており、日本に連れてくる時点でヨーロッパのオットー・ワンツの団体CWAでチャンピオンだったんです。リングネームはブル・パワー。オットー・ワンツが彼のことを凄く気に入ってて長期滞在させていて。オットー・ワンツと同じような体型だし、試合のリズムも合ったんでしょうね。――マサさんもベイダーに惚れ込んだわけですね。


    この続きと、安田忠夫最終回、朝日昇、天心訴訟、ベイダー、QUINTET、ザンディグ……などの記事がまとめて読める「11万字・記事21本の詰め合わせセット」はコチラ 
     
    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1598018
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  • ジャイアント馬場夫人と親友サンマルチノ、2人の死――■斎藤文彦INTERVIEWS

    2018-05-27 13:11  
    90pt
    80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマは「ジャイアント馬場夫人と親友サンマルチノ、2人の死――」です!イラストレーター・アカツキ@buchosenさんによる昭和プロレスあるある4コマ漫画「味のプロレス」出張版付きでお届けします!Dropkick「斎藤文彦INTERVIEWS」バックナンバー
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    ■伝説のプロレス番組『ギブUPまで待てない!!』 
    ■SWSの興亡と全日本再生、キャピトル東急『オリガミ』の集い
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    フミ サンマルチノさんが4月18日、元子さんが4月14日にお亡くなりになりましたね。元子さんの場合は密葬を済ませたあと、4月23日に東京スポーツを通じて発表されました。
    ――発表されるまでは、生前の元子さんと親交のあったプロレス界関係者でさえも知らなかったそうですね。
    フミ 元子さんはもうプロレス界の人ではなかったことも、しばらく公表されなかった理由かもしれませんね。元子さんのことは姪っ子さんが最後まで面倒を見ていたようですが、もしかしたら和田京平さんはご存知だったかもしれません。馬場さんが亡くなったあとも、京平さんは元子さんを支え続けていて、それはプライベートにまで及んでいたそうです。ある日、元子さんから「京平ちゃん、家に来て」と言われて家に行ってみたら「電球を変えて欲しいの」と。
    ――昭和の奉公人の世界というか。フミさんが最後に元子さんに会ったのはいつなんですか?
    フミ 秋山準が現在の全日本プロレスの運営会社の社長になったときに元子さんは後楽園ホールに来られてますが、そのときだったと思います。全日本プロレスとはいっても屋号を引き継いでいるだけなんですが、元子さんは「秋山くんならば」ということで、全日本プロレスの暖簾を使う許可を出しているんですね。
    ――名前は全日本プロレスだけど、法人会社は変わっていて。コンテンツホルダーは元子さんなんですね。
    フミ 全日本プロレスという名前と、おなじみの団体ロゴを使うことは元子さんのお墨付きなんです。こんなケースはありえないと思いますが、秋山選手以外の人が「全日本プロレス」という名前を使うことはできない。いまの全日本プロレスには3冠のベルトがあり、アジアタッグのベルトがあり、チャンピオンカーニバルや世界最強タッグも開催されている。全日本プロレス以外の何物でもないわけですよね。どこの世界でも家元が亡くなると跡目を巡って争いごとが起きるものなんですが、秋山準の全日本プロレスは極めて正統・正当性が高いわけですね。
    ――秋山選手は馬場・全日本プロレスの生え抜きですし。
    フミ 秋山選手は元子さんにきちんとお伺いを立てる人なんですが、こんなエピソードがあるんです。3冠というのは取ったレスラーの好みが出るというか、ジャンボ鶴田さんは基本的にインターのベルトを腰に巻いたんです。あとの2本は手に持ちました。
    ――インターを巻いてUNとPWFは手に持つんですね。
    フミ それはジャンボ鶴田さんの拘りなんでしょうね。スタン・ハンセンの場合は3本とも手に持つ。鈴木みのるもそうでした。天龍さんであれば、UNのベルトを腰に巻いたんですよ。
    ――天龍さんの原点はUNですもんね。 
    フミ 三沢光晴や川田利明はインターを腰に巻くタイプだったんですが、秋山選手の場合はなぜかPWFのベルトを腰に巻きたかったんです。秋山選手は2011年に初めて3冠を取りました。馬場・全日本のときは取ってなかったんです。
    ――それくらい馬場・全日本時代の3冠の壁は厚かったということですねぇ。
    フミ 3冠を取ったときに秋山選手は何をしたかといえば、元子さんに電話をかけて「馬場さんをイメージさせるPWFのベルトを巻いていいですか?」と確認を取ったんですよ。元子さんからすれば嬉しいことだったのではないかと思います。何年経ってもも、まずそうやって元子さんにお伺いを立てるわけですから。
    ――そういった配慮ができるからこそ、元子さんも秋山選手に全日本プロレスを託せるわけですね。
    フミ 秋山選手は全日本プロレスから離れNOAHに移りましたが、また全日本に戻ってくることになった。武藤・全日本よりも秋山・全日本の方が、かつての全日本プロレスっぽいところを感じられるじゃないですか。
    ――「神は細部に宿る」じゃないですけど、どのベルトを巻くのかという確認が取れる人間ですもんね。
    フミ チャンピオンベルトというものは宗家に代々伝わる掛け軸、坪やお皿ではないですが、それほど伝統で由緒あるお宝という認識が秋山選手にはあったということですね。
    ――ベルトは単なる興行の道具ではないと。
    フミ 秋山・全日本になってから、新しく3冠のベルトが作られ、旧3冠の3本のベルトは元子さんのもとに返されたんです。そこは元子さんの要望だったと思いますし、晴れて“本家”に戻ったということですね。元子さんはホスピスのようなところに入院されていたと聞いていますが、恵比寿には馬場さんと元子さんが住んでいたマンションがあるんです。そこにはいま言った3冠のオリジナルベルトがありますし、馬場さんがハーリー・レイスに勝ってNWAのベルトを2回取りましたが、そのときに自分用に作ったNWAのベルトもあると伝えられているんです。
    ――記念ベルトじゃないですけど。
    フミ いわゆる「ハリーレイスモデル」と言われているベルトと同じ作りで、レプリカと言っていいのかわからないですが、チャンピオンになった選手だけが作ることが許されるベルトがあるんです。それは誰にも見せたことがないんですね。
    ――そのお宝ベルトが馬場マンションに眠ってるんですね。
    フミ 馬場さんのマンションにはそれ以外にも等身大の馬場さん人形が置いてあり、馬場さんの歴代ガウンがすべて揃ってるんです。1着数百万円、ヘタしたら1000万円近くするガウンが全部残ってるらしいんですよ。
    ――関係者が勝手に売り払ったといわれる猪木さんのガウンとは扱い方が違う(笑)。
    フミ 赤や朱色、たまにしか穿かなかった青のショートタイツ、歴代リンズシューズももちろん残っています。それから元子さんはミル・マスカラスの大ファンだったこともあって、マスカラスが来日するたびにもらっていたマスクがたくさん溜まっていて。プラスチックの衣装ケース5〜6個の中に敷き詰めてあると言われてるんですよ。
    ――マスク屋さんもビックリのコレクション!
    フミ 元子さんは純粋な人で、マスカラスは「千の顔を持つ男」と言われたので、本当に1000種類のマスクがあると思っていたそうなんです。たしかに初期はデザインが違うマスクがたくさんあったんです。あるときから、お馴染みのマスカラスデザインが基本になって、色だけが変わっていきました。それでもマスカラスが来日するたびに元子さんはマスクをもらっていたので、本当に1000枚ぐらい持ってるらしいですよね。
    ――そのコレクションは相当価値があるんじゃないですかね。
    フミ マスカラスのマスクなんて1枚何十万円もの値打ちがありますし、それが1000枚近くあるわけですからね。いろいろものがありすぎて、恵比寿のマンションの地下にあるストレージルームを借りて、そこにはジャイアントサービスのグッズもいわゆる在庫も大量にあるらしいんです。
    ――『開運!なんでも鑑定団』で取り扱って欲しい(笑)。
    フミ 馬場さんはハワイにもマンションを持っていますし、全国津々浦々というわけではないですが、全日本の売り興行のときにお金を払えなかったプロモーターが代わりに土地で支払ったケースもあるらしいんですよね。
    ――それも凄い話ですね(笑)。
    フミ プロレスファンからすれば恵比寿のマンションに残されたお宝がどうなるかは気になりますよね。馬場さんの博物館を作れます。オリジナルの3冠ベルトやガウンも飾れますし、馬場さんが普段着ていたスーツだって見てみたいですね。この続きと、サバイバル飛田、朝日昇、馬場元子、RENA劇場、倉持隆夫などの記事がまとめて読める「13万字・記事23本の詰め合わせセット」はコチラ 
     
