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記事 2件
  • 「LINE、SNSで造られるインスタント・カルト」小林よしのりライジング Vol.131

    2015-05-05 19:45  
    150pt

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     千葉県で18歳の少女が監禁され、殺害される事件が発生した。
     主犯格は被害者と高校の同級生だった18歳の少女で、20歳の男2人と16歳の少年1人が実行犯として逮捕されている。
     被害少女は口に靴下を詰め込まれ、顔に粘着テープを何重にも巻かれ、両手は結束バンドで縛られていた。男たちに暴行され、主犯少女にタバコの火で皮膚をえぐられた挙句、深さ1.5メートルの穴に正座状の姿勢で入れられ、生きたまま埋められるという惨状だった。
     被害者と加害主犯格の双方が未成年という点では、2月に起きた川崎市の中学1年生、上村遼太君の殺害事件を思い起こさせる。
     だが今回の事件は、その残酷性に対して憤りは感じるのだが、上村君と違って、殺された少女にはどうにも同情の念が湧きにくい。世論の反応もほぼ同様らしく、川崎の事件に比べれば関心はかなり低いようだ。
     何しろ被害少女は18歳にしてホスト遊びに狂い、そのお金を稼ぐために風俗業を転々としていたのだ。
     少女は毎日のようにホストクラブに通っては、毎回5万円ほど使っていたという。ツケは数10万単位でたまり、他にも金銭トラブルを抱えていたようだが、それでも入れあげたホストのためには1回100万円もする「シャンパンタワー」(シャンパングラスをうずたかく積み上げてシャンパンを注ぐ)までやっていた。
     風俗店では、新入りの方が目新しさを求める客がついて儲かるので、被害少女は新入りで稼いではすぐに無断で店を辞め、別の店に入るということを繰り返していたらしい。
     18歳で風俗業に就くには写真入り身分証明書(運転免許証など)が必須だが、被害少女はそれを持っておらず、そういう場合は学校の卒アル(卒業アルバム)を代わりに提出するのが業界の常識だという。
     ところが被害少女は無断で辞めるため卒アルが返却されず、次の店に行く時は同級生に卒アルを借りて提出ということを繰り返し、何人もの同級生から卒アルを借りて、そのまま返さなかった。
     それで、加害少女はそのことに激昂し、犯行に及んだという、にわかには信じられないような動機も一部で報道された。
     だが最近では、ホストの男性をめぐるトラブルが動機につながった可能性も報じられている。そっちの方が確かに納得はいくが、この際、動機についてもそれほど関心が湧かない。
     今回の事件で、わしが最も関心を持ったのは、主犯少女らの人間関係である。
     実行犯3人のうち1人は被害少女とは全く面識がなく、他の2人も報道によって差があるが、大した面識はなかったようだ。また、実行犯のうち16歳の少年は20歳の男二人とは初対面だったらしい。
     18歳の少女を中心にして、 大して知らない者同士が、大して知らない人間を殺すために協力するという、理解不能な共同体ができていたのである。
     ここで川崎の事件が連想される。上村君を殺害したグループの中には、上村君をほとんど知らない者もいた。主犯の少年を中心に、 LINEで形成された関係性の希薄な共同体が存在したことが、事件の背景にあったのだ。
     今回の事件では「報道ステーション」等で加害少女のLINEのやりとりが報じられたが、その内容にわしは戦慄を覚えた。
     犯行前日、加害少女はこんなやりとりをしている。
    (LINE相手) 「どーなった?」
    (加害少女) 「明日やる!わら」
    (LINE相手) 「どーやって つれさんの?」 (加害少女) 「店に行く!」 (LINE相手) 「店終わりにってこと?」 (加害少女) 「そうそう!!」
      ……人ひとり拉致監禁して惨殺しようという話を、こんな調子でやっているのだ!
     そして犯行当日。
  • 「『ポエム化社会』にある深刻な問題とは?」小林よしのりライジング Vol.70

