“クラッシャー”川尻達也が日本に帰ってくる。今年の年末29日&31日に行なわれるRIZINへの出場が発表され、ヒクソンの息子クロン・グレイシーとの試合が決定。川尻達也にとって日本での試合は2012年12月31日『DREAM18&GLORY4』小見川道大戦以来、4年ぶり。凱旋の舞台は奇しくも同じ年末格闘技興行となる。


クロン戦が発表された記者会見で、川尻は今回のRIZIN参戦を「最終章」と位置づけたが、2013年10月にUFCとの契約を結んだ当時のインタビューを振り返ってみると、そこでも「最終章」という言葉を口にしており、UFC参戦がファイター人生最後の挑戦という雰囲気を漂わせていた。当時34歳という決して若くない年齢に加えて、その左目は2度の網膜剥離という“爆弾”も抱えていた。川尻達也を長年渡って指導してきた山田武士トレーナーは、無事白星スタートを飾ったUFCシンガポール大会のデビュー戦をこんなふうに振り返っていた。



山田 川尻くんも2回目の網膜剥離のときにウチのジムでブチ切れたんですよね。あんなたっつあん初めて見た。デッカイ声で「俺はなんのために練習しているんだっ!!」と。目をかばいながら、なんの目標もなく練習してた。「これじゃ俺は強くなれねー!!」って。ちょうど修斗で児山(佳宏)が弘中(邦佳)くんに挑戦する前で、暑い中ボクとマンツーで練習しているのに「俺は先輩なのにこんなことをやっている場合か……!?」って怒りだして。それでもう1回前に進もうってことでUFCと契約することになったんです。それで、たっつあんにシンガポールの試合前に言われたんですよ。「試合中に気が狂ったように打ちあいにいったときは目がダメになった、網膜剥離が再発したと思ってくださいね」と……(2013年UFCシンガポール大会後のDropkickインタビュー)



命懸けの覚悟で臨んだUFCの戦績は、3勝3敗に終わった。敗戦はいずれもランキング10位以内の相手に喫したもの。最後の試合となったカブ・スワンソン戦は、相手の反則攻撃や微妙な判定の前に泣くことになった。この結果に納得しなかった川尻は、UFCに対して再びチャンスを求めるメッセージをFacebookに綴ったが……川尻側とUFCのあいだにどのような交渉がなされたかは不明だが、UFCからすれば3勝3敗のファイターに大きなチャンスを与えづらかったのか。UFCの方針を理解した川尻は、自らの意志でUFCとの契約を解除。こうして日本に帰ってくることになった。



「これも何かの縁、日本に骨を埋めろってことなんだろうなと思います」
「ああ、これは日本でやれっていう運命なんだな」


この言葉はRIZIN参戦が決めたときのものではない。川尻がかつて主戦場としていたDREAM開催の見通しが立たず、一時はUFC参戦に心が傾いたが、2012年の大晦日に1年ぶりにDRRAMが開催されることになり、UFC行きを断念したときのものだ。川尻は日本の格闘技に“運命”や“縁”を感じて留まった。ところがそんな思いを反するように、DREAMはその大会を最後に完全に沈黙してしまう。川尻達也は再びUFCに歩を進めた。

勘違いしてほしくないのは、川尻達也は決して物事に流された末に選択しているのではない。考えてみてほしい。自らの意志でDREAMやUFCと行き場を選べる日本人ファイターは、当時でもいまでも数えるほどしか存在しない。それは今回のRIZIN登場にも、当てはまることだ。RIZIMの源流にあたるPRIDEやDREAMを経験したうえで、いまなおメジャーシーンで戦い続けている日本人は五味隆典、青木真也、そして川尻達也の3人だけ。RIZINからすれば川尻達也というファイターの参戦は諸手を上げて歓迎する物語性があるのだが、その川尻でさえRIZINと縁を結ばれない可能性もあった。

川尻達也はこの2年間、一度の不甲斐ない負け方で放り出されてしまうかもしれない過酷な戦場に身を投じていた。ひょっとしたらUFCという激流に飲み込まれ表舞台から退いていたかもしれない。いや、実際に川尻は自らの意志で引退を決意した瞬間があった。恐れていた3度目の網膜剥離が川尻の前に立ちふさがったのだ。