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  • ベルトに届かず…されど「世界に届いた中邑真輔」のレッスルマニアを語ろう■斎藤文彦INTERVIEWS

    2018-04-20 08:00  
    85pt
    80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマは中邑真輔衝撃結末のレッスルマニアです!Dropkick「斎藤文彦INTERVIEWS」バックナンバー
    ■ステファニー・マクマホン、幻想と現実の境界線がない生活■ロンダ旋風、中邑&ASUKAダブル優勝!! ロイヤルランブル1万字総括■アメリカンドリーム、ゴールダスト、コーディ……ローデス親子それぞれの物語■ジェリコvsケニー実現で考える「アメリカから見たプロレスの国ニッポン」■旭日双光章受賞!! 白覆面の魔王ザ・デストロイヤー■みんなが愛した美人マネージャー、エリザベス!■職業は世界チャンピオン! リック・フレアー!!■怪死、自殺、大事故……呪われた鉄の爪エリック一家の悲劇■ミスターTからメイウェザーまで! WWEをメジャー化させたセレブリティマッチ
    ■馬場、猪木から中邑真輔まで!「WWEと日本人プロレスラー」■WWEの最高傑作ジ・アンダーテイカー、リングを去る■『1984年のUWF』はサイテーの本!
    ■プロレス史上最大の裏切り「モントリオール事件」


    ■オペラ座の怪人スティング、「プロレスの歴史」に舞い戻る

    ■なぜ、どうして――? クリス・ベンワーの栄光と最期

    ■超獣ブルーザー・ブロディ

    ■「プロレスの神様」カール・ゴッチの生涯……
    ■『週刊プロレス』と第1次UWF〜ジャーナリズム精神の誕生〜




    ■伝説のプロレス番組『ギブUPまで待てない!!』 
    ■SWSの興亡と全日本再生、キャピトル東急『オリガミ』の集い
    ■「現場監督」長州力と取材拒否■ジェイク“ザ・スネーク”ロバーツ…ヘビに人生を飲み込まれなかった男■追悼ジミー・スヌーカ……スーパーフライの栄光と殺人疑惑■ドナルド・トランプを“怪物”にしたのはビンス・マクマホンなのか
    フミ 今回のレッスルマニアは残念ながらボクは現地取材に行ってないんですよ。レッスルマニア・ウィーク中に行なわれたNXTテイクオーバーやホール・オブ・フェイムなどはWWEネットワークですべてチェックしてるんですけどね。

    ――今回のレッスルマニアは例年以上に日本からメディアやファンが現地を訪れてるように見えたんですけど、この結果にみんな腰を抜かしたんじゃないかなって。

    フミ それはどうしてですか?

    ――正史としては“史上初”ではないんですが、中邑真輔が日本人初のWWEヘビー級王座を獲ると思っていたのに、まさかの王座奪取ならずだったので。

    フミ たしかに「中邑真輔がWWEのチャンピオンになる」ということが確定事項のようになってる雰囲気はありましたね。なぜそうやって信じこんでしまったかといえば、ロイヤルランブルで優勝したレスラーはレッスルマニアでチャンピオンになるケースが多いんです。だからこそ今回はWWEが外してきたという説もあるんですね。

    ――中邑真輔が負けた瞬間「さすがWWEだな……」って唸りました。いや、もし自分が現地観戦していたら空いた口が塞がらなかったかもしれませんが。

    フミ 中邑真輔がAJスタイルズのスタイルズ・クラッシュでワンツースリーを取られたときは「えっ!?」という驚きがありましたね。みんなもがあっけにとられていたでしょう。同じ日本人レスラーのASUKAもシャーロット・フレアーのベルトに挑戦して敗れましたが、こちらはどちらかといえば世界王座奪取は難しいんじゃないかと考えていたんです。

    ――ASUKAが頂点に立つのはまだ時間がかかるんじゃないかと。

    フミ 中邑真輔の場合は今回のレッスルマニアでチャンピオンになり、そのあとの物語を想定する声が挙がっていたんです。レッスルマニア以降はチャンピオンとチャレンジャーが入れ替わってのリターンマッチ・シリーズ。チャンピオンの中邑真輔に挑戦者のAJスタイルズが挑む抗争がサマースラムくらいまで続くんじゃないかと。

    ――ところが中邑真輔は敗れ、試合後にAJスタイルズの前に跪いてベルトを渡すふりをして金的攻撃を見舞ってまさかのヒール転向。日本からの視点でいえば「日本人初のWWE王座奪取」がポイントで、今回のレッスルマニアを一つのクライマックスとして捉えていたので、この展開はさすがに驚いたんだと思います。

    フミ でも、それでは映画でいえば「THE END」のシーンになってしまいますよね。WWEはどこまでいっても連続ドラマを見せていくし、ただのハッピーエンドでは終わらないことが多いんですね。レッスルマニア翌日の『ロウ』、その翌々日の『スマックダウン』は、海外のドラマでいえば新シーズンの第1話に相当するんです。実際にニューカマーが続々と登場してきました。中邑真輔のいる『スマックダウン』にも新展開が起こっていて、『スマックダウン』のGMだったダニエル・ブライアンが復帰をはたして、その後釜には前日の『ロウ』で引退宣言したばかりのペイジが就任しました。新たなGMとなったペイジが初めて手掛けたメインイベントがAJスタイルズ vsダニエル・ブライアンのシングルマッチ。いきなりのビッグカードの試合途中にヒールに転向したばかりの中邑真輔が乱入してきます。面白いのはキンシャサを最初にぶつけた相手はダニエル・ブライアンのほう。返す刀でAJスタイルズにもキンシャサをぶち込んだんです。

    ――中邑真輔はダニエル・ブライアンも標的にするというわけですね。

    フミ これでAJスタイルズ、中邑真輔、ダニエル・ブライアンのトリプル・スレット・マッチまで想像できるんですが、まだ中邑真輔のヒール転向を受け止めきれない日本のファンも多いと思うんですね。

