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記事 4件
  • 「衆院解散になぜ大義が必要なのか?」小林よしのりライジング Vol.110

    2014-11-25 20:35  
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     わしもブログに書いたし、多くの識者も指摘していることだが、今回の衆議院解散・総選挙の理由は、安倍晋三首相が「 今なら勝てそう 」と踏んだからだ。
     来年になったらもっと状況が厳しくなるから、まだ支持率が高く、野党の足並みが揃わないうちに解散総選挙に打って出ようとした。それだけである。
     そもそも内閣改造からたった2ヵ月半で解散というのもデタラメだ。文庫化された『天皇論』を読んでほしい。
      新内閣が発足する際には、天皇陛下は首相から人事についての説明を受けた上で、首相、大臣、副大臣ら40枚以上にもなる官記一枚一枚に署名押印するという大仕事をなさるのである。
     しかし安倍はご高齢の天皇陛下に負担をかけることなど何とも思っていない。改造内閣で噴出した政治とカネの問題を、とにかく早くリセットしたいだけだ。 安倍政権の唯一の目標は、政権自身の延命。それしかないのだ。
      よく「解散は総理の専権事項」と言うが、実はこれに憲法上の根拠はない。
     衆議院解散を定める憲法の規定は、7条と69条の二つだけである。
      第7条は、衆議院の解散を「天皇の国事行為」と規定しており、天皇陛下の「解散の詔書」がなければ解散はできないことになっている。
     もちろん国事行為は内閣の「助言と承認」が必要だと第3条に規定されているので、実際に解散を決定するのは内閣総理大臣である。
      では何故、憲法上、内閣総理大臣“単独”の専権事項とされないのか。
     高森明勅氏は以下のように解説している。
    国権の最高機関たるべき国会の衆議院の任期満了前に、
    全議員の資格を奪う解散は、国家にとって重大な意味を持つ。
    よって、それがその時々の首相の私利私欲、党利党略など、
    恣意的な理由によってなされてはならないからだ。
    歴史に担保された「公」の究極の体現者で、
    国民統合の象徴たる天皇の尊厳と神聖を汚すような振る舞いは、
    決してしてはならないという規範意識を、
    政治指導者が普通に備えていれば、天皇の国事行為への
    「助言と承認」にあたり、道を踏み外すことはないはず―
    との前提に基づく仕組みと言えよう。
    従って、この仕組みが有効に機能するか否かは、
    専ら首相の「公共の利益に奉仕する者」としての、
    プライドと嗜みにかかっている。
     それでは、どういう時に首相は衆議院を解散できるのか。
      憲法69条は、衆議院で内閣不信任案が可決されるか、あるいは信任案が否決された場合に、内閣は衆議院を解散して民意を問うか、もしくは総辞職しなければならないと定めている。
     憲法に明文化されている解散の条件はこれだけだ。
     内閣が不信任を突き付けられた場合に行なう解散を「 対抗的解散 」という。
     これに対して、首相が自分の都合のいい時に勝手に解散することを「 裁量的解散 」というが、これを行なう根拠は憲法上にはない。
      ただし、中には「第7条」が根拠だとする意見もある。
     7条によって天皇の国事行為として解散され、その解散は「承認と助言」という形で首相が決めるのだから、事実上、首相が勝手に解散を決められることになっているというのだ。
     そしてこの議論においては、裁量的解散は「7条解散」、対抗的解散は「69条解散」と呼ばれる。
      だが、この「7条解散」という考え方はあまりにも牽強付会であるばかりでなく、実に不敬である。
     上に紹介した、天皇の国事行為とされていることの意味を全く理解せず、天皇は首相の決定にただ「めくら判」を押してるだけで、その存在はオミットしてよいと言っているに等しいのだから。
     現行憲法下で今回23回を数える解散のうち、内閣不信任による対抗的解散は4回しかなく、残る19回は首相の専権事項として発動された裁量的解散である。
