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記事 80件
  • 「伊藤詩織『Black Box』と三浦瑠麗」小林よしのりライジング Vol.246

    2017-11-07 20:55  
    150pt
     元TBS記者で安倍首相と親交の深い山口敬之氏からのレイプ被害を告発した伊藤詩織さんの著書『Black Box』(文藝春秋)を読んだ。
     
     これまで『週刊新潮』の取材記事と、ご本人の記者会見によって、逮捕状が発布されていた山口氏による性犯罪が警察トップによって握りつぶされていたこと、さらに、山口氏本人が内閣情報調査室の人間に“事後処理”を依頼していたことなど、権力者と性犯罪者の卑劣すぎる共謀関係が報じられてきた。
     この本では、被害を受けた詩織さんが、心の傷を負ってボロボロになりながらも、ジャーナリストとして、自身の身に降りかかったことから逃げることなく、世に問題提起しなければならないという使命感から必死の思いで行動し、書き上げたものだ。
    「伝える」ことが強い目的になっており、事件の全容とその後の山口とのメールのやりとり全文、独自の調査、浮上する疑問点、デートレイプドラッグの実態、性犯罪被害者をめぐる現状、被害にあった時の対処法などが全体としてかなり精細に、丁寧に、冷静に、そして抑制的な筆致でつづられている。
     被害者としての本音を吐露した部分は、本当はもっと痛々しく息苦しいほど濃密な表現を選んでもおかしくなかっただろう。けれど、自己憐憫に陥らないよう踏みとどまり、この事件を“公の問題”としてスポットを当てようとする姿勢は本当に立派だし、並みの勇気ではないと思う。
     なかでも、詩織さんが一番かわいがり、この子の将来を守りたいと思い、記者会見の動機のひとつにもなった、年の離れた妹さんが、その記者会見とその後のネット上の中傷などによって傷つき、拒絶反応を示して連絡をとることすらできなくなったこと、そして、詩織さん本人が事件後の一連の経過のなかで、自死を思わせる心理状態を何度も何度も体験していたことは、読み手としてつらく、胸のつまる思いをした。
     警察の捜査を経て裁判所から発布された逮捕状が、警察トップからの電話一本で執行中止になり、加害者は安倍政権の御用コメンテーターとして各局ワイドショーで大活躍、被害者本人が顔出しで記者会見を行って不公正を訴えているという大事件。
     しかし、なぜメディアはほとんど後追い報道をしなかったのか? 八つ墓村の因習で、女性政治家のスキャンダルには執拗に食いつくのに、なぜ?
    「忖度という空気」の蔓延かと思っていたら、本の中で、 政府から明らかな報道自粛要請があった と明かされており、驚愕した。
      翌日、知人のジャーナリストからも連絡があった。
    「政府サイドが各メディアに対し、あれは筋の悪いネタだから触れないほうが良いなどと、報道自粛を勧めている。各社がもともと及び腰なのは想像がつくが、これでは会見を報道する社があるかどうか……。
     でも、会見はやるべきで、ただ、工夫が必要ですね。しかし、なぜ政府サイドがここまで本件に介入する必要があるのか、不可解」
     矢継ぎ早の連絡に、気持ちが混乱した。
     そんな時、「週刊新潮」の記者に、メディアに対して私の会見に関する報道自粛を求める動きが、水面下で拡がっているらしいと話すと、彼は軽い調子で、
    「ああ、知ってますよ」
     と言った。「だから何?」というようなその姿勢に、私はとても勇気づけられた。
    (伊藤詩織『Black Box』より)
     圧力に負けず、取材を断行したのは、「週刊新潮」の記者だけだったのだ。
     メディア関係者のなかには 「タクシーでホテルに到着した詩織さんには意識があり、自分で嘔吐物を処理しており、歩いてホテルに入っていった。だから合意のもとでの行為なんだ」 というデマをばらまく者もいたという。
     意識不明になった詩織さん(デートレイプドラッグを盛られた可能性がある)が、ぐらぐらのまま山口氏に担がれ、床に足もつかないままホテルに連れ込まれていく様子が防犯カメラの映像として残っており、タクシー運転手、ベルボーイにも目撃されているという事実があるのに、である。
     証拠があるのに確かめもせず、デマを鵜呑みにして言いふらすなど、どこのメディアだ? 職務上もっともやってはならないことだろう。
    ■政府によるあきらかな被害者弾圧
     記者会見を行うと、詩織さんが「共謀罪の審議が長引いて、刑法改正案の審議が遅れている」と発言したのを取り沙汰して、 「共謀罪に言及した政治的な会見だ。バックには民進党がいるらしい」 という憶測がネット上に流れた。その後は、詩織さんのもとに嫌がらせや脅し、誹謗中傷の嵐がやってきたという。
     既に連載第40回「内閣ぐるみ!強姦犯・山口敬之の無罪放免を許すな」で書いたが、詩織さんに対するネットの憶測と誹謗中傷の元凶は、内閣情報調査室が作り上げ、ばら撒いたデマだということが発覚している。政府は「民進党が党利党略のために告発を仕組んだ」というデマをでっち上げ、チャート図を作ってマスコミに配布していたのだ。
  • 「立憲民主党への警告」小林よしのりライジング Vol.245

