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記事 309件
  • 「女医の現実と女性差別」小林よしのりライジング Vol.280

    2018-08-14 20:15  
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     私が通っている眼科は、パルテノン神殿風の豪華な柱を玄関に構えた“白亜の豪邸”のようなクリニックで、主治医は峰不二子みたいな女医だ。
     いつも胸部のラインが非常によくわかるセクシーなワンピースに、白衣を羽織り、シャネルのネックレスとイヤリングを光らせ、ばっちりお化粧をした茶髪のロングヘアの先生が、薄暗~い診察室のなか、ふたりきりで、瞳を覗き込みながら丹念に診察してくれる。
     待合室はおじさんだらけ!
     2時間待ちは当たり前、しかも受付終了の17時きっかりに正面自動ドアのスイッチが切られてしまうので、ほんの数分遅れて来院したおじさんが、ドアの外にへばりついて「お願いしますぅ!」と懇願しては冷たく追い返されるのを何度も目撃した。
     そりゃ、医者は日々忙しいだろうし、技術の向上にもたゆまぬ努力が必要に違いないのだろうけれど、外科や救命外来のような超激務続きに比べれば、眼科というのは、女性の開業医としてはかなり条件の良い診療科目なんだろうというイメージがある。
    ***
    ■東京医大の入試は女性差別か?
     東京医大の入試問題、最初は「女子一律減点」というフレーズだけを見て、「そんなことがあっていいの?」という気持ちになったし、自分が子供の頃に言われていた 「女の子は、勉強はほどほどでいい」という30年前の言葉 を思い出したりもして、そんな古臭い価値観がいまだに存在していたのかとも思った。
     けれども、報道内容や、現場の女医の意見、自分の知る医療の世界のことを合わせて考えていくうち、これを単に「女性差別」と叫んで、大学を糾弾してさえいれば解決するわけがないだろうと思うようになった。
     入試の手法としては確かに大きな問題があるものの、東京医大の元幹部がTBSの取材に語ったコメントは重要だと思う。
    「体力的にきつく、女性は外科医にならないし、僻地医療に行きたがらない。入試を普通にやると女性が多くなってしまう。単なる性差別の問題ではなく、日本の医学の将来に関わる問題だ」(TBS news)
     医療の世界には、セクシーな眼科医もいれば、男女限らず激務の上に待遇がつり合わないとずっと言われている救命救急医もいるし、長時間におよぶ手術の上、患者の急変に備えて夜間休日も即応する外科医もいれば、「Dr.コトー」のように、離島や僻地で何十年も過疎集落の高齢者たちのために尽くす医者もいる。
     それぞれ向き不向きや、体力・体格の問題、使命感に突き動かされてすべてを投げ打って身を捧げる人もいれば、自分の人生を考えたいと思う人だっている。
     このぐらいのことは私にでもわかるし、また、厚生労働省の調査を見てみると、診療科目によって医師の男女比が出てしまうというのは、やはり現実のようだ。
    ■診療科目に男女比は存在する
     これは日本国内の病院および診療所における診療科目別の比率を調査したものだ。
  • 「LGBTを巡るリベラルと保守の違い」小林よしのりライジング Vol.279

    2018-08-07 22:20  
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     自民党衆院議員・杉田水脈の 「LGBTは生産性がない」 発言が炎上し続けている。
     リベラルの者たちは当然、これを猛烈に非難している。
     一方で保守の側は、ただ杉田から距離を置こうとしている。
     そんな中、自民党衆院議員・谷川とむが、同性愛は 「趣味みたいなもの」 と発言し、さらに火に油を注いだ。
     谷川は、男と女が結婚して子供を授かるのが「伝統的な家族のあり方」で、男が男だけを好きになり、女が女だけを好きになっていたら、国が滅びると発言している。
    「伝統的な家族のあり方」は否定しないが、同性愛カップルがそんなに増えるはずもなく、この議員、同性愛は本人の意思でやめられると思っているようだ。
      同性愛は趣味の問題ではなく、先天的な脳の問題であり、本人の意識では、どうにもならない。
     この認識が一般に浸透し、常識となってからもう20年以上は経つというのに、未だにその知識が皆無の国会議員がいるという事実には驚くしかない。それも、ジジイならまだ仕方ないかもしれないが、谷川は42歳だというから二度びっくりである。
      生まれつき女しか愛せない女(L=レズ)、男しか愛せない男(G=ゲイ)、男も女も愛せる人(B=バイセクシャル)は、一定の割合で存在する。
     男の体に女の脳、女の体に男の脳を持つ人(T=トランスジェンダー)も、必ず一定の割合で生まれてくる。
     生物学的にそうなっているのだから、認めるしかない。
     これは保守とかリベラルとかいう観念を超えている。
      生物学的に全くやむを得ない、先天的な脳内の問題であり、それを差別したり、偏見を持ったり、その人たちが普通に抱く感情を、不道徳だと言うことはできない。
     昔はわしもそういうものとは知らなかったから、ヘンな趣味があるものだと思っていたが、もうその認識はすっかり変わっている。
     最初にはるな愛を見た時は、可愛いなあと思ったものだ。だが、その後のコミカルな挙動に失望してしまったのだが。
     最近は見なくなったが、椿姫彩菜などは元男性とは思えない美しさで、この人となら付き合えるかもと思ってしまった。それを『ゴー宣』の中で言ったら、宮崎哲弥が読んで、小林よしのりがあなたを好いてるよと本人に伝えてしまったようだ。
     そのように、すっかり綺麗な女になっている人もいるのだから、普通の男でも、気づかぬまま惚れてしまい、のちに元男性と知っても、結婚してしまうことだってあるかもしれない。
     こんなに美しいなら、出生時の性なんかどうでもいいと思えるようになり、手術して、ちんこもなく、おっぱいがついているのなら、あとは子供が生まれないということさえ覚悟すれば、それは、十分いけるかも…
     …って、LGBTに対する差別意識はもうないと言おうとして、何かヘンなことをつぶやいているようだ。
      とにかく、LGBTに対する差別や偏見はいけないということについては、保守もリベラルもない。
     ただし、そこから先は保守として警戒しておかなければならないこともある。
  • 「水道民営化は売国行為だ!」小林よしのりライジング Vol.278

