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記事 11件
  • 「『ゴー宣道場』の白熱議論・枝野私案について」小林よしのりライジング Vol.235

    2017-08-08 17:20  
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     8月6日、法哲学者の 井上達夫氏 と民進党衆院議員・ 枝野幸男氏 を迎え、第65回ゴー宣道場「9条に自衛隊って本気か!?」を開催した。
     とにかく凄かった。
     井上氏と枝野氏の議論は、わしも含めて師範方が思わず割って入るのを躊躇するような激しさで、今までの道場の中でも最もエキサイティングで深いものとなった。
     
     井上達夫氏の一切の欺瞞を許さない主張は全てが凄まじかったし、相手の言ったことを即座に分析して切り返す頭の回転の速さには驚嘆した。
     しかも、あれだけ厳しく攻めていながらもユーモアがあり、時折見せる笑顔がチャーミングだといった感想もあって、この一日でかなりファンを増やしたようだ。
     わしとしても、最高の論客が出てきたなと素直に嬉しくなる。
     
     一方の枝野氏は、まずこのタイミングで道場に来てくれたこと自体が凄かった。
     枝野氏に民進党憲法調査会の会長として登壇を依頼した時には、まさか蓮舫氏が代表を辞任し、枝野氏が次期代表候補に名乗りを上げることになろうとは予想もしていなかった。
     思いもよらず代表選を控えた微妙な時期となってしまったのだから、枝野氏は登壇を断っても全くやむを得なかったし、実際、枝野氏の周辺では断った方がいいという声もあったらしい。
     ところがそんな中でも来てくれたのだから、それだけでも感謝である。
     しかもこの状況の中での議論で、枝野氏は完全なハンディキャップ・マッチを強いられることになった。
     これから、代表選に出馬するためには国会議員20人以上の推薦人を得なければならず、さらにそれから党員・サポーターによる選挙を戦わなければならない。この時期には、少しでも誤解を生んだり、支持者の反発を買ったりしかねないような微妙な発言はどうしても避けなければならず、自ずと発言の幅は狭められてしまう。
     いわば枝野氏は、両手両足を縛られた状態でリングに上がっていたようなものだ。しかも相手はあの井上達夫氏である。まるでアリ対猪木戦みたいなものだったのだ。
     ところがそんな状態でも枝野氏は、井上氏の意見に対して怯むこともなく、これを真正面から受け止めて、互角の議論をして見せた。しかも、その発言は極端に狭められたストライクゾーンのギリギリを突いて、外れることはなかったのだから見事としか言いようがない。
     これだけの胆力と説明能力を持った政治家は、そうそういるものではない。 少なくとも、安倍晋三には決してできない芸当である。
     あの議論を聞いて、枝野氏の発言に物足りなさを感じた人もいるかもしれないが、こういう背景があったのだと理解すれば、印象も変わるのではないか。
     そして今回の議論の白眉は、自衛隊を合憲とする枝野氏と、違憲とする井上氏の意見の衝突だった。
     憲法第9条の条文は、普通の国語力で読めばどう考えたって自衛隊を合憲と解釈することはできない。
    1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
    2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
     わしはこのことを何度も言ってきたし、思想的に捉えれば、自衛隊合憲論は成り立たないと思っている。もちろん井上氏も同じ意見で、自衛隊合憲論の欺瞞を小学生にもわかるような表現で指摘した。
     だがこれに対して、枝野氏はこう反論した。
     憲法違反なら、自衛隊やめなきゃいけないんで。憲法違反なのに、自衛隊の予算に賛成したら、それこそおかしなことになるので。じゃあいま自衛隊の予算全部やめますか、自衛隊すぐに廃止しますかって話には、やっぱり責任ある政治としては乗れない。
     それはやっぱりその、法解釈には一定の幅があるので、じゃあ私学助成金いま出しているのは何なんだと。まあ(私は)大学の憲法のゼミで「私学助成金違憲論」書いたんですが、いまは認めますよ。
     ここでいきなり「私学助成金」の話が出てきたので説明しておこう。
     憲法89条に、こういう条文がある。
    公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。  この条文を普通の国語力で読めば、どう考えたって私学に公金で補助したら憲法違反になるのだが、実際には私学助成金は支払われている。自衛隊と全く同じ構図になっているので、9条問題を論じる際には度々引き合いに出されるのだ。
     その上で枝野氏はこう言う。
      だって、そういう一定の幅の中でそういう解釈をして、それが定着しているから、その定着したものとして、縛られている側としてこういう解釈ですねって、長年積み重ねてきたから、私が与党になった時も私学助成金憲法違反だからやめろとは言いませんでした。
     それと同じように、これで合憲だということで積み重ねられてきたものは、それは尊重しなければ、今度は憲法以外の政治の正統性が、それは僕は失われると思うんです。
  • 「ファッションとしての立憲主義に誤魔化されるな」小林よしのりライジング Vol.163

