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記事 27件
  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第27回 「東京にボーダレスな世界をつくりたい!」

    2018-01-30 07:00  
    540pt

    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、2018年夏から始まることが発表された、東京の常設展「teamLab Borderless」の構想について猪子さんが語りました。今回初めて「ボーダレス」という直接的な表現を使ったチームラボが、この展示にかけた思いとは? そして、二次元と三次元の境界を超える、新しい鑑賞体験とは?(構成:稲葉ほたて)
    「teamLab Borderless」開園!
    猪子 2018年の夏から、東京のお台場に巨大な常設展を創ることになったので、今日はその構想について話したいな。場の名前は「MORI Building DIGITAL ART  MUSEUM: teamLab Borderless」。作品群によって一つの世界を作ろうと思っている。
    ▲2018年初夏より始まる東京・お台場の常設展「teamLab Borderless」。
    ▲'Ultra-technologists' to open digital-only museum in Tokyo(CNN, 28th January 2018)
    宇野 2016年にブレグジットがあって、トランプの当選があって、世界は明らかにグローバル化と情報化のアレルギー反応の時代に突入して、これらの流れをせき止めるためもう一度「壁」を築く動きがあちらこちらで出てきている。そしてチームラボは2017年1月のロンドン展「teamLab: Transcending Boundaries」あたりからずっと、このアレルギー反応にさらに反発して「境界のない世界」を擁護する立場から作品を発表しているわけだけど、今回はついに展示会のタイトルまで「ボーダレス」になったわけだ。
    猪子 実はこれまで、「ボーダレス」という直接的に言葉は使ってこなかったんだけど……。
    宇野 いや、直球だけど、それくらいがちょうどいいよ。だっていま、境界のある世界と境界のない世界で対立が起きてることに気づいている日本人なんて、人口の5%よりも少ないんじゃないかと思うからね。「ボーダレス」という単語がなぜ選ばれたかを考えてもらうだけでも意味があるよ。それで、これはどんな展示になる予定なの?
    猪子 基本は2フロアあって、10,000㎡くらいの規模感だね。『インタラクティブ4Dビジョン』という作品と同じようにLEDを空間に埋め尽くした立体的なビジョン(以下、『4Dビジョン』)を使った巨大な新作とか、『秩序がなくともピースは成り立つ』というホログラム群の作品、そして2017年の北京の展示会で発表した『花の森、埋もれ失いそして生まれる』(以下、『花の森』)とかを展示できるといいなと思っているよ。
    今回は作品が動き出すんだ。作品は定位置に留まらず、自ら移動する。例えば、『追われるカラス、追うカラスも追われるカラス、そして超越する空間』(以下、『カラス』)のシリーズとなるような作品を創るんだけど、その作品は『カラス』の空間から飛び出していくんだ。飛び出した『カラス』の作品は、たとえば、『秩序がなくともピースは成り立つ』のホログラムの空間に行ったら、ホログラムで表現された『カラス』の新しいシリーズが始まる。あるいは「チームラボジャングル」でやった『Light Vortex』という光の線による彫刻シリーズの作品があるんだけど、その中に入っていくと光の線で表現された『カラス』が始まる。『4Dビジョン』のLEDのドットのなかに、『カラス』が入れば、光のドットでカラスが表現され、空間を立体的に飛ぶ。『カラス』が『花の森』の中を飛べば、『花の森』は『カラス』の影響を受ける。
    そんなふうに、本当に作品の物理的な境界がないどころか、作品そのものが移動先の空間やメディアによって違う様相を見せる展示にしたいんだよ。
    宇野 ある作品が他の作品に刺入することで作品間の境界が喪失する、というのはロンドン展からはじまったコンセプトだけど、今回はその発展形でひとつの作品が移動するごとに形態を変えていく。しかし、それは当然の進化だね。というかそうじゃないと本当はいけない。境界がなくなって自由になっても、そのことで自分が変わらないと意味がないのと同じだね。
    猪子 これまでは、作品は、作家の思いが物質でできたモノに凝縮されていたわけだけど、デジタルアートは物質から分離され解放されたので、作家の思いは、モノではなく「ユーザーの体験そのもの」に直接凝縮させていくという考えで創っていくことができるのではないかと思っていて。そうなったときに、モノを博覧的に並べるのではない、もっと最適な空間や時間のあり方があると思うんだよね。たとえば人間は動くことがより自然であるから、人々の体験に直接凝縮させることが作品であるならば、作品自体も人々と同じように動いていてもいいと思うんだよ。あとは、人の時間は刻々と進んでいくのに、作品の時間は止まっていたり、映像だとカットが入ったりする。その時間が止まっていたり、映像でいうカットが時間の境界を生んでいると思っていて、その時間の境界もなくしていきたいんだよね。
    宇野 言い換えると、従来の美術館アートとは、空間のコントロールだったわけだよね。つまり、人間がある位置からモノを見るという物理的な体験を提供する場で、突き詰めると、作品に反射した光を目がどう受け取るのかということでしかない。それに対して、チームラボは時間のコントロールを加えようとしてる。
    そのときにポイントになってるのが、20世紀の映像文化、たとえば劇映画のように、作品の時間に人間を無理やり合わせてないことだと思う。チームラボの展示は、人間から能動的に没入しなくても、自由に動き回る僕らに対して作品側が食らいついてくるんだよね。これって、絵画がインタラクティブじゃないという問題に対する回答だと思う。ほら、猪子さんは『モナ・リザ』を引用した名言を残していたじゃない?
    猪子 「モナ・リザの前が混んでて嫌なのは、絵画がインタラクティブじゃないから」ね。
    参考:猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉第4回 
    宇野 そう。これは他の鑑賞者の存在で作品が変化していけばむしろ『モナ・リザ』の前は適度に混んでいればいい、という発想だったと思うのだけど、それは言ってみれば人間と人間との関係に対するアートとテクノロジーの介入なわけだ。対して、これらの作品はひとりひとりの固有の時間にもっと直接的にアプローチしているよね。人間と時間との関係に介入している。北京で展示した『花の森』がまさにそうで、「これもう観たっけ?」と思いながらウロウロする、あのとき僕らは通常の空間感覚を喪失して、さらには時間の間隔も麻痺しているのだけど、この「迷い」こそが作品体験になってるよね。
    猪子 そうそう、作品と自分の肉体の時間が自然と同調して、その境界がなくなってほしい。ただ、自分の肉体の時間と境界を感じにくい時間軸の世界を作るわけだから、それってどこかで現実世界そのものになっていくんじゃないかな、とも思うんだけどね。
    時間感覚に介入する意味とは
    宇野 ここで猪子さんが時間に注目していることは、すごく重要だと思う。
    何年か前、猪子さんが「21世紀に物理的な境界があるなんてありえない」と言っていたときから、このプロジェクトは始まっていたんじゃないかと思う。というのも現代って、モノが切断面や分割点になりにくい時代だと思うわけ。たとえば、工業社会においては、車やウォークマンを持っているかどうかで、その人のライフスタイルや世界の見え方はだいぶ違っていたはずなんだよ。
    でも、いまはどちらかというと、「Googleをどう使うか」とかのソフトウェアの影響力の方が強くなってきている。そしてそれらがコントロールしているものは、究極的には人間の時間感覚だと思うんだよ。空いた時間をどう使うかとか、買い物に行く時間をAmazonで省略するとか。インターネットが出てきた瞬間に空間の重要性はぐっと下がったから。そんなふうに、いまはモノという空間的なものよりも、時間のほうが世界を分割していると思うわけ。
    たとえば、ドッグイヤーとかいうじゃない? 東京やロンドンのような都市部の情報産業に勤めている人間と、ラストベルトの自動車工の人では全然別の時間感覚を生きていると思うんだよ。だからこそ、時間感覚に介入しないと境界線はなくならない。これはかなり本質的な変化だと思う。
    猪子 なるほど。
    宇野 あと、もう一つ付け加えるとするならば、時間はコピー不可能なんだよね。『モナ・リザ』という作品を何回も観たい人はいると思うけど、極端なことを言うと、もし記憶が永遠に続くなら一回観れば十分なわけじゃない? でも、チームラボの今回の展示って、時間感覚によって作品が変化するから、一回一回の体験が固有なものになる。
    すでに理論上、我々は人間の網膜の認識よりも解像度の高い映像を作ることができる。それは複製技術ができた時点から始まっていたと思うんだけど、そうなったらますます美しい写真や映像のような、情報に還元できるものは希少価値を帯びなくなってくる。こんなことを言うと怒られるけど、僕らはもう『モナ・リザ』の現物とほとんど変わらないモノを、簡単に手に入れられるようになる。
    そうしたときに、モノの持つアウラみたいなものは、ほとんど意味がなくなるんだろうと思う。だから、チームラボが時間感覚に介入しようとしているのは、すごく重要なことだと思うよ。
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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第26回 超巨大スケールの「デジタイズド・ネイチャー」を実現したい!