    2018-07-24 15:45  
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    「日本人は水と安全はタダだと思っている」
     評論家の山本七平が『日本人とユダヤ人』(イザヤ・ベンダサン名義)でそう指摘したのは今から48年も前、昭和45年(1970)のことだ。
     日本人は常識のように「水と安全はタダ」だと思っているが、そんな感覚は世界では一切通用しないと、山本は警鐘を鳴らしたのである。
     それから半世紀近くが経って、「安全」がタダではないということはようやく意識され始めた感もある。
     しかし「水」に対する意識は、大して変わっていないようだ。
     日本の別名は「瑞穂の国」。これは「水穂の国」とも書く。
     日本人は時に水の恩恵を受け、時に水の災厄を受けて生きてきた。
     西日本豪雨を見ていると、日本人は決して水との戦いからは逃れられないのだということを思い知らされる。
     日本は大雨ばっかりで、しかも国土のほとんどが山地だから、あまりにも水が豊富にある。
     だがそのためについ錯覚に陥って見落としがちになるのだが、 世界では逆に水不足にあえぐ国の方が圧倒的に多く、それは年を追って深刻化しているのである。
      1984年から2015年の約30年間に、実に9万平方キロメートルの地表の水域が、世界から消失している。
     最も有名なケースは中央アジアのカザフスタンとウズベキスタンをまたぐ湖「アラル海」で、かつては琵琶湖の約100倍、世界で4番目の湖水面積を誇っていたが、旧ソ連時代に「自然改造」の号令の下、アラル海に流れ込む川の水を綿花の栽培に使ったため、今では10分の1程度の面積にまで縮小してしまった。
     このような人為的な開発や、近年では地球温暖化の影響により、世界中で湖水の消失が起きているという(朝日新聞7月20日「月刊安心新聞plus」より)。
     天然資源は世界中に均等に存在しているものではないから、国や地域によって不平等が生じるのは仕方がない。恵まれた場所では恵まれるし、恵まれない場所ではどうしても恵まれない。
     日本には石油がない、鉄鉱石がない、あらゆる資源に恵まれず、そのために大戦争をせざるを得ない状況にも追い込まれたが、水資源は豊富である。
     しかしこの資源はしばしば人間に対して牙をむくし、必要とされる場所に届かず、干ばつになることもある。 水資源を使いこなすまでには、数知れない人々の長年にわたる治水事業や用水路開発の努力の歴史があったのである。
      日本は現在97.9%の水道普及率を誇り、誰でもどこでも安価で衛生的な水を得られる。 国交省の発表では、安全に水道水を飲める国は世界に15カ国しかないという。
      これは豊富な天然資源と、それを有効に利用できるようにすべく尽力した先人たちの賜物であり、これを活用して、未来に残していくことは我々の責任である。
     ところが、安倍政権がやろうとしていることはそれとは正反対なのだ。
      安倍政権は、市町村など自治体が運営している水道事業を「民営化」しようと目論んでいる。
      高度経済成長期に拡大した水道管や水道施設は老朽化が進んでいるが、水道事業を担う自治体は財政難で改修・更新が遅れている。 これを民営化で促進しようというのだ。
     水道民営化は以前から麻生太郎副総理兼財相の持論だが、実はそれより前から、全く同じことを竹中平蔵が言っている。
     民営化すればうまく採算を取れるようにできるかのように言うのだが、同じようなことを言って民営化した国鉄や郵政と同じことが起きるのは目に見えている。 儲かるところだけは改修されていくが、採算の取れない地方の水道管はさび付き、使えなくなっていくだろう。
      結局のところ、これは国民の財産である水道を民間・外資に売り渡そうという「売国政策」でしかないことは明白だ。
      もしこれが実現すれば、全国津々浦々に水道管を通して水を供給することもできなくなるし、水道料金は跳ね上がるし、世界トップクラスの水道水の安全基準も保たれるかどうかもわからない。
     しかも、もう既に海外には先例がある。
  • 「麻原遺骨騒動の奇妙さ」小林よしのりライジング Vol.277