    2016-01-26 21:35  
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     民主党は現在、維新の党と合流交渉を行っているが、合流が実現した場合は「民主党」の党名を変更することが既に決まっているという。
     民主党政権時代のマイナスイメージがどうしても払拭できないものだから、夏の参院選までに看板を掛け替えたいらしい。
     思えば自民党も、民主党に敗れて野党に転落した当時は見るも無残な落ち込みようで、「『自由民主党』の党名を変えるべきではないか」と真剣に言う議員もいたのだが、変われば変わるものである。
     そんな民主党の新党名について、朝日新聞1月22日の天声人語は「立憲民主党」はどうかという案を紹介していた。
     これは「立憲政治を取り戻す国民運動委員会」なる一派の設立記者会見の中で出た提案だという。
     同委員会は憲法学者の小林節慶応大名誉教授や樋口陽一東大名誉教授らが代表世話人を務め、学者や弁護士ら約200人が参加している。
     団体設立の目的は、安保法に対するさまざまな反対運動を支えたり、夏の参院選に向けて広く政治のあり方について考えてもらったりするため、学識的に情報を分析し、発信していくことだそうで、小林節は会見で「この団体としては政治運動は一切しない」と発言した。
     ……「安保法に対するさまざまな反対運動を支え」「夏の参院選に向けて広く政治のあり方について考えてもらう」ための情報分析・発信って、それはどう見ても反自民党の政治運動だと思うが、何を言ってるんだ小林節は?
     世話人の一覧を眺めても、女優の木内みどりや城南信金相談役の吉原毅のように「脱原発」のテーマでゴー宣道場に登壇してもらった人もいるが、シールズの奥田愛基や異常精神科医の香山リカまで名を連ねていて、ほぼサヨク人脈という様相である。
     もっとも今回は、同委員会の批判がしたいわけではない。
     会見では「安保法の強行成立は、立憲主義を否定した暴走」とする声明を発表しているが、これには同感できる。 安保法制については、確かに立憲主義の無視であったとわしも思う。
     だがここで問題にしたいのは、護憲派サヨクが立憲主義を言い募る大きな矛盾についてである。
      安保法制について言う以前に、そもそも自衛隊の存在自体が、明確に憲法9条に違反している。
      にもかかわらず、改憲もされないままに自衛隊が存在する現状こそが、まさに「立憲主義の否定」そのものなのだ。
     この事実に目をつぶることは、欺瞞以外の何物でもないのである。
     だからこそ、わしは改憲を主張している。改憲派が立憲主義を無視してはいけないのは当然のことだ。憲法を重視しているからこその改憲論であり、憲法なんかどうでもいいと思っていたら、それをわざわざ改正する必要もないのだから。
     自衛隊は憲法9条に違反しているというのは、今でも憲法学界の通説である。
     まずは憲法9条の条文を確認しておこう。
    1.日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
    2.前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
     中学生程度の読解力があれば、読んだだけで「違憲」とわかるはずだが、もう少し詳しく解説しよう。
     上記のように、第9条は第1項と第2項でできている。
     まず議論になるのは、第1項が「侵略戦争」のみならず「自衛戦争」まで禁止しているか否かである。
     これも学説は分かれるのだが、ポイントは「 国際紛争を解決する手段としては 」の一文である。
  • 「朝敵・安倍晋三の証明」小林よしのりライジング Vol.132

    2015-05-12 14:35  
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    「朝敵」 とは「朝廷の敵」であり、天皇にそむく逆賊のことをいう。
     ただし、この言葉にはとかく政治的思惑がつきまとう。自らの正当性を主張し、敵対勢力に「絶対悪」のレッテルを貼るために「朝敵」という言葉が使われる場合が多いのである。
     南北朝時代について、後醍醐天皇の南朝を正統とし、北朝を擁した足利尊氏を「朝敵」とする歴史観は後世になって広がったものであり、同時代的には南朝・北朝の双方が自らを正統として、相手方を「朝敵」と呼んでいた。
     幕末には、禁門の変で京都御所に発砲した長州藩が「朝敵」とされたが、戊辰戦争では会津藩が「朝敵」のレッテルを貼られた。
     本来は尊皇の軍を「官軍」、朝敵の軍を「賊軍」というわけだが、政治的な情勢の変化で一旦は朝敵とされた長州藩が官軍となり、一方、尊皇心が非常に篤かった会津藩が賊軍とされたのだ。
    そんなことから、結局は尊皇心の有無なんて関係ないのだ、「勝てば官軍、負ければ賊軍」なのだと言われるようになったのである。
     このように「朝敵」という評価は政治によって変動し、後世に評価が逆転した例も珍しくはない。
     とはいえ、どこからどう見ても尊皇心のカケラもない「朝敵」だとしか判断のしようのない人物はいる。どう時代が変わろうが、絶対に評価が変わることなどあり得ない「完全無欠の朝敵」は確実に現在の日本に存在するのだ。
      それは、内閣総理大臣・安倍晋三である。
     イギリスでは、シャーロット王女の誕生で、国を挙げての祝賀ムードになっている。
     シャーロット王女の王位継承順位は第4位。
     イギリスの王位継承者は、現国王・エリザベス2世女王の系譜だけで17位までいて、そのうち7人が21世紀に生まれた若い世代である。
     そして先代国王・ジョージ6世の系譜に連なる王位継承資格者が18位から23位まで、先々代国王・ジョージ5世の系譜が24位から52位までおり、さらに遠縁の有資格者がその後ずっと続いている。イギリス王室は、未来永劫安泰といっていい。
     それに比べて日本はどうか。
      皇位継承順第1位は皇太子殿下、55歳。第2位は秋篠宮殿下、49歳。第3位は悠仁殿下、8歳。
     そして、第4位は常陸宮殿下(今上天皇の弟)79歳、第5位は三笠宮殿下(昭和天皇の弟)99歳! あとはいないのだ!!
     イギリスと比べてこれがどれだけ危機的な状況かは、一目瞭然である。
      イギリスでは、王位継承順位52位までに21世紀生まれが19人もいるのに、日本では悠仁さまたったおひとり! たった一人に、皇統の存続が全て委ねられてしまっているのである!
      なぜ日本でこんな危機になっているのかといえば、日本の皇位継承者は男系男子に限られているからだ。
     女性皇族は結婚したら民間人になり、皇室を離れなければならない制度だから、先細りになるのは当然なのだ。
     イギリスでは国王の直系子孫であれば男女を問わず王位継承資格を持つ。もちろん、女性王族が国民男子と結婚しても王室に残り、その子も王位継承資格を持つ。
     しかも、以前は男子優先となっていたが、2013年の法改正によって現在では男女を問わず長子先継となり、完全に男女平等となっている。
     わしは実にうらやましいと思う。
      イギリスに比べれば、日本の皇位継承はほとんど風前の灯と言っても過言ではない。そしてそのことを最も気に病んでおられるのは天皇陛下であることは言うまでもない。
  • 「安保法制:日本は『戦争できる普通の国』になるのか」小林よしのりライジング号外