    2017-12-21 07:00  
    540pt

    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、パリ・中国・福岡・オーストラリアなど、国際的な場所で行われている最近のチームラボの展示を中心に、「境界のない世界」を表現するときの2つのアプローチについて考えました。北京オリンピックの開会式を手掛けたチャン・イーモウのショー『印象大紅袍』に衝撃を受けたという猪子さんが実現したい展示とは。そして猪子さんの故郷・徳島に馴染み深い「鳴門の渦潮」をモチーフにした新作にみる、新境地とは――?(構成:稲葉ほたて)
    パリに作り上げる「境界のない世界」
    猪子 来年、フランス、パリのラ・ヴィレットで展覧会「teamLab : Au-delà des limites(境界のない世界)」をします。コンセプト自体は、ロンドンで今年開催して、オープン2日目に全日のチケットが埋まった展覧会「teamLab: Transcending Boundaries」の延長だけど、会場が約2000平米と大規模になって、全く違う展覧会なんだ。

    ▲チームラボは、2018年、パリで展覧会「teamLab : Au-delà des limites(境界のない世界)」を開催。 
    宇野 会場自体がひとつの巨大な空間の作品みたいになっていて、チームラボワールドがぎゅっと凝縮されている感じなんだね。
    猪子 そう、多くの作品同士が混ざり合って、ひとつの空間を成しているんだ。
    入口は二つあって、一つの入口は、『グラフィティネイチャー』 につながっていて、その山を登って越えることで、他の作品に入っていけるようになっているわけ。他にも『秩序がなくともピースは成り立つ』や『追われるカラス、追うカラスも追われるカラス、そして超越する空間 』の発展形となるような作品の空間もあるんだけど、作品内のキャラクターやカラスたちは、他の空間に自由に出入りしていくんだよね。
    宇野 最近、チームラボは「境界のない世界」を表現するときに、二つの路線をとっていると思う。
    一つは、実空間で開放的に展示する「デジタイズド・ネイチャー」のシリーズ。そこでは、普段の生活では実感できない自然や歴史との接続面を可視化することを試みている。つまり、昼では見えない夜の世界を表現している。それは同時に、人間の身体的な知をいかに引き出していくかという試みでもある。
    それに対して、ロンドンの個展の延長線上として、作品同士の境界線をなくすという路線がある。こっちは「境界のない世界」を、むしろ情報テクノロジーで作られた閉鎖的な空間で表現しているよね。一定規模の空間に作品をかなり凝縮している。
    猪子 確かに、そうかもしれない。
    宇野 つまり、前者の「デジタイズド・ネイチャー」シリーズは人間の身体へのアプローチで、後者の作品同士の境界線をなくすというコンセプトの展覧会は、世界観の表現になっている。メッセージはどちらも同じなんだけれど、アプローチの方法が違う。
    そう考えると、2016年の展覧会「DMM.プラネッツ Art by teamLab」は、それらのハイブリッドだった点が良かったんだろうね。あと、個々の作品もすごく良かったけど、なにより最初に展示されている『やわらかいブラックホール』で、まず我々の身体にアプローチして、現実空間の認識がものすごくリセットされるわけじゃない? それくらいの仕掛けが、もしかしたらこのパリの展示にもあるといいんじゃないかなと思った。

    ▲『やわらかいブラックホール』 
    チャン・イーモウにチームラボはどう応えるか?
    猪子 話変わるけど、ちょうどこの前、中国に出張したとき、衝撃を受けたことがあって。北京オリンピック開会式の演出を手がけたチャン・イーモウの『印象大紅袍』というショーに出張先のクライアントに連れていってもらったんだけど、これが本当に凄まじかったの。

    ▲『印象大紅袍』の様子
    武夷山という山水が有名な中国の世界遺産でやってるんだけど、屋外に360度回転する巨大な客席を作って、さらにショーの舞台としても、ある方向には古い街並みまで作り込んでる。それらを、客席がぐるぐる回転しながらショーを見ていくの(笑)。
    別の方向には、客席の目の前が、崖と川、その向こうには山、つまり目の前に世界遺産の景色があるわけだよ。それで、例えば演者が「山!」と叫ぶと川の向こうの山に光がついて、川の向こうから帆船が30隻くらい来たりもして。あまりにスケールが大きすぎて豆粒みたいな大きさにしか見えないんだけど、ちゃんとその船の上にも演者さんがいて、船の上から芝居をやってるわけ。
    宇野 もう、色々とスケール感がすごいね(笑)。
    猪子 この武夷山は武夷岩茶というお茶の産地として有名なんだけど、この演目はそうした茶の歴史や文化を紐解いた物語になっている。だから、最後に演者さんがバァーと観客席に上がってきて、何をするのかと思っていると……僕らの目の前でお茶を振る舞ってくれるの! それがあまりに衝撃で、お陰様でその瞬間から僕は岩茶が世界一美味しいお茶だと思い込んでしまってるよ(笑)。
    しかもこの公演、中国の6箇所の世界遺産でそれぞれの土地に合わせたショーをやっているみたいなんだよね。世界遺産という素晴らしい場所をフルに活用して、昼は普通に散策できて、夜はその場所を生かして作り込んだ歴史的なショーをするわけ。もう、「模範解答だ!」って思ったよ。
    宇野 6箇所もあったら、全ての公演をコンプリートして観たいという欲を駆り立てられるよね。しかも絶対に一晩では、一つの場所で一つの公演しか観れないから、繰り返し行く動機になる。季節によっても様子が違うだろうし。それにしても、スケール感が圧倒的だよね。こんなこと、日本ではできないんじゃない?
    猪子 スケール感のあるショーって、たぶんアメリカ型の20世紀の舞台芸術をパワーアップさせたシルク・ドゥ・ソレイユがあって、ヨーロッパではオペラでたまに素晴らしい試みがある。今回の中国の『印象大紅袍』は、また違った形で発展させていて本当に感服した。
    宇野 経済発展をしながら北京オリンピックとかを乗り越えた中国が、世界遺産という巨大な舞台装置を使ったショーをこの規模でやれているということだよね。自信を感じるよ。
    猪子 実際、すごいクオリティだったから。
    宇野 ただ話を聞く限り、やっぱり20世紀型のショーなのは気になった。昼に自然を楽しませ、夜に人工的に作り込んだものを見せるという発想はチームラボの「デジタイズド・ネイチャー」シリーズの発想と近いけれど、『印象大紅袍』は、「作り込まれたものを観客が受け取る」という劇の根本的なコンセプトは崩してないわけでしょ。
    猪子 そうだね。
    宇野 だからこそ、僕はこれに対して、チームラボのノウハウを使って打ち返すべきだと思うよ。作品が展示された夜の街を人々が歩いていると、テクノロジーの力で可視化された歴史の文脈に接続されていく、みたいなものの方がいいと思う。
    猪子 それがさ、実際に『印象大紅袍』を観終わったぐらいの時期に、たまたまチャン・イーモウから「新しいプロジェクトを相談したいんだけど?」ってメールが来たんだよ。すごくない!? もう、どこかからチャン・イーモウに見られているんじゃないかと思ったよ(笑)。
    宇野 でも、チームラボに声がかかるのは必然だと思うよ。やっぱり20世紀って、メディア表現が異様なまでに奇形発達した時代で、今その揺り戻しが起きてるのが誰の目にも明らかなわけだよ。そこで、そもそもハリウッド映画はブロードウェイへのアンチとして始まったけれど、もはや劇映画自体が広くは終わろうとしていて、その中で舞台芸術を制作する人は自分たちのターンが回ってきてることを分かっていると思う。実際、モニターの中の情報を受信するのではなく、人々が足を運んで自分が体験するということが娯楽や文化の中心になりつつあるわけだしね。
    ただ、そこで従来の舞台芸術をやるのでは、ただの権威ビジネスにしかならないから、もっと大衆に開かれたものにアップデートする必要があると思う。つまり、表現そのものに手を入れなきゃいけないタイミングにきていて、そうした状況の中、チームラボのアートは特に魅力的に映っているんじゃないかな。猪子さんは前に「自分の最終目標はポスト劇映画としてのデジタルアートだ」ということを言ってたけれど、劇映画によって文化の中心の座から転がり落ちてしまった舞台芸術が、そうしたチームラボに声をかけてるのは面白い力学だよね。
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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第25回「森と一体化したい!」