 
川尻  練習中に違和感があっていつも診てもらっている眼科に行ったら「網膜剥離が再発している」と。それで前回と前々回に手術をした大学病院を紹介してもらったんです。そのまま放っておいたら目が見なくなってしまうので手術はするしかないんですけど。また手術をしても練習や試合で何かあったらまた再発するだろうなって。そのたびに手術をしてたら普段の生活にも支障をきたすと思うし、この年齢で1年間試合できないのってかなり大きいことだと思うんです。それに2回目手術したときに「今度再発したら引退しよう」と決めてたんですよね。
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 一度は引退を決めたんです。嫁には一番最初に「再発したからやめる」と伝えましたし。でも、山田さんから「ちょっと待て。まだ可能性があるかもしれないから」って止められて。でも「もういいですよ、山田さん……」っていう気持ちだったんですよ。もちろん続けたい気持ちはありましたけど、ホントにキツいんです。だって、これで3回目だから、いろいろとわかるわけじゃないですか。また再発するかもしれない。そういう毎日を送るのは本当にキツイんですよ。娘といるときも気が抜けないんですよ。子どもがなんの気なしに挙げた手が目にあたって網膜剥離になった例を聞かされてるので。娘と一緒に寝るときも怖いし、メガネをつけたまま寝かしつけたりしてましたよね(3度目の網膜剥離発覚後のインタビューより)


引退を決意した川尻だったが――周囲の協力や助言にもあり、最後の望みとして世界有数の名医のもとへたどり着き、治療後、再びオクタゴンに戻ることがかなった。年齢は今年で38歳を迎えたが、泥臭くUFCで生き抜いてぬいたことで、ひさかたにぶりに誕生した日本のメジャーイベントに間に合ったともいえる。運命は訪れるものではなく、自分の力で切り開いた先に待っていた。


自分の中で「けっこうやったよね!」という気持ちはあるんですよね。修斗でチャンピオンになって、PRIDEで五味とやって、DREAMでは青木や魔裟斗とやったし、海外でメレンデスとタイトルマッチをやって。UFCにも出たじゃないですか。格闘技人生として「やりきったところはあるじゃん!」って思える自分もいるし。けど、BJペンや五味みたいに一時代を築いていたら「もういいかな」って思えて、ここまで悪あがきはしていないです。だって、メジャーではなんの結果も残してないじゃないですか。もっとやりきりたい思いもあるんですよね。だから、いまこうして、しがみついて、あがいてるんですけど(UFC参戦を決めたときのDropkickインタビューより)

 川尻のRIZIN参戦はともすれば既定路線に見えるが、必死にあがきつづけた先にRIZINという最終章が待っていたのだ。


 川尻は日本復帰に向けて「格闘技人生を懸けてRIZINを盛り上げていきたいと思います」と意気込みを語った。ありきたりなスローガンに聞こえるかもしれないが、この言葉はかつて川尻の心の中でできた、取り除くことのできないしこりのような感情がそう言わせてるのではないか。


川尻  ボクはあんまりPRIDEに思い入れはないんですね。そこにはけっこうこだわってないんですよ。だってPRIDEはボクが作ったもんじゃなくて最後にちょっと出たというか、出させていただいた感じなんで、思い入れに関して言えばやっぱりDREAMなんで。やっぱりDREAMはボクらから始まったもんだし、自分の力でなんとかしたかったイベントですから……(UFCデビュー戦シンガポール大会後のインタビュー)


DREAMを、日本の格闘技界を盛り上げるためなら、川尻達也は頼まれたことはなんでもやった。慣れないK−1ルールでの魔娑斗戦や武田幸三戦。テレビ局の配慮のなさから「どんな面白い試合をしてもテレビ未放映」という扱いを知らされても、強敵ジョシュ・トムソンに勝ちきったこともある。しかし、奮戦虚しく川尻やファンの夢を乗せたDREAMは、K-1運営会社の経営危機に巻き込まれるかたちで、儚く散ってしまった。

 川尻達也はPRIDE崩壊後、明るい光がなかなか差し込むことがなかった格闘技界で奮戦してきた選手のひとりだ。“テレビ格闘技”として成り立ちが強く一筋縄でいかない日本のメジャー格闘技イベントがどういう場所であるかを知っている。そんな川尻達也は、RIZINに集う若いファイターたちにとって格好のお手本になるのではないだろうか。
 ファイターはどう振るまうべきか、どう戦い、どう生きていくべきなのか――。格闘技に携わるすべての人間が学ぶべきものは多いことだろう。そしてそんな戦いを見せてくれるはずだ(ジャン斉藤)


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