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記事 6件
  • 池田明季哉 "kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝 第一章 トランスフォーマー(4)「乗り込めない3DCG、乗り込めるおもちゃ」【不定期配信】

    2017-12-20 07:00  
    540pt

    デザイナーの池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生ーー世紀末ボーイズトイ列伝』。今回はトランスフォーマー編の最終回として、特に初期映画版トランスフォーマーのおもちゃがデザインされたプロセスに着目しながら、ハリウッドが見落としてしまったトランスフォーマーのもうひとつの可能性を指摘します。
    「変形フィギュアをぐにゃっと曲げて変形させることはできない」
     ここまで、映画版トランスフォーマーが、暴力というアメリカン・マスキュリニティの重力から逃れらず、新たな男性性の可能性を獲得することに失敗してきた10年の歴史を整理してきた。
     それではトランスフォーマーという表象が、再び新しい成熟のイメージの担い手となることはできないのだろうか。「kakkoii」の器となることができた1984年のトランスフォーマーと、保守的な男性性の重力から自由になれなかった2007年以降のトランスフォーマーは何が違うのだろうか。
     そのヒントは、むろん、おもちゃのデザインにある。
     この連載がおもちゃのデザインを主題としていながら、映画版トランスフォーマーについてはほとんど映画の物語内容についてしか論じていないことを、不思議に思う読者もいるかもしれない。しかし逆説的に、映画の物語内容について論じるしかなくなっているという事態にこそ、問題を解決するヒントを見いだすことができる。
     1984年のトランスフォーマーが、日本でつくられたおもちゃをアメリカ向けに再パッケージしたブランドだったことは前回述べた。しかし映画版のトランスフォーマーは、全く異なるプロセスでデザインされている。
     先に結論を述べよう。映画版トランスフォーマーの決定的な分岐点は、アメリカ軍にフェティッシュな憧れを抱くマイケル・ベイに監督を任せたことでも、マーク・ウォールバーグというアメリカン・ヒーロー映画の常連を主役に据えたことでもない。3DCGの可能性を過大評価し、そしてそれによって結果的におもちゃを過小評価してしまったことだ。
     ハリウッドのブロックバスター映画ともなればその機密性は徹底しており、映画版トランスフォーマーのおもちゃのデザインがどのようなプロセスで行われたのかを正確に把握することは難しい。しかしそれが非常に複雑なものであり、かつ映画サイドとおもちゃサイドの緊張関係を伴っていたことは、幾つかの情報から窺い知ることができる。
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  • 池田明季哉 "kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝 第一章 トランスフォーマー(3)「2009年-2016年:西から東へ、軍人から騎士へ」【不定期配信】

    2017-12-14 07:00  
    540pt

    デザイナーの池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生ーー世紀末ボーイズトイ列伝』。1984年にトランスフォーマーの描いた成熟のイメージを評価した前々回、2007年の映画『トランスフォーマー』を『グラン・トリノ』と比較した前回に引き続き、今回のテーマもトランスフォーマーです。映画版トランスフォーマーが描こうとして挫折し続けてきた成熟のイメージを、「騎士」というモチーフを中心に論じます。
     1984年に「魂を持った乗り物」として成立した初期トランスフォーマーと、モノとのコミュニケーションによって導かれる成熟について論じた前々回、2007年の映画『トランスフォーマー』を『グラン・トリノ』と比較しながら、アメリカン・マスキュリティを構成する要素を「自動車」「軍人」「キリスト教」の三つに整理した前回に引き続き、今回は、現在公開されている第2作から第5作の映画について、そして映画版トランスフォーマーが失ってしまった可能性について明らかにしたい。
    『リベンジ』ーー「古きもの」によるノスタルジックな成熟
      