    2017-10-16 07:00  
    540pt

    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、佐賀・武雄の御船山楽園で10月29日まで開催中の展覧会について、現地で作品を鑑賞した宇野と語り合いました。「森と一体化するまで魂を込めた」というその展示で、猪子さんはどのように「デジタイズドネイチャー」の作品たちを進化させたのか? そして、「行けば価値観が変わる」というヨーロッパの魅力とは?(構成:稲葉ほたて)
    デジタイズドネイチャーと「書」の意外な共通点とは
    宇野 佐賀・武雄で開催中の「資生堂 presents チームラボ かみさまがすまう森のアート展」に行ってきたので、今日はその話からしたいな。まず良いなと思ったのが『岩割もみじと円相』(以下、『岩割もみじ』)。猪子さんから聞いていた構想よりも、実物がめちゃくちゃ良くてびっくりした。
    ▲『岩割もみじと円相』 猪子 これは、円を一筆で空間に描く『円相』を、岩にプロジェクションしたものだね。木が生きる力でできた岩の裂け目の影と、黒い書の区別がつかず、一体化していくのが良いでしょ。
    宇野 これは、「デジタイズドネイチャー」シリーズの「普段我々には見えていないものを情報技術の力で見えるものにする」というコンセプトを思いっきり直接的に、それもシンプルな構造なのに圧倒的な情報量で表現できていると思う。たとえば、今回の展示にあった『増殖する生命の巨石』にしても、花の映像を投影して時間軸を加えてあげることによって、僕らは岩肌の質感や起伏とかの魅力を初めて理解できる。そしてこの『岩割もみじ』はそこからもう一歩踏み込んでいると思うんだ。
    ▲『増殖する生命の巨石』 宇野 まず木というものは、当然だけど地面より上の部分しか僕らは目にすることができない。ところがこの『岩割もみじ』はまるで巨岩の上に木が生えているように見える。その結果、岩の部分に普段は目にすることができない、隠された自然のメカニズムを表現しているように見える。岩の部分に投影される「書」のアニメーション、そして光線を当てられることで鮮明に浮かび上がる岩肌のテクスチャーが、そのメカニズムを表現している部分だね。
    猪子 なるほど。
    宇野 しかも、これは「書」という作品のモチーフとうまく重なり合っていると思う。「書」ってそもそも平面と立体の中間物だと思うんだよね。僕らが普段見ている書って、トメハネなどの痕跡から、見えない立体的な動きを想像させるものでもあるけど、このシリーズでは、そうした立体が平面に焼き付くという中間性を、具体的にその痕跡の再現で表現してきたわけだよね。
    そう考えてみると、「本来は見えなかったものを情報技術で可視化している」という点において、「書」のアニメーションとデジタイズドネイチャーは似てるんだよ。昼間に行ったときは見えなかったから、より一層、作品の持つコンセプトが非常にうまくいってると感じた。
    「かみさま」がすまう展覧会
    宇野 ちなみに、個人的に1番良かったのは『かみさまの御前なる岩に憑依する滝』(以下、『滝』)。
    ▲『かみさまの御前なる岩に憑依する滝』 猪子 これは光の滝が、稲荷大明神にある巨岩に降り注いで、巨岩の形にそって滝の軌跡ができていく作品だね。
    宇野 まず見せ方が良かったと思う。御船山楽園の中心点まで行って、さらに階段を登っていったゴール地点としてこの作品が登場してくる。まさに「神」感があった。デジタルアニメーションの「滝」と出会うことで、「神」の岩の圧倒的な情報量と質感が夜の闇の中に浮かび上がる。『岩割もみじ』のような複雑な構造があるのではなく、ものすごくシンプルな作品なのだけど、御船山楽園のあの敷地の、あの位置に鎮座していることで、ぜんぜん見え方が違うよね。
    猪子 まるで天空から森の天井を突き抜けて滝が降ってきているように見えるし、神感があるよね。
    宇野 ただ、ここでの神って、決して何かを超越したものではないと思うんだよね。あくまで「実は我々が生活空間の中でも日常的に触れてるんだけど、普段は見えないもの」が、チームラボのアートの力で可視化され、「神」性を宿しているんだよ。まさにこれは僕らの世界と地続きの場所に住んでいる「神」。今回は「かみさまがすまう森のアート展」という名前だけど、この展覧会はまさに、チームラボの考える「かみさま」のありようがすごくよく出ていると思う。実はチームラボって、作品タイトルには「かみさま」とつくものがいくつかあるけど、「神」というテーマ自体はあまり扱ってこなかったと思う。今回の『滝』は、その中でも、チームラボの考える神が最も前面化してる作品になっているんじゃないかな。それも作品単体で完結するのではなく、展示方法と有機的に繋がったロケーションと配置があるからこそ機能するものになってるのが面白い。
    だからこそ、『岩壁の空書 連続する生命 - 五百羅漢』(以下、『五百羅漢』)の付近にあった、近代的な装飾やお供え物は、余計だと思ったかな。あの観光客を対象にしたセンス丸出しの、適当に印刷したような垂れ幕みたいなものは、絶対に無い方がいい。これを作った仏師たちも、絶対こういう飾られ方されたくないと思うよ。それに、ドーンと垂れ幕の正面に「五百羅漢」って書いてあったけどさ、パルテノン神殿に「パルテノン神殿」とか書かれた看板なんてないでしょ(笑)。いまどきの感覚で言えば、京都のローソンでさえ外観は茶色なわけだし、ああいうのはやめたほうがいいと思うな。
    ▲『岩壁の空書 連続する生命 - 五百羅漢』 猪子 確かにそうだね……垂れ幕をとってもらうことをお願いして、今夜からとってみよう。
    ちなみに、あの場所はもちろん庭ができる前からのもので、だから御船山楽園の管理ではなかったんだ。でも、五百羅漢を彫った行基の宗派はもうとっくの昔になくなっていて、今回の展覧会を創っていく中で調べていくと、最近、いつの間にか御船山楽園の管理に移っていたみたいなんだよね。御船山楽園のオーナーも気が付いてなかったけど(笑)。
    宇野 鎌倉以降の仏教の影響が世俗的には決定的になってるからね。じゃあ、あそこは誰が管理してきたのかよく分からないんだね(笑)。
    僕は、もしあの近代ツーリズムの産物みたいなものを取り除くことができたら、この『五百羅漢』を、さっきの『滝』と対置させたら面白いと思うよ。「人間が作った仏」である『五百羅漢』と、「自然の神」である『滝』が、それぞれの鑑賞ルートのゴールになっている、とかね。
    「光の窓」を越えてたどり着く世界
    宇野 今回、全体を通じて印象に残ってるのは作品の配置や導線の上手さだね。庭が広くて、かなりのスケール感の中で、どういう順番で見えていったらいいかが考えこまれているなと思った。
    猪子 配置については、1300年くらい前から続く、人と自然との長い長い営みが生んだ歴史の恩恵ですね。
    宇野 その意味では、『切り取られた連続する生命 - 森の道』は可能性を感じたよ。この作品を会場のあちこちに配置して、これで道案内するくらいでいいと思ったんだけど、なんで一つしか展示されていなかったの?
    ▲『切り取られた連続する生命 - 森の道』 猪子 これは人が立ち入れる範囲で、森の密度がある場所があまりなくて……探しまくってようやく見つけたんだよ。ここも、とても暗いから、放っておくと道を踏み外してしまうかもと思って、今回の展覧会に合わせて道を整備したもん。ちゃんとした森と、道って、もはや矛盾した概念だから、どうしても危険なところになっちゃうんだよね。
    宇野 へたなところに作ると危ないんだね……。森の天井に穴が空いてる『切り取られた連続する生命 - 森の天井』も良かったよ。
    ▲『切り取られた連続する生命 - 森の天井』
    猪子 これは、上を見上げないと作品に気づくことができないから、たぶん、9割くらいの人が気づいてないかもしれないね(笑)。
    宇野 この作品は、夜にしか、そして人間の智慧、つまりデジタルアートの光があってはじめて見える自然があるんだっていう大本のコンセプトを、これまでとは違うかたちで、しかもコロンブスの卵的なシンプルな見せ方で表現しているじゃない? この手があったか、と思ったよ。
    猪子 嬉しいな。作ってるときは、週に2千回くらい「本当にやるんですか?」って周囲から言われてたよ(笑)。
    宇野 「単に森を照らしただけ」だと思われるのかもしれないけど、これはある種の「越境」なんだと思うんだよね。この作品自体が、展示全体に込めた「普段の自分の世界とは違うところに行くんだ」というメッセージになってるじゃない? だから、本来はこの作品で描かれた光の窓をくぐって御船山楽園に入るくらいがちょうど良いと思ったんだよ。
    導線の話で言えば、あとは『生命は連続する光 - ツツジ谷』が、庭の上から眺められるようになっていたのも良かったね。上に行けば行くほど、リッチな展示が置いてあって、そして最後に上から、まるで呼吸するように明滅している光が見える――という導線がすごく上手い効果を発揮していると思った。
    ▲『生命は連続する光 - ツツジ谷』 猪子 庭自体の敷地が広いから、広さを生かした展覧会をしたかったんですよ。
    宇野 それに、下鴨神社の『呼応する木々 – 下鴨神社 糺の森』のときは人が混み過ぎて全く分からなかったけれど、御船山楽園の『夏桜と夏もみじの呼応する森』では、敷地が広くてみんな道に迷いそうになりながら歩いているから、休日の夜で人が来ていても、ちゃんと作品が呼応してるのが分かって良かった。
    ちなみに、そうした導線の最後に『WASO Tea House - 小さきものの中にある無限の宇宙に咲く花々』という、お茶の作品があったのも良かったね。僕はひととおり回ってきた後に、最後に休憩がてら寄ったんだけど、それまでずっとアートの介入で浮かび上がる自然の本質を味わっていたら、あそこで一気にそれまでの体験がお茶という人工物に凝縮され、抽象化されて味わうわけでしょう? 肉体的にも、精神的にも森での体験を反芻する時間になっているのがよかったね。
    猪子 池のほとりにある茶室の方は、江戸時代に、お庭ができたときのものなんです。昔から、庭の中で茶を飲んでたんだね。やっぱり、配置や導線が上手いとしたら長い長い人と自然の間に積み重ねられた叡智のおかげだよ。
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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第24回「人類を全員踊らせたい!」

