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記事 26件
  • 【11万字・詰め合わせセット】安田忠夫、RIZIN特集、ジェリコvsケニー、長州激怒、ミゼット……

    2018-01-31 23:59  
    540pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part48は大好評インタビュー13本、コラム7本、11万字オーバーで540円!!(税込み)
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    part48 インタビュー13本/コラム7本◎相撲と暴力、博打、八百長問題を激白! 安田忠夫インタビュー「貴乃花は、馬鹿乃花だよ!」◎ライオン・ハート時代のクリス・ジェリコ■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」◎「Y2J」コールができなくても楽しかったクリス・ジェリコ■二階堂綾乃先生のイッテンヨン◎事情通Zのプロレス点と線長州力の「オマエはプロレスやめろ!」事件とは何か?/【笑ってはいけない大晦日】ベッキーのタイキックはシュートだったのか?◎RIZIN特集・笹原圭一RIZIN広報の新年大展望「間違いなく賛否両論が巻き起こる隠し玉があります」・堀口恭司RIZINバンタム級GP優勝インタビュー「いつもどおり戦いました」・マネジメントから見た「堀口恭司UFC離脱からRIZIN GP完全制覇」まで■石井史彦・浅倉カンナ“初代女王”インタビュー「MMAとの出会いが人生を救ってくれました……」
    ・【神取忍戦また消滅】体重超過12.7キロ!! ギャビ・ガルシアはなぜウソ泣きをしたのか?・堀口恭司がデメトリウス・ジョンソンと再戦したらイケる!?■大沢ケンジ◎プリティ太田「ボクの代でミゼットプロレスを終わらせるわけにはいきません!」◎アメリカンドリーム、ゴールダスト、コーディ……ローデス親子それぞれの物語■斎藤文彦INTERVIEWS◎“UFC金の卵”ガヌーはマイク・タイソンになれるか■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク
    ◎オマスキファイトのMMA Unleashed
    米国人記者が語るイッテンヨン東京ドーム/地球上最強男スティペ・ミオシッチは、それでも時給14ドルで消防署で働く/アメリカメディア2017年ニュースオブザイヤー/ポーランドKSWがそれでも年間4大会しか開催しない理由◎アメプロインディ通信「フリーバーズ」

    “新・入れ墨モンスター”シュラックのデスマッチ・メタル/カナダの狂乱のハードコア団体『IWS』――人生の栄光と転落
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    恒例となった笹原圭一広報のRIZIN総括インタビュー! あんなことやこんなことがあったRIZIN年末や今年の展望――男子GPはやらない? 女子GPはこの階級?……などなどを13000字のロングインタビューでたっぷりと振り返ります!(聞き手/ジャン斉藤)笹原 今回の大晦日も疲れました……。

    ――おつかれさまです!(笑)。笹原さんは初の大晦日興行が行なわれた2000年からずっと携わってますけど、一度だけ大晦日に何もやらなかった年があったじゃないですか。

    笹原 2013年の大晦日ですよね。

    ――はい。翌年の2014年は、佐伯さんがさいたまスーパーアリーナでDEEPでやりましたけど。

    笹原 あのときのDEEPは会場まで見に行ったんですが、2013年だけですよ、何もなかったのは。その“何もない年末”を凄く楽しみにしてたんです。「昼間っから酒を飲んで、こたつに寝っ転がって紅白観て……ってどんなに素晴らしい年末なんだろうな……(ニヤニヤ)」って。

    ――興行があるときは準備だなんだで11月中からずっと忙しいわけですもんね。

    笹原 でも……“何もない年末”は、クソつまらなかったですね。

    ――年末がかわいそうな言い方!(笑)。

    笹原 テレビもすぐに飽きちゃったし、何もやることがなくて。2015年にRIZINを立ち上げるときに社長(榊原信行)に「年末は何かやってないと面白くないです!」と言った記憶があります。

    ――それは年末に仕事をしてないと刺激がないのか、普通に年末を過ごすのがつまらないのか、どっちなんですか?

    笹原 どっちもですけど、年末のイベントはずっとやり続けてきたことですし、大晦日は格闘技にとってシーズンピークじゃないですか。なかなかカードが決まらなかったり、「マジかよ!?」みたいなことが起こったりするんですけど、格闘技にとって一番のお祭りがないってことがつまらないんでしょうね。

    ――大筋は変らないと思いますけど、今回はいままでの大晦日と何か違った点は何かありましたか?

    笹原 やっていることは変わってないですけどね。変わってないけど、自分の年齢は重ねてますから。体力的にシンドいですねぇ。

    ――老化は止めようがないと(笑)。

    笹原 だって初めてやったのが18年前ですよ。その頃は永久電池くらい無限に働くことができましたけど、もうねぇ、動きませんよ。猪木さんが最近元気がない理由がようやくわかった気がします(笑)。

    ――笹原さんのやっている仕事って多岐にわたるから、何が大変か理解できない人も多いんじゃないかなって。

    笹原 そこなんですよ、Dropkickにもっとアピールしてほしいところは!

    ――ハハハハハハハ!

    笹原 ボクの名刺には単に「広報」という肩書きが入っているだけなんですけど、じつは広報業務はそこまでやってないんですよね。もっと地味なことやったり、時にはもっとえらそうなことをやったりしてるんですよ。

    ――笹原さんの仕事は「もっとえらそうこと」(笑)。

    笹原 なので初めての人と名刺交換するじゃないですか。そうすると相手がたまに「ただの広報という肩書きなのに、なんでこいつはこんな偉そうなんだ?」みたいな顔をされることがあるんですよ(笑)。かと思うと、イスや荷物を運んだり、使いっ走りみたいに走り回ったりもしているので、あまり面識のない人たちからは、たぶん気味悪がられていると思います(笑)。

    ――おおまかにいうと、イベント全体の統括だったりするわけですよね。

    笹原 MMAファイターが柔術、キック、レスリングといろいろとやらなきゃならないことがあるのと同じなんです。イベント制作、放送、券売、グッズ販売、競技、選手交渉…あとは格闘技EXPOもありますし、事前に準備したり、発注や指示したりすることが山ほどある。Dropkickの原稿チェックなんかしてる場合じゃないんですよ!

    ――ハハハハハハハ! 新年早々すいません(笑)。

    笹原 いや、原稿チェックはもちろん大事な仕事なんですけどね。こないだも某選手があるメディアから取材を受けたんです。取材があることはRIZINにとっても喜ばしいことなんですが、内容をチェックもしないまま掲載されそうになりまして。大慌てで誤解されそうな部分を修正しました(笑)。

    ――そういえば、PRIDE時代から残っているスタッフってあまりいないですよね……。

    笹原 なかなか残らないんですよねぇ。イベント運営って経験が物を言いますから、イベント全体を把握している人って少ないんです。なので全体を俯瞰して全て見えている社長からすると、「なぜあれができてないんだ」とか「ここをもっとこうすればいいだろ」みたいなことはたっくさんあると思います。で、「笹原、あれはどうなってるんだ」と、仕事が無限ループしていくわけです(笑)。

    ――そこに格闘技の知識、業界の常識も身につけてないといけない。ちょっと特殊職業すぎますね。

    笹原 誰も褒めてくれないから大きな声で言いますが、じつはなかなか大切な人材なんですよぉ! 

    ――“第2の笹原さん”を目指したい方はぜひRIZINに入社して、業界を背負っていただきたいですね(笑)。

    笹原 いつでもボクの仕事を譲ります! でも、なかなか次の世代が育ってなくて……。

    ――RIZINを立ち上げたときに笹原さんは「もう若くないから次の世代の人間が……」って言ってましたね。

    笹原 ああ、言ってましたね。いつになっても現れないから、PRIDEのときより働いてますよ!

    ――ハハハハハハハハ! ファイターのほうは世代交代がうまくいってることもあって、今回は大晦日史上最高の内容になりましたね。

    笹原 ありがとうございます! 内容的には大成功だと思いますね。ホントに素晴らしかった。

    ――「大晦日史上最高」と絶賛しながら、最初はギャビ・ガルシアの計量大オーバーの話から……。

    笹原 まずズンドコから始まったんですよねぇ、今回は(苦笑)。

    ――12.7キロオーバーって前代未聞ですよね。事前に異変は察知できなかったんですか?

    笹原 これは別にギャビだけじゃなくて、こちらは計量が厳しそうな選手は事前に気にしているんですよ。で、こまめに報告を受けるようにしているんです。ギャビについては、前日だか前々日の段階で「あと6キロくらい」って聞いていたんですよ。

    ――それは全然順調ってことですよね。

    笹原 そうです。彼女のサイズを考えれば最後に水抜きしてきっちり落ちるくらいの感じです。おまけに今回の95キロという契約体重は、前の試合と同じだったので、そこまで厳しい設定ではなかったはずなんですけど……蓋を開けてみたら12.7キロオーバーという、聞いたことのないくらいの超過だったと。

    ――もともと2人には体重差があるんだから契約体重には意味がない……なんて声もありましたが、減量してもらうこと自体に神取さんはメリットがあるわけですし。

    笹原 ギャビがどれだけ減量で苦しむかは、神取さんにとって当然プラスになりますからね。どうしてこんな大失敗をしてしまったかといえば、ギャビってメンタルが弱い……というレベルじゃないくらいコミュニケーションが上手に取れない人なんですね。小さい頃から身体が人並み外れて大きいことを理由にイジメに遭って、柔術に出会って自分を表現できるようになったんですけど、それでも何か大きな不安を抱えているんじゃないかって思うんです。  

    ――ギャビからは偏ったRIZIN愛を感じるときがありますね。

    笹原 RIZINは初めてプロ契約をしたイベントなので、当然思い入れは大きいと思います。ボクらもギャビには頑張ってもらいたい気持ちはありますけど、まずビジネスとしてお互いに守らないといけない約束ってあるじゃないですか。その信頼関係を作り直さないといけないですよね。

    ――減量失敗はよくあることなんですが、その後のギャビの言動が凄く危なっかしいんですよね。プロとしての自覚がちょっと薄いというか……。

    笹原 いきなりワッと注目を浴びたことで自分の存在を肯定されたんでしょうけど、プロとしての振る舞いはボクらも教えられてなかったし、自分で学ばなきゃいけないところもあります。たとえばマイクや入場がやたら長かったりするじゃないですか。そこもプロとしてちょっとズレてるし、これから学んでいくことなんだと思いますね。まぁでも、今回の体重超過の責任は、最終的には当然プロモーターである我々の管理ミスということです。これは真摯に反省しています。

    ――テレビ的には目玉カードでしたから、カード中止は大変だったんじゃないですか?

