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  • [餅田もんじゃ] 新進気鋭の謎の女性ライター『私の上司は話が長い』

    2014-02-19 01:10  
    220pt
    餅田もんじゃ 寄稿記事 『私の上司は話が長い』
     大学生の頃、なにがなんでも自分の話を続ける先輩がいた。その人はある日の飲み会で「日本の音楽業界がいかにダメか」という話題について語り始めて止まらなくなってしまった。そのうち、目の前に座る後輩が箸袋で手裏剣を作り始めたのを私は見ていたが、それにすら気がつかず話していた。すべては「つんく♂」が悪いのだと、その先輩は言っていた。

    そして社会人となった今、私は困っている。上司の話が長いのだ。長い。とにかく長い。会議時間が10分20分伸びるのは当たり前で、朝礼などでも立ったまま30分くらい話し続ける。一度勇気を振り絞って「腰が痛くなるので立ったまま長く話すのはやめませんか」と進言したことがあるが、次の日から座って30分話すようになってしまった。そういう問題ではないのである。

    何が悪いかと言われれば「気がつかない」ことだろうと思う。上司は若く、親切で、気配りが利き、専門分野に対する知識も見解も深いものがある。ただ「自分の話が長い」というその一点においてのみ、驚異的な無頓着ぶりを発揮する。とにかく楽しそうに、いろいろなことにまったく気がつかないまま話す。会話というよりは、発話そのものに没頭している感じだ。

    この間、象徴的な出来事があった。私は一般企業で営業の仕事をしているのだが、とある案件を進めるにあたって、彼に進捗報告をしていた時のことだ。彼は途中で私の話を遮って「それはまずいね」と言った。取引先のA社から出された要求を飲むには、社内で解決しなければいけない問題があったのだ。そして私は指摘されるまでその問題に気がつかなかった。さすが上司である。しかも彼はこれから一緒に関係部署へ確認に行こうと申し出てくれた。つくづく面倒見の良い人だ。

    早速該当の部署へ行ってはみたものの、担当のBさんは不在である。仕方がないので一旦帰ってから後で来ようとしたが、上司は「一応聞いてみよう」と言って、その場にいた女性社員Cさんをつかまえた。彼の目は輝いている。嫌な予感がした。

    「わかったらでいいから教えてほしいんだけど…」

    この前置きの後、上司は私がA社を訪問した経緯、A社の要求とその裏側の意図、A社担当者の性格、職歴、聞きたい質問、その質問に対してどのような答えが聞きたいか、そしてその回答の予測など、とにかく一切のすみずみを語った。時間にして5分ぐらいだろうが、本来であれば30秒で終わるべき質問を、5分間にわたって聞かされるというのは、かなり精神的にこたえるものがある。
    話の間、Cさんは口を半開きにして一点を見つめるという「ぽかーんとする人」の標本のような顔をしていた。きっと事情を何も知らないのだろうと、私は思った。だが上司はそれに気がつかず、目を大きく開け、ジェスチャーを交えながら雄弁に話している。楽しそうである。
    ようやく終わった話の後に、Cさんはやはりこう言った。

    「すみません、わかりません」

    そうだろう。そうに違いない。
    さあ帰ろうと上司の方を見ると、彼はその時ちょうど席に戻ってきた、彼の同期のDさんに意気揚々と近寄って行った。まさか、と思った。そして次の瞬間、そのまさかは確信に変わった。

    「Dくん、久しぶり。ねえ、ちょっとわかったらでいいから教えてほしいんだけど…」

    そして上司は、まったく同じ内容の話を繰り返した。私は横に立ち、当然同じように話を聞くしかない。本当に一言一句変わらないことを話している。レコードのように繰り返される言葉を聞きながら、この人は役者を目指すべきなのかもしれないと、ぼーっと思う。
    Dさんは最後までふんふん言いながら話を聞いて、こう言った。

    「あー、それは僕にはわからないなあ。Bさんじゃないと!」

    やはり知らなかった。全然知らなかった。
    ここは一旦引き上げるしかない。なんだかよくわからないがこれ以上ここにいるのは危険だと、本能が訴えている。私が「じゃあまた改めて」的なことを言いかけたところで、上司が大変なものを見つけてしまった。

    「あっ、Bさん帰ってきた!」

    なんてことだ。担当のBさんが帰ってきたのだ。
    いや、そもそも早く確認をしたかったわけだし、上司にわざわざ着いてきてもらったこともあるので喜ぶべきことなのだが、私には次に上司の口から出る言葉がわかっている。100%の確度でわかっている。わかっているだけに、罪のないBさんを恨んだ。Bよ、なぜ帰ってきた。あなたはもっと長くトイレにいても良かったのだ。
    そして、上司は言った。