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記事 12件
  • なぜ日本のIT企業には共有価値観がないのか?――尾原和啓氏が答える『ザ・プラットフォーム』Q&A ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.382 ☆

    2015-08-06 07:00  
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    なぜ日本のIT企業には共有価値観がないのか?――尾原和啓氏が答える『ザ・プラットフォーム』Q&A
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.8.6 vol.382
    http://wakusei2nd.com


    本メルマガでの連載がもととなり書籍化され、ベストセラーの仲間入りも果たした尾原和啓さんの『ザ・プラットフォーム』。今回の記事では、出版後に行われたニコ生で読者から寄せられた質問と、それに対する尾原さんからの回答をまとめました。
    尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』前回までの連載はこちらのリンクから。

    ▲尾原和啓『ザ・プラットフォームIT企業はなぜ世界を変えるのか?』 (紙書籍版:NHK出版新書/電子版:PLANETS 同時発売)
    先月、NHK出版新書から『ザ・プラットフォーム』が発売されました。おかげさまでKindleでビジネス書総合一位、六本木ABC書店で三週連続総合一位という風に、大変な好評価をいただけています。
    この本の出版をもって、「プラットフォーム運営」について語ってきたこの連載は、一段落することになります。連載の内容に興味を持たれていた方は、私なりのまとまった見解が書かれていますので、ぜひ本を購入してみてください。
    さて、今回はこの連載のひとまずの締めくくりに、7/18のニコニコ生放送で私が読者から受け付けた新書への質問の回答を書いてみたいと思います。新書や連載では書けなかった内容について、踏み込んだ内容を話しているので、補完的な内容になっていると思います。
    Q1.尾原さんの言う衆人環視の仕組みは、新しい村社会のようにも思えます。本当に望ましい社会なのでしょうか?
    いきなりPLANETSの読者らしい質問ですが……結論から言えば、わりと私は楽観的に考えています。
    まず、「衆人環視」については、M.フーコーという哲学者が『監獄の誕生』という本で論じた「パノプティコン」という概念を知る必要があります。フーコーは、人間の罪の意識が、誰かから監視されている状態で生じるものではないかと考えました。その際に彼は、ジェレミー・ベンサムの「パノプティコン」という監獄の設計を取り上げています。この監獄は、塔から誰かに監視されているのだけど、その人の存在は見えないというものでした。このとき、人は心のなかに「自分が監視されている」という状態を作り上げてしまうのです。
    ▲パノプティコン型刑務所、「プレシディオ・モデーロ」の内部。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%8E%E3%83%97%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B3%E3%83%B3#/media/File:Presidio-modelo2.JPG
    さて、この衆人環視という状態は、現代で言えばTwitterやFacebookで常に自分が見られているネット社会の状況そのものです。私たちは、そういう中でどのように生きていくのかが問われているのです。しかし、ここにはデメリットだけではなくて、メリットもあります。
    ビクビクしながら生き抜くしかないということは全くありません。むしろ、僕は「お陰さま」という言葉が真に活きる社会になっていくだろうと楽観的に考えています。なぜならば、みんなが見てくれているということは、徳を積めばその分は必ず誰かが見ていてくれて、いつか評価として帰ってくるからです。ネガティブなことがバレやすい分、リア充みたいに自慢しなくても周囲があなたの良いことを拾ってくれて、どんどん新しい仕事や機会が自分に舞い込んでくるようになる。まさに「情けは人のためならず、己のためなり」が実現する社会になるのだと信じています。
    Q2.楽天やニコニコ動画のようなサービスは、日本の中間層の厚みを利用していて、海外に簡単に輸出できないように思えるのですが、どう思いますか?
    これも、なかなか好学な質問ですが、まさにおっしゃる通りです。
    この人の言う「中間層の厚み」は、この本における「ハイコンテクスト」に当たる話になります。確かに、楽天で些細な差異を競ったガジェットが人気があったり、ニコニコ動画の「歌ってみた」や「踊ってみた」で連鎖反応が起こりやすいのは、日本の中間層の厚みによる部分があるのは確かです。ただし、それが海外で通用しないことは必ずしもないと思います。ハイコンテクストになる共通なものを、ある一定の層の中で生み出しさえすればいいだけだからです。あるいは、ハイコンテクストを短期間に凝縮して生み出す装置なんかがあってもよいでしょう。
    例えば、前者をグローバルビジネスでやっている優れた産業が、ワインです。
    ワインというのは、産地や作り手の思いやぶどうの品種などの、とてもハイコンテクストな差異を積み上げていくことでブランド価値を作り上げて、単価を上げるビジネスなんですよ。こういうのは――いつも出す極端な例で恐縮ですが――女性のうなじに関してだって、論理的に言えば出来るはずです。現実にそういうことが起こりやすいのは、やはりオタク産業になるでしょう。以前に宇野さんから海外ではガンプラが二倍以上の値段で取引されていると聞きました、AKBだってあのテンプレートをヨコ展開させることは可能だと思います。
    ちなみに、AKBの面白さは、思春期の少女という最も成長変化の激しい状態の集団に観客が関与していくことによって、さらに成長が生まれていくところにあります。そのときの様々な衝突がドラマを生むし、秋元康がそれをさらにズラしていくので、物語は加速していくわけです。しかも、地方にAKBが新しく生まれるたびに、今度は連歌のように先輩のAKBと重ね合わされて、また新たなコンテクストのズレも発生していく。ほとんど意図的とさえ思えるほどに、高速にハイコンテクストを生み出す仕組みになっています。
    でも、ここにあるのは「想い」というものの凝縮性でしかありません。だから、海外におけるスナップチャットのやり取りやインスタグラムのタグの進化を見ていると、AKBやニコニコのN次創作のコミュニケーション消費にとても近いものが生まれはじめているし、そこに着目していけば輸出は十分に可能だと思います。
    Q3.落合さんが連載で、Googleは人工知能の思想、Appleはパーソナルコンピューターの思想とまとめていましたが、Facebookはどういう系譜の思想になるのでしょうか。
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  • 宇野常寛×尾原和啓「世界を革命する力をーーグローバル企業と日本的インターネットのポテンシャル」 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.362 ☆

    2015-07-09 07:00  
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    宇野常寛×尾原和啓「世界を革命する力をーーグローバル企業と日本的インターネットのポテンシャル」
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.7.9 vol.362
    http://wakusei2nd.com


    本メルマガでの記事を元に、6月に刊行された2つの書籍『ザ・プラットフォーム』『資本主義こそが究極の革命である』。本日は、この刊行を記念し行なわれた尾原和啓さんと宇野常寛の対談の模様を配信します。
    尾原さんが『ザ・プラットフォーム』で分析したApple、Google、Facebookという主要IT企業の〈思想〉を出発点に、「多様性を生むソーシャルは可能か?」について語り合いました。
    ■ 東洋思想に近づくGoogleとApple
    宇野 皆さん、こんばんは。評論家の宇野常寛です。本日は、今日発売されましたNHK出版新書の『ザ・プラットフォーム』の著者である尾原和啓さんをお招きして、議論していきたいと思っております。
    さて、この本では、冒頭で「なぜいまプラットフォームを考えるのが重要か」が説明されています。それに続く章では、現在の世界を動かすアメリカ発のプラットフォーム――具体的には、Google、Apple、Facebookについての解説がありますね。

    ▲尾原和啓『ザ・プラットフォーム:IT企業はなぜ世界を変えるのか?』
    ┗Kindle: http://bit.ly/obara-platform (580円)
    ┗紙: http://amzn.to/1Labees (842円)
    尾原 GoogleやFacebookのユーザーは、実はもう10億人以上いて、すでに国家を超えるプラットフォームといえる状態です。でも、僕たちはそのプラットフォームが、どういう思想で、どんな未来を描こうとしているか知らずにいる。そこを読み解き、プラットフォームと個人の自由の関係を考えたのがこの本です。
    宇野 この三者の関係が、尾原さんの整理によって初めて見えたように思いました。おそらくですが、Apple、Facebook、Googleは3つともサービスの作用点が違うんだと思います。それぞれ、Appleは人間の内側にある「内面」、Googleは人間の外側にある「世界」、そしてFacebookは人間と人間の関係性の「間」、というように作用点を変えて、互いに住み分けているのではないか――そんなことを思ったんです。
    まずGoogleは「世界」を情報化することで、人間をクリエイティブにする会社です。だから、最初に整理していたサイバースペース上の情報だけでしたが、今やGoogle Mapのようにリアル空間を検索可能にするなど、情報化の範囲を広げ続けています。それに対して、Appleはコンピューターの力で人間の「内面」を変化させて、人間をクリエイティブにしようとしている。スマホ以降のプラットフォームビジネスでは、まずは両社が主要プレイヤーとして戦ってきた。そうですよね?

    ▲こちらも発売中!宇野常寛(編著)『資本主義こそが究極の革命である』 
    尾原 そのとおりです。面白いのが、結局AppleもGoogleも「禅」的な思想に近づいていることですね。実際、Ingressの担当者のジョン・ハンケなんかは、明確にティック・ナット・ハンをベンチマークしていると語っていて、「禅」の発想がサービスに自然に溶け込んでいる。それはGoogleの思想が向かっている先とも一致しているんですね。
    そのときに、アジアの東洋思想にバックボーンを持っている我々には、ちゃんと解釈できるという強みがありますよね。
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  • 「プラットフォームとは何か?」――『ITビジネスの原理』著者・尾原和啓の新刊冒頭を試し読み! ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.340 ☆

    2015-06-09 07:00  
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    「プラットフォームとは何か?」――『ITビジネスの原理』著者・尾原和啓の新刊冒頭を試し読み!
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.6.9 vol.340
    http://wakusei2nd.com



    6/9に尾原和啓さんの新刊『ザ・プラットフォーム』が出版されます。PLANETSで1年にわたって連載されてきた「プラットフォーム運営の思想」に大幅加筆。プラットフォームビジネスの極意に迫ります。
    今回は、その刊行を記念して、書籍の第一章を無料公開!!
    よく聞くけれども実はよくわからない「プラットフォーム」という言葉の説明に始まり、尾原さんがプラットフォームビジネスに身を投じていくキッカケになった、阪神大震災の思い出が語られています。


    尾原和啓『プラットフォー
  • Facebookはなぜ仮想現実を目指すのか?――共有価値観から考えるプラットフォームの思想(尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』第9回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.322 ☆

    2015-05-14 07:00  
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    Facebookはなぜ仮想現実を目指すのか?――共有価値観から考えるプラットフォームの思想尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』第9回
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.5.14 vol.322
    http://wakusei2nd.com


    本日は、すでに書籍化も決定している尾原和啓さんの好評連載『プラットフォーム運営の思想』最新回をお届けします。今回のテーマは、今や誰もが参加するようになった「Facebook」。マーク・ザッカーバーグ率いるこの巨大企業の運営思想を、Oculus Rift買収の理由なども交えつつ解説していきます!

    尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』前回までの連載はこちらのリンクから。

     
     
     前回は、GoogleとAppleのPVを比較して、現在の世界を代表する二つのIT企業の「哲学」について考えました。しかし、この両者を追撃しているFacebookのほうも、最近になって注目すべき動きが始まっています。
     
     先日のFacebook開発者向けイベントF8で、彼らは今後の開発方針をいくつか発表しました。中でも特徴的だったのが、バーチャルリアリティ分野への本格的な進出や、メッセンジャーアプリの開発ツールや広告運営ツールなどの提供です。
     
    ▼参考リンク 
    Facebookの開発者会議「F8 2015」1日目まとめ - ITmedia ニュース 
     
     この発表には、Facebookの今後を考える上で、非常に重要な論点があります。
     例えば、昨年、Facebookはバーチャルリアリティの装置Oculus Rift(以下、オキュラス)を買収しています。
     この報道を、少し不思議に思った人もいるかもしれません。日本でも欧米でも、Facebookというのは、わりと「リア充向け」のプラットフォームとして使われています。それに対して、オキュラスは仮想世界の技術を使ったゲーム機器として普及している製品です。
     

    ▲『Grand Theft Auto V』をOculus Riftでプレイしている動画
    GTA 5 With OCULUS RIFT ! First Person Gameplay on PC! (Grand Theft Auto V) 
     
    流行しているゲームも、仮想空間におけるエモーショナルな衝撃を強調した"オタクっぽい"ゲームが多いようで、それはこの装置がいま置かれているポジションを示しています。では一体、なぜFacebookはオキュラスに注目したのでしょうか。
     
     それを紐解くカギもまた、彼らの「哲学」から生まれたビジネスモデルから理解することが出来るのです。
     
     
    ■ 「共有価値観」の重要性
     その話をする前に、私が前回から言っている「哲学」という言葉を、もう少し具体化したいと思います。それは、マッキンゼーが企業を分析する際に使う「7S」というフレームワークで、中心に描かれているShared value――日本語に訳すと「共有価値観」というものです。
     

    画像出典:7Sとは | ビジネススクールならグロービス・マネジメント・スクール 
     
     これは、その企業の社員が共通して持っている価値観のことです。上に図で示しましたが、ここで大事なのは、企業のもつ組織やオペレーションなどの体制、それに人材の働き方のスタイルやモチベーションやスキルといった具体的な要素の中心に、この共有価値観が置かれているということです。
     そして、7Sのフレームワークでは、共有価値観と噛みあう形で、企業の様々な要素が存在しているのが望ましいと考えるのです。
     この共有価値観を考える上で大事なのが、「内部向け」と「外部向け」があるという点です。
     例えば、リクルートには、かつて「自ら機会を創り出し、機会をもって自らを変えよ」という有名な社訓がありました。これなどは内側向けの社是ですが、この会社に優秀な人間が集まる理由が凝縮されており、彼らのサービスを考える上で、絶対に欠かせない視点です。7Sでいえば、スタイルやスタッフに影響を与える要素です。
     また、公式の社是よりも、その会社のCEOの発言などに、むしろその会社の共有価値観がよく現れている場合もあります。例えば、私の考えでは、Intel社の共有価値観は「パラノイア」です。3代目CEOアンドリュー・グローブは「偏執狂(パラノイア)でなければ生き残れない」という名言を残しましたが、実際のところIntel社の凄みは、まさに偏執狂のように細部まで作りこんだ製品設計にあります。もちろん、それが彼らの競争における資源になっているのは、言うまでもありません。
     
     
    ■ Facebookの社内向けの共有価値
     
     では、この観点からFacebookの「哲学=共有価値観」を考えていきましょう。
     まずは、内部に向けた共有価値観はどんなものでしょうか。それは、『ソーシャルネットワーク』でも描かれたように、エンジニアの「ハッカー文化」を何よりも大事にする働き方にあると言えるでしょう。実際、彼らは会社情報のページにこんなことを書いています。
     

    Facebook is defined by our hacker culture - an environment that rewards creative problem solving and rapid decision making.
    (編集部訳:Facebookは、ハッカー文化――創造的な問題解決と迅速な意志決定に報いる環境――に規定されている)
    出典:http://newsroom.fb.com/company-info/

     
     このように、Facebookの内部向けの共有価値観は、言わば「ハッカーイズム」によって特徴づけられるでしょう。
     
     例えば、Facebookのエンジニアたちには、少なくとも2,3年前までは「βテスト」という概念が存在しませんでした。
     開発のアイディアは、全社員がアイディアボックスと呼ばれる場所に放り込んでいき、各々のエンジニアが「じゃあ、俺はこれを開発するわ」とボックスから持っていきました。そして、全公開にする前にスタンフォードの学生だけに試してみたりと、一部のソーシャルグラフに限定したテストを各々のエンジニアがかけていました。もちろん、全公開は最後にザッカーバーグを含めて開かれる承認会議を経てからだったそうですが、こういうボトムアップかつ迅速な働き方がFacebook流の開発スタイルなのです。
     
     こういうエンジニア個人に裁量を委ねた仕組みが本当に上手く回るのだろうかといぶかしく思う人もいると思いますが、その背景にはしっかりした成果評価の仕組みがあります。
     Facebookでは、2週間経ってもそのアイディアに進捗がなかった場合には、強制的にその人間からアイディアを取り上げることになっていました。そして、他に解けそうな人がいるならば他の人に回し、誰にも解けなさそうであれば、問題を分割して、一人でも解けるサイズの問題にまで落とし込みます。このプロセスを何度も繰り返すことで、そのアイディアを解決できる最適な人間がボトムアップで選ばれるようになっており、またエンジニアの方も常に最もインパクトがあり、かつ自分が解けるアイディアを探し続ける圧力にさらされ続けるのです。つまり、エンジニアに求められる技能は、「自ら解決できる最も大きなインパクトのある課題を発見し、遂行しきる能力」なのです。これはGoogle社内調査でエンジニアに最も必要な能力とされたものと奇しくも同じです。与えられたプロジェクトをしっかりこなせばいいという日本旧来のエンジニア発想と違ってProactiveで私はとても好きです。
     
     ちなみに、Facebookでインターンをすると、まずはバグ取りから始まるそうです。バグが並んでいるリストが渡されて、インターンはその中から自分が解くべき問題を探します。そこから、彼らはバグの原因を探すために、社内を取材するのです。バグは複合的な要因で起きるものなので、自ら社員にコミュニケーションを取らねばならず、そういう作業を経た上でインパクトが大きい解決ができた人だけが社員になれるのです。
     このように、彼らは徹頭徹尾、ボトムアップで課題を解決させて、優秀な人間を拾い上げていく発想で動いているのです。
     
     そして、ハッカーイズムの根底にあるのは、まさにこの絶え間なく課題を解決し続ける探求精神です。彼等の壁には “this journey is 1% finished” とあります。この「まだ1%しか我らの(開発の)旅はおわってないんだぜ」という貪欲な精神に、それは象徴されます。
     実際、Facebookの改善速度というのは、Googleなどの他の企業の速度を圧倒するものがあります。最近はモバイルに注力していますが、やはりここでも新機能の追加は圧倒的に早いです。このスピード感は、課題を絶えず解決していくハッカー精神を、巧妙にプラットフォーム運営に取り入れた賜物であると言えるでしょう。
     
     
    ■ Facebookが陥っている苦境
     
     ただし、この手法には欠点もあるようにも見えます。それは、会社全体のプロダクトの個別最適化がすすんでしまい、上手く統合できなくなるリスクがあるのです。
     
     実際、最近のFacebookは、会社全体のプロダクトがばらばらで、上手く統合できていない印象があります。ある時期までのFacebookは、Twitterのタイムラインを取り込んでストリームを生み出し、メッセンジャー機能でメールにかわる連絡手段となり、オープンプラットフォームでゲームやアプリを生み出し……というふうに、現在のあり方に向かう流れが作られていました。
     しかし、ある程度大きくなってからのFacebookは、各プロダクトのハイスピードでの改善こそ続いているものの、これまでの地続きにはない新しい流れを生み出したり、強力なビジョンでプラットフォーム全体を統合していく力には欠けているように見えます。彼らのボトムアップ型の開発スタイルは、今も地道な改善作業では上手く機能しているように見えますが、ビジョナリーによるトップダウン型の独裁的マネジメントが時に可能にするような、大胆で統合的なビジョンのサービスの開発には、あまり結びついていないように見受けられます。
     
     これは、ボトムアップ型の手法が抱える問題点です。ただし、こういう開発スタイルのを取る場合にも、様々な機能を上手く統合していくような強力なマネタイズの手法さえ存在していれば、しっかりと回っていかせる手法はあります。
     
     その最良の事例は、Googleの検索エンジンとアドワーズのビジネスモデルだと思います。このモデルは、検索エンジンがユーザーのインテンションをキーワードとして集めてきて、キーワードに結びついたアドワーズがユーザにとって有益なので、お金を払ってくれる広告主と結びつけさえすれば、換金できてしまうというものです。
     この仕組みがあるので、Googleはユーザのインテンションが集まる良いサービスを作れば、アドワーズの仕組みを応用することでマネタイズができてしまいます。例えば、Google Mapでは地域で何をしたいかというインテンションが集まれば、あるいはGoogle Adsenseでは、Web記事の中身からインテンションを推察できれば、あとはアドワーズのマーケットプレイスがマネタイズしてくれます。しかもこのマーケットプレイスは収穫逓増の法則が最も効くので、一番強いサービスがどんどん強くなります。
     つまり、ユーザのインテンションに対して最適な答えを提供するという、Googleのミッション通りの良いサービスをリリースしている限り、マネタイズが成立してしまうのです。これはとても幸せな状態です。
     
     Facebookにも同様のことは言えて、彼らの場合は、タイムラインを充実させて滞在時間を伸ばすことが、広告価値やアプリでの収益を引き上げることにつながるのです。この背骨を常に機能させ続けてきたからこそ、ハッカーイズムを守りながらも、ネットビジネス全体がモバイル移行していく過程で、しっかりと収益を生む体質になれたのです。
     この 「共有価値観⇒プロダクト開発がボトムアップで進む方向性や文化⇒マネタイズ」という背骨がしっかりと通っているかどうかは、プラットフォームにとって、とても大切な要素です。
     
     
    ■ Facebookの外向けの「共有価値観」
     
     では、今度は外向けの共有価値観とはどんなものでしょうか。
     

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    配信記事一覧は下記リンクから更新されていきます。
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  • Google vs.Appleを「哲学」から理解する――プロモビデオで読み解ける5年後の世界(尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』第8回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.300 ☆

    2015-04-09 07:00  
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    Google vs.Appleを「哲学」から理解する――プロモビデオで読み解ける5年後の世界尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』第8回
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.4.9 vol.300
    http://wakusei2nd.com


    本日のメルマガは、尾原和啓さんによる好評連載『プラットフォーム運営の思想』第8回! 本連載は書籍化も決定し、ここから完結に向けてさらにギアを上げていきます。今回は、現代を生きる誰もが無関係でいられない「GoogleとAppleの運営思想の違い」について解説します!

    尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』前回までの連載はこちらのリンクから。
     
     
     まず最初に一つ、ご報告。この連載『プラットフォーム運営の思想』の書籍化が決まりました。現在鋭意制作中です。詳しいことは、後日また報告いたします。
     
     さて、今回からはグローバルプラットフォーマーを取り上げたいと思います。具体的には、Apple、Google、Facebookの3社を分析してみます。
     
     この3つの会社は、現代のIT業界を代表するプラットフォーマーです。我々は彼らのインフラ無しの生活は考えられず、彼らのインフラの進化の上で我々の生き方・価値観は日々上書きされていっています。 ビジネス誌でも、あるときはソーシャルと検索の文脈でFacebookとGoogleが取り上げられ、あるときはアプリとブラウザの文脈でAppleとGoogleが取り上げられ……というように、相互に戦略が比較されて紹介されています。もちろん、そうした個別ビジネスの戦略レベルでの視点も、それはそれで重要です。しかし、そういう具体的すぎる視点では、近年の彼らの動きは見えづらいと思います。 例えば、なぜGoogle(正確には、社内ベンチャーのナイアンティックラボ)はIngressを始めたのでしょうか。あるいは、なぜAppleは腕時計に進出したのでしょうか。Facebookが、なぜヴァーチャルリアリティのヘッドマウントディスプレイ「Oculus Rift」を2000億円もの高額で買収したのでしょうか?――これらは、単純にはわかりづらいように思います。
     ところが、そうした謎はこの3社がこれまでに発してきたメッセージをつぶさに見れば、かなりの程度まで解き明かすことが出来ます。今回は、AppleとGoogleについて、両社が制作したPVを比較しながら、その「哲学」を確認したいと思います。表面的な製品戦略を超えたところで、彼らの一貫性と向かう先が明確に見えて来るはずです。その理解は、彼らのビジネス上の戦略についても深い洞察を与えてくれることでしょう。
     
     
    ■ Google Glassのプロモビデオが描いた未来像
     
     2015年1月、Googleは開発者向けにベータ版として販売していた、眼鏡型デバイス「Google Glass(以下、グラス)」からの一時的な撤退をアナウンスしました。
     

    ▲Google Glass - Wikipedia 
     
     このグラス、販売期間中の後半はシリコンバレーでもあまりよい評判ではありませんでした。レンズを見るときに視線が右上を向くのがアホっぽく見えるのを揶揄して、大まじめに使っている人間が「Google Glasshole」(※ assholeは「バカ野郎」の俗語です)などとからかわれていたほどです。現状のグラスは、ユーザが期待していた形にはほど遠かったということで、ひとまず撤退した上で、再び研究所での開発体制に戻すことになったのでした。
     ただ、このグラスが本来持っていた思想には、Googleという会社の「哲学」がとてもわかりやすくあらわれています。特にそれが簡潔に表現されていたのが、グラスのコンセプトPVでした。
     

    Googleが拡張現実メガネ「Project Glass」のコンセプトムービーを公開。
      
     このPVは、グラスの持ち主が朝起きるシーンから始まります。まず注目したいのは、コーヒーを注ぎながら時計を見ると、今日の予定がグラスに表示されるシーンです。続けて窓の外を見ると、今度は天気予報と気温が表示されるのも重要です。これらは二つとも、グラスの持ち主の意図を先回りしたものです。時計を見るのは予定が気にかかるからだし、朝にまず空を見上げるのは天気が気になるからです。このように、グラスはユーザーの意図を先回りして提示してあげるデバイスなのです。
     

     
     僕は『ITビジネスの原理』という本で以前、Googleの検索エンジンをユーザーの求めるもの=インテンションを拾い上げる仕組みだと書きました。ところが、このグラスではインテンションをユーザーのリアルでの行動から予測して、先回りして提示することを目指しているのです。
     では、そのメリットは一体、何なのでしょうか。さらに続けてPVを見ていきましょう。今度はハムエッグサンドを食べながら、メールにボイスで返信して、また食事に戻るシーンが描かれました。このシーンに注目した上で、もう少し先まで見続けましょう。今度は、グラスの持ち主は外に出ましたが、乗ろうとした地下鉄が止まっていることが判明します。すると、今度はグラスのルート案内で、普段は通らない道を歩いて目的地に歩き始めたようです。

     
     さて、ここで注目したいのが、その途中で挿入される犬を撫でる映像です。右上に次に行くルートが示されているだけの絵で、一見して何のために挟まれているのかわかりませんが、これが実は大変に重要なシーンです。
     スマホを使うときを思い浮かべてください。メールを送信したり、地図を調べたりするのは、それなりに面倒な作業です。紙の時代のように万年筆で返信をしたり、地図帳を開くほどの労力は必要ないですが、やはりメールの返信にはご飯を長く中断する必要がありますし、地図アプリににらめっこしながら歩いている最中には、犬と触れ合おうと思うどころか、その存在に気づくことすら難しいはずです。
     そう、この持ち主はグラスが視界をずらすことなく、インテンションを先回りして、次にすべき行動を提示してくれるおかげで、かえって食事に集中したり、街中でのワンちゃんとの触れ合いに注意力を割くことが可能になっているのです。
     
     続くシーンで、このグラスの持ち主は街中のポスターを見て、ウクレレの演奏者に興味を持ちました。これも、グラスがあってこそ気づけるシーンといえるかもしれません。そして、彼が本屋に行くと「一日で弾けるウクレレ」という本が出てきて、すぐに本を購入します。その後、彼はグラスに教えられて近くを通りがかった友人とおやつを食べたり、格好いい風景を一瞬で写真撮影したりして街中を過ごします。
     

     
     そして、このPVの終わりは、彼女と思われる女の子にストリーミングを共有して、ビルの屋上で夕陽を前にウクレレを弾くシーンで終わるのです。
     
     
    ■ マインドフルネスという考え方
     
     皆さんは、このPVを見てどう思われたでしょうか。
     
     見ていただきたかったのは、このPVで一貫している「哲学」です。
     それを一言でいうと、「マインドフルネス」という言葉になるでしょう。この言葉は最近、テレビ番組などで「シリコンバレーの企業で流行中」という触れ込みでしばしば取り上げられるので、馴染みのある人も多いかと思います。実際に現在シリコンバレーで、大変に重要になってきている考え方です。
     
     僕はこの「マインドフルネス」を説明するときに、レーズンを配ることがあります。そして、まず「レーズンを一粒口に含んで、ゆっくりと味わいましょう」と伝えます(もし近くにあれば、試してみてください)。続いて、全員が味わい終えたら、今度はレーズンを大量に配って、「一気に口の中に入れて、喋りながら食べて下さい」と伝えます。そうすると、喋りながら大量のレーズンを口に入れたときより、一粒のレーズンをゆっくりと味わうほうが、レーズンの複雑な甘さを味わい尽くしていることが実感できます。
     端的に言えば、この一粒のレーズンを味わいつくしている状態こそが「マインドフルネス」です。この状態にあると、私たちは過去や未来の様々な雑念に捕らわれることなく、目の前の出来事に集中できるようになります。そして、なんでもない出来事からも、高い満足感を得られるようになるのです。
     

    What a wonderful world - LOUIS ARMSTRONG
     
     この「マインドフルネス」を最もよく表現した楽曲と言われているのが、ルイ・アームストロングの『What a wonderful world』です。この曲の歌詞は、ベトナム戦争から帰ってきた兵士が、自分の家の何でもない庭や青空を眺めて幸せを噛みしめる姿を描いたものだと言われています。この帰還兵の状態を、日常の生活を過ごしながら実現するのが「マインドフルネス」の目指す世界なのです。
     
     先ほどのグラスの効果は、まさにそういうものです。余計な雑事をグラスが自動的に処理してくれるので、ハムエッグを大事に味わったり、可愛いワンちゃんと触れ合う心の余裕をモテたり、ウクレレのポスターに気づけたりしたのです。
     よくグラスを揶揄して、「目の前に通知が出てきてうるさいに違いない」と言う人がいます。かつての携帯電話のコンシェルジュのように、きっとお節介な機能なのだろうと言う人もいます。
     しかし、このPVと、その背景にあるマインドフルネスの考え方を理解すれば、むしろGoogleが目指すものは、その対極にあるとわかるはずです。そもそもユーザーのインテンションを徹底的に先回りして、本当に欲しい物を精度高く表示する機能は、コンシェルジュのレコメンデーションの押し付けがましさとは別物です。あくまでもGoogleは、ユーザーを雑念から開放して、現実世界のより魅力的な姿に気づかせたいだけなのです。
     
     
    ■ 自動運転車とIngressの「HDリアリティ」
     
     この「マインドフルネス」を理解することで、Googleの他の事業が目指す先も見えてきます。
     
     例えば、実用化が秒読み段階に入ったとアナウンスされているオートナビゲーションカーにも、この発想は一貫しています。
     車社会である米国では、平均して人々は2時間を自動車の中で過ごしていると言われています。オートナビゲーションカーは、その浪費されている運転時間を取り除くものです。車が目的地に向かうまでの間、私たちは音楽に耳を傾けたり、風景を楽しんだりすることができます。また、人間は情報処理量が少なくて済む慣れた道を、無意識に通りがちです。しかし、オートナビゲーションカーであれば、新しい道に挑戦するのは容易です。ルートごとの時間も表示してくれるので、「あまり時間が変わらないなら、今日はいつもと違う道で行こう」なんて判断も、苦もなく出来てしまいます。新しい発見は、そういう環境の変化から生まれるのです。
     
     ちなみに現在、こうしたGoogleの哲学を最もよく体現しているのは、実は社内ベンチャーのナイアンティックラボが運営している、世界中で大人気の位置情報ゲームIngressです。「え、あのGoogleらしくないゲームのIngressが?」と驚く人もいるかもしれません。しかし、製作の指揮をとっているジョン・ハンケの発言には、マインドフルネスを踏まえたものが数多くあります。
     
    ▼参考記事
    宇宙の果てでも得られない日常生活の冒険――Ingressの運営思想をナイアンティック・ラボ川島優志に聞く
     
     例えば、彼がしばしば語る言葉に「High-Difinition reality」というものがあります。上のPLANETSの記事に、日本人のIngress担当者である川島優志さんの解説があるので、ぜひ読んでみてください。この「High-Difinition reality」という言葉は、日本語に訳すと「解像度の高い現実」という意味になるでしょうか。つまり、ハイレゾのテレビ画面で映像を見るときのように、Ingressによって細部まで現実空間を味わえるようになるというわけです。
     これは、まさに「マインドフルネス」の状態で、我々の感覚器官が味わう、あの充実したリアリティのことです。実際、よくIngressのユーザーは、他のユーザーの作った移動のミッションをこなし、地元の町並みにポータルの候補がないかを探すうちに、現実空間を見る眼が変化していくことに驚きます。彼らはIngressによって現実感覚が変わり、より複雑な味わいで、より強い好奇心を抱いて、現実に向かい合えるようになったのです。
     
     この「High-difinition reality」のような考え方は、Googleの有名な社是「organize the world's information and make it universally accessible and useful」にも通ずるものです。
     この言葉を日本語に訳すと、「世界中の情報を有機的に組織化して、それをいつでもどこでも使えるようにする」という意味になるでしょうか。ここで重要なのは、「有機的(organize)」と「いつでもどこでも(universally)」の二語です。情報が目の前にあっても、その魅力に気づける状態でなければ、決して「有機的」とは言えません。そして、それが全ての分野で起きなければ、「いつでもどこでも」とはなりません。しばしば、Googleという会社がすべてを自動化して人間の仕事を奪おうとする集団のように語られます。でも、本来の目的がそういう部分にないのは、この社是からも見えるはずです。
     
     Google にはZero Click Searchという考えがあります。この発想の根底には、現在のGoogleの検索はユーザに単語を入力していただき、検索結果をユーザに選んでいただくものになっていて申し訳ない――という発想があります。余計な手間をユーザに一切煩わせないことこそが、Zero Click Searchの求めるべき姿なのです。 
     Googleの目的は、あくまでも人間が選択肢を増やして能動的に生きられる手助けをすることです。そして、その際の美学が「余計な手間の自動化」なのです。「マインドフルネス」とは、この思想をつきつめていくと登場してくる、とてもGoogleらしい「幸福」についての考え方です。
     
     
    ■ Appleの「Think different」はいかに深化したか
     
     次に、そんなGoogleと比較されることの多い、Appleの「哲学」を見ていきましょう。 
     

    Apple (unreleased) Think Different ad - Narrated by Steve Jobs (1997)
     
