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記事 17件
  • 笹原圭一RIZIN広報の大晦日総括と新年大展望「間違いなく賛否両論が巻き起こる隠し玉があります」

    2018-01-16 17:04 9時間前 
    90pt
    恒例となった笹原圭一広報のRIZIN総括インタビュー! あんなことやこんなことがあったRIZIN年末や今年の展望――男子GPはやらない? 女子GPはこの階級?……などなどを13000字のロングインタビューでたっぷりと振り返ります!(聞き手/ジャン斉藤)【大晦日関連記事】堀口恭司RIZINバンタム級GP優勝インタビュー「いつもどおり戦いました」史上最高の大晦日! 堀口恭司から始まり、堀口恭司で終わった2017年のRIZIN――!!マネジメントから見た「堀口恭司UFC離脱からRIZIN GP完全制覇」まで■石井史彦
    浅倉カンナ“初代女王”インタビュー「MMAとの出会いが人生を救ってくれました……」笹原 今回の大晦日も疲れました……。
    ――おつかれさまです!(笑)。笹原さんは初の大晦日興行が行なわれた2000年からずっと携わってますけど、一度だけ大晦日に何もやらなかった年があったじゃないですか。
    笹原 2013年の大晦日ですよね。
    ――はい。翌年の2014年は、佐伯さんがさいたまスーパーアリーナでDEEPでやりましたけど。
    笹原 あのときのDEEPは会場まで見に行ったんですが、2013年だけですよ、何もなかったのは。その“何もない年末”を凄く楽しみにしてたんです。「昼間っから酒を飲んで、こたつに寝っ転がって紅白観て……ってどんなに素晴らしい年末なんだろうな……(ニヤニヤ)」って。
    ――興行があるときは準備だなんだで11月中からずっと忙しいわけですもんね。
    笹原 でも……“何もない年末”は、クソつまらなかったですね。
    ――年末がかわいそうな言い方!(笑)。
    笹原 テレビもすぐに飽きちゃったし、何もやることがなくて。2015年にRIZINを立ち上げるときに社長(榊原信行)に「年末は何かやってないと面白くないです!」と言った記憶があります。
    ――それは年末に仕事をしてないと刺激がないのか、普通に年末を過ごすのがつまらないのか、どっちなんですか?
    笹原 どっちもですけど、年末のイベントはずっとやり続けてきたことですし、大晦日は格闘技にとってシーズンピークじゃないですか。なかなかカードが決まらなかったり、「マジかよ!?」みたいなことが起こったりするんですけど、格闘技にとって一番のお祭りがないってことがつまらないんでしょうね。
    ――大筋は変らないと思いますけど、今回はいままでの大晦日と何か違った点は何かありましたか?
    笹原 やっていることは変わってないですけどね。変わってないけど、自分の年齢は重ねてますから。体力的にシンドいですねぇ。
    ――老化は止めようがないと(笑)。
    笹原 だって初めてやったのが18年前ですよ。その頃は永久電池くらい無限に働くことができましたけど、もうねぇ、動きませんよ。猪木さんが最近元気がない理由がようやくわかった気がします(笑)。
    ――笹原さんのやっている仕事って多岐にわたるから、何が大変か理解できない人も多いんじゃないかなって。
    笹原 そこなんですよ、Dropkickにもっとアピールしてほしいところは!
    ――ハハハハハハハ!
    笹原 ボクの名刺には単に「広報」という肩書きが入っているだけなんですけど、じつは広報業務はそこまでやってないんですよね。もっと地味なことやったり、時にはもっとえらそうなことをやったりしてるんですよ。
    ――笹原さんの仕事は「もっとえらそうこと」(笑)。
    笹原 なので初めての人と名刺交換するじゃないですか。そうすると相手がたまに「ただの広報という肩書きなのに、なんでこいつはこんな偉そうなんだ?」みたいな顔をされることがあるんですよ(笑)。かと思うと、イスや荷物を運んだり、使いっ走りみたいに走り回ったりもしているので、あまり面識のない人たちからは、たぶん気味悪がられていると思います(笑)。
    ――おおまかにいうと、イベント全体の統括だったりするわけですよね。
    笹原 MMAファイターが柔術、キック、レスリングといろいろとやらなきゃならないことがあるのと同じなんです。イベント制作、放送、券売、グッズ販売、競技、選手交渉…あとは格闘技EXPOもありますし、事前に準備したり、発注や指示したりすることが山ほどある。Dropkickの原稿チェックなんかしてる場合じゃないんですよ!
    ――ハハハハハハハ! 新年早々すいません(笑)。
    笹原 いや、原稿チェックはもちろん大事な仕事なんですけどね。こないだも某選手があるメディアから取材を受けたんです。取材があることはRIZINにとっても喜ばしいことなんですが、内容をチェックもしないまま掲載されそうになりまして。大慌てで誤解されそうな部分を修正しました(笑)。
    ――そういえば、PRIDE時代から残っているスタッフってあまりいないですよね……。
    笹原 なかなか残らないんですよねぇ。イベント運営って経験が物を言いますから、イベント全体を把握している人って少ないんです。なので全体を俯瞰して全て見えている社長からすると、「なぜあれができてないんだ」とか「ここをもっとこうすればいいだろ」みたいなことはたっくさんあると思います。で、「笹原、あれはどうなってるんだ」と、仕事が無限ループしていくわけです(笑)。
    ――そこに格闘技の知識、業界の常識も身につけてないといけない。ちょっと特殊職業すぎますね。
    笹原 誰も褒めてくれないから大きな声で言いますが、じつはなかなか大切な人材なんですよぉ! 
    ――“第2の笹原さん”を目指したい方はぜひRIZINに入社して、業界を背負っていただきたいですね(笑)。
    笹原 いつでもボクの仕事を譲ります! でも、なかなか次の世代が育ってなくて……。
    ――RIZINを立ち上げたときに笹原さんは「もう若くないから次の世代の人間が……」って言ってましたね。
    笹原 ああ、言ってましたね。いつになっても現れないから、PRIDEのときより働いてますよ!
    ――ハハハハハハハハ! ファイターのほうは世代交代がうまくいってることもあって、今回は大晦日史上最高の内容になりましたね。
    笹原 ありがとうございます! 内容的には大成功だと思いますね。ホントに素晴らしかった。
    ――「大晦日史上最高」と絶賛しながら、最初はギャビ・ガルシアの計量大オーバーの話から……。