    2018-07-17 18:00  
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     麻原彰晃(本名・松本智津夫)の死刑が執行され、これでオウム事件も大きな一区切りがついたと思っていたら、その遺骨をめぐっておかしな争いが勃発して、たちまち新たな騒動が始まってしまった。
     麻原は死刑執行直前、自分の遺体の引き取り人に四女を指名していたという報道が出て、これに対して三女が「作られた話」だと反発した。
     さらに参院議員でジャーナリストの有田芳生や、宗教学者の島田裕巳らも、これは法務省による政治的判断で、遺骨を教団とは完全に決別している四女に渡そうとしているのではないかという旨の発言をしている。
     だが、わしは最初にこれを聞いた時、事実だろうなと思った。いくらなんでも、死の直前の言葉を捏造するほど悪質なことをするとは思えないし、しかも、信者が遺骨を奪還しようとすれば、四女に危害が加えられる恐れがあることくらい法務省の人間だって見当がつくはずで、あえて一般人を危険にさらすような嘘を発表するはずがないと思ったのだ。
     そんな中、TBSは関係者への取材から、麻原の死刑直前の詳細な様子を報じた。それは以下のようなものだったという。
     7月6日午前7時ごろ、麻原は東京拘置所の独居房で起床。朝食は部屋でほぼ完食した。
     7時40分ごろ、刑務官から声がかかる。
    刑務官「出房」
     連れて行かれた先は教誨室だった。
    刑務官「お別れの日が来ました。教誨はどうしますか」
    麻原「・・・」
    刑務官「じゃあやらないんだね。言い残したことはある?」
     麻原は終始、呆然としていたという。
    刑務官「引き取りはどうする?」
    麻原「・・・」
    刑務官「誰でもいいんだぞ」
    麻原「ちょっと待って」(しばらく考え込む)
    刑務官「誰でもいいんだよ。妻・次女・三女・四女がいるだろう」
     少し間が空いたあと・・・
    麻原「四女」
     小声でよく聞き取れなかった刑務官が「四女?」と聞き返すと、麻原は四女の名前を口にした。
    刑務官「四女だな?」
    麻原「グフッ」
     麻原はそう言って、うなずいた。
     暴れたり、抵抗したりするようなことはなかったという。
     特定の死刑囚の執行前の様子がこんなに詳細にリークされるのは極めて異例ではあるが、「法務省陰謀説」なんかが喧伝されては、そうせざるを得なかったのだろう。
     こんな真に迫った描写を刑務官が嘘で言ったり、法務省がでっち上げたりするとは思えないし、作り話をするなら「麻原は最後まで見苦しく抵抗した」などと、もっとイメージダウンを図ったはずだ。
     麻原と妻の間には娘4人、息子2人がいる。
     三女は、遺骨引き取りの権利は母(麻原の妻)にあると主張し、四女と真っ向から争っている。
     三女はかつて「アーチャリー」のホーリーネームで呼ばれ、麻原が教団の後継者に指名していた。
     その後、オウムがアレフと改称した際に教団を離れ、実名・顔出しで手記を発表するなど、積極的にマスコミにも登場している。
     ただ、現在の教団とは決別したとは言っても、 「たとえ父が事件に関与していたとしても、私は父のことを大切に思い続けます」「オウムとの決別は、故郷というか、育ってきた町を離れる感覚に似ています」 などと発言していて、 明らかに今も麻原やオウムに愛着を持ち続けており、これを客観視し、批判する感覚は乏しい。 要するに、物理的には教団を離れていても、精神的には離れきっていない状態といえる。
     それでも三女は、経済的に教団から独立して生活する決意だけはしているようで、 今もアレフに生活を支えられている母とはかなり仲が悪いらしい。
     麻原の妻と三女は連名で、遺骨の引き渡しを求める要求書を法相と東京拘置所長に宛てて提出しているが、四女を共通の敵とすることでのみ手を組んだようだ。
     一方の四女は11年前、ジャーナリストの江川紹子が未成年後見人となり、その元に身を寄せていたが、半年ほどで出て行った。
  • 「戦争写真家ロバート・キャパのこと」小林よしのりライジング Vol.276