     まず、彼らの原点にあるのは、やはりジョブズ復帰後に制作された有名なCMで語られた「Think different」という言葉になると思います。誰かと違う自分だけの考えを持とう――そのための助けをするのがAppleなのだ、というわけです。しかし、あのCMから十年以上が経ち、その哲学はさらに深みを増してきました。ここでもまた、それはPVに端的に表現されています。
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  • なぜリクルートに追いつけない?――優れた営業戦略と編集者が"加速"するプラットフォーム(尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』第7回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.264 ☆

    2015-02-18 07:00  
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    なぜリクルートに追いつけない?――優れた営業戦略と編集者が"加速"するプラットフォーム尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』第7回
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.2.18 vol.264
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    本日のメルマガは、尾原和啓による好評連載『プラットフォーム運営の思想』第7回です。前々回(Airレジ)、前回(ゼクシィと「配電盤モデル」の解説)に続いて、今回はリクルートのビジネスモデルを「ウィンスラーのマーケティングマトリックス」を用いて分析しつつ、「Web2.0以降」の変化についても解説していきます。

    尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』前回までの連載はこちらのリンクから。
     
     
     ここまで「Airレジ」の分析に始まり、リクルートという企業のビジネスモデルを解説してきました。
     今回は、その内容の仕上げに当たる回です。ここからは、リクルートは一体どういう事業領域をどう攻めており、そこから私たちが何を学べるかを考えます。リクルート的なビジネスモデルがこのインターネット時代でどういう位置づけなのかも見えてくるはずです。
     ただし、その前にまずは前回の話を補足する形で、リクルートが単に「配電盤モデル」の仕組みを作るだけでなく、営業マンや編集の質を高める体制に注力して、いかに強力にループを形成しているかを解説したいと思います。
     
    ・第5回:リクルートの「Airレジ」は未来のMBA教科書に載る――BtoBの王道「エネーブラー戦略」
    ・第6回:リクルートが儲かり続ける理由――強力な3つのループが生んだ「幸せの迷いの森
     
     
    ■配電盤モデルにおける営業の価値
     
     さて、「配電盤モデル」を構築する際には、競合が追いつけない速度で素早くサプライヤーとユーザーの双方で高シェアを取るのが重要です。このことは自ら市場を作り上げていく場合でも、後発で参入していく場合でも変わりません。そこで重要になるのが、単にプラットフォームの仕組みを作るだけでなく、さらにマンパワーでループを加速していくという発想です。
     

    ▲「配電盤モデル」
     
     その際、リクルートでは数を一気に押さえるローラー営業の作戦に加えて、常に質の高い営業マンを採用するのを大事にしてきました。例えば、幹部の人間たちは役員会議より面接の方を重視していました。一時期などは、六大学の有名サークルのリーダー全てにインターンの誘いを出していたこともあります。一にも二にも、まずは人間なのです。
     このリクルートのこだわりは、彼らの商品が「採用活動」や「結婚」などの顧客の将来に大きく関わる意思決定を伴うことに理由があります。例えば、大企業であればともかく、中小企業にとっての採用活動は、会社の未来を左右する一大事です。社長自身が直にそうした意思決定を行うことも多く、たかだか一営業マンがそれにアドバイスを行う行為は、もはや企業の将来について語る経営コンサルタントにも近い役割となります。これは相当に優秀な営業マンでなければ厳しいことです。そして、そういった企業の根幹に関わる判断に直面することで営業マンも成長して、はばたいていきます。
     こうした質の高い営業マンを集める戦略に加えて、リクルートはさらに事業の展開を加速するために3つの工夫をしています。
     まず、配電盤モデルにおける「質」のループを加速させる施策です。
     ここで重要なのが、いわゆる「顔ぶれ営業」などと言われる手法です。リアルでのスーパーや家電量販店などの店舗を思い浮かべれば分かると思いますが、どんなに品揃えが充実していても、顧客にとってわかりやすく魅力的な「目玉商品」がなければ、なかなかお店が魅力的には映らないのです。そこで、そうした商品を確保するために、ユーザーにとって魅力的なクライアントを別途リストアップして、集中的に営業をかけていきます。ここで重要なのは、「目玉商品」として、例えば駅の中吊り広告で大きく扱ってくれたり、バナーに大きく記載してもらうことは、クライアントにとってもありがたいことです。言わばこちら側の「目玉商品」として扱いたい要望が、そのまま先方にとっての付加価値に繋がるのです。
     一方で、もちろんユーザーにとっては、単に質が良いだけでなくて、量が多いことも重要です。そこで、配電盤モデルにおける「量」のループの向上も重要になります。
     ここで問題になるのが、顧客の幅もが広がると、必ずしも顧客単価の高いユーザーばかりではなくなるということです。また、ハイスペックな営業マンの数にも限りがあります。結果的に初期のような時間をかけたコンサルティングが難しくなってしまうのです。
     そこで、リクルートは「プチコンサル営業」とでも言うべき手法を行います。これは言わば、「コンサル価値のパッケージ化」とでも言うべき手法です。例えば、じゃらんであれば、前回お話ししたように、ユーザーの要望を汲みとって「個室鍵付き温泉」などの商品を作りました。そして、マスメディアを用いてムーブメントを起こした上で、一つ一つの温泉宿に商品を提案していったのです。こうすれば、さほど一人ひとりのコンサルタントにお金をかけずとも、事業の拡大が可能になります。
     以上がプラットフォームの質と量を向上させるための工夫ですが、リクルートの面白いところは、商品そのものの魅力を高めるために、編集のパワーも利用してきたところです。特に「特集ページ」の活かし方は、大変に重要です。
     例えば、不動産では徒歩10分を超えると、途端に人気がなくなります。やはりリクルートを頼ってくるクライアントの多くは、このように人気の低い商品を抱えていて、困っている人が多いという事情があります。そこで、編集の力で"不人気商品"から新しい魅力を引き出してあげるのです。
     仮に徒歩10分の物件が、周囲をしっかりと調べると、「夜でも道が明るくて、駅から緑の多い道を歩いていける物件」と言い換えられたとしましょう。すると、途端に健康志向の人に魅力を訴える商品になり、女性ユーザーの不安を取り除くこともできます。リーズナブルで、健康的で、安全な物件に変わってしまうのです。このように、編集部が特集ページを作って魅力を引き出すことで、物件のイメージが大きく変わります(し、その対価としてクライアントから報酬を上乗せしてもらうこともできてしまうわけです)。
     まとめましょう。優秀な営業マンを集めた上で、目玉商品を作り、量を確保して、さらに人気の低い商品は編集の力で魅力を引き出す。これを配電盤モデルの中で機能させることで、ユーザーとクライアントを集めるループを加速させられます。さらに言えば、このように企業の生死に関わるビジネスを手がけると、人間は劇的に成長を遂げていきますから、企業における人材育成のループとしても機能しているといえるでしょう。
     

    ▲平尾勇司『Hot-Pepperミラクル・ストーリー:リクルート式「楽しい事業」のつくり方』東洋経済新報社、2008年
     
    「以上の話をより詳しく知りたい方には、ホットペッパーを立ち上げた人が書いた、上の本をおすすめします。立ち上げの全てが赤裸々にかかれていて大変参考になります。ここまで書かれた本を認めるリクルートの度量の大きさに感動します」(尾原氏・談)
     
     
    ■ウィンスラーのマーケティングマトリックス 
     
     さて、ここまで「配電盤モデル」を中心にして、リクルートのビジネスモデルの巧妙さを見てきました。ここからは、以上のモデルに適したリクルートの事業領域がどういうものかを見て行きましょう。
     ちなみに、実際のところ、リクルートはここまでの説明ほど体系化して、ビジネスを行っているわけではありません。以下に説明する事業領域の選択においても、それは同様です。実際には、とりあえず「おみくじビジネス」と前回に述べたライフステージの領域か、レジャービジネスの中でも特に市場領域の大きな分野を狙っている、という辺りが実情だと思います。
     しかし、僕はさらに細かな基準からリクルートのビジネスを見ていくべきだと思っています。なぜなら、こういう視点で見ることで、リクルートにとってはさほど旨味はないが、しかし事業としては充分に成立するエリアで勝負をかけるためのヒントが、皆さんにも得られるのではないかと思うからです。
     それでは、ここからはマーケティング分析でしばしば使われる、「ウィンスラーのマーケティングマトリックス」(以下、ウィンスラー)を用いて、リクルートが得意とする市場領域がどこなのかを説明したいと思います。まずは、このウィンスラーの解説から始めましょう。
     

     
     このウィンスラーの中核にある発想は、縦軸にある「高関与/低関与」、横軸にある「不安払拭/欲望喚起」という2軸で区切られた4つの象限で、それぞれマーケティングのやり方が違っているというものです。簡単に各4象限についてエッセンスを説明しましょう。
     
    <不安払拭-高関与型>
     まず、「不安払拭-高関与」型の場合について。例えば、就職活動や住宅購入のように費用が大きく、人生において大きな意思決定を迫られる場合があります。
     こういうときには、まずはユーザーの不安を解消するために十分に選択肢を与えて、じっくりと考える時間を与えるのが有効です。編集された記事を、それもメルマガや雑誌連載などの形で読ませることで、ゆっくりとユーザーの心を暖めていきます。問題解決を行う点で一種のコンサルであり、これを「説得型」と言います。また、最後のひと押しとして返金などの「効果保証」をつけるのもよくある手法です。
     ちなみにですが、このコンサルを行う際には、どうしてもユーザーには既成概念を一度壊してもらう必要があります。しかし、その際にかえってユーザーが不安を劇的に高めてしまうことがしばしばあります。高額のダイエット商品や情報商材などでは、そういう方向にあえて仕向けることで、商品購入させる技術が大きく発展しています。そうした広告を見る際には、覚えておいた方が良い知識だと思います。
     
    <不安払拭-低関与型>
     一方で、「不安払拭-低関与」型の場合も存在しています。「わかめダイエット」などのような低額のダイエット商品は、その典型でしょう。
     皆さんも、コメディアンなどの親しみやすい人が、「こんな私でも出来た!」なんてキャッチコピーがついて広告に出ているのを見たことがありませんか。この領域で重要なのは、自分にも簡単にできそうだと思ってもらえることです。さほど説得に手間をかける必要はないので、「低関与」となるわけです。
     
    <欲望喚起-低関与型>
     では、「欲望喚起」型の場合はどうでしょうか。例えば、飲料水などの、特に購入に大きな意思決定を必要としない商品がその典型です。こうした商品ではユーザーに「この商品を飲みたい!」という気分を起こさせれば、あまり迷うことなく買ってくれます。
     ですから、むしろいかに出会い頭のインパクトで、購入の衝動をかきたてられるかが重要です。そこで重要になるのは編集された記事よりも、視覚的にインパクトのある広告や、「みんなも買っているから私も!」と思わせる空気感の醸成などの方になります。ですから、やはり最も多いのは、「欲望喚起-低関与」型になります。
     「欲望喚起-低関与」で特徴的なのは、購入動機がユーザー同士の間で感染していくことです。例えば、好きなアイドルがその商品を使っていたということが、十分に購入動機になるのです。缶コーヒーなどでよく使われる手法です。
     
