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記事 12件
  • 大見崇晴「イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫」特別編 『騎士団長殺し』 その白々しい語りについて【不定期連載】

    2017-03-17 07:00  
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    サラリーマンとして働くかたわら日曜ジャーナリスト/文藝評論家としても活動している、大見崇晴さんの「イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫」。今回は特別編として、2017年2月24日に発売された『騎士団長殺し』の書評を寄せていただきました。村上春樹は何故「白々しい語り 」を必要としているのか。春樹への批評や、春樹自身の他作品からの引用を踏まえながら、話題の最新刊に鋭く切り込みます。

     2017年2月17日に、村上春樹の新刊タイトルが『騎士団長殺し』と知ったとき、旧来からの読者はため息をついた。そのタイトルからモーツァルトのオペラ『ドン・ジョヴァンニ』であることが察せられたからだ。
     『ドン・ジョヴァンニ』では主役ドン・ジョヴァンニが女たらしで様々な女性と関係を持ち、剣捌きにも優れ、騎士団長を殺したほどでもある。そして彼は、石像となった騎士団長に地獄に引きずり込まれる。
     こういった筋立ては、しばしば揶揄される村上春樹作品の特徴そのものである。幾人かの女性と関係を持ち、地獄を巡り、眠りにつくことで小説が閉じられる。だから、『騎士団長殺し』というタイトルから、自己の作品に対して作者自身が言及している、いかにも村上春樹らしい、白々しい小説だと予想されたのだ。
     実際に、『騎士団長殺し』という小説は白々しい小説なのだ。屋根裏に隠された「騎士団長殺し」と名付けられた日本画を眺め、「それから私ははっと思い出した。モーツァルトのオペラ『ドン・ジョヴァンニ』だ」と語り手が呟いている小説なのだ。
     この白々しい語りを村上春樹は何故必要としているのか。その解答は簡単なものだ。連載では以前説明したが、村上春樹の小説とは、「自己療養」のために「心理学」を土台にした比喩が用いられ、それらのみでは単調で短編小説にしかならない作品を引き伸ばすために「商品カタログを盛り込んで水増しさせた小説」なのである。その手口を自ら「騎士団長殺し」というタイトルで以って明かしたのである。
     では何故、村上春樹は手品師が廃業手前でするように、手口を明かしてしまったのだろうか。この理由は「自己療養」のために「心理学」で小説を執筆してきたため、既存の作品についての記憶も振り返る必要が出てきたためだ。本作では明らかに過去の作品を意識させる表現が多く盛り込まれている。
     作品冒頭で主人公夫婦が離婚危機にあるのは『ねじまき鳥クロニクル』を模したものだ。作中のキーパーソンとなる免色渉(メンシキ・ワタル)は、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』のことを意味している。「あれではとてもイルカにはなれない」という章タイトルは『羊をめぐる冒険』(いるかホテルが登場する)を意識したものだろう。主人公の年齢が36歳に設定されているのは、作中で地下を潜るという表現を最初に活用した長編小説『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を発表した年齢であり、この小説でも地下めぐりは行われる。ジョージ・オーウェルの『1984』についても言及がある。それどころか「風の音に耳を澄ませて」というデビュー作『風の歌を聴け』を想像させるフレーズが会話に散りばめられる。『ねじまき鳥クロニクル』で取り扱われたノモンハン事件は、南京虐殺に置き換えられ、以前は「井戸」(=イド、無意識といった個人的なもの)として語られていたものが、「(忘却の)穴」(集団による暴力的なもの)といった思想家ハンナ・アーレントを想起させるように改善がなされている。
     そのような常連さん向けの接待にしか思えない部分が多いとはいえ、『騎士団長殺し』は、村上春樹にとっては久々のヒットといえる小説だ。この小説は過去のテーマを総ざらいしたところがある。また、いままで深掘りしてこなかったテーマをようやく取り扱ったという新味がある。死と老いである。
     「死と老い」というテーマについては、のちほど語ることとして、ひとまず従来から幾つかある村上春樹のテーマにおいて、本作に重く取り扱われるているものを取り扱うこととしよう。
     第一部「顯れるイデア編」、第二部「遷ろうメタファー編」といった部のタイトルにもなっているように、創作について問題意識がある。画家という作者とクリエーターという共通点を持っている主人公が、クリエイトすることについての問題意識とテクニックが比喩を用いて物語として紡がれる。
     小説中登場する「騎士団長」なるキャラクターは、自分のことを「イデア」と名乗る。騎士団長は作中の登場人物・雨田具彦の日本画「騎士団長殺し」に描かれた飛び出したキャラクターである。このキャラクターとの対話で主人公である「私」は次のように語る。

    「ぼくが思うに」と私は言った。「イデアは他者の認識そのものをエネルギー源として存在している」
    「そのとおり」と騎士団長は言った。そして何度か肯いた。「なかなかわかりがよろしい。イデアは他者の認識なしに存在し得ないものであり、同時に他者の認識をエネルギーとして存在するものであるのだ」
    (第二部p.119)

     ここから読み取れるのは、村上春樹の芸術観である。イデアとは芸術作品の言い換えであって、作品は他者に認識されることで作品として存在し得るというのが村上春樹の芸術観なのである。

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  • 大見崇晴「イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫」第9回 『風の歌を聴け』について 複製とその起源【不定期連載】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.771 ☆

    2017-01-17 07:00  
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    大見崇晴「イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫」第9回 『風の歌を聴け』について 複製とその起源【不定期連載】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2017.1.17 vol.771
    http://wakusei2nd.com


    今朝のメルマガでは大見崇晴さんの連載「イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫」第9回をお届けします。ヴォネガットやブローティガンといったアメリカ文学の〈借用〉からなる村上春樹の作品。デビュー作『風の歌を聴け』を参照しながら、そのメタフィクショナルな手法が構築した「自己複製の起源」について論じます。
    ▼プロフィール
    大見崇晴(おおみ・たかはる)
    1978年生まれ。國學院大学文学部卒(日本文学専攻)。サラリーマンとして働くかたわら日曜ジャーナリスト/文藝評論家として活動、カルチャー総合誌「PLANETS」の創刊にも参加。戦後文学史の再検討とテレビメディアの変容を追っている。著書に『「テレビリアリティ」の時代』(大和書房、2013年)がある。
    本メルマガで連載中の『イメージの世界へ』配信記事一覧はこちらのリンクから。