    笹原 ですね。テレビ的には間違いなく必要なカードでしたから。

    ――ネットでMMA情報をチェックしてる層だと神取vsギャビはやろうがやるまいがどうでもいいですけど、テレビでは価値がガラリと変わるという。

    笹原 MMAというスポーツや競技という観点から言えば、このカードは体重差や年齢差もあるし、やるべきではないという意見はごもっともだと思います。でも、そういう正論だけでは、世間は振り向いてくれないんですよ。まぁ、この話を始めるとキリがないのでやめときますけど(笑)。

    ――それこそ18年前からずっと繰り返し議論されていますね(笑)。3度目の正直じゃないですけど、今年の大晦日には……。 

    笹原 このまま毎回実現しないパターンで、5年くらい引っ張るかもしれません(笑)。

    ――そんなドタバタから始まりましたけど、バンタム級GPが両日ともに大爆発しました。

    笹原 試合内容とトーナメントという仕組みであそこまで見せられたことはホントに大きかったですね。このバンタム級GPは堀口恭司という存在がいることから始まったんですが、出場選手が並んだときは正直ちょっと地味かなって思っていたんですけど……選手全員に「正直スマンかった!」と謝りたい!(笑)

    ――ヴァー!!(笑)。いや、じつはボクもちょっと雲行きが怪しいかなと思ってました。川尻(達也)選手がバンタム級GP査定試合で負けたり、ほかの選手も1回戦で大きなインパクトを残せていなかったりしたので……。

    笹原 MMAファンからすれば楽しみで仕方ない企画だと思うんですよね。でも、堀口選手が優勝できるかどうか以外のテーマが作れていなかった。ところが29日の4試合すべてが凄まじかったことで、選手のキャラが一気に届いて、それまでのストーリーも浮き彫りになったってことですよね。

    ――たとえばRIZINでいきなり堀口恭司vs石渡伸太郎の再戦をやってもここまでの盛り上がりはなかったかもしれませんが、GPを通したことでさらに味わい深く楽しめたってことですよね。

    笹原 石渡選手の色気というか、「ザ・漢!」という感じも伝わりましたし、なにより大塚(隆史)選手が勝ち残ったことが凄く大きいと思うんですよね。彼が陰のMVPですよ!

    ――ああ、凄くよくわかります! アメコミはそこまで詳しくなくても、アベンジャーズやジャスティンリーグでヒーローたちが続々と集結する楽しさってわかるじゃないですか。大塚選手が割って入ってきたことで役者が徐々に揃ってくる快感がありましたね。

    笹原 じつは運営本部が一番盛り上がったのは、大塚選手がカリッド・タハから一本勝ちした試合なんですよ。「えっ、マジかよ!」って、スタッフのあいだからドヨメキが起こりましたから(笑)。私も試合後に思わず本人に「大塚くんが勝つと思わなかったよ!」って言っちゃって、本人が苦笑いしていたくらいですから(笑)。

    ――興奮のあまりとんでもなく失礼なことを言ってますよ!(笑)。

    笹原 それくらいあの勝利は大きかった!大好評インタビュー13本、コラム7本、11万字オーバーの詰め合わせセットはまだまだ続く…… 
  • アメリカンドリーム、ゴールダスト、コーディ……ローデス親子それぞれの物語■斎藤文彦INTERVIEWS

    2018-01-26 12:15  
    75pt
    80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマはダスティ・ローデス、ゴールダスト、コーディのローデス親子物語です! プロレスラーの旅立ちとは何か――?Dropkick「斎藤文彦INTERVIEWS」バックナンバー
    ■ジェリコvsケニー実現で考える「アメリカから見たプロレスの国ニッポン」<new>■旭日双光章受賞!! 白覆面の魔王ザ・デストロイヤー<NEW!>■みんなが愛した美人マネージャー、エリザベス!■職業は世界チャンピオン! リック・フレアー!!■怪死、自殺、大事故……呪われた鉄の爪エリック一家の悲劇■ミスターTからメイウェザーまで! WWEをメジャー化させたセレブリティマッチ
    ■馬場、猪木から中邑真輔まで!「WWEと日本人プロレスラー」■WWEの最高傑作ジ・アンダーテイカー、リングを去る■『1984年のUWF』はサイテーの本!
    ■プロレス史上最大の裏切り「モントリオール事件」