    2017-09-06 07:00  
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    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、日本文化を現代にアップデートするプロデューサー・丸若裕俊さんとコラボした新作や、渋谷ヒカリエで開催中の「チームラボジャングル」について話しました。丸若さんの活動との対比で見えた、ジョン・ハンケ的なものとは異なるアプローチを試みる、チームラボの思想とは。そして「チームラボジャングル」で提示された新たなビジョンとは?(構成:稲葉ほたて)

    モノとコトの間にある「お茶」
    猪子 9月8日(金)からパリで開催されるインテリアデザインの見本市「MAISON&OBJET PARIS」にチームラボが招かれて、作品を展示するんだけど、それが丸若裕俊さんという人が手がけるお茶とのコラボ作品なんだよね。彼は色々なものをプロデュースしているんだけど、最近はお茶をプロデュースしていて、そのお茶とチームラボの作品を組み合わせようと思ってるんだ。今日はその話からしようか。

    ▲フランス・パリで、9月8日(金)から9月12日(火)まで、インテリアデザインの見本市「MAISON&OBJET PARIS」が開催。チームラボは、招聘作家として、肥前でつくられた新しい茶「EN TEA」とコラボレーションしたインタラクティブなデジタルインスタレーション作品『Espace EN TEA x teamLab x M&O: Flowers Bloom in an Infinite Universe inside a Teacup』を本会場にて展示。(プレスリリースより引用)
    猪子 チームラボではお茶を使った作品は、これまでにもやったことがあって、KENPOKU ART 2016では『小さきものの中にある無限の宇宙に咲く花々 / Flowers Bloom in an Infinite Universe inside a Teacup』という作品で、天心記念五浦美術館に茶室を作ったこともある。実際にお客さんがお茶を飲めるんだよね。
    で、今回の作品では、お茶を淹れるとそこに花が咲いて、動かすとお花が散っていく。空間には何も存在しないんだけど、お茶が入るとそこにだけ作品が現れる。そして飲み干すと、お茶と共に作品もなくなる。
    宇野 シンプルだけど面白いね。
    猪子 これで、茶の中にだけ存在するアートで、そしてアートそのものを飲むような体験にしたいと思ったんだよね。
    宇野 なるほどね。それはお茶を飲むという行為に対しての批評になってると思うよ。お茶もそうだけど、飲み食いってこれから批判力が強くなると思ってて。食というのは、モノでもあるしコトでもあるじゃない?
    この先、モノは、個人に対するオーダーメイドもしやすくなって、大量生産されたものに人間が合わせていかなくなる中で批判力が落ちてくる。一方、コトは、ソーシャルメディアの自分語りに回収されて、なかなかその消費から文化が生まれにくい。そんな中、食はその中間にあって、物質であり非物質的な体験なんだよね。モノとして存在する一方で、実際に食べたり飲んだりして味わうと消えてしまう「コト」でもある。この作品は、まさにデジタルアートという、物質であり非物質的なものによって、そんなお茶という食の文化を表現しているところが面白いと思う。
    つまり、この作品では、「食べる」という行為が、メタファーとしてすごくよくできていると思うわけ。モノでありコトでもあるお茶を飲むという行為と、実体のないデジタルアートを鑑賞するという行為が重なりあっている。お茶を通したデジタルアート批評だし、同時にデジタルアートを通したお茶文化の批評でもある。
    猪子 あと、この作品は、自分に淹れられた非常にパーソナルなお茶が、飲もうとした瞬間に散って、他者のためのパブリックなものになるんだよ。
    宇野 お茶を飲むというのは、社交場への接続の行為なわけで。
    猪子 どこの文化でも、究極的にはお茶というのは社交だよね。
    宇野 そうしたときに、例えば今の消費社会ではお茶を飲むという行為が社交から若干切り離されているわけじゃない? ペットボトルを買えば一人でガンガン飲めるようになっていったわけで。
    猪子 そうだね。
    宇野 それに対してこの作品は、伝統的なお茶を飲むという行為を思い出させるものになっていると思う。言ってしまえば、お茶を飲むとことで人間は日常の中にいながら、ちょっとした非日常な空間に接続する。プライベートな時間が半分だけパブリックな時間になる。この作品はそういうお茶という文化の面白さを、アートとの組み合わせでつくりだすことに成功している。
    猪子 この『Flowers Bloom in an Infinite Universe inside a Teacup』というタイトルも気に入ってるんだよね。これは僕の言葉というより、岡倉天心的な茶の解釈から来ているんだけど。
    宇野 当時の中世の日本では、茶の湯という文化で、禅を通過したある種の仏教的な宇宙観を表現してたわけじゃない? それを、今のコンピューターテクノロジーを使うと、よりわかりやすく、しかしより繊細にコントロールされたかたちで光と音で表現できるということだよね。
    猪子 言ってしまえば、昔は掛け軸をかけて、お香を焚いて……みたいなことで宇宙を表現していたわけだからね。そうした茶の湯の文化を、現代のデジタルアートで再解釈しようとしているんだよ。