    2015-03-23 16:50  
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    ゴーマニズム宣言
    「集団的自衛権とは、戦争参加のことだった!」
     安倍政権は、「集団的自衛権」の行使のための法整備(安保法制)を着々と進めている。公明党も、結局、歯止めにはならなかった。
     安倍首相は防衛大学の卒業式で、安保法制について、日本が戦争に巻き込まれるという批判は、ただ不安をあおろうとする無責任な言説、荒唐無稽な言説だと主張した。
      だが肝心なことは、日本は法治国家であって、中国のような人治国家ではないということだ。 首相(人)が治めているのではなくて、法が治めているのである。
     安倍首相は「福島第一原発の汚染水は完全にコントロールされている」と世界に向かって断言したり、イラク戦争の歴史的大失敗を未だに認めなかったり、信用するに足る人物ではない。
     しかも安倍首相は、吉田松陰の「知行合一」を手前勝手な解釈で誤用し、批判は必要ない、行動だけだと、民主主義の基本である「議論」すら封じようとしている独裁者体質の人間だ。
      今回の安保法制に、戦争に巻き込まれないための「歯止め」が明記されているかどうかが問題なのであって、 首相の言葉を教祖の言葉のように盲信するのは、ネトウヨくらいのものだろう。国民は法を検証するしかないのである。
     
     問題は、今回の安保法制が、どんな意味を持つのかを、国民が全然わかっていないということだ。平和ボケの国民が、「まさか日本が戦争はしないだろう」と高をくくっている間に、今度こそ自衛隊員に死者が出て、日本が戦争に巻き込まれる危機が迫っているのだ。
      政権によって現在行われている法整備は、自衛隊がアメリカの戦争に協力するために、海外のどこまでも派遣できるようにするためのものである。
    「20日、自民・公明両党は新たな安全保障法制の基本方針に正式合意。政府はこの方針に沿って、関連法案の具体的な作成作業に入る」・・このように固い言い回しで伝えられると、国民は何のことやらわからなくなるようだが、 日本は「戦争できる普通の国になる」と言えばわかりやすい。
     もう護憲だの改憲だの言っても意味がないのだ。
      このまま関連法案が成立すれば、憲法9条は完全に死文化する。もはや憲法なんて、あってもなくてもどうでもいいものになるのだ。
     憲法9条の下では従来「個別的自衛権」の行使しか認められておらず、自衛隊は「専守防衛」に徹していた。自衛隊が武力を行使できるのは、日本が直接攻撃を受けた場合のみである。
     自衛隊が海外で活動できるのは「周辺事態法」に基づく、朝鮮半島など日本周辺の有事の際の行動と、「PKO協力法」に基づく平和維持活動に限られる。 
     それ以外の場合は、その都度時限的な「特別措置法」を作って自衛隊を海外に派遣してきた。そしていずれの場合も、海外では自衛隊は「戦闘行為には参加しない」ということになっている。
      これをもっと積極的に、どこまでも米国にくっついていき、戦闘行為にも参加できるようにしたいと考えたのが安倍晋三である。
     そのためには、これまで憲法で禁じていた「集団的自衛権」が行使できるようにしなければならない。
      日本が攻撃されていなくても、米国が攻撃されたら、それを日本への攻撃と同等にみなし、自衛権の行使として日本も戦闘に加わるようにするのだ。
     そうするには、
  • 「集団的自衛権の本音を隠す言葉の乱調」小林よしのりライジング Vol.86

