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記事 279件
  • 「帰属なき個は獣以下である」小林よしのりライジング号外

    2017-11-14 16:25  
    100pt
     神奈川県座間市で、わずか2か月ほどの間に9人が殺害されるという事件が起きた。
     被害者は、行方不明になった交際相手を探していて事件に巻き込まれた男性一人を除き、全員が10代・20代の女性で、容疑者の白石隆浩という27歳の男は、自殺願望を持つ女性とツイッターでコンタクトを取り、自宅に呼び寄せては殺していた。
     ツイッターのアカウント名で呼び合っていたため相手の本名すら知らず、どうせ死にたい奴なんだからと、罪悪感もなく犯行に及んだのだろう。
     白石は次々に餌食にする女性をツイッターで漁っては、本当は自分には死ぬ気などさらさらないのに「一緒に死のう」などとダイレクトメールを送って気を引き、呼び出して犯して殺し、金目のものは全て奪い、遺体を浴室でバラバラにして、骨から肉をそぎ落とし、生首をクーラーボックスに入れて保存していた。証拠隠滅のために遺体をバラバラにしたのなら、こんなことはしないものなので、死体愛好的な異常性欲の可能性もあるらしい。
     それにしても今の日本には、ツイッターでやり取りしただけでどこの誰ともわからない、名前も知らない男の家に訪ねて行くような無防備な女子がものすごくいっぱいいるようだ。だからたった2か月で、8人もが餌食にされてしまったのだろう。
      白石は家族とも絶縁状態、職は転々として定着せず、居住していたアパートの近隣でも交友関係はほとんどなく、全く社会から孤立しており、今年6月頃には「生きていても意味が無い」などと漏らしていたという。
     わしは『戦争論』などでいつも、 「個人」とは社会のヨコ軸と歴史のタテ軸の交差するところに形成される と説いている。
     社会のヨコ軸である共同体に一切帰属意識がなく、歴史のタテ軸など意識することもなく、何にも縛られていない一個人というものがあるとすれば、それこそが白石隆浩なのだ。
     一切の帰属から解き放たれた個人は、性欲だけのケモノになる。
     いや、そう言ってはケモノに失礼だ。
     ケモノは本能のルールから外れた行動はしない。異常性欲のために仲間を無駄に殺すなんてことはやらないのだ。
      ヒトは本能が壊れたサルだから、帰属による縛りがなくなったら、ケモノ以下の醜悪な生き物になってしまうのである。
     幼女4人を連続誘拐・殺害して平成元年(1989)に逮捕され、平成20年(2008)死刑執行された 宮崎勤も、家族や職場などに一切の帰属意識を持っていなかった。
     唯一、心を通わせていたのが祖父だったが、その祖父が死んで、3か月後には最初の犯行に及んでいる。
      祖父が死んで社会のヨコ軸からも、歴史のタテ軸からも、全ての属性から切り離され、後には性欲しか残らなかったわけだ。
     しかも、まともな社会から切り離されていたために大人の女性には相手にされず、性欲の対象が幼女だけになってしまった。それも、当然ながら幼女にも拒否されるから、拉致した途端に殺害するということを繰り返したのだ。
     逮捕されると、取り調べの刑事が真面目に自分の言うことを聞いてくれるから、宮崎にとってこれが唯一の人間関係となった。 それで普通なら黙秘するところを、刑事との属性を感じたがために、あっさりと洗いざらい自白したのだった。
     人は何にも縛られない一個人になったら、ケモノ以下にまで堕ちる。
  • 「伊藤詩織『Black Box』と三浦瑠麗」小林よしのりライジング Vol.246

    2017-11-07 20:55  
    150pt
     元TBS記者で安倍首相と親交の深い山口敬之氏からのレイプ被害を告発した伊藤詩織さんの著書『Black Box』(文藝春秋)を読んだ。
     