    ■オペラ座の怪人スティング、「プロレスの歴史」に舞い戻る

    ■なぜ、どうして――? クリス・ベンワーの栄光と最期

    ■超獣ブルーザー・ブロディ

    ■「プロレスの神様」カール・ゴッチの生涯……
    ■『週刊プロレス』と第1次UWF〜ジャーナリズム精神の誕生〜




    ■伝説のプロレス番組『ギブUPまで待てない!!』 
    ■SWSの興亡と全日本再生、キャピトル東急『オリガミ』の集い
    ■「現場監督」長州力と取材拒否■ジェイク“ザ・スネーク”ロバーツ…ヘビに人生を飲み込まれなかった男■追悼ジミー・スヌーカ……スーパーフライの栄光と殺人疑惑■ドナルド・トランプを“怪物”にしたのはビンス・マクマホンなのかhttps://www.amazon.com/Cross-Rhodes-Goldust-Out-Darkness/dp/1439195161――今回のテーマは、新日本プロレスのイッテンヨンで飯伏幸太とも対戦したコーディ、その父親ダスティ・ローデスや兄ゴールダストのローデス一家です。
    フミ かつてコーディが主戦場としていたWWEには、2世レスラー3世レスラーがたくさんいるんですね。いまスマックダウンの女子チャンピオンであるシャーロットはリック・フレアーの娘。ローマン・レインズはシカ・アノアイの息子。ナタリアはスチュ・ハートの孫。いつのまにかベテランになってしまったランディ・オートンのおじいちゃんは、“ビッグ・O”ボブ・オートン。あの力道山と戦ったプロレスラーです。そしてお父さんの“カウボーイ”ボブ・オートンは新人の頃、全日本プロレスのチャンピオンカーニバルでジャンボ鶴田と対戦したり、新日本では藤波さんと戦ったかと思えば、海賊男ビリー・ガスパーに変身したり。1984体制のWWEではホーガンやアンドレらトップ集団の中にいました。
    ――そういえばゲストとして呼ばれたIGFでも、海賊男の衣装を着てたとか(笑)。
    フミ いまのランディ・オートンは3代目なんですが、怪奇派でいま一番売れているブレイ・ワイアットも3世なんです。おじいちゃんがNWA、AWA、WWEのメジャー3団体で活躍したブラックジャック・マリガンで、お父さんはマイク・ロトンド。 
    ――ロトンドは証券マンキャラのマイケル・ウォールストリートとしても活躍してましたね。
    フミ マイク・ロトンドはタッグパートナーだったバリー・ウィンダムの妹と結婚して、2人のあいだに生まれた息子がロトンドやウィンダム姓を名乗らずブレイ・ワイアットとして活躍してるんです。
    ――プロレスファミリーは数多く存在するんですね。
    フミ 今回のテーマはローデス親子ですが、このダスティ・ローデスという日本の呼び方は和製英語の傑作なんです。スペルは「Rhodes」ですから本当の発音はローズ。プロ野球で言えば、巨人やオリックスで活躍したタフィ・ローズと同じなんですね。
    ――本来はダスティ・ローズが正しい。
    フミ なぜ「ローデス」になったかといえば、これは東京スポーツの桜井康雄さんの“作品”だと思われるんですね。最初は「ローダス」というカタカナ表記だったものが、いつしか「ローデス」に変わり、正式な発音が「ローズ」とわかったあとそのまま「ローデス」として定着していった。
    ――ダスティ・ローデスは本名ではないんですよね?
    フミ 本名はヴァージル・ラネルズ・ジュニアといいます。「ダスティ・ローデス」というリングネームの由来は2つの説があって。1950年代にメジャーリーグのサンフランシスコ・ジャイアンツで活躍したジェームス“ダスティ”ローズという選手から取ったという説。もうひとつは『群衆の中の一つの顔』という映画の主人公ロンサム・ローズという役名から取ったんじゃないかと言われてますね。 
    ――子供心に「どうしてローデスはスーパースター扱いなんだろう?」って不思議だったんですね。太った体型だし、華麗な技がないのに「アメリカドリーム」という輝かしいニックネームで。
    フミ ローデスは日本で考えられてるよりも、アメリカでははるかにビックネームなんです。あの身体でどうして大人気だったかといえば、日本でいえば橋本真也が痩せていたら、あそこまで愛されなかったことに近いですね。
    ――あー、それはよくわかります(笑)。
    フミ ローデスが筋肉隆々だったスーパースター・ビリー・グラハムのような肉体だったら、あそこまで人気者にはなっていなかったのではないかと思います。グラハムもカッコイイいいけど、ローデスのほうが好きというファンはたくさんいた。なぜかといえば、ローデスはブルーワーカー、つまり労働者階級の星だったんですね。太ってることもビールをたくさん飲む労働者階級の証だったんです。
    ――アメリカの生活文化から育まれていったレスラーなんですね。
    フミ “アメリカンドリーム”を名乗る前は“プラマーズ・サン”、水道屋さんの息子を自称していて。いまなら職業差別かもしれませんが、家の水道を修理にやってくるオジサンの子供でも、なりたいものになれる、手に入れたいものが手に入る、夢は現実になるということを体現していった。アメリカンドリームとして上り詰めていったんです。 
    ――ファンから愛される要素がたくさん詰まっていたということですね。 
    フミ ローデスのプックリとしたお腹には大きなシミがあるんですが、そういう見栄えの悪さも隠さない。どんなに有名になっても、もの凄い南部訛りでしゃべる。ジャイブトークといって、白人なのに黒人のようなアクセントでしゃべるんですね。“テキサスからやってきた”というキャラクターも面白いんでしょうね。白人と黒人のプロレスファンどちらからも支持されたんです。
    ――ダスティ・ローデスそのものがギミックだったということですね。
    フミ スタイル的には凄くテクニシャンというわけではないんですけど、長い試合をすることができて、血だらけファイトもウケました。殴る蹴るにイス攻撃。ストリートファイトスタイルが得意で、70年代から80年代のアメリカのプロレス雑誌を見ると、ローデスは上半身裸で、ジーンズにカウボーイブーツを履いて戦ってるんです。
    ――あの当時は不思議な格好に見えました。
    フミ いまならストリートファイトスタイルということはすぐに理解できますよね。通常のプロレスとそこまで変わったことはやっていたわけではないんですが、「今日は血を見るぞ!」というシグナルを送ってたわけですね。 
    ――日本では大仁田厚さんがストリートファイトスタイルを積極的にやりだしましたが、大仁田さんはアメリカ南部に武者修行中してましたから、その影響は受けてたんでしょうね。
    フミ 大仁田厚がローデスやジェリー・ローラーら南部のプロレスの影響を受けていたことは間違いないですね。話を戻すと、ローデスは1945年生まれ。終戦の年に生まれて、日本でいうところの団塊の世代、アメリカではベビーブーマー世代で同年代の人口がもの凄く多い。プロレスラーとしては70年代から00年代まで息長く活躍したんです。デビュー当初はディック・マードックと伝説のタッグチーム「テキサス・アウトローズ」を結成して、チーム名そのままのラフファイトで人気となり、AWAではあのディック・ザ・ブルーザー&クラッシャー・リソワスキーと戦いました。
    ――アウトローの新旧世代闘争!
    フミ レスラーのタイプとしてはどちらのチームも似てるんです。金髪の中アンコ体型のおっちゃんたちが殴る蹴る。テキサス・アウトローズはブルクラの若バージョンだった。ちなみに大ベテランのブルーザーとクラッシャーはファイトスタイルは全盛期と変わらないまま、ヒールからベビーフェースになってたんです。
    ――この対決はお客さんも燃えますね(笑)。
    フミ テキサス・アウトローズはコンビを解散して、その後はそれぞれが各テリトリーで活躍するんですけど、年に何回かはタックを結成してたんです。日本でも何度かコンビを組んでいて、一番最初は国際プロレスで、全日本プロレスでも結成して、80年代の新日本プロレスでも2人はコンビを組んでいますね。
    ――シングルプレイヤーになってからローデス人気が爆発していくんですね。
    フミ NWAフロリダというNWAの中でも最も人気のあった地区でトップヒールだったローデスが、ベビーフェイスに転向した瞬間はいまだに語り草なんです。アメリカのマニアであれば日付まで覚えてるんですけど。
    ――歴史的な1日だったんですね!
    フミ 1974年5月14日フロリダ州タンパ、ローデスはメインイベントで韓国の巨人パク・ソンとタッグを組んで、エディとマイクのグラハム親子と対戦します。ところが試合中にパク・ソンとマネージャーのゲーリー・ハートがローデスを裏切って襲うんです。鉄柱攻撃とイス攻撃でローデスは血だるま。パク・ソンの暴挙に怒った観客は暴動を起こすんですよ。
    ――暴動! 熱い!!
    フミ 地元タンパの警察隊が出動するという騒ぎに発展したほどで、ファンたちは血まみれのローデスを騎馬戦のように担ぎ上げてドレッシングルームまで引き上げていったんです。そこからローデスはベビーに転向してスーパースターの道を歩んでいくんですね。配管工の息子から、みんなのヒーローとなり、そしてアメリカンドリームとして上り詰めていく。ハーリー・レイスを倒してNWA世界王者になりますが、なかなかベルトは獲れない時期が続いて、チャレンジャーの立場のときにお客さんは毎回ソールドアウトになったんです。ついにチャンピオンになったときは短命だったんですけどね。
    ――あっという間に転落しちゃいましたねぇ。
    フミ チャンピオンになるまでがドル箱カード。成り上がりぶりが感情移入できたということで、防衛戦が期待されるキャラクターではなかったんですね。この続きと、安田忠夫、RIZIN特集、ジェリコvsケニー、長州激怒、ミゼットの現在などの記事がまとめて読める「11万字・記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1412013
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  • 堀口恭司がデメトリウス・ジョンソンと再戦したらイケる!?■大沢ケンジの格闘技原理主義者トーク

    2018-01-26 10:58  
    60pt
    和術慧舟會HEARTS総帥にしてAmebaTV格闘技チャンネルで解説を務める「おしゃべりAmeba野郎」こと大沢ケンジの格闘技談義! 今回のテーマは「2017年に最も輝いた格闘家は?」です!大沢 新日本プロレスのクリス・ジェリコvsケニー・オメガって、昔のことを知っていたらメチャクチャ面白かったみたいですね。
    ――ああ、過去を知ってるとさらに美味しいってヤツかもですね。
    大沢 そうなんですねー。たしかに面白かったんですけど、ボクはケニーvsオカダほどではなくて。あの試合を絶賛する人とは温度差があったから、いろいろと知ってる前提で見たかったなあーって。新日本はずっと追ってきてるわけじゃないし、ここ最近のビッグマッチだけなんですよ。
    ――それって格闘技の場合も同じですよね。RIZINバンタム級GPって過去を知らなくても楽しめるけど、あの試合をきっかけに昔のことを調べることでさらに面白くなりますから。
    大沢 バンタム級GP面白かったですよね〜。でも、12月29日の試合までは、バンタム級GPってそこまで盛り上がってなかったじゃないですか(苦笑)。
    ――正直ヤバイんじゃないかなって思いましたね(笑)。
    大沢 1回戦なんてあれだけチャンピオンが出てるのに地上波ではほとんど流れなかったですし。
    ――そこは試合内容的にも仕方なかったと思うんですよね。お客さんの反応もイマイチでしたし。
    大沢 それが悔しくてツイートしたら、RIZIN批判だと思われて炎上しちゃったんですけども。あれ、批判じゃなかったんですよ。
    ――えっ、批判じゃないんですか(笑)。
    大沢 違いますよっ! 本当にあんな騒ぎになると思わなかったんですよ。
    ――大沢さんは「さんざんいろんな人が言ってきた事だけど、地上波でMMA初心者の人ばっかでていて一般の人にはこれがMMAだと思われて、同じ時間帯で玄人ばかり見る修斗がすごい盛り上がったのを見てると抑えていたけどやっぱり悔しいよな。マジで選手達には頑張ってもらいたいよ!強い奴が輝いてほしい!」ってツイートしてますね。RIZINと関わってなかったり、他団体と関係している立場から批判をする選手や関係者の類では断じてない、と(笑)。
    大沢 ボクはRIZINを手伝ってますよ(笑)。言いたかったことは、たとえば家族に有名人がいる選手と比べてアドバンテージがあるから、もっと実力以外で頑張んなきゃダメなんだなってことですよね。
    ――大沢さんはそのつもりはなかったとしても、けっこう賛同されていたから「やっぱりRIZINはダメなんだ!」って主張したい層は確実にいるってことですよね。
    大沢 そこはボクの言い方が間違えたんでしょうね。これはRIZINだけじゃなくて、UFCとかにも言えることですけど、「実力がある」とか「強ければいい」ってことだけではダメで、見せ方や売り方を考えないといけないんだなって。
    ――MMAをよく知らない層を通すとなると、格闘技界外のでネームバリューや、それ以外のとっかかりは求められてきますし。
    大沢 結局どこかのチャンピオンでも世間にまだ届いていないし、強さだけじゃ扱われないんだなっていうことなんですよね。でも、29日で凄い試合をしたことで、強さという売りだけでもイケるようになったのかなって思ったんですよ。これで流れが変わったんじゃないかなって。この続きと、安田忠夫、RIZIN特集、ジェリコvsケニー、長州激怒、ローデス親子、ミゼットの現在などの記事がまとめて読める「11万字・記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
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  • 地球上最強男スティペ・ミオシッチは、それでも時給14ドルで消防署で働く■MMA Unleashed