    2014-01-21 18:30  
    154pt

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    「ポエム化社会、マジとパロディの両立が必要」  現代は「 ポエム化 」しているという。
     前向きで優しく、聞き心地はよいのだが、大げさで意味不明な詩のような言葉が、社会のあちこちに氾濫しているというのだ。
    「日刊SPA!」のウェブサイト(http://nikkan-spa.jp/507075)にその「症例報告」が載っていたので、その中からいくつか拾ってみよう。
      新築分譲マンションのチラシやパンフレット には…
    「 天空に舞い踊る星々のトレモロ。人々の営みを物語る地上に散りばめられた灯火のロマネスク。あるいは、早朝のまどろみから朝日に洗われつつ姿を現す都会のエクリチュール 」
      旅館やホテルのHP では…
    「 がんばるのに少し疲れたな…と思ったら、『月のうさぎ』におかえりなさい。あなたは現世のかぐや姫。そしてここはあなたの心の故郷。胸のもやもや、隠し事も、ほんのり月夜に消えてしまいます 」
      大学案内 では…
    「 『学び』というペンで、夢を未来を描き出そう。開いたノートが『まだ、まっ白!』でもかまわない。未完成だからこそ、想像以上の私になれる 」
      朝日新聞の『天声人語』 も…
    「 文筆に卒業はない。厳しくも温かい恩師である読者との交流を糧に、外へと踏み出したい。東京は残花を惜しむ週末。ひとひら風に舞って、この国を、また好きになる 」
      ラーメン屋の壁 には…
    「 いま居る処が最後の砦 そしてすべての始まりなんだ がんばろうぜ 」
    「 この人生は一生懸命 私の人生は一笑賢命 いつでもどこでも いっしょうけんめいが いちばん美しい 」
     さらには、 自治体の条例の名称 まで「ポエム化」が蔓延しているそうで、
     熊本県人吉市「 子どもたちのポケットに夢がいっぱい、そんな笑顔を忘れない古都人吉応援団条例 」
     滋賀県草津市「 愛する地球のために約束する草津市条例 」
     北海道厚沢部町「 素敵な過疎のまちづくり基本条例 」
     秋田県横手市「 雪となかよく暮らす条例 」
     新潟県阿賀野市「 みんなで支えよう『こころ』と『いのち』を守る条例(案) 」
     …といった、正体不明の条例が続々と誕生しているという。
     1月14日のNHKクローズアップ現代『 あふれる“ポエム”?!~不透明な社会を覆うやさしいコトバ~ 』は、その「ポエム化」社会をレポートしていたが、特に目を引いたのは、「居酒屋」とそこに勤める若者たちの現状だった。
     居酒屋というのはもともと「ポエム」の宝庫で、 相田みつを まがいの筆文字の「ポエム」が店中の壁一面、トイレにまで『耳なし芳一』みたいに書き込まれた居酒屋なんかもよくあるそうだが、問題はそんなことには留まらない。
     昨年11月、5000人の聴衆を集め、「日本一の居酒屋」を決める「居酒屋甲子園」なるイベントが開催された。
     決勝大会の審査基準は料理の味や接客ではなく、 居酒屋で働くことの「希望や夢」を謳いあげる「魂の“ポエム”」 だという。
     そこでは居酒屋で働く若者が、自らの過去のつらい体験を告白し、 「愛」「希望」「勇気」「絆」「仲間を大事に」「笑顔」 等々の綺麗事の言葉をちりばめて、決して楽ではない居酒屋の現場で働く中で、前向きに生きる希望や夢を見つけることができたという「喜び」を情感たっぷりに訴えかける。
    「 夢はひとりで見るもんなんかじゃなくて、みんなで見るもんなんだ!人は夢を持つから、熱く、熱く、生きられるんだ! 」と絶叫する金髪の若者。
    「 変わりたい。今の自分は嫌だ!みんなから愛される店長になりたい! 」と、目を潤ませながら語る店長。
    「 私にガンが見つかりました。どうして私が、なんでこんなつらい思いを… 」という体験を打ち明ける女性店員…。
     そして、それを聞いた観客も感激して涙ぐんだりしているのだ。
     同様のコンテストは今、居酒屋だけではなくトラックドライバーや介護士、歯科助手、パチンコ店員、エステティシャンなど、10以上の業種で行なわれているという。
     出場者は居酒屋で働く「夢と誇り」を、全身の身振り手振り、満面の表情に浮かべて絶叫し、涙まで流して訴え、観客はそれを見てストレートに感動している。
     そんな「居酒屋甲子園」の様子を見て、わしはどうにもむずがゆくてたまらない気持になった。
     それは新興宗教や、自己啓発セミナーにもよく似た一種異様な光景とも見えたが、ここでわしが連想したのは、かつて毎年成人の日に行なわれていた『青年の主張』だ。
      『 青年の主張 』は昭和31年(1956)からNHKが開催していた弁論コンテストで、毎年テレビ・ラジオで全国放送されていた。
     毎年設定されるテーマに沿って、その年の新成人が「主張」を発表するのだが、その内容はといえば、自分の不幸な過去を告白し、それから綺麗事の言葉を並べ立てて、自分が今、いかに前向きに夢や希望を持って生きているかを訴えるという、青臭く、公に言うのは恥ずかしい、偽善的といってもいいようなものがとにかく目についた。