    ▲『トランスフォーマー/リベンジ(原題:Transformers : Revenge of the Fallen)』(2009年)
     第2作『リベンジ』においても、主要な登場人物の配置は『トランスフォーマー』から大きく変化しない。オプティマス・プライム、バンブルビー、サムに加えて、レノックス大尉とヒロインのミカエラがほぼ同じ位置付けで登場する。『リベンジ』ではメガトロンに代わって「ザ・フォールン」と呼ばれる存在が敵の指導者としての役割を果たすが、全体的な構図そのものは第1作とそれほど変わるところがない。前作で高校生だったサムの大学進学が描かれているものの、それが決定的に彼を成熟させることもない。
     ただ『リベンジ』からは「老化」や「風化」といったモチーフが現れていることは特筆すべきだろう。たとえばトランスフォーマーシリーズ全体においてリーダーの証として象徴的な意味を持つ「マトリクス(Matrix of Leadership)」は、長年封印されていたために風化しており触れた瞬間に砂になってしまうし、ジェットファイアーという名の老トランスフォーマーは、髭を蓄え腰を曲げて杖をついた老人然としたデザインを与えられている。  

    ▲タカラトミー「MB-16 ジェットファイアー」。写真は映画10周年を記念して2018年に発売が予定されている仕様変更版。
     そして人間とオートボットの勝利は、こうした「古きもの」の力によってもたらされる。一度は命を落としたオプティマス・プライムは、サムの功績によって再びその形を取り戻したマトリクスを使って復活し、強化パーツとなったジェットファイアーと融合することでザ・フォールンを打倒するのである。
     ここでマトリクスやジェットファイアーといった「古きもの」の象徴に込められた理想とは、自己犠牲の精神であることが繰り返し語られる。砂となったマトリクスは、一旦は自ら戦いの犠牲となったサムの臨死体験を通じて復活するし、ジェットファイアーは自ら分解してオプティマス・プライムと融合する。こうした自己犠牲の精神、そしてサムやオプティマス・プライムの再生を、あるいはキリストの死と復活と同期して捉えることも、それほど無理のある見方ではないだろう。
     前回、『グラン・トリノ』と比較しながら、『トランスフォーマー』には「自動車」「軍人」「キリスト教」という三つの要素が重要な位置付けで登場していることを述べた。『リベンジ』以降においてもこれは引き継がれているものの、バランスはやや異なる。「自動車」については徐々にあまり描かれなくなり、「軍人」「キリスト教」というふたつの要素が重点的に描かれるようになっていく。
     こうした描写からは、『リベンジ』がアメリカン・マスキュリニティの有効期限が既に切れつつあることには自覚的であることが伺い知れる。しかしその再生の道筋は、過去の英知の結晶たるマトリックスと、老トランスフォーマーであるジェットファイヤー(のパーツ)によってもたらされる。トランスフォーマーという人間の科学を超越した機械生命体を中心にしたサイエンス・フィクションでありながら、この物語はフューチャリズムではなくノスタルジーに駆動されているのである。
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  • 池田明季哉 "kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝 第一章 トランスフォーマー(2)「2007年:ハリウッドの生んだ意外な双子、イーストウッドとオプティマス」【不定期配信】