     これまで『週刊新潮』の取材記事と、ご本人の記者会見によって、逮捕状が発布されていた山口氏による性犯罪が警察トップによって握りつぶされていたこと、さらに、山口氏本人が内閣情報調査室の人間に“事後処理”を依頼していたことなど、権力者と性犯罪者の卑劣すぎる共謀関係が報じられてきた。
     この本では、被害を受けた詩織さんが、心の傷を負ってボロボロになりながらも、ジャーナリストとして、自身の身に降りかかったことから逃げることなく、世に問題提起しなければならないという使命感から必死の思いで行動し、書き上げたものだ。
    「伝える」ことが強い目的になっており、事件の全容とその後の山口とのメールのやりとり全文、独自の調査、浮上する疑問点、デートレイプドラッグの実態、性犯罪被害者をめぐる現状、被害にあった時の対処法などが全体としてかなり精細に、丁寧に、冷静に、そして抑制的な筆致でつづられている。
     被害者としての本音を吐露した部分は、本当はもっと痛々しく息苦しいほど濃密な表現を選んでもおかしくなかっただろう。けれど、自己憐憫に陥らないよう踏みとどまり、この事件を“公の問題”としてスポットを当てようとする姿勢は本当に立派だし、並みの勇気ではないと思う。
     なかでも、詩織さんが一番かわいがり、この子の将来を守りたいと思い、記者会見の動機のひとつにもなった、年の離れた妹さんが、その記者会見とその後のネット上の中傷などによって傷つき、拒絶反応を示して連絡をとることすらできなくなったこと、そして、詩織さん本人が事件後の一連の経過のなかで、自死を思わせる心理状態を何度も何度も体験していたことは、読み手としてつらく、胸のつまる思いをした。
     警察の捜査を経て裁判所から発布された逮捕状が、警察トップからの電話一本で執行中止になり、加害者は安倍政権の御用コメンテーターとして各局ワイドショーで大活躍、被害者本人が顔出しで記者会見を行って不公正を訴えているという大事件。
     しかし、なぜメディアはほとんど後追い報道をしなかったのか? 八つ墓村の因習で、女性政治家のスキャンダルには執拗に食いつくのに、なぜ?
    「忖度という空気」の蔓延かと思っていたら、本の中で、 政府から明らかな報道自粛要請があった と明かされており、驚愕した。
      翌日、知人のジャーナリストからも連絡があった。
    「政府サイドが各メディアに対し、あれは筋の悪いネタだから触れないほうが良いなどと、報道自粛を勧めている。各社がもともと及び腰なのは想像がつくが、これでは会見を報道する社があるかどうか……。
     でも、会見はやるべきで、ただ、工夫が必要ですね。しかし、なぜ政府サイドがここまで本件に介入する必要があるのか、不可解」
     矢継ぎ早の連絡に、気持ちが混乱した。
     そんな時、「週刊新潮」の記者に、メディアに対して私の会見に関する報道自粛を求める動きが、水面下で拡がっているらしいと話すと、彼は軽い調子で、
    「ああ、知ってますよ」
     と言った。「だから何?」というようなその姿勢に、私はとても勇気づけられた。
    (伊藤詩織『Black Box』より)
     圧力に負けず、取材を断行したのは、「週刊新潮」の記者だけだったのだ。
     メディア関係者のなかには 「タクシーでホテルに到着した詩織さんには意識があり、自分で嘔吐物を処理しており、歩いてホテルに入っていった。だから合意のもとでの行為なんだ」 というデマをばらまく者もいたという。
     意識不明になった詩織さん(デートレイプドラッグを盛られた可能性がある)が、ぐらぐらのまま山口氏に担がれ、床に足もつかないままホテルに連れ込まれていく様子が防犯カメラの映像として残っており、タクシー運転手、ベルボーイにも目撃されているという事実があるのに、である。
     証拠があるのに確かめもせず、デマを鵜呑みにして言いふらすなど、どこのメディアだ? 職務上もっともやってはならないことだろう。
    ■政府によるあきらかな被害者弾圧
     記者会見を行うと、詩織さんが「共謀罪の審議が長引いて、刑法改正案の審議が遅れている」と発言したのを取り沙汰して、 「共謀罪に言及した政治的な会見だ。バックには民進党がいるらしい」 という憶測がネット上に流れた。その後は、詩織さんのもとに嫌がらせや脅し、誹謗中傷の嵐がやってきたという。
     既に連載第40回「内閣ぐるみ!強姦犯・山口敬之の無罪放免を許すな」で書いたが、詩織さんに対するネットの憶測と誹謗中傷の元凶は、内閣情報調査室が作り上げ、ばら撒いたデマだということが発覚している。政府は「民進党が党利党略のために告発を仕組んだ」というデマをでっち上げ、チャート図を作ってマスコミに配布していたのだ。
  • 「立憲民主党への警告」小林よしのりライジング Vol.245

