「古い時代に書かれた本を読むことに、どんな意味があるの?」と問われたら、答えは、「今が昔とくらべてどんなふうに変わったかを知るため」じゃないでしょうか。
1年間の「主夫」生活『主夫と生活』(アノニマ・スタジオ)は、売れっ子コラムニストだった主人公が仕事を辞めて、1年間「主夫」として暮らしたときのことを書いた本です。主夫がまだ言葉としてメジャーではなかった時代に、妻は仕事で収入を得て家計を支え、主人公のマイクは家族(妻と子供三人)を支えることを選びました。
その生活は、家事の大変さと、男が家にいることへの周囲の無理解と、夫と妻のおたがいへの不満、そして敬意に満ちた、ドラマティックなものでした。
時代は変わった女性が働くことに憧れ、家事から解放されることを望んだこの古き良き時代には、男女の役割を交換したり、役割分担をして新しい家庭のかたちを得ることができたかもしれません。でもいまはそんな悠長な役の交換をしても新しいかたちは見いだせないでしょう。
女性が家庭に縛られていた時代が終わり、キャリアウーマンがもてはやされる時代を経て、現在はむしろ家庭に入ることが憧れの対象になりつつある時代です。
本書の解説で、内田樹氏はこう記しています。
男女の役割をめぐって夫婦二人で必死に稼いでも、それでも若い人たちは生活が成り立たない。なにしろ、「専業主婦」がいまや「あこがれの職業」、「女性にとってのステイタス・シンボル」になりつつあるご時世である。
(『主夫と生活』P325より引用)
では現代に、この本を復刊したことにどんな意図があるのでしょうか。
それは、男女の役割をめぐって家庭を考える時代は終わったと、ということ。そして現代は「男だから」「女だから」という枠を取りはらって、人と人がともに暮らすことをよりピュアに考えるチャンスの時代なんじゃないかと知ることができる、ということではないでしょうか。
奇しくもこの本を訳した伊丹十三氏は、本書のあとがきがわりの対談のなかでこう語っています。
われわれ現代人にできることは、せいぜい、男も女も「人間」を目指すこと、ということになってしまうんでしょうね。
(『主夫と生活』P315より引用)
男も女も子供も大人も、それぞれが形にとらわれず、ともに暮らすだれかのために生きること。そのことを改めて考えさせてくれる本です。
[主夫と生活]
マイク・マグレディ著 伊丹十三訳 解説:内田樹
出版社:アノニマ・スタジオ
価格:1,600円(税抜)
全国書店にて好評発売中
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