    2018-07-10 21:00  
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     今日は、世界中の戦争報道に多大な影響を与えた20世紀を代表する戦場カメラマンを紹介しようと思う。
     
    ●ロバート・キャパ(1913-1954)
     ハンガリーのブダペストに生まれたユダヤ人で、スペイン内戦、日中戦争、第二次世界大戦におけるヨーロッパ戦線、イスラエル独立とパレスチナ戦争、第一次インドシナ戦争と数々の戦争を文字通りの「最前線」で取材し報じてきた“世界最高の”と冠のつく報道写真家だ。
     これまで仕事でいろんな写真事務所に出入りしてきたけれど、このキャパの肖像写真はあちこちで見かけた。スタジオに、まるで神棚のように飾っている写真家もいた。キャパに憧れ、影響を受けて報道を目指した人は世界中に大勢いるだろう。
     過酷な戦闘のなかで撮った写真に、ちょっとユーモアを交えたキャプションや体験レポートをたくさん添えて残している人物で、写真展ではじっくり目を通したくなる文章も多く展示されていた。まずは代表的な写真を紹介したい。
     
     (C) ICP / Magnum Photos (横浜美術館蔵)
      1944年6月6日撮影、第二次世界大戦、ノルマンディー上陸作戦。
     連合国側のキャンプに同行して招集がかかるのをひたすら待ち、フランスのオマハ・ビーチに上陸するアメリカ軍の第一陣と一緒になって船に乗り込み、大荒れの海へ出発。兵士らと一緒になって、銃弾が雨あられのように降り注ぐなか、大荒れの海に飛び込み、命懸けで上陸しながら撮影したものだ。
     周囲の兵士たちは、海水のなかでどんどん撃たれて死んでゆく。それを撮る。負傷者を救護するために飛び込んだ衛生兵も目の前でたちまち撃たれてゆく。それも撮る。フィルムを交換していると、突如として全身がニワトリの白い羽で覆われ、「誰かがニワトリを殺したのか」とあたりを見渡すと、砲撃に吹き飛ばされた兵士の防寒コートから噴出したものを浴びていたことに気づく。それも、撮る。
     キャパはノルマンディー上陸作戦で134枚を撮影。ところが、ロンドンの『ライフ』誌編集部に届けられたネガを受け取った暗室アシスタントが、編集者から「はやくプリントしてくれ!」と急かされて、興奮して慌ててしまったあまり、現像の過程で温度設定に失敗。なんと98枚ものフィルムを溶かしてしまい(!)、なんとかプリントされた写真は、たったの11点だったという。しかも、ピンボケしたりブレたり、きちんと撮れていないものばかり……。
     ところが、『ライフ』誌は商魂たくましい、というか、まったくふざけてるというか、この事実をまだ戦場にいるキャパに内緒にしたまま、残されたピンボケ写真に
    《その瞬間の激しい興奮が、写真家キャパのカメラを震わせ、写真にブレをもたらすことになった》
     というもっともらしいキャプションを勝手につけて、誌面で大々的に発表。すると、このピンボケブレブレ写真が、戦場の凄まじい衝撃をイメージさせることになり、大変な反響となった。
     キャパ自身も 「戦闘の興奮を伝えるためには、ほんの少しカメラを動かしてみるといい」 と何度も後進の報道写真家たちのために語っており、あえてボケ・ブレで撮った戦場写真は多数残っている。銃弾が降り注ぎ、どんどん人が血まみれで死んでいくなかで、表現のためにカメラを動かしながら撮るなんて、それだけで普通の精神状態じゃないが、キャパの代表作は、こんなユーモラスなタイトルだ。
     
     『ちょっとピンぼけ』(ダヴィット社)
    ●反骨精神と架空の写真家「ロバート・キャパ」
     ロバート・キャパは、本名を アンドレ・フリードマン という。アンドレの出身地ブダペストは、もともとは「ブダ」と「ペスト」の二つの都市が合併した場所だ。
  • 「ネットの『基地外』の憎悪について」小林よしのりライジング Vol.275