    2014-05-27 17:50  
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     保守と言うなら日本語が狂っていてはいけない。
     言葉の乱れは心の乱れだ。安倍自民党の政治家たち、それを熱烈支持する自称保守の論客たちの言葉の乱れは弥増すばかりだ。
     例えば安倍首相が連呼する「 積極的平和主義 」とは一体なんのことなのか?最近の国民は、よくこんな変な言葉に違和感を感じないでいられるな。
     普通、「積極的」に「平和」を求める「主義」ならば、とにかく積極的に外交・話し合いに全力を投入し、武力衝突の事態だけは避けようと尽くすものを言うはずではないか。
     そんな言葉は本来、反戦平和主義の左翼が使う言葉のはずである。
      ところが安倍首相は、積極的に暴力に訴えることも辞さない態度を「積極的平和主義」と言っているのだ。
     積極的に暴力を行使するとか、積極的に武力を見せつけて威嚇する態度を、普通は「平和主義」とは言わない。
     安倍のいう「積極的平和主義」とは、単なる「武断主義」のことである。「平和主義」の前に付けた「積極的」という語は、「武断的」という意味であり、「武断的平和主義」と言ってるわけで、正反対の言葉をドッキングさせている。
    「平和主義」の前に「積極的」という言葉さえ付ければ、国民は安全だと錯覚するのだろうか?
     言葉の言い換えで現実に対して概念操作を行ない、現実そのものが「違うものに変化した」かのように見せかけるという欺瞞的で催眠性のある手法は、日常的に行なわれている。
     定着してしまったもので言えば、「首切り」「解雇」を「リストラ」と言い換えて、それがいかにも軽いものであるかのような印象に変えられたのが典型例である。
     これはオウム真理教の麻原彰晃が「殺人」を「ポア」と言い換えて、信者が殺人するときに抱く罪悪感を、減少させた手口と同じである。
     自民党幹事長・石破茂が、呆れたことに、「集団的自衛権行使容認」は、日本国憲法の趣旨にも合致するなどと言い出した。これは言葉そのものの乱調というより、論理が乱調を来たした例であり、つまり大脳が乱調を来たした恥ずべき事態である。
     5月23日のダイヤモンド・オンラインのインタビューで、石破は次のように発言している。
      トータルで憲法が意図する趣旨は前文に記されていますが、その中に「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて」と書いてあります。
     この趣旨からすれば、むしろ集団的自衛権は憲法においても積極的に評価されるべきではないでしょうか。
      なんと改憲派のはずの石破茂が、集団的自衛権の根拠を現行憲法の前文に求めている!
     しかも憲法前文の都合のいいところだけを「つまみ食い」しているのだ。
     そもそも日本国憲法前文には、この一文がある。
    日本国民は…… 政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し ……この憲法を確定する。  さらに、石破が引用している「 われらは、平和を維持し… 」の前には、次の一文が入っている。
    日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、 平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して 、われらの安全と生存を保持しようと決意した。  どう読んだって日本国憲法前文の趣旨は「戦争放棄」であり、自らの安全と生存の維持も、国際社会で名誉ある地位を築くことも、決して武力は使わず、「 平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼 」することによって行なうと宣言している。
     これまで改憲論者はこの前文を「平和を愛する諸国民」なんてどこにいるのだと揶揄し、これは「空想的平和主義」だと批判してきたはずだ。
     そもそも自民党は「日本国憲法改正草案」で前文を全面的に改正しており、「日本国憲法改正草案Q&A」で、その理由をこう説明している。
  • 「集団的自衛権・安倍会見のトリックに騙されるな」小林よしのりライジング号外

    2014-05-20 16:15  
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    ゴーマニズム宣言 「 集団的自衛権・安倍会見のトリックに騙されるな 」
     安倍晋三首相は集団的自衛権行使に向けて「おともだち」を集めた諮問機関に検討をさせていたが、そのお手盛りの報告書ができ上がり、5月15日、安倍自ら記者会見で国民に説明を行なった。
     その3日前、5月12日の読売新聞は1面トップで「集団的自衛権、行使容認71%」という見出しを掲げ、世論調査の結果、集団的自衛権の行使容認の意見が圧倒的だったかのような記事を載せた。
     しかしこれにはトリックがあって、よく見ると「必要最小限の範囲で使えるようにするべきだ」が63%で、「全面的に使えるようにするべきだ」はわずか8%しかいない。これをひっくるめて「71%が賛成」と書いているのだ。
     すでにVol.81で詳述しているように、集団的自衛権に「限定的」も「必要最小限」もない。
    一度容認したら、イラク戦争の時の英軍のように、大義のない戦争であろうと何だろうと米軍と一緒に戦い、戦死者を出す国になるだけだ。そのことが周知されれば、「必要最小限の範囲で」という63%は「反対」に転じる可能性が大いにある。
    「必要最小限」の「限定的容認」とは公明党と国民をだますために作った言葉でしかなく、世論調査するなら、設問は集団的自衛権の行使に「賛成」か「反対」かの二者択一しかありえない。
     共同通信、日経新聞・テレビ東京、朝日新聞はこの二者択一の質問をしている。  するとその結果は…
    共同通信   賛成 38.0% 反対 52.1%
    日経・テレ東 賛成 38%  反対 49%
    朝日新聞   賛成 27%  反対 56%
     確実に反対が上回るのである。もちろんこの「賛成」の中にも、「限定的なら」と思っている者が相当数いるはずで、「限定的などない」とわかれば差はもっと開くはずである。
     読売の「賛成71%」は、世論調査は質問の設定の仕方でいくらでも操作ができるといういい例である。こんな情報操作記事を1面トップに持ってくるというところに、政権の御用メディアに成り果てた読売新聞の実態があらわになっている。
     安倍は記者会見で仰々しく2枚のイラスト入りボードを示し、集団的自衛権の行使容認の2つの具体的事例を説明した。
     安倍は「これを見せたら誰も反対はできないだろう」と言っていたそうで、ボードの作成の際にはイラストのレイアウトの大きさまで安倍が直接指示して、会見の当日朝にようやく完成したという熱の入れようだった。
     だがその2つの具体例 「邦人輸送中の米輸送艦の防護」 と 「駆け付け警護」 は、反論のしどころ満載の代物だった。
     
     まず 「邦人輸送中の米輸送艦の防護」 について。
     紛争が起きた外国で、日本人を保護した米艦が攻撃を受けた時に、日本に集団的自衛権の行使ができなければ、日本人を救ってくれた米艦を見殺しにすることになってしまうというのだ。
     ボードには、赤ん坊を抱えて子供を連れた母親のイラストが描かれていた。安倍はこの母子のイラストを特に大きくするように指示したそうだ。
      だが、海外で紛争が起こりそうになれば、外務省は邦人に対して当然避難勧告を出す。 イラストに描かれているような母子など、民間の輸送機関が機能しているうちに真っ先に避難の対象となるはずで、紛争が勃発した後で米軍に保護されるなんて想定がありえないのだ。
     