    前回:大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第8回 あなたが純文学作家になりたいならば――ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』と『2666』を中心として

     本論では可能な限り、村上春樹の処女作『風の歌を聴け』(一九七九)に関わる内容に留める。このような断りが村上春樹の作品を論じる際には求められがちになる。かつて批評家、中村光夫が断じたように戦後日本文学においては需要に応えるべく作品を生産するために、自己模倣を繰り返す傾向が見られた。
     だが、そのことを差し引いても村上春樹の自己模倣は甚だしい。いや、むしろ自己模倣というよりも、村上春樹作品は、自己複製の反復の結果、巨大に増殖したひとつの連続体のようにも読める。多くの読み手(批評家、研究者たち)は、そのような読みの誘惑に抗えずに来た。たとえば、村上春樹研究書としては最もポピュラーなものといえる加藤典洋『村上春樹イエローページ』(荒地出版社、のちに幻冬舎文庫)においては、登場人物のひとり「鼠」からそう呼ばれることもある「鼠三部作」(処女作の他には、『1973年のピンボール』、『羊をめぐる冒険』)との関連性を読み解こうとしている。おそらく加藤典洋の読み方がオーソドックスなものと思われるが、本論では敢えてこのような観点による読みを断念したい。そのことによって、毎年ノーベル賞候補に取り上げられることで、今日では作家として自明な存在になった村上春樹と処女作に対して忘れかけていた疑問を浮かび上がらせることになる。
     すなわち、「自己複製する作家である村上春樹は、処女作において何を複製したのか」、という疑問である。
     二十一世紀においては、村上春樹が登場した時の鮮烈さ――それが二〇〇〇年ごろにおいても、国語教科書が掲載している小説と断絶が感じられるほど――だったことは、最早伝わりづらいかもしれない。ひとまず、主要な芥川賞作家たちを取り上げることで鮮烈さを感じる所以となる停滞を説明しておこう。
     一九五五年、石原慎太郎の『太陽の季節』が発表され、一躍流行する。これに追うように一九五八年に開高健、大江健三郎が芥川賞を受賞し、二十代の作家たちが活躍する。彼らはスターとして扱われた。このことは新人賞として設けられながら、創設間もないころに尾崎一雄が四〇代で受賞するなどして、その意義が曖昧だった芥川賞が、文字通りの「新人賞」として機能していた時期にあたる。文芸時評を多く担当し、戦後日本文学のペースメーカーとして機能した批評家・平野謙はこの時期を次のように振り返る。

     戦後、第一次戦後派とか「第三の新人」の名のもとに、おおくの新人が輩出して、なかでも石原慎太郎の登場は、戦後文学史の上でも注目すべき「事件」のひとつだった。いわば純粋戦後派ともよぶべき文学世代がここに登場したことになる。開高健・大江健三郎は石原慎太郎につづく純粋戦後派の新鋭にほかならなかった。
    (平野謙『平野謙全集 第九巻』所収「開高健・大江健三郎」)

     こうした傾向は、一九六〇年代までは継続されたが、一九七〇年代になると歩留まりする。一九七〇年代は明らかに前進よりも停滞である。具体的な作家名を取り上げると、森敦のような戦前から文壇居住者といえる人物から、戦後派に近い古山高麗雄、戦中に小学生であった所謂「焼跡派」である日野啓三、林京子といった第二次世界大戦を体験した世代が多く受賞している。
     戦後生まれの受賞は知られているように、一九七五年の中上健次「岬」に始まる。とはいえ、その文体は大江健三郎や自然主義小説に影響を受けたものであり、小説に親しみを持たない読者にはひと目で分かる新しさではなかった。清新さを持って受け止められたのは翌一九七六年の村上龍『限りなく透明に近いブルー』である。アメリカ文化(ドラッグ・カルチャーなど)を素材に盛り込んだことも清新さの一因であった。さらに翌一九七七年に、村上春樹の同級生にあたる三田誠広が、一九六〇年代末の早稲田大学の学生闘争を題材にした『僕って何』で受賞している。
     一九七九年に村上春樹が『風の歌を聴け』で登場したのは、こうした閉塞感からの脱出が伺えた時機であり、その素材として一九六〇年代以降のカウンター・カルチャー(およびポップ・カルチャー)が見出されつつあったと言える。突破口を開いたとも言える村上春樹について、坪内祐三は以下のように回想する。

     同時代の中でうすうすとそう感じていながら、あとから振り返ってそれを断定的に語ることのできる事象がある。
     たとえば一九七九年に文章表現の世界で一つのパラダイム・チェンジが起きたこと。
     当時、私は、大学二年の若者だった。
     (中略)
     村上春樹の小説言語、沢木耕太郎のノンフィクション言語、椎名誠のエッセイ言語、それらに共通しているのは、それぞれに、そのジャンルの言語表現を強く意識化していたことだ。つまり村上春樹の小説はメタ・フィクションであり、沢木耕太郎のノンフィクションはメタ・ノンフィクションであり、椎名誠のエッセイはメタ・エッセイだった。
    (坪内祐三「一九七九年のバニシング・ポイント」)


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  • 大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第8回 あなたが純文学作家になりたいならば——ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』と『2666』を中心として【不定期連載】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.755 ☆

    2016-12-16 07:00  
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    大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第8回 あなたが純文学作家になりたいならば――ロベルト・ボラーニョ『野生の探偵たち』と『2666』を中心として【不定期連載】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.12.16 vol.755
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    今朝のメルマガでは大見崇晴さんの連載『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第8回をお届けします。近年注目を集めているラテンアメリカ文学の代表的作家ロベルト・ボラーニョ。その代表作『野生の探偵たち』『2666』における、ひたすら間延びしていく記述と有名作品のパロディから、村上春樹との共通項を見出していきます。
    ▼プロフィール
    大見崇晴(おおみ・たかはる)
    1978年生まれ。國學院大学文学部卒(日本文学専攻)。サラリーマンとして働くかたわら日曜ジャーナリスト/文藝評論家として活動、カルチャー総合誌「PLANETS」の創刊にも参加。戦後文学史の再検討とテレビメディアの変容を追っている。著書に『「テレビリアリティ」の時代』(大和書房、2013年)がある。
    本メルマガで連載中の『イメージの世界へ』配信記事一覧はこちらのリンクから。