      裁量的解散は本来違憲行為であるだけでなく、行政権(内閣)が一方的に立法権(国会)を侵害するものであり、三権分立の原則にも反する。
     ところが司法権(最高裁)が昭和35年(1960)、その合憲性を争った裁判の判決で「 衆議院解散の効力は、訴訟の前提問題としても、裁判所の審査権限の外にある 」として判断から逃げ、そのまま今日に至っているのだ。
      首相が自分に有利な時を狙って自在に行える解散は、対等な競争条件が確保されるべき選挙にふさわしくなく、ここまでフリーハンドで解散権が行使できる国は他にあまり例がない。
      あえてこれを是認するとすれば、解散するにふさわしい明らかな理由があり、総選挙で国民の審判を仰ぐべきだという「大義」が存在するということが絶対的な条件となる。
     今回の解散に当たって「大義がない」という非難が相次いだのも、安倍が必死に「何のための解散か」の理由づけをしていたのも、そのためである。
      ところが安倍シンパには「大義がない」という批判に対して「大義なんか必要ない」と居直る者までいる。
  • 「日本の研究者は企業の奴隷なのか?」小林よしのりライジング Vol.109

    2014-11-18 19:35  
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     ノーベル賞の授賞式は、 アルフレッド・ノーベル の命日である12月10日に行なわれる。
     ノーベルはダイナマイトをはじめとする様々な爆薬を発明・開発、企業化して巨万の富を築いたが、一方では爆薬兵器で財を成した「死の商人」と批判された。
     そのためにノーベルは晩年、自分が死後にどのように記憶されるかを考えるようになり、自らのほぼ全財産を投じて基金を設立し、人類のために貢献した人々を表彰するように遺言し、これに基づいてノーベル賞が設立された。
     今年は青色LEDの開発に携わった2人の日本人と1人の元日本人がノーベル物理学賞を受賞した。
     このうち元日本人の 中村修二 カリフォルニア大教授(アメリカ国籍なんだから「シュウジ・ナカムラ」と書くべきじゃないか?と皮肉の一つも言いたくなるが、在特会じゃないんだから漢字表記の「通名」を容認しよう)は かつて、徳島県阿南市の日亜化学工業の社員時代に開発した青色LEDの報酬を求めて会社を提訴。
     一審では全面的に勝訴し、東京地裁は日亜化学に約200億円の支払いを命じた。
      実は中村は自分の報酬は800億円に相当すると公言しており、地裁が認めた報酬額は604億円だった。
     だが訴状に貼る印紙代があまりにも高額になるため(800億円要求する訴訟を起こすと印紙代だけで8600万円以上かかる)、中村は要求額200億円で提訴、裁判所はその満額を認めたのだった。
     だが控訴審では東京高裁は和解勧告を出し、結果的に判決は下されなかった。 和解金は約6億円、延滞損害金を加えて約8億4000万円となり、一審判決からは大幅に減額された。
      中村はこの結果に「 日本の司法は腐っている 」という言葉を残し、米国籍を取得したのである。
     中村は日亜化学の社員時代に青色LEDの開発によって会社からもらった報奨金が「2万円」で、そのことを話したら米国の研究者から「スレイブ・ナカムラ」というあだ名をつけられたといった恨みつらみを言い続け、ノーベル賞受賞が決まった直後も、研究の原動力は「怒り」のみだったと語っていた。
     しかししばらく経つと、その発言に変化が見られるようになってきた。 特に文化勲章の受章が決まると「 日本も太っ腹だなと思う 」と言い、授与式後の記者会見では「 天皇陛下から直接いただいて、非常に感動しました。日本人として最高に光栄です 」と発言した。 もう日本国籍じゃないのだが。
     文化勲章の授与基準は「我が国の文化の発達に関して顕著な功績のあった者」であり、国籍に定めはなく、米国人は中村修二、そして同様に米国籍のノーベル賞受賞者・南部陽一郎ら5人に授与されている。
     余談だが、中村、南部以外の3人の米国人は、人類初の月面着陸をしたアポロ11号のメンバーである。