    <欲望喚起-高関与型>
     逆に「欲望喚起-高関与」型の典型は、結婚式場です。これを上手くやっているのが前回の終わりに話したゼクシィでしょう。
     ユーザーに「幸せの迷いの森」を提供することで、あれこれとスペックを比較してもらいながら意思決定へと導いています。また、この場合には「コミュニケーション消費」が多くの場合で伴われるのが特徴です。やはり、自分の欲望で、しかもあれこれ迷いながら選んだものだけに、個人的な要素が強く出るのです。
     ですから、ソーシャルメディアなどで、いかにそんな自分を綺麗に見せてあげるかの仕掛けをつくるのが重要となります。また、コミュニケーション消費の基本は「みんなと違うことをしたいけど、外れたくはない」ですから、流行を上手に生み出してあげるのも大事になってきます。
     この仕掛けが優れているものの代表例がディズニーランドです。新しいアトラクションが出ると、さりげなくシェアしやすい写真が撮れる撮影スポット・アイテムを用意していたり、キャラクターやグッズはハロウィーンなど次々と季節な変化が重ねられていって、コミュニケーション消費を誘発させていってます。更には最近だと、ゲスト自ら、ペアルックで行くこともあり、これは「ディズニーという統一された世界の中で、私達だけ同じ」という仲間をコミュニケーション消費するという独自進化をしていると言えます。
     
     
    ■リクルートの得意とする事業領域
     
     こうした市場領域にリクルートのビジネスを当てはめてみると、以下のような図が描けるはずです。
     
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  • リクルートが儲かり続ける理由――強力な3つのループが生んだ「幸せの迷いの森」 (尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』第6回) ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.241 ☆

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    リクルートが儲かり続ける理由 ――強力な3つのループが生んだ「幸せの迷いの森」尾原和啓 『プラットフォーム運営の思想』第6回
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2015.1.15 vol.241
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    本日のほぼ惑は、尾原和啓による好評連載『プラットフォーム運営の思想』第6回をお届けします。前回はリクルートの最新の取り組みとして「Airレジ」戦略を解説しましたが、今回は「そもそもリクルートはなぜ強いのか?」について、「バーティカル市場」「純粋想起」「配電盤モデル」の3つのキーワードを手がかりに考えます。
    尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』前回までの連載はこちらから。
     
     
     2014年の10月、DeNAが50億円で2つのメディアを買収しました。リフォームとインテリアの情報をまとめた「iemo」とファッションの「mery」です。一方、GREEはホテルの予約やベビーシッターのサービスに進出しました。 こうしたDeNAやGREEなどのゲーム事業者たちが、市場の成熟化にともなって新規事業への進出を次々にはじめました。ここで彼らが目をつけているのは、「バーティカル市場」と呼ばれる領域です。不動産や育児などの一定の業種に特化した市場をそう呼ぶのです。
     

    ▲信頼できる保育パートナーを家族が選ぶ | スマートシッター
     
     このバーティカル市場では、内容が専門的であるゆえにユーザーがその商品を選ぶ際の意思決定が難しくなりがちです。しかし、このバーティカル市場で、まさにその意思決定を支援するプラットフォームを整備することで、昔から強い存在感を発揮してきた企業があります。
     それが、まさに就職や結婚、旅行や中古車購入などで次々に成功を収めてきた、リクルートです。
     前回、この連載はリクルートの「Airレジ」の鮮やかな戦略について語りました。しかし、彼らのこうしたビジネスモデルの構築は一朝一夕に生まれたものではありません。インターネットが生まれる遥か前、就活中の学生の家に『就職情報』という分厚い冊子が何冊も送られてきたような時代から、リクルートが積み重ねてきたものです。
     そこで今回からは、リクルートが数十年をかけて積み重ねてきたバーティカル市場の「必勝パターン」がどんなものかを解説します。なぜ彼らは、これほど強いのか。なぜ彼らは、これほど儲かっているのか。それを分析的に考えることは、あまり語られていないバーティカル市場での戦略を学べると同時に、日本の社会をリクルートがいかに変革してきたかを知ることでもあります。
     
     
    ■リクルートは儲かる市場を狙っている
     
     リクルートのビジネスは、しばしば「おみくじビジネス」と呼ばれます。
     先週、お正月におみくじを引いた際に、「結婚:良い人を待て」や「就職:吉報あり」などの内容が書かれているのを見た人は多いでしょう。リクルートは、まさにこの「おみくじ」に書かれるような領域のビジネスに強みを持つ企業なのです。就職の「リクナビ」、結婚の「ゼクシィ」、不動産の「SUUMO」……これらは、どれも人生の重い決断を伴う大事なイベントです。
     では、なぜリクルートはこの領域を狙うのでしょうか。大きく、二つの理由があります。
    一つは、こうした意思決定には大きなコストが掛かるため、単価が大きくなりがちだということです。現在は、この領域で積み重ねたノウハウを元に、旅行や外食などの「単価がそこそこ」程度の業種にも進出しているので少々見えづらくなっていますが、まずはこの「大きく儲かりやすい」場所を狙っているというシンプルな話が、リクルートが「儲かる」最大の理由です。
     しかし、「大きく儲かりやすい」ことが「儲かる」ことには、必ずしも繋がりません。ところが、ここでもこの市場は強みを発揮します。実は、結婚や就職、自動車や不動産の購入は、お客さんが常に「素人ばかり」の状態なのです。これが、2番目の理由です。
    もちろん、世の中には結婚や就職を何回も繰り返す人もいますが、決して多くはありません。そこに情報ギャップが生じるのであり、リクルートが意思決定の支援に参入する隙間が生じるのです。
     しかも、新卒採用や中途採用などは企業の人事にとっても、別にメインの仕事ではなかったりします。なぜなら、企業における人事の役割は、まずは既にいる社員の育成・評価に関わる部分だからです。特に中小企業における中途採用など、ある程度の規模になるまでは行われませんし、一度採用したあとに3~4年は次の採用を行わないこともざらなのです。つまりユーザーだけでなく企業も「しろうと」なのです。そうなれば、リクルートに任せてしまった方が得策とも言えるでしょう。
     
     
    ■"儲かり続ける"理由は「純粋想起」――バンドエイド戦略と泥臭い営業
     
     さて、ここまでの話を聞いて、「でも、お客が素人ばかりというのは弱点でもあるのでは?」と思った方もいるのではないでしょうか――グッドクエスチョンです。美味しい外食店であれば、お客さんは何度もリピートしてくれますが、結婚や不動産の購入はそうは行きません。次々に顧客は入れ替わっていくの、顧客を獲得しつづける宿命を背負います。
     そう、重要なのはいかに「儲かり続ける」仕組みを構築するかなのです。この問題について、リクルートは圧倒的な集客ノウハウを構築することで対応しています。中でも最も優れているのは、私が『ITビジネスの原理』で説明した「純粋想起」を取りに行ったことです。しかも、彼らはそれをインターネット以前の紙媒体の時代から、ずっと重視してきました。
     

    ▲尾原和啓『ITビジネスの原理』(NHK出版)
    ※ 冒頭の試し読みが公開されています→NHK出版 『ITビジネスの原理』
     
     リクルートは常に新しい分野に挑戦してきた企業です。女性のための転職情報誌「とらばーゆ」、初めて結婚式場の情報を掲載した雑誌「ゼクシィ」……こうした分野で、常にリクルートは、そのことを思い浮かべたときに真っ先に思い出される「純粋想起」のポジションを狙ってきました。
     この際にリクルートが採用してきたのが、マーケティングで「バンドエイド戦略」と言われる手法です。これは新しい概念をつくったときに、商品名をその名詞や動詞そのものにしてしまう戦略です。これは、単純なようでいて大変に強力な戦略であり、「純粋想起」の究極形ですらあります。
     その一番良い例が、この言葉のもとになった名詞の「バンドエイド」です。これは絆創膏の商品の一つに過ぎないのですが、あまりにバンドエイドが有名すぎるために、薬局で絆創膏が欲しいときについ「バンドエイドください」と言ってしまうので、店員はバンドエイドを売ってしまうのです。リクルートでは、「とらばーゆ」が良い例でしょう。女性が派遣するとらばーゆに至っては「とらばーゆする」という動詞にまでなってしまいました。
    「ゼクシィ」も同様です。これについては一つ面白い話があります。実は一時期まで、検索エンジンで「ゼクシィ」という単語は、「結婚」というワードよりも多く検索されていました。なぜだと思いますか。
     それは、「ゼクシィ」という言葉が、「結婚」という事柄にまつわるあらゆる内容を助けくれる存在を表現する単語になっていたからです。そして、「ゼクシィ」以前にそんな単語は存在しませんでした。「結婚式場」や「プロポーズ」や「両親への挨拶」などの言葉はありましたが、結婚にまつわる全ての過程を総称するような上手い単語はなかったのです。とすれば、「結婚」よりも「ゼクシィ」で検索をかける方が、遥かに具体的な結婚にまつわる情報が入手できてしまうのは当然です。同様のことは、不動産の購入プロセスにおける「SUUMO」などにも言えます。
     ちなみに、元・とらばーゆ編集長の松永真里さんとiモードを作った際にも、この手法を僕たちは採用しました。僕たちは、「リクルートウェイで行こう」と話し合い、iモードに――例えば"モバイルインターネット"などの――ジャンル名をつけることを徹底的に避けたのです。こうすれば、「KDDIのEZwebを使いたいな」と思った人が店頭に行っても、「iモードみたいなやつを使いたくて……」と言わざるを得ません。すると、KDDIの携帯電話を買いに行ったのに、なぜかドコモの話をすることになってしまうのです。
     こういった「ジャンルを表す言葉」を作ることへの拘りは、純粋想起をとることに留まりません。リクルートがこういう手法を発展させた原点は、創業者の江副浩正が当時の就職市場に強い憤りを感じていたことにあるのでしょう。例えば、若い人には想像がつかないと思いますが、かつては給与などの条件が応募者に開示されないことは当然でした。「委細面談」とだけ書いておいて、その場に来た人間を見て企業が判断するだけでした。これでは、選ばれる立場の応募者がプレッシャーを感じてしまい、充分な交渉ができません。
     江副はそんな時代に、就職情報を全て開示した方が企業にとって得であり、実際に成長へと繋がるのだという考え方を普及させたのです。だから、リクルートは常に「そんなことをやっていいのか?」という挑戦を続けてきました。転職は悪いこと、女性の派遣労働は嫁入り前の腰掛け……そういう世の中の古い因習を覆して、肯定的に捉え直すために新しい言葉を作り、テレビCMなどを使って大々的に広めていくことで、古い言葉に宿る"言霊"の呪縛を解いてきたのです。
     ユーザの獲得についての工夫は純粋想起だけではありません。ユーザ獲得の接点づくりもリクルートらしいやり方があります。最初にいったようにリクルートの事業は「おみくじビジネス」、人がいつ転職・結婚を思いつくかわかりません。それ故に企業は高いお金をリクルートに払います。リクルートは対象ユーザーが「いつ」「どこで」思いつくかという場所にまるで絨毯爆撃のように雑誌を置いていきます。例えば、転職情報誌であれば、サラリーマンが最も不安になる時間である、帰りの電車の中などはとても有効です。なので、駅のキオスクに置くのは大変に重要な戦略になります。
     ここで面白かったのが、リクルートの営業が取ったやり方です。キオスクからすれば分厚くて冊数を置けないリクルートの雑誌は、正直なところ置きたくないのですが、ここでリクルートの営業マンたちは「では、スタンドを置いて、私たちが1日に2~3回、雑誌を持ってきます」と提案したのです。ユーザーがその感情を起こした場面ですぐに手に取らせるために、リクルートはこれほど徹底的に泥臭く、マンパワーを駆使して、シェアを高めてきました。企業側に強いと言われる営業力を ユーザ獲得側にも徹底するのがリクルート流なのです。
     
     
    ■「配電盤モデル」をゼクシィで学ぶ
     
     さて、リクルートがいかに「儲け続ける」仕組みを構築しているかが見えてきたと思います。今度は、この仕組みをより精緻に見て行きましょう。そこから見えるのは、「さらに儲かり続ける」仕組みとでも言えばいいでしょうか。僕は、そのビジネスモデルを「配電盤モデル」と呼んでいます。
     