    前回:大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第7回 三島の終焉 その美的追求によるパフォーマンス原理(後編)

     二〇〇九年ごろ、ラテンアメリカ文学の歴史を変えた小説家として、ロベルト・ボラーニョの名前が日本でも喧伝されはじめた。その噂はボラーニョ最後の著作となる『2666』の英訳が全米批評家協会賞を受賞したことがきっかけだった。まず、短編集の『通話』が翻訳され、次いで大作として前評判が高かった『野生の探偵たち』が二〇一〇年に翻訳された。
     『野生の探偵たち』の翻訳は、それまで土着的な、それでいて幻想的な世界を表現していると――それは近代的な表現である小説に、前近代的な世界観を織り込むという矛盾を含む表現方法であるのだが――思われてきたラテンアメリカ文学の印象を一新させた。小説に登場するのはラテンアメリカの文壇だ。小説中の前衛詩人をめぐって五十三人のインタビューが収録されている。インタビューされた人物にはノーベル文学賞を受賞した詩人オクタビオ・パスの秘書もいる。描かれるのはラテンアメリカの土着的な風景ではなく、都市生活者である詩人や作家たちの楽屋裏である。
     近年、紹介者として八面六臂の活躍をしている寺尾隆吉が『ラテンアメリカ文学入門』で説明するところによれば、ボラーニョ登場の直前は回想録(そこには「大御所作家の友人という特権を頼みに私生活を切り売りしたような」ものが混ざっていたという)が氾濫する状態であり、閉塞感があったようである。寺尾によれば『野生の探偵たち』は「批評界から高い評価を受けたほか、販売面でも好成績を収め、作家の道を模索する新世代の純文学作家たちにとって道標」になったという。
     ところで筆者は、翻訳されて間もない『野生の探偵たち』を読んで鼻白んだ。この小説は数十頁で収まる内容を邦訳にして八百頁程度に引き伸ばしたものだったからである。だが、翻訳当初は訳者である柳原孝敦が「めっぽう面白くて紛れもない傑作なのだけれど、何しろ長くて難解なこの小説」と「訳者あとがき」に記しているように、ボラーニョは前衛的な、それも難解な小説家と思われていた。しかし、これは途方もない誤解であると筆者は断じる。ボラーニョの小説は難解なのではなく、ただひたすら頁数を消費しており、読者が読み解こうとする苦労が報われない――読み解こうとした所で謎がないためだ――小説であり、その報われ無さを難解さとして納得しようとする読者に向けた小説なのである。
     つまるところ、それは難解さを装った書物であり、頁を捲るという肉体労働を続けるだけで、難解さと対峙したと誤解できる書物なのである。そのような小説を求める読者とは難解を受容している自分に酔いしれるために書物を消費しようとしている読者である。
     この悪質な作者と読者の結託による構造的な欠陥を持った小説がボラーニョ文学の特徴と言える。日本の海外文学におけるボラーニョの紹介は、そのような構造欠陥を知って知らぬかのようになされたと言えよう。
     たとえば、三島賞作家小野正嗣と英米文学者である越川芳明との対談は、ある意味では欺瞞に満ちたものと言える。

    小野 ストーリーが明確な構造を持っていて、透明に意味が伝わってくるものを好むようです。スピードと透明さに価値を置く読者が明らかに増えていて、小説を「享受」というより「消費」している。でも小説は「言葉でできた芸術作品」ですから、「そういう読み方ってまずいんじゃないか」って思っている読者も実はけっこういると思うんです。だから、そうした人たちは、あっという間に消費される作品とは対極にある『2666』のような作品を待ち望んでいて、いまこの本を読みながら、わからないものに時間をかけて取り組む喜びを感じているのではないでしょうか。もちろん、わからないって言っても、決して難解なわけではないですから。読み手にある程度の負荷をかけてくる作品を、読者もどこかで希求しているんじゃないでしょうか。
     そうは思うのですが、おそらくこの小説を本屋で見て手に取る人は、やっぱり一般的な読者の方ではないですよね。
    越川 村上春樹が好きな人は手に取らないよね。
    (「この小説は「砂漠」だ」)


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  • 大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第7回 三島の終焉 その美的追求によるパフォーマンス原理(後編)【不定期連載】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.738 ☆

    2016-11-22 07:00  
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    大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第7回 三島の終焉 その美的追求によるパフォーマンス原理(後編)【不定期連載】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.11.22 vol.738
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    今朝のメルマガでは大見崇晴さんの連載『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第7回の後編をお届けします。
    あまりに有名な三島由紀夫の最期、市ヶ谷駐屯地での割腹自殺に目論まれたパフォーマンス的な意図とは。遺作『豊穣の海』の虚無的な結末や、晩年の異常ともいえる切腹への執着から、三島の「死とエロティシズム」の思想を明らかにします。

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    大見崇晴(おおみ・たかはる)
    1978年生まれ。國學院大学文学部卒(日本文学専攻)。サラリーマンとして働くかたわら日曜ジャーナリスト/文藝評論家として活動、カルチャー総合誌「PLANETS」の創刊にも参加。戦後文学史の再検討とテレビメディアの変容を追っている。著書に『「テレビリアリティ」の時代』(大和書房、2013年)がある。
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    前回:大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第7回 三島の終焉 その美的追求によるパフォーマンス原理(前編)