     我が国の文化の発達とは一切関係ないのだが、この3人が来日した時に、当時の首相・佐藤栄作が「親米」のアピールのために本来の選考基準を曲げ、文化勲章を「政治利用」したのである。
     ノーベル賞の受賞者には自動的に文化勲章が授与される慣習があるが、 大江健三郎は文化勲章の受章を拒否した。
     ノーベル文学賞は「スウェーデン国民から贈られたと言えるもの」として受賞した一方で、文化勲章は「私は、戦後民主主義者であり、民主主義に勝る権威と価値観を認めない」という理由で拒否したのだ。 要は、「天皇なんかに渡される勲章など認めない」という意味だ。
     やはり国籍にかかわらず、大江よりは「天皇陛下から直接いただいて、非常に感動しました」と言った中村の方がはるかに日本人だとは言えるだろう。
     文化勲章授与式後の記者会見で、中村は日亜化学に対して、以前には考えられなかったようなことを言っている。
    http://mainichi.jp/feature/news/20141103mog00m040003000c.html
     現在の小川英治社長がリーダーシップを取り、日亜化学が世界のリーダーとなって青色LEDの応用を進め、今回のノーベル賞に至ったと思います。私は小川社長に非常に感謝していますし、もちろん、日亜化学の全社員、私の当時の部下6人にも非常に感謝しています。
     その上で中村は「 ぜひ関係改善を図りたい 」と、徳島の日亜化学を訪ねて社長とざっくばらんに話し合いたいという意向を表明した。
     だが日亜化学はその翌日に文書でコメントを発表。
    「弊社に対する深い感謝を公の場で述べておられ、弊社といたしましてはそれで十分と存じております」
    「貴重な時間を弊社へのあいさつなどに費やすことなく、今回の賞・章に恥じないよう専心、研究に打ち込まれ、物理学に大きく貢献する成果を生みだされるようお祈りしております」
     慇懃ではあるが、要するに門前払いである。「もう2度と関わり合いたくない」という強い意向がありありと表れている。
     この対応には「大人げない」と見る向きもあるが、「そりゃそうだろう」という声も結構上っている。わしはというと、圧倒的に後者だ。
      そもそも、企業に属する研究者の発明に巨額の報酬が支払われるなんてことは、アメリカでだって決してあり得ないのだから!
     それについては、
  • 「『在日特権』はあるのか?」小林よしのりライジング Vol.108

    2014-11-11 16:05  
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     数年前までは社会問題の専門用語だった 「ヘイトスピーチ」 だの 「レイシズム」 だのが、今では一般常識的な言葉になってしまった。日本は急速に「美しい国」から遠ざかり、醜悪な国に向かって劣化し続けている。
     8月、安倍首相はヘイトスピーチについて「日本人の誇りを傷つける。しっかり対処しなければならない」と発言。そう言わなければ世界の恥になるから、建て前として言ったのだろう。
    これを受けて自民党は「 ヘイトスピーチ対策等に関する検討プロジェクトチーム 」を設置し、本気かどうかは知らないが、新立法の可能性を視野に入れつつ検討を始めた。
     安倍政権の「コアな支持層」は、ヘイトスピーチが大好きなネトウヨ・レイシストたちじゃなかったっけ?と思っていたら案の定、 安倍の公式ツイッターや自民党のBBS(掲示板)は「大炎上」したという。
     また、元・航空幕僚長、現・ネトウヨ親父の 田母神俊雄 はツイッターで 「ヘイトスピーチの法規制は、保守派を黙らせ、左翼リベラルや外国人を利するだけのものです」「ヘイトスピーチの法規制は、左翼リベラル政治家の有田芳生氏が中心となって推進して来たものです。なぜ保守を名乗る政党が保守派庶民を苦しめ、左翼リベラルや外国人を利することをするのでしょうか。左翼リベラルに媚びるような政策に反対します。左翼に媚びるとろくなことがありません」 と、わけのわからない懸念を表明した。(註・あまりに馬鹿な発言なので、 ウンコ色 にした)
      ヘイトスピーチを禁じたら保守派が黙らせられる?「保守派の主張=ヘイトスピーチ」だったのか!?