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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第23回「デジタルアートの可能性について語りたい!」

    2017-08-02 07:00  
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    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、長崎県・大村市で行われた猪子さんの講演をお届けします! 近年の作品を振り返りながら、チームラボ作品にこめられたコンセプトについて、4つのキーワードをもとに語ります。(構成:稲葉ほたて、収録日:2017年6月1日)
    作品に没入することで、世界と自分の境界をあいまいにしたい
    猪子 みなさんこんばんは。チームラボ代表の猪子寿之です。今日は、チームラボのつくるデジタルアートによって、人々の関係性がポジティブになったり、境界のない世界の可能性について話したいと思います。そのために、今日は最近つくった作品のコンセプトを紹介していければと思います。
    1つめのキーワードは「Body Immersive」です。
    このキーワードを説明するために、2016年の夏にお台場でやった「DMM.プラネッツ Art by teamLab」(以下、「DMM.プラネッツ」)という展示会の作品を紹介していきたいと思います。
    ▲『Wander through the Crystal Universe』

    この作品は『Wander through the Crystal Universe』です。これは、空間を埋め尽くしている光源を、3次元的に動かす作品です。点描という、点の集合で行う絵画表現がありますが、これは光の点の集合で彫刻を点描みたいに創っているんですね。光でできているので、デジタル制御でその場にいる人によって創られていきます。これは立体物が動くことによって、身体が立体物に没入するような感覚になります。すると、作品と身体の境界がないような感覚になるんですね。
    ▲『人と共に踊る鯉によって描かれる水面のドローイング – Infinity』

    これも「DMM.プラネッツ」から、『人と共に踊る鯉によって描かれる水面のドローイング – Infinity』という作品です。鑑賞者はプールの中にはいるんですが、その水面に魚が泳いでいます。その魚たちは人の場所を感知していて、もし人を避けきれずにぶつかると魚が死んで花となって散っていくんですね。そのインタラクティブな魚の動きによって、ただ身体的にプールに入るだけじゃない、作品への没入感が生まれるんです。
    ▲『Floating in the Falling Universe of  Flowers』

    そして、『Floating in the Falling Universe of  Flowers』という作品です。これは、ドーム状の空間に、1年間の花々が時間と共に刻々と変化しながら咲き渡る宇宙の映像が投影されているんですが、花々は立体的に空間に浮遊しているかのように見えます。寝っ転がりながら見ていると逆に自分の身体が浮いているような感覚になるんですね。そして自分が浮いているのか、花が落ちてきているのか、そもそも空間そのものが動いているのかわからなくなってきます。
    まずは「DMM.プラネッツ」の作品を紹介してみましたが、チームラボでは鑑賞者が身体ごと作品の中に没入することで、自分と世界との境界がなくなっていくような感覚を創るコンセプトの作品たちがあります。これらの作品は「Body Immersive」というコンセプトで呼んでいます。
    物質から解放されたデジタルアートでは、作品の中により没入できるようになると考えています。それによって世界との境界をなくしたいと思っているのです。
    人間って、普段から肉体の境界を意識しすぎていると個人的には思ってて。物理的には自分の肉体と世界には境界があるけれども、でも本当は、世界や他者と自分は連続しているものです。そういう感覚をアートを通じて創れたらと思っています。
    ▲『HARMONY, Japan Pavilion, Expo Milano 2015』

    これもそんなコンセプトの作品のひとつで、2015年のミラノ万博の日本館で展示制作を担当した『HARMONY, Japan Pavilion, Expo Milano 2015』という作品ですね。棚田をイメージしてつくられた腰まで生えている柔らかいスクリーンを使って、身体ごと作品の中に入っていけるようになってます。稲穂を分け入る感じで映像空間の中を歩き回りながら、四季を表現した象徴的な日本の自然を体感するようになっているんですね。この作品は「BEST PRESENTATION賞」というのをもらったりして、最終的には10時間待ちになるぐらいの盛況でした。
    ▲『Floating Flower Garden; 花と我と同根、庭と我と一体 / Floating Flower Garden; Flowers and I are of the same root, the Garden and I are one』

    これも2015年に、東京やパリで展示した『Floating Flower Garden; 花と我と同根、庭と我と一体』という作品です。この花は2300本以上あって空間に浮かんでいるんですが、実際に生きているものを使っていて全体が庭園になっているんです。人間の位置を感知していて、歩いていくと自分の周りを避けてくれるので、空間全体を覆う庭園と一体化できるようになってます。
    元々、日本の禅の庭園って、森の中で大自然と一体化して修行を行っていた禅僧が、集団で修行をするために仕方なく生まれたと言われているんですね。この作品はそうした一体化をすることから生まれた古典的な禅の庭園を、現代に合わせてもう一度作ろうとしたものです。
    ▲ミュージックフェスティバル チームラボジャングル
    これは、2016年から2017年の年末年始にかけて、大阪で開催したミュージックフェスです。新しい実験的な音楽フェスをやりたいと思ったんですが、ミュージシャンが出演するのではなくて、参加者みんなで音楽を奏でていくんです。例えば、弦に見立てられた光の線に触ると音が出たりして、この空間にいる人たちが主体となって音楽や空間を作っていく。そして、光の線が組み合わさることでまるで彫刻のような、別の立体物をつくりだしています。光の線で、空間を立体的に再構築しているんです。この立体的な光で満たされた空間に身体ごと没入していくんですね。踊りながらアートを知覚するという、頭ではなく身体によるアート体験、身体的知への試みでもあります。ちなみにこの夏に東京(渋谷ヒカリエ)でも開催しているのでぜひ遊びに来てください。
    ここまで、「身体ごと作品に没入することで、作品と自分の境界をなくしていく」というコンセプトの作品を紹介しました。空間全体を没入可能な作品にすることによって、境界というものはそもそも絶対的に必要なものではないということを表現しているんですね。
    作品と作品の境界をあいまいにしたい
    猪子 次に紹介していきたい作品も「境界」をテーマにしたものですが、今度はどちらかと言えば「作品同士の境界」をあいまいにするというコンセプトになります。
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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉第22回「デジタルアートの力で“近代以前の歴史”を可視化したい!」(後編)

    2017-07-05 07:00  
    540pt


    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、現在チームラボの作品を展示している、佐賀県の御船山楽園へと宇野常寛が実際に訪問し、猪子さんと語り合った対談の後編です。50万平米の庭園と森に迷い込むような展覧会の全貌とは? そして、町の歴史や自然にデジタルアートが介在できる可能性とは?(構成:稲葉ほたて)