    2017-10-24 19:05  
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     選挙戦の最中、辻元清美が街頭で支持者に対して 「やっぱり9条は守らないとね!」 とか言っている場面をテレビで見たが、あれは「あちゃちゃ~~~」と思った。
     テレビの側も、立憲民主党は護憲政党だという思い込みがあるからそういう発言を切り取って使うわけだが、こういうことが繰り返されれば 「リベラル=護憲」「立憲民主=護憲」 という誤解が定着してしまう。
     こんなイメージを広げてはいけない。 あくまでも、立憲民主党は辻元のような護憲派ばかりではなく、改憲派のわしが応援演説をするような、保守の部分もあるという印象をつけておかなければならない。
     もちろん枝野代表も、そのためにわしを応援演説に使ったのだろう。
     そもそも北朝鮮情勢が緊迫しているとか言ってる状況の中で、呑気に選挙なんかやっていられたのは、いざとなったら自衛隊の指揮権が全部米軍に委託されることになっているからだ。
      北朝鮮有事の際にどうするかは、どうせ米軍が決めること。日本は何も考えなくてもいいから、遊んでいられるのだ。
      これは、誰が政権を取っても同じことだ。それなのに、有事の場合には安倍晋三が首相じゃないといけないかのような雰囲気が作られてしまっている。
     福島第一原発事故の際の民主党政権の対応がまずかったから、そんな観念が出来上がってしまったのだが、もしあの当時自民党政権だったとしても、やはり大混乱になっただけのはずだ。あの時は、誰がやったって同じだったのである。
     北朝鮮有事でも同じことで、誰が首相だってダメに決まっている。今度は特に、 有事になれば米軍の指揮下に入ってしまうことが決まっているのだから、日本の首相なんか、いてもいなくてもどうでもいいのである。
     それなのにみんな勘違いして、本当は何もできやしないのに、有事を考えればやっぱりタカ派の安倍の方がいいだろうというイメージだけで、自民党に票を入れてしまうのだ。
     今回の自民圧勝には、そういう隠れた構図も存在している。
     週刊現代10月14・21日号に、米軍が北朝鮮を空爆した場合、北朝鮮の報復攻撃の対象は、日本に対してはまず米軍横須賀基地、次に北朝鮮を攻撃した米軍基地、そしてその次が「日本海側に広がる原発」だと語る、朝鮮労働党幹部の話とされる記事が載った。
     10月17日放送のテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」ではこの記事を基に、実際に北朝鮮が原発を攻撃した場合、どの程度の脅威があるのかという話題を取り上げた。
     日本海側には9カ所25基の原発があり、そのうち福井県の高浜原発2基が稼働中である。
     番組では、元防衛相・森本敏の 「原発の炉の中は大丈夫だと思います。ミサイル攻撃は炉の中を破壊することは出来ないのです」 というコメントを紹介。
     さらにスタジオでは元自衛艦隊司令官・香田洋二が森本のコメントを補足し、北朝鮮が日本を攻撃するとしたらおそらくノドンミサイルを使うだろうが、ノドンの精度は誤差1キロ以上あるので、原発を狙って撃つのには無理があるし、原発の建物は対爆弾構造になっているので、通常弾頭ならある程度の直撃を受けても、原子炉に被害は及ばない設計になっていると説明した。
     ところがこれに対してコメンテーターの玉川徹が、 実際に原子炉の設計をしていた元ジェネラル・エレクトリック社の佐藤暁に取材したところ、原発を作った時点では、もともとミサイル攻撃など想定しておらず、直撃したらもうダメだという回答だった と発言すると、香田はしどろもどろになっていた。
     わしも、森本や香田の話は信用できないと思う。若狭湾には数十キロの範囲に14基もの原発が密集している。北朝鮮はノドンミサイルなら大量に保有しているから、これを何発も若狭湾岸に打ち込めば、多少誤差があってもどれかは原発に当たるだろう。そして、原子炉がミサイル攻撃を受けても無傷で済むとは思えない。
     稼働中の原子炉が破壊されると、ヨウ素、キセノン、クリプトンといった放射性物質を含むガスが流出し、人体にとっては命にかかわる影響が出る。
     停止中の原発の場合は、ガスは出てこないものの、セシウムなどの放射性物質が出て来てゆっくり周囲が汚染される。
     また、さらに懸念されるのは電磁パルス攻撃だ。
  • 「『戦争論』再考」小林よしのりライジング Vol.244

    2017-10-17 21:20  
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     来年で『新ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論』の出版から20年になるらしい。トッキーが言っていた。
     20年も経つと、もう若い世代で読んでいる人は相当少なくなっているだろうし、読んだ人も、その記憶はかなり薄れているだろう。
     そんな状況に乗じて、「『戦争論』がネトウヨを生んだ!」というデマの流布にいそしむ悪質なライターもいるようで、トッキーに袋叩きにあっている。
     トッキーから「ロックオン」された獲物は気の毒だ。絶対に逃げられないし、油汗かいて静まり返るしかない。最後は毒牙にかかって狂い死ぬのがオチだ。
     来年は20周年を機に、『戦争論』の意義を再確認する連載を某雑誌でやることになった。面白いことになろう。
     わしの子供時代、寺の住職をしていたわしの祖父や、そこに集まって来る祖父の戦友たちは誰も、俺たちは戦争に行って悪いことをしたなどとは言っていなかった。
     ただ、死んでしまった戦友たちのことは心のどこかに澱のように残しつつ、生き残った戦友同士が集まって、あの時は大変だったなあ、こんなこともあったなあと笑いながら話していて、そんな様子をわしは幼少時に見ていたのだ。
     当時は、祖父の戦友で俳優の加東大介氏が書いた『南の島に雪が降る』が大ヒットして、ブームになっていた。
     戦争末期、ニューギニア・マノクワリで、補給も絶えて戦闘どころか生きるのがやっとという状況の中、加東氏が率い、祖父がその一員を務めていた演劇部隊の芝居が、兵隊たちの唯一の生きる支えとなっていた。
    『南の島に雪が降る』はその体験記で、加東氏自らの主演で映画化され、舞台にもなり、舞台中継をテレビで放映していたので、わしはそれを何度も見た記憶がある。
     