    2017-10-24 19:05  
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     選挙戦の最中、辻元清美が街頭で支持者に対して 「やっぱり9条は守らないとね!」 とか言っている場面をテレビで見たが、あれは「あちゃちゃ~~~」と思った。
     テレビの側も、立憲民主党は護憲政党だという思い込みがあるからそういう発言を切り取って使うわけだが、こういうことが繰り返されれば 「リベラル=護憲」「立憲民主=護憲」 という誤解が定着してしまう。
     こんなイメージを広げてはいけない。 あくまでも、立憲民主党は辻元のような護憲派ばかりではなく、改憲派のわしが応援演説をするような、保守の部分もあるという印象をつけておかなければならない。
     もちろん枝野代表も、そのためにわしを応援演説に使ったのだろう。
     そもそも北朝鮮情勢が緊迫しているとか言ってる状況の中で、呑気に選挙なんかやっていられたのは、いざとなったら自衛隊の指揮権が全部米軍に委託されることになっているからだ。
      北朝鮮有事の際にどうするかは、どうせ米軍が決めること。日本は何も考えなくてもいいから、遊んでいられるのだ。
      これは、誰が政権を取っても同じことだ。それなのに、有事の場合には安倍晋三が首相じゃないといけないかのような雰囲気が作られてしまっている。
     福島第一原発事故の際の民主党政権の対応がまずかったから、そんな観念が出来上がってしまったのだが、もしあの当時自民党政権だったとしても、やはり大混乱になっただけのはずだ。あの時は、誰がやったって同じだったのである。
     北朝鮮有事でも同じことで、誰が首相だってダメに決まっている。今度は特に、 有事になれば米軍の指揮下に入ってしまうことが決まっているのだから、日本の首相なんか、いてもいなくてもどうでもいいのである。
     それなのにみんな勘違いして、本当は何もできやしないのに、有事を考えればやっぱりタカ派の安倍の方がいいだろうというイメージだけで、自民党に票を入れてしまうのだ。
     今回の自民圧勝には、そういう隠れた構図も存在している。
     週刊現代10月14・21日号に、米軍が北朝鮮を空爆した場合、北朝鮮の報復攻撃の対象は、日本に対してはまず米軍横須賀基地、次に北朝鮮を攻撃した米軍基地、そしてその次が「日本海側に広がる原発」だと語る、朝鮮労働党幹部の話とされる記事が載った。
     10月17日放送のテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」ではこの記事を基に、実際に北朝鮮が原発を攻撃した場合、どの程度の脅威があるのかという話題を取り上げた。
     日本海側には9カ所25基の原発があり、そのうち福井県の高浜原発2基が稼働中である。
     番組では、元防衛相・森本敏の 「原発の炉の中は大丈夫だと思います。ミサイル攻撃は炉の中を破壊することは出来ないのです」 というコメントを紹介。
     さらにスタジオでは元自衛艦隊司令官・香田洋二が森本のコメントを補足し、北朝鮮が日本を攻撃するとしたらおそらくノドンミサイルを使うだろうが、ノドンの精度は誤差1キロ以上あるので、原発を狙って撃つのには無理があるし、原発の建物は対爆弾構造になっているので、通常弾頭ならある程度の直撃を受けても、原子炉に被害は及ばない設計になっていると説明した。
     ところがこれに対してコメンテーターの玉川徹が、 実際に原子炉の設計をしていた元ジェネラル・エレクトリック社の佐藤暁に取材したところ、原発を作った時点では、もともとミサイル攻撃など想定しておらず、直撃したらもうダメだという回答だった と発言すると、香田はしどろもどろになっていた。
     わしも、森本や香田の話は信用できないと思う。若狭湾には数十キロの範囲に14基もの原発が密集している。北朝鮮はノドンミサイルなら大量に保有しているから、これを何発も若狭湾岸に打ち込めば、多少誤差があってもどれかは原発に当たるだろう。そして、原子炉がミサイル攻撃を受けても無傷で済むとは思えない。
     稼働中の原子炉が破壊されると、ヨウ素、キセノン、クリプトンといった放射性物質を含むガスが流出し、人体にとっては命にかかわる影響が出る。
     停止中の原発の場合は、ガスは出てこないものの、セシウムなどの放射性物質が出て来てゆっくり周囲が汚染される。
     また、さらに懸念されるのは電磁パルス攻撃だ。
  • 「『戦争論』再考」小林よしのりライジング Vol.244