    御船山楽園には「いい岩」がたくさんある!
    猪子 そして、「資生堂 presents チームラボ かみさまがすまう森のアート展」の話もしたいな。7月14日(金)から10月9日(月)までやっている展示で、佐賀県武雄の御船山楽園の古池の水面に鯉が泳ぐ『小舟と共に踊る鯉によって描かれる水面のドローイング』を一昨年と昨年と行ったんだけど、今年は、50万平米にも及ぶ御船山楽園の庭園と森を使って、14作品にも及ぶ大展覧会をするんだよ。

    ▲『岩割もみじと円相』
    宇野 御船山楽園での展示は今年で3年目だけど、今回はどういうコンセプトなの?
    猪子 今回は、実は「石」が裏テーマなんだよね。元々は、一昨年あたりからずっと巨石や岩に興味があって探していたんだけど、田舎に奇跡的に残っている自然の石を売る石屋になんかに行ったり山に入ったり。そうこうしているうちに、「やっぱり石を買うなんておこがましいよな」と思いはじめて(笑)。むしろいい巨石がある場所に人間の方が出向くべきだなと。
    そういう興味の流れがあって、この展示では、御船山楽園内の森の中にある正一位稲荷大明神にそばにある巨岩(高さ3m、幅4.5m)に滝をプロジェクションで降り注ぐ『かみさまの御前なる岩に憑依する滝』や、苔生す巨岩(高さ4.5m、幅3.8m、奥行き7m)を使った『増殖する生命の巨石』などの、多くの「巨石」を使った作品がたくさんあるんだよね。

    ▲『かみさまの御前なる岩に憑依する滝』

    ▲『増殖する生命の巨石』
    猪子 この正一位稲荷大明神というのは、最高位の神社なんだけど、祀られている場所は素晴らしい巨石に囲まれているの。だからおそらく、巨石が自然に積み上げられたような神秘的な場所を見て、その巨石を祀り始めて後から祠ができたんじゃないかと思うんだよね。
    そう考えると、こうした神社とか祠って、自然と人間が共作した遺産だなと思うんだよ。何億年もの自然の時の流れで岩の形は作られて、そこに何千年もの時間をかけて人々が意味を見出していく。ときには直接岩肌に仏を彫ってみたり、ときには神社を祀ってみたりする。
    宇野 もう、その岩が今ここに至るまでの経緯なんてわからないわけだよね(笑)。そして人間の側の意図も、今の人間社会の文脈とかでは到底理解ができない。おそらく文献だってそんなに残っていなくて、想像するしかないわけだよね。そう考えると、あまりにスケールの大きい人間の歴史って、「ほとんど自然」と言えるかもしれないね。 
    テクノロジーが介在することで、はじめて自然の魅力を知覚できる 
    宇野 一般的な日本庭園と比べて、この御船山楽園は独特の魅力がある気がするね。
    猪子 御船山楽園は、今から172年前、1845年(江戸後期)に50万平米にも及ぶ敷地に鍋島茂義よって創られたんだ。敷地の境界線上には、日本の巨木7位、樹齢3000年以上の武雄神社の神木である大楠があったり、庭園の中心には樹齢300年の大楠がある。つまり、そのことから想像するに、御船山を中心とした素晴らしい森の一部を、森の木々を生かしながら造った庭園なんだと思うんだ。だから、庭園と自然の森との境界線はとても曖昧で、回遊していく中で森を通ったり、けもの道に出くわしたりする。森には、稲荷大明神以外にも、洞窟には、名僧行基が約1300年前に岩壁に直接彫ったと伝えられる仏や五百羅漢があるんだ。
    つまり、何百万年もの時間の中で形作られた森や巨石や洞窟、そしてそこに千年以上もの時間をかけて人々が意味を見出してきた上に、鍋島茂義がまた意味を見出し、庭園を創ったんだと思う。そして、今なお続く自然と人との営みが、森と庭園の境界が曖昧な、この居心地の良い御船山楽園を生んでいるのだと思うんだ。

    ▲御船山楽園(撮影:宇野常寛)
    猪子 ずっと本当の森で展覧会をやりたいと思っていたけれど、千年以上も人々が意味を見出してきた自然、つまり人の営みの歴史がある自然で、やりたいと思ったんだ。御船山楽園で探索していた時に、庭園と森との境界の曖昧な場で道を失ってさまよった時に、長い自然と人との営みの、境界のない連続性の上に自分の存在があることを少し感じたの。だからこの広大な庭園と森の中で迷い込んでしまい、自分がまるで何かの一部であるかのような感覚になっていくような展覧会をやりたいと思ったんだ。
    宇野 (この収録の直前に)実際に御船山楽園を猪子さんと一緒に歩いたけどさ、普通に昼間歩いているだけも抜群に美しい庭園全だよね。だから、僕は思うんだけど、猪子さんはこの昼の御船山楽園に夜の御船山楽園で勝たなきゃいけないよね。
    猪子 いやいや、そんなおこがましいこと……。
    宇野 いや、猪子さんはそれをやらなきゃダメなの(笑)。そもそもこの作品って、コンピュータの力を借りて初めて、目で見て耳で聞くことができる自然の要素があるんだというコンセプトだよね。前も少し話したかもしれないけれど、人間の五感は実は自然の全てを把握できていない。それに対して、猪子さんは例えば四国の山奥でやった『増殖する生命の滝』は、人間は把握できない長い生命の連続性を、デジタルアートを当てることで把握できるようにしたわけだよね。昼ではなく夜の世界、その暗闇の中に現代のテクノロジーをぶつけることで、初めて浮かび上がって認識できる自然の側面があるんだということでしょ。
    猪子 まあ、そうなんだけど(笑)。日常に生きていると、自分の生命が40億年もの間、数え切れない数の生と死の連続性の上に存在していることって、絶対に認識できないと思うんだよね。四国での作品は、滝によって圧倒的に長い時間によってできた岩の造形を使って、何か長い生と死の連続性の上に生命が存在していることを少しでも感じるような塊を創りたかったんだ。今回の御船山楽園も、岩や洞窟、もしくは森そのものの造形を使って、作品を創っているんだ。普段は誰も岩なんて見向きもしなくて、存在は忘れ去られていたんだけど。基本、桜やツツジが咲いた時と紅葉だけに注目が当たるから。
    宇野 市民にとってはそういう存在なんだよね。さっきも言ったとおり、大村公園も全く同じで、桜が咲いたときにしか市民たちは興味をもっていなかったかもしれないけど、今回の展示によってその場所の魅力を再発見してもらえると嬉しいね。

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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第21回「デジタルアートの力で“近代以前の歴史”を可視化したい!」(前編)

    2017-06-29 07:00  
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    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、現在チームラボの作品を展示している、北京や長崎県大村市、佐賀県の御船山楽園へと宇野常寛が実際に訪問し、猪子さんと語り合いました。前編では、「DMM.プラネッツ」とは別のアプローチで集大成となった北京での展示の全貌と、宇野の故郷の一つである長崎県大村市で開催中の展覧会について語り合います。(構成:稲葉ほたて)

    北京の個展はチームラボの集大成?
    宇野 今日は、先日僕が訪問した、北京のPACE BEIJINGで開催中の個展「teamLab: Living Digital Forest and Future Park」の話から始めたいな。僕の感想を言う前に、まずは現地の人たちのリアクションを聞いてみたいのだけど。

    ▲チームラボは、10月10日までPACE BEIJING (北京)にて個展「teamLab: Living Digital Forest and Future Park」を開催している。画像は展示作品の一つ「花の森、埋もれ失いそして生まれる」。

    猪子 それがすさまじかったの! オープン前に前売りが2万枚も売れて、連日すごい行列になっているんだよ。中国のメディアもすごい来てくれたし、ロイター通信やCNNのような国際的なメディアも来てくれて!