    笹原 まずズンドコから始まったんですよねぇ、今回は(苦笑)。
    ――12.7キロオーバーって前代未聞ですよね。事前に異変は察知できなかったんですか?
    笹原 これは別にギャビだけじゃなくて、こちらは計量が厳しそうな選手は事前に気にしているんですよ。で、こまめに報告を受けるようにしているんです。ギャビについては、前日だか前々日の段階で「あと6キロくらい」って聞いていたんですよ。
    ――それは全然順調ってことですよね。
    笹原 そうです。彼女のサイズを考えれば最後に水抜きしてきっちり落ちるくらいの感じです。おまけに今回の95キロという契約体重は、前の試合と同じだったので、そこまで厳しい設定ではなかったはずなんですけど……蓋を開けてみたら12.7キロオーバーという、聞いたことのないくらいの超過だったと。
    ――もともと2人には体重差があるんだから契約体重には意味がない……なんて声もありましたが、減量してもらうこと自体に神取さんはメリットがあるわけですし。
    笹原 ギャビがどれだけ減量で苦しむかは、神取さんにとって当然プラスになりますからね。どうしてこんな大失敗をしてしまったかといえば、ギャビってメンタルが弱い……というレベルじゃないくらいコミュニケーションが上手に取れない人なんですね。小さい頃から身体が人並み外れて大きいことを理由にイジメに遭って、柔術に出会って自分を表現できるようになったんですけど、それでも何か大きな不安を抱えているんじゃないかって思うんです。  
    ――ギャビからは偏ったRIZIN愛を感じるときがありますね。
    笹原 RIZINは初めてプロ契約をしたイベントなので、当然思い入れは大きいと思います。ボクらもギャビには頑張ってもらいたい気持ちはありますけど、まずビジネスとしてお互いに守らないといけない約束ってあるじゃないですか。その信頼関係を作り直さないといけないですよね。
    ――減量失敗はよくあることなんですが、その後のギャビの言動が凄く危なっかしいんですよね。プロとしての自覚がちょっと薄いというか……。
    笹原 いきなりワッと注目を浴びたことで自分の存在を肯定されたんでしょうけど、プロとしての振る舞いはボクらも教えられてなかったし、自分で学ばなきゃいけないところもあります。たとえばマイクや入場がやたら長かったりするじゃないですか。そこもプロとしてちょっとズレてるし、これから学んでいくことなんだと思いますね。まぁでも、今回の体重超過の責任は、最終的には当然プロモーターである我々の管理ミスということです。これは真摯に反省しています。
    ――テレビ的には目玉カードでしたから、カード中止は大変だったんじゃないですか?
    笹原 ですね。テレビ的には間違いなく必要なカードでしたから。
    ――ネットでMMA情報をチェックしてる層だと神取vsギャビはやろうがやるまいがどうでもいいですけど、テレビでは価値がガラリと変わるという。
    笹原 MMAというスポーツや競技という観点から言えば、このカードは体重差や年齢差もあるし、やるべきではないという意見はごもっともだと思います。でも、そういう正論だけでは、世間は振り向いてくれないんですよ。まぁ、この話を始めるとキリがないのでやめときますけど(笑)。
    ――それこそ18年前からずっと繰り返し議論されていますね(笑)。3度目の正直じゃないですけど、今年の大晦日には……。 
    笹原 このまま毎回実現しないパターンで、5年くらい引っ張るかもしれません(笑)。
    ――そんなドタバタから始まりましたけど、バンタム級GPが両日ともに大爆発しました。
    笹原 試合内容とトーナメントという仕組みであそこまで見せられたことはホントに大きかったですね。このバンタム級GPは堀口恭司という存在がいることから始まったんですが、出場選手が並んだときは正直ちょっと地味かなって思っていたんですけど……選手全員に「正直スマンかった!」と謝りたい!(笑)
    ――ヴァー!!(笑)。いや、じつはボクもちょっと雲行きが怪しいかなと思ってました。川尻(達也)選手がバンタム級GP査定試合で負けたり、ほかの選手も1回戦で大きなインパクトを残せていなかったりしたので……。
    笹原 MMAファンからすれば楽しみで仕方ない企画だと思うんですよね。でも、堀口選手が優勝できるかどうか以外のテーマが作れていなかった。ところが29日の4試合すべてが凄まじかったことで、選手のキャラが一気に届いて、それまでのストーリーも浮き彫りになったってことですよね。
    ――たとえばRIZINでいきなり堀口恭司vs石渡伸太郎の再戦をやってもここまでの盛り上がりはなかったかもしれませんが、GPを通したことでさらに味わい深く楽しめたってことですよね。
    笹原 石渡選手の色気というか、「ザ・漢!」という感じも伝わりましたし、なにより大塚(隆史)選手が勝ち残ったことが凄く大きいと思うんですよね。彼が陰のMVPですよ!
    ――ああ、凄くよくわかります! アメコミはそこまで詳しくなくても、アベンジャーズやジャスティンリーグでヒーローたちが続々と集結する楽しさってわかるじゃないですか。大塚選手が割って入ってきたことで役者が徐々に揃ってくる快感がありましたね。
    笹原 じつは運営本部が一番盛り上がったのは、大塚選手がカリッド・タハから一本勝ちした試合なんですよ。「えっ、マジかよ!」って、スタッフのあいだからドヨメキが起こりましたから(笑)。私も試合後に思わず本人に「大塚くんが勝つと思わなかったよ!」って言っちゃって、本人が苦笑いしていたくらいですから(笑)。
    ――興奮のあまりとんでもなく失礼なことを言ってますよ!(笑)。
    笹原 それくらいあの勝利は大きかった!・「2018年は男子GPはやらないかもしれませんが、それに代わる隠し玉があります」・レフェリーのナイスジャッジ〜堀口恭司vsケイプのバッティング〜・那須川天心の衝撃マイク「ボクの試合、生なんですよね(ニヤリ)」・帰ってきた五味隆典・今年の女子GPの階級は……13000字インタビューはまだまだ続く!
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    アメリカ人記者が見たイッテンヨン/安田忠夫、激白「カネ、暴力、博打」/ミゼットのこれからプリティ太田/堀口恭司RIZINGP完全優勝の裏側/冬木弘道の壮絶人生/浅倉カンナインタビュー/ギャビはなぜウソ泣きを?/ベストバウトは新日本が独占? 米メディア2017年……
    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/201801