     舞台に冬の情景が作られ、一面の銀世界に雪が降り、それを見た東北の兵隊たちがみんな泣いているシーンは、テレビで見てものすごく感激した覚えがある。それで後に『戦争論』で描いたその場面は、当時感じたインパクトをそのまま再現したようなものになった。
     トッキーによると、小説ではもっと淡白らしいが、わしの印象が強烈だったので、漫画の方がインパクトが強いらしい。
     わしはそんな祖父たちを子供の頃に見て、思い入れを持って育ってきた。ところがそれにもかかわらず、中学・高校に進んだ頃にはマスコミが旧日本軍の「加害」だの「暴虐」だのを責め立てる論調一色になっていたものだから、つい流されてしまい、うちの祖父も悪いことをしたのかな、中国人を斬り殺してきたんだろうかとも思っていた。
     そしてさらに時間が経つと、あの時は若かったなあ、祖父たちは戦争で悪いことをしたなんて何も言っていなかったのに、疑って済まなかったなあという気持ちが湧いてきた。
     90年代に入ると、戦時中の日本人を単に悪人にしてしまう「自虐史観」は極みに達した。従軍慰安婦問題は、祖父虐待に等しいと感じた。
     わしはそんな当時の風潮に対し、大して戦略的に重要でもない南の島に送られて、補給も途絶え、月に一度の芝居見物を楽しみにしながら、無残に餓死してしまった人だっている若者もいたのに、彼らを無視して、日本兵はすべて悪とするのはおかしいと感じた。それで『戦争論』を描こうと決意したのだ。
  • 「スマホとメディアとフェイクニュース」小林よしのりライジング Vol.243

    2017-10-10 20:30  
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     10月8日(日)の東京新聞に、 20代若者の1カ月の外出回数が、70代高齢者を下回る という記事が載っていた。民間の広告代理店が今年3月に実施した調査だが、家から出かける内容について、通勤・買い物・外食・美容・娯楽・通院など18項目に分類し、その頻度を算出したところ、全年代の1カ月の平均は43.6回。
     年代別では、30代が一番活発で49.1回。70代が40.8回だったが、なんとこの調査のなかで一番若い世代である20代は70代を3.5ポイントも下回る37.3回であった。
     
      ジェイアール東日本企画「Move実態調査2017」レポートより
      http://www.jeki.co.jp/info/files/upload/20170928/170928hpMDL1.pdf
     既婚者は子供がいたりして、育児や学校、病院など自分以外のことで出かける用事も増えたりするから、未婚・離別者よりすこし多いのだろうとすぐに察しがつくが、リタイアした70代よりも、20代のほうが顕著に少ないというのはどういうことなのか?
     調査結果を見ると、若者世代がとにかく「自宅にいることを好む」実態が浮き彫りになっていた。
     
      同レポートより。若者ほど「ひきこもり傾向」が高い。
     若ければ若いほど「外出しないでよいならなるべく家にいたい」「家にいるのが好き」「自分はどちらかというと“ひきこもり”だと思う」という意識が高まり、 20代の3人に1人が「一日中ずっと家の中で過ごせるほうだ」と回答 している。また、20代の70%以上が「趣味はインドア派」と答えているが、対照的に、70代は全年代のなかでもっともアウトドア率が高かった。
     私もアウトドアは虫に噛まれたり足首をひねったりするので苦手で、外出せずに済むならずっと部屋でなにか書くか読むかしていたいタイプだから20代に近いんです、とか思ってしまうが、それはあくまでも私の趣味嗜好と仕事柄の問題。
     このレポートによると、どうやら20代の自宅好きは「スマホ」が原因だと結論付けられていた。
    「スマホネイティブの若者は“家好き”傾向。世代が増えて、SNSやネットショッピングなどが浸透したことにより、あらゆることが自宅にいながらにして行なえるようになったことが移動減に拍車をかけている」 と。
    ●スマホ持っても出掛けたいやろ?
     この調査の結論はなんだか腑に落ちない。
     スマホがあるから“家好き”だというのは、モノが広告代理店の調査だけに、ネットビジネス向けの展開願望が入り込んで、あまりにも浅薄に結びつけすぎているように感じるのだ。
  • 「小池百合子と選挙とカネの話」小林よしのりライジング Vol.242