     ここで一旦、これまでの議論を振り返ることとしよう。
     三島由紀夫はノーベル賞を逃して以降、強烈に(俗流的な解釈ではあるが)バタイユに惹かれていた。その結果として禁止の設定とその違犯を骨格に据えた作品を多く生むことになる(本人がインタビューで明言したものとしては、日本演劇史屈指の名作とされる「サド侯爵夫人」がある)。
     『豊饒の海』四部作もまた、同様に禁止と違犯を確認し続ける物語である。主人公がおり、禁止を犯しては死に至るが転生し、それを本多繁邦なる人物が観察し続けることで成立する奇妙なクロニクルであるのだ。違犯するものは時代ごとによって異なる。明治末を描いた第一部『春の雪』は、宮家(天皇家)への違犯である。昭和初期を描いた第二部『奔馬』は体制への違犯(血盟団事件や二・二六事件を連想させる)である。戦中から戦後まもなくの日本を描かず、なぜかタイに舞台を移すのだが、第三部『暁の寺』は同性愛という当時における禁止(この場合は女性同士)が描かれる。この第三部は明確に歪な作品であり、小説の半分が継続されてきた転生物語なのだが、もう半分は作者・三島にとっての仏教観として読めるものなのだ。
     のちに「小説とは何か」の中で第三部に触れて「私は本当のところ、それを紙屑にしたくなかつた。それは私にとつての貴重な現実であり人生であつた筈だ。しかしこの第三巻に携はつてゐた一年八ヶ月は、小休止と共に、二種の現実の対立・緊張の関係を失ひ、一方は作品に、一方は紙屑になつた」と述べ、「最終巻が残つてゐる。『この小説がすんだら』といふ言葉は、今の私にとつて最大のタブーだ。この小説が終つたあとの世界を、私は考へることができないからであり、その世界を想像することがイヤでもあり怖ろしい」と三島自ら禁止を自己演出してみせる。この場合実行される違犯は明らかに自殺である。その口吻とは裏腹に三島由紀夫は第三部の完了とともに、自刃に向けて猛スピードで準備を整えていく。
     そして第四部である。描かれるのは作品と同時代の昭和四十五(一九七〇)年である。ここでは禁止は描かれない。ただ、これまで延々と観察されてきた転生物語が、観察者・本多の単なる妄想に過ぎないという荒廃した結末だけが待っている。転生者を名乗る「透」なる青年も本多の資産目当ての狡っ辛い人物として描かれ、物語には救いはない。あたかも、これまで執拗にも反復されてきた禁止と違犯の物語が徒労であったかのように、スカスカな終焉を向かえる。
     かのように、見える。しかし、『天人五衰』という小説の末尾には下記年月日が記されている。

    「豊饒の海」完。
    昭和四十五年十一月二十五日

     この一点において三島は虚構である『豊饒の海』と現実の行動とを切り結ぶ。この日付が記されたその日に、三島は自衛隊市ヶ谷駐屯地に森田必勝ら楯の会を引き連れ、人生最後の日を迎えるのだ。現実を虚構が侵食しだす。違犯が実現するとすれば、現実においてないというわけだ。
     ところで、三島由紀夫は中村光夫との対談で行動について次のようにやり取りをしている。

    三島 しかし文学者は、生きていて自分の作品行動自体を行動化しようというのは無理だね。ぼくはそういうことをずいぶんいろいろ試みてみたけれど、ただ漫画になるばかりで、何をやってもだめですよ。
    中村 そういうことはないでしょう。
    三島 というのは、生きている文学者が自分の作品行動と自分の何かほかの行動とが同じ根から出ているのだということを証明することがとてもむずかしい。(中略)それを証明しようと思って躍起になればなるほど漫画になるのはわかっているけれど、死ねばそれがピタッと合う。自分で証明する必要はない。世間がちゃんと辻褄を合わせてくれる。
    (『人間と文学』所収「行動と作品の『根』」)

     三島自身が語る悪戦苦闘ぶりからもわかるとおり、『天人五衰』の末尾に記された日付とは「行動と作品」を世間が辻褄を合わせる最後の一手なのである。この日付があるだけで、のちに鳥肌実や後藤輝樹によってパロディされてきたパフォーマンスを記憶に残せたのである。

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  • 大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第7回 三島の終焉 その美的追求によるパフォーマンス原理(前編)【不定期連載】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.703 ☆

    2016-10-04 07:00  
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    大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第7回 三島の終焉 その美的追求によるパフォーマンス原理(前編)【不定期連載】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.10.4 vol.703
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    今朝のメルマガでは大見崇晴さんの連載『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第6回をお届けします。
    多彩な分野で才能を発揮しながら、実は長編作家としての評価は必ずしも高くない三島由紀夫。そこには〈人物〉よりも〈風景〉に他者性を認める特殊な資質があり、その限界を乗り越えようと晩年の彼が挑んだのは、自らの生の神話化と、日本的な官能美の追求でした。

    ▼プロフィール
    大見崇晴(おおみ・たかはる)
    1978年生まれ。國學院大学文学部卒(日本文学専攻)。サラリーマンとして働くかたわら日曜ジャーナリスト/文藝評論家として活動、カルチャー総合誌「PLANETS」の創刊にも参加。戦後文学史の再検討とテレビメディアの変容を追っている。著書に『「テレビリアリティ」の時代』(大和書房、2013年)がある。
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    前回:大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』補論 記号と階級意識(後編)【不定期連載】

     「劇作家としては一流、批評家としては二流、作家としては三流」。
     これが純文学プロパーの間で紋切り型の符牒がごとく伝わっている三島由紀夫に対する評言である。後輩世代の作家、特に「若い日本の会」のメンバーたちに共有された三島評価であった。ある意味で後発世代なりに三島を追い落としに掛かった表現と言えるのだろう。
     たとえば、「三島由紀夫と天皇」について語らないできたと『物語から遠く離れて』の小冊子に収録されたインタビューで答える批評家(にして三島賞作家!)・蓮實重彦は、ほぼ同年代ではあるが四歳ほど年長の批評家・江藤淳に「まァ三島由紀夫の小説は、江藤さんの初期批評以来あまり買っていらっしゃらないということはわかるんですけれども、(笑)でも彼の出現なんていうのは、戦前的なものの残照的でしょうかね」と話に水を向ける。

    ……結局、三島さんは、戯曲家としてもっとも優れ、短編作家としてとしてこれに次、長篇作家としては非常に辛い道を歩んだでのはないか。ところが人間というのはむずかしいもので、あの人はやはり、本格的な小説家として自分を登録してもらいたかったから、最期に無理をして四部作を……。あれはちょっと悲惨だったなァと思いますよ。(中略)要するに、短編を無限にに引きのばすというかたちでしか長編小説を書けないという感受性はどうしようもないですね。
    (江藤淳・蓮實重彦『オールドファッション』)