     
  • 「Y2J」コールができなくても楽しかったクリス・ジェリコ■二階堂綾乃先生のイッテンヨン

    2018-01-16 16:15 10時間前 
    50pt
    イラストはイッテンヨン出場全選手のネコです!!2018年にもなって「いまの新日本プロレスには猪木イズムが足りない!」などと口走ってしまうオールドファンに向けて二階堂彩乃(@nikaidoayano)先生が“いまのプロレス”の魅力をお伝えする共存共栄コーナー。今回のテーマはイッテンヨン東京ドーム大会です(聞き手/今年もIGF大好きジャン斉藤)
    ――二階堂さん、あけましておめでとうございます。
    二階堂 おめでとうございます〜。でも、まだ新年を迎えた感じはしないんですよ。
    ――イッテンヨンドームも終わってるのに?
    二階堂 その前日のイッテンサン『大プロレス祭り2018』で似顔絵さん屋を毎年やらせてもらってるんですね。以前はその場で描いてたんですけど、大行列ができて大変なことになってしまったので、いまは受付だけしてもらって後日データをお送りするというシステムなんです。で、いま書き始めたところで。
    ――なるほど〜。受注したぶんを描き終わるまで2017年は終わらない!と。
    二階堂 そういうことですねっ(笑)。
    ――それで今回はボクのような回顧型プロレスファンにイッテンヨンの解説をお願いしまようかなと。  
    二階堂 でも、わたしはクリス・ジェリコが新日本に参戦していた頃のことを知らないんですよ。
    ――ということはあ〜、この試合に関してはあ〜、オールドファンのボクが優位ということですねっ(ギロリ)。
    二階堂 ハハハハハハ! 
    ――じゃあ、ジェリコの参戦発表されたときは、あまりピンとこなかったんですか?
    二階堂 いや、何年か前のWWE日本公演を見に行ったときにジェリコが出ていたので知ってはいたんですよ。でも、Y2Jの意味もわからなかったし、知り合いのガチプオタな方は「Y2Jコールもできないなんて!?」って言ってましたけど(笑)。
    ――ボクのようなオールドファンはですね、「えぇ〜、そんなことも知らないの?」でしか胸を張れないんですよぉ! 優しい目で見守ってあげてください……。
    二階堂 ジェリコが試合中に冬木弘道やエディ・ゲレロのムーブをやったじゃないですか。それにも感涙したらしくて。
    ――過去を知ってると、より楽しめるってやつですね。もちろん知らなくても楽しめるんですけど。
    二階堂 いろいろとやってたみたいなんで、ジェリコのことを検索しちゃいました。「なるほど〜、そんな歴史があったのか!」と。
    ――そうやって過去と現在が繋げて見られることは、ジェリコにとっても本望でしょうねぇ。
    二階堂 ジェリコはお年を召してるのに、あれだけ動けることも普通に凄いなと思いました。レジェンドレスラーっていま出てきても、そんなに動けないことって多いじゃないですか。ケニーは“体力オバケ”なところがあるので「ジェリコは47歳だけど、大丈夫なのかな……」ってちょっと心配してて。
    ――ケニーの動きについてこれるのかな、と。
    二階堂 でも、メッチャ動いてましたね〜。危ない技のシーンも何回かあったので、こういうこともできるんだーって。そんなに試合をしてるわけじゃないのに「なんでこんなに凄いんだろ?」ってビックリしました。
    ――しかもケニーとは初手合わせなのに。
    二階堂 あとジェリコがさすがだなと思ったのは、表情が豊か! 新日本の中継カメラって、いつもは選手の顔をあまりアップにしないんですよ。
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    アメリカ人記者が見たイッテンヨン/笹原圭一RIZIN大晦日と新年大展望/安田忠夫、激白「カネ、暴力、博打」/ミゼットのこれからプリティ太田/堀口恭司RIZINGP完全優勝の裏側/冬木弘道の壮絶人生/浅倉カンナインタビュー/ギャビはなぜウソ泣きを?/ベストバウトは新日本が独占? 米メディア2017年……
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  • “新・入れ墨モンスター”シュラックのデスマッチ・メタルに震えろ■アメプロインディ通信「フリーバーズ」

    2018-01-14 12:48  
    65pt

    アメリカのインディプロレスの“現在”を伝える連載! アメリカインディープロレス専門通販「フリーバーズ」(https://store.shopping.yahoo.co.jp/freebirds)を営む中山貴博氏が知られざるエピソードを紹介していきます! 今回のテーマは、“新・入れ墨モンスター”シュラックのデスマッチ・メタルに震えろ!!<関連記事>・カナダの狂乱のハードコア団体『IWS』――人生の栄光と転落・アメリカのデスマッチキングは銀行強盗犯…ニック・ゲイジの最狂人生・知ってるようで知らないアメリカ第3の団体ROH・アメリカ第3の団体ROHを変えた2人の日本人プロレスラー・あの日本人もここからWWEに? 時代の最先端を走る「PWG」!!
    フィラデルフィアのタトゥーショップ『ブラック・バルチャー・ギャラリー』で、現在、彫り師(タトゥーアーティスト)として活動しているある男がいる。彫り師歴は20年にも及び、日本の伝説の和彫り師、三代目彫よしと会うのが夢だと、私に教えてくれた。
    同じくこのフィラデルフィアに、バンドのメンバーが流血しながら演奏するウルトラバイオレントなデスメタルバンドが存在することをご存知だろうか。プロレスラーが乱入したり、凶器でお互いを殴り合う“デスマッチ・メタル”とでも言うべき演奏形態を得意とする『EAT THE TURNBUCKLE (イート・ザ・ターンバックル)』だ。
    そんな過激さゆえに、イギリスツアーを決行中、スコットランド・グラスゴー公演が、地元保守系政治家から「あまりにも暴力的すぎて危険だ」という理由で圧力がかかり、公演中止となってしまった。
    そんな我々にとっては愛すべきバンドで、ギターを担当しているのが、“新・入れ墨モンスター”の異名を持ち、プロレスラーとしても活躍中のSHLAK(シュラック)だ。そう、先ほど紹介した彫り師の男である。彫り師、ミュージシャン、プロレスラーと、三足のわらじを履き、「アイツは何者だ!」とばかりに、日本の米インディーマニアにもじわりじわりと名前が浸透しつつある彼に、今回あれこれと質問をぶつけてみた。
    シュラック所属のメタルバンド『イート・ザ・ターンバックル』は、ドイツで開催された世界最大級のメタルフェス「Wacken Open Air (ヴァッケン・オープン・エア)2016」に出演。また、チェコ共和国で行われる過激なことで有名な「Obscene Extreme Festival (オブセンス・エクストリーム ・フェスティバル)2016」では、ステージ上にプロレスのリングを組み、有刺鉄線や蛍光灯、竹串攻撃などで流血しながら演奏するという破茶滅茶なステージングを見せつけ、狂っている観客たちをより狂わせた実績を持っている。
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  • “UFC金の卵”ガヌーはマイク・タイソンになれるか■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク

    2018-01-14 12:22  
    65pt
    多くのMMAファイターをマネジメントするシュウ・ヒラタ氏が北米MMAシーンを縦横無尽に語りまくるDropkickニコ生配信コーナー。深くてタメになるトークを活字でもお届けします!(12月に配信された一部を加筆編集したものです)。今回のテーマは、次世代のヘビー級を背負うフランシス・ガヌーの周辺がいろんな意味で慌ただしく……【関連記事】ホームレスからUFCの次代の大物へ:フランシス・ガヌーの驚くべき冒険「おまえらちゃんとやれ!」……アメリカ連邦議会がUFCを攻撃!日本大会総括】 UFCが欲しがってるのは那須川天心と◯◯◯…――シュウさんにとって2017年はどんな年でした?
    シュウ いろいろなことが起きた年なんですけども、ほら、私の場合は会社を売ったりしましたし……。
    ――ああ、アライアンスMMAにマネジメント会社を売却したんですよね。
    シュウ アライアンスMMAは日本ではあまり話題にはなってないんですが、けっこう凄いことをやっていて。ローカル団体を7つも買って、チケットエージェンシーも買って、私がパトーナーとやっていたマネジメント会社も買い取って。
    ――MMA複合ビジネス組織というか。
    シュウ ただ、まだ何をやろうとしてるのか見えてないんですよね。
    ――えっ、ここまでやっておいてまだ実態がわからない(笑)。
    シュウ 当初はUFCに選手を供給するマイナーリーグを作るという構想だったんですけど。マイナーリーグと言ってもアメリカだけで世界中の選手を独占できるわけじゃないですから。それにアメリカ国内でも「UFCとベラトールに続く第3の団体はどこか?」と言えば、ほとんどの人が名前をあげる団体はTitan Fighting Championship、Legacy Fighting Alliance、そしてShamrock FCあたりで、この三つはアライアンスMMAの傘下に入っているわけではないですからね。ちょっと厳しいんじゃないかなあと。MMA関連の会社としては初めてNY証券市場に上場したんですが、いま株価がどんどん下がって大変なことになっていますね(笑)。
    ――会社を売却したことでシュウさんもガッポリ儲かったんですよね?(笑)。
    シュウ ええと、MMAのマネジメント会社がこんな額で売れるなんて夢にも思ってなかったですね(笑)。
    ――うらやましいです!(笑)。
    シュウ だけど、ほかに2人のパートナーがいたので三等分なんですけどね。その2人はそのまま会社に残って、ボクだけ抜けたんですよ。残ったは2人はいまでも非常に良い給料をもらってます(笑)。
    ――シュウさんも残っていたほうが……。
    シュウ いやあ、絶対にイヤですよ。やっぱりプロモーターとマネジメントが一緒の会社にいるのはおかしいと思うんですよ。いざとなったときに相手がUFCやベラトールだろうが選手のためにケンカできない立場にいるのはおかしいと思ってるので。そこは折れたくなかったんですよね。金銭的には大損してるとは言われてるんですけど(笑)。
    ――シュウさんは今度UFCヘビー級王座に挑戦するフランシス・ガヌーをマネジメントしてますね。
    シュウ 公になってるから言いますけど、ガヌーくんのファイトマネーは1試合25万ドル、約3000万円。そこにリーボックのスポンサーフィーも加わります。2018年の3月でガヌーくんとのマネジメント契約を更新しきゃいけないんですけど、そのタイミングでウチを離れるんじゃないかなって予感はありますね。
    ――あら、何かあったんですか?
    シュウ ガヌーくんはアフリカからヒッチハイクでフランスにやってきたほどの選手ですから、自分に自信を持ってるというか、セルフマネジメントができるという考えを強く持ってるんですね。それにこのクラスの選手になると、ほかのマネジメントからの引き抜き攻勢が凄いんですよ。
    ――あー、ガヌー争奪戦になってるんですか!
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  • 米国人記者が語るイッテンヨン東京ドーム■MMA Unleashed

    2018-01-12 08:57  
    65pt

    Omasuki Fightの北米MMA抄訳コラム「MMA Unleashed」――今回のテーマは「米国人記者が語るイッテンヨン東京ドーム」です!

    新日本プロレスの年間最大のイベント、レッスルキングダム12(2018年1月4日)が幕を閉じた。米国でも大きな反響があったこの大会、1.4を見るために来日した米国人ファンが、ついでに大みそかのRIZINや正月の全日本プロレス・後楽園ホール大会などにも来場、業界にカネの雨を降らせた模様だというから、まるでWWEのレッスルマニア・ウィークの日本版といった様相を呈している。
    そこで今回は、今年のイッテンヨンが米国でどんなふうに報じられたのか、かいつまんでご紹介したい。
    ●ジェリコ再評価 
    天山広吉より年上、47歳のクリス・ジェリコなら、ケニー・オメガとの試合が名作にならなかったとしても、許されたはずである。前年のオカダ・オメガ戦に匹敵する試合など、誰も期待していなかった。そんなことはありえないからだ。1999年からずっとWWEでやってきたジェリコが、新日本で戦っているというだけで十分なはずだった。
    それでもジェリコとオメガは、やるべき試合を完璧にやってのけた。そもそもこの試合は、5つ星を目指す試合ではなく、流血あり、凶器ありの決闘と位置づけられていた。スポットでは、オメガは自ら世界最高のレスラーであることを見せつけるかのように全力で動いた。ジェリコも、終盤の難しいスポットでも、キビキビと動き、タイミングを失うこともなかった。
    この大会が始まる前と終わった後とでは、出場選手はみな、存在感をアップさせているのだが、ジェリコほどその恩恵を受けた人はいない。ジェリコはこれまでよりもビッグスターになり、プロレス業界の話題の中心になり、やりたかった試合をやり、しかも新日本で昔の友人たちと一緒に仕事することを存分に楽しんでいるようだった。

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    安田忠夫、激白「カネ、暴力、博打」/ミゼットのこれからプリティ太田/堀口恭司RIZINGP完全優勝の裏側/冬木弘道の壮絶人生/浅倉カンナインタビュー/ギャビはなぜウソ泣きを?/ベストバウトは新日本が独占? 米メディア2017年/カナダの狂乱のハードコア団体『IWS』……
    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/201801

