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責任ある経済政策

円安が続きます。

政府が市場介入までしたにもかかわらず、円安の流れを止められていません。

このままいけば円はさらに安くなり、食料やエネルギーなど輸入物価が上がり、家計を直撃します。

また、長期金利もじりじりと上がってきています。

政府債務の利払いが今後、急速に増えて財政を圧迫していくことになります。

経済の体温が冷たかったデフレ、マイナス金利、ゼロ金利、アベノミクスの時代から、インフレ、そして金利のある新しい局面に日本経済が入ったのだという認識のもと、それにあった責任ある経済政策が必要です。

かつて円安だと日本からの輸出価格が低くなって、輸出を増やすことができるから、円安は日本経済にプラスだと言われた時代がありました。

中小の製造業にとっては、円安で銅やプラスチックをはじめ、さまざまな原材料価格が上がり、マージンは減るものの、最終製品の輸出数量が増えるので、部品メーカーも売上、利益が最終的

「ゴーフォーブローク」

 茅ヶ崎市とハワイ州のホノルル市の姉妹都市提携が一〇年を超え、茅ヶ崎市内でアロハマーケットが盛大に行われたり、ALohaの看板が茅ヶ崎市役所前に建てられるようになりました。

 しかし、残念ながら、ハワイの歴史、とくに明治元年から戦前にかけてハワイに渡った日本人の歴史について、日本ではあまり知られていません。

 日本からハワイへの移民が始まったのは一八六八年(明治元年)。このときに渡航した一五三人は「元年者(がんねんもの)」と呼ばれるようになりました。一八八六年に日本と当時のハワイ王国の間で日布移民条約が結ばれると、政府が斡旋する移民(官約移民)が始まり、三万人が渡りました。一八九四年からは民間会社を通した移民の斡旋(私約移民)が行われるようになりました。その後、一八九八年にハワイがアメリカに併合されると、新規の移民を認めないとする日米の非公式な協定が結ばれ、一九二四年に米国の移民法によって

中央アジア出張

中央アジアのウズベキスタンとカザフスタンに井上信治、鈴木けいすけ両代議士と一緒に出張しました。

外務大臣時代に「中央アジア+日本」外相会議でタジキスタンのドゥシャンベを訪問したことがありましたが、この2カ国訪問は初めてです。

ウズベキスタン与党のウズベキスタン自由民主党から、日本の自由民主党との政党間交流を始めたいというお誘いがあり、これまでオンライン会議などを行ってきましたが、今回、自民党の国際局長として、正式に政党間交流の覚書に署名することになりました。

また、ウスベキスタン下院議員との間で、議員フォーラムを行なうことになりました。

カザフスタンでも先方の下院の委員長と意見交換し、原油の代替調達に関しても、関係者との会談を行いました。

5月1日

11;05 成田発 HY528

16:10 タシケント着

17:30 英利外務大臣政務官のサイードフ外相への表敬に陪席

2国間の外相同士が

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河野太郎

衆議院議員 河野太郎

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