    2017-10-17 21:20  
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     来年で『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論』の出版から20年になるらしい。トッキーが言っていた。
     20年も経つと、もう若い世代で読んでいる人は相当少なくなっているだろうし、読んだ人も、その記憶はかなり薄れているだろう。
     そんな状況に乗じて、「『戦争論』がネトウヨを生んだ!」というデマの流布にいそしむ悪質なライターもいるようで、トッキーに袋叩きにあっている。
     トッキーから「ロックオン」された獲物は気の毒だ。絶対に逃げられないし、油汗かいて静まり返るしかない。最後は毒牙にかかって狂い死ぬのがオチだ。
     来年は20周年を機に、『戦争論』の意義を再確認する連載を某雑誌でやることになった。面白いことになろう。
     わしの子供時代、寺の住職をしていたわしの祖父や、そこに集まって来る祖父の戦友たちは誰も、俺たちは戦争に行って悪いことをしたなどとは言っていなかった。
     ただ、死んでしまった戦友たちのことは心のどこかに澱のように残しつつ、生き残った戦友同士が集まって、あの時は大変だったなあ、こんなこともあったなあと笑いながら話していて、そんな様子をわしは幼少時に見ていたのだ。
     当時は、祖父の戦友で俳優の加東大介氏が書いた『南の島に雪が降る』が大ヒットして、ブームになっていた。
     戦争末期、ニューギニア・マノクワリで、補給も絶えて戦闘どころか生きるのがやっとという状況の中、加東氏が率い、祖父がその一員を務めていた演劇部隊の芝居が、兵隊たちの唯一の生きる支えとなっていた。
    『南の島に雪が降る』はその体験記で、加東氏自らの主演で映画化され、舞台にもなり、舞台中継をテレビで放映していたので、わしはそれを何度も見た記憶がある。
     
     舞台に冬の情景が作られ、一面の銀世界に雪が降り、それを見た東北の兵隊たちがみんな泣いているシーンは、テレビで見てものすごく感激した覚えがある。それで後に『戦争論』で描いたその場面は、当時感じたインパクトをそのまま再現したようなものになった。
     トッキーによると、小説ではもっと淡白らしいが、わしの印象が強烈だったので、漫画の方がインパクトが強いらしい。
     わしはそんな祖父たちを子供の頃に見て、思い入れを持って育ってきた。ところがそれにもかかわらず、中学・高校に進んだ頃にはマスコミが旧日本軍の「加害」だの「暴虐」だのを責め立てる論調一色になっていたものだから、つい流されてしまい、うちの祖父も悪いことをしたのかな、中国人を斬り殺してきたんだろうかとも思っていた。
     そしてさらに時間が経つと、あの時は若かったなあ、祖父たちは戦争で悪いことをしたなんて何も言っていなかったのに、疑って済まなかったなあという気持ちが湧いてきた。
     90年代に入ると、戦時中の日本人を単に悪人にしてしまう「自虐史観」は極みに達した。従軍慰安婦問題は、祖父虐待に等しいと感じた。
     わしはそんな当時の風潮に対し、大して戦略的に重要でもない南の島に送られて、補給も途絶え、月に一度の芝居見物を楽しみにしながら、無残に餓死してしまった人だっている若者もいたのに、彼らを無視して、日本兵はすべて悪とするのはおかしいと感じた。それで『戦争論』を描こうと決意したのだ。
  • 「男の人ってやっぱり恐い…と思った日のこと」小林よしのりライジング Vol.238

