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記事 2件
  • 「パリ、同時多発テロの必然性」小林よしのりライジング Vol.156

    2015-11-24 18:25  
    150pt
     129人の死者と352人の負傷者を出す大惨事となったパリの同時テロは、確かに痛ましい事件である。
    「私」的感情としては世界の都市の中でパリは特に好きだ。パリで無差別テロとはまったく許せない。パリに対して贔屓する感情になってるものだから、テロリストたちに対して腹が立つ。
     だが、「私」的感情に囚われて、思考停止するわけにはいかない。
     テロ以降のフランスの反応は、アメリカ9.11テロの時とまるでそっくりである。
     オランド大統領は、ベルサイユ宮殿に上下両院の全議員を招くという異例の形式で演説し、「フランスは戦争状態にある」と宣言した。そして、シリアで「イスラム国」の拠点とされる場所に対し、連日の空爆を行っている。
     9・11の時、当時のブッシュ大統領が直ちにこれを「戦争行為」と述べ、「対テロ戦争」の名のもとにアフガン戦争、イラク戦争へ突き進んで行ったのと、まったく一緒だ。
      アメリカが始めた「対テロ戦争」の結果はどうなったか?
      世界は未だ9.11テロ以降の後始末をやらなければならない段階にあり、解決の見込みは一切ない。
     テロの根絶などできるわけもなく、むしろイラクのフセイン政権を崩壊させてしまったがために、その無秩序の中からイスラム国が生まれてしまい、テロは世界中に拡散してしまった。
     その結果として、今回はパリでテロが起きたのである。
     この経緯が頭に入っていれば、ここで「戦争」を宣言して空爆を強化するというのは、アメリカの失敗の轍を踏む最悪の選択だと容易にわかりそうなものだが、もはやフランスも冷静な判断ができない状態になっているらしい。
     フランスはイラク戦争に反対したが、あの時も、もし自国が直接テロの被害を受けていたら、大量破壊兵器があろうとなかろうと関係なく、アメリカを支持していたのだろうか?
     オランドは今回のテロについて 「シリアで計画し、組織され、ベルギーで準備された」 と述べた。
     首謀者とされる人物はモロッコ系ベルギー人で、実行犯はシリアへの渡航歴がある過激派のフランス人や、シリアからの難民を装って入国したと見られる人物など「多国籍」のグループだったという。
      これも9.11の時とまったく同じなのだが、グローバリズムで国境の壁が低くなって、人の行き来がしやすくなっているために、テロリストが容易に侵入することができるのだ。
      特にEU加盟国のうち22カ国とその他4カ国で形成するシェンゲン圏では、国境管理が廃止され、出入国審査なしで行き来できるようになっている。だからこそ、国際手配されていたテロリストでさえ楽々とベルギーからフランスに入国できたのだ。
      また、イスラム国のメンバーには、シリアやイラクなどの支配地域から各国に送り込まれ、普通に市民生活を送りながらテロの機会を待つ「スリーピング・セル(休眠細胞)」がいるという。
     彼らは難民に紛れたり、偽造パスポートを使ったりして入り込んでおり、その実態はまったく不明で、いつどこで次のテロが起こっても不思議はない。
     さらなるテロリストの侵入を防ぎ、国を守るためには、まずはグローバリズムの理念を疑わなければならない。国境の壁は、低くしてはいけないのだ。   EUではこの事態を受け、国境管理の強化を検討し始めたが、それは圏内の国境を撤廃するというEUの理念そのものを否定するジレンマに直面することになる。
     国家は国境を守らなければいけないものだ。国を守るためには、国境の警備を強化し、移民を制限しなければならない……と、これならフランスの極右政党・国民戦線の党首マリーヌ・ルペンの主張が正しいことになってしまう。
     だが、本気で国を守ることを考えるなら、これを単に「極右」「排外主義」と片づけるわけにもいかない。これは「愛国主義」とも言えることになるわけだ。
      そもそも、フランスはアラブに怨まれて当然である。
  • 「優雅なる巴里の情景」小林よしのりライジング Vol.87

