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【Dropkick】レスリング五輪排除問題、その本質――柳澤健インタビュー
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【Dropkick】レスリング五輪排除問題、その本質――柳澤健インタビュー

2013-03-17 15:11
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    『1976年のアントニオ猪木』の著者として知られ、近著の『日本レスリングの物語』では日本レスリングの歴史を描ききった柳澤健氏が、世界的騒動となっているレスリングの五輪排除問題を徹底的に語る!そこには紀元前にさかのぼる騎馬遊牧民と西ヨーロッパの因縁があったのだった……濃厚2万字インタビュー!!(聞き手/橋本宗洋)

    ――レスリングがオリンピックの中核競技から除外されるというニュースで、世間的にも大騒ぎになっています。レスリング関係者、経験者は当然なんですが、一般のスポーツニュース、ワイドショー、ラジオのニュース番組あたりでもかなり大きく取り上げられてますね。
    柳澤 でも、基本的に日本人はレスリングに関心がないと思いますよ。関心を持つのは4年に一回だけで。
    ――まあオリンピックのときだけですよね。
    柳澤 そのオリンピックだって、どれだけの人がしっかり見てるかというと疑問でしょう。
    ――あ、そうか。トーナメント全体を見るというより、日本人のメダル争いしか気にしてないっていう。
    柳澤 私は普段、ほとんどテレビを見ないんです。だから、たまたま見たテレビでレスリングが扱われたり、今回だったら福田富昭さん(日本レスリング協会会長)が出てくると、凄くびっくりする。
    ――記者会見をやってましたね。今回の件は日本レスリング協会だけの問題ではないんですけど、日本で記者会見をやってるっていうので騒動の大きさもわかるというか。
    柳澤 福田さんはFILA国際レスリング連盟の副会長でもありますからね。マイナースポーツであるレスリングにとっては、事件はないよりあったほうがいいっていう感覚なんですよね。
    ――話題になることが大事、と。
    柳澤 グッドニュースでもバッドニュースでも、ニュースはないよりあったほうがいい。今回の問題にしても「レスリングがオリンピックからなくなる=日本の金メダルが減る」という危機感があったからこそ、みんなはレスリングがどれほど大切なものかを認識できた。逆にいえば、ニュースがなければ認識しなかった。
    ――そういう意味では、もしかしたらいいニュースなのかもしれないわけですか。
    柳澤 あながち悪いことばかりじゃないなっていう感じがします。もちろん「この危機を乗り越えられれば」という前提があっての話なんですけど。
    ――まさにそこなんです。柳澤さんは今回の除外の危機、乗り越えられると思われますか?
    柳澤 その前に、オリンピックというのがどんなイベントなのかを話しておいたほうがいいでしょうね。近代オリンピックが始まったのは1896年のアテネ大会からなんですが、なぜこの年、この場所なのかご存知ですか?
    ――古代オリンピック、つまり原点の場所だからアテネなんじゃないですか? で、クーベルタン男爵が提唱した……くらいしか知らないです(笑)。
    柳澤 普通そんなもんですよね(笑)。クーベルタンがどこの国の人かというと、フランスです。このころのフランスで何があったか。1870年に始まった普仏戦争、プロイセンとの闘いに負けて大ショックを受けた。
    ――プロイセンっていうのは、いまでいうドイツですか。
    柳澤 そう。ドイツ人って、フランス人より身体がデカいんですよ。フランス人はラテンだから、ゲルマンより小さい。いまサッカーを見てても、それは感じますよね。
    ――ドイツとか、あとオランダの選手はデカくて屈強な感じですよね。逆にフランスは華やかな技巧派。昔は“シャンパンサッカー”なんて言われてました。
    柳澤 普仏戦争の結果、フランス人は「我々が負けたのは身体が弱いからだ」っていう思想を持つようになった。そこで、「強靭な肉体」を作ろうというフィジカル・カルチャーが生まれた。ボディビルも、そこから出てきたんですよ。力持ちコンテストが流行ったりして、強健な、ムキムキの肉体にみんなが憧れるようになったんです。
    ――フランスは芸術の国っていうイメージがありますけど、フィジカルカルチャーの国でもあるわけですね。
    柳澤 かつては労働によって自然に身体が鍛えられてたんだけど、近代文明の発達によって身体が弱くなった。そこで「戦争に勝つには、やっぱり身体が大きく、強くなければ」という思想が生まれてくる。その思想の中には「世界に冠たるヨーロッパ、特にフランスは古代ギリシャの文明を受け継いでいるんだ」っていう主張も含まれている。捏造ですけどね(笑)。