    2017-09-05 21:30  
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     今回は、前回の牛乳石鹸CM炎上事件の考察から、「男尊女卑とはなにか?」を思い巡らせたとき、頭の中に浮かんだ光景を、ちょっと素直に自分の目線から綴ってみたいとおもう。
     こういうことを“創作”でなく“体験エッセイ”として書くと、「やっぱり水商売の女だな」と思われそうで嫌だし、特に女性からは白い眼で見られたりするかもしれないけれど、しょうがない。まずは私の立ち位置から見える男女の姿を、そのまま書いてみたい。
    ***
     私は水商売の経験がとても長い。若い時に借金を作ったからだ。ライターの仕事だけでは何十年かかるかわからないと不安だったので、とにかく夜でも時間給のつく場所にいたかった。
     水商売と言っても、いろいろ。新宿歌舞伎町、銀座、東中野、門前中町……高級会員制バーで、色気もないのに無理してドレスを着て厚化粧して、 「女なのに女装」 のようなトンマな状態になっていたこともあるし、四畳半ぐらいの店をひとりで切盛りして、生活保護のおやじに飲み逃げされたこともあるし、大きなキャバクラのキッチンで、着飾ったキャバ嬢たちに命令されてお酒を作ったり、吸い殻の入った灰皿を投げつけられたりして、 「クソ女どもぶっ殺す」 と本気で思っていたこともある。
     今は執筆や編集の仕事がメインなので、新宿二丁目にある家族経営の音楽バーで週末にちょっと手伝うぐらい。時給はコンビニの深夜給と変わらないし、別に高額のお酒を売っている店でもない。酔った客の乱闘にたびたび巻き込まれるので、服装はいつもTシャツ、ジーンズ、スニーカー。
     LGBTの町なのもあって、一般的に想像される「女が男に媚びてキャイキャイ」とか「男性を気持ちよくさせて、カネを吸い上げる」ような、『黒革の手帖』的世界とはかなり違って、どちらかと言うと、女尊男卑な空気があると思う。
     ちなみに私は、男性よりも女性に誘われることのほうが多い。そういうちょっと特殊な環境にいる。
    ●背中に矢の刺さった男性たち
     もともと飲み歩く習慣のない人間だったので、最初のうちはどうしてこんなに人が外で酒を飲むのかわからないほどだった。けれど、いろんな場所から、いろんな男女を見てきた中で、ずっと気になっていることがある。
     それは、どんな店でも、 飲み屋の扉を開いて入ってくる男性のなかには、背中に折れた矢が刺さっているように見える人がいる ということだ。
     すごく変な言い方をしていると思うし、私が勝手になにかを投影しているだけで、気分よく働くための偏見なのかもしれない。でも、たしかに刺さっている。
     もちろん、なにも刺さっておらず、身軽そうで楽しそうな空気の人もたくさんいる。
     そのなかで、“まるで戦から帰ってきたかのような”疲労困憊した雰囲気や、押し詰められた感情、敗北感、やせ我慢のようなものが入り混じった空気を無意識のうちにまとっている人が男性には少なからずいて、そして、 そういう人は、飲み屋には決して楽しむためにワクワクした様子でやってくるわけではない ということだ。
     パーソナリティもさまざま。楽しい話だけをする人もいれば、ちょっとだけ愚痴をこぼす人もいるし、威張って得意気になる人もいれば、話しかけると「ごめん、ちょっと放っておいてくれる?」と突き放したきり寡黙な人もいる。酔うとやたら横柄になってきて、やっぱり優しくできないなと思えてくる人も、もちろんいる。
     で、この矢は酒を飲んだところで抜けない。まとった空気は多少軽くなったり、気分が良くなったりはするようだけど、帰っていくときも矢は刺さっていて、ちょっと足元をふらつかせながら、夜の街を歩いて去ってゆくその背中は、本当に哀しく見えるのだ。
     あの哀しみは、いったいなんだろう?
    ***
     私にはきっと好みの男性を色眼鏡で見る部分があるから、そういう人を都合よく武士のように見立てて、もてなそうとしているだけかもしれないと考えてみた。
     でも、好みでもなく、人となりをよく知らなくても、やっぱり第一印象でそのような空気を帯びている人はいる。何年も何年も飲み屋で人を迎えてきて、なんだか見えてしまうんだからしょうがない。
     それに、不思議なことに、女性にはそのような矢の刺さった人はいない。
  • 「牛乳石鹸CM炎上事件~情緒の欠落した日本人」小林よしのりライジング Vol.237

    2017-08-23 11:35  
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      牛乳石鹸 のWEB用CMが炎上しているそうだ。
     牛のマークの牛乳石鹸、子供のころ、おいしそうに感じでかじってしまったことがあるなあ。私の世代のCMと言えば、 「♪ぎゅ~にゅ~せっけん、よいせっけん」と いうフレーズが印象に残っている。最近は、流行にのってストーリー仕立てのムービーを制作しているようだ。3分弱の動画、URLを記載しておくから、興味のある人はまず見てみてほしい。
     
      牛乳石鹸 WEBムービー「与えるもの」篇 フルVer.
     https://www.youtube.com/watch?v=CkYHlvzW3IM
     30代後半ぐらいと思われるサラリーマンの男。妻と小学生ぐらいの息子がいて、そこそこきれいなマンション暮らし。朝は両手にゴミ袋を持って、出掛けのゴミ出しをしたあと、バス通勤。ぼんやりとして、冴えない顔つきは、ハキハキした感じの妻とは対照的だ。だが、結婚して子供がいて、それなりのマンションに住んでいるようだから、かつてなら中間層、いまなら富裕層とすら言えるのかもしれない。妻は、朝のシーンで襟付きのジャケットを着ているから、共働きだろう。
     この日は息子の誕生日。出掛けに妻から「帰りにケーキお願い!」と頼まれる。会社でも妻からLINEが来て、野球グローブの画像と「プレゼントもお願い!」のメッセージ。妻も妻で忙しい仕事なのだろう。一方、社内では、後輩の社員がミスをしたようで、上司にひどく叱られていた。
       仕事帰り、小走りで息子のための買い物に向かう男は、野球グローブを選び、誕生日ケーキを買う。朝は両手にゴミ袋、夕方は両手に息子の誕生日プレゼント、見るからに“家族思いのやさしい夫”という姿だ。しかし、その脳裏には自分の子供時代が思い出されていた。
     自分の親父は、こんな風に家族サービスをする男じゃなかった。記憶に残るのは、作業着を着て振り返りもせず仕事に出ていく後ろ姿。そして小学生だった自分は、グローブを手に、いつもひとりぼっちで壁に向かってボールを投げていたな……と。
     