    ――ちょっと展開が早すぎますね(笑)。

    フミ これは各方面で論じられたり、報じられてることではあるんですが、WWEに昇格してからこの1年間、中邑真輔はまだWWEの長編ドラマの登場人物にはなっていなかったんじゃないかと。あくまで国際的なスターとしてWWEにやってきたゲスト的な扱いで。
    ――まだゲストだったと。

    フミ WWEでは破格の扱いでした。あのジョン・シーナからシングルマッチでフォール勝ちをする。ジョン・シーナからワンツースリーを取れる人ってなかなかいないですよ。ランディ・オートンとシングルでやったときは、オートンの必殺技RKOをしっかりと防御して、キンシャサでまたもワンツースリーを取りました。ジンダー・マハールのベルトにも挑戦したときはシン・ブラザーズの乱入もあって負けるんですが、トップレスラーとしての扱いだったんです。そしてロイヤルランブル優勝という流れがあったからこそ、 今回のレッスルマニアでは王座獲得は確定だろうとみんな信じていたわけですね。

    ――いやあ、そう思っちゃいますよねぇ。

    フミ ロイヤルランブルで優勝した中邑真輔は、ブロック・レスナーのユニバーサル王座、AJスタイルズのWWEヘビー級王座、どちらかの指名権を得ました。マイクを向けられた中邑真輔はAJスタイルズを指名しました。するとAJスタイルズは「これはドリームマッチだ!」と中邑真輔の挑戦を喜びます。
    ――AJスタイルズの新日本ラストマッチ、2016年1月4日東京ドーム以来の再戦。感慨深いものはあるでしょうね。

    フミ 新日本時代からの2人の物語を知っている日本のファンにとっては魅力的なカードです。でも、アメリカのプロレスファン、つまりWWEユニバースにしてみれば、中邑真輔とAJスタイルズの2人のそれまでの関係は知らないんですよ。それにアメリカでは滅多にやらないベビーフェイスvsベビーフェイスという構図。アメリカンプロレスのセオリーに当てはめるならば、いずれどちらかがヒールにならないと成り立たない。ところがベビー同士のままレッスルマニアを迎えてしまったんですね。

    ――日本からすれば、ロイヤルランブル優勝、日本人史上初王座獲得、AJスタイルズとの関係……という物語がスムーズに進んでいたことで、ベビー対決の違和感を感じなかったかもしれないですね。

    フミ “日本の続き”ということでWWEの中のお話として見られなかった。これはWWEが日本を無視してるというわけじゃないんですが、WWEは日本のマーケット、日本のオーディエンス、日本のファンだけを視界に入れてストーリーを作ってるわけではないんです。日本はあくまで世界のマーケットの中の一つに過ぎず、大きな流れはあくまでもアメリカを中心として考えてるんですね。それはつまり今回のヒール転向により、中邑真輔はいよいよそのWWEの大河ドラマの登場人物に加わったと言えますね。

    ――お客様から登場人物に切り替わった。この続きと、朝日昇、アンドレ特番、宮戸優光×中井祐樹、レッスルマニア、安田忠夫、RIZINジャッジ対談などの記事がまとめて読める「15万字・19本の記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
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  • ステファニー・マクマホン、幻想と現実の境界線がない生活■斎藤文彦INTERVIEWS

    2018-03-22 07:47  
    80pt
    80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマはロンダ・ラウジーのプロレスデビュー戦の相手「ステファニー・マクマホン&トリプルH夫妻」です!Dropkick「斎藤文彦INTERVIEWS」バックナンバー
    ■ロンダ旋風、中邑&ASUKAダブル優勝!! ロイヤルランブル1万字総括■アメリカンドリーム、ゴールダスト、コーディ……ローデス親子それぞれの物語■ジェリコvsケニー実現で考える「アメリカから見たプロレスの国ニッポン」■旭日双光章受賞!! 白覆面の魔王ザ・デストロイヤー■みんなが愛した美人マネージャー、エリザベス!■職業は世界チャンピオン! リック・フレアー!!■怪死、自殺、大事故……呪われた鉄の爪エリック一家の悲劇■ミスターTからメイウェザーまで! WWEをメジャー化させたセレブリティマッチ
    ■馬場、猪木から中邑真輔まで!「WWEと日本人プロレスラー」■WWEの最高傑作ジ・アンダーテイカー、リングを去る■『1984年のUWF』はサイテーの本!
    ■プロレス史上最大の裏切り「モントリオール事件」


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    ■なぜ、どうして――? クリス・ベンワーの栄光と最期