     
  • 【ミゼットプロレスのいま】プリティ太田「ボクの代でミゼットを終わらせるわけにはいきません!」

    2018-01-11 13:12  
    60pt
    日本に2人しか存在しないミゼットレスラーのひとり、プリティ太田インタビュー。かつて全日本女子プロレスの前座で会場を沸かせに沸かせたミゼットプロレスだが、選手不足もあり試合機会は減少していった。現在は通常のプロレスの試合もこなしているプリティ太田のいままでと、これからをうかがいました!――いま日本のミゼットレスラーは太田さんとミスター・ブッタマンの2人しかおらず、ミゼットプロレスの試合機会がなかなか作れないということですが、それ以外に人権団体から「見世物として扱うのはいかがなものか」という批判もあって、メディアが取り上げづらい風潮があったんですよね。
    太田 まあまあ、そうですね。昔からテレビにある批判なんですけど、低身長の方々を見世物にしていると。ただ「そうらしい」ってことなんですね。
    ――「そうらしい」ということは、太田さんはそういった経験はされてないと。
    太田 ボクは知らないんですけど、昔の関係者から話を聞くと、そういう批判があったらしくて。映像のほうがなかなかテレビに出にくかったと。ボクもいまはテレビに出ていますけど、いまのところはそういったことはないです。徐々に規制が解け始めてるのかな……ってボクの中ではそう思ってますね。
    ――テレビ側が自主規制をしてたんじゃないかということですね。
    太田 はい。ボクの中では自主規制だったんじゃないかって思うんですね。一時期テレビとかメディアってうるさかったじゃないですか。当時は何か抗議をされるのが嫌だったんじゃないですかね。
    ――いまは自主規制することへの批判のほうが大きくなりつつありますね。
    太田 いまそんなことをやったら逆に「何をやってるんだ?」って話になりますよね。だから、どんどん表に出て「こういうプロレスがあるんだぞ!」ってアピールしたいんです。このままだとボクの代で、なくなっちゃうかもしれないので……。
    ――太田さんとブッダさんの後継者がいない。
    太田 後継者を作るためには、とりあえずミゼットのことを知ってもらうことが一番なんで。いまは以前よりは存在自体は知られてきてると思うんですけど。
    ――じつは存在自体が消えかかっていた……ということなんですね。
    太田 もう自主規制とかで消されることはないと思うんで、もっと取りあげてほしいですよね。
    ――昔は全日本女子プロレスの前座でミゼットプロレスは日常的に見られてましたね。
    太田 ボクも中学の頃、全女でその存在を知って。プロレス自体は好きで、よく見てたんですけど、知らなかったんです。チケットを買って会場に行ったら、そういうプロレスをやっていて凄くビックリしました。
    ――そこで「自分もやってみたい」と思われたんですか?
    太田 そうですね。やれればやりたいなって。そのときはリトル・フランキーさんと、全女のレフェリーをやってた村山大値さんから声をかけられたんです。最初は、ちょっかいをかけてきて(笑)。列に並んでるときから、ちょっかいを出してきてて。意味がわからなかったんですけど、凄くやさしくしてくれて。
    ――要はスカウト活動の一環だったというか。
    太田 そういうことだったんでしょうね。
    ――太田さんがデビューしたのは20代半ばのことで、それからだいぶ時間は経ってますね。
    太田 やりたかったけど、親の反対が……やっぱり危険じゃないですか。そこは低身長の人が通る壁なんでしょうけど、みんな親に反対されるみたいで。本人の「プロレスをやりたい!」という意志だけじゃ厳しいんですね。
    ――太田さんもやってみたかったけど、親の反対があったわけですか。
    太田 そうですけど、ずっとやりたいと思ってて。とりあえず普通に働いていてもつまらなかったんで、親には「とりあえず1年やらせてくれないか」ってお願いして。それでやっと許可をもらったというか。全女は普通に受け入れてくれました。当時はブッダさんひとりしかいなかったんで、ボクが入ったことでひさしぶりに試合ができることになるので(笑)。
    ――太田さんは救世主だったんですね(笑)。じゃあすぐにデビューということなんですか?
    太田 そうですけど、最初は(角掛)留造さんとブッダさんの試合を見て勉強するという話だったんですよ。でも、留三さんがドタキャンなのか、急にNGになってしまって。いきなりボクが試合をすることになっちゃったんですよ。
    ――えっ、いきなり?
    太田 何も教わってないまま突然試合に出されて、よくわからないままやって。デビュー戦はうまくいったのかなあ……もう記憶にないです(笑)。
    ――試合はやりながら、おぼえていくという。
    太田 基本的に、お笑いなんで。どうやったらお客さんを沸かすことができるのか。そこが一番重要で、あとは基本的な動きができればいいだけなんで。最初は何もわからないので、ブッダさんに任せっきりだったんですけど。
    ――プロレスって新人には厳しく当たりがちですけど、ブッダさんはどうだったんですか?
    太田 優しかったのかな、いちおう。上から「あんまりイジメるなよ」的なことは言われていたのかもしれませんけど(笑)。
    ――いなくなったら試合ができなくなりますし(笑)。
    太田 ボクが入るまでブッダさんひとりしかいませんでしたから、「新しい奴がきた!」ってことでネタにはなりましたし。
    ――どちらかがケガで欠場なんてことになったら……。
    太田 そうなると大変ですよ。最初の頃はボクがケガしないように優しくしてくれましたけど、ボクはボクでブッダさんが倒れないようにしないとなって。
    ――毎日対戦相手が同じだとマンネリになりませんか?
    太田 まあ、毎日ブッダさんだからマンネリはしますね(笑)。やってて飽きますよね、ネタも限られてきちゃうので。変わったこともそんなにできないですし。そういう意味では大変だったかなーって。
    ――新ネタを入れるタイミングってあるんですか?
    太田 ブッダさんと話し合って「今回はここを変えません?」っていろいろとやりましたけど、基本は大きくは変らないんですよね。
    ――ブッダさんと何試合やったかは……。
    太田 いやあ〜〜、もうおぼえてないですねぇ、さすがに(笑)。ボクがデビューした2004年からずっとですから、それなりにはやってますけど、チェックしてないですからね。いま思えばチェックしておけばよかった。
    ――『週プロ』もチェックしてないでしょうし。
    太田 どうなんですかね……ボクらの試合結果は載ってない場合がほとんどだし、誰も取材してない団体とかでやってたりしますからね。
    ――念願だったプロレスの世界はいかがでした?
    太田 最初の頃はいろいろとおぼえることがいっぱいあったので、楽しむどころじゃなかったんですよね。いまは会場に行けばいろんな選手に会えて楽しいですけど、当時はそんな余裕はなかったですから。試合と試合以外の仕事をおぼえるだけでいっぱいいっぱい。巡業のときは先に会場入りして、イスを並べたり、リングの設営を手伝ったり。
    ――当時の全女って景気はあまりよくなかったですよね。
    太田 もう全然悪いですよ。下火でしたから、完全に。でも、やりたい職業に就けたから、あまり気にならなかったですね。
    ――目黒の全女ビルはまだあったんですか?
    太田 入門を申し入れたときはありましたけど、そのうちなくなってましたね。それから事務所は転々とするようになって。
    ――倒産寸前の頃だったんですね……。金銭的に厳しい時期だったので、未払いもあったんじゃないですか?
    太田 ギャラをもらえない日もあったり(苦笑)。
    ――とっぱらいなんですか?
    太田 基本的に、とっぱらいです。
    ――失礼ですけど、額は……。
    太田 5000円とか、それくらいですよ。凄く安かったです。ブッダさんはどうだったんですかねぇ。ちょっとアップくらいじゃないですかね。ブッダさんは社員でもなかったので。
    ――その額だと生活は大変だったんじゃないですか? 部屋を借りるのも……。
    太田 いや、アパートを借りるお金もなかったので、茨城の実家から通いでしたね。地方巡業のときは全女が出してくれましたけど。
    ――なるほど。プロレスが好きじゃないとやれないですね!
    太田 絶対にできないと思いますよ、これは(笑)。ブッダさんも好きでやってますからね。そうじゃないと、あんなに長くはできないですよ。
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    安田忠夫、激白「カネ、暴力、博打」/外国人記者が見たイッテンヨン/堀口恭司RIZINGP完全優勝の裏側/冬木弘道の壮絶人生/ベッキーのタイキック騒動/浅倉カンナインタビュー/ギャビはなぜウソ泣きを?/ベストバウトは新日本が独占? 米メディア2017年/カナダの狂乱のハードコア団体『IWS』……
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  • 【全文公開中】浅倉カンナ“初代女王”インタビュー「MMAとの出会いが人生を救ってくれました……」

    2018-01-07 15:21  
    本命RENAを破ってRIZINスーパーアトム級GPを制した“初代女王”浅倉カンナインタビュー!! レジェンド藤井惠のサポートから、浅倉が「救われた」というRENAの言葉まで、ジョシカクの歴史を大いに感じせる優勝の裏側に迫りました(聞き手/松下ミワ)【大晦日関連記事】堀口恭司RIZINバンタム級GP優勝インタビュー「いつもどおり戦いました」史上最高の大晦日! 堀口恭司から始まり、堀口恭司で終わった2017年のRIZIN――!!マネジメントから見た「堀口恭司UFC離脱からRIZIN GP完全制覇」まで■石井史彦
    【神取忍戦また消滅】体重超過12.7キロ!! ギャビ・ガルシアはなぜウソ泣きをしたのか?ベッキーのタイキックはシュートだったのか■事情通Zのプロレス点と線――浅倉選手、あけましておめでとうございます。ベルトを持って新年を迎えられるなんて、最高のお正月ですね!
    浅倉 ホントですね!(笑)
  • 【笑ってはいけない大晦日】ベッキーのタイキックはシュートだったのか■事情通Zのプロレス点と線

