私は初代大使としての勤務を終えて以来、23年ぶりにウズベキスタンを訪れた。
訪問は、在京ウズベキスタン大使館が、国連が主催する中央アジア諸国間相互協力拡大のシンポジウムに出席してくれないかと依頼してきたことによる。
訪れて驚いたことがあった。ウズベキスタン側が用意したホテル入口付近には中国国旗や韓国国旗など約20カ国の国旗がかかっていたが、日章旗がない。
1990年代初頭ウズベキスタンが独立直後、経済的大混乱の中にあった。当時のカリモフ大統領は旧ソ連の幹部であり、米国やIMFや世銀が突き放した。米国は世界で最も民主化が行われていない国と激しく攻撃した。
ただ、日本の見方は異なった。アフガンの隣に位置し、イスラム過激派が押し寄せる中、強権政治は仕方なかった。しかし、必死に経済建設を行う国は援助すべきだという判断をだした。ガス生産への輸銀融資、通信・飛行場への円借款融資等が
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