    ■超獣ブルーザー・ブロディ

    ■「プロレスの神様」カール・ゴッチの生涯……
    ■『週刊プロレス』と第1次UWF〜ジャーナリズム精神の誕生〜




    ■伝説のプロレス番組『ギブUPまで待てない!!』 
    ■SWSの興亡と全日本再生、キャピトル東急『オリガミ』の集い
    ■「現場監督」長州力と取材拒否■ジェイク“ザ・スネーク”ロバーツ…ヘビに人生を飲み込まれなかった男■追悼ジミー・スヌーカ……スーパーフライの栄光と殺人疑惑■ドナルド・トランプを“怪物”にしたのはビンス・マクマホンなのか――今回のテーマはレッスルマニアでロンダ・ラウジーのデビュー戦の相手を務めるトリプルH&ステファニー夫妻です。
    フミ この試合の主役はもちろんロンダ・ラウジーなんですが、ステファニーの存在も凄く重要になってくるんです。彼女の父親ビンス・マクマホンはWWEというプロレス団体をここまで大きくした偉大なる人物ですけど、ステファニーは兄シェーン・マクマホンと2人でWWEの登場人物「ミスター・マクマホン」のかつての役割をこなしてるとも言えるんですね。
    ――「ミスター・マクマホン」はWWEに登場する際のビンス・マクマホンの名前ですね。
    フミ WWE月曜日のTVショー『RAW』のコミッショナーはステファニーで、火曜日のTVショー『SmackDown』のコミッショナーがシェーンなんです。
    ――2人はリングの登場人物としてだけではなく、コミッショナーとしてイベント運営も取り仕切ってるという解釈でよろしいんですか?
    フミ コミッショナーも番組上の役柄です。WWEは世界最大のプロレス団体として時価総額15・1億ドル(約1617億円)のNY証券市場の上場企業なのですが、アメリカの企業の中では中小企業に当たるんですね。株式を公開してるといっても全体の80パーセントはマクマホンファミリーが持ってるんです。ビンス、その奥さんのリンダ、子供のシェーンやステファニー。トリプルHも株は持ってるんですが、ステファニーグループのひとつと考えたほうがいいかもしれません。シェーンとステファニーにはそれぞれ3人の子供たちがいますが、いずれリング内外でWWEに関わることになるんでしょうね。
    ――プロレスにどっぷりと浸かってるんですねぇ。
    フミ エグゼクティブの立場だったマクマホンファミリーがWWEのテレビ画面に登場するようになったのは、90年代後半から00年代初頭のWWEで繰り広げられた「アティテュード時代」です。ビンス・マクマホン本人が実際にリングに上がることでWWEの人気は急上昇して、ライバル団体だったWCWを崩壊に追い込むんですが、あのへんから現実とファンタジーの境目がボヤけて、どっちが本当の話なのかがわからなくなっていったんです。
    ――そうして娘のステファニーもリングに現われるわけですね。
    フミ ステファニーは1998年に4年制の大学を卒業して、それから1年間はバックステージで番組制作の勉強をして、99年4月に満を持して『RAW』に登場したんです。いまは2018年ですから、ステファーにはキャリア19年になる。
    ――もうそんなに長いことWWEに関わってるんですね。
    フミ WWEに登場した頃は22歳で清純派だったステファニーは、今年42歳。プロレスファンは画面を通してステファニーの成長を見続けてきたんですが、あるときはアンダーテイカーに誘拐されたり、またあるときはトリプルHに略奪結婚されそうになったり。いまの若い世代には伝わらない例えかもしれませんが、映画で共演していた山口百恵と三浦友和が実際に結婚してしまったように、ステファニーとトリプルHも現実の世界で一緒になってしまったんです。親子揃って現実とファンタジーの境界線がない人生を歩んじゃってるわけですね。
    ――トリプルHとステファニーは画面上では離婚もしてますね(笑)。
    フミ ステファニーはあまりにも美人なので初めて登場したときは「女優なんじゃないか?」という説もあったんです。ビンスの本当の娘だということを信じない人もいました。これがもしキャスティング上で誰かが「ビンスの娘」を演じているのであればまったく面白くないんですよね。それは奥さんのリンダにしても同じです。
    ――境界線がないから面白いというわけですね。
    フミ ステファニーもシェーンもエグゼクティブの立場としてリング上のあれこれ関わるから説得力が生まれる。トリプルHはプロレスラーとして超一流なんですが、WWEというレイアウトの中であの夫婦が並ぶと、ステファニーの方が格上に見えちゃう。そこがまた面白い。
    ――そのステファニーがロンダと戦うことでアメリカでは大注目を集めてるんですね。
    フミ 今回のレッスルマニアではシングルの2大タイトルマッチが行なわれます。ローマン・レインズがブロック・レスナーに挑戦するユニバーサル選手権は、ローマン・レインズがついに世代交代を果たすかどうかがテーマ。 そして1963年の誕生から55年の歴史を誇り、バディ・ロジャースやブルーノサンマルチノなどの系譜を持つ『SmackDown』のWWE世界王座に中邑真輔が挑戦するAJスタイルズ戦。プロレスファンからすれば、この2試合のどちらかがメインイベントになるんですが、アメリカのメディアにとってはロンダ・ラウジーがメインイベントなんです。
    ――それだけロンダ・ラウジーの話題性が強い。
    フミ ロンダ・ラウジーのプロレスデビューそのものがビッグニュースなんです。WWE社内の会議では「対戦相手を誰にするのか」ということでいろんなシミュレーションがされたと思うんですが、対戦相手が誰であろうがニュースになる。ただ、これを「点」ではなく「線」にするにはどうすればいいのかいう点を突き詰めていくと、対戦相手はステファニーに落ち着いたんでしょうね。 
    ――ロンダを連続ドラマの登場人物として見せていこうとしてるんですね。
    フミ まず『イリミネーション・チェンバー』というPPVイベントでロンダ・ラウジーの契約書公開調印式が行なわれました。トリプルH&ステファニー夫妻が見守る中、ロンダがサインしようとすると、『RAW』GMのカート・アングルが「本当にいいのか? その契約書にサインしたら最後、この2人の言いなりになってしまうんだぞ?」と念を押します。アングルは「ロンダ・ラウジーは過去の人。私でも勝てると控室でそう言ってたじゃないか、ステファニー?」と続けたんです。
    ――そこでロンダがトリプルHたちに不信感を抱いたんですね(笑)。
    フミ ロンダはUFCで連敗してからプロレスに転向したので、ステファニーの陰口にリアリティがあるし、ロンダ・ラウジーはUFCで戦うときのような、おなじみのキツイ顔つきになったんです。
    ――ロイヤルランブルに現れたときのロンダは素の感じで「表情ができていない」と言われてましたが、戦闘モードになってないから当然といえば当然で。
    フミ あのときは髪の毛を下ろして、かわいらしい雰囲気でしたよね。まだWWEと契約していないから、キツイ顔つきになる必要がない。そこはちゃんと道理が通っているんです。
    ――たしかに契約をしてない選手が勝手に試合をしちゃいけないですね(笑)。
    フミ 怒ったロンダがトリプルHを机の上に投げつけると、ステファニーがロンダに平手打ちを見舞います。すると、ロンダはステファニーに手を出さず、契約書にサインだけして去っていく。翌日、再び『RAW』のリング上で相まみえた4人。カート・アングルはトリプルH夫妻に「あなた方はWWEスーパースターとしてタレント契約をしている。レッスルマニアはロンダ&カート・アングルの試合で決定だ」と告げるんです。
    ――筋が通ってますね!(笑)。
    フミ ロンダとカート・アングルはオリンピックアスリートでメダリスト同士。その2人が手を組んでカンパニーエグゼクティブと戦うという構図も見えてくるんですね。
    ――「オリンピックアスリートvs悪のオーナー」ですね
    フミ この試合が今後のWWEにどのような影響が与えるかといえば、「アティテュード時代」のロングセラーはビンス・マクマホンvsストーンコールドでしたね。その現代版としてステファニーvsロンダの権力闘争ドラマをやろうとしてるんです。
    ――つまりロンダがストーンコールド役!! 
    この続きと、「プロレスとヤクザ」、中井りん、山田学、告発者B氏、安田忠夫、池田大輔などの記事がまとめて読める「15万字・24本の記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
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  • ロンダ旋風、中邑&ASUKAダブル優勝!! ロイヤルランブル1万字総括■斎藤文彦INTERVIEWS

    2018-02-19 22:57  
    90pt
    80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマは「ロンダ旋風、中邑&ASUKA同時優勝!! ロイヤルランブル1万字総括」ですDropkick「斎藤文彦INTERVIEWS」バックナンバー
    ■アメリカンドリーム、ゴールダスト、コーディ……ローデス親子それぞれの物語■ジェリコvsケニー実現で考える「アメリカから見たプロレスの国ニッポン」■旭日双光章受賞!! 白覆面の魔王ザ・デストロイヤー■みんなが愛した美人マネージャー、エリザベス!■職業は世界チャンピオン! リック・フレアー!!■怪死、自殺、大事故……呪われた鉄の爪エリック一家の悲劇■ミスターTからメイウェザーまで! WWEをメジャー化させたセレブリティマッチ
    ■馬場、猪木から中邑真輔まで!「WWEと日本人プロレスラー」■WWEの最高傑作ジ・アンダーテイカー、リングを去る■『1984年のUWF』はサイテーの本!
    ■プロレス史上最大の裏切り「モントリオール事件」