    2018-01-07 15:05  
    50pt
    プロレス業界のあらゆる情報に精通する事情通Zの「プロレス 点と線」――。今回のテーマは「ベッキータイキックはシュートだったのか」です!!(聞き手/ジャン斉藤) ――Zさん、あけましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いします!
    事情通Z はい、よろしく! さて新年一発目の話題は、やっぱり新日本プロレスのイッテンヨン東京ドームの……。
    ――いや、大晦日の日本テレビ放映された『絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時!』ベッキーのタイキック騒動です!
    Z なんでだよ!(笑)。
    ――簡単に説明すると、仕掛け人のベッキーが“逆ドッキリ”でタイキックを食らったことで「国連、憲法の視点からも最悪」「女性の人権問題」等の批判を浴びてまして。
    Z そんなことを言い出したら、山崎邦正vsモリマンのときに騒いでくれよ!(笑)。
    ――そのうちプロレス格闘技も変な因縁を付けられそうで怖いんですよね。「男が女を殴った!!」とか、コーディ・ローデスに対して「奥さんを盾にするな!」とか。
    Z まさかとは思うけど、信じられないクレームは起きかねない風潮があるよなあ。
    ――一方で「お約束でしょ」「台本通り」という冷めた声も挙がってるんですが、そうやって簡単に白黒言い切るのもどうかと思うんですよ。やっぱり我々プロレス者は、橋本真也vs小川直也の“1・4事変”を100回以上見直して「何が起こっていたのか」を妄想して無駄な人生を送ってきたじゃないですか。
    Z えーっと、一緒にしないでくれ(笑)。
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    安田忠夫、激白「カネ、暴力、博打」/堀口恭司RIZINGP完全優勝の裏側/冬木弘道の壮絶人生/浅倉カンナインタビュー/ギャビはなぜウソ泣きを?/ベストバウトは新日本が独占? 米メディア2017年/カナダの狂乱のハードコア団体『IWS』……
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  • 【イッテンヨンに冬木軍】理不尽大王・冬木弘道の壮絶人生!!■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2018-01-05 13:40  
    108pt
    サムソンクラッチにマッチョポーズ……元・冬木軍のクリス・ジェリコがイッテンヨンでよみがえらせた冬木弘道――!! 好評連載中「小佐野景浩のプロレス歴史発見」で冬木さんを取り上げた回を再録します。16000字で語り尽くす理不尽大王の壮絶人生!! 
    ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆元『週刊ゴング』編集長・小佐野景浩が90年代のプロレス界を回顧する「プロレス歴史発見」。今回のテーマは「冬木弘道」――。
    国際プロレスでデビュー。全日本プロレスでは「サムソン冬木」のリングネームでアジアタッグ王座を獲得。天龍源一郎のあとを追うようにSWSに移籍し、WARでは寡黙なキャラを投げ捨て理不尽な言動を振りまく理不尽大王に変身。マッチョボディを自称するだらしない身体でのパワフルファイトと、マット界1、2を争うプロレス頭から繰り出されるアイデアと憎まれ口でヒール人気を得る。2002年、癌のため引退。団体プロデューサーとして再出発するが半年後に癌が再発。橋本真也との電流爆破デスマッチで一夜限りの復帰を宣言するも、リングに上がることなく死去した――。
    イラストレーター・アカツキ@buchosenさんによる昭和プロレスあるある4コマ漫画「味のプロレス」冬木弘道版つきでお届けします。
    ――今回は“理不尽大王”冬木弘道さんについておうがいいたします。
    小佐野 ……いやあ、あの人のことを思い出すとね、涙が出そうになりますね(しみじみと)。亡くなるまでの1年間は本当に凄い生き様でしたから……。
    ――小佐野さんは冬木さんとはいつ頃から付き合いがあったんですか?
    小佐野 冬木さんとよく話すようになったのは、『ゴング』が週刊化されて、ボクが記者として取材活動をするようになってからですよね。あれは84年の春で、そのときあの人は全日本プロレスの合宿所寮長。三沢(光晴)、越中(詩朗)がメキシコ武者修行に出た直後で、下にいたのはターザン後藤、川田利明、練習生の小川良成くらいかな。すっごく無口な人でね、合宿所に取材に行くじゃないですか。冬木さんはボクの一つ歳上なんですけど、ぜんぜん口を利いてくれないというか。
    ――理不尽大王時代からは考えられない姿ですね(笑)。
    小佐野 「……俺、この人に嫌われてるのかあ」とか考えちゃうくらいコミュニュケーションが取れなかった。そのあと(グラン)浜田さんに連れられてメキシコ修行に行ってプエルトリコへ渡って、1年後の世界最強タッグの途中に、髪の毛を長く伸ばして太って帰ってきたんだけど。
    ――一般的な冬木さんのイメージですね。
    小佐野 そうしたら「ひさしぶり!!」って元気よく声をかけられて。海外生活を経て凄くフレンドリーな性格に変わっていたんです。あとになって事情を聞いたら「天龍さんがマスコミには愛想よくしろというから仕方なくやっていたんだよ」って(笑)。そこからは普通にしゃべるようになったんですけど、冬木さんは話をしていて面白かった。国際プロレスに入門した理由を聞くと、当時国際って入場券プレゼントをやっていたんですけど、プロレスファンの時代の冬木さんは一度も外れたことがなかったそうなんですよね。
    ――まさか読プレの要領で入門ですか!(笑)。
    小佐野 親しみを持って入門テストを受けに行ったら、もうぜんぜんダメで。でも、アニマル浜口さんが「合宿所に荷物を持って住み込んじゃえ!」ってアドバイスされて、そのまま住み着いたんですよね(笑)。
    ――ハハハハハ!
    小佐野 冬木さんはそれまで何もスポーツをやってなくて、体力もなかったみたいですけど、本人は「じっと耐えていた。そうしたらいつのまにかプロレスラーになれた」と。でも実際は国際の社員だった若松(市松)さんと一緒にリング屋として働いていて、ほかの選手が合同練習をやってる脇で、若松さんの指導を受けていた。そういう苦労人なんだけど、それを本人を面白おかしく言っていってたんですよね。
    ――プロ野球で言うところの打撃投手やブルペン捕手みたいなもんだったんですね。その国際が崩壊して冬木さんは全日本に移りますよね。
    小佐野 そこで冬木さんは天龍さんの初代・付き人を務めたんです。全日本プロレスって最初は馬場さんにしか付き人がいなかった。それは馬場さんがレスラーに付き人をつけるのを嫌がっていた。そこからやがて派閥ができるから。
    ――日本プロレス時代、派閥の揉め事を見続けてきた馬場さんらしい判断ですね。
    小佐野 たしかに昔のプロレス記者に話を聞くと、日プロは派閥ができて人間関係が複雑になってたというから。極端に言えば、猪木派と馬場派だったけど、実際にはもっと複雑だったみたいで。そうなることを馬場さんは嫌がったんだけど、さすがにジャンボ、天龍には付き人を付けないといけないという話になったときに、ジャンボは三沢、天龍さんは国際から来て肩身の狭そうな冬木さんをチョイスした、と。
    ――冬木さんは肩身が狭かったんですか?
    小佐野 冬木さんはおとなしい人ではあったし、本人には「やっぱり自分は外様」という意識はあったんじゃないかな。実際にメキシコ遠征に行ったのも、天龍さんが「メキシコでもなんでも海外に行けば、あとは好きなところに行けるから」と国外に出るチャンスを作ってあげたんですよ。
    ――団体主導ではなく天龍さんの計らいだったんですね。
    小佐野 帰国してからは大きいファイトをするようになったし、そこそこ上に行くのかなと思っていたら、馬場さんから「太り過ぎ」と言われたのかな。またアメリカに出されて、そのあいだに日本では天龍さんと(阿修羅)原さんの龍原砲が生まれ、レボリューション(天龍同盟)の最中に帰国して。
    ――そのまま天龍同盟に加入したんですか?
    小佐野 いや、それが初めは敵対関係だったんですよ。合流する流れは凄く面倒くさいので割愛しますけど、冬木さんが言うには「この世界はね、本当に仲が良い者同士はくっつけたくないんだよ。俺と天龍さんは仲がいいでしょ。会社は離したかったの」って。
    ――それは先ほどお話された派閥問題の危惧があったんでしょうね。
    小佐野 そうそう。でも、そこは原さんが天龍同盟に合流する機運を作ったんでしょうね。そして、川田も海外から帰ってきて前座でくすぶっていたんですよ。「こんなに動けるのになんで前座で技の制約を受けて……」という。天龍さんもそんな川田をもったいないと思っていて、だったらレボリューションに来て伸び伸びやったほうがいいだろう、と。
    ――そうやって天龍同盟入りした冬木さんと川田さんの2人がフットルースを結成したわけですね。
    小佐野 メインは龍原砲、中堅はフットルースが全日本マットを活性化させていったんです。