    2017-10-03 21:35  
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     書店に並ぶ雑誌を眺めると、「小池百合子参戦でいよいよ安倍政権が終焉だ!」と希望的観測だけで報じる記事が踊っていたりする。「小泉純一郎とタッグを組んで『脱原発』で攻め込む気だ!」と。まだ、希望の党という名も、民進党との“合流”も、“リベラル派は排除いたします”も発表される前に書かれた原稿なのだろう。時々刻々と動乱が起きている現在、この原稿も配信時にはすでに古びてしまっているかもしれない。
    ◆「700万円すぐ払えるか?」
    「衆院解散か?」の話が出はじめた9月半ば、小池都知事の側近・若狭勝氏が立ち上げた政治塾の塾生のもとに、若狭氏本人から 「選挙に出ないか」 と電話がかかってきたという。政治塾初回の講義の直後だった。
     電話に出た塾生が、まず最初に聞かれたのは、 「700万円がすぐ払えるかどうか」 。その内訳は、小選挙区と比例それぞれの供託金が合計600万円、そして、新党の運営費として100万円。いわゆる“上納金”だ。それから、住まいの選挙区についてたずねられ、どのぐらい離れた場所から出馬できるかなどの質問があり、 「選挙になれば、事務所の家賃やスタッフの人件費などは当然、自腹で負担しなければならない」 と言われたという。
     地方議員出身のある男性は、長らく政治の世界からは離れていたものの、初参加した政治塾で聞かされた理念に共感。そのわずか3日後に、若狭氏本人から電話がかかってきて、出馬を打診されたので、気分が高揚して「全力でやります」と即答したという。
     政治にはカネがかかる、立候補はタダではできない。素人でもそれなりに理解はできるし、男性がどれほど余裕のある人物なのかはわからないが、もし私が友人だったなら、話をここまで聞いた時点でこう言って引き留めただろう。
    「政治塾でたった1回講義を聞いただけで、その主宰者から、いきなり700万円払えるかって電話かかってくるの、変じゃない? というか、あなたは政治塾に共感したかもしれないけど、相手は、あなたの何に共感して、どこを認めて出馬してくれと言ってるの?
     結局、確認されたのって、 カネがあるかどうかだけ じゃない?」
     この政治塾について報じる朝日新聞の記事(2017年9月16日)によると、講師は小池百合子氏で、約200人の参加者が集まったとされている。少数精鋭の寺子屋のようなところで、じっくり対面して議論したというならまだしも、若狭氏が特別にこの男性の政治信条や人となりを知って説得にかかったというわけではないようだ。同様の電話はほかの塾生にもあったようだから、とにかく手当たり次第に打診したのだろう。
     数日後、若狭氏から再び電話があり、 「選挙区が決まったから準備をはじめてほしい」 と言われ、男性は事務所スタッフ約10人をはじめ、選挙用品などを調達したという。ところが、その直後に小池氏が記者会見を行い、希望の党の立ち上げを発表。
    「若狭さん、細野さんたちが議論してきましたけれども、リセットいたしまして、私自身が立ち上げ、直接絡んでいきたいと思っております」
     こう宣言するや、若狭氏の効力も見事に“リセット”されたようで、男性は若狭氏と連絡がとれなくなったという。若狭事務所に電話すると、スタッフが言うのはまたカネの話だった。
    「心配だろうが準備を進めてほしい。 現金を振り込んでもらえばすぐ公認は出ますから 」
     結局、その後の“民進合流”や、公認選別のニュースとともに、男性は若狭氏からうやむやに突き放されており、700万円を納めることもできず、右往左往して選挙演説もできないまま、雇ってしまった10人の事務所スタッフとともに途方に暮れているらしい。
     最終的には自分が出馬すると決断したことだから、政局が読めないのに勇み足を踏んだ本人にも責任があり、「被害をこうむった」とは言えないが、若狭氏の「選挙区が決まったから準備をしてほしい」という言葉を信じて、かなりの出費はしているだろう。
     以前、選挙の取材でいろんな立候補者を密着したことがあるが、「選挙用品」とひとくくりに言っても相当な品数をそろえなければならないので驚いた。
  • 「『説明責任』を錦の御旗にするな!」小林よしのりライジング Vol.241