    ■オペラ座の怪人スティング、「プロレスの歴史」に舞い戻る

    ■なぜ、どうして――? クリス・ベンワーの栄光と最期

    ■超獣ブルーザー・ブロディ

    ■「プロレスの神様」カール・ゴッチの生涯……
    ■『週刊プロレス』と第1次UWF〜ジャーナリズム精神の誕生〜




    ■伝説のプロレス番組『ギブUPまで待てない!!』 
    ■SWSの興亡と全日本再生、キャピトル東急『オリガミ』の集い
    ■「現場監督」長州力と取材拒否■ジェイク“ザ・スネーク”ロバーツ…ヘビに人生を飲み込まれなかった男■追悼ジミー・スヌーカ……スーパーフライの栄光と殺人疑惑■ドナルド・トランプを“怪物”にしたのはビンス・マクマホンなのか
    ――今月のお題は、中邑真輔とASUKAのダブル優勝で湧いたWWEロイヤルランブルです!
    フミ  男子版のロイヤルランブルでは中邑真輔が日本人プロレスラーとして初優勝を飾り、今回初めて開催された女子版ロイヤルランブルでもASUKAが優勝したことで、日本でも快挙として報道されています。たしかにこの優勝は凄いことなんですが、その報道の中には誤解も多くて。たとえば「日本人レスラーが凄い!」だけでは、いまのWWEや優勝した2人の存在がどういうものなのかは見えてこないんですね。
    ――たしかに「日本人プロレスラーが快挙!」はあくまで日本側からの視点ではありますね。
    フミ WWEは日本のマーケットを考えて彼らを起用してるわけではないです。今回の優勝で「日本のプロレスが世界に評価された!」という捉え方もされていますが、もともと日本のプロレスは世界中から認められているんですよ。「プロレスが盛んな国がどこか?」と尋ねられれば、まずアメリカで、その次に日本とメキシコ。ヨーロッパは伝統的なプロレスが絶滅したあとに、 WWEに近いプロレスが定着しつつあって。
    ――東京はあらゆるプロレスのスタイルが楽しめる、異常なプロレスシティですよね。
    フミ  同時優勝とはいえ、なぜ「認められた」と報道されてしまうのか。今回の出来事からは、ここ30年間近くの日本とアメリカのプロレスの関係性が浮き上がってるんですね。まずロイヤルランブルで勝つことはどういうことかを説明からすると、今年で31回目を迎えるWWEのロイヤルランブルはフィラデルフィアで開催されました。WWEには年間14〜16回のPPVイベントがあるんですが、その中でも4大PPVと呼ばれているのが、4月のレッスルマニア、夏のサマースラム、秋のサバイバーシリーズ、そして毎年1月のロイヤルランブルなんです。
    ――重要な位置づけにあるんですね。
    フミ  このロイヤルランブルはWWE年間最大のイベントであるレッスルマニアのプロローグということで、「ロード・トゥ・レッスルマニア」として注目されてるんです。
    ――いまでこそ優勝者はレッスルマニアでのタイトル挑戦権をゲットできますが、初期ロイヤルランブルは違いましたよね?
    フミ  ロイヤルランブルが始まったのは、NWAプロケットプロいわゆるWCWとの敵対関係がきっかけなんです。1987年11月26日に4大PPVのひとつであるサバイバーシリーズが始まったんですが、それはWCWのPPV特番スターゲートに同日同時刻にぶつけるためだった。
    ――PPV興行戦争がきっかけだったんですね。
    フミ  それと同じようにロイヤルランブルもWCW潰しのイベントだったんです。1988年1月24日、ニューヨーク州ナッソーコロシアムで行われたWCWのビッグマッチは、バンクハウス・ブロールというストリートファイト形式バトルロイヤルが目玉だったんです。
    ――ニューヨークというWWEのお膝元に殴り込んできた。
    フミ  仕掛けられたWWEは「向こうがバンクハウスなら、こっちは30人出場の時間差バトルロイヤルだ!」ということで、まったく新しいバトルロイヤルを企画したんです。2分ごとに選手がリングに現れるから、そこには順番の妙が生まれます。1番目に出てくる選手と30番目の選手では有利不利が明らかだから、通常のバトルロイヤルと違って展開が読めない面白さがある。
    ――「誰が出てくるのかわからない」ということでサプライズも起こしやすいですよね。
    フミ  選手の入場テーマが鳴った瞬間に誰が出てくるかがわかるという楽しみもあります。途中からレジェンドや大物が出てきたり。1993年のロイヤルランブルには、日本人男子レスラーとして天龍源一郎さんが初めて登場しました。
    ――新日本プロレスのイッテンヨンドームのダークマッチでは、ニュージャパンランボーというロイヤルランブル式のバトルロイヤルが定番になってますね。
    フミ  ニュージャパンランボーにはこれまでキング・ハクやカブキさん、藤原喜明さん、スコット・ノートン、そして今年は垣原賢人さんがUWFのテーマ曲に乗って登場しましたね。サプライズ性が強くて、試合の見せ場を作りやすいですから、レジェンドを活かしやすいですし、イベントの掴みとしては最高なんですよ。
    ――興行戦争がとんでもない発明を生んだんですねぇ。
    フミ  天龍さんが出場した93年のロイヤルランブルから優勝者にレッスルマニア出場権が与えられることになったんですが、その権利を初めて手に入れたのはヨコヅナ。4月のレッスルマニアまでその優勝者が中心に連続ドラマは進んでいくことになるので、一夜にしてWWEのキーパーソンとなる仕組みができあがったんです。
    ――イベントのステータスが上がったわけですね。
    フミ  ロイヤルランブルで2回以上優勝したのはストーンコルド、ランディ・オートン、バティースタ、ショーン・マイケルズ、トリプルHと超一流揃いなんですよ。ちなみにビンス・マクマホンも優勝しています。
    ――さすがです!(笑)。
    フミ  ここで重要なのは、ロイヤルランブルで優勝した人間は、だいたいレッスルマニアでチャンピオンになっているということです。
    ――おお! 
    フミ  中邑真輔はスマックダウンに昇格した早い時期にジョン・シーナというトップの位置にいるスーパースターから、キンシャサでワンツスリーを取ってるんですよ。乱入やレフェリー失神といったエクスキューズ、トラブルなしでです。ランディ・オートンからもワンツスリーを取っている。中邑真輔はWWEの世界でも番付はもの凄く上なんだということを世界中のプロレスファンに知らしめていたんですね。
    ――そして今回の優勝でさらに箔が付いたと。
    フミ  中邑真輔の存在感は凄いことになってるんです。いまアメリカではどの街に行っても、中邑真輔の入場シーンでは、そのテーマ曲をプロレスファンが口ずさんでいますし、大型のアメリカ人レスラーと向かい合っても見劣りしない長身にエキセントリックな動きがウケてるんでしょうね。中邑真輔のプロレスって新日本時代からなんですが、ドロップキックと見せかけてライダーキックを放ったり、プロレスの基本技にちょっとしたアクセントを付け加えている。
    ――あたりまえの技ができるのに、あたりまえにやらない。
    フミ  キンシャサも走り込んで相手にヒザをぶつけてるだけの技なんですが、コーナーでアピーするモーションにしても、ひとつのビジュアルとして完成されているんです。これから中邑真輔の影響を受けて、彼のマネをするレスラーが世界中にたくさん出てくるんじゃないかと思いますね。
    ――ASUKAはどんな評価なんですか?
    フミ  ASUKAのプロモーションビデオの内容はこんな感じなんですよ。「240戦無敗」「アメリカ、ヨーロッパ、アジア、オーストラリア……4つの大陸で負けなし」「サバイバーシリーズとロイヤルランブルで一人残りになったのは、ロックとリック・フレアーら数人しかない。そのうちのひとりがASUKAだ!」とか。
    ――圧倒的な強さが売りになってるんですかね。
    フミ  言語を越えたところでのインパクトがASUKAのプロレスにはありますね。英語を喋らず「そやそや!」「ロイヤルランブルやで!」とか関西弁で捲し立てる。ASUKAが何を言ってるかわからなくても観客は沸くんです。言葉がわからなくても試合を見ればASUKAのことがよくわかるというか、そこはある意味、音楽的なんですね。歌詞の意味がわからなくても音楽は国境を超えるじゃないですか。
    ――メロディやリズムにハマりますよね。
    フミ  ASUKAの試合スタイルも強さが全面に出ていてわかりやすいんだと思います。蹴る殴る、たまにヒップアタックやミサイルキックを使う。小さい子供にも伝わるプロレスというか。それからあの能面もグッズとしてみんなが買いますよね。ジョン・シーナの野球帽と同じです。
    ――ロイヤリティが凄そう!(笑)。
    フミ  WWEは株式を公開している会社なので、選手の年俸なんかはキッチリと公表しているんです。ブロック・レスナーは12億円、AJスタイルズは2億5千万円とか……。
    ――はあ……。
    フミ 中邑真輔やASUKAはこれから相当稼ぎそうですね。中邑真輔はもうすでに黒バージョンと赤バージョンのアクションフィギュアが2体発売されてますし、ダウンロードゲームにもWWE所属のレスラーが全員出られない中、中邑真輔やASUKAは登場してるんです。アメリカの子供たちはゲームの中で中邑真輔vsロックを実現させたりしてるんです。この続きと、RIZINと競技、ロイヤルランブル総括、安田忠夫・新日編、田上明、K-1崩壊などの記事がまとめて読める「13万字・記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
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  • ジェリコvsケニー実現で考える「アメリカから見たプロレスの国ニッポン」■斎藤文彦INTERVIEWS