     江藤淳の述懐は、自身が三島由紀夫の欠点を真正面から指摘した評論「三島由紀夫の家」に対して、その誠実さを讃えた三島からの返礼があったことを思い出しながらのものだ。
     かように好意的な記憶とともに引き出されながらも、なお否定的に評価される三島の(長篇)小説は、如何なる欠点を持っていたのか。結論を先取すると、三島由紀夫という作家は小説というジャンルに対して、決定的な見当違いをしているのだ。特に小説中のリアリズムについて大きな見当違いをしている。
     さらに先取して述べるなら、三島由紀夫という作家はリアリズムについて決定的な見当違いをしたために、「本格的な小説家」に登録することは叶わなかったし、鬼面人を驚かす右翼的作家への変貌を見せるのである。しかし、三島由紀夫の素顔は――仮面は愛国的な作家というところだろうが――それどころか三島由紀夫の死には、国体の護持との関連は殆ど無い。天皇にすら実際のところ関心はない。垣間見えるのは同性愛への関心とそれに密接に関連している美に関する傾向だ。
     さて、ひとまずはリアリズムにおける三島の見当違いを明らかにすべきであろう。この見当違いについては、またしても彼自身が手の内を明かしている(!)。われわれは三島由紀夫のアリバイとも言える随筆「わが創作作法」にあたるべきだろう。この随筆の中で三島は四つの方法が重要だと述べている。「主題の発見」、「環境を研究すること」、「構成を立てること」、そして、最期に必要なこととして、評論よりも堅苦しくない随筆にふさわしく「書きはじめること」の重要さを読者に説く。いかにも随筆らしい落ちと言えるだろう。ところで、三島は随筆中で「本格的な小説家」にはふさわしくない記述を幾つか犯している。特に、第二の方法である「環境を研究すること」には三島という作家の才能を制限する習慣が存在していたことを無意識的に明かしている。おそらくは、そこに多くの読者も何かしらの言いようのない、誤りが認められることだろう。三島という作家の限界が露呈するのは例えば下記のような文章である。

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  • 大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』補論 記号と階級意識(後編)【不定期連載】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.688 ☆

    2016-09-13 07:00  
    540pt

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    大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』補論 記号と階級意識(後編)【不定期連載】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.9.13 vol.688
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    今朝のメルマガでは大見崇晴さんの『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』の補論、「記号と階級意識」の後編をお届けします。
    永山則夫から加藤智大に至るまで、現代の無差別殺人の特徴は、そのあまりの「凡庸さ」にあります。昭和から平成まで断続的に発生している「メッセージなき犯罪」。その根底にある、コミュニケーションの不全性について論じます。
    ▼プロフィール
    大見崇晴(おおみ・たかはる)
    1978年生まれ。國學院大学文学部卒(日本文学専攻)。サラリーマンとして働くかたわら日曜ジャーナリスト/文藝評論家として活動、カルチャー総合誌「PLANETS」の創刊にも参加。戦後文学史の再検討とテレビメディアの変容を追っている。著書に『「テレビリアリティ」の時代』(大和書房、2013年)がある。
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    前回:大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』補論 記号と階級意識 〜消費・要請・演技・自意識・幸福・アルゴリズム〜【不定期連載】

    3.演技と消費
     消費社会が訪れたことを、若者批判を介して明らかにしようとしていた人物がいる。その人物もまた、寺山修司だった。
     当時すでに『書を捨てよ、町へ出よう』や『ドキュメンタリー家出』などで知られていた寺山修司は、若者たちの「自立」や「反抗」を代弁する人物に思われがちだ。しかし、よく読めば彼は一貫して新左翼によるテロリズムに対して疑いを持ち続けていた。社会主義・共産主義の激戦地域だったベトナムに向かわず、アラブや北朝鮮に亡命していった日本赤軍派の宣伝主義的な疚しさを寺山修司は視界に収めている。若者たちは自己実現のために反抗的な若者を演じ、それにふさわしい舞台を探しているのではあるまいか? 寺山修司の評論は当時の若者たちが抱えていた疚しさを見逃さない。引用魔として知られた寺山は経済学者ヴェブレンの言を引いて論じる。

     (略)爆弾を投げて戦死した奥平剛士の死は、政治的にだけ解明しようとしても解明できるものではない。彼には、表現したい願望があり、それが彼の参加の理由でもあった。「もはや消費が自己顕示の手段として有効ではありえない時代では、あとはじぶんの命を浪費することによって自己顕示する手段がのこされる」(ベブレン「有閑階級の理論」)。

     日本赤軍は自己顕示のために自らの命を浪費した部分が存在すると、寺山は分析する。つまり、日本赤軍に属した奥平の死に、政治によって社会を変革する以外のことが強く存在すると看る。寺山は自死も厭わぬテロに消費主義を見出す。「持つこと」、所有のための対価を支払うことを超えた消費である。言うなれば、何者かを演技するために必要な衣裳の所有することをも超越した消費主義である。消費の対象は自らの生命に達する。そこにあるのは、演技の果てに、依頼もなく死地に向かう人間である。永山と同時代に、階級や階層を無くそうとした(共産主義に熱中した)若者の末路には、こうした消費主義の極限が待ち受けていた。
     顧みれば、これほどまでに消費に飽き足らなかった若者たちが、消費のない世界を思い描いて行動することでしか、消費というエクスタシーの享受が不可能だったのが、昭和元禄(一九六四)と呼ばれた高度成長期を迎えた日本だったのである。

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  • 大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』補論 記号と階級意識 〜消費・要請・演技・自意識・幸福・アルゴリズム〜【不定期連載】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.641 ☆

    2016-07-12 11:00  
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    大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』補論 記号と階級意識〜消費・要請・演技・自意識・幸福・アルゴリズム〜【不定期連載】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.7.12 vol.641
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    今朝のメルマガでは大見崇晴さんの『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』の補論として、「記号と階級意識 〜消費・要請・演技・自意識・幸福・アルゴリズム〜」をお届けします。1980年、村上春樹が『1973年のピンボール』を発表した年に、田中康夫は『なんとなく、クリスタル』で鮮烈なデビューを果たします。都市生活における洗練を描いたその作品の背後には、連続ピストル射殺事件の永山則夫という陰画が貼り付いていました。大量消費社会の黎明期に何が起きていたのかを「文学」と「事件」の両面から問い直します。
    ▼プロフィール
    大見崇晴(おおみ・たかはる)
    1978年生まれ。國學院大学文学部卒(日本文学専攻)。サラリーマンとして働くかたわら日曜ジャーナリスト/文藝評論家として活動、カルチャー総合誌「PLANETS」の創刊にも参加。戦後文学史の再検討とテレビメディアの変容を追っている。著書に『「テレビリアリティ」の時代』(大和書房、2013年)がある。
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    前回:『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第5回 記憶・神話・イメージ
    ■ 0.記号と消費社会
     村上春樹の小説は記号に溢れている。
     同世代のクリエーターにとって、それは清新なものだった。
     たとえば、1980年に発表された『1973年のピンボール』には、極めてスノビッシュな一節が数多と現れる。その一つを引用しよう。