    2017-09-26 20:00  
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     山尾志桜里議員の不倫疑惑スキャンダルに対して、未だにバッシングが収まらない。
     そしてその際に、必ず言われるのが「説明責任を果たしていない」だ。
     しかし、山尾氏は「不倫はしていない」と言っているのだ。本人が「していない」ことを、それ以上どう説明しろと言うのだろうか? 
      立証責任は「している」と主張した側にある。 そして山尾氏が不倫をしたという決定的な証拠は、未だに誰も出せていないのだ。週刊文春も細野豪志の「路チュー」や今井絵理子の「手つなぎ」のような決定的写真を一枚も撮ってない。
     山尾氏に 「説明責任を果たせ」 と言っている連中は、要するに 「やったんだろ? やったと言わないと、説明責任を果たしたとは認めないぞ。どういうふうにやったんだ? 説明責任果たせよ!」 …と言っているのである。
     下司の極みでしかない暴言を、「説明責任」という言葉でごまかしているだけなのだ。
      それに対して、森友・加計学園疑惑で「説明責任」が問われるのは当然である。
     辛坊治郎などは「加計問題」は「フェイクニュース」であり、何の問題もないと言っているようだが、すっかり安倍政権の太鼓持ちになり果てて、常識的な思考力も失ってしまったらしい。
      これは巨額の公金が投じられる問題である。 我々の税金も投じられるし、今治市は総額37億円相当の建設予定地の無償譲渡と、最大96億円の建設補助金支給、合計133億円もの補助を決めている。それならば、その支出が妥当かどうか、国民に対して十分納得のいく説明が必要なのは当然である。
     その際には本当に獣医学部の新設が必要なのか、本当に今治市の地域振興の役に立つのかという説明責任も絶対に果たされなければならない。
      これは完全に公的な問題であり、全くやましいことがないのなら官僚が資料を隠さず、判断材料を全部テーブルの上に並べればいい。
     その上で、安倍が自分のお友達に便宜を図るために行政を歪めたのではなく、全く正当な手続きに則っており、税金の無駄遣いにもならないと、説明責任を果たして見せればいいだけのことだ。
      とにかく税金の無駄遣いをしてほしくないという公的な問題なのだから、説明責任は必要不可欠である。
      一方、豊田真由子議員のパワハラの場合は、説明責任が求められる類の話ではない。当事者間で裁判でもして調停すればいいことだ。
     実際、暴行に関しては元秘書が埼玉県警に被害届を出しており、捜査が進められているところだ。あとは、選挙で有権者が判断すれば済む問題だ。
      ただし、社会的にもパワハラがまかり通っているという問題があるから、それは許されないのだと啓蒙する意味では、あの暴言の音声を暴露したのは公的意義のあることだったと言える。
     だが、それならば他の議員も追及しなければならない。実際にあんなことをやっている議員は、他にもいくらでもいるはずだ。
      パワハラ議員を全部暴露させて、パワハラがまかり通っている体質を改めることこそが一番肝心なのであり、豊田だけを責めても意味がない。
     問題の本質に踏み込まず、豊田だけを槍玉に上げるのはただのリンチである。 今の大衆はただひたすら、リンチしたいという欲求のみを増大させている。これは民主主義の病いが露骨に表出した大問題だ。
     あらためて山尾志桜里議員の場合に戻るが、これは全く私的な問題だ。
  • 「過去の発言を探して来る馬鹿」小林よしのりライジング Vol.240

    2017-09-19 18:55  
    150pt
     山尾志桜里衆院議員と倉持麟太郎弁護士の「不倫疑惑スキャンダル」に対する世間の異様なバッシングの火を消すべく、9月10日に生放送した緊急特番 『山尾志桜里議員叩きは民主主義の破壊だ!』 は8000人の来場者を数え、翌日に配信したYouTubeの動画版も、再生数が1万5000を超えた。
     これには相当の効果があったようだし、そもそも不倫の証拠となる決定的写真もなく、文春の「続報」が完全にショボかったこともあり、他の不倫スキャンダルに比べれば、急速に鎮火に向かっているようだ。
     わしは、男女の関係はなかったという山尾氏と倉持氏の言葉を信じるが、たとえ不倫関係があったとしても許すべきだという旨の発言をした。
     ところがそうすると、わしの過去の発言を探してきて、「路チュー」の中川郁子や「育休不倫」の宮崎謙介の時には「議員辞職しろ」と書いていたじゃないかと言ってきた奴がいる。
     毎度のことだが、わしが何かを発言すれば、それと食い違う過去の発言を必死になって探してきて、 「以前と言ってることが違う!」 と非難してくる者がいるものだ。
     だがこういう馬鹿は、わしを非難しているつもりでいながら、実はわしのことを「全知全能の神」であらねばならぬと思っているのである。
     小林よしのりは、森羅万象のあらゆることについて「全知」し、先々までを見通せる「全能」の存在であり、全てを悟り尽くし、百年先の事象まで見抜いて、徹頭徹尾何一つ間違いのない、完璧なことしか言わないものだとでも認識していなければ、こんな文句は出てこない。
     わしは神として降臨した存在で、わしの言葉は「聖書」だと思い込んでいるから、少しでも以前と異なる発言があると、目の色を変えてその発言を探し出してきて、「違うじゃないか!」と息巻くのである。
     こういう馬鹿は結構いるもので、皇統男系固執派で「Y染色体」を信奉する皇學館大学教授・新田均もその一人だ。
     新田は事あるごとに、「高森明勅は過去にこう書いていた」、「小林よしのりは過去にこう言っていた」と言い続けている。
     新田はわしや高森氏の過去の著作や発言をほとんど全て収集して、読み込んで検証しているのだ。
     こんな作業を実際にやったら、大変な労力と時間を必要とする。何しろ好きでもない人物の、膨大にある過去の発言をことごとく読破しなければならないのだ。よくわざわざそんな苦労をするなあとか、ものすごい勉強熱心だなあとは思うが、学者の能力をどこに無駄遣いしてるんだ?大学教授って、そんなにヒマなのか?というのが結論である。
     そもそも、いくら人の過去の発言を一生懸命になって探して来て、現在と言ってることが違うと指摘したところで、そんなことは全く無意味だ。
      なぜなら、真理とは、常に更新していかなければ到達できないものだからである。
     状況が変われば、そのたびにアップデートしなければ、不確実性の強い時代には適応できなくなる。 「原理主義」に嵌らず、「思想」をし続ければ、意見というものは変わることだってあるし、修正することだってあるし、さらに複雑なバージョンに変化していくこともあるのだ。
     思考はどんどん深化し、複雑になっていく。一次方程式から二次方程式、三次方程式と、どんどん複雑になっていくのと同じようなものだ。
      ところが世の中には、足し算と引き算しかわからない単純な人間がいて、「足し算・引き算では、国会議員の不倫はすべてダメという答えしか出ないぞ!」と叫びまわっているのである。
     なんという哀れな馬鹿か。
  • 「弱者の恫喝に負けず、核保有論を堂々と考える」小林よしのりライジング Vol.239