     そこにナレーションが入る。
    「あの頃の親父とは、かけ離れた自分がいる。
     家族思いの優しいパパ。時代なのかもしれない。でも、それって正しいのか」
  • 「核廃絶運動の先頭に立て!」小林よしのりライジング Vol.236

    2017-08-15 22:35  
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     今年7月7日、国連加盟国の6割以上となる122か国の賛成によって、 「核兵器禁止条約」 が採択された。
      国際法上、核兵器は違法とされ、禁止されたのである。
      ところが日本は、この条約の交渉会議にすら参加しなかった。
     わしはこれにものすごい違和感を覚え、罪悪感がこみあげてきた。
     8月9日、長崎の原爆の日の式典において、田上富久長崎市長は平和宣言で次のように日本政府を強く非難した。
      日本政府に訴えます。
     核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとり、核兵器を持つ国々と持たない国々の橋渡し役を務めると明言しているにも関わらず、核兵器禁止条約の交渉会議にさえ参加しない姿勢を、被爆地は到底理解できません。唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への一日も早い参加を目指し、核の傘に依存する政策の見直しを進めてください。日本の参加を国際社会は待っています。
     8月6日の広島市長平和宣言が、例年通り被爆の悲惨さを訴えることに大半を費やし、核兵器禁止条約については最後に少し触れた程度で、政府批判にまでは踏み込まなかったのに対し、長崎平和宣言では、毎年最初に語っていた被爆の惨状を後回しにして、 冒頭から半分を核兵器禁止条約に関する言葉に割き、政府を批判したのである。
     これは原爆の日の平和宣言としては全く異例のことであり、市長自身が特に強くこだわって決めたものだった。
     また式典後には、毎年恒例となっている首相と被爆者団体の面会で、団体側が冒頭、 「総理、あなたはどこの国の総理ですか」 と、用意していた文書にはない言葉で政府へのいらだちを表した。
     これらの気持ちは、全く理解できる。
     だが結局、安倍は条約への参加は明言せず、被爆者団体の議長は 「条約に賛成する気は全くないという政権の姿勢が明確になった」 と憤ったという。
     国連では核兵器禁止条約の採択に向け、カナダなどに住んでいる日本人被爆者やその子孫が運動をしていたらしい。わしだって、もし自分がその立場だったら、絶対に運動に加わっていたと思う。
     それを日本政府が一切支援せず、条約の交渉会議にすら参加しなかったなんて、全くおかしい。
      しかも国連において、核不拡散、核廃絶について被爆国じゃない国々が必死に考えているのに、唯一の戦争被爆国である日本がそれに加わろうともしないというのは、どう考えても理が通らない。
     あまりにも欺瞞に満ちており、わしはこんな理不尽には耐えられない。
      安倍は、日本はアメリカの核の傘に守られているのだから、核兵器禁止条約になど参加できないと思っているのだろうし、自称保守・ネトウヨ連中もみんなそんな考えなのだろう。
      確かに、核の傘に守られておきながら、核廃絶を訴えるというのは矛盾がある。
      だが、それよりもはるかに酷い欺瞞は、歴史上唯一の被爆国でありながら、核廃絶に全く同意しないことである。 これほど理に反することはなく、これ以上の欺瞞はない。
     
     8月12日の「朝まで生テレビ」でこの話題が出た際、元防衛大臣の森本敏氏が、核兵器禁止条約の交渉会議に対して日本政府がどう対応したのかを説明していた。
  • 「『ゴー宣道場』の白熱議論・枝野私案について」小林よしのりライジング Vol.235

    2017-08-08 17:20  
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     8月6日、法哲学者の 井上達夫氏 と民進党衆院議員・ 枝野幸男氏 を迎え、第65回ゴー宣道場「9条に自衛隊って本気か!?」を開催した。
     とにかく凄かった。
     井上氏と枝野氏の議論は、わしも含めて師範方が思わず割って入るのを躊躇するような激しさで、今までの道場の中でも最もエキサイティングで深いものとなった。
     
     井上達夫氏の一切の欺瞞を許さない主張は全てが凄まじかったし、相手の言ったことを即座に分析して切り返す頭の回転の速さには驚嘆した。
     しかも、あれだけ厳しく攻めていながらもユーモアがあり、時折見せる笑顔がチャーミングだといった感想もあって、この一日でかなりファンを増やしたようだ。
     わしとしても、最高の論客が出てきたなと素直に嬉しくなる。
     