    2017-11-14 07:00  
    540pt

    デザイナーの池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生ーー世紀末ボーイズトイ列伝』。ラジー賞を受賞し「最低の映画」とまで言われる映画版『トランスフォーマー』シリーズ。しかしある視点から見ると、アカデミー賞も受賞したクリント・イーストウッドが監督・主演した名作『グラン・トリノ』と驚くほどの類似点があると言います。ふたつの映画の比較から、21世紀にトランスフォーマーの陥ってしまった困難について語ります。
     ここまで、20世紀を代表する成熟した男性の理想像は、アメリカのアクションフィギュア「G.I.ジョー」が描き出したような、最強の肉体と最強の知性を併せ持つ「軍人」であったことを確認してきた。そしてそのイメージを更新した20世紀末のボーイズトイにおいて、「G.I.ジョー」の仕様変更品として生まれた「変身サイボーグ」は、自身の身体にテクノロジーを組み込むことで成熟を目指す「サイボーグ」というイメージを、そしてさらにその関連商品として発売された「サイボーグライダー」は、自らが乗り物になってしまうことで「魂を持つ乗り物」というべきイメージを提出した。
     そして前回にあたる「第一章(1)「トランスフォーマー──ヒトではなくモノが導く成熟のイメージ」では、1984年の誕生当時のトランスフォーマーを、「魂を持つ乗り物」の最も先鋭化した姿として、理想の成熟のイメージとして憧れの器となりながら同時に成熟することを断念させる矛盾を孕んだ存在として、そしてそれゆえに描くことのできた新しい成熟のイメージについて論じた。
     その後トランスフォーマーは、誕生から30年以上に渡ってさまざまなバリエーションを生み出し続けており、そのそれぞれがユニークな想像力を提案し続けてきた。ひとつひとつのシリーズを理想の男性性や成熟のイメージといった観点から詳細に分析していきたいところだが、それは重厚な歴史に伴ってあまりにも膨大な分量になってしまうことから残念ながら断念せざるを得ない。そのためその重要性を認識しつつも、本稿では2007年からスタートし現在も進行中の、トランスフォーマー史上ある意味で最もポピュラリティを獲得したシリーズであるハリウッド映画版、およびそのおもちゃについて取り扱いたい。
     前回でもわずかに触れたが、結論から述べると、このハリウッド映画版はアメリカ主導で製作されることでアメリカン・マスキュリニティが中心的なテーマに据えられ、そして結果としてその挫折と更新の難しさを露呈してしまっている、というのが本連載の立場である。まずは映画の物語に注目しながら分析を加え、おもちゃのデザインがどのようにそれを引き受けたかという順で論じていきたい。その後ここまでの議論と合わせて考えることで、21世紀にトランスフォーマーが辿り着いてしまった限界と、20世紀末に置いてきてしまった可能性が明らかになるだろう。
    ▲タカラトミー『TLK-15 キャリバーオプティマスプライム』
    『トランスフォーマー』は「最低」の映画か?
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  • 池田明季哉 "kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝 第一章 トランスフォーマー(1)「1984年:ヒトではなくモノが導く成熟のイメージ」【不定期配信】

    2017-10-11 07:00  
    540pt

    デザイナーの池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生ーー世紀末ボーイズトイ列伝』。序章で紹介したG.I.ジョーと変身サイボーグが描いた理想の男性性にまつわる想像力を引き継いで、トランスフォーマー誕生の経緯とそこに描かれた新しい成熟のイメージについて語ります。
     序章では、アメリカにおける理想の男性像はG.I.ジョーというおもちゃが描いた「軍人」であり、その先に現れた「スーパーヒーロー」と共にマッチョイズムが基調となったこと、そしてG.I.ジョーの仕様変更として生まれた変身サイボーグが強化パーツを身にまとうことで丸ごとバイクになった「サイボーグライダー」が、乗り手と乗り物がコミュニケーションを取りながら主体と客体を往復する「魂を持つ乗り物」というユニークな想像力を提案したことを整理した。
     今回からは、実際の20世紀末のボーイズトイのデザインに触れながら、この想像力の発展と、それによって導かれる「kakkoii」という美学の可能性について考えていく。今回からの第一章では、変身サイボーグの直系の後継者であり、「魂を持った乗り物」の中でも最もグローバルに活躍するに至った洗練されたおもちゃシリーズ「トランスフォーマー」について論じていきたい。
     前編にあたる今回は、変身サイボーグがどのようにしてトランスフォーマーというかたちへと辿り着いたのか、その成立の経緯を分析しながら、20世紀末に誕生したトランスフォーマーというおもちゃの本質と、そのユニークな想像力について論じていく。トランスフォーマーは長い歴史の中で実にさまざまなバリエーションを生んできた。それぞれが興味深いため、本来であればそのデザインと想像力の関係をつぶさに追っていきたいところだが、今回はあえてその歴史を丁寧に振り返ることはせず、トランスフォーマーというコンセプトが最もピュアな状態だった誕生の瞬間に焦点を絞ることによって、その本質に迫りたい。
     その上で次回の後編では、21世紀に入ってから制作され現在に至るまで続いているハリウッドによる映画シリーズについて考えていく。結論からいえば、トランスフォーマーの映画シリーズは男性性、特にアメリカン・マスキュリニティを主題にしていながらも、その可能性を捉えているというよりはむしろ限界を露呈してしまっているというのが本連載の立場だ。20世紀のトランスフォーマーを論じた上で21世紀のトランスフォーマーの陥った状況について考えることで、トランスフォーマーが20世紀に置いてきてしまったものがなんなのかが明らかになるだろう。
    トランスフォーマーという「グッドデザイン」
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  • 池田明季哉 "kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝 序章(後編)「変身サイボーグ──戦後日本という母から生まれた新たな可能性」【不定期配信】