     十二の歳に直子はこの土地にやってきた。一九六一年、西暦でいうとそういうことになる。リッキー・ネルソンが「ハロー・メリー・ルウ」を歌った年だ。その当時この平和な緑の谷間に人の目を引くものなど何ひとつ存在しなかった。
    (村上春樹『1973年のピンボール』)

     引用した文章において、登場人物たる直子に関する情報はほとんどなく、極めて冗長なものである。直子が「平和な緑の谷間」に移り住んできたこと以外(リッキー・ネルソンや「ハロー・メリー・ルウ」)は、蛇足とも言える。もしかしたら、年頃のおしゃまな女の子がボーイフレンドを探しているという歌詞が、直子のイメージに重ね合わせられるかもしれない。しかしそれは、村上春樹と同年代(1940年代、戦後間もない生まれ)でなければ共感しづらいところだろう。今日では「ハロー・メリー・ルウ」のような穏やかな歌詞の歌も、平和な緑の谷間も探し出しにくい。
     仮に村上が意図した(と思われる)方向で読み解いていた読者がいたとしても、それは少数だろう。とはいえミニコミ的に、カルト的な解釈を望む作家として村上春樹は登場し、そして実際に読者が期待どおりに没入し、数えきれない程の謎本が登場したのが村上春樹という作家なのである。日本人の大多数はリッキー・ネルソンも「ハロー・メリー・ルウ」も知らなかったのだから。
     このようなスノビッシュな文体を採用した村上春樹について、春樹のデビュー作『風の歌を聴け』(1979)を掲載した雑誌『群像』の新人賞候補として肩を並べた野崎六郎は、当時を以下のように振り返る。

     純粋に技法上の処理に限定されるにしても、「あのような文体」によって作品が可能だったという事実に、わたしは羨望に近いものを感じたのだった。七〇年代のわたしらのつたない二十代の経験が、贋金つくりのようなキッチュなスタイルで語りうるという事実にたいして、である。
    (野崎六郎『世界の果てのカレイドスコープ』)


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  • 大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第5回 記憶・神話・イメージ【不定期連載】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.619 ☆

    2016-06-16 07:00  
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    大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第5回 記憶・神話・イメージ【不定期連載】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.6.16 vol.619
    http://wakusei2nd.com


    今朝のメルマガでは大見崇晴さんの連載『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第5回をお届けします。T・S・エリオット、ハート・クレインらに代表される〈日常の神話化〉から、高度資本主義社会における〈固有名の記号化〉へ。村上春樹の〈イメージの文学〉はいかにして出現したのか。その文学史的な必然を論じます。
    ▼プロフィール
    大見崇晴(おおみ・たかはる)
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    前回:『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第4回 記憶・小説・人間
     村上春樹が自己を投影した語り手を小説に用いることが多い作家であると例証できたとしよう。それでは村上春樹作品中の記憶――そして記憶には付き物である名詞――に議論を戻す。
     ここで取り上げるのは「カティーサーク」である。「カティーサーク」は世界的に有名なイギリスのスコッチ・ウィスキーである。一九二三年に開発されてから世界中で呑まれている。村上作品にも何度も登場するこのウィスキーのために村上春樹は詩を捧げている。

    カティーサーク
    カティーサークと
    何度も口の中でくりかえしていると
    それはある瞬間から
    カティーサークでなくなってしまうような
    気がすることがある
    それはもう緑のびんに入った
    英国のウィスキーではなく
    実体を失った
    ちょうど夢のしっぽみたいな形の
    もとカティーサークという
    ただのことばの響きでしかない
    そんなただのことばの響きの中に氷を入れて飲むと
    おいしいよ
    (村上春樹・安西水丸『象工場のハッピーエンド』所収「カティーサーク自身のための広告)

     世界文学史的には「カティーサーク」の名前が登場した、もしくは重要なものとして取り扱われたのは、「カティーサーク」がブランドとして広まって間もなく詠まれたハート・クレインの詩『橋』(一九三〇)によってだろう。二十世紀前半のアメリカを代表する詩における橋とは、クレインが居住したニューヨークにあるブルックリン橋(当時にして橋としては最長であり、二十世紀アメリカの繁栄を象徴した)であり、「カティーサーク」はクレインが愛飲していたウィスキーだった。

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  • 大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第4回 記憶・小説・人間【不定期連載】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.604 ☆

    2016-05-30 07:00  
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    大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第4回 記憶・小説・人間【不定期連載】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.5.30 vol.604
    http://wakusei2nd.com


    今朝のメルマガでは大見崇晴さんの連載『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第4回をお届けします。近代が生み出した〈記憶〉の小説家であるプルーストとベケット。その系譜を受け継ぐ村上春樹もまた、三島由紀夫という時代の記憶を作品の中に封じ込めていた。『ノルウェイの森』において巧妙に配置された固有名と、その意味について論じます。
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    前回:『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第二章 終わりと記憶
     近代以降の文学、特に小説は記憶を題材とする。
     多くの論者に繰り返し書かれ読み飽きられていることであるが、カントの『純粋理性批判』が十八世紀後半に登場して、時間と空間が主観的なものでしかないと人々は気付かされた。客観そのものである世界に対して、人間はその一端しか知りうることは叶わない。人間が知りうるのは主観的なものであり、世界の一部に過ぎないとする考えが広まっていくのである。
     しかし、言い換えれば主観を介して世界はその一端を描き得る。英文学者イアン・ワットは、小説に影響を及ぼしたものとして、経験の個別性について論じた。デカルト、ロックといったカントに先行した哲学者が広めた、経験とは普遍的なものではなく、経験は個別的なものであるという考えが、「個人が把握した現実を小説が具象化できるようになる」のでる。
     してみれば、カントの学説は、人間の認識(自己)を介して世界の一端を把握すると読み替えられることもあった。カントの研究者として知られる坂部恵――彼のカント研究が柄谷行人の初期批評に影響を与え、日本現代文学批評に間接的ながら影響を及ぼしたことは周知の事実である――は、日本近代文学に現れるカント理解について、次のように取り上げる。以下の引用は「普請中」の作者としても知られ、近代日本の持つ国民国家という虚構性を重々承知していた医師・森林太郎、筆名・森鴎外の短編小説「かのやうに」からである。