    2014-06-03 18:40  
    150pt
     近頃は羽田空港から巴里に一気に飛べるから実に楽になった。
     わしはファーストクラス、秘書みなぼんはエコノミークラス、ファーストは横になって寝ることもできるが、一睡もせずにフランス革命の本とか、フランス語の旅行会話の本などをむさぼり読んでいた。
     巴里までの飛行時間は、行きは11時間半位で予定より早く到着。
     降下を始めるときに、スチュワーデスから「準備万端ですね」なんて声をかけられ、苦笑いしてたら、そのスチュワーデスが日本語・英語・フランス語で流暢に到着アナウンスをしたので、なんかムカついた。
     出口で「ご活躍ください」と言われたので、わしを知っていたらしい。
    (秘書みなぼんの感想)
     飛行機が降下を始め、窓から下を見ると、広大な田園風景が広がっていて、思わず魅入ってしまった。
    「フランスに来た!」という先入観から、ただの田園風景でも感動してしまうのかな?
     日本も北海道とかは上空から見れば、こんな感じだったかな?と思いながら見ていたけれど、でも一つの田圃の大きさが大きいし、色も濃いような気がするし、日本のようなキッチリしたマス目になっている田圃とも違うなぁ…と感じた。
     シャルル・ド・ゴール空港に到着。
     秘書みなぼんは『レ・ミゼラブル』の3巻目を読んだらしく、わしと合流して、
    「ちょうどフランス革命の頃の話で、大衆のあまりの貧困っぷりに革命が起きることも納得してしまいましたよ。」と感想を漏らす。
     単なる旅行ではなく、何かを学ぼうとする意欲が感心だ。
    (みなぼんの感想)
     フランス、しかも「シャルル・ド・ゴール空港」という名前から、もっと華やかな空港を予想していたら、内装は簡素だし「空港の機能だけ!」という感じ。羽田空港の方が有名店が入っていたり、レストランも多く派手なのではないかと思った。
     時間のせいか人も少なく静かで、少し拍子抜けした。
     でも空港スタッフに黒人が多くて「やっぱり移民の国だ!」と感じた。
     周りも外国人だし、案内表示も広告もフランス語で、「いよいよ来たぞ~」と実感。
     空港からタクシーでパリ市内に向かう途中、巴里の中心地に入るまでは、雑然とした殺風景が続くのだが、秘書みなぼんは早くも感動している。
    「先生、さすがフランスですね!」
    「なにが?」と聞き返すと、横を走っていく車の運転手が黒人やアラブ系、アジア系、もちろんも白人もいて、「さすが移民の国・巴里だ!」と感動したそうだ。
     あんまり感動するポイントではないような気がするが・・・。
     ハイウェイを降りて、いよいよ巴里市内に入ると、「これぞ巴里!」という街並みが目に入ってくる。
     歴史を感じさせる重厚な石造りの建物がずらっと並び、石畳になった道路をタクシーは振動しながらガタガタ走っていく。
     モノトーンでシックな服装のパリジャンが風景に溶け込み、目に心地良い。
     学生はジーンズにパーカーやシャツ、スニーカーを合わせていて、シンプルで年相応の格好をしている。
     足が長くスタイルが良いからジーンズも格好良く履きこなせるし、AKB48や美少女アニメを生んだ日本のセーラー服や学生服の文化より、垢抜けてお洒落に見える。
    「どうね、みなぼん?これが巴里だよ。」
    「本当だ!これが巴里なんですね!おしゃれですね~~~~!」
     ようやく感動すべき風景を感動してくれて安心した。
     移民が多いのが巴里だなんて感動してたら、極右政党・国民戦線のマリーヌ・ルペンが怒ってしまう。
     わしが30年くらい前に巴里に行った頃は、英語なんか誰も使ってなくて、外国人に白い目を向ける冷たい国民という印象だった。
     わしが高級ブランド店でフランス語をしゃべったら、店員がぎょっとして全員でわしを凝視したものだ。サルが言葉をしゃべったという空気だった。
     元々はそういう排外的な国民なんだから、EU統合なんかやったら、極右が伸びてくることは見えていた。
     もっとも、わしはフランスが本来、母国語に誇りを持っていて、しかも反米的で、イラク戦争にも参加しないような国だから好きなんだが。
     街並みに見惚れているうちに、ホテル「パークハイアット」に着いた。
     わしがハイアット系のホテルの会員なので、まずはこのホテルを選んだのだが、有名な宝石店が並ぶヴァンドーム広場の近くにあり、フランス政府がPalaceの称号を与えたホテルだ。
     部屋に入ると、ウェルカム・シャンパンとチョコがセットされている。早速、部屋着に着替えて、乾杯し、チョコを食べた。
     
    (みなぼんの感想)
     私がホテルに着いて最初に受けたショックは、部屋のトイレに座ったら、便座の位置が高く、足が下に付かなかったこと。
     単に造りが雑で高過ぎてしまったのか?
     それとも欧米人の平均に合わせてこうなったのか?
     私の足が短いってこと!?
     いや…身長が低いだけだ…きっと…、そう自分を慰めた。
     時間を確認すると17時半。機内で一睡もしてないし、日本時間では24時半なのだから、そのまま寝てしまう予定だったのだが、外が明るすぎる。
     せっかく巴里に着いたのだから…ということで、もう一度着替えて少し散歩することに。
     ホテルの外に出ると、まず目に入ってくるのがヴァンドーム広場に立っている巨大な柱。てっぺんにはローマ時代の格好をしたナポレオンの銅像が立っている。
     ナポレオン、好きだな~~~~、ちくしょう!
     ナポレオンのように英雄を意識して生きたいものだ。
       
     巴里の街並みはどこを撮っても絵になる。
     高級ブティックが多く建ち並ぶ区域だったのだが、チョコレート屋やお菓子屋、パン屋も多い。
     そして街のあちこちに、カフェやブラッセリー、ビストロがあり、外のテラス席で食べている人が多いのが、巴里ならではだ。
    「RESTAURANT JAPONAIS」と書かれ、「寿司」と書いた赤提灯をぶら下げながら、その店名は「金(KiM)」という店を発見。
     まともな日本食を出しているわけがない!怪し過ぎる!