    2018-07-03 17:45  
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     6月24日、福岡・旧大名小学校校舎の創業支援施設で、殺人事件が起きた。
     ネット内のトラブルが原因とされ、犯人は一面識もない相手に一方的に恨みを抱き、メッタ刺しにしたのだった。
     殺害されたのは、「株式会社はてな」が運営する「はてなブックマーク」のブログに「Hagex(ハゲックス)」のハンドルネームで発信をしていた41歳のブロガーだった。
     Hagex氏は東京のネットセキュリティ関連会社の社員で、IT雑誌の編集長やセミナー講師を務め、勤務先や関係者の評価は高かったが、ブログでは半ば炎上狙いで何人ものブロガーに対して罵倒するような批判を繰り返し、その相手からはかなり嫌われていた。
     だがHagex氏を殺したのは、氏が罵倒していたブロガーではなく、そのブロガーたちは「嫌な人だとは思っていたが、いくらなんでも殺すことはないじゃないか」といった反応を示している。
     Hagex氏を殺したのは、氏がまともに相手にもしていなかった「荒らし」の男だった。
     犯人の男は「はてなブックマーク」の「IDコール」というメッセージ通知機能を利用して、Hagex氏のみならず多くのユーザーに誹謗中傷・罵詈雑言を送りつけていた。やたらと「低能」という言葉を使って上から目線の言い草をすることから「低能先生」というあだ名をつけられていたが、このあだ名は誰ともなく言い出したもので、Hagex氏がつけたわけではない。
    「低能先生」の荒らしは当然ユーザーが「株式会社はてな」に通報し、IDが凍結される。すると「低能先生」は別のIDを作成して罵詈雑言を送りつけ、また通報され、凍結される。するとさらに別のIDを作成する。
     そんなことを繰り返して2年以上、作ったIDはわかっているだけで200以上に及ぶという。これだけでもその粘着性や異常性は十分わかる。
     Hagex氏も「低能先生」の荒らしに対しては特に相手にもせず、粛々と通報し、凍結させていたようだ。
     そして5月2日、Hagex氏は「低能先生に対するはてなの対応が迅速でビックリ」と題するブログをアップした。
     そのブログは、自分は「低能先生」の荒らしが来るたびに「はてな」に通報しているが、最近では詳しい理由も書かずに「低能先生です」と一言入れただけで凍結されるようになり、しかも昨日は通報してからわずか3分で凍結されたのでビックリしたとして、「株式会社はてな」は「低能先生」を威力業務妨害で訴えるべきだ、という内容だった。
     そして、常人には一切理解できないのだが、「低能先生」はこのブログを読んでHagex氏に強烈な殺意を抱いたのだ。
     しかも不運なことに、Hagex氏のブログには6月24日に福岡でセミナーを開催するという告知がつけられており、あろうことか、「低能先生」は福岡在住だったのである。
     当日、「低能先生」は現場でセミナーが終了するまで2時間以上待ち伏せし、会議室から出てきたHagex氏をつけて、トイレで用を足しているところを背後から襲い、刃渡り16.5センチのレンジャーナイフで首や胸を十数カ所刺した。傷の一部は心臓まで達していたという。
    「低能先生」の正体は、42歳の無職男性だった。
     熊本県天草市の出身、読書好きで中学ではソフトテニス、高校では剣道に打ち込み、中学の同級生は一様に「おとなしくて真面目だった印象しかない。殺人事件を起こしたなんて信じられない」と語ったという。
     成績優秀で中学時代から九州大学を目指し、目標どおり進学。父親は「地元で九大に進学する生徒は少ない。合格した時は本当にうれしかった」と語る。
     大学には8年間在籍、在学中の平成12年(2000)から福岡県内のラーメン製麺工場でアルバイトを続け、平成20年(2008)に正社員になり、仕事ぶりは真面目だったというが、平成24年(2012)に突然退職、それ以降は福岡市内のアパートに引きこもっていた。親は立ち直るのを信じ、アパートの家賃として月3万6千円の仕送りを2年間続けたという。
     犯行直後、「低能先生」はブログに犯行声明を出している。
     実に気持ちの悪い文章だが、犯人の異常性を検証するために掲載しよう。
  • 「芸術家と偏執性~ルイス・キャロル編」小林よしのりライジング Vol.274

    2018-06-26 19:30  
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     今日は知らない人のいない、超著名な 児童小説『不思議の国のアリス』 の話。
     ディズニーアニメをはじめとして、映像作品や映画、絵画、絵本、詩など後世において世界的に相当数の派生作品が作られているが、日本では、 画家の金子國義(1936-2015) が挿絵を描いたものが有名だ。
     
     金子國義は、この本のほかにもアリスをモチーフにした油彩や素描など、清純なものから濃艶、エログロなものまで長年に渡ってかなりの点数を描いている。
     
    (金子國義ホームページ https://www.kuniyoshikaneko.com/)
     また、写真の世界では、沢渡朔氏がイギリスでオーディションを行って撮影し、刊行した写真集『少女アリス』(1973)が爆発的な人気となり、芸術や思想の雑誌などの表紙を連続で飾った。モデルとなった少女は、日本でチョコレートのCMに出演したり、レッド・ツェッペリンのアルバム『Houses of the Holy』のアートワークにも登場。この写真集は何度も復刻され、45年経った現在でもかなりの人気がある。
     