     
     昔の家には配電盤といわれる、戸外からの電力を送り込むコードと家の中に電力を送り込むコードが集約される場所が存在していました。それによく似ているので、そう呼んでいるのですが、少々古い言い方かもしれません。他人に説明する際には「ゲートウェイビジネス」という言い方を使うこともあります。ただ、ここでは理論的に詳述したいので、複数のループが集約されるイメージが湧く、この「配電盤モデル」という言い方で説明していこうと思います。
     
  • リクルートの「Airレジ」は未来のMBA教科書に載る――BtoBの王道「エネーブラー戦略」(尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』第5回)☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.224 ☆

    2014-12-17 07:00  
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    リクルートの「Airレジ」は未来のMBA教科書に載る――BtoBの王道「エネーブラー戦略」(尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』第5回)
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2014.12.17 vol.224
    http://wakusei2nd.com


    今年初めに出版された『ITビジネスの原理』(NHK出版)が大好評の、楽天株式会社執行役員・尾原和啓さん。ほぼ惑ではその続編として、より個別具体的なウェブサービスの使い方からITビジネスの本質を解き明かしていく連載『プラットフォーム運営の思想』を月イチで配信しています。
    連載第5回となる今回は、リクルートの開発したウェブサービス「Airレジ」から、人間らしい(=ヒューマナイズされた)IT活用の在り方を展望します。

    前回までの連載はこちらから。
     
    ▼プロフィール
    尾原和啓(おばら・かずひろ)
    1970年生。楽天株式会社執行役員、楽天株式会社チェックアウト事業長。京都大学大学院工学研究科修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Googleなどの事業企画、投資、新規事業に従事。現職は11職目になる。また、ボランティアで「TED」カンファレンスの日本オーディションにも携わる。米国西海岸カウンターカルチャー事情にも詳しい。2014年1月に初の著書『ITビジネスの原理』(NHK出版)を出版。 


    ▼参考リンク【速報】リクルートの「Airレジ」が1年で10万アカウントを突破! 新サービス「Airリザーブ」「Airウェイト」も – 記者発表全文-ログミー
     
    先日、リクルートの「Airレジ」というサービスの一周年発表があり、その内容にインターネット上で注目が集まりました。日本の飲食、美容など中小自営店舗業界が大きく変わっていくことになる素晴らしい転換点だと思います。
    そこで今回は――ここまでの連載の流れからは少々逸脱しますが――この「Airレジ」のビジネス戦略について解説します。私はこのリクルートの戦略は、いずれ未来のMBA教科書に載るべき、大変に素晴らしい事例であると考えています。そのことをプラットフォームビジネスの原理から説明した上で、このビジネスが私たちの社会にもたらす革命を予測してみたいと思います。
     
    Airレジ(エアレジ) - 無料で簡単に使えるPOSレジアプリ
     
    そもそも「Airレジ」とは、どんなサービスでしょうか。一言でいえば、飲食店などの接客業のレジをタブレットのアプリで代行できるようにした無料サービスです。皆さんも最近、飲食店で店員がタブレットで会計を行う場面を目にする機会が増えているはずです。実は、通常のレジの機体は1品30万円ほどと言われています。それに対して、タブレットの導入にかかる費用は3万円程度。この置き換えだけでも大きなインパクトです。
    しかし、本質はそこではありません。重要なのは、飲食店のレジがアプリによってプラットフォーム化されたことであり、それが意味するところです。
     
     
    ■BtoBビジネスの基本――「エネーブラー戦略」
     
    まずは、先にプラットフォームビジネスの基本的な話から始めましょう。
    プラットフォームビジネスには大きく分けて2つの方向性があります。それは、企業や店舗を対象にした「BtoB (Business-to-business)」で行くか、個人を対象にした「BtoC(Business-to-consumer)」で行くかです。例えば、前回までにお話ししてきたSNSは、個人を対象にしたバーチャルコミュニティのサービスですから、「BtoC」の色合いが大変に強いです。そして今回のリクルートのビジネスは飲食店など企業とユーザを結びつけるサービスを提供しており、「BtoBtoC」といいます。「Airレジ」の場合は、飲食店という企業が対象なので(ひとまずは)「BtoB」が色濃くなります。
    ここで注意を喚起したいのですが、本来は両方をバランス良くこなすのが大事です。インターネット企業の場合は、どうしても「BtoC」の戦略に偏ってしまいがちです。もちろん、ある程度エッジを効かせるために、片方に重点を置くのが戦略として大事なのも事実です。しかし、事業の成長を考えた場合、最終的には上手に両者のバランスをとるのが大事です。そして、このカスタマーとクライアントの双方を相手にして、最も上手にビジネスを展開してきたのがリクルートという企業なのです。
    さて、そうなると次に重要なのは、先にBから取るべきか、それともCから取るべきかです。それは事業内容によりますが、どちらを先に取るかさえ決まれば、その後のノウハウはある程度確立しています。それらは「エネーブラー戦略」と「ポータル戦略」と呼ばれています。
    後者の「ポータル戦略」については、C(consumer=消費者)を狙うための戦略です。拙著『ITビジネスの原理』でも紹介した、ユーザーがある分野のサービスを利用したいと考えたときに、真っ先に思い出される「純粋想起」のポジションを狙うのが、この戦略です。今回は解説を割愛しますので、詳しい内容を知りたい方は拙著の参照をお願い致します。
     

    ▲尾原和啓『ITビジネスの原理』(NHK出版)
    ※ 冒頭の試し読みが公開されています→NHK出版 『ITビジネスの原理』

     
    今回解説したいのは、B(business=事業者)を狙うための手法である「エネーブラー戦略」です。
    これは、企業や店舗が新しいビジネスを手がけたり、既存事業のコストを下げることが可能になる(enable)ためのサービスを、プラットフォーマーが提供していくものです。
    この手法のミソは、事業者の業務プロセスに入り込める点です。今回であれば、会計の際のレジ打ち業務がそれに当たります。そして、企業はひとたびフローに組み込んだサービスは、容易に替えられません。プラットフォーマーとしては、それを活かして今度はさらにプロセスの上下工程に手を伸ばして、事業者の利便性を高めてあげることで、徐々に事業の拡大をはかっていくわけです。
    少しイメージがつかみにくいかもしれません。しかし、実は今回の「Airレジ」は、まさにこの最も鮮やかでわかりやすい事例です。解説していきましょう。
     
     
    ■「Airレジ」の戦略
     
    「Airレジ」は、まずはレジのプラットフォーム化を進めているのは、ここまで話してきたとおりです。では、ここから「エネーブラー戦略」で、彼らは最終的にどこに手を伸ばしたいのでしょうか?
    それは――「店舗への送客」のプラットフォームです。 
  • 尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』第4回「SNSの危険性を考える――ビジネスモデルは現代のリベラルアーツ科目である」 ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.204 ☆

    2014-11-19 07:00  
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    尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』第4回「SNSの危険性を考える――ビジネスモデルは現代のリベラルアーツ科目である」
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2014.11.19 vol.204
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    今年初めに出版された『ITビジネスの原理』(NHK出版)が大好評の、楽天株式会社執行役員・尾原和啓さん。ほぼ惑ではその続編として、より個別具体的なウェブの使い方からその本質を解き明かしていく連載『プラットフォーム運営の思想』を月イチで配信しています。連載第4回となる今回は、「SNSの負の側面」について、プラットフォーム事業者の視点から解説していきます。

    ▶前回までの連載はこちらから。
     

    ▲尾原和啓『ITビジネスの原理』(NHK出版)
     
    ※ 冒頭の試し読みが公開されています→NHK出版 『ITビジネスの原理』
     
    ▼プロフィール
    尾原和啓(おばら・かずひろ)
    1970年生。楽天株式会社執行役員、楽天株式会社チェックアウト事業長。京都大学大学院工学研究科修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Googleなどの事業企画、投資、新規事業に従事。現職は11職目になる。また、ボランティアで「TED」カンファレンスの日本オーディションにも携わる。米国西海岸カウンターカルチャー事情にも詳しい。2014年1月に初の著書『ITビジネスの原理』(NHK出版)を出版。 

    初回の連載でも書いたように、僕はずっとプラットフォームビジネスの立ち上げに関わってきました。現在も組織の長として、プラットフォーム運営の魅力や楽しさを社員に伝えようと日々奮闘しています。
    ただ、なかなか日本人にはこういう「アーキテクチャ」を巡る議論がわかりづらいのかもしれないと思うこともあります。どうしても、ハッカーやアーキテクチャのような言葉に「支配」のようなマイナスのイメージだけを抱く人も多いようです。
    今回は、まさにSNS運営の持つ負の側面を話します。前回はSNSの正の側面を語りましたが、今回はその危険性について分析します。ただし、僕はそれを知らせて、皆さんをSNSから遠ざけたいのではありません。
    では、なぜそんな話をするのでしょうか?――それは、こうした話を知ることが現代のリベラルアーツになると思うからです。
    かつて大学で教えるリベラルアーツでは、言語と論理学が重視されていました。なぜならば、それを知ることによって人間は、自分の生きる社会の政治や法律、文化の仕組みを知り、自由(liberal)になれたからです。日本語ではリベラルアーツは単に人文科目くらいの意味で使われていますが、本来のリベラルアーツとは、そういう人間を自由にしてくれる技術のことなのです。
    しかし今日、私たちの社会生活にはFacebookのようなSNSなどが深く浸透しはじめています。そうしたプラットフォームサービスは、私たちの生活を左右するインフラになり始めており、一種の公共性を担うようになってきました。
    ここから見ていけば分かるように、現代のプラットフォームが抱える様々な問題点は、別に悪意を持って皆さんに不利益を与えようとして、生じたものではありません。こうした歪みは、単に彼らが営利企業であり、市場でいかに価値を出していくかを考える中で、結果的に生じたものがほとんどです。しかし、そのことが私たちに息苦しさや不自由を感じさせています。こうした営利企業のビジネスモデルの追求が生み出す弊害を、僕は「ビジネスモデルの重力」と呼んでいます。
    そうだとすれば、僕たちは彼らプラットフォーマーたちの「ビジネスモデル」をよく知り、その「重力」から適度な距離を保つべきでしょう。ここから話す知識は、まさに論理学や言語がそうであるのと同様に、きっと情報社会に生きる私たちを「自由」にしてくれる技術だと僕は信じています。
    そう――現代において「ビジネスモデル」とは、リベラルアーツの一科目なのです。
    それでは、ここからSNSにおける「ビジネスモデルの重力」から生じる負の側面を話していきましょう。僕が特に問題だと考えているのは、以下の3つの論点です。
     