    ▲『菊虎』

    猪子 それに、中国で最も作品が高いアーティストの一人と言われている人も来てくれて、『お絵かき水族館』で絵を描いて遊んでるわけ! 自画像つきで、魚を描いてくれたりして、とても嬉しかったな。
    宇野 僕が今回、なによりも話したいのは、展示会場の空間全体を包んでいた新作『花の森、埋もれ失いそして生まれる』についてなのだけど、猪子さんとしては、どういう感触なの?
    猪子 これは、展覧会全体の空間そのものが一つの作品になっていて、複数の季節が空間全体に同時に存在しているんだよね。そしてその季節の移り変わりに合わせて、花々が、ゆっくりと場所を移り変わっていく。だから、自分のいる場所がさっきまでいた同じ場所なのか、わからなくなるんだよね。
    だから、「森で迷子になる感覚」って前回話したけど、方向感覚を失って作品に埋没することによって、まるで自分が大きな世界の一部であるかのような感覚を創りたかったんだ。そして、迷いながら個別の作品を見て行ってほしかったんだ。タイトルの「埋もれ失いそして生まれる」には、そういう意味を込めたんだよね。
    正直、この新作は実験作だったから不安もあった。というのも、そのコンセプトのわりに実は敷地面積があまり広くなくて、同時開催の遊園地まで合わせて1500平米だったの。「 DMM.プラネッツ Art by teamLab」(以下、「DMM.プラネッツ」)は3000平米とかだから、半分にも満たないんだよ。
    ただ、いざやってみると想定していたよりもうまくいったと思ったんだけど……宇野さんはどうだった?
    宇野 まず僕はこの企画自体がちゃんと成功していることにびっくりした。前回、コンセプトを前もって聞いてたんだけど、正直どうなるかが全然想像できなかったんだよね。というか、ぶっちゃけコンセプト倒れの可能性もゼロではないと思っていたんだよ(笑)。でも、いざ入ってみたら、完全に再現されていて驚いた。猪子さんの狙い通り、方向感覚を失って本気で迷ってしまったよ。
    猪子 でも実際は、それほど大きな空間ではないんだけどね。
    宇野 いや、実感としては「DMM.プラネッツ」よりも全然広く感じたね。歩きだすと、すぐにどこが入り口だったか、本気でわからなくなる。そして気がつくと、またいつのまにか同じ場所に戻ってしまう。「あれ、この作品さっきも観たな」って感じで何度もループしてしまったよ。
    人間って、方向感覚を意外と明るさや色彩とかで判断してるんだな、と実感したね。この作品では周囲の四季が移り変わっていくじゃない? 目の前に秋のゾーンがあったはずなのに、10分後には季節が移り変わって他の季節に変わっている。で、そのことを頭ではわかっているはずなのに、ついついどの花が咲いてるかを基準に空間を把握しちゃうから、時間が循環するとすぐに位置関係を見失ってしまう。前もってコンセプトを聞いておいて、タネも全部知ってたのに迷ったのは、逆にすごいよね。
    猪子 いやあ、嬉しいよ(笑)。

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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉第20回「都市生活者が忘れてしまった時間感覚・位置感覚を取り戻したい!」

    2017-05-19 07:00  
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    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、まもなく北京で開催される大規模な展覧会での新作から、現在計画中という「森のアート展」についてまで語りました。彷徨いながら、自分すら失うアート体験とは?(構成:中野慧)

    「彷徨(さまよ)って、そして自分すら失う」展覧会
    猪子 この5月から10月までの5ヶ月間、北京で大規模な展覧会をやるから、今回はその紹介をしたいのね。中国語でのタイトルは「花舞森林与未来游乐园」。つまり、花舞森林と、未来の遊園地の展覧会。
    今回初公開の『花の森、埋もれ失いそして生まれる』(以下、『花の森』)が、会場全体を、まるで覆うように花が咲いている。場所によって咲いている花が異なっていて、とある場所では最初は5月の花が咲いているけれど、やがて6月、7月の花になり、逆に手前の空間が5月の花になり……というふうに、空間全体で花の分布が変わっていくの。

    ▲『花の森、埋もれ失いそして生まれる』
    猪子 会場では、『花の森』が全体に展示されているなかに、他の作品が展示されている小さな空間や大きな空間があるの。花の分布は移り変わるから、ある作品の空間に入って、そこから戻ってきたら、景色が変わっているのね。さっきまでは目の前に咲き渡っていたヒマワリが、いまは向こうの方で咲き渡っている、といったような。
    全体の花の分布が動いていくことによって、鑑賞する人は方向感覚を失って森に迷い込んでしまったようになる。まるで彷徨うように、そして彷徨っていくなかで、自分と作品の境界すら失っていく中で、いろいろな作品を見たり体験したりしてほしい、と思っているんだ。
    宇野 なるほど。展示自体をひとつの作品で包み込むって、チームラボの作品では意外と今までやってこなかったよね。複数の作品を同じ空間に展示するもの(『teamLab: Transcending Boundaries』(London, Jan 25 - Mar 11, 2017))はあったけれど。
    猪子 『花の森』が、その他の作品たちをゆるやかに包み込んでいて、鑑賞する人はその世界を彷徨いながら、作品の中に埋もれていくようなかたちにできたらいいな、と思う。
    それと今回のメインになる新作は「Fleeting Flower」シリーズといって、『菊虎』、『牡丹孔雀』、『向日葵鳳凰』、『蓮象』という4つの連作なんだ。

    ▲『菊虎』

    ▲『牡丹孔雀』

    ▲『向日葵鳳凰』

    ▲『蓮象』
    猪子 たとえば『菊虎』は、小さな菊の花がびっしりと咲ていくの。咲いていく菊の花々の中に、虎のイメージが描かれていく。花が咲き渡るにつれ、虎のイメージが明瞭に浮かび上がってくる。そして、花はやがて散るんだけど、それぞれの花は、散る瞬間にそのイメージを固定し、イメージの一部ごと散っていく。散った花とともにイメージの一部は消えんだけど、再び咲いてくる花によってイメージの部分は再び補われて、他の花々とともに、イメージ全体を描き出していくんだ。

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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉第19回「アートこそが映画に代わる21世紀のグローバルコンテンツになる!」【毎月第1水曜配信】

    2017-04-05 07:00  
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    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、シンガポールの展示会場へ宇野常寛が訪問し、猪子さんと語り合いました。チームラボのアートが、シンガポールやシリコンバレーで大歓迎されている理由とは。そして、Brexitやトランプ大統領の誕生で”二重の敗北”をした21世紀で、アートに託された希望とは?(構成:稲葉ほたて)

    シンガポールにとってのチームラボとは
    宇野 今回は、チームラボの作品を観にシンガポールへ来ました。まずは(テレビ番組の)『アナザースカイ』で「シンガポール超大好き!」と言っていた猪子さんにとって、シンガポールとは何かについて聞くことから始めようかな。
    猪子 そもそも、チームラボの初めての常設展(期間があるわけではなく常にある展覧会)ができたのが、このアートサイエンス・ミュージアムでの「FUTURE WORLD: WHERE ART MEETS SCIENCE」だったんだよ。ミュージアムから誘っていただいて2016年3月から展示しているんだけど、ずっと大盛況。そういえば、初めてチームラボが参加した国際的なビエンナーレも「シンガポールビエンナーレ2013」だった。今ではシンガポール国立博物館に『Story of the Forest』も恒久展示されてるし、シンガポールとは色々と縁が深いんだよね。