    2018-01-26 10:51  
    65pt
    Omasuki Fightの北米MMA抄訳コラム「MMA Unleashed」――今回のテーマは「地球上最強男スティペ・ミオシッチは、それでも時給14ドルで消防署で働く」です! 
    UFC220のメインイベントでスティペ・ミオシッチは、UFC版ネクスト・ビッグ・シング、次世代のペイパービュー・スターになるはずだったフランシス・ガヌーから、まずスタミナを、次いでパワーを、そして冷静さを奪い取り、そして最後には完全に心を折ってしまった。まるで職人のように黙々と、しかし極めて効率よくシステマティックに、カメルーンの大巨人を解体してしまったのだ。
    ブルース・バッファーが「And Still!」とコールし、デイナ・ホワイトがベルトを手にしてミオシッチに歩み寄り、腰にベルトを巻いてやろうとした時、異変が起きた。ミオシッチはホワイトの手からベルトを奪い取ると、自分のコーチであるマーカス・マリネリに渡し、マリネリにベルトを巻かせたのだ。
    その直後のジョー・ローガンによる勝利者インタビューで、UFCヘビー級の連続防衛回数新記録を樹立したことについて問われたミオシッチは、次のようにコメントしている。
    「そんなことには何の意味もない。それより、オレはもうすぐ父親になる。子どもが生まれるんだ。ヘル・イエー!」
    ***
    ミオシッチはオハイオ州クリーブランドの生まれ。おじいさんがクロアチアからの移民一世だ。ミオシッチは子どもの頃から運動が得意で、身体の大きさや力、スピードに恵まれていた。レスリングも得意だったが、一番好きだったのは野球だった。メジャーリーグ球団から声がかかったこともある。
    しかしミオシッチは、プロスポーツ選手のような不安定な職業は一生をかけて取り組む仕事ではないと考え、身体を使って人の役に立つ仕事に就こうと、消防署に入署した。
    「デスクワークは無理だと思ったんだ」とミオシッチは振り返る。「スーツを着るのも苦手だ。でも人助けは大好きだった。社会にお返しをしたかった。それ以外には働く目的を見いだせなかった」
    現在の勤務先であるバレービュー消防署でのミオシッチの仕事は、消防士兼パラメディックスだ。パラメディックスとは、火災や事故の現場でケガ人がいる場合、心臓マッサージや骨折箇所への添え木、モルヒネ点滴などの応急処置を行い、患者を安定させて救急病院まで搬送する仕事である。
    ミオシッチの現在の立場はパートタイム、つまり非正規社員である。消防署での給料は、ここ10年近く上がっておらず、時給換算で14ドル(1,520円)。非正規だから、雑用を命じられることも多い。それでも、チャンピオンになったいまでも、ミオシッチは週に2度のシフトをこなし、繁忙期には60時間連続で働くこともある。
    ちなみに、ミオシッチのファイトマネーは公表されているものだけでも、2016年には年間3試合で93万ドル(約1億円)、2017年には1試合で69万ドル(約7,500万円)だ。
    消防署の署長、ケネス・パペシュ氏はあきれたように語っている。「時々、お前、こんなところで何やってるんだよ、と思うことがある。試合に向かうフライトの直前まで、署にいることもあるからね。意味がわからないよ。恐ろしい大男にノックアウトされるかもしれないんだから、試合前くらい好きな場所でのんびり過ごせばいいのにと思うんだけど、彼はここにいて、同僚とがむしゃらに働いているんだ」
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  • 相撲と暴力、博打、八百長問題を激白! 安田忠夫インタビュー「貴乃花は、馬鹿乃花だよ!」