    1.過剰なパーソナライゼーション
    2.後発的多動症
    3.ソーシャルゲームにおける過剰な社交性の煽り
     
    ここからは、以上の3つがどういう問題なのかと、それがどのように解決されていくかの展望を語っていくことにします。
     
     
    ■SNSの「負の側面」――1.過剰なパーソナライゼーション
     
    まず一番目は、「過剰なパーソナライゼーション」です。
    これはSNSというよりもウェブサービスそのもので起きている問題でもあります。例えば、Googleの検索結果は、各人のそれまでの検索ワードが示す傾向で表示を変えています。こういうふうに、個人の嗜好性に合ったサービス提供を進めることを「パーソナライゼーション」といいます。この施策が行われる理由は、本人の興味に合う検索結果を提供できるほど、そのサービスを長く使う傾向が高まるからです。
    しかし、その弊害として、同じ言葉を検索しているのに、人によって受ける印象が全く違ってしまうという問題が起きました。その結果、各人に見える世界そのものがぐるりと変わってしまうのです。
    SNSにおいても、同様のことが起きています。この場合には、自分と興味の近い人間同士でコミュニティを作るビジネスというSNSの特徴そのものが、問題を引き起こしています。なぜなら、自分に近い人々はやはり自分に似た価値観の人が多くなりがちだからです。
    もちろん、それはSNSの良いところでもあります。しかし、自分の周囲が同じ興味の話題で埋めつくされたときには、単に一部の人間が騒いでいるだけなのに、あたかも世の中全体がそうであるかのような錯覚を起こしてしまうのです。
    例えば、アニメが好きな人のTwitterのタイムラインには、深夜になるとアニメのつぶやきが流れてくるでしょうし、アニメ嫌いを公言するような人の発言があれば、周囲は「信じられない」と批判するつぶやきばかりになります。しかし、当然ながらアニメ嫌いの人のタイムラインには、きっと全く違う光景が見えているはずです。また、自分にまつわる話題の場合なんかでは、あたかも世の中の多数が自分に興味を持っているかのような錯覚も起きてしまうようです。自分への批判だったりすると、必要以上に落ち込んでしまうことにもなります。
    ただし、パーソナライゼーションそのものには良い面が沢山あります。なにせ、自分に興味のある情報が得られる可能性が高まるのですから。そして、もうひとつ注意すべきなのは、別に運営者側が何かの悪意を持ってユーザーの情報を狭めているのでもないことです。むしろ運営としては、ユーザーの利便性を高めることで利用頻度を上げたいというだけなのです。それが、この問題の本質的な難しさでもあります。
     
     
    ■SNSの「負の側面」――2.後発的多動症
     
    もちろん、そういうふうに運営が良かれと思ってするサービスが、競争の中で本来あるべき範囲を超えて過剰になっていくことは、しばしば見られることです。まさに二番目の「後発的多動症」には、そのことが象徴的に現れています。
    例えば、LINEやFacebookメッセージには、既読の通知機能がついています。その結果、私たちは他人からメッセージが飛んでくると、「すぐにでも返事をしなければ」と思ってしまいがちです。また、なにか面白い出来事があると、すぐにスマホのカメラを取り出して「Twitterにアップロードしよう」などと考えてしまったりします。
    こういう行為を、僕は「後発的多動症」と呼んでいます。
    なぜならば、目の前に幸せな出来事がある場合でも、まるで「多動症」のように集中できずにいるからです。例えば、レストランで美味しい食事を目の前にしていながら、写真をアップロードするのに専念している人がいます。あるいは、自分の愛する子どもと一緒にいるのに、ママ友からのメールに返信しなければと焦っている母親がいます。そうした事例を見ると、やはりSNSのせいで過剰な行動が生じていると言わざるをえないように思います。
    アメリカでも最近、ソーシャルメディアのせいで注意が次々に飛んで行くことを「ハイパーアテンション」と呼ぶようになりました。これを一つの対象にじっと注意をむけるような、本来の「ディープアテンション」と比較するメディア論も登場しており、議論を呼んでいるようです。
    それにしても、どうしてこの「後発的多動症」のような過剰な行動を引き起こす運営が行われるのでしょうか。それも、やはり「ビジネスモデル」が原因で生じたものだと言えるでしょう。そのことを理解するために、プラットフォームがどのように運営されているかを、少し皆さんに解説しましょう。
     
     
    ■重力の正体とは:「利用頻度」と「滞在時間」を追求した結果…
     
    運営者は何を考えて、日々のプラットフォーム運営をしているのか。
    もちろん個別のサイトごとに特徴はあると思いますが、一般にはユーザーの行動から得られた数値指標(KPI=Key Performance Indicator)を追いかけることで、サイトの運営を行っているはずです。よく勘違いされがちですが、一つ一つの投稿を調査するような面倒なことは、そもそも運営者には基本的にできません。情報の数があまりに膨大すぎるからです(※ ただし、援助交際や薬物売買、誹謗中傷などの違法性の高い投稿については、カスタマーサポートと呼ばれる部署や専門企業が、例外的に調査をしています)。代わりに運営者が見るのは、ユーザーのクリック率やアクセスの上昇速度などのユーザーデータです。それらの情報から、総体的に状況を判断するのです。
    このKPIの代表的なものとして、「利用頻度」と「滞在時間」という指標があります。利用頻度とは、(定義は色々とありますが)ユーザーがサイトに訪れた回数のことで、滞在時間はユーザーがそのサイトに滞在してくれた時間です。一般には、この二つの指標が大きいほど、ユーザーの満足度は高いとされています。
    しかし、その方向でサイト設計を最適化していくと、悪く言えばユーザーを「そのプラットフォームの中毒者」にさせる作りに近づいてしまうことが、往々にしてあるのです。
    例えば、「利用頻度」を上げるという観点から見ると、LINEの既読通知は「返事をしなければいけない」という同調圧力です。Facebookの「いいね!」ボタンは、手軽に褒められる快感を与えて、承認欲求ジャンキーにする誘導です。Twitterのタイムラインが絶えず鮮度の高い情報が流れるのは、「仲間外れにされたくない」という不安の喚起と言えるでしょう。
    また、Facebookの「いいね!」ボタンは「滞在時間」という観点から見ることも出来ます。タイムラインでニュース記事が流れてきたとき、ユーザーがそれを読みに行ってしまうと別サイトへと離脱することになりますから、滞在時間は減少してしまいます。しかし、記事の中身なんて読みもせずに「いいね!」ボタンを連打するだけなら、サイトから出て行くことはないので、滞在時間は減らないのです。
    ある意味では、ソーシャルメディアからの送客を狙ったバズメディアが、扇情的なタイトルの記事を量産してクリック率を上げようとする隠れた要因の一つとして、こういうSNS側のサイトからの離脱を防ごうとする運営による部分もあると思います。
    もちろんですが、プラットフォームがこうしてKPIを気にする理由は、それが営利企業による運営だからです。
    Facebookだって、彼らが単に「人間関係のOSをつくる」と標榜するNPO団体だったら、こんなことはやらないでしょう。しかし、既に上場している企業でもあるし、競合とのシェア争いもありますから、お金は必要です。現状で彼らが取っているビジネスモデルは、広告のクリックでお金をもらう「広告ビジネス」です。これはユーザーの滞在時間が収益に大きく繋がるモデルです。
    逆に言えば、もし人々がインターネット上のコンテンツに課金してくれるようになり、広告ビジネスに依存しなくていい時代が来れば、この「後発的多動症」だって減っていくはずです。Facebookだって、滞在時間を気にしなくてよくなるのですから。
    とはいえ、その場合には、今度は「いかに課金してもらうか」「いかに有料会員を退会させないか」などに運営者は気を使うようになるでしょう。結局、競合相手がいる以上、どうしてもプラットフォームが多かれ少なかれ中毒性を志向する面があるのは、避けられません。
    そんな「課金ビジネス」のビジネスモデルで起きた問題点が、例えばソーシャルゲームで大きく問題になった「過剰な射幸性の煽り」です。
     
     
    ■SNSの「負の側面」――3.過剰な射幸性の煽り
     
    三番目の「過剰な射幸性の煽り」は、「コンプガチャ」問題などでニュースでも大きく報じられたので、認識している人も多いと思います。
    GREEとDeNAのソーシャルプラットフォームは、ソーシャルゲーム内のアイテムを購入させる「アイテム課金」に大きく依存したビジネスモデルです。
    そして重要なのは、Facebookと彼らの違いが生じたのも、煎じ詰めればビジネスモデルが原因だった側面が強いということです。Facebookが「滞在時間」を最適化したようにして、彼らはゲーム内でアイテムをいかに買ってもらうかに最適化を進めていったとも言えます。
    実際、実はFacebookにだって、ゲームによる収益化に向かう選択肢はありました。しかし、タイムラインがゲームアプリのアラートで汚れてしまうのがユーザーの不評を買ってしまい、彼らはゲームへの導線を弱める選択肢を取りました。やはり、彼らにとっては「人間関係のOSをつくる」という最も重要な戦略であり、理念であるところの目的とのコンフリクトが、あまりにも激しかったのだと思います。
    この「アイテム課金」は話し始めると長くなってしまいます。いずれソーシャルゲームの歴史やゲーミフィケーションの話題と絡めて再び取り上げた際に、本格的に論じたいと思います。
     
     
    ■SNSの問題点の解決策――1.ユーザーが「ビジネスモデルの重力」を認識する
     
    それでは、こうしたSNSの問題点は今後どのようにして解決されるのでしょうか。
    先に結論から言ってしまうと、基本的に現在はインターネットの進化における過渡期にすぎないということです。少なくとも、現在生じているような問題は、僕の考えでは技術や運営手法の発展によって、自然に解消していくものです。
    ただし、ユーザー側から可能なこともあります。「おかしくないか」という声を上げて、その速度を早めるのは重要です。そうした批判は、充分に運営に対して外圧になるはずです。そもそもユーザーなしには、プラットフォーム運営は成り立たないのです。その一方で、ユーザー自身が「ビジネスモデルの重力」を認識して、意識的に振る舞うことで弱めていける問題もあります。
    例えば、1番目の「過剰なパーソナライゼーション」はその一つです。
     
  • 尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』 第3回「『アイス・バケツ・チャレンジ』はなぜ流行したのか」☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 vol.184 ☆

    2014-10-22 07:00  
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    尾原和啓『プラットフォーム運営の思想』
    第3回「『アイス・バケツ・チャレンジ』はなぜ流行したのか」
    ☆ ほぼ日刊惑星開発委員会 ☆
    2014.10.22 vol.184
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    今年初めに出版された『ITビジネスの原理』(NHK出版)が大好評の、楽天株式会社執行役員・尾原和啓さん。ほぼ惑では、その続編として、本では語られなかったより個別具体的なウェブの使い方からその本質を解き明かしていく連載『プラットフォーム運営の思想』を月イチで配信しています。連載第3回となる今回のテーマは、今夏にネットを大いに騒がせた「アイス・バケツ・チャレンジ」です。
    ▼執筆者プロフィール
    尾原和啓(おばら・かずひろ)
    1970年生。楽天株式会社執行役員、楽天株式会社チェックアウト事業長。京都大学大学院工学研究科修了。マッキンゼー・アンド・カンパニーにてキャリアをスタートし、NTTドコモのiモード事業立ち上げ支援、リクルート、ケイ・ラボラトリー(現:KLab)、コーポレートディレクション、サイバード、電子金券開発、リクルート(2回目)、オプト、Googleなどの事業企画、投資、新規事業に従事。現職は11職目になる。また、ボランティアで「TED」カンファレンスの日本オーディションにも携わる。米国西海岸カウンターカルチャー事情にも詳しい。2014年1月に初の著書『ITビジネスの原理』(NHK出版)を出版。 
     
    ▲尾原和啓『ITビジネスの原理』(NHK出版)
     
    ※ 冒頭の試し読みが公開されています→NHK出版 | ITビジネスの原理
     
    前回までの連載はこちらから。
     
    前回の記事ではSNS運営の手法について話を進めてきました。今回からはそれを引き継ぐ形で、SNSが私たちの社会にもたらしている影響を考えていきましょう。
    まずは、今回の前半ではSNSの登場が私たちにもたらした「正の側面」について考えていきます。もちろん、「負の側面」についても次回以降論じる予定ですが、まずは先にSNSのポジティブな影響について確認しておきたいのです。
    そして後半では、このSNSのポジティブな側面が非常によくあらわれた事例として、今年の夏にネットを賑わせた「アイス・バケツ・チャレンジ」を取り上げます。一体、なぜああいう形で話題になり、そして様々な議論を巻き起こしながらも収束していったのか。
    実はその過程には――しかも、あれが"すぐに収束してしまった"点にこそ――現代のSNSの素晴らしさが凝縮して示されているのです。
     