     そんなありえないところをあえて百歩譲って、もしもイラストのような母子が紛争地に取り残されたとしても、 邦人救助ならば、 個別的自衛権 を強化すれば、自衛隊の艦船でも航空機でも自ら出動することができるのである。
     それをなぜ米軍に救助してもらって、その米軍を、集団的自衛権を行使して守るという話になるのか、さっぱりわからない。
     さらにそこを万歩譲って、 邦人を救助した米艦が攻撃を受けるという事態があったとしても、 米艦が自分で自分の身を守れない場合というのがあるのか?
     米艦が動くときは、周辺の制空権と制海権は必ず確保しているはずだ。その安全も確保できていない状況で、向う見ずにも米艦が民間人保護に突入するなんてことがありうると思っているのか?
      そもそも、誰が米艦に攻撃してくることを想定しているのか?  
     北朝鮮の艦船とか、中東の紛争地の武装勢力に、米軍が単独で対応できないほどの攻撃能力があるというのだろうか?
     安倍が自信満々で示した事例は、これほどヘンテコリンな代物だったのだ。
     
     もう一つの 「駆け付け警護」 、これは紛争地に派遣されているPKO職員や日本のNGOが武装集団に攻撃された際、PKO参加中の自衛隊部隊が警護に駆け付けるというものである。
      だがこれは、武装集団と日本が直接戦闘状態に入るということに他ならない。
    「 民間人保護のため 」という名目はよほど警戒しなければ、旧日本軍が満州やシナで戦線を拡大していった過ちを繰り返すことになる。 むしろ「戦争をするため」の理屈付けに利用される危険性をどう防ぐのか?
      この武力行使を容認するのであれば、当然、武装集団のメンバーは日本に潜入して復讐のテロ活動を行う。
     安倍は戦争になる危険性を隠して、美しい物語だけを説明している。
      しかも「限定的容認」の具体例はこの2例だけではない。 「おともだち」の報告書には、 紛争海域の機雷除去 や、 国連安保理の決定に基づく多国籍軍への参加など の例も記されているのに、あたかも具体的事例がこの2例しかないかのように見せかけている。これも悪質なトリックである。
     いったん「限定的」という口実で集団的自衛権の行使が容認されてしまえば、その範囲はずるずる拡大されていくのは間違いない。
    「おともだち」の報告書は、その「 歯止め 」として6つの条件を提示し、安倍も記者会見でこの「 6条件 」を強調した。
     では本当にそれは歯止めとなるのか? ひとつずつ見てみると…
  • 「安倍政権『閣議決定』乱用の果てにあるもの」小林よしのりライジング Vol.83

    2014-04-22 12:00  
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     今月1日、安倍政権は武器や関連技術の輸出を原則禁じた 「武器輸出3原則」を 「閣議決定」 によって47年ぶりに全面的に転換し、輸出を容認した。
     今月11日には、福島第一原発事故を忘れ去ったかのような内容の、 エネルギー基本計画も 「閣議決定」 し、原発の維持・推進へと舵を戻した。
     さらに安倍政権は今国会中に、 集団的自衛権を容認する憲法解釈の変更を 「閣議決定」 し、歯止めなく米国の戦争に自衛隊が参加できるようにしてしまおうとしている。
     そして、秋には政府の意向次第でいくらでも恣意的運用が可能になると危惧されている 特定秘密保護法の運用基準を 「閣議決定」 する見通しである。
    「閣議決定」「閣議決定」「閣議決定」…
     これだけ反対が多い重大な案件を、安倍政権はすべて「閣議決定」で通そうとしている。
     そもそも、「閣議決定」とは何なのか?
    「閣議」とは、文字通り「内 閣 の会 議 」だ。
     よくニュース映像で、総理大臣を囲んでソファの左右に大臣が座るシーンが放送されるが、これは閣議開始前の撮影用の場面だ。閣議そのものにはカメラが入ることはなく、その内容も非公開である。
     閣議には3種類ある。原則毎、火・金曜日の午前中に全閣僚が出席して行なわれる 定例閣議 、臨時に行われる 臨時閣議 、閣議そのものは開催せず、各閣僚の間を持ち回って賛否を求めて決定する 持ち回り閣議 である。
     そして、この閣議において内閣の意思として決定されたものを「閣議決定」というのだ。
     閣議にかけられるのは「法案」「答弁書」「一般案件」などである。
     内閣が国会に「法案」を提出する際にも閣議決定が行われるが、法律を成立させるのは国会の役割なので「閣議決定した」という報道があった時点では、法律はまだ成立していない。
      ニュースで「政府は○○法案を閣議決定した」というのは、「これから○○法案が国会で審議されることが決まった」という意味である。
     また、国会質問に対する「答弁書」を閣議決定する場合もある。
     昨年5月、安倍首相が就任以来首相公邸に引っ越さないままになっていることについて、公邸には「2・26事件」の犠牲者の幽霊が出るという噂話があることを踏まえ、民主党議員が「幽霊の噂は事実か。首相が公邸に引っ越さないのはそのためか」という質問主意書を提出。
     これに対して、幽霊の噂について「承知していない」とする答弁書を閣議決定している。 
     ここで問題となるのは、「 一般案件 」の閣議決定である。
     これは、内閣としての意思決定が必要な国政に関する重要な事柄である。
    「一般案件」の中には、法令に「閣議の決定を経なければならない」と明文化されているものもあれば、明文規定のないものもある。 いわゆる「 村山談話 」は明文規定のない閣議決定である。
      以前の自民党与党時代には、閣議決定の前に党が「事前審査」をしていた。 政調会部会において議員は支持組織などの意見を入れようと修正を迫り、調整が行われ、政調審議会、党の意思決定機関である総務会で議論、了承されて閣議にかけられることになっていたのだ。
      これを最初に壊したのは、小泉内閣による「郵政民営化基本方針」の閣議決定である。
     小泉は与党内の調整を十分行なわずにこの閣議決定を強行したため、自民党の郵政民営化反対論者は大騒ぎになったのだが、小泉は一切意にも介さなかった。
      閣議の前に与党事前審査を経るというのは、法律上何の定めもない、長い間にできた慣習でしかなかったからである。
      安倍政権はこの手法を常態化させ、与党内の調整をおざなりにして何でも政権の意思どおりに進めようとしている。
  • 「『米国』のために戦争する覚悟はあるか?」小林よしのりライジング Vol.81