    ――フットルースというネーミングは誰が付けたんですか?
    小佐野 川田は「小佐野さんがゴングで勝手に書いた!」って言うんだけど、当時リングアナだった(仲田)龍さんだと思う。フットルースの派手なバンダナとタイツは天龍さんのアイデア。ロックンロールエクスプレスの影響で(笑)。
    ――ハハハハハ! ザ・80年代のセンス(笑)。
    小佐野 「俺と阿修羅は辛気臭いかんじだから。おまえらは明るくやれ!」と。2人は試合前に御徒町で自前で買ったバンダナを客席に投げる。あのパフォーマンスを川田は死ぬほど嫌がっていたんだけど(笑)。
    ――クククククク。
    小佐野 冬木さんはべつに嫌がるわけでもなく「ま、こんなもんだろ」と斜に構える感じで。
    作/アカツキ
    ――天龍同盟における冬木さんはどんな立ち位置だったんですか?
    小佐野 天龍同盟に冬木さんは必要でしたよ。とくに技や動きが凄いわけでもないけど、あの人が一番物事をよく見ていた。ある意味、冬木さんが天龍同盟を回していた。原さんが失踪したあと、天龍さんと川田の3人になるじゃないですか。あの人はインサイドワークがうまかったから、6人タッグになると自分が死んで死んで死んで、天龍さんや川田につないで試合を盛り上げる。
    ――冬木さんが試合がリードしていたんですね。
    小佐野 冬木さんは天龍さんにアイデアも出していたと思うんだけど、天龍同盟が解散する頃は2人の仲はギクシャクしていた。天龍さんと冬木さんの考えが合わなくなっていたんです。そうすると天龍さんが不機嫌になって口を利かなくてなって、そんな日が最初は1日だけだったのが、2日になり3日となり……。
    ――溝が深まっていったんですね。
    小佐野 原さんが解雇されてだいぶ経ったあるとき、天龍さんが「冬木、俺は阿修羅を踏み台にしてるか?」と聞いたら、冬木さんは「当然ですよ!」と答えたそうなんです。それを聞いた天龍さんは大激怒して机をひっくり返したという(笑)。
    ――そこで「当然ですよ!」と言えちゃうんですか(笑)。
    小佐野 そこは冬木さんは素直であり、天龍さんに対してウソがつけないわけですよね。でも、そう言えちゃうくらい天龍さんのことが好きだったんでしょうね。
    ――天龍さんがそんなことを聞くってことは、それくらい冬木さんを信用していたことでもありますね。
    小佐野 そうそう。天龍さんは冬木さんだけには弱みを見せていた。まあ、その頃のレボリューションは行き詰っていたところがあって、全日本を活性化させるという天龍同盟の役割は終わっていたわけですから。武道館大会なんてカード発表前にチケットが完売しちゃう状況の中で、天龍さんには「阿修羅と2人でやってきたことがなかったことにされてたまるかよ!!」っていう思いはあったんでしょうけど。
    ――結局、天龍同盟は解散しちゃいますね。
    小佐野 川田は正規軍に戻りたくなかった。というのは海外から帰ってきてから正規軍より天龍同盟の控室にいるほうが長いから。天龍さんと一緒だとそこまで気は楽じゃないだろうけど、正規軍よりは居心地はいいと。でも、冬木さんは正規軍に戻ってもいいと思ってたんじゃないかな。レスラーとしてはそろそろ環境を変えたほうがいいだろう、と。
    ――そこは野心があったんですかね。
    小佐野 冬木さんには個人的な野心があったというわけでもないんだよね。戻ったほうがレスラーとして展望が広がるんじゃないかという感じで。結局、天龍さんがSWSに行ったら冬木さんもあとを追うように移ってしまうんだけど。
    ――SWSの件は天龍さんから話を聞いてたんですか?
    小佐野 冬木さんは自分から天龍さんに連絡を取って「行かせてください」と頼んだみたい。その当時の冬木さんは30歳で彼なりに考えることがあって、このまま全日本にいてもどうなのかなあ、と。
    ――天龍さん離脱時、馬場さんは川田さんを呼び出して「おまえは全日本に必要な選手」として残留を促しましたけど、一方で冬木さんに対する評価はどんなものだったんですか?
    小佐野 ほとんど接点がなかったんじゃないかなあ。だって天龍同盟にいるかぎり、冬木さんが馬場さんと話す場面は生まれないでしょ。馬場さんがしゃべるのは天龍さんだけだもん。冬木さんから馬場さんに話しかけるわけがないし。ただね、冬木さんがプエルトリコから帰ってきたときの会場で、冬木さんは救急箱を持たされたそうなんですけど。そんなの若手と同じじゃないですか。冬木さんはかなり失望したみたいなんですよね。
    ――凱旋帰国してきて救急箱担当はガッカリですねぇ。
    小佐野 それでケツをまくろうとしたら天龍さんに止められてね。天龍さんが馬場さんに「こいつはできるヤツだから、今日だけメインイベントごっちゃんです」って頼んで、ジャンボ&天龍&冬木組で出たんですよ。
    ――そこも天龍さんが計らいで。
    小佐野 どうして「サムソン冬木」というリングネームになったかといえば、「天龍さんがつけてくれたんだけど、天龍さんの馬場さんへのゴマすりだよ。馬場さんはサムソン・クツワダをかわいがっていたから」って冬木さんは言ってましたね(笑)。
    ――天龍さんなくして冬木弘道というレスラーはいなかったくらいの面倒見ですねぇ。
    小佐野 そんな天龍さんがいなくなったあとの全日本ではとくにポジションはなかったと思う。リング上の序列では天龍同盟の頃から川田のほうが上だったじゃないですか。ファンの見る目も川田が上だし、一番上にジャンボがいて、谷津さん、カブキさんがいて、とりあえず三沢、川田。その次に冬木さんなのかなあ、という。それに本人も上を狙うタイプではなくて、死んで死んで盛り上げるという自己分析をしていたわけだし。
    ――SWSでも縁の下の力持ちでしたね。
    小佐野 それこそ新婚なのに復帰したばかりの原さんを同居させてね。冬木さんは「後輩の俺から言うのもなんだけど、天龍さん、原さんと仲は良かったと勝手に思ってるから。俺、あの人たちのことは大好きだったし」って。
    ――それでSWS崩壊後も天龍さんのWARに当然のように移って。
    小佐野 そこで天龍さんが気にしていたのは、当時、川田は全日本でトップに立っていたじゃないですか。94年春に川田はチャンピオン・カーニバルで優勝してるわけですよ。でも、冬木さんは相変わらずの中堅ポジション。そんな冬木さんを天龍さんは不憫に思っていて。「俺についてきたから、冬木はいつまでも下っ端なのかなあ……」って。そんなときに冬木さんが天龍さんに反旗を翻したんです。
    ――“理不尽大王”に変身して、一世を風靡した冬木軍が結成されるわけですね。
    小佐野 結成のきっかけは、その年の3月に龍原砲vs大仁田・ターザン後藤組があって、天龍さんが大仁田にフォール負けをしたですよ。冬木さんはそれにまず怒った。大垣城ホールの試合後だったかな。「ふざけるなよ! 俺はアンタたちのために何年も何年も死んできた。それが大仁田なんかに負けやがって!責任を取れ!!」と。「俺はおまえらを立てるためにずっと死んできたんぞ。それがなんだ。おまけに川田なんてしょっぱい奴がカーニバルで優勝してるんだぞ。ふざけるよな!!」とまで言い放ってね。
    ――そこは本音の叫びだったんですね。
    小佐野 理不尽節ですよね。しかもね、記者が大勢いる中で、私ひとりに向かって怒るんですよ。
    ――ああ、小佐野さんは天龍番でしたから。
    小佐野 「おまえが天龍を持ち上げるからだ!」というね。いまの『週プロ』編集長の佐藤くんも取材にきてたんだけど、冬木さんがずっとボクに向かって怒るから「小佐野さん、冬木さんと何かあったんですか?」と聞くくらい(笑)。
    ――佐藤大編集長もビックリ(笑)。
    小佐野 「どうせおまえらマスコミは“反逆の冬木”とか適当な記事を書くんだろ。そう思っていればいいよ。そうはいかねえぞ!」って。その言葉の重さはのちのちわかるんですけども……。
    ――単なる造反劇ではない、と。それくらい天龍さんが大仁田に負けたことがショックだったんですね。
    小佐野 そしてフリーとしてWARに上がっていた邪道・外道を引っ張りこんで冬木軍を作った。その年の春にWARは新日本の提携が終わってるんですよ。それで大仁田とやった後には他団体とやれることがなくなったから、WARの中で作っていくしかない。そんなときに冬木さんが行動を起こしたわけですよね。
    ――それって天龍さんが全日本で原さんと一緒にレボリューションを始めた経緯を同じですね……。
    小佐野 冬木さんがのちに言っていたのは「あれをやらせたのは天龍さんだからね。俺は目立たなくても良かった。ひっそりと暮らしてプロレスラー人生を送りたかった。天龍おまえのせいなんだ!」という理不尽節で。
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    安田忠夫、激白「カネ、暴力、博打」/堀口恭司RIZINGP完全優勝の裏側/ギャビはなぜウソ泣きを?/ベストバウトは新日本が独占? 米メディア2017年/カナダの狂乱のハードコア団体『IWS』……
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  • 【神取忍戦また消滅】体重超過12.7キロ!! ギャビ・ガルシアはなぜウソ泣きをしたのか?

