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  • 「武士の個人主義で付き合った堀辺正史氏」小林よしのりライジング Vol.173

    2016-04-12 21:25  
    150pt

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     第54回ゴー宣道場が 『追悼 堀辺正史 武士道と現代日本』 と題して4月10日に行われた。
     ゴー宣道場を一緒に立ち上げた骨法の堀辺正史創始師範は、昨年12月26日に亡くなった。亡くなる前日は、雑誌の取材を受けてしっかり話をするなど全く普段通りの生活を送り、特に調子が悪い様子もなく就寝し、そのまま眠るように亡くなっていたという。
     東中野の骨法道場で第1回ゴー宣道場が開催されたのは、平成22年4月11日。それからまる6年となる道場が、堀辺氏を偲ぶ場となった。
     ただし追悼と銘打っているとはいえ、決してしんみりと故人を偲ぶことには終始せず、あくまでも公論に結びつけつつ、我々が堀辺氏から何を学んだのかを語っていくようにした。
     わしは堀辺氏の死を知った時、大変驚きはしたが、涙は出てこなかった。
     堀辺氏の奥さんや骨法の門弟たちの悲しみは想像に余りあるし、わし自身堀辺氏とは長年親交があり、その人柄も好きで、男と長電話するのは堀辺氏だけだった。
     わしが単行本を出すたびに、堀辺氏から電話があって、感想を語ってくれた。長電話するのは女とだけだと思っていたので、男と恋人同士みたいに長電話すること自体が自分でも不思議だった。
     なのに、堀辺氏の死を知ったとき、「惜しい。残念」と感じたものの、なぜか泣くことができなかった。
     その時に思い浮かんだのは、堀辺氏が語っていた 「武士の個人主義、足軽の集団主義」 という言葉だった。
     人にはそれぞれ関係性がある。そして、 わしと堀辺氏との関係性は完全に 「武士の個人主義」 で成立していたのだった。
     例えばわしは堀辺氏について、格闘技界における勢力争いやら裏切りやらといった、ドロドロした経験を散々してこられたということは仄聞していたが、そういうことには立ち入らなかったし、堀辺氏もわしの個人的なことまで、あえて触れようとはしなかった。
     恋人同士のように長電話していたのだから、相手の人生に踏み込むことも可能だっただろうが、それは「私的」な領分まで情を沸かせることになり、お互いにそれは望まなかった。 喪失感を感じたときに泣くのだろうから、そこまでの情愛は共に生きる「物語」を共有していなければならない。
     だがわしと堀辺氏は、あくまでも「ゴー宣道場」における「公論」をつくるという構えの中でだけ関わっていたのである。
     わしは最近、NHK朝ドラの『あさが来た』でも『とと姉ちゃん』でも、キャラクターが死ぬとすぐ涙がボロボロ出てきてしまい、ホントに歳をとったと思ってしまう。
     ところが不思議なことに、堀辺氏の死には涙が出ない。それどころか、わしは父が死んだ時も、母が死んだ時も全然泣けなかったのだ。
     ドラマを見ている時は、登場人物が紡ぐ「物語」に没入してしまい、個人主義などなくなっている。油断して「私的」な情愛を沸かせているから、こんないい人が死んでしまうのかと泣いてしまうのだ。
    「五代さまロス」とか「新次郎ロス」とか「あさロス」とか言われたが、それはあくまでもドラマの中の「役」に対する私情なのだ。
     ドラマで泣くくせに、実在の自分の両親の死で泣かないのは非情ではないかと思うかもしれないが、もうわしの家族のドラマは「最終回」を終えていたからである。喪失感がないから「父ロス」にも「母ロス」にもならない。
     両親は福岡に住み、わしは東京に住んで、年に1度か2度しか会うこともなく、もう「小林家」のドラマはずっと前に終わっていたのだ。これが、わしが自立する前で、まだ家族のドラマが続いていたら、もしかしたら泣いたかもしれない。
     むしろ「堀辺ロス」の方がわしには重要で、『大東亜論』の感想を緻密に言ってくれる目利きを失ったのが一番痛い。
     もう一つ言うと、ドラマの『とと姉ちゃん』では、父親が死んだ時に長女だけが涙を見せず、妹たちから非情じゃないかと責められる場面があった。