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  • [久田将義]すぐ身近にある暴力の恐怖~『生身の暴力論』~「はじめに」全文掲載

    2015-10-09 18:00  
    330pt
    すぐ身近にある暴力の恐怖~『生身の暴力論』~ 「はじめに」全文掲載

      『生身の暴力論』(講談社新書)が発売されました。なぜ、このような本を出したのか。僕たちは、幼い頃から「暴力はいけない」と教わってきました。けれど、毎日のように大小問わず、暴力沙汰が記事になっています。暴力は人間の負の部分と言えます。また、ここでは暴力とは「強者が弱者へ振るう卑怯な手段」と定義づけて語る事にします。「弱者が強者に振るう」のは反骨であり反抗であると考えます。
    と、ここで色々書くより読者の皆様には『生身の暴力論』の「はじめに」の部分をご覧頂こうと思います。それを読めば本書のコンセプトがお分かりになるかと存じます。宜しくお願い申し上げます。また、初校の段階で削った箇所を会員に向けて掲載しています。(筆者より)

     
     
    はじめに

     
     世の中、暴力に満ちている――。

    最近新聞、テレビ、雑誌、ネットを見てそんな想いに駆られる時がある。読者の皆さんは、暴力をふるわれたことがあるだろうか。あるいはふるった事があるだろうか。ない人が多数だと思うし、当然ふるうべきではない。それが健全な社会生活の送り方だ。出来れば、一生、暴力とは無縁の世界で生活を送るのが理想である。ただし、ニュースで毎日のように、暴力沙汰が報道されているのを見れば分かるが、残念ながら暴力はこの世の中に存り続けている。それも時には、僕らの近くに存在したりする。

     

     それでは僕なりに、暴力を定義してみよう。

     
     まず、暴力とは弱者へ向かうものをここでは指す。

    反対に自分より立場が上の者や、肉体的に強者へ向かうのは、暴力ではない。反抗であり反骨だ。弱者へ向かう暴力はイジメと同義である。暴力の本質とは「ダサい」にある ( 「ダサい」の論考は本稿で詳しく述べる ) 。

     
    さらに、暴力には大きく分けて二つある。

    肉体的にダメージを与えるやり方。言ってしまえば、殴り合いの喧嘩などである。もう一つは、精神的にダメージを与えるやり方。罵倒・中傷など行き過ぎた言論であるところの言葉や文字の暴力はこのパターンだ。

    言論の自由という言葉がある。近代国家において、まず第一に守られなければならない原則だ。しかしその言論の自由に甘えた、暴力的言葉がネットを中心に増え過ぎてはいないか。言論の自由とは肉体的暴力がない事を前提にした約束事だ。

     
    ヘイトスピーチに代表される、言葉の暴力は「言論の自由」に甘え、寄りかかっている。言論の自由は「言論には言論を」という、人の良識・善意を担保としたものとも言える。しかし、その良識に寄りかかり、行き過ぎた言葉・文字の暴力が存在する。言論の自由をナメているとも言える。「もしかしたら『言論には言論を』の延長に暴力が存在するかも知れない」という想像力の欠如がそこに見える。そして、その暴力が体験した事のない恐怖を覚えるような圧倒的なものだとしたら……。

     
     最近、言葉の力を軽く考え過ぎている人が増えているのではないか。言葉は人の口から出ると言霊となる。そして時にはブーメランのように自分に返ってくる。覚悟がない言葉を吐く人は自分の言葉に復讐される。

     
     言論の自由を軽く考え、人を傷つけたりするような言葉を発したとしよう。それは相手が、こんな事で「手は出してこないだろう」という憶測での言動だ。ところが「それがどうした。罪に問われる事など全然かまわない」という人間もいる、という想像力を働かせて、言葉は吐くべきだ。

    極論を言ってみる。

     
    言論の自由とは何を言っても構わない。

    その代わりに何を言われても構わない。

     
    そして、その延長線上に「何をされるか分からない」が在るかも知れない。そういう危機感を持つべきだ。「何をされるか分からない」の内容とは具体的には暴力を指す。

     
    言論の自由と暴力はコインの裏表のようだ。例えば「殺す」「死ね」等の言葉がネット空間を中心に浮遊している。もちろん、全て真に受けている訳ではないが、本当に殺せるのか。殺せないなら、そういう言葉を吐くべきではないと、僕は考えている。これは個人の信条だが。

    言論の自由を語る事は、暴力を語る事にほかならない。逆説的に言えば、暴力を語る事は言論の自由の大切さを語る事になる。(※以下に初校で削った文章を掲載します)