    ――その主張が近代オリンピックの開催に結びつくんですね。戦争に負けたフランス人が始めたのがオリンピックだと。
    柳澤 古代ギリシャの彫像を見ると、素晴らしい肉体を持っている。それはスポーツが盛んだったから、オリンピックという文化があったからだということになって、それを復活させたんですね。そこでさっきの質問の答えが出てきます。近代オリンピックが1896年にアテネで始まったのはなぜか? アテネである理由は「我々は古代ギリシャからの文明を受け継いでいるんだ」っていう由来作りのため。1896年アテネの4年後に、1900年にパリで開催するためなんです。
    ――あぁ〜、なるほど。
    柳澤 20世紀という新しい世紀はフランスと共にが始まる、と。20世紀は1901年からですけど、1900年のほうが区切りっていう感じがしますから。そのタイミングで、フランスを世界の盟主とした、肉体を賛美する新しい文化を発信しようとした。パリ万博と同時開催ですね。
    ――戦争に負けたフランスが、新たに「ここが世界の中心なんだ」とアピールしにかかったわけですね。それに正統性を持たせるために、古代ギリシャを使ったというか。
    柳澤 そうそう。パリで近代オリンピック第1回を開催しちゃうと、「どうせフランスだけのお祭りだろ」となってしまう。だから、その4年前にアテネでやって権威をつけておこうということなんです。
    ――いったん遡ったという。
    柳澤 だから知っておいてほしいのは、近代オリンピックというのはフランス人がフランスを美化し、正当化し、賛美するためのものだということです。言ってみればその程度のもの(笑)。
    ――「オリンピックの商業化」とか「本来の精神が」って言われますけど、もともとがフランスのプロパガンダに近いイベントだっていう(笑)。
    柳澤 さらにその背景を説明すると、当時のヨーロッパの思想的潮流もあるんです。それまで、ヨーロッパはキリスト教に非常に抑圧されてた。建物も教会だけは立派だけど、普通の民家はみすぼらしい。みんな貧乏だったわけです。だから、オスマントルコにもさんざんにやられちゃった。『シンドバッドの冒険』に代表されるイスラムの商人が世界中を駆け巡っていた時代、ヨーロッパの商人たちはまったく活躍できなかったんですよ。結局、それはヨーロッパがローカルで貧しくて、キリスト教に抑圧されていたからなんですね。
    ――は、はい……。
    柳澤 あ、ちゃんとレスリングの話に戻るから大丈夫ですよ(笑)。だからキリスト教って、スケールは大きいけれどいまの新興宗教みたいなものなんです、基本構造としては。
    ――人々の精神を抑圧して、だから余計に頼らざるをえなくする、みたいな。
    柳澤 ええ。長い間キリスト教に抑圧され続けたフランス人は、ついにブチ切れてフランス革命を起こした。王権神授説は有名ですけど、王の権威はキリスト教の神に由来します。王を倒す革命は、神を否定することなんです。以後フランスには「信じるべきは神ではなく、人間の理性だ」という考え方が出てきた。キリスト教に代わって理性教みたいなものが生まれる。それが19世紀のヨーロッパなんです。神が支配するんじゃなく、理性ある人間が支配する世の中を作ろう、と。
    ――「神は死んだ」っていうやつですね。
    柳澤 そうです。ニーチェみたいな人が出てきて、理性を持った人間こそがこの世界に秩序をもたらすんだ、と。だからルーブルの外壁には、19世紀、20世紀の指導者の像がたくさんあるんですよ。
    ――人間こそが世の中を支配するという背景があり、その中でフランスに肉体賛美の文化が生まれて、それが国威発揚のオリンピックにつながってくる。そういう流れなんですね。
    柳澤 人間が秩序をもたらすっていうことは、人間のあいだの上下関係も自分たちで決めちゃうってことです。「我々が上で、君たちは下だからね」と。それで世界中を植民地にしていって。とにかく自分たちでなんでも決めちゃうわけですよ、ルールを。メートル法もフランス人が作ったものなんです。地球を測って、子午線の4千万分の1を1メートルに決めた。いまの世の中も、そういう近代ヨーロッパの思想の流れの中に存在していると考えて、まず間違いないです。
    ――「IOCは理事の人選に偏りがある。ヨーロッパ中心すぎる」っていう批判があるけど、もともとそういうもんなんだと。その背景には、ヨーロッパが決めた“世界の秩序”があるわけですね。しかも、それはいまも変わってない。オリンピックの場合は、さらにそこに古代ギリシャという由来もくっつけて。

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