    2018-01-23 12:38  
    108pt
    カンボジアのカジノや、タイの繁華街を漂流していたはずの安田忠夫――。いつのまに帰国していたのか日本各地でその巨体を見かけたという報告がSNSで相次いでいた。安田忠夫はいま何をしているのか? 相撲界が揺れている今こそ、その声が聞きたい! ということで、相撲では小結まで上り詰め、新日本プロレスや格闘技興行で活躍した「借金大王」を都内某所でキャッチ。日馬富士事件、八百長や賭博、長らく詳細不明だった私生活、借金の額まで赤裸々に語ってくれた。1万字インタビュー!! 90年代・新日本プロレスを語り尽くす第2弾はコチラ安田忠夫「リングでやっちゃえば警察は介入できないじゃん」【関連企画】
    解説、待ったなし!! 元大相撲力士が語る日馬富士騒動/「将軍岡本」あらため岡本将之【衝撃の破壊王伝説】至近距離から見た橋本真也――橋本かずみ☓田山正雄レフェリー 小原道由「石澤が止めなかったら、俺は◯◯を殺していたでしょうね」草間政一 私が戦った暗黒・新日本プロレス 永島勝司 アントニオ猪木と北朝鮮 田中ケロ ケロちゃんの新日本プロレス伝説 西村修 「独裁者・長州力に逆らうってエネルギーが必要なんです」 「90年代ハチャメチャ新日本プロレスと俺が愛した橋本真也」 
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    高岩竜一×田山レフェリー 理不尽とは何か? 90年代新日本プロレス居酒屋トーク 
    大矢剛功インタビュー「新日本、SWS、FMW……辿り着いた北の大地」
    ――ちょっと前から安田さんの目撃情報がアチコチで相次いでいたので、プロレスファンはみんな気にしてたんです。
    安田 いろんなところで見かけてるんでしょ?(笑)。
    ――とくに◯◯方面で見かけたという話が……。
    安田 ◯◯……? ああ、温泉だ。温泉に入ってるんだよ。そっちのほうに住んでるんだよ。
    ――道理で。安田さんはいまどんなお仕事をされてるんですか?
    安田 そのへんのことは、もうちょっとしたらカミングアウトしますよ。でも、知ってる人は知ってるよね。
    ――なるほど。いまのお仕事はそのうち公にするとして、しばらくタイにいましたよね。日本にはいつ頃、帰国されたんですか?
    安田 ちょうど1年前ですよ。今日は何日?
    ――12月19日ですね。
    安田 じゃあ1年と1週間だ。タイに行く前は錦糸町で呼び込みの仕事をやってて。んで、表には出てないけど、介護の仕事を1年をやってたよ。
    ――えっ、安田さんが介護の仕事。
    安田 うん。介護は楽だったよ。他人の身の回りの世話は、相撲でやってきてるから。下の世話はやったことないから、最初は大変だったけど、おぼえてしまえばね。そのときに「焼肉屋の店長をやらないか?」って誘われて、介護はやめたんだけど。焼肉屋の話がポシャったからタイに行ったんだよ。
    ――タイにはどれくらいたんですか?
    安田 タイはね、足掛け3年半くらい。1年半ぐらいで一度帰ってきて。また戻ったら、給料が現地採用と一緒になっちゃったから。その前は悠々自適だったんですよ。向こうで家庭まで作ってね。
    ――えっ、家庭があったんですか!(笑)。
    安田 でも、現地採用の扱いになってからは大変だったよ。最後は日本人観光客向けの居酒屋店長。お客が入らない居酒屋だった(笑)。その店のオーナーはほかの事業で儲けてるから、趣味でやってるようなもんだけどね。ホントはタイ人の客も呼ばないとやっていけないんだけど、観光客相手で値段は高すぎるから。
    ――タイは楽しかったですか?
    安田 最初はね。
    ――後半はつらかった。
    安田 まあ、つらくもないよ。毎日サッカー賭博をやってたし。
    ――出たっ!(笑)。
    安田 博打さえありゃあ、俺はどこでも生きていけるからね。ガハハハハハ!
    ――タイといえばムエタイも賭けられますね。
    安田 ムエタイはやってない。1回見に行ったけど、どっちが勝ったか負けたかわからないから。
    ――サッカーのほうがわかりやすいってことですね。
    安田 そうそうそう。もともとヨーロッパのサッカーは好きなんですよ。
    ――それはスポーツとして好きになったのか、博打として好きになったのか。
    安田 スポーツとして好きですよ。でも、日本のサッカーは嫌い。日本人としては全日本は応援するけど、しょせんは弱いじゃない。弱いのに強いふりをするのは嫌いなんですよ。
    ――タイの前はカンボジアでカジノのディーラーをやってましたよね。かなり怪しい話だったようですけど(笑)。
    安田 ああ、カンボジアには8ヵ月いたね。あれは宣伝塔とセキュリティの仕事だよね。あれは危ない話でね、◯◯が3億円くらい騙されたみたいだよ。
    ――ひえ〜(笑)。
    安田 カンボジア時代は金がなかったけど、楽しかった。ほらカジノの街だから、10ドル握りしめれば遊べるんだよ(笑)。
    ――カジノの関係者が賭けていいんですか?
    安田 そんときは関わった店がまだオープンしてないからいいんだよ。楽しかったよ、カジノの街は。「そんな金があるなら借金を返せ!」って言ってくる人も何人かはいるけど。まぁ、そんなにたくさんはいないから。
    ――いるはいるんですね(笑)。
    安田 よく言われるんだよ、「金返せ!」って。でも、オマエには借りてねえし!って。
    ――あの〜、もしかして借りた記憶が消えてしまったとか(笑)。
    安田 もしかしたら借りたかもしれないけどぉ、証文はないから。文句があるなら「出るとこ出ますか?」って話でしょ(キッパリ)。
    ――ハハハハハハハ! タフですね!
    安田 それに「いまの俺から何を取るの?」って話で。いまある借金はアイフルの10万円くらいだよ。
    ――いまの安田さんでも消費者金融から借りれるんですね。
    安田 うん、借りれた。アイフルは飛ばしてなかった。ほかのところはハナからダメ。
    ――いやあ、あいかわらず破天荒な生き様で、ちょっと安心しました(笑)。
    安田 それは昔の話だからね。いまはマジメもんだよ。カイジみたいに地下に潜って働く生活。日払いの給料1万ペリカもらってさ。その金で競艇やパチンコをやってね。
    ――「ペリカ」という単位が日常用語でサラッと出てくる人、初めてです(笑)。やっぱり博打は止まらないんですねぇ。
    安田 金の問題じゃないから。結局10万賭けようが、100万賭けようが、俺からすれば一緒だから。博打は博打。
    ――博打をすることに快感があるってことですか?
    安田 そういうこと。娘の旦那に「博打だったらジャンケンでもいいんだけど」って言ったら、「この人には何を言っても無駄だってことがわかった……」と(笑)。
    ――手の施しようがない!(笑)。
    安田 娘から「いい加減、ギャンブルはやめて」って言われるんだけど、まあ俺のことがよくわかってるんだろうね。最低限言われてるのは「墓石代と葬式代だけは残しておいて。あとは何も期待していないから」って。
    ――受け入れてくれてるのか、見放されているのか……。
    安田 どっちだろうね。ガハハハハハ!
    ――でも、娘夫婦は会ってはくれるんですよね。
    安田 「いつでもいらっしゃい」とは言われる。孫もかわいいよ。孫のことはね、もうちょっと体育会系でビシっと教育したいんだけど。
    ――厳しいおじいちゃんになりたい。
    安田 やってみたい夢はあるわけですよ。孫と一緒にでどこかに出かけてね、ビシっと怒りたい。
    ――ヘタにしつけると、娘さんに怒られるんじゃないですかね。
    安田 そんなの言わなきゃ、わからないじゃん。
    ――お孫さんが二度と近寄らないですよ!(笑)。
    安田 そんときはそんときでしょ。いまでも怒りたいけど、他人の子だからさ。
    ――他人の子って血は繋がってますよ。
    安田 いやいやいや、4分の1だけだから。娘夫婦の育て方があるし、それをジャマしたり、否定する気もないけどね。
    ――ところで相撲とプロレスという厳しい縦社会で生きてきた安田さんからすれば、今回の日馬富士騒動をどう見てるんですか?
    安田 あれはモンゴルから出稼ぎに来てる者同士がケンカしただけ。横綱といったって外国人同士のケンカ。なんでモンゴル人同士がケンカしたことをテレビで大騒ぎしてるの?って話。いくら彼らが日本語をベラベラしゃべるようになったからって、日本という国をちゃんと理解してるわけじゃないんですから。ケンカしても次の日に握手すればモンゴルではオッケーなんだろうけど、いまの日本はそのケンカを見て通報する人がいたり、片方が訴えたら事件になっちゃうんだから。
    ――安田さんのいた頃の相撲界でもし起きていたら、ここまでの騒ぎになってましたかね?
    安田 昔だったら、こんな大袈裟な話にはなってないよね。いまの子はある意味でかわいそう。なんかありゃあ、すぐに騒がれるから。
    ――安田さんが生きた時代はいい時代だった?
    安田 いいのか悪いのか。こんな人間になっちゃったから(笑)。
    ――この件で相撲協会と対立している貴乃花親方の行動はどうご覧になってますか?
    安田 馬鹿だろ!
    ――ストレートですね!(笑)。
    安田 馬鹿でしょ。やりたいことはわかるんですけど、相撲協会の一員でしょ。自分の会社を陥れてどうするの?って。しかも自分が理事長なのに。あれがまだイチ親方の立場だったらわかるんだけど、次期理事長と言われてる人がやることじゃない。じゃあ相撲協会から出ていくのかよ?って。もう“馬鹿乃花”ですよ!
    ――貴乃花ならぬ“馬鹿乃花”!
    安田 現役時代はガチンコでやってきたからどうのこうのって、じゃあオマエはいま何をやってるの?って。親方だろ。そこで人生を切り替えろよって。いままで“馬鹿乃花”もあの組織の枠の中で守られてきたわけじゃん。
    ――相撲協会という組織に守られてきた、と。
    安田 ちょっとしたことは昔だったら、もみ消せたしね。いまは違うんだろうけど。そのへんを踏まえてやれよと。いくら「クリーンに!」とは言っても、世の中そこまでクリーンじゃねえだろって。クリーンすぎるとやりにくいよ、逆に。いいことないよ。頭使えよ、“馬鹿乃花”。
    ――いまの相撲界は、かわいがりもできないみたいですね。
    安田 かわいがりってね、制裁のかわいがりもあれば、強くするためのかわいがりもあって、2つあるんですよ。制裁のやつは、何か悪いことしてるんだって。
    ――安田さんも、現役時代はかわいがりを受けたんですか?
    安田 いっぱい!(かわいらしく)。
    ――ハハハハハハハハ! 安田さんは最高位は小結ですから、期待を込めたかわいがりですか?
    安田 いやいや、期待されていない。俺はオマケだもん。
    ――小結までなったのに?
    安田 俺なんかは一山いくらだよ。だって、いまの八角理事長(元横綱・北勝海)と同期。八っちゃんとは15歳のときからの付き合いだからさ。あと北尾もいた。
    ――「花のサンパチ組」と呼ばれた世代ですね。
    安田 俺らのときは相撲教習所の中に土俵が2つあって、外にも2つあった。とくに期待されていなかった俺は外の土俵。ABCDに分けたとすると、俺なんかCですよ。ケツから2番目、落ちこぼれ。
    ――そこそこ上にいければいいかなっていう。
    安田 そうそう、幕下に上がれればいいかなって。かわいがりはある程度になったら受けないもんだけど、俺は幕の内のときでもあったよ(苦笑)。「ゴルフ行くなよ」って言われて隠れて行ってね。
    ――ゴルフ禁止だったんですか?
    安田 そこにはいろいろあるわけよぉ。あるとき千代の富士さんが脱臼してゴルフに行けなくて。俺は「稽古場に最後までいろよ」って命令されたんだけど、風呂にも入らないでゴルフ行ったらバレちゃって。それで次の日、かわりがり。
    ――「俺がゴルフできないのにコノヤロウ!」という(笑)。
    安田 俺の場合、悪いことをやったから、かわいがり……ではないよ。サボったり、嘘をついてとか。「稽古したか?」「はい!」って返事したんだけど、話に辻褄が合わなくなっちゃってかわりがりとかね。部屋の金を盗んで……という奴もいたよね。俺は金を盗むくらいなら、借りるから(笑)。
    ――相撲時代は博打でかなり散財したんですよね。
    安田 野球賭博でクビになった貴闘力と一緒。俺はその前の時代の人間だったから、もっと凄かったよ。いまだから言えるけど、◯◯◯さんがやってる賭場に行ってたからね。
    ――いまでも言っちゃダメのような(笑)。あの頃はバブル絶頂期ですし、マンション麻雀なんかも超高レートの賭場が立ってたみたいですよね。
    安田 「マンション麻雀は相手が組んでるからやめろ」って言われた。俺が行ってたのは、雀卓の隣にバカラ台があったところで。
    ――それも特殊なシチュエーションですね(笑)。
    安田 もうこういう話はやめようよ(笑)。マジメに改心して、ペリカを貯めながら生活してるんだからさあ。
    ――いやいやいや(笑)。お相撲さんって博打が好きなんですかね?
    安田 だって基本的にヒマじゃない。俺らの時代からだよ、稽古が終わったあとにスポーツジムで筋トレをすることが流行りだしたの。古い親方によっては「何が筋トレだバカヤロウ!」って怒られてね。「筋トレやったら脇が開くだろ。そんなヒマがあったら鉄砲をやれ!」と。でも、九重部屋はジムに行ってると小遣いもらいましたもん、5万円くらい。 
    ――稽古後はとくに何もすることがないから、部屋でも外でも博打をやるってことになるんですね。・博打奨励!? 相撲で勝ちたいなら賭け事をやれ!
    ・貴闘力と野球賭博
    ・相撲と八百長、暴力の実態
    ・八角理事長には500万円の借金がある
    ・佐々木健介と新日本道場……安田忠夫の1万字激白はまだまだ続く!


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  • 【全文公開中】選手組合「日本キックボクシング選手協会」とは何か?/佐藤嘉洋インタビュー

    2018-01-23 12:09  
    元キックボクサー佐藤嘉洋氏( @yoshiHEROsato)が代表を務める日本キックボクシング選手協会が一般社団法人の設立および運営資金の調達を目指してクラウドファンディングを開始した。選手側の立場からキック界の改善を試みるという日本キックボクシング選手協会。佐藤氏は発足前からウェブ上でその意義について発信し、Dropkickも佐藤氏を取材していたが、そのインタビューを再録します!(この記事は2016年3月に収録したものです)

    ――DropkickメルマガのユーザーはプロレスMMAファン中心なんですが、佐藤さんがWebなどで発信されている『日本キックボクシング選手協会』の発足についてはかなり関心があると思うんですね。
    佐藤 えっ、どういうことですか?(笑)。
    ――長年にわたり団体やイベントの隆盛や衰退を見続けてきてるので、システム刷新や組織論に興味があるというか。
    佐藤 あー、なるほど。
  • WARからイッテンヨンへ! ライオン・ハート時代のクリス・ジェリコ■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2018-01-23 11:46  
    75pt
    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回のテーマは「WAR時代のクリス・ジェリコ」です! 