    2017-12-20 08:52  
    65pt
    80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマは「アメリカから見たプロレスの国ニッポン」です!<関連企画>海外メディアに見るクリス・ジェリコ新日本電撃参戦の舞台裏■MMA Unleashedhttp://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1366741Dropkick「斎藤文彦INTERVIEWS」バックナンバー
    ■旭日双光章受賞!! 白覆面の魔王ザ・デストロイヤー<NEW!>■みんなが愛した美人マネージャー、エリザベス!■職業は世界チャンピオン! リック・フレアー!!■怪死、自殺、大事故……呪われた鉄の爪エリック一家の悲劇■ミスターTからメイウェザーまで! WWEをメジャー化させたセレブリティマッチ
    ■馬場、猪木から中邑真輔まで!「WWEと日本人プロレスラー」■WWEの最高傑作ジ・アンダーテイカー、リングを去る■『1984年のUWF』はサイテーの本!■プロレス史上最大の裏切り「モントリオール事件」

    ■オペラ座の怪人スティング、「プロレスの歴史」に舞い戻る

    ■なぜ、どうして――? クリス・ベンワーの栄光と最期

    ■超獣ブルーザー・ブロディ

    ■「プロレスの神様」カール・ゴッチの生涯……
    ■『週刊プロレス』と第1次UWF〜ジャーナリズム精神の誕生〜




    ■伝説のプロレス番組『ギブUPまで待てない!!』 ■SWSの興亡と全日本再生、キャピトル東急『オリガミ』の集い
    ■「現場監督」長州力と取材拒否■ジェイク“ザ・スネーク”ロバーツ…ヘビに人生を飲み込まれなかった男■追悼ジミー・スヌーカ……スーパーフライの栄光と殺人疑惑■ドナルド・トランプを“怪物”にしたのはビンス・マクマホンなのか
    ――フミさんは新日本プロレスのオフィシャル携帯サイトで、イッテンヨンで実現するスーパーファイト、クリス・ジェリコvsケニー・オメガについて解説されてましたね。
    フミ はい。クリス・ジェリコはWWEのスーパースターなんですが、90年代に日本で活躍していたことを知ってるファンは少なくなっているんですね。
    ――あの「ライオン道」が2018年にこうして世界を騒がせることなんて想像もつきませんでした。
    フミ いまの新日本ファンやWWEユニバースと呼ばれてるファンは、現在進行形のプロレスしか見ていないようなんですね。新日本ファンに関して言えば、3〜5年くらいの観戦歴の方が多くて「クリス・ジェリコって誰だろう?」という方も決して少なくない。
    ――ああ、なぜクリス・ジェリコクラスの選手でもそんな反応になってしまうのか心あたりがあるんですけど。ボクがプロレスを真面目に見始めたのは90年代に入ってからなんです。となると10年ほどさかのぼって勉強すれば、まあまあそれなりにプロレスファンとしての知識は得られたんですが、2010年代から見始めたファンって、自分に当てはめて考えると、30年分の学習が必要になってくるし、なおかついまってリアルタイムの情報量が尋常ない(笑)。
    フミ とても追いつかないと。
    ――決して不勉強で、過去に興味がないというわけではなくて、どのジャンルでも起きてる現象じゃないかと。
    フミ 乖離(かいり)しちゃってるということですね。だからこそ時代を超えて解説が必要になってくるんですけど。今回のクリス・ジェリコvsケニー・オメガって「アメリカから見た日本のプロレス」というテーマから捉えると凄く面白いんです。それは80年代から日本とアメリカのあいだで起こり続けている現象なんだと思います。
    ――クリス・ジェリコvsケニー・オメガの原点は80年代にある!と。
    フミ アメリカから日本のプロレスがどう見られてきたかということですね。いま「乖離している」という話が出ましたけど、アメリカも90年代を境にファン層が乖離してるところがあるんです。WWEとWCWの月曜テレビ戦争からミレニアム以降の世代と、それ以前のおらが町のプロレス、要するにテリトリーのプロレスがあった世代ですね。
    ――後者はNWA全盛を知るプロレスファンにあたるわけですね。
    フミ たとえばテキサスに住んでいたら、鉄の爪エリック一家のワールドクラスが世界最大のプロレス団体だと思い込んでいたところはあったんです。そんな時代にアメリカのマニアックなファンが日本をどう見ていたかと言えば、80年代には日本とアメリカのあいだをプロレスの試合が録画されたVHSテープが行き来するという、アンダーグラウンドな文化が存在していたんです。
    ――日米のファン同士はどうやって知り合うんですか?
    フミ ペンパルの文通です。eメール以前のことですから、いまのファンには「ペンパルってなんですか?」って話になっちゃいますよね。ネット社会が訪れるのは90年代後半からミレニアムにかけてですから、それまではアメリカと日本のプロレスファンは、それぞれの国のプロレスの試合をVHSに録画して交換していたんです。郵便で送りますから2〜3週間ほどかかっちゃうんですけどね。
    ――そうやって送られてきた貴重な試合映像をダビングで拡散していくんですね。
    フミ そのアンダーグラウンドカルチャーの始まりは、新日本プロレスの初代タイガーマスクvsダイナマイト・キッドの試合をアメリカのプロレスファンがどうしても見たかったからなんですよ。「あの試合は凄いぞ!」と噂になった。でも、当時のアメリカは日本のプロレスをリアルタイムで見る術がなかったですし、逆もまた然りで。