    2014-04-08 21:25  
    150pt
     安倍政権は強引に憲法の解釈変更によって、集団的自衛権の行使容認へと突き進もうとしている。
     これには自民党内にも反対意見があったため、政府は「 必要最小限度に限る 」という形で妥協を図ってきた。
    「 日本近隣の有事 」「 機雷掃海 」「 対米支援 」の3事例に限り「日本の安全に深刻な影響を及ぼす事態」に該当するとして、限定的に行使を容認するというのがその妥協案である。
     わしはかつて『ゴーマニズム宣言』で集団的自衛権の行使も容認していたことがある。アフガンでの対テロ戦争の頃だ。
     だがその趣旨は米国と一体化する集団的自衛権ではなく、日本が独自の大義を掲げて米国をサポートするなら、個別的自衛権で給油艦を出す無理を押し通すより、集団的自衛権を行使して自衛隊を派遣する方が理に適うと考えたからである。
     カナダ・ドイツなどのアメリカの同盟国でも、イラク戦争は反対を唱え、参戦しなかった。
      本来、同盟国でも米国の戦争には自動参戦するわけではないのである。
     ドイツのように、集団的自衛権が行使できても、イラク戦争のようなケースでは参戦しないという選択ができるならいい。
     だが、日本は個別的自衛権しか憲法上、許されていないにも関わらず、侵略戦争の末席に名を連ねるほど主体性がないのだ。
     その結果がオランダ軍に守られて給水活動をする自衛隊になったり、これは憲法違反ではないかと思うのだが、空自の輸送機が米兵や物資の輸送を秘かに行うということまでしていたのである。
     それほど日本は従米ポチなのだ。
     そのような事例も踏まえて言うが、 日本が集団的自衛権を「 限定的 」に行使容認するなんてことはあり得ない。詭弁なのだ。
     だが自民党内の反対派議員は、この詭弁にすぐに騙されてしまい、ハト派の重鎮である古賀誠元幹事長も「限定的であれば容認はやむを得ない」と理解を示してしまった。
     古賀氏は必要最小限度の範囲を精査し、適用範囲をできる限り絞ることも求めたが、無理だろう。 「必要最小限度」の適用範囲がなし崩し的に拡大されてしまうのは当然のことだ。
     アフガン・イラク戦争のときのように、米大統領が「敵か、友か?」と二者択一を迫れば、恐怖にすくんで地球の裏側まで従うのが日本政府なのだ。
     あとは連立を組む公明党との協議だが、今のところ、公明党は慎重な姿勢を示しているようだ。
     公明党は、その3つの限定条件なら、 個別的自衛権の周辺事態法を改正すればできるのではないか と主張している。
     現憲法下でやれることは、そのくらいが限度だろう。
     政府が公明党の説得のために出した「限定容認論」に関しては、石破茂幹事長が5日のテレビ東京で、 集団的自衛権行使を容認した際の自衛隊の活動範囲を限定すべきではない とし、 地球の裏側まで行くことも完全には排除しない と本音を語ってしまった。
     やっぱりなという話である。

     自国の安全を守ることだけが目的であれば、個別的自衛権の範囲内の話なのだ。
     いや、元海上幕僚長の古庄幸一氏によると(朝日新聞2014・4・1)、その 個別的自衛権すら十分な法整備がされておらず、実際に外国から武力攻撃を受けても、自衛権をすぐに行使できる状態にはない と言う。
     中国が尖閣諸島に上陸しても、日本側は警察権の対象になり、海自が動けないと言うのだ。
     これは自衛隊の任務規定に欧米の「 舞台行動基準(ROE) 」のような細かいルールを明示してないからであり、そのような自力で国を守る法整備もないままに、「 政府はなぜ、自国が攻撃されていない際の集団的自衛権に飛び越えてしまうのか 」というのが古庄氏の主張だ。
     わしの持論である「自主防衛」の理念にはほど遠いままに、いきなり米国に抱きつこうという集団的自衛権など、認められるわけがない。
     そもそも、「 集団的自衛権 」とは、
  • 「日米関係、歴史問題、消費税増税…どうなる安倍政権?」小林よしのりライジング Vol.77