    ▲チームラボは、2016年3月12日から、マリーナベイ・サンズのアートサイエンス・ミュージアム(シンガポール)にて、「FUTURE WORLD: WHERE ART MEETS SCIENCE」を常設展示している。
    宇野 面白いね。それって、シンガポールという国が自分たちのアイデンティティを記述するアートを作ろうとしたときに、チームラボを選んだということでしょ。たとえば昔の日本は西洋のアートを自分たちの文脈に落とし込もうとして、日本の伝統芸術と西洋芸術のハイブリッドを作ろうとしたけど、シンガポールはそういう道も選んでいない。
    猪子 シンガポールは、すでに一人当たりのGDPは日本の1.6倍で、観光客の数も東京よりも多いんだよ。つまり事実上、日本を超えちゃっている国なんだね。国としてたった50年の歴史しかないにも関わらず、観光都市として未来に賭けることで、世界中から新しい価値観で良いものを集めることを合理的に考えてきた国だと思うんだよ。
    宇野 このマリーナベイ・サンズのあの大胆さってさ、この「人工の大地」にいかに自分たちの文化をゼロから創っていくかを考えている人たちの大胆さだと思うんだよね。歴史を一旦切断して、ゼロから自分たちの文化を創っていこうとする気概だよ。
    そして、アートとは常にそういう場所で求められてきたものでもある。たとえば、アメリカが第二次世界大戦後にナチスから奪ってきた美術品を博物館に展示して、ニューヨークをアートの中心地にしようと振る舞ったのなんて、その典型じゃない。彼らは二度の世界大戦を通じて世界の中心になっていったわけだけどその過程で、自分たちが西欧に対して文化史がないことを、どう克服するかを考えるようになったわけ。そして、今のシンガポールも当時のアメリカと同じく、「人工の大地のアイデンティティ」を記述し得るアートを求めているんだと思う。
    猪子 まあ、そこは単純に国際都市として、グローバル競争で勝たなきゃいけないのもあると思うよ。
    ニューヨークやロンドンと同じことを今からやっても勝ち目はないもん。仮にジェフ・クーンズの作品を必死で集めたって、ニューヨークに勝つにはコストが高すぎる。そういう状況で、新しいアーティストにベットすることで、少しでも未来の価値を掴もうとしてるんだと思う。
    宇野 そこはチームラボを歓迎した、シリコンバレーのIT貴族たちも同じだろうね。
    シリコンバレーの人たちも、東海岸的なもの、ニューヨーク的なものをいかに相対化するかという問題に直面して、自らのアイデンティティを象徴するためのアートが必要になった。そのときに、美術館の額縁に飾られて、みんなでしかめ面で眺めるようなアートで自分たちを記述することを選ばなかったわけだよ。

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  • 猪子寿之の〈人類を前に進めたい〉 第18回「アートによって地方のポテンシャルを引き出したい!」

    2017-03-10 07:00  
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    チームラボ代表・猪子寿之さんの連載〈人類を前に進めたい〉。今回は、福井県やハワイで展示されるチームラボの新作から、日本の地方に秘められたポテンシャルについてまで語っていただきました。「カラス」の更なるアップグレードで到達する「群れ」の表現とは? そして、地方都市だからこそ実現できるアートの可能性とは?(構成:稲葉ほたて)

    「群れ」という秩序なきピース
    猪子 最近は、各地でチームラボの常設展示をつくる機会が少しずつ増えているんだけど、今回はその紹介から始めたいな。まずは3月26日から、福井県永平寺町に新しくできる文化施設「えい坊館」に、作品を常設することになったの。禅の曹洞宗の大本山の永平寺がある町で、曹洞宗はひたすら座禅する。もちろん、座禅ではないのだけれど、作品の空間で、ひたすら座って体験してもらおうと思ってて。16畳程度のこじんまりした空間の壁4面と床に、森美術館で展示した「追われるカラス、追うカラスも追われるカラス、そして衝突して咲いていく - Light in Space」と同じシリーズになる新しい作品を創って展示しようと思っている。

    ▲「鳥道 - 黙坐 / Bird Road」
    実は、今回は無数の鳥が「群れ」で飛んでるんだよね。これまでは、手付け(手作業の)アニメーションによるカラスと、アルゴリズムによるカラスの2つが混ざっていたんだけれど、今回は全てアルゴリズムで鳥が動いているの。まるで、イワシの群れにマグロが来たときみたいに、鳥の群れは鑑賞者を避けるように飛ぶんだよ。
    宇野 そもそもなんで群れにしようと思ったの?
    猪子 昔から「群れ」そのものに興味があったんだよね。ムクドリの群れの動画があるから、それを見てもらうのがわかりやすいかな。これが、めちゃくちゃヤバい動画なんだよ。今までも作品でよく群れを使っているし。で、今回は、群れにもっとフォーカスを当てて、全体としての意思はなくて、鑑賞者の存在の影響を受けながら、一羽一羽が非常にプリミティブなルールで動くことで、意図のない複雑で美しい線群を空間に描きたかったんだ。

    ▲Flight of the Starlings: Watch This Eerie but Beautiful Phenomenon | Short Film Showcase
    宇野 これはすごいね……。僕、もし時間が有り余ってたらずっとこの動画を見ていられるな。群れ全体が、有機物なのか無機物なのかもよくわからない、巨大な生き物のような動きが素晴らしいね。
    猪子 これは遠くから撮影した映像だけど、この群れの真ん中に、鑑賞者の視点があるような世界をつくりたいんだよね。僕がこの動画に惹かれたのは、群れの密度が変わっていくところなんだよ。密度によって、ムクドリの影である黒色が強く出たり、逆に背景の空の色が見えたりと、どんどん印象が変わっていくじゃん。その動きと色の濃淡が美しいよね。
    宇野 この前の、スクリーントーンの話に近いかもしれないね。西洋の印刷技術をいかに日本的な平面表現の思想でハックするかという試行錯誤の中でスクリーントーンが生まれてきたという話をしたけど、スクリーントーンは密度だけで僕らの色彩感覚を置き換えてるわけだよね。「濃い青だったらこれくらいの密度の点々」というふうに。そこに時間の動きを組み込んだのが、今回の新作のポイントだよね。
    猪子 そうそう。群れの動き自体が、見ていてすごく気持ちがいいんだよね。あと面白いと思ったのは、おのおのの鳥がシンプルなルールで動いているだけなはずなのに、全体で複雑な生き物のように振る舞っているところかなあ。
    宇野 その群れの動きの特徴って、まさにチームラボがつくってきた「秩序なきピース」だもんね。猪子さんが群れに惹かれるのもわかるな。
    でも、今までのチームラボの作品が、人間を動物の群れのように動かしてしまうことによって、ピースが成り立っていくものだとしたら、今回は少し違うと思う。いわばこの自然に発生している「秩序なきピース」のダイナミズムを、いかに人間に味わわせるかに注目している。だから、猪子さんにしては珍しく、鑑賞者が作品に参加するよりというよりは、作品を観ているという印象が強い。
    猪子 確かに。
    宇野 ただ、この群れの動きには、人間の意図と自然現象の中間にあるような、独特の他者性があると思う。気持ち悪さと気持ち良さが混在してるこの感覚って、群れ全体が目的の見えない変なリズムで動いていて、とてもじゃないけどあの群れと対話とかできなさそうなところから来てると思うな。意図を持っているように見えるけど、明らかに自分と同じような思考回路をしているわけじゃない、という感じがする。
    こういう、小さな生き物の群れが一つの巨大な化け物みたいに見えるみたいなモチーフは、宮崎駿がよくアニメーションで再現してるよね。『もののけ姫』でアシタカの腕に呪いとしてつくタタリ神とか、『となりのトトロ』の真っ黒いススワタリとか。あの自然の群れの持つ奇妙な運動性って、誰の意志もない単なる自然現象なんだけれど、人間の目には、ある種の神や悪魔とかの超自然的な意図を持った何かに見えてしまう。たぶんこれって、古くからは特に妖怪の表象として、伝統的に禍々しく描かれてきていることが多い現象だと思うんだよね。
    猪子 あの禍々しさをつくるのには非常に興味があって、でも難しいんだよね。イワシの大群ぐらいだったらできるんだけれど、ちょっとムクドリの禍々しさは研究中だなあ……。でもいくらすごい量だったとしても、桜吹雪には別に禍々しさとか感じないもんね。群れってほどよく意図的に見えながら、理解の範疇を超えてくる”他者”なのかもしれないと思う。そして、そこには、何か、人間がまだ理解していない普遍的原理の存在があるように感じるんだよね。

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