    2017-09-12 18:10  
    150pt

     人は、忘れたいような悲しいこと、苦痛なことほど忘れられないものだという。
     だとすれば、広島・長崎の被爆者は、その体験を忘れることなど決してできないだろう。
     こんなことは二度と繰り返してほしくない、核兵器の被害者は自分たちで最後にしてほしいという訴えもわかるし、こういう人たちが声を上げていないと、記憶の伝承ができなくなってしまう。
     けれども、そういう経験をしてしまったがために「あつものに懲りてなますを吹く」となってしまって、北朝鮮が核兵器を持とうとしているのに、日本の核武装については一切考えてはいけないという強迫観念にとりつかれてはいけない。
     石破茂元防衛大臣が9月3日に石破派の研修会で 「核の傘は破れ傘と言う人もいます。意味が無いと言う人もいます。でもその傘の実効性を高めるということを我々が努力をしていかなければならないことであって、政治レベルにおいても実務レベルにおいても核の傘の実効性というのはきちんと検証していかなければなりません」 と発言し、物議を醸した。
     そこで9月7日放映のテレビ朝日『羽鳥慎一モーニングショー』の「そもそも総研」は 「そもそも日本の核武装は許されるのだろうか?」 と題する緊急特集を組み、石破をスタジオ生出演させてその真意を聞いた。
     石破は日本の核武装について、 「日本が核を自分で作る、自分で持つ」という論には立たない としながら、アメリカの「核の傘」についてこう言った。
    「アメリカの核の傘があるから大丈夫だよねってことになってるわけですよね。じゃあその傘って本当に差してくれるんですか、どれっくらいの大きさですか、いつ差してくれていつ差してくれないんですか、傘に穴って空いてませんかってことをきちっと検証も何もしないままに、核の傘があるから大丈夫だよねって言って、そうじゃなかったときに、慌てふためいてどうしますか。私この話って、15年前からずっとしてますよ」
     石破は非核三原則「持たず、作らず、持ち込ませず」のうち 「持ち込ませず」については見直し、冷戦時代にアメリカとNATO諸国が結んでいた 「核シェアリング」 のような形で、アメリカの核による実効的な核武装をするべきだ というのが持論らしい。
     番組にはもう一人、「核の専門家」という共同通信の太田昌克編集委員が出演し、石破の言う核武装論は実際にはできないと批判して議論になった。
     石破は落ち着いて太田の批判に丁寧に反論し、ことごとく論破していった。すると最後に太田はドヤ顔でこんなことを言い出したのだ。
    「被爆国、(核武装を)許してはいけない。議論は確かに重要です。大いにやるべきだと思います。しかし72年間ですよ、どうして核兵器が1発も使われなかったのか。原爆資料館行かれましたか? 先生」
    (石破、「行きました」と答える)
    「ねえ。あれを見て誰が、核のボタンを押しますかって話なんですよ。抑止が崩れたらどうなるか、福島の事故であの大変な被害ですよね。今も数万人が避難されている。核の被害なんですよね。
     いざ抑止が崩れたらどうなるか。72年間使われてこなかった、日本の非核世論、被爆者の皆さんの声、思い、核廃絶への願いですよね。これも実は核を使わない抑止力になってきた。そこも、だから検証の対象とすべきなんです。それをかなぐり捨てて核を持ち込むとか、ましてや日本が核を持つとか、私は許してはいけない。抑止力を保つためにも決して、日本の国民は許さないと思います」
    「議論は確かに大切です」とか言っているが、こんな感情論に訴えられたら議論にならない。これは被爆者を錦の御旗にして、「弱者の恫喝」をする議論封じであり、民主主義の精神に反している。
     論理的な討論で核武装論に太刀打ちできなくなってくると、非核論者は必ず感情論に訴えて、 「被爆者がどれだけの悲惨な思いをしたか。日本人の感情としては、核兵器保有なんて許すわけがない」 という「弱者の恫喝」を行なうのだ。
  • 「男の人ってやっぱり恐い…と思った日のこと」小林よしのりライジング Vol.238