     
     そんな中で開かれた自民党プロジェクトチームの初会合では、ネオナチ団体幹部との繋がりを指摘されている高市早苗が 「うるさくて仕事にならないから、国会周辺でのデモ活動も一緒に規制しよう」 (註・ ウンコ色 にした)という趣旨の、異次元に飛躍した意見をぶちかました。
     これなら田母神も心配するには及ばないだろう。むしろ安倍政権下のヘイトスピーチ規制では、ヘイトスピーチのカウンターや、反原発デモなどにまで拡大解釈して網を被せることを警戒しなければならないようだ。
      一方、民主党はヘイトスピーチの街宣活動を規制する独自の法案をまとめ、他の野党にも賛同を呼びかけた上で今国会に提出する方針を固めた。
     この法案には罰則規定はないが、民族の違いなどを理由にした侮辱や嫌がらせなどの差別的な言動を禁止し、国に差別を防止するための基本方針を定めることを義務づけたものだという。
     この民主党案に対しても規制の「拡大解釈」を懸念する声が上っている。とはいえ、一切の規制もせずにヘイトスピーチを封じ込められるのかというと、それはまず無理だろう。
     例えば「ヘイトスピーチを減らす最良の薬は、他人にウンコを投げ付けないと鬱憤晴らしも出来ないような追い詰められた国民を減らすことである」と主張している人がいるが、甘すぎるし現状がわかっていない。
      ヘイトスピーチをやっている者は、必ずしも「追い詰められた国民」とは限らないのだ。
      社会的にはそれなりの生活をしていながらも、個人的なコンプレックスを自力で解消できずに他者への攻撃に転嫁する者もいる。
     また、とにかく差別が好きだという者だっている。たとえ社会から格差が撤廃されたとしても、差別をする者はするのである。
     さらに警戒しなければならないのは、規制に反対するあまりに、在特会(在日特権を許さない市民の会)などの排外主義団体が攻撃対象としている 「 在日特権 」を撤廃すれば、ヘイトスピーチも止んでいくだろうという意見 が出てくることである。
      結論を先に言うが、「在日特権」なるものは、ヘイトスピーチをやるために在特会会長・桜井誠らがでっち上げた、ほぼ100%のデマである!
     これは、ジャーナリスト・ 安田浩一 の 『ネットと愛国』 や、「レイシストをしばき隊」の創設者・ 野間易通 の 『「在日特権」の虚構』 で検証されている。
    「在日特権が存在する」という主張自体が、差別を助長するための事実無根の誹謗中傷なのだ。「在日特権をなくせば差別もなくなる」というのは、「在日特権が存在する」ということを前提にしているわけで、在特会が仕掛けた罠に嵌って差別の片棒を担いでいることに他ならないのである。
     その罠にまんまと引っ掛かったのが大阪市長の 橋下徹 だ。
     橋下は大阪市役所で桜井と罵り合いの公開泥仕合を演じた翌日、維新の党代表として、 在日韓国・朝鮮人らに認められている「 特別永住資格 」について「 通常の外国人と同じような永住者制度に一本化していくことが必要 」と述べ、党として見直しを検討する考えを示した。
     その理由を橋下は「特別扱いは差別を生む」として、在日韓国・朝鮮人への攻撃を抑える狙いもあると説明したが、これこそが在特会のデマに踊らされた主張だったのだ。
    「 特別永住者制度 」とはいわゆる「入管特例法」に基づくものだが、果たしてこれは「特権」なのか?