     一方の枝野氏は、まずこのタイミングで道場に来てくれたこと自体が凄かった。
     枝野氏に民進党憲法調査会の会長として登壇を依頼した時には、まさか蓮舫氏が代表を辞任し、枝野氏が次期代表候補に名乗りを上げることになろうとは予想もしていなかった。
     思いもよらず代表選を控えた微妙な時期となってしまったのだから、枝野氏は登壇を断っても全くやむを得なかったし、実際、枝野氏の周辺では断った方がいいという声もあったらしい。
     ところがそんな中でも来てくれたのだから、それだけでも感謝である。
     しかもこの状況の中での議論で、枝野氏は完全なハンディキャップ・マッチを強いられることになった。
     これから、代表選に出馬するためには国会議員20人以上の推薦人を得なければならず、さらにそれから党員・サポーターによる選挙を戦わなければならない。この時期には、少しでも誤解を生んだり、支持者の反発を買ったりしかねないような微妙な発言はどうしても避けなければならず、自ずと発言の幅は狭められてしまう。
     いわば枝野氏は、両手両足を縛られた状態でリングに上がっていたようなものだ。しかも相手はあの井上達夫氏である。まるでアリ対猪木戦みたいなものだったのだ。
     ところがそんな状態でも枝野氏は、井上氏の意見に対して怯むこともなく、これを真正面から受け止めて、互角の議論をして見せた。しかも、その発言は極端に狭められたストライクゾーンのギリギリを突いて、外れることはなかったのだから見事としか言いようがない。
     これだけの胆力と説明能力を持った政治家は、そうそういるものではない。 少なくとも、安倍晋三には決してできない芸当である。
     あの議論を聞いて、枝野氏の発言に物足りなさを感じた人もいるかもしれないが、こういう背景があったのだと理解すれば、印象も変わるのではないか。
     そして今回の議論の白眉は、自衛隊を合憲とする枝野氏と、違憲とする井上氏の意見の衝突だった。
     憲法第9条の条文は、普通の国語力で読めばどう考えたって自衛隊を合憲と解釈することはできない。
    1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
    2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
     わしはこのことを何度も言ってきたし、思想的に捉えれば、自衛隊合憲論は成り立たないと思っている。もちろん井上氏も同じ意見で、自衛隊合憲論の欺瞞を小学生にもわかるような表現で指摘した。
     だがこれに対して、枝野氏はこう反論した。
     憲法違反なら、自衛隊やめなきゃいけないんで。憲法違反なのに、自衛隊の予算に賛成したら、それこそおかしなことになるので。じゃあいま自衛隊の予算全部やめますか、自衛隊すぐに廃止しますかって話には、やっぱり責任ある政治としては乗れない。
     それはやっぱりその、法解釈には一定の幅があるので、じゃあ私学助成金いま出しているのは何なんだと。まあ(私は)大学の憲法のゼミで「私学助成金違憲論」書いたんですが、いまは認めますよ。
     ここでいきなり「私学助成金」の話が出てきたので説明しておこう。
     憲法89条に、こういう条文がある。
    公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。  この条文を普通の国語力で読めば、どう考えたって私学に公金で補助したら憲法違反になるのだが、実際には私学助成金は支払われている。自衛隊と全く同じ構図になっているので、9条問題を論じる際には度々引き合いに出されるのだ。
     その上で枝野氏はこう言う。
      だって、そういう一定の幅の中でそういう解釈をして、それが定着しているから、その定着したものとして、縛られている側としてこういう解釈ですねって、長年積み重ねてきたから、私が与党になった時も私学助成金憲法違反だからやめろとは言いませんでした。
     それと同じように、これで合憲だということで積み重ねられてきたものは、それは尊重しなければ、今度は憲法以外の政治の正統性が、それは僕は失われると思うんです。
  • 「安倍なきあとが見えない人たち」小林よしのりライジング Vol.234