    2014-03-11 17:10  
    154pt
     右翼・左翼のイデオロギーには関係なく、権力には懐疑の念を持ち、「王様は裸だ」と言ってしまう勇気を持つ表現者は必要なのだが、残念ながらそういうオピニオン・リーダーや表現者が若者の中から出現することがなくなった。
      その最も大きな原因はインターネットだろう。
     若手の知識人はインターネットこそが自分たちの文化であり、ネットさえあれば幸福だと言っている。
     20代の知識人が書いた「絶望の国の幸福な若者たち」という書名はまさに今どきの若者の性向を的確に表現している。
      だがネットは言葉を徹底的に劣化させる。
     大学生の40%は読書ゼロという統計もあるが、多分、新聞も読んでないし、ネットしか見てないのだ。
      経済的格差が拡大し過ぎ、将来の不安が大きすぎて、若者の中に「 反権力 」という文化も消滅した。
     日本で排外主義ナショナリストが支持する安倍首相が、ローリングストーンズを見に行き、田母神極右が若者の支持を得ているらしいから、もはや若者文化が育つ素地が失われている。
     国民は惰性で権力の暴走を、指をくわえて見守るだけの時代になってしまったが、この状況を警戒しておられるのは、もはや天皇陛下くらいかもしれない。
     最近の「おことば」で「憲法」に関して踏み込んで発言をされる、天皇皇后両陛下のご様子から、隙のない闘争心を感じる。
     尊皇なきナショナリズムが国民をどこに連れて行こうとしてるのか、我々は監視の目を緩めてはならない。
     鳴り物入りで始めたアベノミクスが蜃気楼だったと気付く国民も、じわじわ増えてきているのではないだろうか。公共投資がほんの一部に経済効果をもたらしただけで、膨大な借金を積み上げつつ、日本は昔のまんまの利権王国に戻りつつある。
     わしは「 たとえ株価が上がっても、実体経済には影響せず、円安で物価が上がるが、一般庶民の賃金は上がらず、生活は一層苦しくなる 」と言い続けてきたが、その通りの現状である。
     輸出から輸入を引いた 貿易赤字 は過去最大の11兆4745億円。貿易赤字が増えても 経常収支 がマイナスでなければ大丈夫なのだが、困ったことに経常収支も赤字に転じた。
     これはグローバリズムの構造的な問題なので、グローバリズムそのものを問題視しなければ解決の道がない。
     自民党や、田母神俊雄ら自称保守&ネトウヨ一派は、貿易赤字を原発停止による化石燃料の輸入増のせいにしようとしていたが、民主党がこの件を国会で追及し出して、ようやく嘘っぱちだと言う者も出てきた。
      化石燃料の輸入量は震災前よりも増加しているが、昨年はわずかながら減少に転じており、赤字が増加したのは円安のせい、つまりアベノミクスのせいなのだ。
     円安になれば回復すると期待されていた輸出が低水準に止まったのは、 製造業が生産拠点の海外移転を進め、国内の産業が空洞化したためであり、今後いくら円安が進んでも輸出の増加には直結しない。
     株価も「異次元の金融緩和」によって、 外国の投資家がマネーゲームで株を買い越しているが、国内の投資家は売り越している。
     アベノミクスの唯一の成長戦略と言っていたTPPは、交渉の閣僚会合が合意に至らず、次回の日程さえ決められないまま閉幕した。もっとも、TPPでグローバリズムがさらに加速されるような政策は悪夢だから、さっさと頓挫してしまった方が良いのだが。
     さらに安倍政権にとって最大の悪夢となっているのが、対米関係の悪化である。
     安倍晋三は首相就任当初、民主党政権時代に崩壊した日米同盟を蘇らせると高らかに宣言したが、 今や日米関係は民主党時代どころではない「戦後最悪」とまでいわれる状態になってしまった。
     米政府が「失望した」なんて強い表現は、鳩山由紀夫にすら使ったことはないのだ。
      ところが日本のいわゆる「親米保守派」は、親米を自称していながら、アメリカがなぜ「失望」するのかが全然理解できない。
     最初のうちはパニック起こして、「失望」と言ったって大した失望ではない、それは翻訳がおかしいなどと、躍起になって過小評価しようとしていた。まるで駄々っ子のように現実を拒否していたのだ。
      米国はイラク戦争の失敗と深刻な財政難による軍事費削減のため、中東や東アジアに対する関与をなるべく控えたいと考えている。
      もちろん中国との衝突なんて米国は一切望んでいない。 中国の台頭には、日・米・韓が緊密に連携して均衡を保つというのが米国の基本戦略なのだ。
     そのため、昨年12月にはバイデン副大統領が日中韓を歴訪。安倍首相との会談では日中の対立激化を防ぐため両国間でより効果的なコミュニケーションをとる必要があると述べ、さらに日韓の関係改善を促した。
      ところが、その直後に安倍は靖国を参拝したのだ。 しかも参拝は見送るようにと米国から忠告されていたのを無視しての強行であり、米国政府は完全に面目を潰された。
     そりゃあ「失望した」と言って当然だ。
     靖国参拝によって中国が喜んだことは間違いない。中国の挑発行動が東アジアの緊張状態を作り出しているというのが国際常識となっていたのに、中国が「 日本こそが緊張の原因だ 」と主張できて、それがある程度説得力を持つようになったのだから。
     しかも、日本と韓国の亀裂が深まったために、 韓国は中国・北朝鮮寄りに外交姿勢を変えようとしている。 韓国の国柄である「事大主義」の面目躍如だ。
     金正恩体制が暴発して、北朝鮮軍が韓国へ軍事進攻することだってあり得るのに、一方の韓国に北朝鮮と戦争する覚悟があるとはとても思えない。
  • 「自民党の憲法改正案の恐ろしさ」小林よしのりライジング Vol.36