     「小説は事実を本当とする意味に於いては嘘だ。併しこれは最初から事実がらないで、嘘と意識して作つて通用させてゐる。そしてその中に性命がある。価値がある。尊い神話も同じやうに出来て、通用して来たのだが、あれは最初事実があつた丈違ふ。君のかく絵も、どれ程写生したところで、実物ではない。嘘の積りでかいてゐる。人生の性命あり、価値あるものは、皆この意識した嘘だ。第二の意味の本当はこれより外には求められない。かう云ふ風に本当を二つに見ることは、カントが元祖で、近頃プラグマチスムなんぞ余程卑俗にして繰り返してゐるもの同じ事だ」

     引用したのは、鴎外がドイツの哲学者ハンス・ファイヒンガーの『かのようにの哲学』を鴎外が要約したものである。「かのやうに」が書かれたのは一九一二年のことである。ここにおいてカントが亡くなり百年近く経過して、人生(=自己)に価値があるのは本人にとって都合が良い虚構(=記憶)であると暴露される。
     とはいえ、これは二十世紀前半においては後進国であった日本の都合である。
     「個人」であるとか「主体」といった概念は近代を他地域より先行して受け入れた欧州から輸入したものである。それら見慣れない概念を、さもある「かのやうに」近代日本の土台を構築しなくてはならないと考えた。まさしく国家「普請中」にあった鴎外という人物なりの要約と言えよう。
     プラグマティズムも謂わばアメリカにおけるカント的な世界観の改版として開始されたものである。それはヨーロッパから距離をとりつつ「近代」を迎えた地域で始められた。『メタフィジカル・クラブ 米国100年の精神史』などでも紹介されているように、カント的な(簡略して説明すれば、人間が理性的に行動すれば、道徳的な結果が得られるという)世界観は信用ならなくなっていた。すでに奴隷制を巡って国内で南北戦争が勃発し、六十万という人命が失われていた。この時期について、二十世紀を代表する詩人T・S・エリオットはこのように述べる。

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  • 大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第二章 終わりと記憶【不定期連載】 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.507 ☆

    2016-02-01 07:00  
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    大見崇晴『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第二章 終わりと記憶【不定期連載】
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2016.2.1 vol.507
    http://wakusei2nd.com


    今朝のメルマガでは大見崇晴さんの『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第3回をお届けします。トーマス・マン、フォークナー、ガルシア・マルケスと続く、近代化の副産物としての〈年代記〉文学の系譜。三島のナショナリズムへの傾倒はその潮流への抵抗であり、それは『豊穣の海』という〈転生〉文学へと結実した。三島の晩年の作風を、戦後の世界文学の中に位置付けながら論じます。
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    大見崇晴(おおみ・たかはる)
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    前回:『イメージの世界へ 村上春樹と三島由紀夫』第一章 イメージの世界へ
    第二章 終わりと記憶
    第一節 終わりについて(三島由紀夫の場合)
     『戦後派作家は語る』の奥付には「昭和四十六年一月二十六日 初版第一刷発行」と記載がある。この本は六人の作家を聞き取り取材したものだが、珍しいことに「対談の日時・場所及び発表年月」までが記録されている。詳らかにすることも無理もない。取材をした「昭和四五年一一月十八日」の翌週、二十五日に三島由紀夫は自決するのである。出版社は何時如何なる場で取材された発言であるかを読者に明示しなくてはならない情勢であった。
     死の一週間前、三島由紀夫は絶望の淵にいる。「もう、いやになっちゃったんですね」と取材で告白する彼はすでに諦めの体でいる。彼は言う。

     三島 ぼくは自分をもうペトロニウス(ローマ皇帝ネロの側近で、『サチュリコン』の作者)みたいなものだと思っているんです。そして、大げさな話ですが、日本語を知っている人間は、おれのゼネレーションでおしまいだろうと思うんです。日本の古典のことばが体に入っている人間というのは、もうこれからは出てこないでしょうね。未来にあるのは、まあ国際主義か、一種の抽象主義ですかね。安部公房なんか、そっちへ行ってるわけですが、ぼくは行けないんです。それで世界中が、すくなくとも資本主義国では全部が同じ問題をかかえ、言語こそ違え、まったく同じ精神、同じ生活感情の中でやっていくことになるんでしょうね。そういう時代が来たって、それはよいですよ。こっちは、もう最期の人間なんだから、どうしようもない。

     三島由紀夫が語るのは二十一世紀の今日では馴染み深いグローバリゼーションへの率直な畏れであり、彼自身の限界の表明である。彼は作家としてグローバリゼーションに対応不可能であることを述べた。しかし、三島は自分自身が語るように日本語が身体に染み付いている作家であったろうか。
     作家としての三島由紀夫の履歴を振り返ってみると、彼が保守的(右翼的)な作家として舵を切るのは、一九六一年一月に発表された短編小説「憂国」からである。それまではインタビュー集のタイトル通り「戦後派」作家の一員だったのである。
     「憂国」発表の一昨年である一九五九年に、三島は自身にとって当時最大の長編となった『鏡子の家』を発表している。これは歳上の作家仲間たちから失敗作と断じられた。雑誌「聲」同人だった大岡昇平は回想する。

     大岡 彼はとにかく目立ちたがかり屋だからね。その点はいやだったんだけれども、そのころは、俺たちはいっしょに「聲」をやっていたし、仲よかったですよ。三島は『鏡子の家』を書いて、失敗しちゃって……。
     埴谷 そう。あれは評判悪かったね。
     大岡 俺は戦後と寝なかったというのは言い出したのはあの後のはずだよ。少したって『憂国』になっちゃった。以来ずっとそっちへいっちゃたから、俺はもう話の種はないからね。
     (大岡昇平・埴谷雄高『二つの同時代史』)