     
    ■SNSの正の側面――1.「シン・リレーションシップ・マネジメント」
     
    先に結論から言いましょう。SNSがもたらしてくれた「正の側面」は、「Thin relationship managemnt」(以下、「シン・リレーションシップ・マネジメント」)と「Social amplifier」(以下、「ソーシャル・アンプリファイアー」)の二点にあると僕は考えています。その内容についてはこれから説明しますが、この2つのうち、前者は関係性強化、後者は情報収集に関わってくると考えておいてください。
    まず、前者の「シン・リレーションシップ・マネジメント」についてです。これは日本語に訳すると、「薄い関係性の管理」となります。
    例えば、Facebookの登場が革命的だったのは、リアルではせいぜい20人程度しか管理できない友人関係が、これによって200人などの数が扱えるようになったことです。それによって、どうしても狭く濃くなりがちなリアルの人間関係とは違う、広く薄い関係性をSNS上で私たちは持てるようになったのです。
    その鍵となったのが、タイムラインの登場であり、画像の隆盛です。画像であれば一人の人間のポストの消費時間はせいぜい1,2秒で済みますから、タイムラインを下れば30秒で数十人の人間の行動を確認することが可能になります。言ってみれば、かつては「最近どうしてるの?」から始まり10分ほどかかっていた会話を、毎日のようにたった1秒程度くらいでこなし続けているようなものです。
    特に重要なのは、この「毎日のように」でしょう。なにせ、SNS以前の時代ですら優先順位が低い人は月に1度会うかどうかという程度だったわけです。それが、いまや毎日その人の情報を確認することができるわけですから。実際、SNS以降に長く会っていない人と顔を合わせて、「久しぶりという感じがしないよね」と話した経験がある人は多いのではないでしょうか。
    (余談ですが、私は携帯の電話帳を、この人は月に一回は話す人、3ヶ月に一回、年に一回とフォルダー分けして、暇があるとそのフォルダーから電話をしたり、アポをとったりしていました)
    これによってもたらされたのは、スタンフォード大学の社会学者・グラノヴェッダーが提唱した「ウィークタイ」の増加でしょう。彼は多くの調査を通じて、人生の転機において決定的な影響を与える情報が「ちょっとした知り合い」からもたらされることが多いと発見して、それを「ウィークタイの強み」という論文にまとめました。
    SNSとは、まさに「シン・リレーションシップ・マネジメント」を通じて「ウィークタイ」を増やすことが可能になるプラットフォームです。かつて狭く閉じた世界に閉じがちだった人間関係が、200人や2000人という規模の人間関係をマネジメントすることが可能になるからです。その多くは、まさに「ちょっとした知り合い」程度の人たちでしょう。
    「ウィークタイ」が増えることで、周囲の人の新しい情報が常に自分のところに入ってくるようになります。これによって、例えば自分の生き方の幅や視野を広げていくことが可能になるわけです。
     
     
    ■SNSの正の側面――2.「ソーシャル・アンプリファイアー」もちろん、「ウィークタイ」には情報収集に関わる、より実利的な側面もあります。先に述べた「ソーシャル・アンプリファイアー」です。
    これは、例えばTwitterのRTの連鎖のようなものをイメージしていただければよいと思います。「誰が」RTしたか、「誰が」コメントを付けたか、という情報が元の情報に対してどんどん付加されていき、情報が増幅される(アンプリファイアー)されるのです。
    「それはキュレーションではないですか?」と思う人もいるかもしれません。しかし、「複数人によってソーシャル上で情報がどんどん増幅されていく」という話ですから、少々異なっていると考えた方がよいと思います。これを意識的に実装したのが、Facebookが1年ほど前に始めた、ひとつのリンクを複数のフレンドが共有した際に下に連ねて表示する機能です。これによって、「お、複数の人が、しかも、あの人がコメントしているから重要な情報なのだな」などと読む前にリンク先を判断できるようになったのです。
    さて、「ソーシャル・アンプリファイアー」はメディアリテラシーの点でも有効です。例えば、自分の周囲や発信力のある著名人の間では語られていないけれども、フレンド2000人の中にいる6人がある話題について話しているということがあります。自分の周囲の井戸端会議のような会話と、有名人が発信するようなメジャーな話題との間に、こうした形での情報収集が入ってくることによって、自分と情報との距離がなめらかにつながれるのです。
    もちろん、情報の受け手としてのメリットだけではなく、発信者としてのメリットも当然あります。自分が発信した情報に、多様な立場の人からのコメントが書き込まれるからです。こうしたこともまた、自らが多様な視点から情報を得ていく助けになるでしょう。
    SNSをメディアとして利用することは、しばしば勝間和代さんや堀江貴文さんなどの発信力の高い著名人をフォローしていく行為として語られがちです。しかし、実は200人いる友人の100番目以降の友人の5,6人がつぶやいたことだって有益な情報になるのです。昔の高校の友人、趣味でのつながり……そうした繋がりからのコメントが重なりあい、情報が流れてくる過程が可視化されることで、複数の視点から物事を見られるようになります。
    そこにこそ、マスメディアの画一的な情報供給とは異なる、「ソーシャルアンプリファイアー」にもとづくインターネットならではの情報取得があると言えます。
     
     
    ■善意あるコメントが見える世界
     
    こうしたSNS以降の「ソーシャルアンプリファイアー」は、ウェブの言論空間の発展にも大きな影響を与えました。「善意のコメント」の可視化です。
    かつてのパソコン通信や2ちゃんねるのような掲示板は、縦一列に並ぶ板にコメントをつけていくだけでした。こうした世界は、いわば「荒らしの楽園」です。一つの善意あるコメントが付いても、悪意のコメントが10個つけばすぐに埋もれてしまうからです。しかし、この「ソーシャルアンプリファイアー」以降の世界では違います。発言者がどういう属性の人間であり、どういうクラスタがコメントしているのかが可視化されて、まとまった形で見られるようになったのです。その結果、たとえ悪意のコメントが、最初は波紋のように広がったとしても、やがて善意の波紋もまた少しずつ可視化されていきます。やがて、そうした善意の波紋がつながり、共鳴し合い、悪意の波紋に均衡していくことになるのです。
    これは、まさに単一の軸で情報が並んでいく「1次元」の掲示板文化から、複数の軸で情報が並ぶ「N次元」のソーシャルメディア文化への進化の賜物と言えるでしょう。
    そして最近、こうしたN次元のソーシャルメディア文化のもつ構造が最もわかりやすく見える事例が登場しました――それが、最初にも記した今年の夏にウェブを賑わせた「アイス・バケツ・チャレンジ」です。
     
     
    ■「アイス・バケツ・チャレンジ」から学んだ四日間
     
    まずは「アイス・バケツ・チャレンジ」について、簡単におさらいしましょう。これは筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の研究を支援するために、バケツに入った氷水を頭からかぶるか、またはアメリカALS協会に寄付をするというルールで、次々に相手を指名していく運動です。
    元々、慈善運動の資金調達に氷水をかぶってみせて、次の人を指名する手法が、どうやらアメリカにはあったそうです。今回の場合は、その中である人物が米 ALS 協会を寄付先に選び、さらにALS 患者の関係者を指名したことで、ALSコミュニティの中で広まったのがキッカケになりました。やがてこの運動はFacebookやYouTubeで大きく広がりを見せるようになり、結果的に米ALS協会はたった3週間で1330万ドルもの寄付金を集めたのだそうです。
    この「アイス・バケツ・チャレンジ」は、当初あまりにも強すぎる「善意」として日本に登場してきました。
    そうなると、「ALSへの興味に本当につながるのか」「他人を3人指名するのはやりすぎ」などの批判的な意見がネット上に混じってきます。また、「自分はかぶるが指名はしない」と間のラインを取ってくる人も登場しました。印象的だったのは金城武さんで、彼は「貴重な水を使うのはいかがなものか」という意見を踏まえて、除湿機の水をかぶっていました。
    実は、こうした意見がかわされたのは、私の観測では実質的に4日程度です。しかし、その短期間に私たちは、これほど多様な意見が世界に存在することを学びました。善意のお祭りだからといって単純に乗ってよいかという戸惑い、それへの毅然とした批判、そして、そうした弱点を取り込んでなお善意を活かすための工夫……私たちは、お互いにこのチャレンジをめぐる態度を表明し合う中で、あっという間に考えを深めていきました。それを可能にしたものこそが、「ソーシャル・アンプリファイアー」に他なりません。
     
     
    ■「誇示的なインターネット」は「利他的なインターネット」に移行する
     
    それにしても、この「アイス・バケツ・チャレンジ」は、どうしてこれほど流行ったのでしょうか。
    まず、大前提として押さえる必要があるのは、この数年でFacebookやTwitterに動画再生が非常に簡単にできる環境が整ったことです。例えば、Facebookには"On Wall"再生という、TL上でそのまま動画再生する機能が整いました。つまり、これまでのように「よっこらせ」と別の動画サイトに飛んで行くような面倒なことを行う必要がなくなったのです。つまり、非常に容易に「アイス・バケツ・チャレンジ」の視聴を体験できるインフラが整ったのです。
    その上で重要なのが、「誇示的なインターネット」と「利他的なインターネット」というふたつの要素です。
    まず「誇示的なインターネット」とは、文字通り自分の存在を誇示するためのネットの使い方です。例えば、Facebookに「いいね!」がつくのを狙った投稿を繰り返す人がいますが、彼らの究極系のようなものをイメージすればよいでしょう。具体的には、「俺、すごいでしょ」と旅行先や食事の画像を投稿して自慢するような行為です。
    率直に言ってしまうと、自分が寄付行動に参加している動画をわざわざ他人に見せる行為には、やはりこうした自己誇示の側面は存在しているはずです。しかも、友人を3人指名する際に、大抵の人は自分より偉い人を指名しています。これも、「俺はこんなすごい人にトスを渡せるんだぜ」という誇示行為の側面が確実にあったでしょうし、(少々ずるいところではありますが)多少仲よくなくても、善意の行為であるがゆえに受け取る側は断りにくいだろうという判断もあったはずです。
    ただ、インターネットに何かをアップロードする行為は誇示行為であると同時に、情報を他者に提供する「贈与」としての側面が必ずあります。ここで重要なのは、最初がたとえただの誇示行為でも、受け手という他者が喜ばなければそれが3人、4人と連鎖していくことはないということです。したがって――「誇示的なインターネット」における連鎖現象は「利他的なインターネット」へと移行せざるを得ないのです。今回の件の場合であれば、やがてALS以外の難病の存在をいかに伝えるか、などの方向に議論が進んでいくことになりました。以上のように、「アイス・バケツ・チャレンジ」はインターネットのある種の本質を凝縮して見せてくれたイベントであったように思います。
     
     
    ■リレー行為そのものの楽しさ~「交換と贈与は多様性を内包する」(武邑教授)
     
    ちなみに、この「アイス・バケツ・チャレンジ」には、もう一つの人間に備わった性質も関わっていることを指摘しておきましょう。それは、これまでのアメリカが得意とする均質なインターネットの発想とは真逆にある、多様でカラフルな――特に日本という国が得意としてきたインターネットのあり方につながるものです。
    それは、「リレー」という行為それ自体をみんな楽しんでいたことです。