    (沢渡朔ホームページ https://sawatari-photo.com/)
     
      Led Zeppelin“Houses of the Holy”(1973)のアートワーク
    ■ルイス・キャロルという“変なおじさん”
     数々の名作を派生させた『不思議の国のアリス』だが、もとは著者の ルイス・キャロル(1832-1898・イギリス) が、 知人の幼女アリス・リデルのために個人的に語った即興の物語 だった。アリスへのクリスマスプレゼントとして肉筆で書かれた『地下の国のアリス』という冊子がきっかけで、アリスの兄弟や友人たちからも喜ばれ、書籍化に至ったという。
     
      ちょっとヤバめのおじさんだったルイス・キャロル
     ルイス・キャロルは作家ではない。イギリスの大学クライスト・チャーチ・カレッジ(現オックスフォード大学)の数学教師で、66年の生涯のうち、54年間を学校の敷地から一歩も出ることなく過ごしたという。
     メルヘンチックな児童小説を書く人物なのだから、さぞや“ふわっ”とした詩人風情の男なのかと思いきや……これが 相当な変人だったことで有名 だ。
     まずルイス・キャロルは、 日々のスケジュールを分刻みで自己管理しており、午後の散歩の時間まで完全に正確 だった。毎日の日記は、その日に会った友人知人の名前、読んだ本、観た芝居、撮った写真、天気や気温などの記録で恐ろしいほどびしっり埋まっている。
     さらに、伝染病を恐れて、 室内のいたるところに温度計をぶらさげて温度を管理・確認 してまわり、自分の書いた 手紙にはすべて通し番号 を振っていたという。死の前日に書かれた最後の手紙は、なんと98,721番(!)だ。
  • 「犯罪と親の責任 悪魔を誰が育てたか?」小林よしのりライジング Vol.273

    2018-06-19 18:55  
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     6月9日、神奈川県内を走行中の東海道新幹線のぞみの車内で、乗客3人が殺傷される事件が起きた。
     犯人の22歳男性は日頃から 「俺なんて価値のない人間だ。自殺したい」 と話していて、 「誰でもいい」 から人を殺そうと、なたとナイフを買い込んで新幹線に乗り込んだ。
     そして隣席の20代女性に無言でいきなり切りつけ、さらに通路を挟んで左隣の席にいた別の20代女性にも切りつけた。
     それを二つ後ろの席に座っていた38歳の会社員・ 梅田耕太郎 さんが制止してもみ合いになり、女性二人はその隙に逃げて軽傷で済んだ。
     だが、梅田さんは殺害されてしまった。
     警官が車内に突入した時、犯人は梅田さんに馬乗りになり、なおも無言で切りつけ続けていたといい、梅田さんは首に致命傷と見られる長く深い傷があった他、数十カ所もの傷があったという。
      自分の命を犠牲にして、若い女性二人を含む多くの乗客を救った梅田耕太郎さんの名は、英雄として末永く顕彰しなければならない。
     一方で、この卑劣な犯人は絶対に死刑にすべきだ。殺されたのが一人だけだから死刑を回避するなんてことはあってはいけない。この事件の裁判だったら、わしはどんなに忙しくても、裁判員を引き受けたっていい!
     こういう事件が起きると、殺された梅田さんやその遺族、襲われた乗客の心情といったものを無視して、真っ先に犯人に同情する者がいる。
      犯人が凶行に及んだのは、そうさせた社会が悪いのだと、まるで犯人も被害者であるかのようなことを言い始めるような言説は、わしは大嫌いである。
     とはいうものの、今回の事件に関しては、犯人の小島一朗(本当は名前も出したくないくらいだが)についても言っておかなければならないことがある。
     というのも、小島は 「発達障害」 だったという報道があるからだ。
      事件と「発達障害」との関連が明らかになっていない時点で、その診断名や精神科の受診歴が報道されたことには、偏見を助長する恐れがあると懸念を示す声が上がっている。
      もちろん、発達障害の人間は凶悪犯罪を起こす可能性が高いなどという事実はなく、そんな偏見があってはならない。
     だからこそ、偏見を取り除くためにも発達障害についての正確な知識を持ち、これと事件に関連があったのか、なかったのかを明らかにする必要がある。
     発達障害とは、脳の発達・機能が多くの人とは異なっていて、社会生活や日常生活に困難を生じる状態をいう。
     映画『レインマン』のような、古典的な自閉症なら見てわかりやすいが、今では脳障害の幅はもっと広いことが知られるようになってきた。 一見しただけでは障害を抱えているとは思えない人が起こすトラブルの原因が、実は脳の発達・機能の障害にあったというケースは、かなり多いのである。
     発達障害は生まれつきのもので、遺伝的要因が大きく関係していることがわかっているが、まだ原因ははっきりと解明されてはいない。その特性は幼少時から存在し、生涯続く。大人になってから発症するということはなく、成長して治癒することもない。
     発達障害にはASD(自閉症スペクトラム、アスペルガー症候群)、ADHD(注意欠如多動性障害)、LD(学習障害、限局性学習症)などの種類があるが、その判断は微妙で、診断名が併存する場合も多く、同じ症状でも医師によって診断名が異なることも珍しくないらしい。
     そして、 小島は5歳の頃に 「アスペルガー症候群」 の疑いを指摘されていたという。
  • 「水着審査をなくすミス・アメリカ」小林よしのりライジング号外