    2017-09-12 07:00  
    540pt


    デザイナーの池田明季哉さんによる連載『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』。G.I.ジョーが描いた理想の男性性について論じた前回に引き続き、20世紀末に花開いたボーイズトイ文化の原点とも言える変身サイボーグと、そのデザインがもたらしたユニークな身体性について語ります。

     序章の前編では、20世紀におけるアメリカ的な男性性の変遷をまとめた。G.I.ジョーというおもちゃを通じて浮かび上がってきた20世紀アメリカにおける理想の男性像とは、最強の肉体と最強の知性を持つ「軍人」であった。そしてそのイメージは、20世紀後半においてフィクションのスーパーヒーローに引き継がれた。スーパーヒーローは悩み苦しむ弱い心をさらけ出し、それまでのハードボイルドな男性像を更新したことで人気を博したものの、身体性においては軍人的マッチョイズムから逃れることはできず、アクションフィギュアの体型はむしろ筋肉が極端に強調されたものへと変化していく。  時を同じくして、日本にもG.I.ジョーの遺伝子を受け継ぐおもちゃが登場する。それがタカラ社(現タカラトミー社)による、日本ボーイズトイ文化の原点とも言える傑作、「変身サイボーグ」である。後編においては、戦後まもない40年代半ばから70年代に至って変身サイボーグが誕生するまでを振り返り、これから語ろうとしている「世紀末ボーイズトイ」の位置付けを明確にしたい。
    おもちゃ大国と軍国主義の挫折
     戦前から戦中においては、アメリカと同じように、日本における理想の男性性もまた概ね軍人と結びついていた。  日本は昭和に入った1920年代の段階ですでにおもちゃ産業が大きく発展しており、世界恐慌による不況への対応として、おもちゃの輸出が真剣に評価されていたほどだった。おもちゃの領域においては、クールジャパン的な発想はこの時点で既に生まれていたと言える。  このとき流行していたのは、やはり戦争おもちゃだった。日清戦争から日露戦争、そして第一次世界大戦に勝利することによって列強に並んだ日本において、少年たちは兵士や兵器に憧れ、おもちゃもそれに応えるものが作られていった。戦争によってメディアとなるおもちゃこそ作られなくなったものの、この流れは第二次世界大戦に至ってピークを迎える。そして敗戦と同時に、大日本帝国軍が理想としたような名誉を重んじ国家に殉じていくような男性性は、一旦徹底的に否定されることとなるのである。  こうした戦前から戦中の日本における理想の男性性の問題は、男性学的には極めて重要である。しかし他の多くの文化と同じように、おもちゃ文化もまた戦前〜戦中から分断されることによって戦後の文化が発展していった。そのためここではあまり詳細に分析することはせず、代わりに戦後のおもちゃ文化について論を進めていきたい。