    <これまでの連載記事! クリックすると試し読みできます!>「情」で生きる佐々木健介の激烈人生! <new!>プロレスラーで初めて大臣になった男、馳浩大森隆男のワイルドな全日本プロレスLOVE 暴走親方、諏・訪・魔!!嗚呼、阿修羅・原……修羅ごときそのレスラー人生!!冬木弘道は「俺はやっぱり死ぬんだな」とニヤリと笑った…完全無欠のプロレスラー!! ジャンボ鶴田超獣ブルーザー・ブロディ【涙のカリスマ】大仁田厚の邪道プロレス人生
    “四天王プロレス”の光と影――三沢光晴
    癌に勝った絶対王者・小橋建太“プロレス巨大組織”NWAとは何だったのか?呪われたIWGPが最高権威になるまで悲運の闘将ラッシャー木村、耐えぬき続けた人生 燃える男、アニマル浜口――!!“天龍番”が感傷に浸れなかった天龍源一郎引退試合全日本プロレスを二度は裏切れない……」秋山準馬場死去、三沢離脱……その後の全日本プロレスジョー樋口、和田京平…全日本プロレスを支えたレフェリーたち 我らが英雄ザ・ファンクスの凄み!  猪木を超えられなかった藤波辰爾――プロレス職人と野心の時代
    レスラーの野心が謎を生み出す……SWSに狂わされた男たち!
    「俺のほうがUWFより強い!」 誇り高き仮面貴族ミル・マスカラスプロレス史上最も過酷な闘い! G1クライマックス『週刊ゴング』の創刊と休刊まで……闘いのゴングはこうして鳴った!80年代タイガー、90年代ライガー! ジュニアヘビー級の歴史!!“リングの現実”に殉じたNOAHの栄枯必衰昭和のプロレスを支えた影の実力者! さらば永源遥――!!史上最も愛されたヒール! 黒い呪術師アブドーラ・ザ・ブッチャー

    輪島、北尾、曙……プロレスラーになった横綱たち!!
    全日本プロレスのすべてを知る男、渕正信
    鈴木みのるを変えた“全日本プロレスイズム”
    高山善廣が「帝王」と呼ばれるまで
    「プロレス取材の難しさ」
    一寸先はハプニング人生! アントニオ猪木!!オシャレでスマートな昭和の頑固親父! グレート小鹿――今回はクリス・ジェリコが「ライオン・ハート」としてWARに参戦していた頃のお話を伺いたいんですが、イッテンヨンのケニー・オメガ戦はいかがでした?
    小佐野 凄かったねぇ。ライオンはいま47歳でしょ?
    ――その年齢でおかしなことをやってました! というか、小佐野さんはジェリコを「ライオン」と呼んでるんですね(笑)。
    小佐野 WWEではレジェンド扱いされてるけど、いまでもケニー・オメガとあれだけの試合をやっちゃうわけだからね。
    ――縁の深い冬木弘道さんやエディ・ゲレロのムーブを見せたりもして。
    小佐野 WAR時代の必殺技だったライオンサルトを早目に出したのは、いまのファンはどこまで自分のことを知っているのかを探ったんだと思う。それで湧かなきゃやり方を変えたのかもしれないし。「まだ通じるんだな」っていう感触はあったんだろうね。
    ――ライオンサルトへの歓声にニヤリと笑った表情がたまらなかったですよねぇ。
    小佐野 ライオンはWARの頃から人気があったもんね。WWE日本公演でヒールとしてやってきても「Y2J」コールが起きて本人が困ったり(笑)。今回は見事にヒールに徹していて、彼なりにいままでのイメージを変えようとしていた。翌日の後楽園ホール大会に乱入したときも怖かったよ。昔のプロレスラーの雰囲気というか、「目を合わせたらヤバイぞ」っていう緊張感や迫力があった。あの人は、いざとなったら誰でも襲う人だよ。
    ――ジェット・シンと同じ狂気! 
    小佐野 アメリカ人の客が英語でライオンに野次ってたんだけど、そこにも向かっていったしね。邪道が若手レスラーに「ジェリコを止めろ!」と指示して、必死に控室に戻したけど。
    ――昔気質のレスラーってことですね。
    小佐野 昔はマスコミと言えども、レスラー相手にちょっとでも気を許したら襲われちゃうんだよ。いまそんなことをやったら暴行事件になっちゃうんだけど。お相撲さんが仲間内に手を出したら事件になる時代にマスコミにケガをさせたら大問題だよね。
    ――昔の記者会見は異様な緊張感がありましたね。一番ビックリしたのはリングス時代の前田日明記者会見。部屋にひとりひとり大声で媒体名と名前を大声で名乗って入室させられたことがあります(笑)。
    小佐野 それはそれで不思議だね(笑)。自分の経験でいえば、ブッチャーとシンの記者会見が一番怖かった。あの2人が世界最強タッグで組んだときの会見で、宍倉(清則)さんが大流血しちゃったんだけど。暴れたときに割れたコップの破片が当たったのかな。いまだったら完全にアウトだよ。
    ――宍倉さんだけに「生きていることが奇跡」!!
    小佐野 俺もシンのサーベルで殴られたことがあるけど(笑)。いまのファンやマスコミは「プロレスラーは手を出さない」って思ってるだろうし、まぁそれがあたりまえなんだけどね。
    ――昔のプロレスラーは、手を出すことに躊躇いはなかったってことですよね。
    小佐野 ただ、シンも慣れてくると、相手の靴を見て暴れてたけどね。エナメルの靴は、なるべく避けると(笑)。
    ――エナメルの靴は、ヤバイお方が履いてることを学習したんでしょうね(笑)。
    小佐野 そっち方面の話をすれば、テリー・ゴディと歌舞伎町で飲んでるときに、ゴディがバーの扉を壊すほど暴れて大変な騒ぎになったんだから(笑)。
    ――ハハハハハハハハ! 「歌舞伎町」の「バー」というだけで超ヤバイですよ!
    小佐野 怖い関係の方々が出てきて騒ぎを収めるのが大変だった。「不良外国人を帰国させろ」ということで全日本プロレスにも脅しが入って、私も馬場さんに怒られてね(笑)。昔は武勇伝や笑い話になったものがいまは不祥事になるから、プロレスラーの行動も変わってくるのは当然だよね。
    ――話は戻りますが、WARに参戦した頃のジェリコはどんなレスラーだったんですか?
    小佐野 彼とは仲が良かったんですよ。私はその頃『週刊ゴング』の編集長で、WARの会場に行ったときは新しい『週刊ゴング』をレスラーたちに配るんですけど。ライオンは日本のプロレスファンだったから、増刊号の広告を見つけて「このスペシャル・イシューもほしい」とか言い出してね。「日本語は読めないでしょ?」って聞いたら、『ゴング』に載ってるカタカナを読み始めたんですよ。
    ――日本好きが高じてカタカナをマスターしたみたいですね(笑)。
    小佐野 彼はFMWに参戦した経験はあるんだけど、WARで日本に定着するきっかけはウルティモ・ドラゴン。メキシコで試合をしてるときにウルティモに誘われてWARに参戦したんですよ。リングネームは「コラソン・デ・レオン」、意味はライオンの心臓。
    ――だからそのままライオン・ハートに。
    小佐野 ジェリコにとって好都合だったのは、WARに初めて来たのが新日本の業務提携がちょうど切れる94年の2月だったんですよ。新日本のジュニア勢がいなくなったこともあって、ライオンが頭角を表すようになった。ライオンが邪道・外道と仲がいいのは、彼らがW★INGをやめてWARに上がるようになったのはライオンがWARに初めて来たシリーズだったからなんです。WAR同期なんですよ。で、邪道・外道は3月に冬木さんと合流して冬木軍を結成し、翌95年2月にライオンも冬木軍のメンバーになった。
    ――冬木軍に加入して「ライオン道」を名乗ると(笑)。
    小佐野 インターナショナルジュニアヘビー級の初代王者は外道だけど、決勝戦の相手はライオンだったし、初代のジュニアタッグ王者は外道とライオンだからね。
    ――そのときの出会いが今回のイッテンヨンに繋がってるんですねぇ。
    小佐野 ケニー戦のレフェリーは、WAR出身の(レッドシューズ)海野ちゃんだしね。あと今回の試合を受けて、天龍さんがブログで「東京ドームWメインイベントの形で出場したジェリコを見て感慨深く思った」と書いたら、ライオン本人が日本語でお礼を書いていたよね。
    ――「あなたと戦争のために働いている」と返信したやつですね。「戦争=WAR」ということですけど(笑)、WARなくしては語れないドラマがたくさん詰まってたということですね。
    小佐野 ライオンが冬木軍に入ったことは大きいと思いますよ。冬木さんたちはライオンを「外国人」という扱いじゃなくて、仲間として迎えてくれたから。そういうこともあって日本のプロレスを深く理解することができたし、あそこまで人気が出たんじゃないかな。
    ――“ビジネスユニット”ではなかったという。
    小佐野 ライオンはヘビー級でもできる選手で。ライオンサルトがフィニッシュ技で当時はウォールズ・オブ・ジェリコは使ってなかった。ウルティモが嫌がってたのはトップロープからの雪崩式ダブルアーム・スープレックス。
    ――それは痛い!(笑)。
    小佐野 ほかには三角飛びのプランチャやミサイルキックを出していたけど、もともとカナダでキャリアをスタートさせてるからルチャっぽくないんですよ。ちょっと骨太な感じで、かなり荒くて危なかっしかった(笑)。
    ――その荒々しさもジェリコの魅力なんでしょうね。
    小佐野 余裕のある空中殺法ではない。ウルティモなんかは失敗してもリカバリーできるけど、ライオンは精一杯だったから見ててヒヤヒヤした。そんなに器用なレスラーではなかったんですよ。それくらい荒いほうが迫力があったってことなんだけど。95年の第2回スーパーJカップにはWAR代表として出てるからね。
    ――WARジュニアの顔だった。
    小佐野 外道とライオンの2人がWAR代表。決勝でライガーが外道を破って優勝したんだけど、ライオンは2回戦で新日本ジュニアの外国人トップだったワイルド・ペガサスことクリス・ベノワと一騎打ち。ライオンは負けたんだけど、クリスと試合をできたことに感激して試合後に泣いたんですよ。
    ――憧れのレスラーだったんですね。
    小佐野 ライオンはクリスと同じカナダ出身だけど、知り合いではなかったんですね。ライオンが新日本のビデオでベノワの存在を知って憧れるようになって。
    ――そんな2人がWCWやWWEに“逆輸入”されてスターになるんですから面白いですよね。
    小佐野 ライオンのWAR最後の来日は96年両国国技館2連戦が最後なのかな。このときはライオン道として来日してるし、ビッグ・タイトンも「ビッグタイ道」というリングネームになってるんだけど(笑)。
    ――馬鹿馬鹿しいですねぇ(笑)。
    小佐野 そのときライオンはWCWでクルーザー級のチャンピオンになっていてね。桜新町のイタリアンレストランで打ち上げがあったときに本人に聞いたんですよ。「WCWでブレイクしてるけど、向こうに行っちゃうの?」って。そうしたら「イエス。デモ、ワタシハ日本ヲ愛シテマス」と言ってくれてねぇ。この続きと、安田忠夫、RIZIN特集、ジェリコvsケニー、長州激怒、ローデス親子、ミゼットの現在などの記事がまとめて読める「11万字・記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
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  • 58000人動員のビッグビジネス! ポーランドKSWがそれでも年間4大会しか開催しない理由