    ――日本のファンもアメリカのプロレスを見られなかった。
    フミ 日本のファンもNWAクロケットプロやWWFの試合が見たかったんです。だからビデオトレードというカルチャーが生まれた。日本から送られてきたタイガーマスクvsキッドの試合は、ダビングされまくってアメリカ中のプロレスファンのあいだに出回ったんです。ダビングされすぎちゃって画質がカスカスになったものを、ボク自身もアメリカのプロレスファンの自宅で見ましたから。
    ――マスターテープから何十回も録画されたんでしょうね。“80年代のリツイート”という(笑)。
    フミ 90年代に入ると、新日本、全日本、新生UWF、そしてテレビ放映がなかったFMWや、スピンオフのW★INGやIWAジャパンもデスマッチ特集の映像としてまとめられてアメリカに渡っていたんです。男子だけじゃなくて日本の女子プロレスも流通して好評だったんですが、最も衝撃を与えたのは先日引退した豊田真奈美だった。
    ――豊田真奈美人気は凄かったみたいですね〜。
    フミ 豊田真奈美はアメリカのマニアにとっては“神”なんですよ。
    ――TOYOTA is GOD!! 名前からして世界の強さがありますもんね(笑)。
    フミ 言葉の壁を飛び越えて、なんの知識もなく楽しめるのがプロレスのいちばん凄いところですけど、豊田真奈美の試合を見たマニアたちは「こんな凄いプロレスラーがいる!!!!!」って感動しちゃったんですよ。
    ――そして拡散コースなんですね(笑)。
    フミ 意外かもしれませんが、UWFもアメリカのマニアには好評だったんです。第ニ次UWFはVHSではなく、いまはもう消滅したレーザーディスクで発売されたんですね。
    ――そのレーザーディスク、パンクラス元代表の尾崎允実さんが制作に関わってたそうですね。
    フミ UWFはレーザーディスクによってアメリカに渡っている。それがVHSに落とされて、アメリカのファン同士に流通していったんです。ここまでくるとプロレスファンの執念ですよね。
    ――アメリカのプロレスファンは、あのUWFスタイルをどう捉えていたんですか?
    フミ UWFって日本の場合は映像と活字を伴った現象ですよね。
    ――正直、試合自体だけだと理解できないところもありますが……。
    フミ 当時の日本には「UWFをわからない奴はダメだ」という論調がありましたけど、アメリカでも「わからない奴はマニアじゃない!!」という同じような現象が起こったんです。
    ――えええええええ!?(笑)。
    フミ 「UWFがプロレスを変えたぞ!」とアメリカのマニアのあいだでも絶賛されたんですね。
    ――それはプロレスの表現方法としての新しさを評価したんですか?
    フミ いや、それはいまになってからの評価ですよね。当時は「プロレスを真剣勝負にした」という。
    ――ああ、そこも日本と同じ受け止め方。
    フミ 海の向こうの日本で起こったことだから、どうしてもアメリカ人基準の誤解も起きてしまった。「プロレスに格闘技やマーシャルアーツ、武道を加えたらこのスタイルになった」と解釈していたんです。ロックアップする前に蹴ったり、掌底という東洋の武道的な技を出してましたから。
    ――プロレスのセオリーであるロープワークも拒否してるわけですもんね。
    フミ 「プロレスを真剣勝負に変えてくれたUWFが3派に分裂しちゃったの?」ってアメリカのマニア層がショックを受けていたんですね。その後、リングス、藤原組、Uインターに分かれますが、Uインターには多くのアメリカ人レスラーが登場するじゃないですか。その中のダン・スバーンは同時期にUFCにも出ている。
    ――ああ、日本とアメリカが“U”を介して繋がっちゃうんですね。
    フミ Uインターだけは『BUSHIDO』というタイトルでアメリカのケーブルテレビで放映されて、「日本の格闘技」という触れ込みだったんです。リングスやパンクラスの映像もファンの手によってアメリカに渡っていますが、パンクラスにはケン・シャムロックが出ていた。そのケン・シャムロックはUFCでホイスと戦って超有名になるんですね。
    ――マニアからすれば「俺、知ってるよ! UWF最後の松本大会でメインで船木誠勝と戦ってるよ!」と(笑)。
    フミ UFCでケン・シャムロックは時の人になるんですが、アメリカでは最初から格闘家という扱い。マニアからすれば「俺は日本のときから知っている!」となるわけですね。藤原組にも出ていて、船木たちと一緒にパンクラスも旗揚げした。ケン・シャムロックとダン・スバーンの2人はアメリカ人には特別な選手としてチェックされていたんです。
    ――ケンシャムはWWE入りまでしちゃうんですから、マニア冥利に尽きますよね。
    フミ WWEはもちろんプロレスラーとして契約するんですが、パンクラスのときと同じ格好で試合に出ているんです。そこで何が起きたかというと、リングコスチュームとしてレガースを付けたアメリカ人レスラーが増えてくる。
    ――UWFカルチャーが輸出されたんですね。しかもWWEに!この続きと、村浜武洋、日馬富士、ヤマモ騒動、佐々木健介、『プライド』解説の記事がまとめて読める「11万字・記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
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  • 旭日双光章受賞!! 白覆面の魔王ザ・デストロイヤー■斎藤文彦INTERVIEWS