     三島歿後も生き残った作家二人の発言からも判る通り、三島の「右」転向が小説家としての失敗後ということが看て取れる。では、それまでの三島由紀夫は自分の小説についてどのように考えていたか?
    この明晰な作家は衒いもなく自分の手の内を曝してみせる。

     私の文体が、いかに他人の影響のおかげを蒙っているかは、右の一覧表によっても明らかである。(1)は新感覚派、ポオル・モオラン、堀辰雄、ラディゲの「ドニイズ」など。(2)は日本古典、および堀辰雄による現代語訳。(3)は日夏耿之介、およびヨーロッパ頽唐派文学の翻訳。(4)はラディゲの「ドルジェル伯の舞踏会」。(5)ははっきりと(!)森鴎外。(6)はスタンダールの翻訳。(7)はスタンダールに鴎外風な壮重さを加味したもの。(8)はスタンダール、プラス鴎外。(9)は鴎外プラス、トオマス・マン。ざっとこのとおりである。
     (三島由紀夫「自己改造の試み」)

     引用したように、三島が多く採用したのは翻訳小説の文体である。彼は日本語から遠ざかろうとした作家であるとも言えるのだ。
     また、三島由紀夫が手の内を見せびらかせたのは、五度も映画化――第一作目が戦後日本を象徴する青春のシンボル、吉永小百合がヒロインを演じた――した『潮騒』(一九五四)を発表したのち、代表作となる『金閣寺』で文壇的にも成功を収めた絶頂期を極めた一九五六年のことである。「戦後と寝なかった」という口吻とは裏腹な成果を積んだのが五〇年代の三島と言えた。
     三島由紀夫といえば堀口大學訳の『ドルジェル伯の舞踏会』からの影響がつとに語られるところであるが、この絶頂期を迎えた三島が強く意識した作家はトーマス・マンだった。この作家、トーマス・マンは、日本では文庫で入手しやすい著作が『魔の山』であることから、ある種のサナトリウム文学の作家と誤解される。しかし、マンが一九二九年にノーベル文学賞を受賞したのは、この作品よりも処女長編である『ブッデンブローク家の人々』によってであろう。世界文学史的に捉えれば、この長編が及ぼした影響は『魔の山』よりも大きい。『ブッデンブローク家の人々』は、とある商家の隆盛と没落を描いた年代記である。後年の研究で、この小説はマン家に記録された家計簿や日記などを素材に築かれたフィクションだと明らかになるのだが、そこに描かれているのは、大衆化社会を目前とした市民(ブルジョワ!)による衰退の物語なのである。
     フォークナーは『作家の秘密』でインタビューアーに答えて、作家としての秘訣を後進に与えている。それは時代を主導した作家を押さえて、それに学ぶことである。フォークナーにとってそうした時代の引立役は、彼自身が述べるようにトーマス・マンでありジェイムズ・ジョイスだった。ここからフォークナーの小説を因数分解して概略することは容易い。マンにとって没落するリューベックの商家は、フォークナーにとっては南北戦争敗戦後のアメリカ南部である。この土壌に「意識の流れ」というジョイスから導入された前衛的な手法によって語られる。これがフォークナーが示した現代世界文学の模範解答である。
     フォークナーが示唆した秘訣を多くの作家は鵜呑みにした。殆どの作家が消化不良に陥り、「A国のフォークナー」などとパッケージングされて商品化されて流通するに留まったのが、第二次世界大戦後の世界文学(の純文学)の主流と言える。
     世に知られたところで言えばガブリエル・ガルシア・マルケス、最近であればオルハン・パムクと莫言、日本で言えば大江健三郎と中上健次がフォークナーの影響下にある。彼らはみな各国の市民階級が何らかの要因によって崩壊に直面することを描いた作家なのである。
     ノーベル文学賞受賞がマンの影響下にある作家によって占められることは、小説が市民階級の勃興とともに隆盛した芸術であることを踏まえれば重要である。各国において彼らの登場は、その国においての(近代芸術、市民のための芸術としての)小説の不可能性を証明するものなのである。つまり後進国が先進国の仲間入りしたことを裏付けするように配布されていたのが、ノーベル文学賞とも言えるのだ。
     貧困が徐々に解消され、情報化され、市場への挑戦が容易となった今日においては、つまり世界中で、読み飽きるほどの、各国のガブリエル・ガルシア・マルケスが蔓延る(もはやフォークナーという作家は忘れ去られている)。もはやグローバリゼーションが誰の目にも明らかとなったこの世界では、ノーベル文学賞は、その役割を変えなければならないだろう。
     それはともかく、三島由紀夫はこうした芸術家の列に加わろうとして失敗した作家である。具体的には『鏡子の家』が失敗作と言えるのだが、(たとえば石川淳に)ブルジョワ作家であることを表明した三島にとって、この失敗は致命的なものであった。三島由紀夫という作家は聡明であり、自らがブルジョワ作家であることを認識しながらも、小説というジャンルが時代遅れな代物であることを、作品として表現することが叶わなかった作家なのだ。
     こうして三島由紀夫は作家としてのキャリアを、ナショナリスティックな作品を発表することにこだわっていく。というか、三島由紀夫という作家はナショナリズムというよりも、たまたまナショナリズムが世界を覆っていた青春期を描くことに執念を示すのである。その結果、周囲には「右」旋回したようにしか見えない作風へと変貌を示してしまう。三島文学とは、その前半において世界に伍する年代記文学を志して、その準備として描かれた小説群であり、後半においては世界文学を断念して私小説のような、青春小説の変奏曲のような、民族的な小説群なのである。だからこそ、死を前にして古林尚に述べた年代記小説への強い反撥は興味深い。

     三島 まあ確かにご指摘のようなこともあるでしょうが、あれには技術的な理由もからんでいるんです。ぼくはクロニクル(年代記)ふうの小説は、もう古いと思ったんです。おじいさんがどうした、おばあさんがどうした、おとうさんがどうした、お兄さんがどうした、私がどうした、子供がどうした――こんな書き方は、もう飽き飽きしているんです。ところが生まれかわりを使えば、時間と空間がかんたんにジャンプできるんですよね。作者の小説技法として便利ですよ。


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