    2018-06-12 18:40  
    100pt
     ミス・アメリカが水着審査を止めるそうだ。
     その上、イブニングガウンの審査も止めるそうだ。
     これを聞いて、瞬間的に 「馬鹿馬鹿しい。そんなものを誰が見るか!」
    と思わない男がいるのだろうか?
     イデオロギーとしてのフェミニズムに嵌った偽善者ならば、おのれの性的欲求を押し隠して、 「水着審査はセクハラだ―――!」 と叫ぶのかもしれない。
     人間の煩悩を断ち切った禅僧のような男なら、 「水着は見たくありませぬ」 と無表情で言えるのかもしれない。
     わしはセクハラは嫌いだし、やることもない。イデオロギー抜きでわしは「フェミニスト」だと自認しているし、その手前で「紳士的でありたい」と思っている男ではある。
      だが一生、性欲を葬れそうにない煩悩まみれの男でもあるから、「水着審査をなくす」という「設計主義的」な流れには、不快感100%になるのである。
     
     ミス・アメリカは1921年に第1回大会が開かれた、米国を代表するミスコンテストであり、世界で初めて水着審査を導入したミスコンともいわれる。
     その主催団体、ミス・アメリカ機構が5日、公式サイトやSNSで、水着審査を廃止することを発表した。
     同機構の理事長で、自身も1989年のミス・アメリカ優勝者であるグレッチェン・カールソンはTVのニュース番組で、 「ミス・アメリカはもはや美人コンテストではありません。(単なる)コンテストです。今後は出場者を容姿で審査しません。えぇ、大きな決断ですよ」 と語り、今後の審査基準は 「社会に影響をもたらす取り組みについて自分の言葉で何を語るか」 だと表明した。
     水着審査の代わりに、出場者には情熱や知性、ミス・アメリカの役割に対する考えについて審査員からの質問に答えてもらい、判断材料とするらしい。
     頭がおかしい!
     単なるコンテストって、何のコンテストなんだ?
     とにかく立派な人を選ぶ、ただし容姿だけは決して判断材料にしないというのか?
     だったら、頭巾でもかぶって顔を隠せ!
     いや、それではまだ体形がわかるから、いっそのこと全員にブルカを着せろ!
     社会貢献について語る内容を審査基準にするって、それは「弁論コンクール」じゃないか。
     だったらもう、ミス・アメリカはブルカを着せた「青年の主張」にしてしまえ!
     もう24年前の話になるが、堺市の女性団体が 「ミスコンは女性差別の集大成」 だと言い出し、各地のミスコンが次々に中止に追い込まれたことがある。
     わしはこれを「SPA!」の『ゴーマニズム宣言』で、以下のように徹底批判した。
     わしは「美」も才能だと思っている。美人は天才なのだ。
     人は努力に関係なく、生まれつきのものを与えられる場合がある。
     絵を描く才能、曲を作る才能、速く走る才能、知識を吸収する才能、笑わせる才能、肉体で戦う才能、美しさで人の目を楽しませる才能。
     これらのどれもこれもがまず才能ありき! それから努力で磨きをかけていくものである。
     頭のいいやつはちゃんと受験という学力コンテストを受けて世の中に認められていくが、「東大の入試は頭脳差別の集大成だ!」…と言って抗議するやつはいない。
    (ミスコン反対論者が、人を外見で判断するな、「大切なのは人柄よ」と主張しているが、)何が「大切なのは人柄よ」だ!
     モーツァルトに向かって「大切なのは人柄よ」なんて言って曲を認めないというのか? 音楽家にとって大切なのは曲の質だ! 美人にとって大切なのは顔とプロポーション。人柄など関係ない!
     最近ではおそるおそるやってるミスコンなんか「うちでは教養とか礼儀、性格も見てます」なんてバカなこと言っとるが…
     それだともう人間コンテストになって、総合的に質の良い人間と質の悪い人間に分けるという、おそるべき差別を犯してしまうぞ!
     美だけ! あくまで美だけで競うから良いのだ。
     この資本主義の中で人はいろんなものを消費されて生きてゆく。
     漫画を描く才能を…球を蹴る才能を…ブスであること、ブ男であることを消費されるやつまでおる。
     なんで「美」だけは消費させてはいかんとのたまう?
     差別だ! 美の才能だけはこの世で認めんという才能差別だ!
     人は誰しも己に与えられた天賦の才能を利用していく権利があるはずだ。
     これは人権侵害である!
     美は才能。美人は天才。顔とプロポーションを品評するミスコンは女性差別ではない!
     いま見ても、完璧な論理だ。
     当時、「この見解にきちんと理屈で返答してくれ」とミスコン反対論者を挑発したのだが、これにきちんと返答してきたものは今に至るも皆無である。そして、ミスコンバッシングの嵐も、なし崩し的に消えていった。
      ところが24年経ったら、ミス・アメリカが美人コンテストを止め、今後は外見で判断しない「人間コンテスト」にするという、冗談みたいな事態が出現してしまったのである。
     さすが「禁酒法」まで生んだお国柄は、21世紀に入っても変わらないものなのだなあと言いたいところだが、何でもかんでも「アメリカについて行け」がお国柄みたいになっている日本は大丈夫なのか? と思ってしまう。
  • 「『謝ったら死ぬ病気』に罹るな!」小林よしのりライジング Vol.272