    2017-09-05 21:30  
    150pt
     今回は、前回の牛乳石鹸CM炎上事件の考察から、「男尊女卑とはなにか?」を思い巡らせたとき、頭の中に浮かんだ光景を、ちょっと素直に自分の目線から綴ってみたいとおもう。
     こういうことを“創作”でなく“体験エッセイ”として書くと、「やっぱり水商売の女だな」と思われそうで嫌だし、特に女性からは白い眼で見られたりするかもしれないけれど、しょうがない。まずは私の立ち位置から見える男女の姿を、そのまま書いてみたい。
    ***
     私は水商売の経験がとても長い。若い時に借金を作ったからだ。ライターの仕事だけでは何十年かかるかわからないと不安だったので、とにかく夜でも時間給のつく場所にいたかった。
     水商売と言っても、いろいろ。新宿歌舞伎町、銀座、東中野、門前中町……高級会員制バーで、色気もないのに無理してドレスを着て厚化粧して、 「女なのに女装」 のようなトンマな状態になっていたこともあるし、四畳半ぐらいの店をひとりで切盛りして、生活保護のおやじに飲み逃げされたこともあるし、大きなキャバクラのキッチンで、着飾ったキャバ嬢たちに命令されてお酒を作ったり、吸い殻の入った灰皿を投げつけられたりして、 「クソ女どもぶっ殺す」 と本気で思っていたこともある。
     今は執筆や編集の仕事がメインなので、新宿二丁目にある家族経営の音楽バーで週末にちょっと手伝うぐらい。時給はコンビニの深夜給と変わらないし、別に高額のお酒を売っている店でもない。酔った客の乱闘にたびたび巻き込まれるので、服装はいつもTシャツ、ジーンズ、スニーカー。
     LGBTの町なのもあって、一般的に想像される「女が男に媚びてキャイキャイ」とか「男性を気持ちよくさせて、カネを吸い上げる」ような、『黒革の手帖』的世界とはかなり違って、どちらかと言うと、女尊男卑な空気があると思う。
     ちなみに私は、男性よりも女性に誘われることのほうが多い。そういうちょっと特殊な環境にいる。
    ●背中に矢の刺さった男性たち
     もともと飲み歩く習慣のない人間だったので、最初のうちはどうしてこんなに人が外で酒を飲むのかわからないほどだった。けれど、いろんな場所から、いろんな男女を見てきた中で、ずっと気になっていることがある。
     それは、どんな店でも、 飲み屋の扉を開いて入ってくる男性のなかには、背中に折れた矢が刺さっているように見える人がいる ということだ。
     すごく変な言い方をしていると思うし、私が勝手になにかを投影しているだけで、気分よく働くための偏見なのかもしれない。でも、たしかに刺さっている。
     もちろん、なにも刺さっておらず、身軽そうで楽しそうな空気の人もたくさんいる。
     そのなかで、“まるで戦から帰ってきたかのような”疲労困憊した雰囲気や、押し詰められた感情、敗北感、やせ我慢のようなものが入り混じった空気を無意識のうちにまとっている人が男性には少なからずいて、そして、 そういう人は、飲み屋には決して楽しむためにワクワクした様子でやってくるわけではない ということだ。
     パーソナリティもさまざま。楽しい話だけをする人もいれば、ちょっとだけ愚痴をこぼす人もいるし、威張って得意気になる人もいれば、話しかけると「ごめん、ちょっと放っておいてくれる?」と突き放したきり寡黙な人もいる。酔うとやたら横柄になってきて、やっぱり優しくできないなと思えてくる人も、もちろんいる。
     で、この矢は酒を飲んだところで抜けない。まとった空気は多少軽くなったり、気分が良くなったりはするようだけど、帰っていくときも矢は刺さっていて、ちょっと足元をふらつかせながら、夜の街を歩いて去ってゆくその背中は、本当に哀しく見えるのだ。
     あの哀しみは、いったいなんだろう?
    ***
     私にはきっと好みの男性を色眼鏡で見る部分があるから、そういう人を都合よく武士のように見立てて、もてなそうとしているだけかもしれないと考えてみた。
     でも、好みでもなく、人となりをよく知らなくても、やっぱり第一印象でそのような空気を帯びている人はいる。何年も何年も飲み屋で人を迎えてきて、なんだか見えてしまうんだからしょうがない。
     それに、不思議なことに、女性にはそのような矢の刺さった人はいない。