    2017-08-01 21:50  
    150pt
     常識さえあれば、誰だって嘘は見抜けるものだ。
     安倍晋三が今年の1月20日まで、加計学園が獣医学部の新設を申請していたことを知らなかったなんて、嘘と思わない方がどうかしている。
     安倍は単にお友達に利益供与するために行政を歪めたのであり、釈明の発言は全部嘘だということは、見え見えのバレバレだ。
     時浦のツイッターには、こんな報告が来ている。
      今日、小学生相手にインプリ(※)をやったんですが、休憩時間に親子のこんな会話が聞こえました。
    「こら、嘘言っちゃダメ」
    「総理大臣は、いっつも嘘言っとるよ」
     これに大きなショックを受けました。
     サイコパス安倍は子供に悪影響を与えてます。(T・ハクスリーさん)
    (※インプリ=インタープリテーション。自然公園やミュージアムなどで行う体験型教育活動)
     安倍の嘘など、子供でもわかる。というより、子供こそ容赦なく「王様は裸だ!」と見破るものだ。
     ところが、それでも 「王様は立派な服を着ていらっしゃる!」 と叫び続けている者たちがいる。
     例えば、先週7月26日に発売された月刊WiLL9月号は 「総力特集『加計学園』問題 ウソを吠えたてたメディアの群」 と題して、以下のような記事をずらっと並べている。
    ■百田尚樹×阿比留瑠比『落ちるところまで落ちた朝日新聞』
    ■藤井厳喜×髙山正之『朝日こそ言論の暴力だ』
    ■長谷川幸洋『なぜフェイクニュースが生まれるのか』
    ■屋山太郎×潮匡人『怪しいのは安倍でなく石破!?』
    ■長谷川煕×烏賀陽弘道『「日本会議黒幕」も「安倍政権 言論弾圧」も
    フェイク報道』
    ■長谷川煕『「加計」問題もフェイクでした』
    ■八幡和郎『前川喜平氏の論理は時代の遺物』
    ■山本順三『「加計ありき」とは笑止千万』
    [附]加戸守行『歪められた行政が正された』
    ■百田尚樹×古田博司『韓国化する日本 ここまで平然とウソをつくか』
     一方、同日発売の「月刊Hanada」は、 「総力大特集 常軌を逸した『安倍叩き』」 と題して、以下のラインナップだ。
    ■小川榮太郎『加計学園の“主犯”は石破茂』
    ■阿比留瑠比『朝日新聞は「発狂状態」だ』
    ■長谷川幸洋『言論弾圧は左翼の専売特許』
    ■百田尚樹×有本香『「安倍潰し報道」は犯罪だ!』
    ■高村正彦『日本を託せるのは安倍晋三しかいない』
    ■鈴木宗男『都議選惨敗は、自民党の追い風に』
    ■加藤清隆×末延吉正『ワイドショーの作り方、教えます』
     執筆者もかなりかぶっているし、どっちがどっちの記事だか、全く見分けがつかない。
    「WiLL」の創刊編集長・花田紀凱は版元・ワック出版のワンマン社長と喧嘩になって11年間務めた編集長を解任され、編集部員全員を引き連れて退社。飛鳥新社で昨年、「WiLL」にそっくりな新雑誌「Hanada」を創刊した。
     そんな因縁がある以上、「Hanada」は意地でも少しは「WiLL」とは違いを出すかと思ったのだが、全く一緒で区別がつかないものになっているのだから、みっともないことこの上ない。
     なお編集部員が全員辞めた「WiLL」は、一時は発行が困難かとも囁かれたが、何の支障もなく継続している。要するにネトウヨ雑誌など誰にでも作れるのだ。そして誰が作ろうと、ネトウヨ情報が欲しいのにネットを使えず、金は持ってる年寄りがまだ生きているから、そこそこ売れるのだ。
     それにしても、両誌そろって 「安倍ちゃんは悪くない! 悪いのは朝日新聞だ!石破茂だ!前川喜平だ!これは全部フェイクニュースだ、マスゴミの陰謀だ―――!!」 の大合唱なのだから呆れる。
     あまりにも世間の常識から逸脱している。まるで『新戦争論』で描いた 「ブラジル勝ち組」 みたいだ。
  • 「日本と台湾、情のつながり」小林よしのりライジング Vol.233

    2017-07-25 22:40  
    150pt
     蓮舫の「二重国籍」騒動をきっかけに、『台湾論』を描いていた時の記憶が一気によみがえってきて、先週の生放送でも30分以上かけて話した。
     思えば『台湾論』を出版してからもう17年にもなる。『台湾論』を読んでおらず、台湾とはなにかを知らない人もずいぶん多くなっているだろう。
     知性ゼロのネトウヨなど、中国と台湾の区別もつかず、蓮舫を中国人と思ってバッシングしているようだ。
     そこで先週の生放送から、台湾に関する部分を編集してユーチューブにアップすることにした。
     生放送の際に、有料部分だが無料で出していいだろうかと言ったら、「どうぞ無料で公開してください」というコメントが大量に流れてきた。皆さんの太っ腹に感謝する。
      日本人が台湾に関する議論をする際、そこに一切の情が入らないというのは、絶対におかしい。
     蓮舫をバッシングしている連中は情のかけらもなく、「法解釈」だけで容赦なく責め立てているが、わしはそれに非常に大きな違和感を覚える。
      台湾は日本が統治したのだから、本当は最後まで責任を持たなければいけなかった。だが戦争に敗けたために、それが果たせなかったのだ。
     台湾が日本の子供だとしたら、自分の子供を置き去りにして、孤児にして、親だけ逃げてしまったのだ。
     これに後ろめたさを感じなくては、人として絶対におかしいではないか。
     台湾には、戦後もずっと自分を日本人だと思って過ごしてきた人がいる。その中の一人が、蓮舫の父親だったのだ。
      蓮舫は、今でも心の同胞というべき台湾人の娘である。かつて台湾を孤児にしてしまったことに責任を感じているならば、蓮舫を受け入れなければならない。それが日本人というものだろう。
     それなのに、この騒ぎはなんだ!? 国籍、国籍としょうもないものにこだわっているが、 そもそも日本政府は台湾を「国」とは認めていないではないか。 国ではない「地域」の「国籍」って、一体何なんだ?
      蓮舫の 「台湾国籍」 で騒いだ連中は、 「中華人民共和国」 と 「中華民国」 の 「二つの中国」 があると言っていることになるが、本当にそう主張する覚悟があるのだろうか?
     だったら、日本政府にそう言ってみろと言いたい。 あくまでも「一つの中国」しか認めない中華人民共和国に追従して、台湾を国家として認めない弱腰の日本政府を、ぜひとも突き上げてもらいたいものだ。
     普段は親・台湾の風を装っている産経新聞だって、公式には台湾を国とは認めていないはずだ。その証拠に、 産経もわしが台湾のブラックリストに乗せられた際には「入国禁止」ではなく 「入境禁止」 と報じていたのだ。
     台湾当局が「台湾の 国家 と民族の尊厳を傷つけた」として「 出入国 移民法」に基づき「 入境 禁止」にしたなどと書いているが、これは完全に日本語としておかしいだろう。
       産経新聞2001年3月3日付
  • 「明治日本を作った男達」小林よしのりライジング Vol.232