    2018-01-05 13:18  
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    12月29日のRIZINバンタム級GP、そしてギャビ・ガルシアの体重超過騒動を語るDropkickニコ生配信! 29日の夜に語られた内容を再編集・加筆した記事になります!(語り・ジャン斉藤)先ほど29日のRIZINが終わったばかりですが、かなり面白かったですねー。RIZINはいつも面白いんですけど、ストレートなMMAとしてこんなに面白かったのは初めてじゃないですかね。明後日31日大晦日のハードルが上がりすぎちゃったんじゃないでしょうか(笑)。
    今回のバンタム級GPと比べると、一昨年と去年のGPはワンマッチの羅列でしかなかったことがよくわかりますよね。ミルコ・クロコップvsキング・モーとか注目カードはあったんですが、GPならではの面白さが感じられなかった。ところが今回は選手それぞれのストーリーが、GPという場で共鳴してて。大塚隆史選手の「ああ、このまま負けるんだろうな……」ところからの逆転勝利。石渡伸太郎選手がその強さを見せつける劇的勝利。トーナメントには欠かせないケイプの伏兵ぶり。そして本命・堀口恭司選手の盤石な勝利。堀口選手が強さは知ってはいたんですけど、10キロ近く体重差もあるのに何もさせずに圧倒しちゃんですからねぇ……。
    DEEP王者の大塚選手が勝ち上がったことは凄く大きいですよね。いままで大塚選手は、さいたまスーパーアリーナで一度も勝ったことなかったんですね。3戦全敗、メジャーイベント未勝利。DEEPの佐伯さんが、たまアリの会場使用権を維持するために博打的に行った2014年のDEEP大晦日で、大塚選手は石渡選手に負けています。その時以来の再戦を明後日やるんですが、それはつまり個人を超えて日本格闘技界のドラマがあるってことですよね。佐伯さんが業界を背負って興行をやらなきゃRIZINは生まれてなかったわけですし。大塚選手の煽りVが佐伯さんの語り中心だったことも、こういう結果になるといい味が出てますよね。
    石渡選手が大塚選手を返り討ちにすれば、4年振りの堀口選手との再戦が行われるかもしれない。去年の今頃なんて堀口選手はUFCにいたんですよ。今日の爆発によって、それぞれの物語もグワッ〜と表に吹き出してきたということですよね。
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