    2017-11-22 14:24  
    65pt
    80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマは「旭日双光章受賞!! 白覆面の魔王ザ・デストロイヤー」です!Dropkick「斎藤文彦INTERVIEWS」バックナンバー
    ■みんなが愛した美人マネージャー、エリザベス!<NEW!>■職業は世界チャンピオン! リック・フレアー!!■怪死、自殺、大事故……呪われた鉄の爪エリック一家の悲劇■ミスターTからメイウェザーまで! WWEをメジャー化させたセレブリティマッチ
    ■馬場、猪木から中邑真輔まで!「WWEと日本人プロレスラー」■WWEの最高傑作ジ・アンダーテイカー、リングを去る■『1984年のUWF』はサイテーの本!■プロレス史上最大の裏切り「モントリオール事件」

    ■オペラ座の怪人スティング、「プロレスの歴史」に舞い戻る

    ■なぜ、どうして――? クリス・ベンワーの栄光と最期

    ■超獣ブルーザー・ブロディ

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    ■伝説のプロレス番組『ギブUPまで待てない!!』 ■SWSの興亡と全日本再生、キャピトル東急『オリガミ』の集い
    ■「現場監督」長州力と取材拒否■ジェイク“ザ・スネーク”ロバーツ…ヘビに人生を飲み込まれなかった男■追悼ジミー・スヌーカ……スーパーフライの栄光と殺人疑惑■ドナルド・トランプを“怪物”にしたのはビンス・マクマホンなのか――今回のテーマは、秋の叙勲で旭日双光章(きょくじつ・そうこうしょう)の受賞が発表された「白覆面の魔王」ことデストロイヤーです。ボクは現役時代の印象はほとんどないんですが、10年ほど前、来日していたデストロイヤーを取材したことがあるんですね。
    フミ デストロイヤーは引退後も年に一度、麻布十番のお祭りに参加するために来日していますから、おそらくその時期でしょうね。いまデストロイヤーは87歳になるんです。
    ――もうそんなお歳なんですね。
    フミ 『週刊新潮』から旭日双光章の件でコメントを求められたんですけど、電話で取材してくれた30代のライターの方はデストロイヤーのことをまったく知らなかったんですよ。
    ――30代だとそうかもしれないですね。
    フミ デストロイヤーには1930年生まれと、1931年生まれという2つの説があるんですけど、1930年は昭和5年です。
    ――昭和5年というと、もう遠い昔に感じます……。
    フミ あの力道山と戦ったプロレスラーですからね。ボクの少年時代の記憶でも、日本組として馬場さんとタッグを組む姿ですよ。40代50代にはとっては、なつかしい存在なんですけど、30代以下になると「名前くらいは……」という感じになってしまう。でも、このデストロイヤーを知らなくて、プロレスマニアを名乗ってほしくない大変偉大なレスラーなんです。日本のプロレス史に深く関わっているんですね。
    ――旭日双光章を授与されるべき存在なんですね。
    フミ 旭日双光章というのは、国や公共に対して功績がある者、文化またはスポーツの振興に寄与した者に授与されるんですけど、選定する側にとってはデストロイヤーは与えてしかるべき存在なんでしょう。日本のプロレスでセレブとなった最初の外国人レスラーにして、テレビの歴史に寄与した。ここに全局高世帯視聴率番組50傑の資料があるんですが、この調査が始まったのは1962年、つまり昭和37年です。これはNHKや民放すべてのテレビ局の平均高視聴率番組を記録してるんですが、1位が第14回NHK紅白歌合戦の81.4パーセント、2位が東京オリンピックの女子バレーで66.8パーセント。
    ――平均でその数字って凄いですね!(笑)。
    フミ この50傑にプロレスの試合が2つだけ入ってるんです。4位が63年5月24日WWA世界選手権の力道山vsデストロイヤーで64パーセント、34位に65年2月26日WWA世界選手権の豊登vsデストロイヤーで51.2パーセント。
    ――豊登vsデストロイヤーで50パーセント超え!(笑)。
    フミ 2試合ともデストロイヤーなんです。昭和40年代は、まだ日本中がテレビに熱中していたところはあるんでしょうね。いまのテレビ番組は20パーセントを獲れればウハウハですが、当時は30〜40パーセントの怪物番組がたくさんあった。テレビというジャンルではプロレスは人気のあるソフトだったということですね。
    ――その立役者がデストロイヤーだったからこそ、日本のプロレス史に欠かせないんですね。
    フミ プロレスとテレビには親和性があるし、プロレスとマスク、テレビとマスクという親和性もある。デストロイヤーがスーパースターになれたのは、それらの親和性を見事に体現したからなんですね。
    ――そもそもデストロイヤーというプロレスラーはどういうキャリアを積んできたんですか?
    フミ デストロイヤーの本名はディック・バイヤーといって、シラキュース大学でフットボールやレスリングで活躍したんですが、大学院修士も取っている文武両道の人だったんですね。卒業後は母校のフットボール部のコーチもやりながら、オフシーズンの仕事としてプロレスをやっていたんです。本格的にプロレスをやるとなったときにハワイでフレッド・ブラッシーと運命的な出会いをしてツアー生活が始まり、そこからロサンゼルスのWWAに移ってザ・デストロイヤーに変身したんです。
    ――どうしてマスクマンになったんですか?
    フミ 若ハゲで前歯が折れていたからという定説があります。
    ――ああ、見かけが悪かったんですね。
    フミ ロサンゼルスのジュリアス・ストロンボーというプロモーターから「キミはマスクマンをやるべきだ」って勧められたんです。ディック・バイヤーはプロレス自体はうまかったですから、デストロイヤーに変身するやトップレスラーとなって、フレッド・ブラッシーを破ってWWA世界チャンピオンになるんです。それまでもミスター・アトミックやゼブラキッドとか覆面レスラーは数多く存在したんですが、超一流レスラーの仲間入りをした初めてのマスクマンはデストロイヤー。マスカラス以前から活躍してましたからね。
    ――実力でのし上がったマスクマン、それがデストロイヤー。どうしてマスクマンは不遇だったんですか?
    フミ どうしてもイロモノ扱いだったんでしょうね。「マスクマンなんているからプロレスはショーだと言われるんだ」と。当時は職業としてのマスク屋さんがいなかった時代ですから、マスクマンは自分たちの手で覆面を作るしかなかったんです。デストロイヤーの覆面の材料は女性用下着のガードルでした。それに穴を開けて目出しを作り、奥さんにミシンで改良してもらったりして、試作品を何個も作ったということです。
    ――レスラーとしての実力はそんなに凄かったんですか。
    フミ マスクマンになるまで9年ぐらいはキャリアがあったんですが、ニック・ボックウィンクルさんに話を聞いたときに「私は3人のレスラーをモチーフした」と言ってるんです。その3人のレスラーとは、バディ・ロジャース、フレッド・ブラッシー、そしてデストロイヤーだと。 
    ――あのバディ・ロジャース、フレッド・ブラッシーに肩を並べる実力! この続きと、近藤有己、馳浩、金原弘光重病、仮面女子、藤田和之、クリス・ジェリコの記事まとめて読める「14万字・記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
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  • みんなが愛した美人マネージャー、エリザベス!■斎藤文彦INTERVIEWS

    2017-10-19 08:57  
    70pt
    80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマは「みんなが愛した謎の美人マネージャー、エリザベス」です!Dropkick「斎藤文彦INTERVIEWS」バックナンバー
    ■職業は世界チャンピオン! リック・フレアー!!■怪死、自殺、大事故……呪われた鉄の爪エリック一家の悲劇■ミスターTからメイウェザーまで! WWEをメジャー化させたセレブリティマッチ
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    ■超獣ブルーザー・ブロディ

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    フミ エリザベスはWWEにおける女性キャラクラーの草分けではあるんですが、プロレスラーではありませんでした。のちのディーバと呼ばれる女性キャラクターの先駆けとは言えますが、WWEのリング上でバンプを取ったことはないんです。しかも驚くことにWWEでは、ほとんどしゃべったことがないんですね。
    ――あ! そういえば、エリザベスの声を聞いた記憶がない……。
    フミ 1980年代はハルク・ホーガンやロディ・パイパーらが活躍し始めて、WWEのプロレスが大河ドラマ化していった時代だったんですが、その流れの中でもセリフは一切なし。エリザベスはパントマイムですべてを表現していたんです。
    ――凄い表現力!
    フミ セリフをしゃべらずあのWWEでトップポジションにいたという凄い人なんです。マッチョマンに「さあ、行け!」「そこにいろ!」とまくしたてられると、手を口元に当てながら困ったような顔をしたり、うつむき加減に恥じらった顔をする。ハウスショーでは最上階のお客さんにさえ、セリフがなくても伝わる動きをしていたんですね。
    ――大会場でもしっかりと存在感があったんですね。
    フミ 困ったような足取りでリングの周りを行ったり来たりしたり、場外乱闘に巻き込まれそうになると鉄柱の裏に身体を潜めたり……どんなに遠くから見てもエリザベスが何をやっているのかがわかる。髪型は80年代に流行った外巻きなので、動くたびにゆらゆらと揺れて、エリザベスのか弱さが見えるんです。
    ――じつは凄いことをやってたんですねぇ。
    フミ エリザベスはマネージャーといえば、たしかにマネージャーなんですけど。ルー・アルバーノやミスター・フジといった従来の悪党マネージャーとは違ったキャラクター。それまでのマネージャーといえば、おしゃべりがあまりうまくないレスラーのサポートをするのが仕事のひとつなんですね。
    ――レスラーに代わって煽るわけですね。
    フミ エリザベスはおしゃべりをしたことは一度もない。いつもサベージのひとりしゃべりなんです。
    ――サベージにサポートはいらないんですよね(笑)。
    フミ そんなエリザベスは一度だけしゃべったことがあるんですが……そのシーンはエリザベスとサベージの恋愛ストーリーのクライマックスになるので、のちほど説明しますね。この2人がWWEのリングで結婚式を挙げたのは1991年なんですが、マッチョマンのWWEデビューは1985年。その2年前にサベージとエリザベスは夫婦になっているんです。この続きと、西良典、折原昌夫、PRIDE終焉、RIZIN福岡裏話、パンクラス計量炎上…などの記事がまとめて読める「12万字・記事詰め合わせセット」はコチラ 
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