    2017-07-18 20:40  
    150pt
    『大東亜論』の第3部 『明治日本を作った男達』 が7月24日に発売される(全国発売は26日頃)。
     薩長藩閥政府の専制を倒さんと蜂起した士族たちの武力闘争は、明治10年(1877)西郷隆盛の西南戦争を最後に全て敗れ去り、生き残った者たちは武器を剣から言論に替え、自由民権運動を興していった。
     その自由民権運動興隆の様子を中心に描いたのが『明治日本を作った男達』の物語であり、SAPIO誌の連載に加え、当時各地の民権家たちが作成した 「私擬憲法」 について描き下ろした漫画を収録している。
     これを描くために明治の自由民権運動について調べていくと、知れば知るほど、ある疑問が大きく膨らんできた。
     それは、 「はたして『近代化』とは、民主主義を発展させうるものなのだろうか?」 という疑問だ。
      つい、前近代は「野蛮」であり、そこから次第に「文明化」していって民主主義を学んだかのように思ってしまいがちなのだが、そのイメージは正しいのだろうか?
     明治初めの時代、政府は一刻も早く国を近代化・西洋化しようとして、鹿鳴館などというおかしなものまで作っていたが、そんな都会のごく一部を除き、日本中にはまだほとんど江戸時代と変わらない「前近代」の光景が広がっていた。
      江戸時代には「国民」という概念もなかったろうから、まず人々に「国民」とか「国家」とはどういうものかを理解させるところから始めなければならなかったであろう。
      その上で、これからは国民が政治を担わなければならないのだという意識を持たせ、民主主義というものを理解させるとなると、それはとてつもなく大変な作業だったはずだ。
     しかもそのような啓蒙・教育をしようにも、現在のようなメディアもなかったのだ。
     こんな状態から始めたのでは、民主主義を理解させるのに一世代や二世代くらいの時代の経過は必要じゃないかと、普通なら考えるだろう。
      ところが実際には、西南戦争が終わった翌年にはもう自由民権運動が始まり、民主主義に基づく議会開設の要求が行われている。
      そして『大東亜論』の主人公・頭山満らが所属した筑前共愛会は早くも明治13年(1880)に憲法草案を起草。
      有名な「五日市憲法」も、その翌年に起草されている。
     明治維新からたった十数年。黒船来航から数えても、30年にも満たない。何という早さだ!
     近代化によって野蛮から次第に文明化して、優秀な日本人になっていったわけではない。その素養は、前近代のうちに培われていたのだ。
     江戸時代の末期には、武士の教養はものすごいレベルに達していた。
      武家の子供は、7歳くらいから『大学』『中庸』などを始めとして「四書五経」の素読を始める。
     意味の理解はさておいて、文字を声を出して読みこなしていくことで、まず漢文を自由に読み下し、漢字の知識を増やしていくことができるのだ。
     素読の次は暗誦である。森友学園の幼稚園の教育勅語暗誦のせいで、暗誦そのものの印象がかなり悪くなってしまったが、暗誦は古今東西を問わず、優れた教育方法として取り入れられてきたものだ。
     例えばイギリスで最も繁栄したエリザベス女王の時代の教育は、ラテン語の文章の音読・暗唱を中心としていたというし、フランスでは今でも古典の詩歌を厳しく暗誦させていて、それが美しいフランス語を大切にする風土を形成している。
      武士の子供は素読や暗誦を繰り返すことで、漢語を中心とした豊富な語彙を得て、正しい文法に基づく話し方が出来るようになったのだ。
      そして14,5歳になると読みだけではなく、朱子学に基づいてその意味を教えられ、高度な論理的思考力を身につけていった。