    2018-01-19 08:38  
    60pt
    Omasuki Fightの北米MMA抄訳コラム「MMA Unleashed」――今回のテーマは「58,000人動員のビッグビジネス、ポーランドKSWがそれでも年間4大会しか開催しない理由」です!目下、世界でMMAが盛んな国といえば、米国、カナダ、ブラジル、英国、アイルランドといったところであろう。オーストラリア、スウェーデンといった国でも盛り上がりが見られる。しかしながら、長年にわたって順調にMMA人気が上昇し続けているという点で他の追従を許さないのが、ポーランドである。
    ヨアンナ・ヤンジェイチェック、マルティン・ティブラ、クリストフ・ヨッコ、ヤン・ブラホビッチ、カロリーナ・コバルケビッチなど、UFCでも近年、ポーランド人ファイターの活躍が目立ってきている。
    そしてポーランド国内でMMA人気をけん引し、トップファイター輩出の土壌となっているのが、首都ワルシャワに本拠を置くローカル団体、KSWである。KSWとはポーランド語で“Konfrontacja Sztuk Walki”の頭文字で、“マーシャルアーツの戦い”という意味なのだという。ブラホビッチ、コバルケビッチらはKSWから世界に旅立ったし、現在KSW所属のマメッド・ハリドフやマテウス・ガムロットといったポーリッシュMMAファイターは、KSWでの仕事を優先し、UFCからのオファーを断っているほどなのだ。この続きと、安田忠夫、RIZIN特集、ジェリコvsケニー、長州激怒、ローデス親子、ミゼットの現在などの記事がまとめて読める「11万字・記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
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  • 長州力の「オマエはプロレスやめろ!」事件とは何か?■事情通Zのプロレス点と線

    2018-01-18 22:55  
    60pt
    プロレス業界のあらゆる情報に精通する事情通Zの「プロレス 点と線」――。今回のテーマは、ひさしぶりに長州力がキレた!? 「オマエはプロレスやめろ!」事件です!(聞き手/ジャン斉藤)【コチラの事件もキレてます!】誰だと思ってるんだ!? ヤマモの「アイドルの腰掛け」発言とは何か?――た、た、た、大変です! 長州力プロデュース興行で大変なことが起きちゃいましたっ!!
    事情通Z 大変なことになったねぇ。もう長州力プロデュース興行には出番がないかも……。
    ――ホントに「ウェイヨー⤵……」な事件です。リングアナを務めたラッパーのUZIさんが大会翌日に大麻所持の疑いで逮捕されるなんて。
    Z そ、そっちかよ! たしかにその件も大事だけど、俺が言いたいのはメインイベントの長州力&飯伏幸太&伊橋剛太vs藤波辰爾&TAKAみちのく&関本大介のこと。DDT所属の伊橋選手の不甲斐ないファイト振りに、長州さんがバックステージで「プロレスをやらないほうがいい!死んじゃうよオマエ!!」と声を荒げてキレたという。
    ――かつて「俺をキレさせたら大したもんですよ」と言い放った長州力をキレさせるってある意味で凄い! 長州さんだけじゃなくて、伊橋選手と対戦した藤波さんもキレてたんですよ。「俺と対戦できるのは親の七光!」「もっと練習しろ!」などと罵倒して。
    Z それは鈴木みのるや秋山準が藤波さんの息子LEONAに言ったセリフだよ! いまLEONA選手は必死に頑張ってるんだから蒸し返すなよ。 
    ――間違えました。藤波さんは「ボクも戦っていて、これは違うだろと思った。キレそうになった」と言ってましたね。
    Z そもそもこの興行自体を振り返ってみると、長州プロデュース興行と銘打ちながら、そこまで長州さんのカラーの濃いカードはなかったんだけどね。長州さんと縁の深い選手がたくさん出てるわけじゃない。
    ――藤波さんと越中詩郎さんくらいですかね。
    Z 長州力プロデュース興行の主催者は、プロレスファンならご存知だと思うんだけど、SP広告社。新日本プロレスのフロントだったTさんが在籍している。
    ――SP広告社って、DDTブランドのひとつだったIGFの運営をしていた過去があったんでしたっけ。
    Z IGFじゃねえよ、DNAだよ。IGFがDDTのブランドになったら凄く面白くなりそうだけどさ。長州さんはSP広告社の顧問に就いているし、Tさんは一時期、飯伏選手のマネジメントもやっていた。長州&飯伏の初タッグ結成は集客面はもちろんのこと、そういう縁もあって決まったんだろう。
    ――そこで気になるのは6人タッグのパートナーに伊橋選手が選ばれたことです。長州さんは「オマエはやっぱり最後(メインイベント)に出ちゃいけない!」とも言い放ってましたけど……。この続きと、安田忠夫、RIZIN特集、ジェリコvsケニー、長州激怒、ローデス親子、ミゼットの現在などの記事がまとめて読める「11万字・記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1412013
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  • 笹原圭一RIZIN広報の大晦日総括と新年大展望「間違いなく賛否両論が巻き起こる隠し玉があります」

