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  • マクガイヤーチャンネル 第94号 【今だからこそちょっとだけ観たいテレビドラマ版『この世界の片隅に』」】

    2016-11-21 07:00  
    216pt
    さて、今回のブロマガですが、テレビドラマ版『この世界の片隅に』について語らせてください。
    一応、明示するまではなるべくネタバレしないような表現で書きますね。
    漫画、映画、テレビ、小説……というのはそれぞれ異なるメディアです。
    だから、同じ物語を語るとしても、違う表現になるのは当然です。
    たとえば、原作漫画版『この世界の片隅に』では直接的だった玉音放送後のすずの台詞が、映画版では若干ぼかした表現になっています。○○旗も短い時間しか映りません。これは、直接的な台詞にするとあまりにも説教臭くなり、観客が白けてしまうからです。漫画は自分のペースで読み進められますし、いつでも中断できます。一方で、映画は、観客を二時間暗い室内に拘束し、強制的に映像を見せ続けるメディアです(上映途中に退席するのは作品に対してはっきりと「NO」をつきつけるメッセージとなってしまいます)。映画の観客は、漫画の読者と比較して、集中力・読解力がある程度引き上げられた状態になっていることが前提となるわけです。
    映画版ではリンさんテルさんのエピソードがかなりの部分カットされ、すずが周作の「秘密」に気づいてない状態にあります。自分はこの点が不満で、映画版を手放しで絶賛できず、既婚者である片淵須直監督が結婚後に○○したり○○に行ったりしているにも関わらずこの改変(というか削除)をしたのなら、それは男にとって都合のいい世界になってしまったのではないか――というのはニコ生放送でお話しした通りですが、これも漫画と映画の違いに周知していた監督による選択の結果なのなのかもしれません。
    再読可能であり、長さに制限のない漫画(や小説)というメディアでは「戦争」、「家族」、「夫婦」、「日常」……といった複数のテーマを並列に扱えますが、映画ではそうはいきません。一つのテーマに絞り込むことが、映画が傑作になる鍵です(ハリウッド式、ともいえますが)。
    映画版『この世界の片隅に』は「戦争」という大きな一つのシンプルなテーマに絞り込み、「戦争における家族」、「戦争における夫婦」、「戦争における日常」……等々を上手く描きましたが、「戦争における不貞」「戦争における夫婦の裏切り」等は、戦争よりも「不貞」や「裏切り」の方が勝ってしまうので、映画版では省略した……そういうことかもしれません。