    2018-06-05 15:15  
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    第279回「『謝ったら死ぬ病気』に罹るな!」  自分の発言の誤りが判明しても、絶対に認めない人がいる。
     その極みが、 安倍晋三 だ。
     安倍は加計学園の獣医学部新設計画を 「2017年1月20日」 に知ったと言い続けてきたが、愛媛県から、 「2015年2月」 に安倍が加計孝太郎と面会して 「そういう新しい獣医大学の考えはいいね」 と言ったとする文書が出てきた。
     これはもう動かぬ証拠というしかないものであるが、しかし安倍は、以前の発言は誤りだったとは決して言わない。
     愛媛県がわざわざ虚偽文書を作成する理由など全くない。
     加計学園が愛媛県に嘘の報告をしたのであれば、加計が安倍の名を勝手に悪用したことになるから、安倍は森友問題で籠池泰典前理事長に対して言ったように、加計にも「詐欺師」と言わなければおかしい。
     どう見てもつじつまが合わないのに、安倍は決して誤りを認めない。
     日大アメフト部前監督の 内田正人 も同じだ。
     問題の場面の映像がはっきり残っていて、しかも試合直後の取材に対して 「内田がやれって言った、でいいじゃないですか」 と、自分の指示であることを認める音声まであるのに、わざわざ記者会見して、自分の発言と選手の理解に乖離があったなどと見え透いた嘘をつき、絶対に自分の非を認めない。
     最初は「責任は全部俺が持つ」とかカッコイイこと言っといて、それが問題化したら「全部選手のせい」にしてスタコラサッサと逃げるのだから、卑怯な人間がいるものだ。
      安倍も内田もやってることは全く同じなのだが、ネトウヨ連中はなぜか安倍だけを擁護している。
     本来「誤りは認めよう」というのは単純な道徳の問題だが、もし安倍が本当に自分の誤りを認めたら、こう言わなければならない。
    「私の発言は嘘でした。私はお友達のために行政を歪め、国有財産をタダ同然で分け与えようとしたり、獣医学部の認可を出したり、何十億もの税金を投入させたりしました」
     正直にこう言ったら最後、首相も国会議員も辞めなければならず、さらには検察が動いて後ろに手が回りかねないのだから、嘘をつくしかないわけだ。
     内田も同じで、日大経営陣のナンバー2として人事と予算を牛耳ってきた地位も権力もすべて失いかねないから、絶対に非を認められない。
      こんなのは、犯罪者が罪を逃れようとして嘘八百を並べ立てているのと同じで、道徳云々のレベルの話ではない。嘘を承知していて、平然と嘘を吐き続けるのは、人格が破綻したサイコパス傾向の者たちなのだろう。
     それでは 「報道機関」 の場合はどうか?
     報道機関の使命は「真実の追及」にあるはずだから、過去の自らの報道や論説に誤りがあれば、認めて訂正・謝罪をするのが当然だし、それをしたからといって社会的地位が剥奪されるものではなく、ましてや犯罪者になることもない。これなら「誤りは認めよう」という道徳で語れるのではないか?
     財務省の福田淳一前事務次官の「セクハラ」問題が報道されて以降、特に朝日新聞・東京新聞・テレビ朝日「報道ステーション」は福田を叩きまくり、麻生太郎財相の 「セクハラ罪という罪はない」 という、間違いではない発言を「暴言」として非難した。
     中にはキャバクラまでセクハラの温床だとして非難し、セクハラの「根絶」を訴えるものまであった。
     さて、これは正しかっただろうか?