    2018-01-16 17:04  
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    恒例となった笹原圭一広報のRIZIN総括インタビュー! あんなことやこんなことがあったRIZIN年末や今年の展望――男子GPはやらない? 女子GPはこの階級?……などなどを13000字のロングインタビューでたっぷりと振り返ります!(聞き手/ジャン斉藤)【大晦日関連記事】堀口恭司RIZINバンタム級GP優勝インタビュー「いつもどおり戦いました」史上最高の大晦日! 堀口恭司から始まり、堀口恭司で終わった2017年のRIZIN――!!マネジメントから見た「堀口恭司UFC離脱からRIZIN GP完全制覇」まで■石井史彦
    浅倉カンナ“初代女王”インタビュー「MMAとの出会いが人生を救ってくれました……」笹原 今回の大晦日も疲れました……。
    ――おつかれさまです!(笑)。笹原さんは初の大晦日興行が行なわれた2000年からずっと携わってますけど、一度だけ大晦日に何もやらなかった年があったじゃないですか。
    笹原 2013年の大晦日ですよね。
    ――はい。翌年の2014年は、佐伯さんがさいたまスーパーアリーナでDEEPでやりましたけど。
    笹原 あのときのDEEPは会場まで見に行ったんですが、2013年だけですよ、何もなかったのは。その“何もない年末”を凄く楽しみにしてたんです。「昼間っから酒を飲んで、こたつに寝っ転がって紅白観て……ってどんなに素晴らしい年末なんだろうな……(ニヤニヤ)」って。
    ――興行があるときは準備だなんだで11月中からずっと忙しいわけですもんね。
    笹原 でも……“何もない年末”は、クソつまらなかったですね。
    ――年末がかわいそうな言い方!(笑)。
    笹原 テレビもすぐに飽きちゃったし、何もやることがなくて。2015年にRIZINを立ち上げるときに社長(榊原信行)に「年末は何かやってないと面白くないです!」と言った記憶があります。
    ――それは年末に仕事をしてないと刺激がないのか、普通に年末を過ごすのがつまらないのか、どっちなんですか?
    笹原 どっちもですけど、年末のイベントはずっとやり続けてきたことですし、大晦日は格闘技にとってシーズンピークじゃないですか。なかなかカードが決まらなかったり、「マジかよ!?」みたいなことが起こったりするんですけど、格闘技にとって一番のお祭りがないってことがつまらないんでしょうね。
    ――大筋は変らないと思いますけど、今回はいままでの大晦日と何か違った点は何かありましたか?
    笹原 やっていることは変わってないですけどね。変わってないけど、自分の年齢は重ねてますから。体力的にシンドいですねぇ。
    ――老化は止めようがないと(笑)。
    笹原 だって初めてやったのが18年前ですよ。その頃は永久電池くらい無限に働くことができましたけど、もうねぇ、動きませんよ。猪木さんが最近元気がない理由がようやくわかった気がします(笑)。
    ――笹原さんのやっている仕事って多岐にわたるから、何が大変か理解できない人も多いんじゃないかなって。
    笹原 そこなんですよ、Dropkickにもっとアピールしてほしいところは!
    ――ハハハハハハハ!
    笹原 ボクの名刺には単に「広報」という肩書きが入っているだけなんですけど、じつは広報業務はそこまでやってないんですよね。もっと地味なことやったり、時にはもっとえらそうなことをやったりしてるんですよ。
    ――笹原さんの仕事は「もっとえらそうこと」(笑)。
    笹原 なので初めての人と名刺交換するじゃないですか。そうすると相手がたまに「ただの広報という肩書きなのに、なんでこいつはこんな偉そうなんだ?」みたいな顔をされることがあるんですよ(笑)。かと思うと、イスや荷物を運んだり、使いっ走りみたいに走り回ったりもしているので、あまり面識のない人たちからは、たぶん気味悪がられていると思います(笑)。
    ――おおまかにいうと、イベント全体の統括だったりするわけですよね。
    笹原 MMAファイターが柔術、キック、レスリングといろいろとやらなきゃならないことがあるのと同じなんです。イベント制作、放送、券売、グッズ販売、競技、選手交渉…あとは格闘技EXPOもありますし、事前に準備したり、発注や指示したりすることが山ほどある。Dropkickの原稿チェックなんかしてる場合じゃないんですよ!
    ――ハハハハハハハ! 新年早々すいません(笑)。
    笹原 いや、原稿チェックはもちろん大事な仕事なんですけどね。こないだも某選手があるメディアから取材を受けたんです。取材があることはRIZINにとっても喜ばしいことなんですが、内容をチェックもしないまま掲載されそうになりまして。大慌てで誤解されそうな部分を修正しました(笑)。
    ――そういえば、PRIDE時代から残っているスタッフってあまりいないですよね……。
    笹原 なかなか残らないんですよねぇ。イベント運営って経験が物を言いますから、イベント全体を把握している人って少ないんです。なので全体を俯瞰して全て見えている社長からすると、「なぜあれができてないんだ」とか「ここをもっとこうすればいいだろ」みたいなことはたっくさんあると思います。で、「笹原、あれはどうなってるんだ」と、仕事が無限ループしていくわけです(笑)。
    ――そこに格闘技の知識、業界の常識も身につけてないといけない。ちょっと特殊職業すぎますね。
    笹原 誰も褒めてくれないから大きな声で言いますが、じつはなかなか大切な人材なんですよぉ! 
    ――“第2の笹原さん”を目指したい方はぜひRIZINに入社して、業界を背負っていただきたいですね(笑)。
    笹原 いつでもボクの仕事を譲ります! でも、なかなか次の世代が育ってなくて……。
    ――RIZINを立ち上げたときに笹原さんは「もう若くないから次の世代の人間が……」って言ってましたね。
    笹原 ああ、言ってましたね。いつになっても現れないから、PRIDEのときより働いてますよ!
    ――ハハハハハハハハ! ファイターのほうは世代交代がうまくいってることもあって、今回は大晦日史上最高の内容になりましたね。
    笹原 ありがとうございます! 内容的には大成功だと思いますね。ホントに素晴らしかった。
    ――「大晦日史上最高」と絶賛しながら、最初はギャビ・ガルシアの計量大オーバーの話から……。
    笹原 まずズンドコから始まったんですよねぇ、今回は(苦笑)。
    ――12.7キロオーバーって前代未聞ですよね。事前に異変は察知できなかったんですか?
    笹原 これは別にギャビだけじゃなくて、こちらは計量が厳しそうな選手は事前に気にしているんですよ。で、こまめに報告を受けるようにしているんです。ギャビについては、前日だか前々日の段階で「あと6キロくらい」って聞いていたんですよ。
    ――それは全然順調ってことですよね。
    笹原 そうです。彼女のサイズを考えれば最後に水抜きしてきっちり落ちるくらいの感じです。おまけに今回の95キロという契約体重は、前の試合と同じだったので、そこまで厳しい設定ではなかったはずなんですけど……蓋を開けてみたら12.7キロオーバーという、聞いたことのないくらいの超過だったと。
    ――もともと2人には体重差があるんだから契約体重には意味がない……なんて声もありましたが、減量してもらうこと自体に神取さんはメリットがあるわけですし。
    笹原 ギャビがどれだけ減量で苦しむかは、神取さんにとって当然プラスになりますからね。どうしてこんな大失敗をしてしまったかといえば、ギャビってメンタルが弱い……というレベルじゃないくらいコミュニケーションが上手に取れない人なんですね。小さい頃から身体が人並み外れて大きいことを理由にイジメに遭って、柔術に出会って自分を表現できるようになったんですけど、それでも何か大きな不安を抱えているんじゃないかって思うんです。  
    ――ギャビからは偏ったRIZIN愛を感じるときがありますね。
    笹原 RIZINは初めてプロ契約をしたイベントなので、当然思い入れは大きいと思います。ボクらもギャビには頑張ってもらいたい気持ちはありますけど、まずビジネスとしてお互いに守らないといけない約束ってあるじゃないですか。その信頼関係を作り直さないといけないですよね。
    ――減量失敗はよくあることなんですが、その後のギャビの言動が凄く危なっかしいんですよね。プロとしての自覚がちょっと薄いというか……。
    笹原 いきなりワッと注目を浴びたことで自分の存在を肯定されたんでしょうけど、プロとしての振る舞いはボクらも教えられてなかったし、自分で学ばなきゃいけないところもあります。たとえばマイクや入場がやたら長かったりするじゃないですか。そこもプロとしてちょっとズレてるし、これから学んでいくことなんだと思いますね。まぁでも、今回の体重超過の責任は、最終的には当然プロモーターである我々の管理ミスということです。これは真摯に反省しています。
    ――テレビ的には目玉カードでしたから、カード中止は大変だったんじゃないですか?
    笹原 ですね。テレビ的には間違いなく必要なカードでしたから。
    ――ネットでMMA情報をチェックしてる層だと神取vsギャビはやろうがやるまいがどうでもいいですけど、テレビでは価値がガラリと変わるという。
    笹原 MMAというスポーツや競技という観点から言えば、このカードは体重差や年齢差もあるし、やるべきではないという意見はごもっともだと思います。でも、そういう正論だけでは、世間は振り向いてくれないんですよ。まぁ、この話を始めるとキリがないのでやめときますけど(笑)。
    ――それこそ18年前からずっと繰り返し議論されていますね(笑)。3度目の正直じゃないですけど、今年の大晦日には……。 
    笹原 このまま毎回実現しないパターンで、5年くらい引っ張るかもしれません(笑)。
    ――そんなドタバタから始まりましたけど、バンタム級GPが両日ともに大爆発しました。
    笹原 試合内容とトーナメントという仕組みであそこまで見せられたことはホントに大きかったですね。このバンタム級GPは堀口恭司という存在がいることから始まったんですが、出場選手が並んだときは正直ちょっと地味かなって思っていたんですけど……選手全員に「正直スマンかった!」と謝りたい!(笑)
    ――ヴァー!!(笑)。いや、じつはボクもちょっと雲行きが怪しいかなと思ってました。川尻(達也)選手がバンタム級GP査定試合で負けたり、ほかの選手も1回戦で大きなインパクトを残せていなかったりしたので……。
    笹原 MMAファンからすれば楽しみで仕方ない企画だと思うんですよね。でも、堀口選手が優勝できるかどうか以外のテーマが作れていなかった。ところが29日の4試合すべてが凄まじかったことで、選手のキャラが一気に届いて、それまでのストーリーも浮き彫りになったってことですよね。
    ――たとえばRIZINでいきなり堀口恭司vs石渡伸太郎の再戦をやってもここまでの盛り上がりはなかったかもしれませんが、GPを通したことでさらに味わい深く楽しめたってことですよね。
    笹原 石渡選手の色気というか、「ザ・漢!」という感じも伝わりましたし、なにより大塚(隆史)選手が勝ち残ったことが凄く大きいと思うんですよね。彼が陰のMVPですよ!
    ――ああ、凄くよくわかります! アメコミはそこまで詳しくなくても、アベンジャーズやジャスティンリーグでヒーローたちが続々と集結する楽しさってわかるじゃないですか。大塚選手が割って入ってきたことで役者が徐々に揃ってくる快感がありましたね。
    笹原 じつは運営本部が一番盛り上がったのは、大塚選手がカリッド・タハから一本勝ちした試合なんですよ。「えっ、マジかよ!」って、スタッフのあいだからドヨメキが起こりましたから(笑)。私も試合後に思わず本人に「大塚くんが勝つと思わなかったよ!」って言っちゃって、本人が苦笑いしていたくらいですから(笑)。
    ――興奮のあまりとんでもなく失礼なことを言ってますよ!(笑)。
    笹原 それくらいあの勝利は大きかった!・「2018年は男子GPはやらないかもしれませんが、それに代わる隠し玉があります」・レフェリーのナイスジャッジ〜堀口恭司vsケイプのバッティング〜・那須川天心の衝撃マイク「ボクの試合、生なんですよね(ニヤリ)」・帰ってきた五味隆典・今年の女子GPの階級は……13000字インタビューはまだまだ続く!
    この続きと、安田忠夫、RIZIN特集、ジェリコvsケニー、長州激怒、ローデス親子、ミゼットの現在などの記事がまとめて読める「11万字・記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1412013
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