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  • 【新連載】池田明季哉 "kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝 序章(前編)「G.I.JOEとスーパーヒーロー──20世紀を戦った偉大な父とその子供たち」【不定期配信】

    2017-08-09 07:00  
    540pt


    今回から、デザイナーの池田明季哉さんによる新連載『"kakkoii"の誕生──世紀末ボーイズトイ列伝』が始まります。20世紀末に登場したボーイズトイの歴史をめぐりながら、21世紀における男性の「かっこよさ」について考えます。今回は、G.I.ジョーの描いた理想の男性性の変遷をまとめ、日本のボーイズトイへ与えた影響を考えていきます。

     子供の頃のおもちゃのことを、覚えているだろうか。
     そう言われて、全く何も思い出せないという人は稀だろう。買ってもらえたもの、買ってもらえなかったもの、大切にしていたもの、捨ててしまったもの、なくしてしまったもの、今でも大切に持っているもの……さまざまなおもちゃの思い出が、誰の心にもきっとあることと思う。
     この連載では、そんなおもちゃのデザインを通じて、21世紀における男性の「かっこよさ」について考えていく。
     主に登場するのは、80年代から90年代ーー20世紀末に流行した、主に幼稚園から小学生までの男子をターゲットにしたいわゆる「ボーイズトイ」と呼ばれる日本のおもちゃ群だ。
     トランスフォーマー、ミニ四駆、SDガンダム、ゾイド、ビーダマン、ミクロマン、勇者シリーズ……20世紀末に子供時代を過ごした現在30歳前後の世代ならひょっとすると懐かしさを感じるかもしれないし、有名なおもちゃも含まれてはいるが、このリストの全てで遊んだことがあるという人はそれほどいないだろう。

    ▲トランスフォーマーより「コンボイ」(画像出典)

    ▲ミニ四駆「シャイニングスコーピオン」 (画像出典)
     私は多くの人と同じように幼少期におもちゃに慣れ親しみ、そして多くの人とは違って大人になった今もおもちゃで遊び続ける、おもちゃファンのひとりだ。そろそろ2歳になる娘の父親でもある。だからこの20世紀末のボーイズトイという世界が、一般的に「おもちゃ」という言葉からイメージされるものとは大きく異なる、著しく狭い領域であることもよくわかっているつもりだ。
     この連載で紹介するおもちゃの多くは、教育を目的とした積み木のような知育玩具ではなく、あるいはアンパンマンや仮面ライダーのような、映像メディア上の存在を写し取ったキャラクター玩具でもない。メディアミックスされつつもプロダクトを中心として展開し、それゆえに独自の表現を発展させていたユニークなデザインのおもちゃ群である。男の子たちの欲望に徹底して応えていった結果、これまでになかった新しいデザイン文化がおもちゃの世界を舞台に花開いたのが、20世紀末というタイミングだった。
     こうしたおもちゃのデザインについて考えることで、私はひとつの「やり残した宿題」を解くヒントを見出したいと思っている。20世紀の男性が解くべきだった、そして未だ解かれていない難問。それは「21世紀の男性にとって、『かっこいい』とは何か」ということだ。もし「かっこいい」という言葉が曖昧すぎるなら、「成熟のイメージ」と言い換えてもいい。どのように大人になり、社会と関係していくべきなのか。21世紀になって曖昧になってしまったそのイメージをよりはっきりしたものにするヒントを、20世紀末のボーイズトイを振り返ることで改めて発掘していきたい。
     序章では、まずは前提として本連載で扱うおもちゃの範囲と位置付けを確認しておきたい。この前編では、おもちゃ自体の社会的位置付けと、20世紀までのおもちゃが担ってきた男性性について確認する。次回の後編では、世紀末ボーイズトイの原点となったエポックメイキングなおもちゃを紹介しつつ、この連載で扱うおもちゃを定義づけていく。
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