    2013-05-07 21:50  
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     憲法記念日前日の5月2日、テレビ朝日「モーニングバード!」の「そもそも総研たまペディア」というコーナーにVTR出演した。   「そもそも改憲派なのにいまのままの改憲には『ちょっと待った!』な人々」 というテーマで、テレ朝の玉川徹氏の取材を受けたのである。  番組では「 96条 」と「 21条 」についてのコメントが放映された。どちらも特に重要な論点である。  「96条」は「ライジング」号外でも詳述したように、憲法改正のルールの規定であり、番組でもわしはその改正案の危険性を話した。   自民党や自称保守派は「日本は憲法改正ルールのハードルが高すぎる」というが、これは嘘である。  アメリカは上院・下院それぞれの3分の2以上の議員の賛成に加え、全米50州のうち4分の3以上の州議会の承認が必要である。これまで何度も行われた改正は、「原理」と「準則」のうちの「準則」の方であり、それでもこの改憲手続きを経て行われている。  世界的に見ても、日本の憲法改正ルールは標準的な「 硬性憲法 」の一つに過ぎない。  だが自民党はすでに国民投票のハードルを「 全有権者 」ではなく「 有効投票 」の過半数と、下げるだけ下げている。  この上、さらに国会議員の発議要件を3分の2から2分の1にまで下げると、政権が変わるごとに改憲することも可能となってしまい、それは立憲主義の崩壊につながるのである。   最悪の場合は天皇条項に手をつけられることも考慮しておかねばならない。  スタジオではこれに補足して改憲派の憲法学者、小林節慶応大教授のコメントが紹介された。 立憲主義とは憲法によって「 国民が権力者を縛る 」という近代国家の原則であり、改正ルールの緩和を権力者側が言い出すのは、憲法の本質を無視した暴挙 だというのだ。  権力者が「俺たちは憲法に縛られたくない」と言い出すのは、要するに、スポーツ選手が「なかなか勝てないから、ルールに縛られたくない。ルールを変えようぜ」と言い出してるようなものなのだ。  こんな事態は国民の側が相当警戒しなければならないはずだが、まだまだ国民は事態の恐ろしさに何も気づいていない。マスコミも呑気に構えている。  実は自民党の政治家も、マスコミも、国民も、誰も憲法のことなんか知らないのである。国民の無知が権力の暴走を招き、自らファシズムを作り上げるのだが、「アベノミクシュだぜ―――!」としか言ってないのだから、もうどうしようもない。  一方、番組は自民党にも取材をしている。取材を受けたのは、自民党憲法改正推進本部・本部長代行の 船田元 (はじめ)衆院議員である。  玉川氏は船田議員に、 議員の過半数では通常の法律と改正手続きが変わらず、最高法規たる憲法とはいえないのではないか と質した。すると船田議員は、自分も一時はそういう懸念を持っていたが「よく考えてみると」違うと言う。だが、その理由は呆れたものだった。  通常の法律の改正は「出席議員あるいは投票した議員」の2分の1以上だが、自民党の憲法改正案では「衆参両方のすべての議員のそれぞれ」2分の1以上だから、「 ハードルは法律よりもちょっと上ですね 」と言うのである!!  「通常の法律よりちょっと上」程度の改正手続きでいいと本当に思っているのなら、船田議員は「 硬性憲法 」というものをまったく理解していないということになる。  しかも、 憲法改正という重要案件には間違いなく「党議拘束」がかかり、棄権はできず、ほぼ全議員が投票するはずだから、「投票した議員」か「全議員」かの違いなど、ほとんど意味がない!  適当な誤魔化しを言うものだと呆れるが、船田議員はさらにこう言った。 「 それと国民投票で有効投票の2分の1以上というのが加わりますので、やっぱり一般の法律改正のハードルよりは、かなり高いと思っております 」  国民投票のハードルを 「有効投票」の2分の1 に下げるということは、投票率40%だった場合は、わずか20%の賛成で憲法が改正される。政権が替わるたびに憲法が改正されて、そもそも立憲主義が崩壊してしまうではないか!  もう一点わしが懸念を表明した「 21条 」は、「 集会、結社、言論、出版その他一切の表現の自由 」を保障するものだが、 自民党改正草案ではこの条文の後に「 前項の規定にかかわらず公益及び公の秩序を害することを目的としたものは認められない 」という規制条項を付け加えている。  つまり、 「公益および公の秩序」を害すると国家権力が認定すれば、表現の自由が制限される危険性が考えられるのだ!  わしは「表現の自由」が保障されているからこそ、政府批判も辛辣にやれる。アメリカなら個人に武装する権利が認められているから、いざとなれば個人が銃をとって国家権力に戦いを挑むこともできるが、 日本においては言論こそが武器である。  これは『ゴーマニズム宣言』に限った話ではない。国民全体にとっても同じであり、 デモという「表現の自由」、マスコミの「表現の自由」、その他の創作活動における「表現の自由」は民主主義の基礎である。  権力が「表現の自由」を規制し始めたときは、よほど警戒しなければ、戦前の日本の検閲や、中国や、北朝鮮のような国になってしまいかねない。  こんなことは民主主義国家の常識のはずで、この危機感は、玉川氏やスタジオのコメンテーターにもよく伝わったようだ。  玉川氏は船田議員に、 「個」と「公」のバランス についてどう思うかと質問し、船田議員はこう回答した。 「 社会の利益と個人の利益がぶつかった場合、どうすればいいのか、こういったことについて、やはりきちんと憲法が方向を示す必要があるんじゃないか。  例えば道路を通す時に自分の土地を通る、その時にお金とかいろんな問題があって立ち退きをなかなかしない、そのために道路が通らなくて、多くの人々が、それが通ったならばすごく利益があるのにできない、そういう状態があちこちで起こっている 」  そこで玉川氏が重ねて質問する。 「 個人の権利があまりにも尊重されすぎて、公の秩序が後ろに下がることによって、国民生活がものすごく大きな害を受けているというようなお考えを自民党の方々はお持ちだということですか? 」  すると、船田議員の答えは驚くべきものだった。 「 いや、そういうことではないと思いますけれども、行政の部分で執行する問題、道路の問題もあります。いろんな問題があります。やっぱり公の秩序というものがなかなか通りにくい、行政を執行している人々が非常に苦労をしている、そういう場面を私たちはいくつも見ております。  ですからそういう状況を少しでも改善するために、やっぱりひとつの憲法の中での歯止めというんでしょうか、要素を入れさせていただくことによって、今申し上げたような行政の実行する部分において、よりやりやすくすることも大事ではないか 」  この発言を聞いたコメンテーターの松尾貴史氏のコメントが実によかった。