• このエントリーをはてなブックマークに追加

2022年5月の記事 13件

「寂寞の季節」

 所用で近くまで来た折、思い立って大和市まで足を伸ばしていた。18歳まで暮らした街だ。桜ヶ丘から国道467号線を上和田方面に向かった。平日の正午前。白い社用車やトラックで遅々として進まない国道を左に折れて曲がりくねった坂道を下っていく。通学路の表示の向こうに色褪せた校舎が見えた。大和市立上和田小学校。ぼくの母校だ。開校は昭和47年。薄橙色だった校舎も今は白く塗り替えられ、当時の面影は微塵もなかった。周囲に建っていた家々もひとつ残らず建て変わっていた。道がとても狭く感じられた。登校のたびに息が上がっていた坂道もあの頃よりずっと緩やかに感じた。坂を下り切ると団地群が見えてきた。公団住宅上和田団地。ぼくが18歳まで暮らしていたマンモス団地だ。子どもの頃はコンクリートの森のようだった団地が、2階建ての寂れたアパートみたいに小さく見窄らしく感じられた。団地を左手に見ながら再び国道に出る道を走る。ここでも道があの頃よりずっと狭く感じられた。子どもの頃コロッケを買い食いした精肉店も駄菓子や漫画を買った文房具店も通り沿いの店はどこもシャッターを降ろしていて、もはやどれがどの店だったか判別すらできなかった。  

草の根広告社

『草の根広告社』は、放送作家を生業とする僕が、2004年からとある番組サイトで日々の想いを徒然なるままに綴って来た「人生日誌」です。大都市東京の通勤圏にある海辺の小さな町「秋谷」で暮らしている現在は、本業の傍ら、浜でビーチグラスを拾い、畑を耕し、海沿いを走りながらの日々の思索と 「海辺暮らしのミニマリズム」について書いていこうと思います。ともに掲載する「海と空の写真」が読んで下さる方の深呼吸になればと願っています。

著者イメージ

小原信治

1969年生まれ。神奈川県出身。1989年より放送作家及び脚本家として活動中。2008年からは青葉薫として全国の農家を訪ね歩くフィールドワークも開始。その経験を書籍「種蒔く旅人」や同名タイトルの映画原案などにも。2010年には三浦半島にある海辺の小さな町「秋谷」に移住。東京・大阪などでの本業の傍ら、里山で自らの畑を耕しながら執筆活動を続けている。株式会社オフィスクレッシェンド取締役 お問い合わせは⇒http://www.crescendo.co.jp

http://www.blogmura.com/
メール配信:あり更新頻度:週3回(月水金)※メール配信はチャンネルの月額会員限定です

月別アーカイブ