  • 「親米保守を呪縛しているオカルト信仰」小林よしのりライジング Vol.107

    2014-11-04 11:30  
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     外交評論家の岡崎久彦氏が亡くなった。ご冥福をお祈りする。
     以下、敬称を略する。
     岡崎の主張に対しては、わしは徹底して批判してきたし、それは今後も変わらないが、そのことと弔意を示すこととは別である。
     作家でNHK経営委員の百田尚樹は、土井たか子元衆院議長が亡くなった際にツイッターで「まさしく売国奴だった」と発言し、批判を浴びるとこう居直った。
    土井たかこを批判したら、何人かの人から「死者の悪口を言うな」とのリプライをもらった。他人に人格を説く人たちに聞きたい。政治家は死ねば批判から免れるというのか。もう一つ言いたい。他人に品格を要求するくらいなら、あなたたちも私も批判するな。
      百田がやったことは「批判」ではなく、訃報への「罵倒」である。
     要は「 売国奴が死にやがった 」と言ったのであり、「 ザマーミロ! 」と言ったに等しいのだ。
     しかし百田には「批判」と「罵倒」の区別もつかないらしい。だから「他人に品格を要求するくらいなら、あなたたちも私も批判するな」などとわけのわからないことを書くのだ。
     ネトウヨも「批判」と「罵倒」の区別がつかないから、似たような人種である。
     中国では東条英機や汪兆銘(戦時中に親日政権を樹立した政治家。現代中国では「裏切り者」とされている)が土下座する銅像が作られ、そこに道行く人が唾を吐きかけているが、こんなことは日本人の品性では決してできない。
     自称保守派はそのように言ってきたのだ。
     だが今では、できるものなら土井たか子の土下座像を建てて唾を吐きかけたいとでも思っているのではなかろうか。
    「 アングロサクソンについていけば日本は100年安泰 」が不動の持論だった岡崎久彦がイラク戦争でアメリカを熱烈支持した際に、どれだけ予測を外したかはライジング31号で詳述した。
    http://ch.nicovideo.jp/yoshirin/blomaga/ar173335
      何しろ岡崎はイラク戦争で米軍がほぼ100%勝利し、その結果として世界史的な「アメリカ帝国」が完成し、全世界の平和と秩序をアメリカが単独で維持するようになると断言したのだ。
     ここまで予測を外した人間が何事もなかったかのように言論活動を続けたことだけでも驚きなのに、そればかりか第2次安倍政権のブレーンとなり、「アングロサクソンに100年ついていく」ための 集団的自衛権行使容認 に尽力したのである。
     本人としては「悲願」を達成し、これで日本は100年安泰だと満足して死んでいったことだろう。
     しかしおそらく今度も岡崎の予測は大外れする。100年安泰どころか、日本はかつて遭遇したことのない危機に見舞われるかもしれない。
      アメリカは「イスラム国」との戦いを「自衛権の行使」としている。 イスラム国との戦いは空爆では決して終わらず、徹底的に戦うならば地上軍の派兵は不可避となる。しかしイラク戦争で消耗したアメリカには、十分な戦力投入ができない。
     そうなればアメリカが「 集団的自衛権 」によって自衛隊の派遣を要請してくることは大いにあり得る。
     その時には自衛隊員が戦死することも、カナダやイギリスで起きたようなテロが日本国内で起こることも覚悟しなければならない。
     イスラム国だけの話ではなく、不安定な中東を舞台にして、今後もアメリカとイスラム過激派との戦いは、続いていくのである。
     岡崎がこの世に遺した置き土産は、今後どれだけの不幸を生むかわかったものではない。岡崎が残した負の遺産については、批判しないわけにはいかないのである。
     岡崎の訃報を伝えた10月28日の産経新聞には『知性と気迫備えた侍』と題する評伝が載ったが、これがものすごく奇妙なものだった。
     岡崎の業績の中から、特に靖国神社の博物館「遊就館」の展示にクレームをつけ、変更させたことをクローズアップし、全文の半分近くもの分量を割き、「岡崎さんというと知性の人という印象が強いが、日本を危うくするものに対しては、いかなる批判も恐れることなく、言論で戦いを挑む気迫を持っていた」と褒め讃えたのだ。