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  • 「櫻井よしこ『チェルノブイリ原発事故』に見る変節」小林よしのりライジング Vol.64

    2013-12-03 13:25  
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    「櫻井よしこの異様な変節」  櫻井よしこは1980年から1996年まで16年近くにわたって日本テレビで、現在の『NEW ZERO』の前身番組である『NNNきょうの出来事』のキャスターを務め、世に知られるようになった。
     70年代までは報道の現場に女性の姿はほとんどなく、テレビでは「ニュースは男性が読まなければ信用されない」とまで言われ、女性アナウンサーの役割は「天気予報」くらいという徹底的な男尊女卑が定着していた。そんな中、櫻井は女性ニュースキャスターの草分け的存在となったのである。
     当初は小林完吾など男性アナウンサーとのコンビだったが、終盤の6年間は櫻井が単独でメインを張った。
      そんな時期の1993年5月、同番組は4回にわたる「チェルノブイリ特集」を組み、フォトジャーナリスト・広河隆一をゲストに迎えてその取材レポートを放映した。
     これはいまYou Tubeで見ることができる。おそらく無許可だろうが、20年前のテレビニュース番組の検証など昔は不可能だったので、正直に言えばありがたい。
     広河隆一はその後も一貫してチェルノブイリの取材と支援を続けている。そして櫻井は…この櫻井と、今の櫻井は本当に同一人物なのか!?
     櫻井は冒頭、こう断言する。
    「 史上最悪のチェルノブイリ原発事故から7年経ちました。公の機関は、住民への被害はなかったなどと発表していますが、事実は全く違います 」
     広河は恐るべき実態を報告する。 事故当初、ソ連は「住民の被害はなかった」と発表した。
     だが実は、初期の被曝を記録した唯一の物証であるカルテが何者かによって持ち去られ、所在がわからないという。
     そしてかろうじて発見されたカルテには、住民が極めて高いレベルの被曝をしていたことが記されていた。
      明らかにこれは当局による「被曝隠し」だった。
     
     さらに事故4年後の1990年、IAEA(国際原子力機関)の調査団が現地入りした。調査委員長は重松逸造という広島の医者で、現地の人々は日本人、しかも広島の医師なら公正な調査をしてもらえるものと期待した。
      だが調査団は汚染の激しい地区には立ち入りもせず、食料は持参してきて現地の食べ物は一切口にせず、早々に引き揚げた。
      そして翌年「住民に被曝被害はなかった」という報告書を発表したのだった。
     重松逸造は、米国が広島・長崎の被爆者の「標本集め」のために設立したABCC(原爆障害委員会)のスタッフを経て、ABCC等を再編した「放射線影響研究所」の理事長となり、同研究所を牛耳ってきた人物である。
     しかもそればかりか、イタイイタイ病の公害認定の際に、原因はカドミウムではないとWHOに見直しを提起したとか、スモン病の際に厚生省の調査班長を務め、キノホルムが原因だとは認めなかったとか、とにかく「ザ・御用学者」とでも言うしかない人物だったのである!
      IAEAが「安全宣言」を出したために、一時は盛り上がりを見せていた国際社会の支援は急速に収束していき、チェルノブイリは忘れられた存在となってしまった。
     そしてその陰で、住民の健康被害はどんどん拡大していった。IAEAの御用学者が、被害を拡大させたのである!
     櫻井は深刻そうな表情を浮かべて
    「 広河さん、こうして見ますとね、国際原子力機関が住民の健康に問題ないと発表したのは一体なんだったんでしょうかね? 」
    「 もう、この国際原子力機関の信用性そのものが深刻に問われているわけですね 」
    「 IAEAの責任は極めて重いと言えるわけですね 」
    ・・・と、繰り返しコメントしている。
     次にチェルノブイリの北側、 ベラルーシ・ミンスクの病院 の取材レポートが放送された。どのベッドにも瀕死の子供たちが横たわる悲愴な映像が続き、広河が語る。
    「 私は去年もこの病院を取材し、子供たちを撮影しました。しかしその子たちに一人も会うことはできませんでした。大半は亡くなっていたのです 」
     甲状腺がんに罹った10代前半の少女の身体にメスが入れられる衝撃的な映像等が流れ、解説のナレーションが入る。
    「 医学の常識では、甲状腺がんは大人の病気です。子供が罹る率は50万人に1人と言われています。しかしチェルノブイリ周辺では、事故後4年を過ぎてから子供の甲状腺がんは爆発的に増え始めました 」
    「 原発の北のホイニキ地区では352人中27人の子供が要注意と診断されました。このうち甲状腺がんは2割に上ると見られ、平均発病率の7800倍です 」
     特集の最後は、事故から7年が経ち、被曝した女性たちが次々子供を生むようになっているが、食品の安全管理はきわめて杜撰な上に、遺伝の影響もわからず、生まれた子供たちの将来が案じられるという内容だった。
     これを見て、櫻井は沈痛そうな表情を浮かべてこう言った。
    「 広河さん、あの子供たちがこれから先どうなってしまうのか考えると、本当に心配ですねえ 」
     そしてさらに、こうも言っている。
    「 小児の甲状腺がんは、これまでは汚染がひどい地域の子供たちに目立っていたわけなんですが、この1年間でなんと、原発からかなり離れたポーランドからさえも発症しているという報告が出てきているんですね 」
      この櫻井と、今の櫻井は、同じ櫻井よしこなのか!?
     もちろん、絶対に意見を変えてはいけないというわけではない。小泉純一郎が言ったように、「過ちてはすなわち改むるにはばかることなかれ」である。
      しかし、考えを改めたのなら、なぜ改めたのか、過去の発言の何が間違っていたのかをはっきりさせなければいけないのではないか? それなのに櫻井は変節の理由を明らかにしない。というより、変節したことすら黙っている。
     この番組を、単に20年前のチェルノブイリとして見てはいけない。これから数年先の福島かもしれないと思わなければならない。
     そしてさらに20年経ったチェルノブイリ事故被災地住民の健康被害はどうなっているのかをレポートしたのが、先週紹介したNHKのETV特集と、同番組のスタッフが書いた『 低線量汚染地域からの報告 チェルノブイリ26年後の健康被害 』(NHK出版)である。
     先週は紹介しきれなかったが、ここにはまだまだ深刻な事態が報告されている。